「真宵ちゃんが最近大人っぽくなってきてさ、
恋愛ドラマ観てませた事言ったりするんだよね」

某月某日、検事局・上級検事執務室。
御剣に用事があったついでに、などと言って、最近、
成歩堂龍一は事有るごとに狩魔冥の部屋を訪れる。
冥が先日手がけた裁判をたまたま傍聴しての感想だとか、
やーぼくもそろそろ車の免許取ろうと思ってるんだけど
27にして今更教習所で若者に混じるのも何だか
気恥ずかしいね、だとか、どうでもいい話をして帰るのだ。
冥は、恋をしていた。
目の回るような仕事の合間に一息つく時に、
無意識に考えるのは決まって成歩堂の事ばかり。
顔を見たい。話がしたい。
…次はいつ会えるのだろう?

笑う時の声が好きだ。意外に男らしい、
骨ばった手に気付いた時にはどきどきした。
熱い性格と思いきや、たまに驚く程ものごとや人に
対して執着を感じさせないドライな一面を見せたり。
この男の何もかもが、今までの冥には縁遠かった
感情を与えて続けて最早どの位になるだろう?
本当は素直に、笑いたい。好きだと言いたい。
なのに口をついて出る言葉は、すげないものばかりで。

「…バカがバカみたいなつまらない話ばっかり」
「ここは私の城なのに、どうしていつもあなたが
我がもの顔で入ってくるのか説明して欲しいわね」

なんだかんだと理由をつけて成歩堂は足しげく
通ってくるのに、一向に発展しない
二人の間柄に、焦燥を感じずにはいられない。
しかしいつもの喧嘩じみたやり取りに、
冥はまた幸せを感じているのも事実だった。
このままの関係でも、別にいいじゃない?
そう思ってはまた蘇る恋慕の情。
誰にも見せない部分で、俊巡は繰り返された。
今日も、また。
成歩堂の軽口におざなりな相槌を打ちながら、
頭の中では堂々巡りをする。

何故、この男はさして来る必要のないここを訪ねる?
そしてくだらない事ばかり話して帰る?
成歩堂が時折、言葉が途切れた時に見せる
困ったような優しい笑顔に、戸惑った眼差しを
返すひとときに、まるで…そう、恋人同士、
みたいな、甘いものを感じているのは私だけなの?…
その瞬間、成歩堂が、「彼女」の名前を言ったので。
いつもならバカね、で流せたはずなのに、
たまたま、そう、たまたま、今日は、できなかった。

「…さっさと帰れば?」
「は?」
「その、マヨイちゃんの所へ。
待っているのでしょう、彼女。あなたみたいなバカを」

「え?なに急に怒ってるのさ、かるま検事…」
「お、怒ってなんかないわよ!」
「や、明らかに怒ってるじゃないか…」
正しい。成歩堂はまったく正しい。
自分は怒っているのだ。
甘やかに思える二人の時間を過ごしたあとに
一人になって、その存在を思い出しては
落ち込んでしまう、成歩堂の一番そばにいる、
かわいらしい彼女の名前を出された事に。
そして、その事で乱れてしまった自分の心にも。
「どうしたのさ、何を急に。そりゃ僕が、その…
用もないのにさ、ダラダラ居座って悪かったけど」
なによ。なんで怒るのか、全然わかっていない癖に!
そう思うが早いか、唇は次の悪態をひとりでに吐く。

「そうよ…用もないのに!さっさと出ていって。
つまらない話なんて…大好きなマヨイちゃんに
聞いてもらえばいいじゃないの!!」
まぶたが、熱い。だめだ、泣いてしまいそうだ。
誰よりばかばかしいのは自分ではないか。
真宵は自分とは違う。同じ女性の冥から見ても、
自分の気持ちに素直で可愛らしく、好ましく思う。

「…そりゃ、悪かったよ。忙しい君を捕まえて、
くだらない話に付き合わせて。でもね、
狩魔検事、ぼくはその…他でもない、…君と…」
わたしは、あの子とは、ちがう。「どんなくだらない話でもいいから、してい…」
「…黙って!うるさい!!!」

…しまった、と思った時には遅かった。
成歩堂はため息を一つ呑み込むと、
いかめしい顔で、つかつかと冥に近寄ってくる。
ああ、わたし、ぶたれるのかしら?
反射で目を閉じて、次に与えられた感触は、…唇。
「うるさいのは、君だ、狩魔検事」
そして、憎まれ口の二の句は永遠に
紡げなくなった。目と目も反らすことができない。
二回目のキスはどちらからでもなく。
先ほどより深く唇をついばみあう。
ひと呼吸置いて、三回目。成歩堂の舌が
差し込まれる。お互いの首に手を回し、
くちづけは徐々に深度を増してゆく。
お互い、やっと素直に、ならざるを得なかった。

執務室の上等なソファに倒れ込み、成歩堂は
唇を依然強く吸いあわせたまま、冥の胸に
手を滑らせ、ふくらみを確かめる様に撫でる。
そして襟元のリボンに手をかけ、それをほどく。

熱に浮かされた頭で、冥は考える。
何だか凄い事になってしまった。鍵は掛けたっけ?
抵抗、しなければ。私はまだ、セックスを
した事がない。初めての経験は、こんな、
仕事場なんかではなくて、そう…夜景の
見える様な素敵なホテルのスイートか何処かで、
こんな仕事場なんかじゃなく、ああ、
初めてなのに、初めてとまだ告げていないのに、
成歩堂は初めてなんだろうか、でもこんなに
器用にいつの間にかブラジャーのホックを
外されているし、ああ、そう、予定では…
ふかふかの大きなベッド、薔薇の花びらなんかを
散らしたベッドで、やさしくリードされて…

「…っ!」自分の発した息で、我に返る。
成歩堂の舌は首筋から鎖骨を経て
乳房にたどり着き、ふくらみの先端を
ちろちろと舐る。もう片方の乳房は
あの冥が好きな手で揉みしだき、指先が
敏感な突起を擦る。舐められていた
もうひとつは、今や強く吸いあげられていた。
脚のつけ根のあたりが、きゅんとする。
今度は声が押さえられなかった。
「あ…ああ…ん…!」
なにこれ。下品なポルノ女優みたい。
もっと、もっとって、お願いしてるみたいな。
淫らな。出そうと思っているわけじゃないのに。

成歩堂が、冥を見上げて嬉しそうにする。
「…狩魔検事、声、可愛い」
「や…!や…だ…!!」
恥じらいに身を震わせるが、成歩堂の
愛撫は止まらない。ちゅうちゅうと音を立て、
赤ん坊のように乳を吸いあげながら、
スカートをたくし上げ、ストッキングと下着を
降ろしてゆく。キスが深くなっていた時くらいから、
自分の下着が湿っていくのを、冥は感じていた。
今や、どんなふうになっているんだろう?
恥ずかしくて死にそうになった時に、
太股に当たった成歩堂のスラックス越しの感触に
気付いて、ああ、同じなんだと思うと、
冥は少し安堵した。

下着を脚に引っかけたままの恰好で、成歩堂の
指先はゆるゆると丘をなぞり、先ほどから
熱くてたまらなかった場所に触れる。
「…ねえ、すごいよ?」
「ば、バカ…!!」
蜜をすくい取った指先を冥の眼前に
成歩堂はつきつける。
「まだ、おっぱい触っただけなのに…、
めちゃくちゃ、糸ひいて、ほら…」
「やあ…、いじわる…」
「見て、かるまけんじ…」
成歩堂は蜜に濡れた二本の指を、
冥に見せつけるように、自身の口に入れる。
「もぉ…な、成歩堂、龍、一…!
そ…そんなの、きたな、いじゃない…!!」

「…汚く、ないよ。汚いもんか」
成歩堂は、そう言うと冥の脚を開き、
そこを覗き込もうとした。
「な、何をするの!!やめなさい!!!」
何が起きるかを察して、大きな声が
出てしまった。その時、ドア越しに足音が聞こえた。
成歩堂はもう一度体を起こし、冥に向き直り、
小さな子供にするように、静かに、と
指を口元で立てるポーズをしてみせる。
「人通り、あるみたいだから。
もうちょっと、声、がまんしてね」
ああ…。妄想の中での初体験では、
声、我慢しないで、と言われる筈だったのだが。
妄想の誰とも知れない相手ではないこの男は、
次に冥の耳元でこう囁いた。
「あと、本当にやめちゃって、いいの…?」

全面降伏、という言葉が冥の脳裏をよぎる。
端から見れば、男は自分の脚の間に顔を埋めて
犬のようにちろちろと水音を立てているのに。
きっと、したいようにされているのは、
冥の方で間違いなかった。
舌は円を描くように充血したそこを舐め上げ、
上部の突起を転がし、指は冥の中をかきまわす。
セーブしなければ、声は聞こえてしまう。
革張りのソファが溢れだした体液で滑る。
あとで、念入りに掃除をしなければ。

「…っ…!あ、はあ、あ…」
吐息にどうしても、声が混じる。
粘膜がひくひくと、悦びで震える。
成歩堂も指を入れたまま体勢を変えて、
再び冥の上の唇に唇を寄せる。
お互い、欲しいものは、もう、ただ一つ。

「狩魔検事…入れていい?」
成歩堂がかちゃかちゃと音を立てて、
自分のベルトを外し、スラックスをずり下げる。
「ばか、だめ…だめよ…」
「ええっ…どうして…?!狩魔検事も
びしょびしょだし、ほら、ぼくのも…」
成歩堂は冥の指を自分のものに
誘導した。
「や…すごい…」
痛い程なのでは、と思うくらい固くなったそれは、
先端に雫をたたえて反り返っている。
これが、自分の体内に侵入するのかと思うと、
頭がくらくらする。同時に、甘い、期待も。
「…ね?お願い、狩魔検事」
「だめ、よ。…まずその呼び方を改めなさい」

その言葉が起爆剤になった。
成歩堂は冥の上にのしかかり、激しく口付けながら、
途切れ途切れの息の間に名前を呼ぶ。
―――めいちゃん。
そう呼ばれたかった。ずっと。
成歩堂自身が冥の入り口にあてがわれ、
徐々に侵入を開始する。
思っていたよりそれは大きく感じた。
初めての異質な痛みに身体が跳ねる。

「冥ちゃん、痛い…?」
「いた…くないわよ、バカ…!」
精一杯の意地に、何の意味があるのか。
自分でも可笑しくなるが、反射のように強気に答えてしまう。
「うん…なんか、それ、冥ちゃんって感じで」
成歩堂は何だか、嬉しいような不思議な表情で。
「ごめん…燃える」
瞬間、圧力がかかり、二人の距離は、
名実ともにゼロになった。

ものすごい圧迫感。
痛みは、成歩堂がゆっくりと動き始めてしばしして、
せつない悦びに変わる。
「あ…あっ、やあ、あっ…!」
「冥ちゃん、可愛い」
「ばか…あん、ああっ…」
成歩堂の背中に回した手が、彼のスーツの布地に食い込む。
「ちゃんと、つかまっててね」
成歩堂の動きが速くなる。
「ああああ…や、何、これ、怖い…」
冥は未だ誰も触れさせた事のない最奥を突き上げられ、
かつてない快感が身に訪れようとしているのを、
本能で感じ取る。自分の指でいたずらに
得たそれとは異なる、最後の瞬間を。

「だいじょぶ、怖くないからね…
我慢、しないで…もう、ぼくも…」
「あ…ああああああ!!」

そして、冥の身体が大きくわななき、
成歩堂を内包した箇所はびくびくと痙攣して、
成歩堂をきゅうきゅうと絞め上げる。
「冥…!」
成歩堂が名を呼び、ずるりとした感触とともに
冥の中から出ていく。そして、冥の
はだけられた腹の上に、何度にも分けて、
あたたかい飛沫が降り注いだ。

ぎこちなく、後始末を終える。
お互い、照れたような、むずがゆい沈黙のまま。
「あの…め、冥ちゃん…」
成歩堂が何かを話しかけようとして、冥がさえぎる。
「成歩堂龍一…救いようのないバカだわ。
どうしてくれるつもりかしら?」

「ど、どうしてくれる、とは…?」
「私…こんなふうに処女を喪失するつもりじゃなかった」
「ご、ゴメンナサイ、いやその」
「素敵な男と、たくさんデートして、キスして、
完璧に順序を踏んで…完璧な部屋で、
完璧な記念日に、完璧に遂行するつもりだったのよ」
「順番、間違ったね…ずっと、その、好きだったんだ。
もっと早く、言えなくてごめん」
「大間違いだわよ…私はてっきり、貴方は綾里真宵と」
「ぼくが好きなのは、ずっと、冥ちゃんだよ。
…好きでもないのに、会いになんか来ないよ」
そして、冥は泣いてしまいそうになるのを隠して、
ずっと言えなかった言葉をやっと、放つ。
「好きよ、成歩堂龍一。…きっちり責任を取って、最初からやり直すことね」

(了)

最終更新:2020年06月09日 17:52