成歩堂×冥①

 目を覚ました時、部屋には他に誰もいなかった。
冥は毛布一枚を被ってソファに横になっていたのだが、それでも風邪を引かずにすんだのは暖房が効いているせいだ。
目の前のテーブルはきれいに片づいており、そこには昨夜の鍋会の形跡はない。
ただ、簡素なキッチンに目をやると土鍋やらビール瓶やらが洗って置いてあった。
 窓から入ってくる陽の光は明るい。
時刻は十二時を回っていた。

 寝惚けた頭を抑えて奥の部屋を覗くと、成歩堂が声をかけてきた。
「あ、狩魔検事。おはよう」
 冥も「おはよう」と返してその部屋に入る。
成歩堂はデスクに向かって書類を扱っていた。
この部屋には彼しかいない。
他の面子はもうみんな帰ってしまったと成歩堂は言う。
「起こしてくれればよかったのに……」
 私だけ置いていくなんて、と愚痴りながらソファに腰を下ろして、そこで気が付いた。
「ごめんなさい、もしかして私が起きるのを待ってたかしら?」
 今日は日曜日。
この成歩堂法律事務所の定休日だ。
本来、成歩堂はここにいる必要がないのである。
しかしあっさりと冥の言葉を否定した。
「仕事が溜まってるからね」
 と手元の書類をヒラヒラさせる。
「休日まで仕事に追われるなんて、馬鹿な証拠よ」
 他人の──特に成歩堂の弱点を見つけると突かずにいられない冥である。
成歩堂は苦笑いするしかなかった。
「コーヒー飲むけど、あなたは?」
「お願い」
 ブラックで、という注文を聞くと冥は二人分のコーヒーを入れた。
成歩堂にマグカップをひとつ渡して再びソファに座る。
たとえインスタントでも朝はコーヒーに限る。
冥は寝起きの頭がスッキリしていくのを感じた。
 コーヒーを飲み終えると、成歩堂は立ち上がって冥に声を掛けた。
「起きたばかりでお腹空いてない? 近くにおいしいラーメン屋があるんだ。奢るよ」
「どうして私があなたに奢られなきゃいけないのよ」
「そりゃあ、僕の方が年上だし──」
「結構。自分で払うわ」
「……トゲのある言い方をするなあ……」
 きっぱりと言い切った冥に、成歩堂は呻いた。この若い検事の言動はやたらと刺々しい。
自分に対しては特にその傾向が強いのではないかと成歩堂は前々から思っていた。
「どうしてそんなに、事あるごとに突っかかってくるんだ?」
「あなたが気に入らない事を言うからよ」
 彼女がよく見せる、人を見下すような顔でさらりと言う。しかし、どうも理由はそれだけではないと思う。
成歩堂は顔をしかめて、その心当たりを述べた。
「前に君は『狩魔の名を汚した僕に勝って復讐することが目的だ』って言っていたけれど、もしかしてまだそう思ってるのか?だから僕のことを嫌っていて──」
「ち、違う!」
 冥は動揺した。顔色を変えてまくし立てる。
「もうそんな事考えてないわよ。たしかにあなたに勝ちたいとは思っているけれど、それは負けっぱなしでいたくないだけで、復讐とかそういうのじゃなくて──」
「じゃあ、嫌いってわけじゃないんだ」
「当たり前じゃない。嫌いだなんて……」
 彼女にしてはひどく弱気な声だ。
「それを聞いて安心したよ。嫌われたわけじゃないんだったら、多少突っかかられても気にしない──というか、そういうところが可愛いと思うし。いや、鞭は勘弁して欲しいけどね」
 成歩堂としては正直な気持ちである。しかし、何が冥の気に障ったのか、彼女は成歩堂を睨み付けた。
「私を子供扱いしているつもり?」
 成歩堂はため息をついた。
「……可愛いって言ってるんだから、素直に受け取ってよ……」
「それって、どういう──」
 成歩堂は冥に近づいて、鞭を持っている右腕を掴んだ。彼女を引き寄せてそっと抱きしめる。
「こういう意味だよ」
 冥は顔を伏せると、成歩堂の背中に両手を回してしがみついた。

 頬に添えられた手に促されて顔を上に向けた。成歩堂の目がすぐ近くで自分を捕らえている。
冥は自然に目を閉じた。唇に何かが触れる。もちろん成歩堂の唇である。顔が火照って、頭がぼおっとしてくるのを感じた。
 触れるだけだった口づけが、だんだん激しくなっていく。成歩堂は冥の唇をこじ開けて、舌を入れて口の中を探った。冥は求められるままに舌を出して応じる。
舌を絡め合い、唾液を交換し合った。時折、唇と唇の間から熱い吐息が漏れる。何分間かの間、二人はそうしていた。
 長いキスが終わって唇が離れた。ソファの上に寝かされると、冥は自分の身体がひどく無防備になったように感じた。
鼓動が速まる。シャツの胸元のボタンに成歩堂の手が掛かったところで、冥は緊張に耐えきれなくなって口を開いた。
「ソファだなんて。よりによって」
 あくまでも平静を装った声だ。成歩堂が手を動かしながら答える。
「事務所にベッドはないからなあ。ソファで我慢してもらわないと」
 成歩堂はシャツのボタンを一つずつ外していった。そして最後のボタンに手を掛けると、
「ま、待って」
 冥が制止した。
「先に言っておきたい事があるの……」
 心臓は爆発しそうなほど高鳴っていた。それが少し落ち着くのを待って続ける。
「私、こういう事は、その……初めてだから……」
 そう言って目を閉じた冥に、成歩堂は軽いキスをして、
「わかった。やさしくする」
 と囁いてシャツのボタンを外した。

 シャツを脱がせると冥の白い肌があらわになった。ピンクのブラジャーが隠している胸は
少々小ぶりだろうか。顔を赤く染めた冥が唾を飲む。成歩堂は着ている物を全て脱がせた。

 自分も裸になって成歩堂はソファの上に乗った。少々緊張気味に寝ている冥に口づけし
て、頬から首筋へ点々と唇を落としていく。
 ときおり冥は身体を反らして「んっ……」と、くぐもった声を漏らした。そのいじらしい様子に
成歩堂が囁く。
「可愛いよ」
「うるさいわねっ」
 目を逸らして突っぱねる冥が、いかにも照れを隠しているようで、成歩堂はくすりと笑った。
 成歩堂は冥の胸に手を添えた。やわらかくて張りのあるふくらみを、すくい上げ、こねるよ
うにゆっくりと愛撫する。頂点の桜色は成歩堂の手のひらの中で固くなっていき、それにつ
れて敏感になっていって、冥は身をよじらせ始めた。
 成歩堂は冥の肩に口を付けて、舌で鎖骨をゆっくりなぞる。
「はっ……ん」
 ねっとりとした感触に、ため息のような声を上げた。成歩堂はそのまま胸元のほうに舌を
這わせた。
 成歩堂が上目づかいで冥の顔を見ると、彼女はどこかうっとりした目つきで覆い被さって
いる男を見つめていた。普段の冥からは想像できない媚態だ。成歩堂の中の何かにチリ
チリと火が着いていく。冥の呼吸に合わせて上下している胸の突起を口に含んで舌でねぶ
った。
「はぁっ……」
 冥は首をのけ反らせた。
 先端を唇が吸い、熱い舌が転がすたびに電気のような刺激が冥の身体中を駆けめぐり、
甘い声が口を突く。
 成歩堂は乳房を遊びながら冥の脚に手を伸ばした。太ももの外側と内側を行ったり来た
りして愛撫する。彼女が身をよじらせて脚を閉じようとするのを手で押さえると、
「成歩堂、龍一……」
 切なげに呟いた。成歩堂を睨む冥の表情はどこか必死で、何かを求めているように見える。
 成歩堂の欲情が燃えていく。

 さっきからあそこが熱くなっているのを冥は自覚していた。鎮めたいのだが、まさか成歩
堂の目の前でそこに手をやるわけにはいかない。成歩堂の手は内股のやわらかい部分を
撫でたり、やさしく揉んだりしているけれど、そのくせ肝心なところには触れてこない。
(私を焦らしているのかしら)
 そう考えると頭に来たが、同時に下腹部が浅ましく疼く。冥はたまらなくなった。
「触って……」
「狩魔検事……」
 懇願する冥に成歩堂のものがぴくりと反応する。成歩堂は冥のそこに手を伸ばした。
「あっ……」
 冥が思わず声を上げる。薄い茂みの奥のやわらかい花びらは熱かった。その中に割り
入れた指に濡れた壁が絡みつく。蜜を混ぜるように割れ目に沿って指を動かすと冥の甘い
声が溢れ出た。
「はっ……あぁっ……」
 昼の事務所に似つかわしくない声が途切れ途切れに響く。熱い疼きが快感に変わってい
く。粘液を絡めた指で一番敏感な器官をさすられると、我知らず腰を動かしてしまう。冥は
酔いしれていった。
 成歩堂は冥のさらに深いところに指をゆっくりと侵入させていった。異物感に冥が眉をひ
そめる。とても狭いその場所は熱く潤っていた。
「すごく濡れてるね」
 囁くと冥の内部がぎゅっとなった。冥の顔が赤く染まる。
「馬鹿……だいたい、あなただって……」
 と、成歩堂のいきり立ったものを見て、息を飲んだ。あんなものが本当に入るのだろう
か。などと考えながらそれを見つめているところを、少し照れた成歩堂につっこまれる。
「何を見てるんだよ」
「べ、別に何も」
 冥は顔を逸らした。
「……君のことが欲しい」
 成歩堂が囁いた。来て、と冥が言う。
 成歩堂は腰を冥の入り口にあてがった。

 成歩堂が少しずつ身体を沈めていく。狭いところをかき分けて進んでくるそれに、冥は顔
をしかめた。とても痛い。
「くぅ……」
 圧迫から逃れようとして、身体を上にずらした。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
 苦しげに呻く。
 成歩堂は冥を強く抱きしめた。二人の身体が密着する。その抱擁は少しばかりきつすぎ
るほどだったが、冥は今までに経験したことのない心地よさを感じた。
「好き……」
 囁いて成歩堂の首筋に唇を押しつける。成歩堂は顔を上げて冥の唇をついばみ、ゆっく
り腰を動かし始めた。
 成歩堂が動くたびに食いしばった口から「んっ、んっ」とくぐもった声が漏れる。冥はきつく
閉じた目尻に僅かに涙を滲ませて眉をひそめている。汗ばんだ身体は朱に染まっていた。
「あっ、あんっ……」
 抑えきれずに声がこぼれた。薄く開いた口から紡ぎ出される嬌声に成歩堂の興奮が高ま
る。冥は成歩堂にしがみついた。
 動くたびにとろとろにとけた壁が絡みつく。成歩堂を締め付けるそこは火が着いているか
のように熱い。腰の動きが速まっていく。
「狩魔検事……」
 成歩堂は自制がきかなくなってきている。冥は身体を揺すられ、中を激しくかき回されて
ただ喘いだ。
「ああっ、私っ……」
 思わず成歩堂の背中に爪を立てる。同時に、成歩堂が小さく呻いて抱きしめられた。冥の
頭の中が白んでいく。
 身体の奥で成歩堂のものが跳ねて、熱いものが広がった。



 成歩堂のおすすめのラーメンはおいしかった。
「ああ、お金はいいよ」
 店の外で財布を出した冥を成歩堂が制する。
「ラーメンなんか奢られたって嬉しくないわよ」
 そんな事を冥はさらっと言う。成歩堂は苦笑した。
「さっきはもっと素直だったのに」
 ”さっき”の出来事が冥の頭に甦った。赤面しながらもラーメン代を無理矢理渡す。
(まあ、こういうところが可愛いんだけど)
 おあいにくさま。と付け加える冥に、成歩堂は肩をすくめた。


(終)
最終更新:2013年07月18日 00:25