「すいません!遅れちゃって・・・」
「・・・いえ、別に・・・」
どぶろくスタジオ。忌まわしき事件の現場に、オレは再びやってきている。
突然届いた、まことさんからの呼び出し。時間にして、今日のお昼のことである。


成歩堂さんもみぬきちゃんも出払っていて、オレは一人孤独に事務所の番をさせられていた。
(・・・暇だなあ・・・)
"暇"。仕事ざかりな22歳には堪えるものである。
(どうせ誰も居ないんだし、みぬきちゃんの手品のタネでも探してみようか・・・)
と、そんなことを考えた時、事務所の電話が高らかに鳴り響いた。反射で思わず背筋が伸びる。
どうしてやましいことを考えているときに限って、電話ってのは鳴るんだろうか。
「はい、こちら成歩堂法り・・・じゃなくて、成歩堂なんでも事務所です。」
『 』
無言。正直、最初は悪戯電話かと思った。
「・・・あの、どちらさまでしょうか?」
『 』
また無言。
「ど、どういったご用件で?」
『 』
さらに、無言・・・いや。ちょっと待て。
無言は無言なのだけれど、無音ではない。受話器越しに何やらさらさらと音が・・・


「・・・って、まことさん!スケッチは電話越しじゃ見えませんよ!」
『・・・そう、なんですか・・・』
「あ、いえ。テレビ電話っていうのを使えば・・・すいません、脱線しましたね。何か御用ですか?」
レターボックスしか外界との通信手段を持たなかったどぶろくスタジオ。
つい先日、そこに電話線が引かれた。これからは外に目を向ける、というまことさんの意思の下。
『・・・あの。』
「はい?」
『・・・今夜、スタジオへ来ていただけないでしょうか・・・?」
「え、オレが・・・ですか?」
『・・・はい。」
「・・・別に構いませんけど・・・もしかして、何かあったんですか?」
『・・・そういう、わけでは・・・」
なんだろう。まことさんは、何も用事がないのに他人を呼びつけるようなことはしないはずだけど。
別に何かハプニングがあったわけでもなく、何故オレを呼び出すのだろうか・・・?
ま、別に断る理由もない。暇だし。オレは快くその要求に従うことにした。
「わかりました。それじゃ、何時ごろ伺えばいいですか?」
『・・・7時に。お願いします。』
「はい。えーっと・・・みぬきちゃんも一緒に連れて行ったほうが・・・?」
『いえ。オドロキさん、お一人でいらしてください。』
これまた、まことさんにしては珍しい。はっきりとした否定だった。
「わかりました。じゃあ、後ほど。」
『 』
またさらさら音が聞こえる。内容は恐らく"では"とか"さよなら"だろうし、今更ツッコむこともないだろう。
オレは再度別れを告げ、受話器を置いた。


そしていよいよ約束の時間がやってきた頃。オレはと言うと・・・そわそわしていた。
そわそわのあまり携帯での時間確認を怠り、スタジオ到着が7時を5分過ぎてしまったぐらいだ。
正直に告白すると、オレの心の中には一つの期待が渦巻いていた。
・・・そこ、軽蔑の目線を向けないでほしいな。オレだって、健全な一青年なんだよ。
あの事件から今までの間、オレとまことさんはちょくちょく顔を合わせている。
勉強を教えたこともあったし、夕食を共にしたこともある。・・・みぬきちゃんも一緒だったけど。
そういうわけで、オレはなんというか・・・まことさんのいろんな面を知っているわけで。
付き合いを重ねるうちに、相手に惹かれていく・・・そんなベタな気持ちもあった。
好意をもった異性から、夜、「一人で来てほしい」とのお誘い。勿論・・・その、期待するに決まってる。
まあ、その期待を否定するオレも居たわけだけど。何せ、相手はまことさんなのだから。
子供の頃から外界と隔離された空間に住んでいた人。・・・当然、アンダーな知識もないだろうし。
というわけでオレは、そわそわしつつもどこか諦めていた。わかるかな、この揺れる心情。
・・・もっとも、まことさんの行動はオレの斜め上を行ってしまうわけだけれど。

冒頭のやりとり、実は声だけのものだった。厳密には、インターホン越しのやりとり。
勿論オレにはまことさんの格好など見えなかったし、まして事前に知る術なんてあるわけがない。
「・・・こんばんわ・・・」
よって、玄関を開けオレを迎えてくれたまことさんの格好に、オレが度肝を抜かれたのも仕方ない。
・・・まことさんは、バスタオルを巻きつけただけというラフを通り越した格好でオレを出迎えてくれた。
オレの方は、唖然を通り越した無言でまことさんを見つめていた。
「・・・あの。どうかしましたか?」
「は。いえ。あの。別に・・・はい!大丈夫です!」
迷惑にも大声を出してしまうが、これも仕方ないと思う。裁判よりも予想外の展開を目の当たりにしたのだから。
まことさんは、無言で奥へと引っ込んだ。よく見るとスリッパを出してくれている。
入って来いという意味だと自己解釈し、オレは遠慮なくあがらせてもらうことにした。


通されたアトリエは、以前と比べて随分と片付いていた。
・・・なんというのかは知らないけど、絵を描く台も一つしか出ておらず、なんだか広くなったように感じる。
応接用らしきテーブルに腰掛け、まことさんから珈琲を出された辺りで、オレの脳はようやく正常に働きだした。
「あの・・・まことさん。ちょっといいですか?」
「 」サラサラ、シュパッ!
お家芸のスケッチ。描かれた顔は見慣れた笑顔だった。
・・・本人も満面の笑顔で居てくれているのだから、今更スケッチしなくてもいいのにとは思う。
とりあえず、どうぞ聞いてくださいの意味と自己解釈、質問を口にする。
「・・・何故、そんな格好を?・・・もしかしてお風呂上りだった、とか?」
「・・・?」
「いえ、本来オレが首を傾げるべき場面です。疑問符を浮かべないで下さい。」
「・・・お風呂は、夕方入りました。」
「あ、そうですか。」
・・・まことさんは無表情に戻り、場には沈黙が訪れた。なんでそこで会話が終わっちゃうんだよ!
どうやらまことさんはこちらの話を聞く態勢なので、オレは話を続ける。
「その・・・じゃ、なんでそんな格好なんですか?」
「 」・・・サラサラ、シュパッ!
しばしの沈黙の後、スケッチブックに描かれたのは・・・白衣の人、女性?・・・思い当たったのは一人。
「・・・まさか、茜さんと何か関係が?」
「・・・相談をしたら、こうしろ、と言われたんです・・・」
茜さん、そういうことは弁護士のオレを通して・・・いや、関係ないか。落ち着け、オドロキホースケ!
今ツッコむべきなのは、この場に居ない黒幕に対してではなく・・・今のまことさんの発言に対してだろう。
「素朴な疑問なんですが、相談、とは?」
「・・・!」
・・・タブーだったのだろうか。まことさんは俯いてしまった。もしかしたら、男には話せないタイプの相談だったのかもしれない。
バスタオルで客を迎えることが解決策になるような相談とは流石に見当もつかないけれど・・・
「・・・私、あまり人と関わったことがなくて・・・」
おっと、考えてる場合じゃないようだ。いつの間にかまことさんは語り始めていた。
「だから・・・相談したんです。気持ちを伝える方法・・・」
そしてオレは、バスタオル姿の出迎え以上に唖然とさせられる羽目になるのだった。
「オドロキさんに、その・・・好きだ、と伝えたくて・・・」


あまりに唐突な上、まことさんはいつもの無表情に見える。
なんだろう。告白をされていることに間違いはないのに、まったく実感がわかない。
さっき以上に唖然としているオレの目に、まことさんが身体の前で組む手がちらりと写った。
・・・小刻みに震えていた。表情変わっていないのに、内心は緊張しているのだろうか。
そこまで考えて、ようやく実感が沸いて来た。いやはや、オレはなんて鈍い生物なんだろう。
「まことさん・・・その、ホンキですか?」
彼女は、コクリと頷く。まあ、疑ってなどいないけれど。儀礼的に確認をとっただけ。
「それは、オレもすごく嬉しいです。オレも、その・・・まことさんのこと、好きですから。」
「!」
言葉を失っているまことさんがいつもより可愛らしく見える。好きだと言って貰えたから、という現金な心情からだろうか。
「ただ、ひとつ疑問があるんですが・・・」
「?」
「その・・・『バスタオルで迎える』が、茜さんとの相談で貰った答えなんですよね。何故、そんな流れに?」
沈黙。いいかげん、慣れたけど。まことさんは考え込むようなしぐさを見せた後、ぽつりと呟いた。
「・・・そ、そうすれば後は・・・オドロキさんが察してくれる、と。」
「察して、って・・・」
困った人だな茜さん・・・まあ、どこかで感謝してるオレが居るから、一概に"困った"とも言えないんだけど。
「その・・・私、何もわからないので・・・好きな人とは、どんなことをするものなのか、とか・・・」
気付けば、まことさんの顔は真っ赤だった。何もわからない、とは言いつつも、おぼろげながらに把握はしているようだ。
・・・頬を朱に染め、上目遣いにこちらをちらちらと見やるまことさん。・・・ここで、使いすぎな言い訳をまた使う。
正直、こんな彼女を目の前にしてしまったら・・・男として、リミッターが外れても仕方ないと思う。
「まことさん。」
「・・・はい。」
「その、もし良ければ・・・寝室に案内してもらえますか?」
外れたリミッターに従い、オレは・・・静かに席を立つ彼女に続いた。


寝室にてあっさりとバスタオルは取り払われ、雪のように真っ白な肌が露になる。
「・・・本当に、いいんですか?」
「 」サラサラ、シュパッ!
迷うことなく、笑顔を綴った彼女は、スケッチブックをベッドの下へとしまいこんだ。
続けて、精一杯の笑顔をオレに向けてくれる。・・・ちょっと固い気がするのは、絶対気のせいじゃないけど。
「・・・えっと、その。じゃあ・・・ベッドに寝てくれますか?」
素直に従い、横たわる彼女。曝け出される全身に、思わず息を飲む。
体重をかけないよう、ゆっくりとその上に跨りつつ、オレは彼女の肌をそっと撫でた。
「・・・ん・・・」
物静かなまことさんは、ベッドの上でも静かに声を紡ぐようだ。
どこか堪えているかのような喘ぎ。経験不足の否めないオレが相手を務めているせいかもしれないけどね。
「は・・・あ・・・」
白く、透き通るような彼女の肢体。汚されたこともないだろうその身体に、自分がこうして触れている。
その事実を思い返すたび、オレの中から何か熱いものが込み上げる。
まだ、ただその身体を愛撫しているだけだというのに、オレの身体はとてつもなく熱かった。
「・・・ふっ!」
オレの手が秘部をかすめると、それに合わせて身体をすくめるまことさん。
そんな反応のひとつひとつがたまらなく愛おしい。自然とオレの手が彼女を確かめる速度が上がる。
首筋に、胸元に、点々と、貪るようにキスを落としていく。その度に、彼女はくすぐったそうに身をよじる。
離れる身体を逃すまいと、強く抱きしめる。密着し、更に熱を帯びる自分自身の熱さが息苦しい。


「まことさん・・・力、抜いてもらえますか?」
「・・・はい・・・」
言われるがままに脱力する・・・が、それもどこかぎこちなく、固さがとれない。
そんな彼女を安心させたいという想いから、背中に回した手でゆっくりとその身体をさすっていく。
弱弱しい息遣いの周期が少しずつ早くなってきた頃、その身体からは警戒心がすっぽり抜け落ちていた。
「・・・痛かったら、言って下さい。ふぅ・・・できれば、キツイ思いは・・・させたくないので。」
「大丈夫・・・です。」
ぎゅ、っと抱きしめられ、オレの心も決まった。ゆっくりと、オレ自身を彼女の秘部へと沈み込ませていく。
・・・彼女にとっては勿論、そこはオレにとっても未知の領域である。熱気と緊張で頭が煮えるようで。
「ふぅ・・・う、うぅ・・・」
「あ、だ、大丈夫、ですか?」
「へ・・・平気、です・・・」
経験のなさとは哀しいもの。彼女の一声一声に過剰に反応してしまうオレは、やっぱり素人って奴なんだろうか。
勿論ゴムはつけているものの、その快感はまさに極上のもの。自然と腰が揺られる。
「あ、あっ、ううっ・・・」 
振動に呼応するかのように、口から零れる声。それがさらにオレ自身に熱を帯びさせる。
「やっ、ああっ!はっ・・・ああああ・・・」
まことさんの喘ぎ声が少しずつトーンダウンする。と、同時に、オレと彼女との連結部から、トロリと液体が溢れ出してくる。
・・・先にイかれてしまったらしい、何故だか少々焦ったオレは、負けじと快感を貪り続け・・・
「はぁ、はぁ・・・うっ・・・」
目の前にフラッシュが炊かれたような感触を感じ、次の瞬間には強烈な眩暈に襲われ・・・


枕もとの時計が3時を指していた。どうやら、イった快感と共に意識を飛ばしてしまったらしい。
慌てて身を起こそうとして、自分の下に組み敷かれたままスヤスヤと寝息を立てるまことさんの存在に気付く。
紅潮していた頬はすっかりその色を失い、元の透き通る白さを取り戻していた。
愛らしいその寝顔に、軽くキスを落とす。そして、眠りを妨げぬようゆっくりと彼女から離れた。
ベッドに身を起こすと、とてつもなく頭がだるかった。初体験の反動か、まるで風邪でもひいたような頭痛。
オレは、何をするでもなく、ぼーっとしたままでベッドに腰掛けていた。
・・・ふと、もぞもぞと背後で何かが・・・いや、どう考えてもまことさんだが、動く気配がした。
振り返ると、まことさんはすっぽりと布団の中に納まってしまっていた。右手だけが外に出て、何かを探している。
「まことさん・・・パッと見、おばけみたいなんですが。」
事後、最初の言葉にしては、なんとも色気がない。自分の語彙のなさにがっかりする。
言葉に応じたまことさんは、布団からにゅっと顔を出す。ちょうどミノムシの要領で。
こちらをじっと見つめる視線に何かを感じたオレは、慌ててベッド下のスケッチブックを手渡していた。
・・・受け取るが早いが、再度布団にもぐりこむまことさん。中からはさらさらという音だけが聞こえる。
待つこと、三十秒。ちょっと時間のかかった作品が、彼女の顔と共に布団から生える。
そこに書かれていたのは、きらびやかな洋服・・・単刀直入に言う、ウェディングドレスというやつだった。
スケッチブックを顔の前に構えている所為で、まことさんの表情は見えないが・・・オレは、迷わずに話し出した。
「・・・まことさん。」
「・・・?」
「オレ、本気に受け取っちゃうタイプですよ?」

スケッチブックの裏からそっと覗く天使のような微笑み。オレはそれを、ずっと守っていきたいと思う。
そんなオレは、誓いの意味を込めて・・・その天使と、そっと口付けを交わした。

最終更新:2020年06月09日 17:50