これは、夢……?
あるホテルの一室。暗く狭いその部屋は、カーテンが締め切られていて薄暗い。そんな中に響く、男女の荒い息遣い。
(なんだろう……なんでオレ、こんなところで、こんなこと……してるんだっけ)
徐々に襲い来る快楽に、理性も意識も飲み込まれそうになる。同時に忍び寄る、どうしようもない衝動。飲み込まれてはいけない類のモノ。それに耐えるために、王泥喜は今の状況に至るまでを思い出そう、と記憶の糸を手繰り寄せ始めたのだが……
「オドロキくん」
「あ……っ、な、成歩堂……さん」
傍では、成歩堂がいつもの様子で、気だるそうに座りながらこちらを眺めていた。その口に、意思が読み取れない飄々とした薄ら笑いを貼り付けている。それで思い出しかける、この事態の始まり。
(そうだ、最初、確か……成歩堂さんに、呼び出されたんだ。「話がある」って。そして、ここに来て、それで……)
「ダメじゃないか、ボーっとしちゃあ。彼女が寂しそうだよ?」
「え……」
成歩堂が指差す先、王泥喜の足元に『彼女』はいる。『彼女』は妖艶に口元を歪め、王泥喜の股間から口を離した。『彼女』の口元と王泥喜のそれが、銀色の糸で一瞬、繋がる。
「オドロキくん、若いね。すごくおっきくなっちゃった……」
そう言って『彼女』は愛しそうに、王泥喜の屹立した部分を指先で撫でる。思わず、ビクリと身が竦む。
「あ、あの……もう、やめにしませんか」我ながら、情けない声を出しているな、と思った。しかし与えられた快楽と、ワケのわからない事態に対する混乱が、嫌でも声を震わせる。
「なんで? 気持ちよくなかった?」
「え、あの、そういう、ワケじゃあ……」
「じゃあ、いいじゃない」
『彼女』――綾里真宵は、その身に纏う着物の裾を、少しだけ肌蹴させた。あらわになるその白い肌は肌理細かく柔らかそうで、絹を思わせる美しさだった。その美しさに、欲情しない男はいないだろう。思わず、唾を飲み込む。
「ふふ。オドロキくんったら、元気だねぇ」
妖しく笑う真宵が、王泥喜をベッドに押し倒す。というより、もう体に力が入らない王泥喜は、自分から倒れていった。そしてその上に、白い太ももをあらわに跨った彼女は、屹立した肉棒を指でしごき、うっとりと呟く。
「素敵……ねぇ、一緒に、気持ちよくなろうよ」
甘く響くその声に、再び理性が飲み込まれそうになる。頭がくらくらする。どうして、こんなことになったんだっけ。どうして……

「ここ……で間違いない、よなぁ」
とあるホテルの一室、そのドアの前で王泥喜は立ち尽くしていた。どこにでもあるシティホテルの一室なのだが、どうも妙だ。いきなり事務所に電話がかかってきて、開口一番に彼は言ったのだ。
「話があるんだよ、オドロキくんに」
「はぁ」
「だから、今から指定するホテルの部屋に、来てほしいんだ――」
思い当たる節が全くない。というか、そもそも話なんて事務所ですればいいのに。いっつも会うのだから。それともみぬきちゃんには、聞かれたくない話だとでもいうのだろうか。しかしそんな重大な話、ますます身に覚えがない――
そんなことをごちゃごちゃと考えていても、仕方ないか。
ある種、開き直った王泥喜は、意を決してドアをノックした。
「はーい」
返ってきたのは、かわいらしい女性の声。あれっ、と疑問に思った瞬間、ドアが開いた。
「あっ、君がオドロキくん?」
ドアを開けたのは、薄紫の着物を身に纏った若い女性だった。漆黒の黒髪を纏め上げ、着物を見事に着こなしている。胸元には紫の勾玉。どこか不思議な雰囲気を漂わせる美女だった。「綺麗な女の人」という言葉が、ピッタリと当て嵌まる。
「待ってたんだよー、さあっ、早く早く!」
見た目に反して明るく、元気な声と態度で、強引に王泥喜を部屋の中に引っ張り込む。彼は抗えず、そのまま着いていくしかなかった。
部屋の中に入ると、成歩堂がいつもの飄々とした態度で待っていた。ベッドの上に座り、にやにやと口元を歪めている。
「やあ、オドロキくん。待ってたよ」
「あの。話ってなんですか? それに、この人は……」
「来て早々、せっかちだね、キミも。まぁ、ひとつずつ、ゆっくりと話してあげるよ」
「ええっ、ひとつずつ、ゆっくり話すの?」
なんでそこに反応するのだろう。しかし着物の女性は、真剣そうだった。じっと成歩堂を見つめている。そんな女性に一瞬だけ目線を向けると、成歩堂はとんでもないことを言い出したのだった。
「実は、キミにはこの子にお仕置きするのを手伝ってもらおうかと思って……ね」
「……はぁ?」
「この子、名前は綾里真宵ちゃんっていうんだけど。結構ワガママな子でね。ちょっとばかり、お仕置きが必要なんだ」
「……はぁ」
「だから、それをキミに手伝ってほしいんだよ」


全く意味がわからない。なんだ。お仕置きってなんだ。ものすごく不穏な響きである。
頭を過ぎるのは小学校の頃、忘れ物をして廊下に立たされたことだとか、つい最近、みぬきちゃんのオヤツを間違って食べてしまい、危うく新魔術の実験台にさせられそうになってしまったことだとか、どう考えても場違いなことばかりだった。
どうやら、そんなことを言って笑ってもらえるような雰囲気でもなさそうだった。
「あの、すみません。オレには何がなにやら。で、何をすればいいやら」
「それを、今から説明してあげるよ」
成歩堂は立ち上がると真宵の傍に歩み寄り、いきなりキスをした。無理やりといった風ではなく、真宵もそれを受け入れ、舌を絡ませている。ぴちゃぴちゃ、と唾液がお互いの口内で混じりあい、交換し合う卑猥な音が室内に響く。
「んんっ……んはぁっ」
さきほどまで、美しくて明るく、元気な女性だった真宵は、一気に「妖艶な美女」へと変貌を遂げていた。白い肌は薄く朱に染まり、目元は色っぽく滲んでいた。口の端からは、接吻の後の唾液が少し垂れ、荒い息を漏らしていた。
その様子に、目を逸らそうとも逸らせず、浅ましくも下半身が反応する。
「相変わらず、いやらしいね。真宵ちゃんは」
「だ、だって……」
「見られて、興奮した?」
「やだぁ……言わないでよぉ……なるほどくんが、焦らすから……」
「ごめんごめん」成歩堂は、ちらりと王泥喜を一瞥した。「でも、そのために彼を呼んだんだから」
「うん」
どうやら、自分が何かとんでもないことに巻き込まれていることだけは、かろうじて理解していた。しかし、体が動かない。
それは先ほどの光景の衝撃のせいでもあるし、真宵がこちらへと、歩み寄ってくるせいでもあった。
「王泥喜くん、お願い……」
「は……はい?」
「あたしを、抱いて」
彼女の細い腕が、首に絡みつく。あっ、と声を漏らす前に、王泥喜の唇には真宵のそれが重ねられていた。口内に積極的に侵入してくる舌が、唾液を混ぜ合わせ交換させ、彼の性欲を一気にかきたてる。味わったことのない感覚。
性的な経験が全くないわけではないが、少なくとも同年代の男性よりは少ない王泥喜は、完全に混乱していた。
なんだ。なんなんだ。どうしてこの人はこんなことを。お仕置きってなんだ。成歩堂さんはどうして。

「んんっ……んー!」
こんなに長いキスはしたことがなかった。息を継ぐタイミングがわからない。
「ぷはっ」
「……あは。オドロキくん、こういうキスしたことないんだ?」
ペロリと舌で唇を湿らせた真宵は、王泥喜の股間に躊躇いもなく手を伸ばした。
「うわっ、何を!」
「気持ちよくしてあげるの」
「いいい、いいですよっ、そんな!」
「んー? でも、ほら……オドロキくん、身体は素直みたいだねぇ」
先ほどの衝撃があったからか、いともたやすく股間に血が集まっていく。そういえば最近、家に帰ったらそのまま寝ていた気がする。ご無沙汰だったのもあるのかもしれない。
それにしたって、こんな状況下で、こんな状態で……自分の身体のことなのに、ワケがわからなくなっていく。
「いいんだよ、オドロキくん。素直になりなよ」
しばらく黙って見ていた成歩堂が、ようやく口を開いた。
「キミにお願いしたいことっていうのも、これだしね」
「え……」
「真宵ちゃんは、本当にいやらしい子なんだよ。いっつも、こうだ。だから……飽きさせない為に、たまにはこういう刺激的なシチュエーションでも組んであげようかな、と思ってね」
「な、なんですか、それ……」
にやっ、と成歩堂が口の端を歪めた。手をひらひらと振り、いつもの調子で言ったのだ。投げやりに、全てを王泥喜にまかせるかのように。自分は関係ない、とでも言うように。
「オドロキくん、真宵ちゃんを抱いてあげてよ。彼女が満足するまで……さ。ぼくはここで見ていてあげるよ」
「な、なにを……」
「ほら、真宵ちゃん。オドロキくんも嬉しそうだよ。いっぱいしてもらいなよ」
「うん……オドロキくん、よろしくね」
真宵がズボンのジッパーを下ろす。現れる自分の欲望。それに手を伸ばし、しごき、口に咥え……なんだ。なんなんだ、これは。ワケがわからない。なんでオレが、こんなことに……これは、夢……?
襲い来るめまぐるしい快楽の波。頭がくらくらして、真っ白になっていく。意識も理性も、手放してしまえば楽になれる。でも、いいのか。悪いのか。どうして。
回想も現実も、何もかも区別がつかない夢心地の中。気づいたら、吐き出していた。欲望を思い切り、彼女の中に。残ったのは、快楽というより疲労感と、かすかな満足感と達成感。
そういえば、避妊具を着けていなかった。大丈夫なのだろうか……
王泥喜の身体の上で荒く息をつく真宵は、恍惚の表情で呟いた。
「あっ、はぁ……はぁっ、すごいね……オドロキくん。いっぱい出したね」
「す、すみません……オレ、着けてない……」
「だぁーいじょうぶ。ちゃんとピル、飲んでるよ」ぺろりとお茶目に舌を出した真宵は、すぐに先ほどまでの妖艶な雰囲気に変わった。「今日は、いっぱいしたいもんね」
言うが早いか、彼女はまた腰を動かしだした。十分に吐き出したはずの性欲が、また蘇ってくる。

「う……わぁっ」
「ほら……オドロキくんも、触ってよ……あたしを、気持ちよくして……」
王泥喜の手を取り、自分の胸元へと導くと、真宵は着物の胸元を広げた。触れ、ということなのだろうか。
おそるおそる手を胸元へと突っ込むと、きめ細かく柔らかな肌触りが伝わってくる。大きさも程よく手に収まるほどで、綺麗な形をしていた。
まずは、片手で。柔らかい胸の感触を楽しむように揉み、捏ね、つかむ。胸の頂を指先でこすり、弾き、摘み、ひねる。そのひとつひとつの動作のたびに、色っぽく顔をしかめ、声を上げる真宵。
段々と肉棒の向こう、真宵の内側が熱く満たされていくのがわかる。
「あっ、あぁ、そう、もっと……してよぅ、オドロキくんっ」
「は、はいっ」
もっと、と言われても、もともとそんなに経験豊富ではない上、何も知らない相手だ。どうしたらいいのかもわからない。仕方なく。勘というか本能というか、とりあえず思いつくまま、手をすーっと、わき腹に滑らせる。
「ひゃあっ!」
そのまま、お腹にも、腕にも、背中にも、胸元にも。手を滑らせ、撫ぜていく。くすぐったいのか、それとも少しは感じてくれているのか。身をすくませ、くねらせる。その仕草が、どう見ても色っぽく、情欲をそそる。
もっと。もっとこの人を乱れさせてあげたい。オレが、するんだ。この手で、この人を……
「どこ……どこが、いいんですか。真宵さん」
「え……」
「オレ、真宵さんのこと、何も知らないから……教えてください。そしたら、その通りに……」
「あっ……んっと……もっと、ついてっ! もっと、もっとぉ……」
言われたとおり、王泥喜は思い切り下から真宵を突き上げた。激しく、その小さく華奢な身体が壊れてしまうかもしれないほどに。何かを刻もうとするように、打ち付ける。
「あぅっ、ああっ、やぁん! はぁ、んぁぁっ……王泥喜、くぅん!」
「まよい、さん!」
今度は、いつの間にかではなかった。自ら快楽の波に身を任せ、真っ白な欲望をもてるだけ、真宵に吐き出した。

「真宵ちゃん」
ぐったりとしていた二人の意識を呼び戻したのは、成歩堂の声だった。
「すごく楽しそうだったね。本当は見てるだけにしたかったんだけど……」
しゅるしゅると、帯が解ける音がする。次に、床に帯が落とされる音。今まで肌蹴ていた着物の間からかすかにしか見えなかった白い肌が、完全にあらわになった。
真宵はぐったりとしたまま、成歩堂に身を任せている。まだ繋がったままなので、肉棒の周りを、真宵の中がわずかにうごめいている。
まるでまだ、王泥喜から欲望を貪欲に搾り取ろうとするかのように。
「ぼくも混ぜてほしいな」
耳元で囁かれ、真宵の身体がぴくりと反応する。じわっ、と中が熱くなる。
「ん……」
自らを王泥喜から引き抜こうとするのを、成歩堂が制した。
「いいんだよ。今日は。ぼくは後ろから、キミがしてるのを見て、ちょっとだけ混じれればいいんだ」
「そっか……」
「だから、もう一回して」
「うん……」
まだするつもりなのだろうか。さすがに3回も連続でするのはキツい。しかし真宵はそうではないらしく、成歩堂の言うとおり、また腰を動かしだした。
「ちょ、ちょっと……オレは、もう……っ」
「大丈夫だよ。キミはまだ若いんだから」
たった一言で切り捨てられてしまった。しかもそれは正しいらしく、再び欲望が屹立していくのがわかる。蠢く真宵の内部に促され、何度目かの快楽がやってくる。
まだ、この快楽の波は終わりそうにもないな……
真っ白に混濁していく意識の中、王泥喜はかすかにそんなことを考えていた。

最終更新:2020年06月09日 17:44