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第二章 加速する成長(2004.9-2005.4)

  • 2004年9月、ついにVOLCANO CUPが桜島溶岩グラウンドで行われた。30分ハーフの試合にぎりぎりのメンバーで臨んだため、その試合は過酷を極め、文字通りの死闘となった。試合自体は1敗1分という結果に終わったが、このときF.C.GREENの結束はゆるぎないものとなり、メンバーも大きく増えることとなった。それぞれのメンバーがこのとき何を感じ取ったのかは様々であると思うが、共通して言えることは、サッカーを通じて得ることのできた充実感、達成感であったと思う。そして来年こそはという気持ちであったに違いない。そういう意味でこのVOLCANO CUPは、F.C.GREENの歴史において大きなターニングポイントとなる出来事であった。VOLCANO CUP以後のF.C.GREENの活動はめざましい勢いで活発化していった。それまで全てを取りまとめていた廣瀬の提案により、メンバーの増加に対応し、F.C.GREENの運営を円滑に進めるため、仕事の分担が行われることとなった。これにより、主な役職として、場所取り係(石原)、連絡係(森崎)、会計(枦川)、そしてGM(廣瀬)が誕生することとなった(ちなみに、このとき私も宴会部長に就任)。このころからサッカーの対外試合も頻繁に行われるようになった。また、場所取り係の石原の努力により、鴨池ドームでのフットサルの場所取りを定着化させ、週2、3回の練習を行うことが可能になった。活動の中心がサッカーからフットサルへと移っていったのもこの時期からであったと思う。これは、サッカーを練習する場所を毎週同じ場所で確保することは難しい一方、場所が毎週確保され、少ない人数でもできるフットサルの方により熱が入っていくということを考えると自然なものであった。F.C.GREENの活動はメンバー、内容ともに安定化した。そんな中、GM廣瀬はその類まれなる発想力によって次なる企画の構想を考えていた。1つ目は、2着目のユニフォームの構想であり、2つ目は、F.C.GREEN主催のフットサル大会開催の構想であった。F.C.GREENのメンバーはGMの熱い情熱に共感し動き始めた。まず、2着目のユニフォームであるが、完全なオリジナルユニフォームにしようということでワッペン、ロゴなどを自分たちでデザインすることになった。adidas shopのアドバイスなどをいろいろ参考にしつつデザインを考えること3ヶ月、こだわってこだわりぬいて、ついに納得のいくユニフォームが2005年2月に完成した。このユニフォームが2005年度のチームユニフォームとなりチームの象徴になった。余談であるが、今のユニフォームのワッペンは白縁であるが、構想段階でサンプルとして作ったワッペンは金縁であった。今となっては幻の金縁ワッペンである。ユニフォームの話が一段落した2月下旬から2つ目の企画であるF.C.GREEN主催のフットサル大会開催の準備に入った。それぞれが役割分担をして仕事を進め、8チームの参加を得て、2005年4月2日の開催にこぎつけることができた。このときの大会関係書類の作成を担当したのは連絡係の森崎であったが、彼の働きにより立派なパンフレットを配布できたことも大会をよりクオリティの高いものにした。またadidas shopのスタッフからの大会準備、運営方法などさまざまな面でのアドバイスがあったことも忘れてはなるまい。大会の結果であるが、F.C.GREENから出場した新2年生を中心とするGREEN ぴ~すが優勝してしまったことも今となってはいい思い出である(決勝戦はPK戦までもつれ込む白熱した試合となった)。大会は盛況のうちに終えることができた。この企画の成功を通して、メンバーはF.C.GREENのもつ新たな可能性に気づくことができた。