おふくろさんの一日(ばーじょんJ)

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「おっはよーございまーす!」
あらあら。朝からとても元気な挨拶をくれるのは・・・
おふくろさんが振り返ると、小さな女の子が向かいの路地で手を振っていた。
とてとてとて。
尻尾を揺らしながら走ってくる。きれいな三毛がかわいらしい。
「先日は、父ともどもお世話になりまして」
「そんなこと気にしなくていいのよ」
「ありがとうございます」
ニャッとかわいらしく微笑む女の子。
大人なったらだれもほっとかない美人になるでしょーねぇ、おふくろさんはとりとめもなく思った。
「ちゃんと食事してる?」
出会ったころの彼女はやせこけていて、きれいなその三毛もつやなく薄汚れていた。
要領は悪いが子供好きの父親(母親は流行り病で死んだそうだ)とこの国に流れてきたものの、
勝手の分からない土地での暮らしはうまくいかず、三度の食事にも事欠く有様だった。
やむなく父親が魚屋に盗みを行ったところをおふくろさんに捕まり、そして二人は知り合うことになった。
「はいっ。紹介していただいた倉庫番の仕事のおかげで、寝るところと食事に困らなくなりました」
「それと、そこのご主人が良い方で私たちに良くしてくれるんです」
女の子はハキハキ答えた。おふくろさんは胸が温かくなる思いで彼女の話を聴いた。一つ心配事が減ったようだった。
「お父さんもお元気でいらっしゃるのね」
ちょっと頼りなさそうな父親だったから心配だったが、うまくやっているようだ。
「・・・はい。ご心配ありがとうございます」
おふくろさんは彼女の言葉にわずかな迷いを感じたが、それ以上彼女から父親についての話はなく、しばらく世間話をして分かれた。
彼女の迷いは何だったのだろう。
おふくろさんは分かれた後も、その思いが心から離れなかった。


三毛の女の子は家路を急いでいた。おふくろさんと話しているときにはなかった憂いがその顔に現れている。
「やっぱり、ご相談すべきだったかしら・・・」
でもお世話になりっぱなしだし、やつらにおふくろさんを会わせて大事になったら悔やんでも悔やみきれない。
「なんとかしないと・・・」
女の子は胸騒ぎを抱えつつ細い路地裏を走り抜けていった。


商店街の一角に食料問屋の倉庫街がある。
その袋小路の奥で、三毛の男を三人が囲んでいた。
「おうおうおうっ!さっきからジェットの親分がいってることがまだわからねーようだなぁ」
でっぷりと横に広がった短髪の男が、そのつぶれた顔で脅しつけていた。
「でっでもっそんなこと僕は・・・」(ぶるぶる)
「はぁっ?そんなことをきいてんじゃねぇよ、いうことを聞くか聞かないかどっちだよっ!」
今度は細身で背ばかり高い男が三毛の男を上からにらみ下ろしていた。
でぶっちょが猫なで声を出した。
「な、そんなに難しいことを頼んでるわけじゃねー」
脅してなだめる、悪人のやり口だ。
「お前さんが倉庫番をやっている倉庫によ。ちょっと入らせてもらうだけでいいんだよ」
「知ってるだろ。俺たちが通れそうな入口をよ」
今度はガリガリが優しい声を出した。
「お前さんはネズミを取る。俺たちはちょっと食料を頂戴する」
「お前らが食えるもんじゃねーから、取ったと思われることはねぇんだよ」
でぶっちょがさも心配そうに声を低めた。
「な、頼むからウンといってくれよ、そうでないとうちの親分が何するかわかんねぇんだ」
「ジェット親分はとっても怖い方でなぁ、いままで何人も・・・」
思わせぶりな言葉に、気の弱い三毛の男はてきめんに蒼白になった。
でぶっちょとガリガリの後ろに立ち、さっきから黙っている細身の黒い男がいる。
三毛の男が自分を見たのに気づいたか、ニッといやらしそうに笑った。
いかにもやばそうな男だった。
「あっ、あっ、あっ・・・」三毛の男は屈服しかけていた。


袋小路に三毛の風が吹き込んだ。
「お父さんっ!」
その小柄な体がガリガリの足元を走りぬけ、父親の前に立つ。
「お父さんしっかりしてッ!こんなやつらのいうことを聞いちゃダメッ!」
きれいな三毛を尻尾といっしょに逆立たせた女の子は、父親の前に守るように立ちふさがる。
彼女には何の成算もなかった。父親がやつらに囲まれているのを見たとき、かっと頭に血がのぼり飛び出していた。
悪人三人は闖入者に驚いたものの、子供(しかも女)であることが分かるとあざ笑った。
でぶっちょが三毛の女の子に顔を寄せ、からかうようにいう。
「おじょうちゃん。出てくる場所を間違えてるぜ。ガキはおうちでおねんねしてな」
ガリッ。
「いででっっ!!」
でぶっちょの鼻の頭に赤い筋ができていた。女の子がその爪で引っかいたのだ。
「子供だからって、バカにしないでっ!」
あっはっはっ。
ジェットが笑っていた。面白そうに女の子を見る。
その黒い鼻筋を三毛の女の子に近づけた。
「威勢のいいお嬢ちゃんだ。そこの腰抜けの親父とはえらい違いだ」
シャッ・・・。ごりっ。
黒い男は女の子のパンチをかわすと、その前足で彼女を押さえつけた。
女の子は精一杯もがいたが、頭と体を押さえつけられたので逃げることも、爪で引っかくこともできなかった。

ジェットは三毛の女の子を押さえつけつつ、その顔が恐怖にゆがむことに暗い満足を感じた。
「おれはなぁ、別にお前を取って食おうってぇわけじゃねーんだ」
ハッハッハッ、荒く息をついて見せ、口元をぐっと引き上げて牙を見せてみた。
三毛の父親が声にならない悲鳴を上げるが、何もすることができない。
悪い顔になってるねー、自分でも惚れ惚れしそうだ。黒い男は思った。
所詮、力がなけりゃ弱いものは食い物にされるだけだ。だからジェットは他人を虐げるのだ。
弱いものを見ているとムカムカする。壊してしまいたくなる。
「な、親父よ。俺たちを倉庫に入れなかったら何が起こると思う?」
「このかわいい女の子、どーしてやろーかなぁ」
悪役大全開。


押さえつけられた三毛の女の子と父親は、悪人三人の鋭い牙に囲まれ、なす術なく体を震わせていた。
どうして私たちが・・・他人に迷惑をかけたわけでもないのに。
親子二人でひっそりと暮らせることしか望んでいないのに。
ジェットをにらみつける女の子の瞳からしずくがこぼれた。
なぜわたしの爪はこんなに弱いんだろう・・・


「お前たちっ!その手をはなしなっ!!」
「っ!何もんだっ!」
風下からゆっくりとおふくろさんが姿を現す。
「弱いものをいじめてうまい汁を吸おうなんざ、あきれ果てたものだねぇジェット!」
グルルルル。
威嚇するようにのどが鳴っている。めったにないことだ。
「私の目の前で子供にひどいことをするたぁ、いい度胸をしている」
「その手を離さなかったら、どうなるかわかっているんだろうねぇっ!!」
三毛の女の子と男は、おふくろさんの登場に喜んだもののその剣幕に言葉を失った。
「ち、ちーっ!なんであの人がここにっ」(オロオロ×3)
明らかに形勢逆転だ。
ジェットたち悪者三人はおふくろさんを見ただけで浮き足立った。
「ジェット。私のいうことが聞けないっていうのかい!」
尻尾が高々と掲げられていた。怒髪点をつく勢いだ。
そりゃもーいつものやさしい感じなんぞナッシング。それどころか背中に書き文字で「怒怒怒怒怒」くらい背負っているようなオーラが立ち上っている。
「おいっ、まずいっておふくろさんものすごーく怒ってるってよっ」
「なあなあなあ、あやまっちまおう?いますぐ、ほらっ」
反対に彼らの尻尾は下がっていた。
「ちっ、ばーろぅ!おふくろさんが怖くてここでナワバリを張れるかよっ」(ガクブル)
ジェットも口先だけは威勢はいいが、既に逃げ腰なところがヘナチョコだ。
「・・・お返事は?」
ニィーッコリと、牙を見せて笑うおふくろさん。迫力ありすぎ。
それで勝負は決まった。


「何かあったら、今度はちゃんというのよ」
しきりにお礼をいう三毛の親子と別れ、おふくろさんは家路についた。
ジェット、でぶっちょ、ガリガリはおふくろさんにこってりしぼられた後、ほうほうの体で逃げていった。
ジェット達も子供のころはかわいかったのにねぇ。
おふくろさんは思う。どれだけ思いを注いでも道を踏み外すものもいる。
他人の人生が思い通りになると思うほど思い上がってはいない。
しかし絶望もしない。あなたは大事な人なんだという思いを告げ、見守り続けることが大切だと感じている。

罪を憎んで人を憎まず、だわ。
ジェットたちも結果的に誰も傷つけていなかった。もしかしたらまだ堕ちきってはいないのかもしれない。
今日もたくさんのことがあった。いいことも悪いことも多すぎて、とても手が回らない。
「・・・でも、私は私の出来ることをやるだけだしね~」
モヤモヤしたものを振り切って口に出してみると、意外にすっきりした。
明日は明日の風が吹く。
彼女はトコトコしっかりと足を踏みしめていた。
そうしておふくろさんは夕日の路地に消えていったという。


※作中、「人」のところは誤字ではなく演出上のものです。
 またばーじょんJとは時代劇のJです。

(文章:九頭竜川)

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