ヒステリックサイン ◆q/26xrKjWg


(冗談じゃないわ、何なのよあれは!)

 橋のたもとで銭形警部――の格好をした峰不二子が目撃した光景は、あまりにセンセーショナルだった。
 うずくまっている少年。少年の下にいる青いタヌキ。地に伏せる少女。ここまではまあ良しとしよう。
 少年少女達に襲いかかっていた、斧を携えた女。これもままある。
 問題は次だ。
 その女に襲いかかった呪いの殺人人形――とても信じられないが、小型のロボットか何かだろうか――人形のような何か。
 一見すれば、赤い服を身に纏った値打ちもののアンティークドールのようにも見える。それが、巨大な剣を持って宙に浮かびながら女と戦っていたのである。目にも留まらぬスピードで。時折薔薇の花吹雪なぞを女に見舞いながら。
 女の方も女の方で、その速度に全くひけを取らず、互角の戦いを繰り広げていた。
 観覧車を破壊できるような戦車が支給されたとしても、もはや不思議は全くない。銃程度では相手にもならないような巫山戯た存在が参加者の中に混じっているのだ。

 恐らくは人形が漁夫の利を狙って、勝利を収めつつあった女に対して不意打ちを仕掛けてきたのであろう。
 ここはそういう場だ。いつもどこかで殺し合いが起きている。
 そして、敗残者が皆殺しの憂き目に遭うことも間違いあるまい。
 あの場に残っていれば、自分も皆殺しの対象に加わりかねなかった。
 だから不二子は、混乱の隙に乗じて橋を渡り、東へと歩を進めていた。

 首輪の解除方法。
 疑似餌としてこれ以上は望めないが、絶対にこれに引っかからない魚が二匹いる。端から対象とは考えていない外道だ。

 快楽殺人者と、勝利を目指して人殺しに励む者。

 前者にとっては、首輪を解除する意味がない。
 殺人さえできればいいのであって、首輪のあるなしだとかどうとか、そんなことは一切合切関係ないからだ。交渉を持ち掛けた途端にこちらが殺されかねない。

 後者にとっては、首輪を解除されては逆に困るのだ。
 勝者になって願いを叶えるためには――正直本当に願いが叶えられるものかどうかは眉唾ものだが――この殺し合いのルールが維持された上で、最後の一人として生き残らなければならない。
 ルールを覆す首輪の解除は、むしろ障害として阻止しようとするだろう。

(そういう場合は三十六計逃げるに敷かず、よね)

 青いタヌキから情報を引き出す機会を逸したのは惜しいが、それでも命に代えられるほどの価値はないと断言できる。心中してやる義理も価値も、欠片もない。
 ビルに置き去りにされていたデイパックは、ほとぼりが醒めた頃にでも改めて取りに行けばいい。橋を通らずとも、駅には電車で行くことができる。
 運は自分に向いている。
 遊園地での一件。
 駅での一件。
 橋での一件。
 三度もの危機を、自身が危機に見舞われることなく回避しているのだから――



 そして、それは唐突に訪れた。

「すみません、話を聞いていただけませんか?」

 瞬間、体中からどっと汗が噴き出た。嫌な汗が。
 恐らくは四度目の危機。
 周囲にはそれなりに気を配っていた。そう簡単に背後を取られるはずがない。それこそルパンのような希代の大盗賊相手でもない限りは。

「こちらもできる限り手荒な真似はしたくありません。冷静に聞いてください」

 背中越しに聞こえたのは、随分と若い男の声だった。
 声の位置から距離を推測するに、刃物はおろか長物でも届かない。となれば、相手がこちらに向けているのは射撃武器だろう。弓矢か、あるいは銃か。

「私はHOLYに所属する劉鳳と言います。HOLYとはアルター能力者だけで構成された特殊部隊で、警察機関HOLDに属しています。故に、私はこの殺し合いには乗っていません。むしろ惨劇を阻止すべき立場にあります」

 聞き覚えのない単語が頻出しているが、それらについて必要以上の考察をしているような余裕はない。
 状況は非常に悪い。
 劣勢の将棋盤をいきなり目の前に突き付けられたようなものだ。
 しかし、まだ詰まれてはおらず、王以外に駒が全くないわけでもない。盤上には、こちらの駒も僅かではあるが残されている。

 まず一点。この声の主が銭形警部とは遭遇していないであろうこと。
 もう一点。少なくともすぐにこちらを殺すつもりがないこと。

 後者については、未だ予断は許されない。
 こちらと同じように、無害もしくは有用を装って他者に近付き、情報を引き出して用済みになれば始末しようと企てているのかもしれない。
 もちろん単純なお人好しである可能性もあるが、それに賭けるのはあまりに楽観的に過ぎる。本性を見極める必要がある。

 とはいえ、できることは少ない。
 その中から最も正しい選択肢を選び続けなければならない。

 不二子は両手を上げて敵意がないことを示しつつ、ゆっくりと振り返った。

 そこに立っていたのは、一人の青年だった。
 不二子からすればまだ青臭いガキでしかない。そのガキが、何の武器も持たず、離れたところでただ突っ立っている。
 あまりの無防備さに不二子は思わず気が抜けそうになる――が、思い留まった。
 この態度が自信の現れであることは間違いない。自信に根拠があるかどうかは、現時点ではどうにも判断は付かない。根拠がないと断定することもできない。
 アルター能力とやらが、銃にも勝るものであるという可能性があるのだから。

 こちらの思惑などつゆ知らず、青年は淡々と続けた。まるで演劇の通し稽古でもしているかのように。

「この辺りを何人かの危険人物が徘徊しています」
(それが貴方じゃないことを心から祈ってるわ)

 そんなことを胸中で毒づきつつも、不二子は大人しく青年の話を聞く。

「何者かに追われていたとお見受けし、失礼ながら声をかけました。それは長髪の女子学生か、赤いコートの男ではありませんでしたか?」

 幸いにして、危険人物の情報は先程仕入れたばかりだ。ここは正直に答えておくのが得策だろう。

「いや、ワシが追われていたのは、一人は斧を持ったポニーテールの女で。もう一人は説明しづらいんだが、何かこう、ぱーっと薔薇の花びらに囲まれてな。おたおたしているうちに、その中から赤い服を着た人形が――」
「赤い服の人形だと!」

 そんな怒声と共に、突然胸ぐらを掴まれた。
 あっという間に間合いを詰められたことにも驚嘆を禁じ得ないが、それより何より変化があまりに急すぎる。行動に合わせて態度まで豹変している。

「しかも薔薇の花びら!? その人形、西洋のビスクドールのような出で立ちではなかったか!?」

 最悪の事態に備えつつ――懐には銃が忍ばせてある――声を詰まらせながらも不二子は答えた。

「あ、ああ、言われてみれば、確かにそうだったかも――」
「そうか……疑心暗鬼に囚われて魔道に堕ちることも十分に考えられる。もしそれが本当ならば、俺が責任を持って何とかしなければ。場合によっては、桜田には悪いが真紅も断罪せねばならないかもしれん」

 ようやっと解放され、ごほごほと咳き込みながら――咳き込む振りをしながら、不二子は一人納得していた。
 あの冷静な対応は、予想していた通り全て演技だった。
 そして、本性は予想とは全く異なっていた。
 こいつは真性の正義馬鹿だ。銭形警部のようなタイプとはまた別の。どういった権限で以て罪を断じているのかは知らないが、その行為に恍惚さえ感じていそうだ。
 加えて、ちょっとしたことですぐに熱くなる激情家。
 これほど御しやすい相手もそうそういない。

 駒が次々と手元に戻ってくる。内心では笑いが止まらなかった。少しでも気を抜けば、思わず笑みがこぼれてしまいそうなほどに。
 こちらが青年にとっての悪とならない限りは、危険を及ぼされることはない。逆に保護してくれるだろう。
 同じ正義を志す同志とまで認められれば、惜しみない協力すら得られるに違いない。

 まずは、青年から出来うる限りの情報を入手する。特にアルター能力とやらについて。それが確固たる能力――あの女やら人形やらに匹敵するような――であれば、利用価値は極めて高い。
 無償かつ強力なボディガードを手に入れられるのだから。
 その為の第一歩として、赤い服の人形という共通の情報をこちらから提示できたのは大きい。以後のこちらの言葉に、勝手に真実味を付与して受け取ってくれる。

 そして、ここでまた一つの選択肢が発生する。

 このまま銭形警部の姿を利用するか、それとも本来の自分の姿に戻るか。

 銭形警部の姿における最大のメリットは、首輪の解除方法を餌にできることだ。
 この無駄に明後日の方向へ正義感を燃やす青年にとって、目下最大の悪であろうギガゾンビ。それを打倒――いや、断罪するためには必ず必要な情報なのだから。
 警部という立場もまた、青年の共感を得やすいかもしれない。幸いにして本物と全く区別のつかない身分証もある。
 問題は、銭形警部と面識のある者と遭遇してしまう可能性をどうしても排除できないことだ。まずは次元。生きていればルパン。あとは、この舞台の中で銭形警部と何らかの接触を持った者達。
 しかし、もし策がバレそうになったとしても万策尽きるわけではない。逃げおおせさえすれば、不二子の姿で再度接触を試みることもできる。

 一方で、最初から本来の自分の姿を晒す最大のメリットは、その安定性にある。
 何故変装していたかという理由も、こんな場所で女の身一つでは怖くて支給品の変装道具を使って男装していたとかどうとか、今ならいくらでも説明のしようがある。
 信頼できる人に思えたので正直に話したと言えば、青年も気を良くするだろう。
 ただし、色気を武器として使えないことには注意しなければならない。下手をすると売女呼ばわりされた挙げ句に断罪されかねない。
 まあ色気だけが武器ではない。なれば、か弱い女性を演じて保護欲をかき立ててやるだけのことだ。か弱さの中にも聡明さや芯の強さをうまく演出できれば尚よい。
 不二子の姿でも、ただの保護対象ではなく、もう一歩進んだ同志ともなれるはずだ。

(さて、どうやってこの坊やを籠絡してあげようかしら?)

 銭形か、不二子か。
 どちらを選んだとしても、それが最良の選択であることには違いない。今までと同じように。自分にはその確信がある。
 不二子が持つ希代の悪女としての勘は、ますます冴え渡っていった。




【F-4~5境界/北部道路上/午後】


【峰不二子@ルパン三世】
[状態]:銭形警部に変装中/健康
[装備]:コルトSAA(装弾数:6発・予備弾12発)、銭形変装セット
[道具]:デイバック、支給品一式(パン×1、水1/10消費)、ダイヤの指輪
[思考・状況]:
1:青年からより多くの情報を引き出す。
2:青年のアルター能力が有用なら口八丁で騙し利用する。
  (銭形の姿と不二子の姿、どちらを使うべきか吟味)
3:F-1の瓦礫に埋もれたデイバッグを後で回収。
4:ルパンが本当に死んでいるか確認したい。
5:ゲームからの脱出。
[備考]
※E-2の戦闘について、少年少女達(ドラ、ヴィータ、太一)は全滅、
 女(シグナム)か人形(真紅)のどちらかが勝ち残ったと判断しています。


【劉鳳@スクライド】
[状態]:中程度の疲労、全身に中程度の負傷(打ち身と裂傷が主)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ、支給品一式、斬鉄剣@ルパン三世、SOS団腕章『団長』@涼宮ハルヒの憂鬱
    真紅似のビスクドール(目撃証言調達のため、遊園地内のファンシーショップで入手)
[思考・状況]
1:男(銭形警部の変装をした不二子)が悪かどうかを見定める。
2:長門有希(朝倉涼子)を見つけ出し、断罪する。
3:カズマと決着をつける。
4:ゲームに乗っていない人たちを保護し、この殺し合いから脱出させる。
5:そのためになるべく彼らと信頼を築く。
6:主催者、マーダーなどといった『悪』をこの手で断罪する。
7:赤いコートの男(アーカード)を見つけ出し、断罪する。
8:老人(ウォルター)を殺した犯人を見つけ出し、断罪する。
9:男の発言が真なら、真紅を何とかする。やむを得なければ断罪も。
10:男の発言が真なら、ポニーテールの女(シグナム)を見つけ出し、断罪する。
11:余裕が出来次第ホテルに向かう。
12:必ず自分の正義を貫く。
[備考]
※朝倉涼子のことを『長門有希』と認識しています。
※ジュンを殺害し、E-4で爆発を起こした犯人を朝倉涼子と思っています。
※例え相手が無害そうに見える相手でも、多少手荒くなっても油断無く応対します。
※真紅の特徴が一致したことから、男を信用する方向に傾きつつあります。


時系列順で読む


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179:峰不二子の消失 峰不二子 201:上手くズルく生きて
171:「聖少女領域」(後編) 劉鳳 201:上手くズルく生きて





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