御剣×真宵(真宵×御剣寄り)
「君にはずいぶん……ひどいことをしたと思っている」
背後に彼女の気配を感じながら、御剣は独り言のようにつぶやいた。
「姉殺しの犯人に仕立てあげて追い詰めた次は、母親の所在を知りながら教える事もしなかった」
口から紡がれる懺悔の言葉。彼女は相槌も打たずにそれを聞いている。ただ黙って、御剣の次の言葉を待っていた。
「許して欲しいとは言わない。これは私の罪だ。だから君には私を断罪する資格がある。
……そうだろう、真宵くん」
永遠のような一瞬が二人の間に流れた。
一秒、あるいは一時間。揺らぐ時間感覚はやけに明るく発せられた真宵の声で正常に収束した。
「難しい話はよく分からないなぁ」
「シンプルな問題だよ。私を罰すればいいのさ。君の好きなやり方で」
「好きにしていいの?本当に?」
「誓約書でも書くか?」
「いらない。でもさ、御剣検事。それってそんなまどろっこしい問題じゃないんでしょ」
どういう意味だね、と振り返って―――絶句した。
目が合った。否、彼女とではなく。
黒い機関銃の、銃口と。
日本で本物を目にするとは思わなかった。
しかも真宵の細腕がそれを持っているとなるとますます滑稽である。なにかの冗談だろうか。
「あたしにいじめてほしいんじゃないのかな?」
眩しい笑顔で、真宵はそう問い掛けた。御剣は彼女の全身を上から下まで見てから機関銃を見、そしてまた彼女を見る。
「その、真宵くん」
「ん?」
「その格好は罰を与える際には適切ではないんじゃないだろうか」
紺色のスカートから伸びるしなやかな足。少女というより少年のそれを思わせる。
赤いスカーフも、彼女にはよく似合っていたけれど。
だからといってセーラー服はないんじゃないだろうか。
「好きなくせに」
気がついた時には機関銃の銃口が顎に押し当てられていた。玩具やモデルガンとは明らかに違う、冷たい感触が伝わって来る。
「ま、真宵くん」
「罪がどうだとか罰がどうだとか……それは言い訳だよね?
ただあたしにいじめてもらいたいだけだよね?」
「違う、私は」
御剣の言葉は最後まで続かなかった。スーツのズボン越しに、彼女の細い指が這うのを感じ、思わず息を飲む。
「だったらなんでこんなになってるの?矛盾してるよ」
「う……」
あぁ、なぜセーラー服なんだ。
なぜ機関銃なんだ。
異常だ。だが一番の異常は、こんな状況下で馬鹿みたいに興奮している私自身に他ならない。
「楽にしてあげる」
「……銃でか?」
真宵はいつもの無邪気な笑みを一層濃くするのみであった。
銃口を突き付けたまま、左手で下を指差す。
横になれ、という事らしい。
言われたとおりにしながら、仕方ないんだ、と御剣は何度も頭の中で繰り返す。
仕方ないんだ。機関銃の銃弾をぶち込まれたくなんかないから、仕方なくそうしただけ。
別に期待なんかしていない。期待なんか……。
仰向けに寝かされた御剣の腰の上に、真宵が乗ってきた。機関銃を下に置き、優しい手つきで彼の髪を撫でる。
スーツを脱がせられるのにさほど時間はかからなかった。真宵は慣れた手つきで御剣のシャツをはだけさせる。
まさか他の男にもこんなことをやっているのだろうか。
背中に悪寒が走る。おぞましい。真宵が自分の知らない他の男に抱かれている所など。
ちゅ、と音をたてて、彼女は胸元に吸い付いた。押し殺せなかった声がつい漏れてしまう。
胸元から首筋、それから頬。そこに舌先が触れるキスをされるのはたまらなく甘美だったが、同時に物足りなかった。
その唇が御剣自身の唇に重ねられることはついぞないし、本当に吸い付いて欲しい場所に彼女は来る気配も見せない。
「足りないよね?」
「なにが、だ」
自分の息はとうに乱れていた。顔を上げた真宵は御剣をまっすぐ見据える。
「本当は……違うとこに来て欲しいんでしょ。バレバレだよ。
お願いしたら叶えてあげる」
「出来るわけない……」
「へぇ?こんなに興奮してるくせに?いつも冷静な御剣検事殿があたしのセーラー服姿で欲情してるって白状するのが嫌なの?
違うよね、だっていつもあたしの事考えて抜いてるんだもん。
頭の中は汚い妄想でいっぱいなのに、余裕ある大人のフリして」
どうしてそんな事を知っているのだと考えるよりも、稲妻みたいな快感が御剣の身体と頭を駆け抜けていくほうが早かった。口汚なく真宵に罵られているのに、それはそれは素晴らしい痺れを感じた。
「興奮してんじゃねぇよ、変態」
ぞっとするほど鋭く冷ややかな声が浴びせられる。真宵だった。
「何嬉しそうな顔してるの?言葉でいじめられたのが嬉しいの?」
「真宵くん、私は」
「答えろ」
ぐい、と。真宵の華奢な手が首にかかる。
「興奮した?欲情した?舐めてほしいならお願いしなよ。妄想実現させるチャンスだよ」
首が絞まる。苦しい。
だが抵抗出来ない。小柄な彼女を突き飛ばすなど造作もない事の筈なのに。
「はぁ……どうにもならないね。このマゾは。罵ったらますます固くしちゃってるよ」
「あ……う……」
「御剣検事ー?お願い出来ないならこのまま絞めちゃうよー」
息が出来ない。真宵が笑っている。
苦しいけれど、今までにない快感が脳内から溢れている。
今ならきっと、笑って死ねる。
下半身が燃えるように熱い。せめて真宵の口の中で出したかったが、どうもそれは無理らしい。
まぁいいさ。御剣は前向きに考えることにした。
愛する彼女にこうして罰を与えてもらっているのだから、自分は幸せだ。
罵られ蔑まれ。あぁ、なんて私は幸せ者なんだ。
どうにでもしてくれ。
―――
―――
「幸せだ……」
「何が?」
きょとんとした真宵の顔が、眼前にあった。
「―――ま、真宵くん!?」
御剣は文字通り椅子から飛び上がった。はずみで何枚かの書類がはらはらと落ちる。
「大丈夫?なんか、うなされてたけど……」
そうだ。ここは自分の家。真宵は今泊まりに来ていて、自分は仕事をしようと自室に入り……うたた寝をしてしまった。
とすれば必然的に、先ほどのあれは―――
「……夢」
「夢見たの?怖かった?」
心配そうに近寄って来る真宵の服装は、セーラー服ではなく彼女には大きすぎる御剣のワイシャツだった。
無論その手に機関銃は握られておらず、夢の中で御剣の首を絞めた手のひらは、何重にも折られて、それでも余る袖口から僅かに覗いているだけ。
「うム……悪夢だった」
「疲れてるんだよ。御剣検事、最近忙しそうだもん。無理しないで」
罵りの響きなど微塵も見出だせない優しいいたわりの言葉に、御剣は口許を緩める。
「ありがとう」
だが立ち上がろうとして困ってしまった。なかば予想はついていたのだが、情けないことこの上ない。
腰を浮かせたままという中途半端な御剣の体勢に、真宵が訝しげな視線を送る。
慌てて椅子に座り直して、ペンを手に取った。
「あー、先に寝室にいてくれないか。私もすぐ行くから」
「え?あ、うん。いいけど。本当に平気なの?」
「安心したまえ。バカのバカげた妄想がバカげた形で具現化しただけだ」
冥の口調を真似ると、真宵はさもおかしそうに笑った。これだ。彼女はやはり天真爛漫に笑っていなくては。あの無邪気すぎる笑みはさながら凶器だった。
「分かった。でもちょっと待ってて」
「ん?」
「見せたいものがあるんだよ」
ぱたぱたと部屋を出て行く真宵の背中を見送ってから、御剣はこっそり溜め息をついた。
「(さて……こいつをどうしたものか……)」
呼吸を整え、邪念を取り払う。今のは夢だ。馬鹿馬鹿しい夢。
何度か繰り返すうちに、下半身の昂りは次第に落ち着いて来る。
「(よし。もういいだろう)」
あんな夢を見るなんて精神が乱れている証拠だ。すまない真宵くん。君があんな事をするはずもないのに、私の勝手な妄想のせいで。
でももう、大丈夫だ―――。
「御剣検事ーっ」
彼女が戻って来た。笑顔で迎えてやろうと振り返った御剣は、すぐに振り返ったことを心の底から後悔した。
「……………」
「えへへ、似合う?」
戸口に真宵が立っていた。
可愛らしいセーラー服を着て、少し照れくさそうに笑いながら。
だがその手に携えられた機関銃は、こちらをまっすぐに向いている。まるで―――悪い冗談みたいに。
――――
夜中の電話ほど迷惑なものもない。
枕元の携帯から鳴り響く電子音に安眠を妨害されて不愉快極まりないが、仕方なしに手に取って液晶画面を改める。
「はい……ぼくだけど……」
『なるほどくん?』
「真宵ちゃん……君には一般常識ってのがないのかい。今何時だと―――」
『ねぇ、御剣検事ってセーラー服に何かトラウマでもあるのかな?』
「……はぁ?」
本気で困ったような声音の真宵に、成歩堂は思わず間の抜けた声を上げてしまった。
『今度の忘年会で着てみてってヤッパリさんがくれたセーラー服を着てみたら、御剣検事いきなり泣き出しちゃったんだよ』
「あぁ……あの機関銃つきの。銃口からビールが出るやつだろ」
『ど、どうしよう。あたし嫌なこと思い出させちゃったかな』
「さぁ……ほっとけば?あいつ結構わけ分かんないとこあるし」
『うーん……』
悩む真宵の声を聞きながら、成歩堂は戯れにラジオのスイッチをいれる。深夜でも勢いを失わない、陽気なDJの声。
―――さぁ、次の曲行ってみよう!眠れぬ夜にはこの曲で懐かしさに浸ってみては?
いや、俺のトシばれちゃう?あはは……。
ではお聞きいただきましょう、『セーラー服と機関銃』から『夢の続き』……
【了】
最終更新:2006年12月13日 09:27