成歩堂×千尋


本当は彼女の前に顔など出せた義理ではなかったかもしれない。
でも僕にも事情があった。ある男に会うために、学部を変更してまでこうして弁護士資格を取ったのだ。
それにあの事件で僕を弁護してくれた千尋さんを、どうしても手伝いたかった。

「よろしくおねがいします」
「よろしくね」

あっけないほど簡単に僕の採用を決めた千尋さんは決して自分からはあの事件のことを口にしなかった。
一度だけ僕のほうから彼女の恋人の容態を尋ねたことがある。
死んでしまったのか、と暗に聞く僕に彼女は「それよりなお悪いわ」とだけ答えた。
冷たい肌を持ちながらもまだ生きている恋人を忘れることも見捨てることもできないのだろう。

とにかくこの事務所は仕事とそれに伴う雑用(僕の仕事だ)がとても多かった。
千尋さんはやるべきこと、やらなければならないことを持っていたが、それ以外にも助けを求める人達のために働いていたからだ。
おかげで法廷デビューを果たしていない僕でも、かなり実践知識を積むことができた。
彼女は僕を帰らせたあとも大抵、遅くまで事務所に残って調べ物をしていた。それが彼女のやらなければならないことだった。

その夜、僕が事務所に引き返したときも古い事件のファイルや様々な記事のスクラップを厳しい顔で見つめていた。
顔を上げて、言葉には出さずにどうしたのと問いかけてくる。僕も口では答えずにただ買ってきたワインを見せた。
この日は千尋さんの手によって僕の無罪が確定し、そして神乃木さんに毒を盛った犯人が確定した日だった。
彼はいまだに目を覚まさない。彼女にとってはお祝いするような日じゃない。それはわかっていたけど…
彼女はいつも張り詰めている。事件は解決したけれど恋人を失った無力感と戦っているといってもよかった。
でも僕は、そんな彼女によって確かに救われた人がいるのだと教えたかったんだ。


「思い出に」
短くそう告げたあと、僕達は一言も言葉を交わさずに杯を交わした。
2杯ずつ飲み干すとボトルがほとんど空になった。
ずっと血色の悪かった千尋さんの肌にもようやく赤みが差してきて、僕はなんだか少しほっとした。
「少しは甘えてください。僕はまだ見習いで、年下で、あなたに救われなきゃ犯罪者になっていた間抜けですけど…それでも一応、男です」
酒に酔った以上に、きっと僕の顔は赤らんでいたと思う。彼女は少し笑って、それから僕の隣に座りなおした。
「それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな?」
千尋さんは俯いて、僕の肩に自分の頭をそっと乗せてきた。小さなため息とともに彼女の悲しみが伝わってきた。
悲しむより先にやることがある、いつもそうやってきた千尋さんに僕は少しでも気を休めて欲しかったんだ。

気がつくと、彼女は両手で僕の襟元を握りしめていた。激情を押し殺すように、あるいは泣くのをこらえるように。
僕は腕を回して千尋さんを抱きしめた。彼女が顔を上げたとき、僕達はお互いに何を望んでいるかがわかり、そのままキスを交わした。
ふたりとも喪失の痛みを知っていた。それは両方とも、死を伴わない喪失だった。
彼女の真の恋人は、ただ眠っていた。そして僕の虚偽の恋人は、死を宣告されてはいたけれどまだ生きていた。
普通の人が刻々、死に近づいているように彼らも死に向かっている。そういう意味では、彼らはまだ生きているといってよかった。

僕は彼女に安らいでほしい一心で、できるだけ優しく唇を押し当て髪を撫でた。
それはほとんど初めての少女に見せる気遣いのようで、年上のそれも成熟した女性に対するものとしてはあまり適切ではなかったかもしれない。
幾度か口付けを重ねたあと、千尋さんが思い切ったように口を開いた。
「お願いがあるの……優しく、しないで」
彼女はこれを、罰のようにして受け入れたいのだとわかった。それは僕の意図とは違っていたので少し気落ちしたが、
毎日のようにビシビシ僕をしごいている彼女をそんなふうに扱ってもいいという提案はとても魅力的に感じた。


僕は頷いて髪を撫で上げていた手を止めた。後ろから髪をひっぱって顔を上向かせると、今度は唇をこじ開けて深くキスをした。
角度を変えて何度も舌を絡ませる長い口付けに、彼女の呼吸が苦しそうなものに変わっていく。
「あ、ぅ…っ、ふぅ……ん!」
彼女のブラウスにかけていた手を僕はとめた。上気した顔で彼女が不思議そうに僕を見上げた。
「自分で脱いでください」
思ったよりも冷たい声で僕は命令していた。
一枚ずつ服を落としていく彼女を、僕はじっと見つめていた。それは彼女の身体をさらに熱くさせるようだった。
とうとう下着だけになった彼女が僕に尋ねる。
「あなたは、そのまま?」
「このままです。さあ全部脱いでください」
白い肉感的な身体が僕の前に晒された。激務も過酷な運命も、彼女の身体を損なうことがなかったことを僕は喜んだ。
スタンドの薄暗い明かりの中で、劣情に溺れた上司と対峙するのは奇妙な気分だったが、とても高ぶるのも事実だ。
千尋さん、と欲望で掠れた声で名前を呼ぶとぴくりと身体を震わせて僕にしなだれかかってきた。

「ひぃ…んッ…あぁ…や、ぁ…ん」
僕は生贄の喉笛に喰らいつき、唾液を啜り、肉を貪った。時々、高く上がる嬌声がますます僕を残酷にさせた。
口の中で硬く尖っている彼女の乳首を甘噛みし、まだ中心に触れていないにも関わらず彼女がひどく感じていることがわかった。
強く苛むほど感度がいい。普段の彼女からは想像できないが、こうした隷属的な性行為が彼女の好みなのだと認めないわけにはいかない。
耳元で次の指令を送ると、彼女は僕のズボンからすでに立ち上がっているものを取り出し咥えこんだ。
亀頭から根元まで上下する彼女の唇の感触があまりにも気持ちかったので、僕は呻き声をあげそうになるのをようやく堪えてできるだけ低い声で話しかけた。
「千尋さんはこんなイヤラシイこともとても上手なんですね」
何か抗議の声を上げようとする女を両手で押さえ込み、さらに深く咥えさせる。
それから片手を彼女の突き上がった尻の間へと伸ばして中心へ滑らせると、たちまち僕の指が愛液に濡らされるのを感じた。
彼女の口の動きに合わせて、僕も秘所へ指を差し入れていく。湿った音が部屋の中を満たす。
指を2本に増やして根元まで挿れて掻き回すと、ついに彼女は肉棒を口から放し啜り泣く様な喘ぎ声を上げはじめた。
たっぷりとその声を愉しんでからそこから指を引き抜き、後方への侵入を試みた。濡れて潤滑な指がたちどころに内部へ飲み込まれていく。
「!!…イ、ヤぁ…っ!そんなトコ、だ…め…!」
「こっちは初めてですか?そんなにイヤ?」
ぐりぐりと腸壁を抉るように動かすと、物も言えない彼女は指を強く締め付けて応えた。
指を勢いよく引き抜くと、ぐぽっという音がした。
「それじゃあ、両方とも可愛がってあげましょう。きっと気に入りますよ」
僕は彼女の後ろには親指を、前には他の2本の指を差し入れた。
輪を作って中で指を擦り合わせると、彼女は身体を引き攣らせて絶頂に達した。
手首全体を掴むようにして動かせば、バックで挿入されているかのように腰を高く振って応えた。


彼女を上に跨らせ、僕は内部へ押し入っていく。
挿れられただけで蕩けるような顔で僕を見る千尋さんに、もっと感じてほしくて夢中で下から突き上げた。
ぎゅうっと締め付けられる感覚が、僕を襲う。見上げると彼女の目から涙が流れていた。
彼女は僕を抱きしめ、小さな声で「ありがとう、なるほど君」と言った。
千尋さんはきっと恋人が倒れてからも泣くよりほかにすることがあるからと、ずっとこんなふうに泣いたことがなかったに違いない。
僕はまだ硬度を保っていた。彼女の体つきと僕の年齢を考慮するとこれはほとんど驚くべきことだ。
身体だけじゃなく心も、もっと解放してほしくて僕は囁いた。
「もっと、泣かせたい」
体勢を変え、彼女を下に組み伏せて片足を抱え上げた。
僕は彼女とひとつになれるくらい、奥まで何度も自分を打ち付けた。
彼女は快楽の中でさらに多くの涙を流し、それは痛ましくも美しい姿だと僕には思えた。


「その一度だけだったよ、僕と彼女は。このことは真宵ちゃんも知らない。もちろん、今も生きている彼女の恋人も。
いや、生きていたというべきかな。もう彼は、昔とは姿も名前も違うのだから」
そして僕を真に愛してくれたあの恋人も、いまや生きてはいないのだ。あやめさんのことを、ちぃちゃんとはもう呼べないからね。
僕は心の中で付け加えた。

目の前の男は少し混乱しているようだったが、気を落ち着けるとようやく口を開いた。
「しかし…君は真宵くんのことを」
僕は息をひとつ吐くと、御剣を正面から見つめて答えた。
「確かに、おまえが考えてるように僕は真宵ちゃんにある種の感情と、責任を感じている。つまり、兄のようなという意味だけど」
御剣はいまや着ている服と同じくらい顔を紅く染めていた。
「それでは、かまわないのだろうか?その、私が…」
「もちろんだよ!真宵ちゃんを幸せにしてやれよな」
もれなく付いてくる春美ちゃん込みでの新婚生活はなかなか大変だろうけど頑張れよ、とこれは独り言。

僕は窓の外を見ながら考える。僕達が失った大切な人たちは、本当には失われていないのだと。
霊媒に頼らずとも、僕は千尋さんをありありと思い出すことができる。法廷やこの事務所の中で、あるいは彼女の妹の中に。
そして夏から春にかけての短い幸福な思い出の中で、僕は恋人だった可憐な少女のことを思い起こした。
拘置所での面会の手続きに必要な書類を書くために僕は机に向かった。そうだ、彼女はまだ生きている。
彼女の本当の名前を呼んだとき意地悪な姉の掛けた魔法は解け、僕の恋人は鮮やかにその命を取り戻すに違いないのだ。
最終更新:2006年12月13日 08:03