「失礼します」
ノックの音と共に、心地よい声が入ってくる。
「報告書、お持ちしました」
「ありがとう、刑事クン」
笑顔を浮かべようともしない宝月茜に対して、牙琉響也はにこ、と微笑んでみせてから、彼女の持ってきた書類に目を落とす。
微妙な案件だ。
どうやら、予定していたようには進まないようだ。
やはりあの証人を手配しておいたほうがいいのか……と考え出したとき、茜がまだそこに立っていることに気付いた。
珍しいことだ。いつもならすぐに出ていくのに。
「どうしたの?」
「別に……」
そう答える茜は、明らかにいつもと違っている。
元気がないというか怒気がないというか。そしてどことなくそわそわしている。
何もないはずはなく、響也は慣れた微笑みを浮かべて訊いた。
「言ってごらんよ」
「……検事もそろそろ帰りますか?」
意外すぎる問いだった。
「驚いたな、一緒に帰るお誘いかい?」
茜には何度も断られている。もちろん帰路だけではなく、夕食や昼食、果ては休憩を共にすることすら断られているのだが。
「そういうわけじゃないですけど……」
茜は尖った口で口ごもる。
「……」
いつものようにそっぽを向きかけた途端、窓の外に稲妻が走り、部屋を一瞬だけ明るくした。
「きゃ!!!」
茜が頭を抱え、その場にしゃがみこんでしまう。
響也は窓に歩み寄り、外を眺めた。
「うわ、すごい雨だね……雷も。全然気付かなかったな」
おそらく先ほどから雷鳴も鳴り響いていたのであろうが、防音室なので全く聞こえなかったのだ。
「刑事クン、帰るのなら僕の車で送……」
そう言いながら振り返り、響也は茜の異常に気が付いた。
茜は先ほどしゃがみこんだ姿勢のまま、微動だにしていなかった。
「刑事クン、もしかして……」
響也は駆け寄り、茜の前に膝を付いて肩に手を置いた。
茜が一瞬体をこわばらせるのが判ったが、その緊張はすぐに解けていった。

茜が昔巻き込まれた事件については、響也も聞き及んでいる。
茜と成歩堂龍一の出会いにもなった、10年近く前の事件。
その事件を知った時、自分には不機嫌な顔しか見せない茜が成歩堂龍一に懐いている理由が判ったのだった。
「刑事クン、大丈夫。この部屋は防音設備が完璧だから、雷の音は聞こえないよ」
ぽんぽん、と肩を叩いてそう言った。
茜はまだ頭を抱えたままだったが、小さく頷いたようだった。
「カーテンを閉めてこよう」
そう言って響也が立ち上がろうとした瞬間、部屋の照明がちらついた。
窓の外には閃光が走る。
同時にがしっ、と茜がしがみついてきて、響也はうろたえた。
手が背中に回される。
いつもの茜からは想像もできない姿だ。
過去の事件は、それだけのダメージを与えたのだろう。
響也は床に腰を下ろし、茜を膝の中へ抱えこんだ。
小さい子をあやすように茜の頭をなでると、ぎゅ、といっそう強くしがみついてきた。
どきっとして腕の中の茜を見ると、同時に見上げてきた茜と目が合った。
かすかにうるんでいるその瞳に射抜かれた瞬間、電気が大きく点滅して、ばちん、という低い音を最後に暗闇に墜ちた。

*****

雷は嫌いだ。
ここに来る途中も、遠くで雷鳴のようなものが響いていた。
こっちに来るなと念じていたものの、その祈りは通じなかったようだ。
正直、この部屋に入って雷が始まってからのことはよく覚えていない。
音が聞こえないのはせめてもの救いだったが、それでも夜の雨と雷は、茜を混乱させるのに十分だった。
いま茜は検事局にいる。季節も同じ。
否が応でもあの日のことを思い出してしまう。
思わずぎゅ、と目を瞑ると、胸元に顔を押しつけられたまま抱き締め直される。
そうだ、私は無我夢中のままこの人に助けを求めたようで、それでこんな体勢になってしまっている。
ちゃらちゃらしてるだけでは飽き足らず、じゃらじゃらへらへらして、私にずっと構ってくるセクハラ検事に。
だけど今はすごく落ち着く匂いがして、いつものじゃらじゃらも聞こえなくて、
優しく、でもしっかりと回された腕が心地よい。
「だいぶ落ち着いた?」
耳のすぐ横で、そう訊かれて飛び上がりそうになる。
「はい、だいぶ……。あの、何か……すみません、こんなことになって」
「僕は大丈夫だよ。幸せすぎるぐらいだ」
響也の吐息が顔に触れる。
きっと光の下では考えられないほどの至近距離で話しているのだろう。
いつもへらへらしながら好きだ好きだと追いかけてきて、そのくせ仕事をしている時はやたら真剣な瞳をしているこの人と。
その瞳は、あの事件の時に私を助けてくれた、あの人たちと同じ輝きで……。
「逃げてしまうかと思った」
ぼんやり考えていると突然そう言われ、どきっとする。
日本中の大勢の女の子が憧れ、夢見ている、綺麗な声。
「いつもみたいに」
その声が続けて言ったその台詞は、苦笑混じりだった。
「逃げてるつもりはありませんけど」
「まともに話してくれないじゃないか」
表情は見えないものの、響也が不満気な顔をしたのが判って、茜は思わず微笑んだ。
そんな自分の顔も見えていないのだと思うと何故か安心する。
心臓の音はいつもよりも速い。
けれどもなんだか素直になれる気がして、思ったままを言った。

「こんなふうに顔が見えないなら、話してもいいかもしれません」
自分が笑顔になっているのがわかる。こんな顔絶対に見られたくない。
響也が え、と驚いて腕の中の茜を見たようだった。
「ど、どうしてだい?」
「胡散臭い笑顔がついてくるからですかね」
「……ひどいなあ、ファンのみんなはその笑顔を飛び跳ねるほど喜んでくれるっていうのに」
「それが嫌なのかもしれません。私にだけ」
自然に口をついて出た言葉に自分でびっくりして途中で止めたが、遅かった。
全身の血が熱くかけめぐる。
どうしようもない恥ずかしさを感じる一方、あぁそうなんだ、そうだったんだと静かに納得する自分もいた。
今の発言を撤回したくて、思わず響也の背中に手を回して顔をうずめると、一瞬驚いたような間があってからぎゅ、と力を込められた。
全部伝わってしまった。
「刑事クン、」
愛おしそうな、優しい声。
その先にある言葉を勝手に想像して、心拍数が更に上がるのが判る。
「け、検事って……」
響也を遮るために、茜は必死で言葉を探した。
「……女慣れしてますよね」
結局可愛気のない言葉しか出てこなかった。
「慣れてないよ」
「嘘」
茜のあまりの即答に、響也がおかしそうに笑っているのが判る。
「百歩譲って慣れているとして……」
頬を探られ、手があてがわれた。響也のあたたかさと指輪の冷たさが同時に伝わる。
「君以外本気になった女はいない、って言ったら信じるかい?」
どきん、と大きな音が部屋に響いた。
世界は暗闇だが、響也の真っ直ぐな視線を感じる。気恥ずかしさで思わず目を伏せる。
「……どっちでもいいです」
茜がそう答えた途端、唇が重なるのを感じた。
舌が絡む音と心臓の音が真っ暗な部屋に響く。
長いキス。息をするのも忘れる。
「好きだ」
キスの途中、上唇をひっつけたままで、吐息と共に言われる。
もう何度も何度も言われている言葉なのに何故だか泣きそうになって、声には出さずに小さく頷いた。
その頷きを、激しいキスでかき消される。
「ん……はぁっ……」

頭の奥がとろけるような感覚に陥っていると、そのまま優しく静かに押し倒され、啄ばむようなキスが降ってきた。
やがてそれがふと止んで、頭を撫でられる感覚と共に、真上からの甘い吐息を感じる。
「刑事クン、可愛い」
余裕たっぷりのあの顔が目に浮かんで、茜は思わず口を尖らせた。
その瞬間、唇と唇が軽く触れ合い、響也が肩を震わせて笑うのが判った。計算づくだったっていうの。むかつく。
「駄目だよそんな顔しちゃ」
そしてまた唇を吸われる。
それと同時に響也の指が首元を滑る。そしてスカーフが解かれ、シャツのボタンも一つ一つ外されていった。
「ひゃっ」
冷たいものが肌を刺して、思わず声を上げる。響也の手がびくっとして止まった。
「ごめん、大丈夫? 何か痛かった?」
見えないと判っているけれど、左右に首を振る。
「びっくりしただけ。指輪が」
「ごめん、外すよ」
少しの間があって、ごとごとと遠くの床に金属が置かれる音がした。
じゃら、という音もしたから、きっとあの首から下げている金属も外したのだろう。
なぜかその音を聞いた瞬間、これから自分たちの間に起こることが突然現実味を帯びて感じられて、一気に恥ずかしくなった。
そう思っていると、腕を取られて、確認するように指を絡ませられた。アクセサリーだけでなく、ジャケットも脱いだようだ。
「これでいい?」
その問いに茜が頷いたのを合図に、左手が離され、下着のホックが外された。

*****

勿体無い、と思った。
今、あれほど焦がれた彼女が腕の中にいる。しかも、一糸まとわぬ姿で。
見たい。
心の底からそう思った。
暗闇に目が慣れてきたとは言え、手がかりとなる光が一つもない状態なのだ。何も見えない状況は変わらない。
電話や非常口の明かりが遠い位置にいることを心から恨んだ。
そんなことを考えながらも、響也は露になった柔らかい胸を手の中に収める。
親指で先端を弾くと、茜が身体をくねらせた。
左手で揉みしだきながら唇を落とし、舌と舌を絡ませる。
指先で先端を弄ぶとキスの合間に漏れる声が艶かしく変化して、刺激される。
響也は左手はそのままに、右側の突起を口に含んで甘噛んだ。
「ぁあっ……ゃ、ん」
茜がよがる。
舌先で転がすと、どんどん固さを増してくる。
左の胸を同じようにしながら、下半身に手を伸ばした。
「やっ……」
茜が咄嗟に足を閉じた。
「嫌なの?」
少し意地悪なことを言ってみる。
「い……やじゃない、けど……」
今の茜は見たこともない表情をしているだろう。
先ほどから、彼女の行動には驚かされてばかりだ。もちろんいい意味でだが。
暗闇で安心したのだろうか、いつもの彼女からは考えられないほど無防備な気がする。
思わず微笑んでいると、茜の手が響也の襟元に伸びてきた。
引っ張られて思わず顔を寄せると、シャツのボタンを外しながら小さい声で言われる。
「私だけが裸なのは、いや」
身体の真ん中を撃ち抜かれた気分だった。
茜がボタンを外し終わるのを待って、自分でベルトを外す。
脱いだものを遠くに蹴散らしてから、床に横たわる茜をもう一度抱き締めた。
愛しすぎて、どうしていいか判らなかった。
「かわいい……」
思わずそう言うと、茜が がり、と肩に歯を立ててきた。その痛みで、夢ではないのだと確認する。

148 :響茜7[sage] :2008/12/08(月) 03:16:39 ID:P3IZdwrQ
もう一度キスをして、胸の膨らみをなぞる。
内腿に手を伸ばすと、茜のそこは十分な潤いを持っていた。
響也がゆっくりと指を沈めると、背中に回された茜の手に力がこもった。
中を掻き回しながら、唇に唇を寄せる。
「ん……は……あぁっ」
指を動かすたび、茜が身を捩らせ、喘ぐ。
もうダメだ、と思った。
今更言い訳にしかならないが、本当はもっとゆっくり進めるつもりだった。
しかし、結局本能には勝てないのだと実感した。
「茜……いい……?」
「……うん」
そう答えると同時に、茜の手が彼自身に触れた。
予期せぬことに驚いて、また一度体温が上がったような感覚を感じた。
茜の手が優しく動き、前後に数往復する。
しばらくされるがままになっていたが、思わず声が出た時に、これは気持ちよすぎて危険だということに気付く。
茜の手を止め、先程の位置を頼りに行くと、締め付けられながらも奥に進むことができた。
「ぁ……ん……っ」
茜が大きく息を吐きながら喘ぐ。その声を聞きながら、深く腰を沈めた。
手を取り、指を絡めると、中でぎゅ、と締めつけられる。
キスを一つ落としてから、ゆっくりと腰を動かした。
淫らな音が響きわたる。
「ゃ、あぁっ……!」
一度引いて再び奥まで入れ込んだ時、茜が呻き、腰を浮かせた。
段々と速度を上げる。茜が背中にしがみついてくる。キスをする。水音と肌のぶつかる音が響く。
電気が点けばいいのに。
今ここで、電気が点けば。
そう思っていた意識はいつの間にか腕の中の柔らかなぬくもりに支配されていた。
やがてまとわりついていたそれに強く締め付けられ、響也はそのまま茜の中に熱を吐き出した。

*****

「服……どうしよう。電気が点くまで着れないね」
もっと考えて脱がせればよかった、と響也は今更ながらに後悔していた。
見えないが、おそらく茜は口を尖らせていることだろう。
二人は今起き上がっていて、響也の膝の中に茜が座り込んでいるような形だった。
雷はいつの間にかおさまっていた。
「とりあえずそのへんにあるやつを着ていてよ。そのままだと風邪を引いてしまうし」
「じゃあ、これを……」
ごそごそと音がして、茜が何かを羽織ったようだった。
響也も何か身につけようと左手を大きく動かし、おそらくジャケットと思われる何かをつかみとった。
同時に右手で細い身体を抱き寄せようとしたとき、ちらちらと弱い光が帰ってきたかと思うと、突然明かりがついた。
目が眩む。
数秒経って苦労しながら目を開けると、そこには響也の黒いシャツだけを纏って座る、あられもない茜の姿があった。
そんな茜と目が合った瞬間、響也は頭の中のヒューズが飛ぶ音を聞いた。
「刑事クンごめん」
「え? きゃああああっ!!!」
茜がせっかく羽織ったシャツは一瞬で剥ぎ取られていた。


continued on the next round...?

最終更新:2020年06月09日 17:44