最悪をも下回る ◆q/26xrKjWg


 主と騎士の関係は、極めて単純だ。
 騎士は主に仕える。主は騎士を騎士たらしめる。

 主なき騎士など存在し得ない。
 主の死の報が嘘なのか。それとも有り得ないことが起きているのか。

(ヴィータなら、その辺りで難しいことを考えるのは止めるだろうな)

 では、彼女――シグナムはどうか。
 彼女はもう一歩踏み込んだことを考えていた。

   ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 煽動を目的として、ギガゾンビが嘘の情報を流すことはできる。
 そもそも参加者全員が同じ内容の放送を聞いているとも限らない。ギガゾンビがその気になれば、全体の状況を把握した上で、個々の参加者に最も効果的な放送を行うことすらも可能なはずだ。疑おうと思えばきりがない。
 しかし、綻ぶ嘘では煽動の用を為さない。状況の指向性ならばある程度の操作もできようが、全ての参加者の動向を完全に制御できるわけではない以上、嘘が嘘であると証明されてしまう可能性が残る。
 それ以前に、放送でのあの喜びよう。ギガゾンビの思惑通りに状況が進行していると見るべきだ。
 ふざけた話だが、ギガゾンビにとってこれは余興。禁止エリアも、猛獣と兎が同居する檻をじわりじわりと狭めるように設定されている。放っておいても勝手に進む折角の余興を、己の無粋な真似で台無しにしたりはしないだろう。

 では、有り得ないことが起きているのか。
 それならば既に起きている。
 異なる体系にある者、あるいは物。ベルカ式だとかミッドチルダ式だとか、そういった違いではない。類似こそ多少はあれど根本的な部分においては全く異質。それらが一同に介して殺し合いの舞台に立っている。
 そんな舞台を実現させている。

 だとすれば――

(我等ベルカの騎士と主との繋がりを断ち、主に依存する守護騎士プログラムに過ぎない我等の存在を独立させることも可能なのではないか?)

 ――それは推測でしかない。だが、ギガゾンビが嘘を吐いているという楽観的な考えよりは、よほど信憑性がある。
 認めたくはないが、それでも認めなければならない。

(……主はやては、死んだ)

 放送で告げられた通りに。

 泣き、叫び、喚くことが許される状況であれば、そうしたに違いない。シグナムは己の感情を必死に抑えていた。
 制御しきれるはずもないが。
 握った拳は震えていた。爪が掌に食い込んでいる。痛みはなかった。痛みを感じていないだけかもしれない。

 主の身に降りかかるであろう危険を一つでも多く、少しでも早く排除することに全力を注いできた。騎士としての名も、武人としての誇りも、何もかもをかなぐり捨てて、自らを外道に貶めようとも。
 その決意は全て無意味となった。
 守るべき主を失い、共に逝くべき自分達は、まだここにいる。
 最悪をも下回る事態。

(最悪をも下回る事態だ……我等に何の手も残されていなければ。だが、手はある。我等にできることはたった一つしかないが、それでも手はある)

 この余興を勝ち抜き、ただ一人の生き残りとなること。一つだけ願いを叶えてやる――ギガゾンビはそう言っていた。
 ギガゾンビを信用しているのではない。
 ギガゾンビの過度の自尊心が確かなものであると信じているだけだ。願いを叶えると言った以上、興を削ぎさえしなければ願いは叶えられるはずだ。
 たった一人の大切な人を生き返らせたい。その為なら他の全てを厭わない。
 ギガゾンビのような奴ならば、いかにも喜びそうな願いだろう。

(私かヴィータが生き残り、願いを叶える。主はやてがそんなことを望むはずもないが、だとしても我等の勝手でやるべきことだ。ヴィータと再会して共闘できればいいのだが。勝ち抜くことが目的でありながら、互いに全幅の信頼を置ける仲間がいる――それは大きなアドバンテージになる。強いて問題を挙げるとすれば、ヴィータの出方か……)

 主の為にと闇の書の蒐集を決意した時にも、主の未来を血で汚すようなことはしないと高らかに宣言していた。そんなヴィータが主の命を取るか、それとも主の心を取るか。選択の結果によっては、自分とは相容れないかもしれない。
 万が一共闘を拒まれたら、どうするか。
 こちらの邪魔は絶対にさせない。ただし、ヴィータを殺すつもりは全くない。
 過程はさておき、最終的に自分かヴィータのどちらかが生き残ればいい。その可能性をわざわざ己の手で低くするような行為は避けるべきだ。
 それに――罪なき者をも皆殺しにして願いを叶えるつもりはなくとも、結果として一つだけ願いが叶えられる立場になれば、ヴィータとて自分と同じことを望むに違いない。

(どうであれ、生き残りが我等二人だけになった場合には、私が全ての咎を背負って自害する。それでいい。差し当たっての問題は、それまでにどう障害を排除していくか)

 レイジングハートを使用していた魔法使いに、黒い天使人形。ただの人間でありながら自分と拮抗する実力を有していたメイド。どれも相当の猛者には違いなく、またそれで猛者が全てだとも思えない。

 加えて、あのフェイトやなのはまで敵に回すことになる。
 二人ともまだ生きている。主が無事であれば、間違いなく主の脱出を手助けしてくれていたであろう、主の親友達。
 味方ならば心強いことこの上ない。しかし、敵に回せば最凶の魔導師達。
 シグナムは既に経験していた。その両方ともを。

(もう焦る必要は皆無だ。宝石は残り四つ。慎重に慎重を期せ。どのような者が相手であっても、どのような状況にあっても。殺せる時に殺せる者を確実に殺し、可能であれば物資を奪う。魔法に通じる何かが得られれば有り難い。消耗を強いる戦いは極力避ける。猛者は猛者同士で潰しあってもらえばいい。ただし、いざという場合には一切の出し惜しみは不要。生き残ることを最優先に考えろ)

 将として、己に課すべき使命を羅列する。
 いつの間にか、拳の震えは止まっていた。ゆっくりと、何かを確かめるように手を開き――また閉じる。確かに痛みを感じる。掌だけでなく背中にも。

 幸いにも、背中の傷は表面を浅く削られただけで済んでいる。致命傷には遠く、戦闘を含む当面の行動にも支障はないだろう。先の戦闘でも大丈夫だった。
 だが、これからの長丁場を考えれば話は別だ。放置しておくべきではない。
 意を決してクラールヴィントに己が魔力を通す。
 傷の疼きまでは取れない。多少の時間を要してようやっと塞がっただけのようだ。元より回復魔法を得手とはしないシグナムでは、クラールヴィント自体の機能に頼ったところでこの程度。
 宝石でも使えば多少は違うかもしれないが、限られた切り札をこのような軽傷で浪費するつもりはなかった。

(シャマルならば、あっという間に跡形もなく完治――なのだろうがな。贅沢は言っていられん。出血による体力の低下を防げれば、それで十分だ)

 続いて、食料として支給されていたパンをちぎっては口に放り込む。咀嚼も程々に無理矢理水で流し込む。
 不味い。
 どうしようもなく不味い。
 昔ならばそんなことは思いもしなかっただろう。だが今は違う。自分は知ってしまったのだ。食欲を誘う芳香漂う食卓を。暖かい団らんの一時を。

(私はそれを守れなかった。だから取り戻す。その席に加わる資格はとうに失ってしまったが……それでも、せめて取り戻してみせる)

 為すべきことはもう見定めた。
 主の死を悼むことはしない。悼む必要すらない。
 いずれ主の死はなかったことになるのだから。



【D-3/橋の袂/朝(放送後)】
【シグナム@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:背中負傷(処置済)/騎士甲冑装備
[装備]:ディーヴァの刀@BLOOD+
     クラールヴィント(極基本的な機能のみ使用可能)@魔法少女リリカルなのはA's
     凛の宝石×4個@Fate/stay night
     鳳凰寺風の弓(矢22本)@魔法騎士レイアース、コルトガバメント
[道具]:支給品一式、ルルゥの斧@BLOOD+
[思考・状況]
第一行動方針:無理はせず、殺せる時に殺せる者を確実に殺す
第二行動方針:ヴィータと再会できたら共闘を促す
基本行動方針:自分かヴィータを最後の一人として生き残らせ、願いを叶える

※シグナムは列車が走るとは考えていません。

※放送で告げられた通り八神はやては死亡している、と判断しています。
 ただし「ギガゾンビが騎士と主との繋がりを断ち、騎士を独立させている」
 という説はあくまでシグナムの推測です。真相は不明。



【クラールヴィントによる回復の効果について】

 回復魔法を不得手とするシグナムが自身の魔力のみでクラールヴィントによる回復を試みた場合、多少の時間を要した上で表面的な傷の治療しかできません。他の回復魔法が不得手の魔導師、あるいはそれに準ずる能力者でも同様です。
 魔力を何らかの外的要因でブーストするか、あるいは元々回復魔法を得手とする者が使用すれば、効果や回復速度についてある程度の向上が期待できます。


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91:「すべての不義に鉄槌を」 シグナム 125:D-3ブリッヂの死闘





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