その日の朝、茜のデスクにはあまり資料などが積まれていなかった。
最近やっと、仕事が片付いたのだ。
「ふう。」
こういうときこそ、お祝いにかりんとうでも食べたいのだがあいにく上司に禁止されている。
以前デスクの位置を変える際にたくさんのかりんとうのカスが茜のデスクからこぼれ出し、つくえの引越しプラスかりんとうのカス掃除になったからだ。
「刑事クン、おめでとう。」
ちゃらちゃらと音がする。
そして影が見える。
その人物はかりんとうをデスクの上に置いた。
「牙琉検事・・・検事としてここにいるなら、帰ってください。」
茜は冷たく言った。
「刑事クン、確かに検事としての用事もあるけれど、君のお祝いもしたかったんだ。」
いいからとっとと帰ってぇぇぇぇ!
茜は心の中でそう思ったが、口に出すわけにはいかない。
「何でボクには冷たいの?ボクはキミのこと愛しているのに。」
こういう光景が日常茶飯事のため誰も口を挟まない。
あーあ、貧乏くじひいたかなあ。
そう、科学捜査官の試験に落ちたところからほとんどのイヤなことが。
「茜クン、百面相してる君もいいね。」
うっとりしたように牙琉響也は言った。
「何でいきなり茜クンになってるんですか!」
「キミの名前を呼びたかったんだ。」
「私、受け付けに用がありますから。」
そう言うと、茜は立ち上がりすたすたと受付まで歩いていった。


 ・・・いいかげんにして欲しい。
茜の心はレイニーだった。
後ろからじゃらじゃらさんがついてくる。
「仕事は片付いたんですか?」
茜が聞くと、
「別に受け付けに行ってからでもできるような仕事だからね。」
響也が少し楽しそうに答える。
何が嬉しいのか、茜には見当もつかなかった。
一応窓口側に回って書類を提出する。
ややこしい書類だったためか、昼休みまでかかってしまう。
はっきり言って、検事の仕事にもものすごく差し支えるのではないかと思われるが、響也は職員用出入り口に立っていた。
受け付けにはもう茜と職員の人、そして検事しかいない。
ぱあん
乾いた音が響く。
次の瞬間、茜のこめかみに拳銃が突きつけられていた。
つまり、人質扱いされた。
まさか、こういうことになるとは思わなかったので拳銃も持っていない。
「おい、あんたらがぱくってったリーダーを解放しろ!」
そういう要求か。
恐怖で体の震えが止まらない。
男は二人だった。
一人が茜のこめかみに銃を向けている。
もう一人はなぜか出刃包丁を持って周囲を見回している。
予想も出来ない事態が起こった。
響也が出刃包丁の男の視線をくぐって、茜を引っ張り出す。
乾いた音がして、茜の首の辺りに生ぬるく鉄のにおいがする液体がかかる。
それでも響也の行動は速かった。
あっという間にカウンターの下に隠れる。
茜は響也の肩を見た。
鮮やかな赤が流れ出している。
「ギターが弾けなくなるんじゃないですか!?」
小さな声で茜が言うと、響也は嬉しさと悲しさを無理矢理混ぜたような表情をした。
「でも、茜クンは助けられた。」
サイレンがした。
「警察だ!覚悟しろ!」


その後、事件のあったときにその場にいた三人は散々事情を聞かれた。
事情を言い終わるまではだいぶ時間がかかった。
まずは茜、響也、職員の方の順で事情を聞かれた。
茜は響也が行った病院に行った。
響也は一人部屋でベッドに転がっていた。
「茜クン、来てくれたんだ。」
響也はまるで宝物を見つけた子供のように、嬉しそうだった。
「今日は助けてくださってありがとうございます。しばらくは茜クンって呼んでもいいですよ。それから。」
二人の唇がしばらく触れ合う。
舌を絡めあう。
それから唇を離す。
茜は自分の頬が赤くなっているだろうと考えると恥ずかしかった。
「じゃっ、失礼しました!」
茜は病室のドアを荒々しく開閉して部屋を出て行った。
「やっぱり、茜クンが本命だよ・・・・すてきだ。」
つぶやくように響也は独り言を言った。

最終更新:2020年06月09日 17:49