指定された時間に、御剣怜侍は姿勢を正して上司の執務室を訪ねた。
中へ通されデスクの前に立つと、上司は不機嫌な顔を上げた。
叱責されるようなことをした覚えはないものの、とっさに覚悟をする。
「御剣検事」
「はっ」
上司は手にしていた万年筆の先を御剣に向けた。
「狩魔検事は、どこかね?」
「・・・は?」
一瞬、意味がわからない。
そういえば、この2、3日は狩魔冥の姿を見ていない。
しかし、多忙を極める職務でそれはよくあることだ。
「狩魔検事が、なにか?」
「昨日から携帯電話が通じないのだ。緊急に必要な資料があるのだが、それが過去に狩魔検事が扱ったものなのでな」
なにかあったのだろうか、と不安になる。
「では、検事局にも出勤していないと?」
「いや、狩魔検事は有給休暇中でな」
「・・・・・・は」
「だが、資料は必要だ。キミが連絡先を知っているなら、保管場所なりパスワードなりを聞き出してもらえないか」
最悪の事態がよぎっただけに、御剣はほっと胸をなでおろした。
「ですが、私は狩魔検事のプライベートまでは把握しているわけでは」
「しかし、キミは保護者なわけだからね」
「・・・・はあ?」
自分でも間抜けな声が出るものだ、と思った。
「この国では狩魔検事はまだ未成年だ。書類上キミが保護者ということになっているがねえ」
上司が引き出しから個人情報と思しきファイルを出して確認する。
そういえば冥がこの国に来た時、なにかに判を押せと言われたような気もする。
「というわけだ。早急に狩魔検事に連絡を取ってくれたまえ」

無理やり仕事を切り上げて、御剣は成歩堂に電話をかけた。
この国で冥の行くところなど、限られているはずだった。
あいにく成歩堂は冥の行方を知らず、市民法律相談会とやらに出かけるところだと言う。
「あ、でももしかしたら」
電話の向こうで成歩堂がなにかガサガサと探し物をする気配がした。
「ウチに来てたハガキ、冥さんのところにも行ったのかも」
御剣はそこで初めて思い出した。
「そうか。忘れていた。礼を言うぞ、成歩堂」

雪が溶けた葉桜院は、新緑に囲まれた、というよりはうっそうとして見えた。
山門の前に、誰かがうずくまっている。
御剣が近づくのにも気づかない様子で、熱心に・・・。
「やはり、ここか」
冥がぱっと振り返った。
「なにをしているのだ、このいたずらっ娘が!」
冥の足元に、いくつものチューリップの花が散らばっている。
ここの住職である毘忌尼が丹精したであろう花を、冥が手にしたハサミでちょん切っているのだ。
驚いて御剣が冥からハサミを取り上げる。
「あらあらあら、いらっしゃい。冥ちゃん、王子様がお迎えねえ」
足元・・・と言うのは大げさだが、かなり低い位置で声がする。
葉桜院の住職が声を聞いて出てきたようだった。
「おひさしぶりです」
きちっと腰を折って御剣が挨拶をする。
「どうも、狩魔がたいへんなことをしてしまったようで」
「ちょっと怜侍、なに言ってるの?」
「まあまあまあ、この子ったら。ちがうのよう、オバサンが冥ちゃんに頼んだんだから、あっはっは」
毘忌尼が大きな声で笑う。
「チューリップはねえ、花が終わる前にちょん切っちゃうの。その方が、根元に栄養が行っていい球根が取れるのよ」
冥が落ちた花を集めながら、じろっと御剣を見上げた。
「・・・・バカ」
痛恨の、失態。


本堂で茶菓の接待を受けながら、御剣は住職・毘忌尼に話を聞いた。
半月ほど前、検事局の御剣宛てに、葉桜院から新しい修行コース案内のダイレクトメールが届いた。
事件の関係者に挨拶のつもりで送ったのだろう。
恐らくそれを見た冥が休暇をとって葉桜院を尋ねたのだ、という御剣の推測は当たったようだった。
「もちろん、冥ちゃんは修行しに来たわけじゃなくてね。
ほら、オバサン、あの事件からここを一人でやってるでしょ?いろいろ心配してくれてね。

あれこれ手伝ってくれたり、話し相手になってくれたり、腰を叩いてくれたりねえ。
ほら、オバサンの腰って暴力的だから。春も。あはははははは」
「そうでしたか・・・」
「ま、明日には帰る予定だったんだけどね。オバサンの腰もだいぶ調子がいいしね、春だから」
「・・・それはなにより」
相変わらずの住職に、御剣は返事に困る。
やはり、あやめさんが不在なのはかなりこたえているのだろう。
冥がいくらかでも力になってやったようだった。
「ま、せっかく王子様が迎えに来てくれたんだしね、今日のうちに帰った方がいいかもしれないねえ」
「・・・その、さきほどもおっしゃったようが。王子様というのは」
どこからどこまでが脚なのだろうと思うほど、ちんまりと正座した住職はお茶をすすりながら笑った。
「いやだねえ、この子は。冥ちゃんの王子様といえば、アンタしかいないでしょうが」
「わ、私が?」
「言ってたよ、冥ちゃん。だーいすきなんだって?」
「ジューショクさまっ」
本堂の入り口で、冥が叫んだ。
「あらあら、ご苦労様。お手伝いはもういいわよ、ほらほら帰る仕度をしなきゃね。王子様をお待たせしないようにね」
「ジューショクさま、バカなことをおっしゃらないでっ」
気のせいか薄っすらと頬を染めた冥の抗議も、人生経験には敵わないとみえ、あっさりとあしらわれた。
「いいわよう、コイはねえ。オバサンだって、若い頃はねえ、あははははは」


冥は御剣の指示通り検事局に連絡を入れ、寝泊りしていた部屋で不機嫌そうに荷物をまとめた。
「どうしてここがわかったのよ」
手持ち無沙汰に部屋の中をうろついていた御剣が足を止める。
「キミの行きそうな場所くらいはすぐにわかる」
成歩堂にヒントをもらったことは、言わなかった。
「明日までここでのんびりするつもりだったのに。あなたが来たせいで、ジューショクさまに追い出されちゃうなんて」
「・・・それは、私のせいではない」
荷物がまとまると、住職に挨拶をし、不機嫌なままの冥を伴って御剣は帰宅の途についた。
冥のマンションまで送ろうと駅からタクシーに乗ろうとした時、冥があっとつぶやいた。
「どうした?」
「クリーニングよ」
いまいましげに御剣を見上げる。
「せっかく部屋を空けるんだからって、休みを利用して徹底的にクリーニングを頼んだの。今日と明日でやるはずだから、今部屋に帰ってもめちゃくちゃなのよ」
「・・・なぜ、今になって思い出すのだ」
「あなたがいきなりやって来てやいのやいの言うから忘れてたんじゃない!どうしてくれるの」
御剣はため息をつく。どっと疲れた気がした。
「とりあえず、私の家へ行こう。それからホテルを探せばいい」
ぷんぷんに膨れた冥をタクシーに押し込む。
「・・・あいかわらず、とんだじゃじゃ馬だな」
「なんですって?」
狩魔は、聴覚も完璧なようだった。


御剣の自宅リビングで、冥はソファに座り込む。
さすがに慣れないことをしたせいで疲れているらしい。
「ホテルを調べるから、少し休んでいるといい」
御剣が言うと、冥が首を横に振った。
「休むのはホテルに入ってからでいいわ」
書類を持ち帰ることが出来ないため、自宅に書斎がない御剣は、寝室にパソコンを置いている。
御剣がホテルを検索していると、心配そうにやってきて冥が後ろから覗き込む。
「そこかここがいいのだけど。やっぱり当日は無理かしら」
「うむ・・・、満室のようだな」
注文どおりの部屋を探していると、見ているのに飽きたのか冥はベッドに座り込んだ。
マウスを操作しながら、御剣は気になっていたことを聞いてみる気になった。
「住職の言っていたことだが」
「なによ」
「その、私がキミの王子様だという」
「バカじゃないの」
ピシリ、という口調で返事が返ってきた。
「だが、住職に言ったのだろう?だーいすき・・・」
「うるさいっ」
ふりかえると、冥が耳まで真っ赤にしていた。
御剣は、パソコンを操作する手を止めると、立ち上がって冥の隣に座った。
「な、なんなのよ」
「うむ。キミがその、どういうつもりでそう言ったのか、いい機会だし聞いてみたいと思ったのだが」
うつむき加減でそう言うと、隣で冥がたじろいだのがわかる。
「どういうって、どういうつもりもこういうつもりも、あなたに関係ないわよ」
「・・・そうか」
御剣は肩を落として、パソコンの前に戻ろうとする。
「すまなかった。キミの王子様は、他にいるのだな」
立ち上がった御剣の背に、冥が強い口調で言った。
「バカね!私がどう思っているかは、問題ではないの!あなたが私をどう思っているかが問題なのよ!」
御剣が、ふりむいた。
「どういうことだ?」
赤面したままの冥が、気の強いまなざしで御剣を見上げている。
「あなたが私を・・・、好きではないのならそれでおしまいよ。でも、もしそうじゃなければ」
「・・・・」
「それに返事をするのは、私だわ」
つまり、冥は自分から御剣に好きだとは言わないが、御剣が冥に告白すればそれにイエスかノーかを答えるということか。
「矛盾しているようないないような・・・、要するにキミは優位に立ちたいのだな?」
ぷっと頬を膨らませた冥の隣に、王子様が座りなおす。
「では、返事をいただこう。私は、キミが好きだ」


抵抗なく、唇を重ねることに成功した御剣は、そのまま唇を割って舌を進入させた。
「・・ん、ふ」
うまく呼吸できずに苦しそうに離れた冥を抱きしめて、耳元でささやく。
「返事は?」
「ば・・・バカ」
「その言葉は、この国の言葉に訳して理解しよう」
そのまま、冥をベッドに押し倒した。
「ちょ、ちょっと」
冥が両手で御剣の肩を叩く。
御剣はそれにかまわず冥の服を脱がせながら、小さく笑った。
「あいにく私は住職とちがってどこも痛くない。叩いてもらわなくて結構だ」
「バカ!!」
むき出しになった肩と鎖骨に唇を押し当ててから、御剣は片手で冥の頬に触れた。
「それは、この国の言葉ではこう言うのだ。だーいすき、と」
「んっ」
いつのまにか一糸まとわぬ姿にされた冥は、同じように服を脱いで自分に覆いかぶさってくる御剣の胸板から目をそらした。
胸を、わき腹を、お尻も、太股も、くまなく探る手の感触に、恐怖心が芽生える。
「怜侍・・・、こわい」
小ぶりな乳房に口付けた御剣が、動きを止める。
冥の頬を両手で挟んで、ささやく。
「初めてなのだな」
「・・・バカっ」
まだ生意気な言葉を発する余裕のある唇を、そっと舐めた。
「今のは確かに聞こえた。だーいすき、と」
御剣は時間をかけて冥の全身を愛撫した。
両胸のふくらみを緊張をほぐすように揉み、桃色の突起をじっくりと舌で弄ぶ。
腕も脚も何度も撫で回し、指をくわえる。
冥の呼吸がわずかに乱れ始める。
足の指の一本一本をしゃぶりつくして、ふくらはぎから上へ上がってくると、そこに隠された絶景が存在した。
丘に手のひらを当てると、冥の体がピクリと震えた。
そのまま、手のひら全体を使って上下に動かす。
「んん・・・」
艶かしい吐息。
割れ目に沿って指をいれ、長いストロークで何度も擦り上げる。
徐々に指の動きが滑らかになり、膣から愛液がにじんでくるのがわかった。
「あ・・・ん、そんなとこ」
羞恥心からか、冥が自分の指を噛んで顔を背けた。
その顎に手をかけて上向かせ、唇を重ねる。
「とても、かわいい。冥」
「・・・やっ」
膣に押し込んだ指がきゅっと締め付けられる。
ゆっくり動かすと、充血した壁が熱く絡み付いてきた。
「は、あ・・・・・」
もどかしげに冥の体がしなった。
御剣が十分に反り返ったモノを冥の股間に当てる。
「え・・・」
その堅さと質量に、冥が再び恐怖の色を浮かべた。
「力を抜くんだ。いい子だ・・・」
こじ開けるように先端が侵入し、冥が悲鳴のような声をあげた。
「やめ・・・、あんっ」
半分ほどで進むのをやめ、そっと目尻の涙をぬぐってやると、いくらか落ち着きを取り戻したのか御剣の肩を押していた手から力が抜けた。
その油断は、次の瞬間、一気に突き上げられる苦痛で打ち破られた。


「う、ん、怜侍っ・・・」
奥深くまで侵略して、御剣は高まる自分の欲望を抑えて冥に口付けた。
「冥の中は、とても気持ちがいい・・・」
「バカ・・・」
「違う。だーいすき、だ」
そう言うと、冥に苦痛を与えないように優しく腰を動かし始める。
眉を寄せて耐えていた冥の表情がだんだんと恍惚としてくる。
御剣の動きを助けるように、蜜があふれてきた。
指先で乳首を弄ると、悩ましい吐息が洩れる。
とろりとした愛液とともに、破瓜の血がシーツを汚す。
「は・・・あっ、ああ」
冥が御剣の腕にしがみつき、動きが速さを増す。
「冥・・・、言ってもらえないだろうか?この国の言葉で」
限界が近づいて、御剣が途切れがちに言う。
「あ・・・はっ・・・はっ・・・はあっ」
冥は喉を反らせ、痛みと快楽の両方に蹂躙される。
快感が痛みを凌駕し、御剣に抱かれているという思いが心を満たす。
「冥・・・私は・・・バカか?」
水音とともに肌を打ち付ける音がより刺激的に興奮させた。
「あ、あ、あっ」
「くっ・・・」
「あ、あああああんっ!」
大きく体を痙攣させて自分の中に入っているモノを強く締め付ける冥の中に、御剣は濃く長く射精した。

胸の中に抱きしめた冥の髪や背中を撫でながら、御剣はかつてないほど優しい声でささやく。
「ホテルの予約を、したほうがよいだろうか」
恥ずかしさと喜びでいっそう御剣にすがり付いて、冥が異議を申し立てる。
「・・・バカ」
冥の目元の小さな星に唇を寄せて、御剣が甘く言った。
「ちがう。それは、こう言うのだ。だーいすき、と」
絶対、言うものか。
冥は、引き締めようとしても微笑みそうになる口元を隠すようにうつむいた。

最終更新:2020年06月09日 17:48