事務所のソファーに座ってテレビを見ていた成歩堂の目の前に、マグカップが置かれた。顔を上げると、お盆を持ったみぬきがにこにこと微笑んでいる。
ありがとう、と笑うとみぬきも大層満足そうな顔をし、続けて成歩堂の隣に座っている王泥喜にもカップを渡した。
王泥喜は僅かに驚いた顔をしたものの、すぐにみぬきに礼を言う。未だ熱い珈琲に息を吹き掛けながら、王泥喜は感心したようにみぬきを見上げた。
「みぬきちゃんってなんていうか……しっかりしてるし、気がきくよね。まあ成歩堂さんが成歩堂さんだから仕方ないとは思うけど」
「……君はぼくを馬鹿にしているのかな?」
二人のやり取りに無邪気に笑いながら、みぬきは成歩堂達の向かいに座る。細い足を前後に揺らし、視線を成歩堂に向けた。
「みぬきがこんなになったのは、ある意味パパのせいなんだよね」
「参ったなあ……」
成歩堂は笑って頭をかいた。実際は口先ばかりで、心にも無いことではあったが。
しかし、王泥喜はそんな成歩堂に冷ややかな視線を向けている。どうやら見抜かれているようだ。
「みぬきちゃんはいつお嫁に行ったって全然大丈夫だね。成歩堂さんもその時の為に、自分の身の回りの事位、きちんと自分で出来るようでいないと駄目ですよ」
王泥喜は珈琲を啜りながらそんなことを言う。成歩堂は少なからず腹が立ったが、王泥喜の言うこともあながち間違ってはいなかったので、黙ってカップに口を付けた。
みぬきもいつかは居なくなる。分かってはいるが、その時の事を思えば、少し淋しかった。
みぬきは、この何処かしんみりとした成歩堂の雰囲気を、いち早く感じ取ったようだった。それだからなのだろうか、驚いたように目を丸くすると、口元に手を宛てる。
「やっだー! 何言ってるんですか、オドロキさん」
「「え?」」
その余りにもあっけらかんとした物の言いように、成歩堂と王泥喜はほぼ同時に顔を上げる。
みぬきはソファーの上で数回跳ねると、にこにことそれこそ子供らしい、無邪気な笑みを浮かべた。
「みぬきは、大きくなったらパパと結婚するんですよ!」
王泥喜が勢いよく珈琲を噴いた。
「汚いなあオドロキ君……」
王泥喜は大層慌てている。辺りを見回しているが、御望みのティッシュ箱がテーブルの上に置いてある事には未だ気付いていないようだった。
仕方なくそれを差し出すと、王泥喜は勢いよく数枚引きずり出して口を押さえた。
「何故そんなに慌てているのか理解に苦しむね」
「な、何を言っ……! その、だって、だから」
「君こそ何を言ってるんだよ。『大きくなったらパパと結婚したい』、なんて、とても子供らしい素敵な考えじゃないか」
「そ、れはそうですけど……。でも」
「でも、何だよ?」
まったく要領を得ない王泥喜の抗議に、成歩堂は溜息をつき、珈琲を口に含む。とそこに、みぬきの明るい声が割り込んだ。
「パパとみぬきは血が繋がってませんからね! こっそり赤ちゃん作るくらいなら、できるんじゃないですか?」
今度は成歩堂が珈琲を噴く番だった。
「な、成歩堂さん! 貴方は一体、ど、どういう教育を……!」
ガタン、と大きく音をたて、王泥喜が立ち上がった。成歩堂に指を突き付けるながら、ふるふると震えている。呆れているのか怒っているのか驚いているのかわからなかったが、成歩堂自身もみぬきの発言に珈琲を噴く程驚いているのだから、弁解のしようがなかった。
「そ、それは誤解だ、としか言えないね……。……えーとね、みぬき」
成歩堂は口元を拭うと半分強張った笑顔をみぬきに向ける。みぬきは「なあに?」と首を傾げた。子供らしい、可愛い仕種、だ。
「確かにぼくとみぬきは血は繋がってないさ。でも法律とか道徳とか、いろんな問題があってね」
うん、うん、とみぬきはただ相槌をうっている。その様子に、成歩堂は胸を撫で下ろした。そうして一通り、倫理と道徳と触れる法律についてを説明する。
「……だから、みぬきとぼくの赤ちゃんとかは駄目なわけ。わかったね」
と、念を押した。
……が。
「だから、こっそり?」
全然わかっていなかった。背後で王泥喜がぎゃあと悲鳴を上げたのが聞こえた。頭が痛い。
成歩堂はくたとソファーの背もたれに頭を預けた。横目で、未だ呆然と立ち尽くしている王泥喜を見る。
「君がやってくれよ、オドロキ君……。ぼくにはもう無理だ」
「おお、俺だってできませんよ! そ、そんなハレンチな……」
「君はいつの時代の人間なんだよ」
成歩堂が現実逃避をしている内に、ソファーが一段沈み込んだ。王泥喜の、成歩堂の隣に向けた引き攣った笑顔に、成歩堂も視線を移す。そこには当然ながらみぬきが座っていて、成歩堂は自分の娘だというのにしばらくその笑顔から目が離せなかった。
……怖くて。
「ねぇパパ」
「何、かな」
「みぬきも赤ちゃん欲しい」
「……そういう事はオドロキ君に頼みなさい」
「ええッ!」
急に振られた王泥喜は目を白黒とさせた。その上みぬきが期待に満ちたような目で見つめてくるものだから、だらだらと冷や汗を流す。
そして、その結果。
「す、すみません成歩堂さんッ!」
王泥喜は逃走した。
「ええええ! ち、ちょっとオドロキくん!?」
成歩堂の必死の呼びかけも無視され、無情にも事務所の戸は閉められた。更には、階段を駆け降りる音まで聞こえたのだった。
(ま、参ったなあ……)
閉まった戸を見つめながら、流石の成歩堂も今度という今度は本当に参っていた。しかし、未だみぬきが冗談を言っている可能性もあるのだと思い直す。
王泥喜はもう今日は戻って来ないだろうと潔く諦め、成歩堂はみぬきと向き合った。
「中々面白い冗談だったよ、みぬき。オドロキ君、本気にして出ていっちまった」
はははと笑って見せたのだが、みぬきは先程とは打って変わって真剣な顔付きをしていた。これには成歩堂も唖然とする。
「……みぬき?」
成歩堂はみぬきの髪に手を伸ばす。少し顔にかかっていた右の前髪を退けると、みぬきは再びにこりと笑った。成歩堂もつられて笑う。
「うふふふふ」
「ははははは」
「パパ、ちゅーして」
「……は、いや、……え?」
「ちゅー」
「……」
いつの間にか、みぬきは目をつぶっている。成歩堂は少し迷ったが、キスくらいなら、とみぬきの額に唇を押し付けた。
「……はい」
「…………」
唇を離すと、不満げにむくれているみぬきと目が合った。凄く何か言いたそうに睨んできているし、自分もそれが何か判る気がするのだが、判りたくないので無視する事に決める。
成歩堂がみぬきから目を逸らしても尚視線を感じる物だから、仕方なしに成歩堂はリモコンに手を伸ばし、テレビの音量を上げた。
未だ、みぬきは見ている。もうこうなったら、これは根競べのようなものだった。
そして、5分ほど経っただろうか。
みぬきがソファーから立ち上がった。成歩堂は横目でそれを確認すると、安堵する。
助かった……と、そう思った。
しかしみぬきは何処に行くでもなく、成歩堂の膝の上に腰掛けたのである。
成歩堂の目の前に、テレビ画面を塞ぐようにみぬきの笑顔が広がった。
「パパ」
「…………、はい?」
「みぬき、パパの赤ちゃんが欲しいの」
みぬきの両腕は成歩堂の首に回されており、みぬきの両足は成歩堂の胴を挟んでいる。しっかりと身動き出来なくなった状態で、成歩堂は冷や汗が自分の背を伝って行くのを確かに感じた。
久しぶりの経験だった。それは遥か昔、法廷で手強い検事達に追い詰められた時の感覚に酷似している。だがあの時は検事席やら弁護席やら裁判長やら、色々なものを間に挟んでいたわけで、今のように吐息がかかる程の近さで繰り広げられたものではなかった。
(というか吐息がかかる近さにあいつらが居たらそれはそれで嫌なんだけど)
確実に法廷と今とでは危機感が違う。何と言うか、意味的に。
身動きは取れなかったのだが、成歩堂は出来るだけみぬきから離れようとソファーの背もたれに体を押し付けた。みぬきの顔が、少しだけ遠ざかる。みぬきの大きな瞳がやけにキラキラしているのが更に成歩堂の不安を煽った。
成歩堂は、みぬきの説得を試みる。
「みぬき」
「なあに?」
「赤ちゃんっていうのは、コウノトリが運んでくるんだよ」
出来るだけ平常を装いそれだけ告げると、みぬきは手を頬に当て、少し考えるそぶりを見せた。しめた、と成歩堂は思う。これなら逃げ切れるかもしれない。
「だから、ぼくに跨がってても赤ちゃんはできないんだ」
ホントはできるけど、という言葉は飲み込む。今時こんな嘘で騙される人がいるだろうかとは思ったのだが、他に上手い嘘が思い付かなかったのだ。
だがみぬきは騙される人だったようで、本格的に黙り、そして考え込むように俯いてしまった。成歩堂は心の中でガッツポーズを取る。
「さ、みぬき。おりて一緒にトノサマンのDVDでも見ようか」
「――よ」
「え?」
みぬきが俯いたまま、何やら呟いた。それはとても小さな声だったので、成歩堂は聞き返す。
「何、みぬき?」
「ガッツポーズにはまだ早いよ、パパ」
みぬきは勢いよく顔を上げ成歩堂を見つめ、そしてとてもとても愛らしく笑った。
そして成歩堂は、そろそろ泣いてもいいんじゃないかと思った。
「パパ、みぬきを幾つだと思ってるの? もう中学生なんだよ? そういうお勉強だって……せーきょーいく、っていうの? してるに決まってるじゃない!」
「…………」
「ね!」
開いた口が塞がらなかった。近頃の中学生はなんと早熟なのか。自分のときはどうだったろうかと成歩堂は過去に思いを馳せる。現実逃避に近かった。
そしてそのポカンと開いたままだった口を、
「……っ!」
みぬきが塞いだ。
小さな手が頬に添えられている。成歩堂が呆然としている間に、みぬきは音をたてて数回、唇に軽いキスをした。そして離れると、はにかんだ笑顔を見せる。
上気した頬に、成歩堂は少しだけ心臓の音が早くなるのを感じた。しかし慌てて首を振る。今が勝負時なのだ。ここで落ちたら、負ける。
「みぬき、」
成歩堂が口を開くと、聞きたくないとでも言うかのように再び唇が下りてきた。今度は驚いた事に唇を割って舌が滑り込んできたので、成歩堂は思わず体を強張らせる。いったい何処で覚えたのだろう。
やはりそれは稚拙だった。熱を持ったみぬきの舌が、唾液と共に成歩堂の口腔で緩慢に動く。短い舌が成歩堂の舌を求め、その先に触れた。ぴり、と頭の後ろが痺れる。
みぬきは眉間に皺を寄せ、少し苦しそうで。……それだからか、成歩堂は。
舌先が触れた瞬間、それに舌を絡めて、しまった。
「ッ!」
(……あ)
みぬきの眉間の皺が深くなった。
みぬきの舌を絡めとり軽く吸う。頭の隅ではまずいなあだのどうしようだのと考えてはいたのだが、行動に反映されることはなかった。
一旦唇を離し、また口づける。今度は自ら舌をさし入れ、みぬきの歯列をなぞる。絡まる舌と唾液と、ぴちゃぴちゃと頭の奥で響いているかのような音がとてもいやらしく感じられ、成歩堂は目をつぶった。背筋が、ぞくぞくと震えた。
「んぅ、む……」
「……は、ぁ……」
唇を離すと、みぬきがゆっくりと目を開いた。瞳はとろりと潤んでいて、そんなによかったんだろうかと成歩堂は考える。実際自分の良さなんてものは、自分ではわからないものなのだが。
みぬきは、左の手で成歩堂の頬に触れた。それが冷たく感じられたものだから、成歩堂は自分も興奮していたことにそこでようやく気付いたのだった。
「パパ……もっとぉ……」
濡れた吐息と覚束ない口調で、呟くようにみぬきが零す。その瞬間、成歩堂の後頭部の痺れが、電流のように下肢に伝った。
(! ……ヤバい、勃っ……)
「パパ……」
みぬきが体を擦り寄せてくる。小さいが柔らかな胸が服越しに胸板に当たり、みぬきの白い首筋が見えた。みぬきの呼吸を、心音を、すぐ側で感じる。
そこで“あること”に気付き、成歩堂はみぬきの肩を掴み、その体を半ば強引に引き離した。
「―――ッ!! み、みぬき!」
「ん……何?」
「何じゃないだろ……この手は、何……だ」
みぬきの右手は、ズボンの上から成歩堂の股間を撫でていた。
「なに、って……」
ズボンのチャックが下ろされる。成歩堂が止める間もなく、半ば立ち上がりかけていたそれは、みぬきの手の内に収まった。
「み、みぬき! 離しなさい……!」
「やだ!」
「やだ、じゃない! 言うこと聞かないと……オシオキだぞ!」
「や!」
みぬきは成歩堂を掴んだまま、ソファーから下り床に膝をついた。ちょうど成歩堂の足の間に体を割り込ませる形になる。
みぬきは黙ったまま、涙目で睨み付けてくる。成歩堂はその沈黙と体勢に、卑猥な妄想を浮かべてしまい酷く焦った。成歩堂はいたたまれなくなり、みぬきから目を逸らす。
「……みぬき。ぼく、トイレ行きたいんだけ……――ッ!!」
804 名前:なるほど×みぬき7[sage] 投稿日:2007/06/30(土) 23:46:23 ID:4uclA8J1
生暖かい感触がした。
沈黙は唾液を溜めていた最中だったからなのだろう。みぬきの舌が、喉が、唇が、ぬるりと唾液を絡ませて下りてくる。
(――だから何処で覚えたんだよ!)
成歩堂は内心で絶叫するが、同時に締め付けてくる狭い口腔に頭が破裂しそうだった。小さな口を上手く生かし、更には喉の奥まで使って絞めてくる。
いびつに歪むみぬきの頬を見ていられず、成歩堂は目を手で覆った。しかし闇に包まれれば、益々感覚は研ぎ澄まされる。突然先端を吸われ、足の先が痺れた。みぬきの口の中のものが、先程よりも大きくなったのがわかった。
「ん、く――ぁ、みぬき……」
ちゅ、と音を立ててみぬきの唇が離れた。続けてそれに口づけながら、みぬきは成歩堂を上目使いで見上げる。
「ね、パパ。気持ち良い?」
「…………」
「パパ?」
「……みぬき」
「何?」
「何処で覚えたの、これ」
キスはあんなにも稚拙だったのに、フェラがこれだと明らかにおかしい。あの躊躇いの無さといい、初めてだとは思えなかった。
みぬきは恥ずかしそうに目を逸らす。成歩堂が見つめていると、みぬきは擽ったげに笑った。
「あのね、こういうのは駆け引きなんだって。『かんきゅー』をつければ、相手もその気になる、って。みぬきにいつか好きな人が出来た時のためにって、教えてもらったの」
(平たく言えば、馴れないふりをしていれば逆に相手はがっついてくる、と)
現にそうなった身としては何とも言えなかったのだが、成歩堂としてはそれよりも、『駆け引き』という単語の方が気になっていた。
(まさかとは思うけど……)
『駆け引き』というまるで勝負師のような単語を使い、加えてみぬきにこのように高度な『大人の遊び』を、『いつか好きな人が出来た時のため』に仕込める存在。
(あの人、じゃないだろうな……)
考えるのも恐ろしかったが、成歩堂には該当する人物は一人しか思い浮かばなかった。
だが。時期やら何やらから考えれば、色々と犯罪なんじゃないのかとも思う。
(ぼくより酷いぞ、そりゃあ)
「パパ」
「え……あ、うあ!」
考え事をしていた時の不意打ちのような行為の続行に、成歩堂の体は反れた。
「ち、ちょっとみぬき……わ、わかったから! やめ……んッ」
途切れ途切れにそういうと、みぬきは唇を離し顔を上げた。
「何、パパ?」
瞳が、不思議そうな色を湛えている。
もう、此処までくれば後には引けなかった。
上がる息を整え、成歩堂は手を延ばし、みぬきの頭を撫でた。そして今尚成歩堂自身を掴んでいる手に、己の手を添える。
「パパ……」
「おいで、みぬき」
やけに優しい声が出て、自分でも面食らってしまった。