―、気怠い……。
足が浮いているみたいで
何時もと変わらずただ歩いているだけなのに、酷く疲れた。

事務所はもう目前だし、少し休もう。

扉を開けて、出勤簿に名前を書いて…


痛、………。
突然、頭がずきりと痛んで。

あれ…

 

それから……?

 

 


曇りかけた空を仰ぎながらスキップ歩調で足音を刻み、鼻歌すら口ずさむと漸く事務所に行き着いた。

お天気悪いなー…少し冷えるし、なるほどくん大丈夫かな。

「おはよう、なるほどくーん!」
事務所の玄関扉を勢い良く開くと、
目の前の床に何か大きなものが踞るようにして、小さく呻き声を上げていた。

明かりが無く窓も未だ閉まったままだったので、よくよく目を凝らさないとその正体が分からなかった。

「……うう。」

幸い聞こえてきた声がよく知るものだと認め、異常を知らせる声音が同時に真宵を焦らせた。

「なるほどくん…ちょっと、大丈夫!?」

直ぐ様近寄り声を掛けても、苦しそうに喘ぐだけで言葉を話せそうになく、
真宵は掌を成歩堂の額に当てて叫んだ。

「やっぱり、凄い熱!
救急車、呼ばなきゃ……」

徐ろに立ち上がろうとする真宵の腕が、何時の間にか成歩堂の腕により強く掴まれていた。

「………うん。」

膝を折るとちょうど肩の上に相手の頭が収まる位置になり、熱を帯びた吐息を首筋に感じて心臓の鼓動が高まった。
咄嗟の判断を止して看病に努める事を、先決にした。

 


「う、ん……」

重たい瞼を開けると、うっすらとオフィスの電灯が見えた。
少し首を曲げると窓からは夕日が差し込み、時計は五時を差していた。

成歩堂は懸命に記憶を手繰り寄せるが朦朧とした意識に思考を邪魔され、叶わなかった。
突然、目の前に影が覆い被さる。

「……わ!」

「気付いた?どう、身体の調子。」

そう言われて、漸く自身の状態が気にかかる。

「あたしが来たら、なるほどくん玄関のすぐ先で倒れてたから…
38度もあったんだよ。もう一回計ってみて、お粥作ってくるね。」

「風邪引いたんだな…うっかりしてた。」

渡された体温計を当てようとして、ワイシャツの一番上からボタンが二つ外れている事に気が付いた。

真宵ちゃん―…

少し気恥ずかしかったけれど、有り難かった。
病気の自分をソファまで運んで、こんな時間まで看てくれていた。
ソファの肘掛けに、丁寧に畳まれたスーツが置いてあった。


真宵がお粥と薬の乗ったお盆を持ってソファに近づく。
同時に体温計の合図の音が響いた。

「37度3分…良かった、だいぶ下がったみたいだよ。」

「ええっ!良くないよ、まだ治ってないんだから。」

「大丈夫だよ、真宵ちゃんにとってはそうかもしれないけど…男性の方が元々体温が高いんだ。」

「じゃあ、微熱ってこと?」

「そうだね。ありがとう真宵ちゃん、君のおかげですっかり元気だよ。
…と、そうだ。朝から眠ってたんだよね、ぼく。」

「うん、電話が一件、みつるぎ検事から来てたよ。」

御剣から……?

なんだろう。

「わかった、ありがとう。
後でかけ直してみるよ。」

そう告げた後で、真宵ちゃんが運んできてくれた出来立てのお粥を平らげた。
成歩堂は最後の一口を頬張ってから皿を真宵に渡し、真宵は受け取った皿をデスクに置く。

でも、最後の一口は危うく吹き出してかけてしまった。

真宵が、とんでもないことを言い出すのだから。

 


「……ね、ねえ…なるほどくん。」

「なんだい、真宵ちゃん。」

「あたしに風邪、移して…!」

「ぶっ、ん…ぐふ、ぐふ」

喉に言葉どころか、お粥が詰まった。

「何をバカなこと。それじゃあ真宵ちゃんが辛い目に遭うじゃないか…!」

「だって、なるほどくんが苦しそうなの見たくないもん。
あたしこれでも、なるほどくんの助手だし」

「いやいや…関係無いよ。
それにぼくは逆に真宵ちゃんのそんな姿、見たくないし…」

「お願い。」

「………」


この娘は………。


「……どうやって移すんだよ。」

「うーんと…隣で、寝るとか?」

「うーんとって、今悩むのかい。……って、えええ!!」

成歩堂は、体温が一気に上昇したような錯覚を覚えた。
それなのに彼女は微かな笑みを浮かべて素知らぬふりをしている。

沈黙が暫く続いた。

観念の微笑を口許にたずさえて、

「………おいで。」

「子供みたいに呼ばないでよ…。」

言い出しっぺの真宵もまた
いざとなると緊張して、少し躊躇っているようだった。

ただでさえ狭いソファの側面に背を貼付け、毛布を持ち上げて真宵を迎えた。
微熱で火照った身体に真宵の肌はひんやりと冷たくて心地良かった。

 


なるほどくんが寄り添ってる

いつも近くにいるつもりだったけど

こんなにどきどきしたりはしなかった

心臓の音、

もうばれてるだろうな…―


成歩堂は瞼を伏せずに、じっと真宵の瞳を見つめている。
真宵も同様、視線を逸らしたりはしなかった。

まだ熱っぽいためか微かに紅潮した頬と薄く敷かれた瞳の中の水気のせいで、妙に男性特有の色気があった。

そんな彼に見入って、余計に緊張を増した真宵は過ぎた恥ずかしさに背後を気にするふりをして、
ソファから落ちないように成歩堂の足に自らの足を絡ませる。
もっとも、後にそれが何の関係も持たない男女の行為にしては尋常でない事に、真宵は後から気付くのだが…

成歩堂の方が、早かった。


「好きだよ。」


一言のみ告げてからゆっくり真宵を引き寄せると、間近で見つめ合ってからそっと、唇を重ねた。
初めての経験に真宵はぎこちなく舌を受け入れる事しか出来ずにいるが、成歩堂は深く真宵を求めた。

時折くちゅ…と水音が小さく響き、永い間くちづけは続いた。
熱のせいで温度の篭った身体とは対照的に、成歩堂の咥内は少し冷たかった。

漸く成歩堂が唇を離すと、真宵の顔はすっかり上気し赤みが差していて
身体は強張っているの

 


「まだ返事してないのに…」

「返事、聞かせて?」

「え、えっと…すき。あたしも…」

「聞こえなかった」

「ずっ、ずるいよ…!ひゃ…あ…」


成歩堂は返事も待たず一度唇だけを重ねると、互いに身体を横たえたままの態勢で密着し
腕を伸ばして真宵の腰に手を宛がえ、くちづけを首筋に移動させた。

力のこもらない対抗の言葉はいとも容易く蕩けた吐息に変えられ、唇の吸い付く柔い火傷のような感覚に身をよじらせた。


「好きだよ」


真宵の鎖骨の辺りに、紅い花が咲いた。
瞳は潤んでいて。

成歩堂は腕をゆっくり真宵の胸部の前へ持って行くと、小振りな胸を掌で包み柔く揉んだ。


「…っ、ふあ………。」


腰の帯を解いたせいではだけた肩から
装束を下ろし薄桃色の蕾を弄ってやると、
肩を震わせて小さく声を漏らし、成歩堂を見つめる。
恥ずかしがって、ぎゅうと眼をつむる。
そんな姿はただただ愛らしくて
成歩堂をいっそう、欲情させた。


熱い指は、真宵の局部へと静かに移動する。
帯は音を立ててソファから落ち、真宵の片腕が垂れた。

下着の薄い生地の上から
未開拓であるその中心を指で擦ると、
小刻みでか細い声と共に腰は揺れ、初めて受け入れた感触に身悶えする。


衣服の乱れた姿。

全部が愛しい。

「このまま…続けても良い?」

いまさら、とも思わなくもなかったが
紳士的なその問いに薄く微笑み呟いた。

「なるほどくんが大丈夫なら…。」

深いくちづけ。
だけど指は、割れ目の奥を上下に摩り一番敏感な部分を強弱をつけて回して…

もう片方の腕と舌で、胸の頂を丹念に刺激した。
局部の初めて触れるそこは既に湿っており、下着を取れば処女が香った。


「初めて、だよね?」

「うん……」

「大丈夫だから。」

正直、経験はきっと浅い方だ。
手順は分かれど自信はいまひとつ。それでも躊躇せず手を進める。

指を秘部に移し、少しだけ人差し指を埋めてみる。

「あ…っ、……」

直ぐに足を曲げた。
出来るだけ苦痛を与えないように、同じ場所を暫く擦る。

時間を掛けると自然に声は甘くなり、次第に息遣いが荒くなる。
やがて、水音が聞こえるようになった。

焦らないよう、じっくり真宵を解した。

張り詰めた自身を露にすれば逞しくそそり立ち、真宵は竦んだ。

「大丈夫……」

両腕で真宵の腰を支え、秘部に宛がう。

「なるほどくん…」

先端を挿れると吐息の音が聞こえ、そのままゆっくりと奥へ沈めて行く。

「っ…ちょっと、痛いかも」

「あ、ご…ごめんね。大丈夫?」

「うん、平気だよ。」


成歩堂は真宵の頭を撫でてからもう一度首筋に唇を這わせ、身体全体が完全に密着してから鈍く腰を押し付けた。

ふと思い立って、再度真宵の頭上に手を遣り上頭を結わく紐を解いた。
少し梳いてやると髪は皆々へ溶け込み、見慣れない姿は成歩堂の目に新鮮に映った。

「………あ、あん…!」

真宵の身体がびくりと波打つ。
途端流れ出る極少量の鮮血が、膜を貫いた事を知らせた。

苦しそうに呼吸する真宵を見かねて腰を止めるが、真宵はそれをとどめた。

「なるほどくん…だいすき。」

 


たまらない愛おしさと、微かな熱の怠さが成歩堂を先導する。


相手を案じながらゆっくりと腰を動かし始め、幾度となく唇を重ねる。


「ん、ん……あっうう…っ」


十分に潤った局部は内壁を擦られる度それを増して、次第に未知なる感覚が目覚めて行く。
その証に真宵の声は少しずつ嬌声を含むようになり、成歩堂の背に腕を回した。


「んあ、はぁ…なんか、ヘン……」

「感じてるんだよ、真宵ちゃん。」

「感じ…てる……?」

「可愛いよ。もっと気持ち良くしてあげるからね…」


我ながららしくないなどと窃笑しながら荒くなる息と共に腰の動きを早くして行き、無論真宵は増す快感に声を高くした。
自身を打ち付ける度に身体は揺れる。


「アっ、ふああん、ああっいやぁあ…」


ソファのせいで格好は制限される。
傍から見ればきっと、とてつもなく淫らなのだろう。
ぐちゅぐちゅと、卑猥な音も耳に入るようになった。


真宵は堪え切れず声を漏らしながら成歩堂を見つめる。


男、だ―………


好きな男性の側にいる。
それだけでこんなにも満たされるのに。

知識は皆無ではなかったにしろ初めて味わう感覚ばかりに、心臓が圧迫される。

 


「あっ、あ…あんっな、なるほど、くんっ」

己を突く一度一度が、力強い。
絶えず真宵を支配する快楽に何かが沸き起こって…


「あっン、なるほどくんっ、凄いよ…あん、気持ち良いよ…!」

「真宵ちゃん、ぼく、もう…」


上り詰めて、頭は真っ白で
"あいしてる"
最後に聞こえた。


真宵は、一番熱い快楽に意識を手放した。

 

 

 

真宵が気付いたのは、翌日の朝。


目覚めた拍子に腰に痛みを感じて小さく呻くも夕べの記憶を辿れば言いようのない恥ずかしさに顔が火照る。
行為中はきっと、もう夜と呼べる時間だったのだろう。


何も着てはいなかったが肩まで掛かっていた毛布と、側に置いてあった装束に成歩堂を想った。
見渡してみてから初めて此処がソファの上でない事に気付き、何時の間にか簡易なベッドの上にいた。

装束を身に纏うやベッドを下りて下駄を履き、歩いては成歩堂の姿を捜す。
オフィスから受付口に続く扉を開けると、複数の人影が見受けられた。


「あ…真宵ちゃん、おはよう。」


ぎこちなく微笑む成歩堂と、来客用の椅子に座る人物、御剣怜侍と矢張政志だった。



「あれぇ、どうしたの。事務所に集結しちゃって」


真宵は頓狂な声を上げながら三人に近寄り、それぞれを覗き込むように問い掛ける。


「…………」

「う、ム」


成歩堂は無言ではあるが、表情からは明らかな焦りが見られた。

矢張は何故か照れ顔で此方を見ている。


「じ…実はさ、」

「言うな成歩堂!私の口から説明する」


真宵は訝し気に首を傾げ、焦れったく二人を見る。


「昨日の昼過ぎに、君に電話を入れただろう、用があると。」

「あ…はい。」


はたと手を口許に遣る。
そう言えば昨日は成歩堂にそれを伝えて、それきりだったのだ。


「その用件を今、成歩堂に話してやったところだ。」

「なんですか?その用件、って…」


矢張が、俯せてしまった。


「その、な…大変言いにくいのだが。
実は昨日矢張から"ちょっとした頼み"を電話で受けて、な。
矢張があんまり暇で仕方ないから、成歩堂にイタズラを仕掛けると」

「イタズラ、ですか。」


成歩堂も、俯せた。
焦りと不安が真宵を襲う。


「隙を狙って事務所に忍び込んだなら、暫く観察すると言い出して…
私にネタバラしを頼んだのだ。だが私の電話には君が出て成歩堂は風邪だと言うし、矢張はオフィスの棚の中に無理矢理身体を詰め込んだせいで身動きが取れなくなり、出られなくなる始末だ」


背筋が、凍り付いた。


「………き、昨日の君達の生活を丸ごと盗聴、という形になってしまったらしい。矢張はこの通り深く反省している、許してやってはくれないか…?」


もう、言葉の意味を拾えなかった。

 

 

 


それから二人は、矢張とはめっきり顔を合わせず穏やかに笑い合う日々を送ったらしい。

最終更新:2020年06月09日 17:29