【注意書き】
・微妙にネタばれがあるので、未プレイの方はスルー推奨
・エロなし



あのキャラクター設定が、失敗だったと思う。

『妹を殺された不幸を、明るく笑い飛ばす正義感あふれる強い女性』
そんな人物像でなければ、あんな奴らに心を許すことはなかったはずだ。キャラクターとしてとは言え、毎日笑っていれば、それなりに情が出るものだから。
一緒にいて、いやみを言って、笑って、盗んで、罪を犯して。そして、また笑う。
『法では裁けない人間を裁くため、罪を犯す』。
罪を重ねるために罪を犯してきた人生で、それはあまりにも楽しい犯罪だった。常にだれかをだまし、傷つけ、時には命を奪ってきた自分にとって、
はじめてと言っていいほどだれも傷つかない犯罪。
だが、幕はある日突然、自分の手で引かねばならなかった。
それなりに、悲しい結末だったと思う。もう、誰に対して申し訳ないとか、罪悪感とか、そんな感情は持ち合わせてはいないけれど。
それでも、あの日々が永遠に戻りはしないことが、心底残念だった。

だから、次はもっと感情のない人物を演じようと、心に決めた。

*     *

目を覚ますと、部屋は真っ暗だった。まだ日が明けていないのだろう。だが、二度寝をするつもりはなかった。“彼女”はそんな女性ではないから。
ベッドから起き上がろうとして、素肌に感じる男の体温に気づき傍らに視線をやる。男は目を覚ましていた。普段は鋭い視線が、夢の現実との間にたゆたっている。
「起きたのか」
静かに声をかけると、男はくああと大きくあくびをした。そして、強引にこちらの腕を掴んで、胸元に引き寄せる。
「まだ暗いじゃねぇか。もう一眠りしようぜ」
「眼が覚めた。私は起きる。狼はもう少し眠ればいい」
言うと、男は唇に口づけてきた。応えずにそのままにさせておくと、男はつまらないといわんばかりに眉をひそめた。
「“眠る”ってのを、もう少し深読みしてくれねーか?」
「……明日は日本へ立つ。体力は温存しておくべきだ」
「けっ……優秀な部下のセリフだな」
そうして男は、力づくで身体を組み伏せた。両腕を掴まれて、身動きが取れなくなる。
「……狼」
「だが……今は、ただの女でいろよ。オレと2人でいる時は、な」
今度は深く口づけられ、しかたなく応える。内心、うんざりしていた。
笑えないのよ、アンタ。
今、こんなことしてる場合? 内部の情報が漏れてるでしょう。いくら密輸組織を追いかけても、寸でところで逃げられるのは、なぜだと思う。
私がいるからよ。
男が首筋に舌を這わせる。まるで獣に食べられるようだと、いつも思う。大きく節くれだった手は、荒々しく自分の胸を揉みしだく。触れられて、
自分が昨夜から何も身につけていないことを思い出した。触れられて、その気になる。身体が熱くなる。

この男と組んで、“犯罪捜査”とやらをするのは楽しかった。自分の組織に関連しない事件であれば、本気を出して解決したりもした。
狼のようでいて、妙に情け深い上司の世話は、日々危険に満ちていて自らの好奇心を満たした。
そして、さらに男の信頼を得ようと、抱かれもした。
今では男は自分を信じ切っていて、まるで本当に恋愛関係にあるよう。
笑えない。ばかばかしい。
これは“ゲーム”だ。世界を相手に、最高のスリルを味わうための。これはその手段でしかない。この男は、ただのコマでしかない。
「……シーナ……」
男の低い声が、自分の名前を耳元で呼ぶ。胸に舌を這わされて、息が上がった。
いらいらする。
そんな声で語りかけられても、自分にはわからない。その声に込められた気持ちも、行為の意味も。
この男が、自分に注いでいるもの、全てが自分には必要のないものだった。
だが、そんな内心を押し隠して赤い瞳で男を誘惑するように男をみつめる。すると、男はバツの悪そうな表情をして、そっぽを向いた。
「悪かったよ……」
そう言って、ベッドに押し付けていた腕を放して離れた。突然の男の行動を不審に思い、思わず眉根を寄せる。
「どうした」
「……いや、オマエが泣きそうなカオしてるから、そんなにイヤだったのかと思ってな」
「!」
泣く? ありえない。“シーナ”は感情を極力出さない、冷静な女なのだ。男に乗りかかられたくらいで、表情を崩すなど……。
頬を触って見たが、特に涙らしきしずくは流れていなかった。
「……なんのことを言っている?」
「あー……なんか、そんな気がしただけだよ。いい、気にするな」
男はそっぽを向いて、再びベッドの中へもぐりこむ。その広い背を、呆然と見つめるしかできなかった。
「シーナ」
背中を向けられたまま、声をかけられる。低い声が、耳に心地よく響くのを否定できない。
「……なんだ」

「オマエは、いいオンナだ。……オレが本気になるくらい、な」

こんな時、普段なら笑いをこらえるのに苦労するほど可笑しいと思うのに。ばかばかしいと思う笑いをこらえて、妖艶に笑ってみせるのに。
笑顔をつくろうとして、口元が不細工に歪んだと思った。男には顔を見せないまま、ベッドから抜け出す。

「笑えない」

そう言って、シャワールームに飛び込んだ。


おわる

最終更新:2020年06月09日 17:43