近くにいれば見えるものが沢山ある。逆に見えないものも沢山ある。
距離があれば、自分の知らない『相手』が見える。

成歩堂みぬき、15歳。現在青春真っ只中。
にもかかわらず、それを全て魔術に注ぎ込んでいる…いや、いた。
最近の彼女が魔術のほかにも興味があるもの。
それは『法廷』親…義父だが、その血は争えない、というべきか。
あるいは…別の人間のせいか。とはいえ、本人もはっきり理由は言えないだろう。
結局、神のみぞ知るということか。
何はともあれ、つまらない日常を鮮やかに彩る『法廷』を彼女は気に入っている。

「オドロキさーん、なんか事件ないんですか?」
「みぬきちゃーん…そんなこと言っちゃダメだよ。暇なら、それに越したことないって。」
「そんなこと言ってるから、ウチの家計は火の車なんですよ?仕事しなけりゃ単なる居候です。」
…みぬきちゃんの言うことに一理ある、と言葉に詰まった。
だが、だが。王泥喜法介22歳、こんな年端も行かない少女に言いくるめられるのは癪だ。
「警察、消防、病院は暇に越したことはないよ…仕事が無いのが平和でいいのさ。」
「…一応言いますけど、オドロキさんは警察官でも消防士でも医者でも看護士でもないですからね?弁護士ですからね?」
「う」
…キツい事言うなぁ…。実際その通りなのが辛いところ…。
仕事がないのも困るけど、あればあったで平和が乱されているのが実感できる。
弁護士って仕事も中々つらいもんだ。
「で、そういうわけなんで、町へ出て事件を探してください。」
「…何が『そういうわけ』なの?」
「オドロキさんみたいな人は、町へ出れば事件に当たるって相場が決まってるんです。どんな作者でも。」
「(…なんの漫画に影響されたんだろう…)」
「ほら、さっさと行ってください。」
「わかったよ…。」
とぼとぼと、年に似合わない哀愁を漂わせながらオドロキが町へ繰り出していく…。
普通の若者なら、ふてくされて不味いことをしそうな気がするが、悪人になれない男なのでそれはないだろう。


一方その頃、みぬきはというと…証拠品を漁っていた。
「ふむふむ、これが人物ファイルね。
なになに…『成歩堂みぬき』
成歩堂龍一の娘で、マジシャンの女の子。得意技は「ぼうしクン」。常にマジックを持ち歩いている…。
「まぁこんなものかな…ん?でもまだ続きがある。」
自身を奇跡の美少女と称している。実際結構可愛いのだけど、怖いもの知らずというか、天然丸出し。
放っておけない女の子の典型。常に見張っていないと怖い…。
しかし、なんだかんだで結構有能。振り回されつつも気に入っている人物。割と好き。
「…オドロキさん。私をなんだと…。」
多少の脱力感に苛まれつつ、みぬきは人物ファイルのページをめくっていく。
目に止まった項目は、『王泥喜法介』
いちいちファイルするのもどうかと思うけど、僕。
22歳、男。職業は弁護士。まだ新米だけど。
他に書くことがない…。
「オドロキさんのは中途半端だね。ここは、みぬきが書き足してあげよう。報復報復…いじめてやるぅ。」
おもむろに羽ペンを取り出し、みぬきはオドロキの人物ファイルへ筆を走らせた。

性格は真っ直ぐ、一本気。青臭い感じがするけど、みぬきは結構好きなタイプ。
弁護士なのに、イマイチ冷静さが足りない。法廷にもそれを持ち込むのはどうかと思う。
そんな性格のせいで、みぬきは苦労させられている。
でも飄々としたパパとキャラクターが全く違っていて、見ていて飽きない。
そんな性格のせいか、結構男前なのに女性関係の話を聞かない。
とはいえ、色々飛び回っているオドロキさんをまともに見ている女の子はみぬきぐらいだと思うけど。
オドロキさんと一緒にいるのは好き。常に新しい顔を見せてくれるから。
しかし、甲斐性というものを…
「みーぬーきーちゃーん…何してるの?」
突然後ろから声を掛けられたみぬきは、身体をビクっとさせて振り返った。
そこにいたのは、宝月茜。いつもどおり、かりんとうをぱくぱく食べながらの登場。


「アカネさん!ノックぐらいして下さい!」
「ノックはしたわよ。みぬきちゃんが気づかなかっただけじゃない?」
「え、そうなんですか?」
「そう。で、何してたの?」
「オドロキさんの人物ファイルにちょっと手を加えていたんです。見てみますか?」
と言って、ひらひらと人物ファイルをちらつかせる。アカネは興味しんしんと言った所だ。
「面白そうね。是非見たいわ。私をどう書いているか興味があるもの。」
「ちょっと待ってくださいね…。えーっと『宝月茜』

サングラスがトレードマークの女性。職業は刑事の科学捜査官。牙琉検事とは因縁がありそうな気がする。
成歩堂さんとは親交がある。7年前に知り合ったらしいけど、詳しいことは知らない。
常にかりんとうをつまんでおり、どうやってあのスタイルを維持しているか疑問。
もしかするとトランジスタグラマーなのかもしれない。いや、多分そうだ。

「大きなお世話よ!あのバカ!誰がトランジスタグラマーよ!みぬきちゃん!ちょっとアイツの人物ファイルをいじってやるから、そのファイル貸して」
怒り心頭のアカネは、もうみぬきにも掴みかかりそうな勢いでまくしたてた。
暗に『太っている』と言われたのだから、無理もないけど。
「えーっと、今みぬきが書いていたんですけど…。」
「いいから貸してよ!あれに一泡吹かせなきゃ気がすまないわ」
そうまくしたてると、アカネはみぬきから人物ファイルを引ったくり、オドロキのページを憤怒の表情で眺めた。
…が、その顔は段々穏やかになり、人の悪い微笑みが浮かんできていた。
そして、みぬきのページを見て、再びニヤニヤ。
5分も経たないうちに、怒りのオーラはなくなっている。
「みぬきちゃん。あなたの書いたページ、面白いわねぇ…。」
「え?そうですか?」
「だって…まるで、オドロキ君が好きみたいだから…。」
「えぇ?なんでそうなるんですか?」
「自分の胸に聞いてみることね。オドロキ君もみぬきちゃんを憎からず思っているみたいだし…。ふふっ、オドロキ君を締め上げるネタができたわ。」
そういうと、アカネは上機嫌で帰っていった。


嵐のような時間の後、残されたみぬきは、アカネの言ったことを思い出し、自分で書いた文章を深読みしている。
…段々と顔が赤くなっていった。

えーっと…頭の一文…。
みぬきは、結構好きなタイプ…。だね。否定できない。
次の文も、本当の事…でも、そこが可愛いと思ってしまった覚えがある。
その次も、そのまた次も、本当の事…。
最後の部分なんて、直接的だよね。
もしかして、みぬきって、オドロキさんに…。

自分の頬が熱くなっているのに気づいて、恥ずかしい。
見る人なんて誰もいないのに、ソファに顔を押し付けて少しでも火照りをとる。
無意識のうちに、好きになっていたの…かなぁ。
オドロキさんの声も、台詞も、仕草も、癖も、いちいち思い出せる。パパでもそんな事ないのに。
オドロキさんには人を惹きつけるものがある。無茶苦茶な形のカリスマがある。
それに、当てられたのかな…。多分、そうだと思う。
これが『恋』ってものなのかな。きっと。
ふと思ったけど、何だか、オドロキさんがいない日常が想像できない。
つまり、みぬきの心の中に、しっかり根を張ってしまっている。抜けないぐらい、深く。
そして、みぬきの心の中でオドロキさんの占めるウエイトが増えていく…。
一度自覚してしまうと、オドロキさんが居ないのがちょっと寂しい。町へ送り出したのを後悔し始めている。
普段の何気ないやりとりが、なんだか無性に愛しい。
早く帰ってきてくれないかなぁ。声が聞きたいよ。

オドロキさんは私をどう思っているのかな…。
アカネさんに言われて、みぬきの人物ファイルを見たけれど、妹みたいに思っているのかな。
嫌われてはいないけど、みぬきは『女』として見られているのかな?
『恋愛の対象』になっているのかな…?
聞きたい。けど、『違う』って言われたらどうしよう。生まれたばかりの恋を潰しちゃうことになる。
でも、聞きたい。期待したい。聞きたくないけど、聞きたい。堂々巡りだけど、偽らざる心。
(目頭が熱い…)
顔を伏せて泣き声を押し殺していたら、いつの間にか眠っていた。
まどろみの中で、夢を見た。オドロキさんが、私を抱き上げて、キスをする夢。
(好きだよ、みぬきちゃん。)
いつもの笑顔を浮かべて、オドロキさんが言う。私は黙って抱きついた。


いい夢。ずっと目覚めなければよかったけど、そううまくはいかない。
起きてみると、見慣れた天井。私のベッドの上だった。いつ来たんだっけ?
喉が渇いていて、テーブルの上に置いてあった紅茶を飲む。
「あ、みぬきちゃん。起きた?」
口の中の紅茶の味が、一瞬わからなくなった。
「オドロキさん。いつ帰ってきたんですか?」
平静を取り繕っていたけど、いくらか上ずっている声かもしれない。
オドロキさんは、そんな事気にしていない。
「一時間ぐらいかな。帰ってきたら、みぬきちゃんがソファに突っ伏して寝ていたから、
風邪引いちゃうかもしれないと思って運んできたんだ。」
「そう、だったんですか…。」
あの夢、夢じゃ…なかったのかな?やっぱり夢かな。
「みぬきちゃん、なんだか元気がないね。どうかしたの?」
あなたのせいです、とは言えなくて黙りこむ。
「まぁ、言いたくないならいいよ。年頃の『女の子』だからね。無理には聞かないよ。」
『女の子』って…どういう事?オドロキさん…。オドロキさんが『恋』できる女の子なの?ただの『妹』なの?
その言葉で、心のタガは外れた。当たって砕けてもいい。モヤモヤした気持ちを抱いているよりは大分マシ。幾分、開き直っていた。
「オドロキさん…みぬきを、どう思っているんですか?」
「どう…って?」
「もしみぬきが『好き』って言ったら、オドロキさんはどう返しますか?」
「好きか嫌いの二元論なら、『好き』って返すよ。実際、可愛い『妹』みたいな子だからね。」
笑顔を浮かべ、臆面もなく言い切った言葉に、絶望を感じていた。
所詮、私は『妹』なんですね、オドロキさん…。
いいんです。もう。始めから、そんなに期待していませんから。
わずかでもあなたに期待した私が、バカでした。
でも、目は熱くなって、声が上がりそうになっている。
でもいいんです。この涙で、全部押し流すから。
オドロキさんが、どんな顔をしているかはわからない。でも、別にもうどうでもいい。
みっともないけど、構わない。むしろ、嫌われたほうがいい。
でも、感じたのは暖かな腕。髪をさする手。
こんなときに優しくするなんて、オドロキさんは酷い人だと、また思う。
「みぬきちゃん…さっきの言葉、まだ続きがあるんだ。」
え…?
「みぬきちゃん、君は僕にとって『妹』みたいな人だったよ。でも、今は違うんだ。
段々、惹かれたんだ。君に、ね。」
それは、もしかして…。でも、続きが怖い…。
私を掻き抱いた腕に、わずかに力がこもった。私も、オドロキさんも震えている。切なく、弱く。
「好きだよ、みぬきちゃん。『妹』としてじゃなく、『女の子』として、ね。」
「オドロキ…さん。」
そこから先の、記憶はない。

成歩堂みぬき、15歳。現在、青春真っ只中。
恋に魔術に、邁進中。
つまらない日常は『王泥喜法介』の手によって、鮮やかに色づけられていた。

光陰矢のごとし。涙に暮れた告白劇から早くも数か月…。
時計はくるくる回り、カレンダーはめくられ、年の瀬が近くなる頃。
二人は

何もできずにいた。


夜、みぬきが眠る前にまぶたに唇を落とすぐらいで、オドロキは殆ど何もしなかった。
いわゆる「中学生恋愛」というやつである。
理由についてみぬきは…初恋のせいでイマイチ感覚が掴めず、前より親密な遊びをするぐらいで、それである程度満足していたのでそれ以上踏み込む勇気がなかった。
一方オドロキは、貞操観がかなり固く、この幼い『恋人』にまだ大人の恋愛を教えるつもりがなかった。
それはそれでプラトニックでいいのだが、それで収まらないのが好奇心というもの。
特にみぬきは好奇心旺盛な年である。そういう知識もどこからか仕入れてきていた。
物語は、この辺りから始まる。


辺りにはクリスマスの装飾が溢れ、サンタ姿の客引きがところどころにいる。
こんなにうじゃうじゃいるとありがたみが薄いよなー、などと思う。
今はみぬきちゃんと二人で、自分たちだけのささやかなクリスマスパーティー用の食材と飾り付けを仕入れにきている。
キタキツネ組が仕切る店で、結構融通が利く。あんまり利かせたくないもするけどね。
組長…ではなく、店長さんは、いつもの前掛けではなく、赤と白のサンタルックできめている。格好とは違って割と威圧感があるけど…。
店のBGMはクリスマスソング。みぬきちゃんは歌が好きで、こういうのを聞くとすぐに鼻歌を歌いだす。
Rudolph The Red-Nosed Reindeer~♪
「いーつもみーんーなーの、わーらーいーもーの~♪」
「みぬきちゃん、英語の歌なんだから英語で歌いなよ。」
「英語の歌詞わかりませんから。オドロキさんこそ、英語で歌ったらどうです?『赤鼻のトナカイ』」
「…僕も英語の歌詞はわかんないや。じゃあ、日本語で。」
二人の歌声が、きれいに重なる。なんでもない事だけど、なんだかとても嬉しい。
最近はみぬきちゃんとの付き合いも大分こなれてきている。
まだ成歩堂さんには気づかれていない…と思う。元々あんまり家にいない人だし。
仮に気づいていたとしても、人の恋路に横槍入れる性格では…ない、だろう。多分。


あっちの品がいい、こっちのケーキが美味しそう、とせわしなく動くみぬきちゃんを見ていると、思わず抱きしめたくなる。
なんか小動物みたいで、可愛い。愛しい。
遠くに行かないように手をつないで、僕も一緒に引っ張りまわされていた。
そんな、どっからどう見てもカップルにしか見えない僕たちに、好奇の目を向ける人がいた。
「オドロキ君、みぬきちゃん。」
「あ、アカネさん。」
「どうしたんですか?」
「実は牙琉検事のクリスマスパーティーに呼ばれちゃってね。
タダで行くわけにもいかないから、ちょっとお土産を物色しに来たんだ。」
「お土産…ですか。」
「そうよ。何かビックリするものをあげようかと思っているんだけど…。
やっぱりここのお菓子はいいわよ。『根性焼き』に『人情焼き』だもんね。
どうせなら『根性焼き』についてる文字は『根』じゃなくて北斗七星がよかったと思うけど。」
根性焼き…北斗七星…。
(…年がバレますよ、アカネさん…。)
もちろんそんな事を口には出さないが。
「それは確保するにして、あなたたちの話でも手土産になりそうね。」
「へ?みぬき達が、ですか?」
「そりゃそうよ。こんなに面白いカップル見たことないもの。
手なんかしっかり握っちゃって、もうすっかりラブラブね。」
「へへ…そうですよね、オドロキさん。」
「そう…かもね。否定はできないな。」
からかうつもりだったらしいけど、アッサリ肯定した僕たちに対して、一人身のアカネさんは結構辛いらしい。
「甘い話を…ご馳走様。ところでオドロキ君、ちょっと話があるんだけど。」
「僕、ですか?」
「そう。黙ってお姉さんについてらっしゃい。」
無理やり腕を引っ張られて、店の奥へと引きずりこまれていく。
相手が女性である以上、無理やり引っぺがすわけにも行かず、ただされるがまま…。
「オドロキさん、行っちゃヤダ!アカネさん、きっと『りゃくだつあい』する気です!」
と、反対側の腕を引っ張られる。
ある意味両手に花。男子冥利に尽きるのだろうか。それとも最大の失敗なのか。
「みぬきちゃんはダメよ。大丈夫。3分で済ますから。」
そう言うアカネさんには、笑顔なのにかなりの威圧感がある。
みぬきちゃんは渋々ながらも納得せざるをえず、僕の腕を放した。
アカネさんは僕を店の奥へと連れて行った。
先ほどの笑顔とは違って、表情がかなり険しい。
「オドロキ君。わかっているでしょうね?」
「何を…ですか?」
「今日はクリスマス。12/24日の午後9時から翌3時までは、この世でもっともセックスしている時間。
だけど、あの子はまだ十五歳。やっていい事と悪い事があるわ。」
科学捜査官の無駄な知識を出すアカネさん。臆面もなく言い切るあたり、女も二十過ぎると恥じらいをなくすのだろうか。
若干脱力しつつ…そういうことですか。もちろんわかっています、と返すと、アカネさんは満足そうに頷き、小さな箱を取り出した。
箱に書いてある文字は『犯本』。かなり有名な、特殊ゴム製品の会社だ。
「………セーフ・セックスで頼むわよ。まだあの子をママにしたくないわ。」
と一言言って、アカネさんは何事もなかったかのように買い物に戻っていく。
…コケそうになるのをなんとか堪え、アンタ本当に公僕ですかと心の中でツッコミを入れた。


「オドロキさん…アカネさんの話って、なんだったんですか?」
かなり凹みながらみぬきちゃんの元へ帰ると、みぬきちゃんがジト目でにらんでくる。
ありのままを言うわけにもいかず、懐に箱を隠して、適当にお茶を濁した。

その後は、前のまま。いくらかの疑いをかけられていたけど、別に怪しい態度を取っていたわけではないので、普通に買い物を楽しんだ。
「えーっと…ケーキと、チキンと、シャンパンと、後は…。」
様々なものが入っていて雑多な袋から突き出したシャンパン、ちょっと小ぶりのケーキ、二人分のチキン。
もうオレの手には、両手がふさがる量の荷物が抱えられている。
「みぬきちゃん…オレと、みぬきちゃんだけで食べるんだから、あんまり買い込むと…。」
「うーん…それもそうですね。じゃあ、こんなもんで帰りますか。オドロキさん、荷物半分持ちますよ。」
「え?いや、女の子に荷物を持たせるわけには…。」
「いいから、貸してください。」
そうやって、イタズラっぽい微笑みを浮かべて、オレの手からケーキの箱を取り上げる。
空いた片手に、温かい感触。
(そっか。手、つなぎたかったのか。)
自分は、やっぱり朴念仁かも。そう思っていたのを知ってか知らずか、柔らかい笑顔を浮かべる。
(その笑顔は卑怯だよ、みぬきちゃん)
ちょっと赤くなった顔を見られるのがなんだか癪になって、頬にキスした。
彼女も、オレと負けないくらい赤くなっている。
なんだか無性に可笑しくなって、二人で顔を合わせて笑った。

 

「よし、クリスマスパーティーの始まりだ!」
「かんぱーい!」
カチン、とグラスを突き出すと、みぬきちゃんのテンションは早くも最高潮。
シャンパンを一気で飲んでいる。
料理はいっぱい。楽しいのはこれから。
「いや、まさか肩書きが『恋人』でみぬきちゃんとクリスマスを過ごすとは思わなかったね。」
「みぬきもそう思ってます。恋人同士のクリスマス。なんだか素敵な響きじゃありませんか?」
「あはは、そうだね。」
他愛もない会話。そういうものが、こんなに愛しいものだとは思わなかった。
なんて事のない時間なのに、それが何だか得がたいものに思える。
(それもこれも、キミのおかげかな?みぬきちゃん。)
そう思って、シャンパンを煽る。わずかに火照った顔を酒精のせいにするために。

「ところで、オドロキさん。」
「ん?何?」
「これ…なんですか?」
そう言って差し出したのは、本来オレの懐にあるべき、小さな箱。
飲みかけたシャンパンを、派手に噴いた。
「ゲホ!ゴホ!ぁー、ゲフ!い、いつの間に…。」
「魔術師の手先を舐めちゃいけませんよ。で、こんなものが懐にあるって事は…みぬきと…。」
みぬきちゃんの顔が真っ赤だ。多分オレも負けてないだろう。
酒精のせいにはできないぐらい、顔が見事に茹で上がっているのが自分でもわかる。
「そ、そういう気持ちがあるのは否定できないけど、それに関してオレは倫理観というものがオレを縛っていて、
そんなもん取っ払って正直に言えば愛し合いたいというかなんというか…」
もう頭ぐるぐるで何言っているのかわかんない。
それを見ているみぬきちゃんも、言葉を反芻しているみたいだ。


そして、しばらくもじもじした後…マントに手をかけた。
「え、ちょっと、みぬきちゃん!」
びっくりした。真っ赤な顔と相反して、心が急速にクールダウンしていく。
そんなことは意に介せず、作業は続いていく…。
「オドロキさん…私、本気ですよ。一時の感情に流されたわけじゃないですよ。」
下着姿になったみぬきは、囁くように言った。
その声は震えている。いつか、告白したときのように。
ここで止まれるほど、出来た人間じゃない。
曇天模様の空、幽かに聞こえるクリスマスソング。

そういうことには気づいたのに、オドロキは気づかぬ間にみぬきを押し倒していたし、唇を塞いでいた。
いつもの触れ合わせるだけのキスとは違う。かなり深いキスだ。
舌で唇を割り、口内を犯していく。
組み敷かれた格好のみぬきに、欲望の唾液を与える。みぬきは従順にそれを飲み干す。
上手く息継ぎができていないらしく、みぬきの顔が赤くなっていく。
それでも、オドロキは行為をやめようとはしなかった。
舌で歯列をなぞり、逃げようとするみぬきの舌を追いかけて絡ませる。
とうとう息苦しさに勝てなくなったみぬきがオドロキの胸板を押すまで、その行為は続いた。
「ぷは…はぁ…はぁ…。オドロキさん…もっと、手加減してください…。」
みぬきの瞳は潤み、焦点が合わず、なんとも言えない色気があった。
オドロキはごめん、と一言謝り軽くキスをする。
段々と、キスを落とす場所が下へ向かう。さらさらの髪を手櫛で梳かし、耳へ唇を向ける。
「ひゃん!」
耳たぶを甘噛みしてみると、みぬきの体がびくっと跳ねる。オドロキはその反応を待っていた。
(耳が弱いんだな)
オドロキの責め方に容赦はない。弱点と見抜けば、徹底的に責める。
せめて、破瓜の痛みを和らげたいから。
複雑な耳の形を舌でなぞり、耳の穴へ舌をねじ込む。
「みぬきちゃん、頭の中を舐められているみたいでしょ?気持ちいい?」
「ひっ…わかん、ない。ぁ…でも。こえが、ひぅ、出ちゃ…う」
「それが、気持ちいいって証拠だよ。」
みぬきの声がどんどん甘くなっていくのに満足して、愛撫を首筋へ。
ちゅ…ちゅ…ときつく吸い、みぬきの白い肌へ証を刻んでいく。
(キスマーク…かぁ。)
僅かな痛みと大きな喜びを感じて、みぬきの頭に段々と霞がかかっていく…。
唇が落ちる場所は段々下がっていき、とうとう控えめな胸のふくらみにたどり着いた。
「みぬきちゃん…下着、ずらすよ。」
冷静な口調に反して声色は上ずっていて、お世辞にも余裕があるとは言えなかった。
あまり慣れていない手つきで下着に手をかけ、ずらす。
ふるん、と小ぶりな胸がさらされる。


下着をずらされ、胸が冷気にさらされると、恥ずかしさでみぬきは目の前を覆った。
だが、オドロキの手はそれを許さない。両手を使って、手を捕まえた。すぐに片手で両手首をまとめる。
いやいやするように揺れる顔に流れる涙…それを優しく吸い、好きだよと耳元で呟いた。
そして、唇を…胸の頂点に押し付けた。
「ひゃ…。」
みぬきの口から、わずかに声が漏れる。
構わずに、オドロキは唇を滑らせる。そして、桜色のそれを口に含む。
「く…ふぅ」
乳頭を舌で転がす度、みぬきは声をあげる。
だんだん淫靡さが増してくる声と、それに反した幼さの残るカラダ。
背徳感もあいまって、オドロキはもう我慢できなくなっていた。
その声が聞きたくて、自分だけのものにしたくて。
(愛しい。誰よりも。
顔を知らない両親より、オレを育てた先生より。

でも…壊したい。
彼女から、オレが永遠に消えないように…ずっと、オレを忘れないように、壊したい。)
オドロキの頭の中に、もう論理的な思考はない。あるのはただ、むき出しの本能と偽らざるココロ。
みぬきの手を放し、両手で愛撫を加える。
嬌声が漏れ、部屋に綺麗なソプラノボイスが満ちていく…。
「オドロキ、さん…。」
わずかな愛撫の隙間を突いて、みぬきが話しかける。
「抱きしめて…どこか、遠くへ行ってしまいそうなんです…。自分の体じゃないみたい…。
どこにも行かないように、ぎゅって抱きしめてください…。」
オドロキは愛撫をやめ、みぬきのカラダをきつく抱きしめる。
互いの体温、鼓動、息遣い…。全てが、一瞬だけシンクロする。
「オドロキさんの体…あったかい。ずっと、こうしていたいです…。」
「オレも、だよ…。もう、放したくない。」
「でも…オドロキさん。その…最後まで、お願いします。抱きしめたままで…。」
「それは、ちょっと辛いから…。」
これで、と体を離して、代わりに手を繋ぐ。
抱きしめているよりずっと楽だけど『繋がっている』のに違いはなかった。


手を繋いだまま、オドロキの舌は…誰にも見せたことがない、秘密の場所に向かっていた。
「お、おどろきさん…そんなとこ、汚いです…。」
「大丈夫だよ。病気になったって…本望さ。」
ショーツの上から、少し舐める。感じるのは独特の匂いと、塩味と酸味。
鼻腔をくすぐる匂いに、オドロキは一心不乱にそこを舐める。
「あぅ…く、ふ…やぁ…。」
控えめな声に、もう驚きの声は混じっていなかった。
直接目にしたくて、オドロキは器用に口でショーツをずらした。
現れた蜜壷に、鼻をうずめる。もうそこは潤っていた。
「あっ、や、やぁ!そんなに、強くしないで!」
「ダメ。みぬきちゃん、オレは容赦しないよ…。」
緩急をつけて舐め、指で花芽をつまむ。余った手を使って、胸に愛撫を加えるのも忘れない。
そして、オドロキの指が聖域に入った瞬間。
「やぁぁぁ…何か、くるぅぅ。いや、いやぁぁぁぁっぁ」
みぬきは、人生で初めて達した。
噴き出した愛液はオドロキの口元を汚し、指を濡らした。
その指を、みぬきの前に突きつける。
「…初めてなのに、いっちゃうなんて、いやらしい子だね。」
「ひっ…ひっく…。」
ただ涙を流すだけ。オドロキは体を起こし、きつく、きつく抱きしめた。
耳元で、愛していると呟く。その言葉はみぬきの耳を通じて、乾いたココロに染み渡る。
(みぬき、愛しているなんて言われたの、初めて…。)
先ほどの涙と違う涙が、頬を濡らした。
その涙は、幼い頃からの強がりを洗う涙だったのかもしれない。
声を上げるのは恥ずかしかったが、今更恥ずかしいも何もない。
それでも声を抑えて、しゅくしゅくと静かに泣いた。


しばらく泣いていた。一瞬だったようにも思うし、一時間にも思える。
泣き止んだみぬきの笑顔に強さが見える。
「オドロキさん、いきなり泣いちゃってごめんなさい。続き…お願いします。」
「…うん。」
名残惜しそうに体を離し、再び行為に集中する。
オドロキは、またみぬきの蜜壷に舌を向けた。
(オドロキさんに…私の、女の子を、舐めてもらった…。)
(オドロキさんの、男の人にも、してあげなきゃ、不公平だよね。)
あえぎ声を上げながら、そう思ったみぬきは手を放し、オドロキの下穿きから覗いている怒張に舌を這わせた。
期せずして、69の格好になる。
「うあ…。みぬきちゃん、それダメだよ…うっ…。」
「みぬきっかりじゃ、不公平ですよね?仕返しです。」
みぬきの口の中に広がる変な味。
初めて味わうその味を美味しくないと思っていても、みぬきの蜜壷からは新たな潤いが生まれていた。
ちゅぷ、ちゅぷという控えめな音。
初めてのせいか、時折歯が当たる。
それでも、目の前にある扇情的な光景。それとぎこちない愛撫による緩やかな快感。
オドロキは限界が近づいていた。
(ヤバい、もう、持たない。)
そう直感したオドロキは、みぬきを引き剥がした。
「…みぬきちゃん。準備はできているみたいだけど、『覚悟』はある?
『はじめて』は一度きりだよ。」
達しかけた怒張を落ち着かせるため、何よりみぬきのため、オドロキはゆっくり話した。
みぬきの答えは…言わずもがな。
「初めての相手が、オドロキさんで、私は嬉しいです。」
「わかった…。みぬきちゃん、無理なら、すぐに言ってね。」
覚悟を決めたオドロキが、怒張を宛がう。
するとみぬきのカラダに、わずかに力がこもる。やっぱり、怖いものは怖いらしい。
オドロキは、怒張を一気に進めた。


「ひゃぁぁぁぁん!痛い!痛いです!」
みぬきの目に、一気に涙が浮かぶ。オドロキは、ただ優しく涙を吸っていた。
「ごめんね、みぬきちゃん。でも、こうしないと、余計な力が入っちゃうから…。」
みぬきを抱きしめた。
背中にみぬきの爪が食い込む。痛みを感じるが、今のみぬきよりずっと軽い痛み。
対面座位になり、唇にキスを落とす。

どれぐらい、そうしていたのかはわからない。
段々とみぬきのカラダから力が抜け、食いちぎられそうだった締め付けも、かなり心地よくなってきていた。
「オドロキさん…、もう、動いていいですよ。」
「大丈夫?」
「少し、痛いですけど…もう大丈夫です。」
対面座位のまま、ゆっくりと腰を動かす。
緩い動きだが、快感を貪るのには十分だった。
「あっ、はぁ…。」
みぬきの声にも、前戯のときのように甘いものが混じってきていた。
「みぬき、ちゃん…ごめん、もう出そう…。」
「出る…って、何が…?あは…っ」
「せ、精液。だから、離れて…。赤ちゃん、できちゃうから…。」
離れて欲しいというオドロキに対して、みぬきは足を絡めて、もっときつく抱きしめた。
「み、みぬきちゃん…?」
「オドロキさんの、赤ちゃん…欲しいです。だから、中に、下さい…。」
唐突に、みぬきが動き出す。その不意の快感に耐え切れず、オドロキが達した。
「は…ぁ。オドロキさんが、中に…きています。気持ちいい…。」
みぬきも…少し遅れて、達した。


「……………。」
家に帰った成歩堂を待っていたものは、バカ騒ぎの後始末。
転がるシャンパンのビン。チキンの骨。生クリーム。
そして、ベッドルームの開いた扉から流れる、情事の後の匂い。
(…帰ってこなけりゃよかったかな。)
そう思う成歩堂をよそに、二人は仲むつまじく寄り添って眠っている。
「好き、です…。」
「オレも、…。」
夢の中でも愛し合いながら。

最終更新:2020年06月09日 17:50