「はー!楽しかったねなるほどくん!」


ぼくたちはお祝いパーティーを終えて事務所に帰ってきていた。
ここ数日の出来事に疲れきっていたのであろう、春美ちゃんはお客用のソファーでスヤスヤと寝息をたてている。
そんな春美ちゃんを見ながら、ぼくたちは反対側のソファーに並んで腰掛けお茶を飲んでいた。


「はみちゃんすっかり寝ちゃったね」
春美ちゃんの寝顔を見ながら真宵ちゃんが言った。

「真宵ちゃんのことが心配でほとんど眠れなかったみたいだからね。ようやく安心して眠れたんじゃないかな」
そう言うと、真宵ちゃんは申し訳なさそうに
「はみちゃん……ごめんね」
と、呟いた。
「あっいやいや!真宵ちゃんが謝る事じゃないよ!それだけ春美ちゃんにとってキミが大切な人ってことであって……とにかく真宵ちゃんは悪くない!」

無神経な言葉で真宵ちゃんを傷つけてしまったのではないかと慌ててそう言うと、そんなぼくの考えが見え見えだったのか真宵ちゃんは少し笑って
「はみちゃん、ありがとう」
と、もう一度春美ちゃんに向かって呟いた。


「でも真宵ちゃん、キミも相当疲れてるんじゃないかな?大丈夫?」
「ううん、あたしは大丈夫だよ!」
「そう?でも…」
「だーいーじょうぶっ!もーっなるほどくんは心配性だなー」

そう言いながら真宵ちゃんは楽しそうに笑っていたが、突然黙りこんでしまった。

「…?真宵ちゃん、どうかした?やっぱり疲れて…」
「なるほどくん」

真宵ちゃんがぼくの言葉を遮った。

「なるほどくん……本当にありがとう」
「へっ?!あ、ああ…どうしたんだい?急にあらたまっちゃって」
「………」
「真宵ちゃん…?」
「さっきね、イトノコさんが教えてくれたの」
「……?」
「なるほどくんがあたしを助けようと焼けた橋を渡ろうとして、でも…その…落ちてすごい熱を出しちゃったって」

「!!」
(イトノコさんめ、そんな恥ずかしいことわざわざばらさなくてもいいのに…)

「い、いやぁ、カッコ悪いことしちゃって…あははは…」
「カッコ悪くないよ!!」
「!?真宵ちゃん…」
「カッコ悪くなんかない。あたしね、それを聞いたときすっごく嬉しかった。あ…!もちろん落ちて熱を出したって聞いたときはすごーく申し訳ないって思ったよ?!
でもね、不謹慎かもしれないけど…それ以上にすごくすごーく嬉しかったの。
高い所が苦手ななるほどくんが、そんな危険をおかしてまであたしを助けようとしてくれたなんて」
「いや…真宵ちゃんに何かあったらどうしようって思ったらもう無我夢中で…橋が落ちるかもしれないだなんて考えもしなかったんだよ」

「…えへへ。なるほどくんはあたしのヒーローだねっ」
「ヒーロー…?でも結局ぼくはその時キミを助けに行けなかったんだよ?ヒーローなんて…」
「ううん、なるほどくんはあたしのヒーローだよっ!だって……だって最後にはいつもいつもあたしを助けてくれるもん!殺人犯だって疑われた時も、誘拐された時も、そして……今回も。
なるほどくん、本当に本当にありがとう!」
「あ、当たり前の事だよ。春美ちゃんだけじゃない。僕にとっても真宵ちゃんは……その……大切な存在なんだから」
「っ!?」

ぼくがそう言うと、真宵ちゃんは真っ赤になって俯いてしまった。なんだかぼくも自分が発した言葉に照れてしまって、2人して黙りこんでしまった。

しばらくの沈黙の後、2人同時に顔を上げた。
「真宵ちゃんっ」
「なるほどくんっ」
そして2人がまた同時に「あっ」と声を上げる。

そしてまた沈黙。
お互いがどんな事を言おうとしていたのか、2人にはもうわかっていた。

「…真宵ちゃん。これからはキミが家元として倉院の里を支えていくんだろう?」
「……………うん」
「そっか」

家元を継ぐということ。それは今までのように一緒にいることが出来なくなるということを意味していた。

「……応援してるよ」
「…………っ!」

真宵ちゃんが肩を震わせている。
今にもこぼれ落ちそうな程、目に涙を浮かべながら。

「あたしっ……なるほどくんとずっと一緒にいたいよ…っ!」
真宵ちゃんの瞳からついに涙が溢れ出した。

そんな真宵ちゃんを見てもう我慢ができなくなってしまったぼくは、彼女を思い切り抱きしめた。

「っ!?なるほどくん…っ!?」
「…真宵ちゃん。ぼくも…ぼくもキミと一緒にいたいと思ってるよ」
「なるほどくん……」
「でも…倉院の里は真宵ちゃんをを必要としているんだ。そして何より、真宵ちゃんにとっても倉院の里は…かけがえのない大切な場所だろう?」
「うん……うん…っ!」
真宵ちゃんは泣きながら答える。

ぼくは抱きしめた手を緩め、真宵ちゃんの顔を見つめる。
「会いたくなったら、すぐに会いに行くよ。なんといってもぼくは暇だからね」
そう言うと真宵ちゃんは泣き笑いの表情になった。
本当なら客が少ないのは決して笑い事ではないのだが、真宵ちゃんが笑ってくれたから良しとしよう。

真宵ちゃんの頬を伝う涙を指で拭いながら、ぼくは彼女に口づけた。

「っ!?」

真宵ちゃんが驚いたように体をビクッとさせた。
ぼくは構わず角度を変えては少しずつ口づけを深い物にしてゆく。

「ん…っ、はぁ…っ」

真宵ちゃんが苦しそうに息を荒くしているのに気づいて一度唇を離した。

「はぁ…はぁ…」

息を整える真宵ちゃんにもう一度口づける。

先程と同じように角度を変えながら口づけ、真宵ちゃんの唇が少し開いたのを確かめるとぼくは彼女の口の中に舌を差し込んだ。

「っっ!??」

またもや真宵ちゃんは驚いて、今度は離れようと体を引くが、僕が思い切り抱きしめているので離れることができない。

「んっ、ふっ…」

可愛らしい声を上げながらしばらく小さな抵抗を続けていたが、僕に離す気がないのがわかったのか真宵ちゃんの体から力が抜けていくのを感じた。

「ん…っ、んん」

可愛らしい声は止まらない。
そしておずおずと僕の背中に腕を回してきた。

口づけを続けながら真宵ちゃんをソファに少しずつ押し倒していく。
完全に押し倒したところで唇を離す。
真宵ちゃんを見ると、目を潤ませ頬を真っ赤に染めていた。

「っ…はぁ…はぁ……なるほどくん…」

その表情に大人の女性を感じてしまい、自分も顔が熱くなるのを感じた。

その時。


「ふぁぁぁ…っあれ…?わたくし眠ってしまっていたのですかぁ?」
晴美ちゃんの声がした。その瞬間…

「きゃわわわわわわっっ!!」

真宵ちゃんが奇声を上げ思いっきり僕を突き飛ばした。
その衝撃でぼくは後ろに転がり、凄まじい勢いでガンっと後頭部をどこかにぶつけた。
「うおふっ!」
今度はぼくが奇声を発する番だった。

「きゃああっ!なるほどくん!だだだ大丈夫っ?!死んじゃだめっ!」

目をぱちくりさせてその光景を眺めていた晴美ちゃんが、何を勘違いしたのか
「おふたりは本当に仲がいいのですねっ!らぶらぶなのですねーっ!」
と、目をキラキラさせながら言った。
「なな何言ってるのはみちゃん!そそそんなことないよっ!もうっ!」
と、顔を真っ赤にしながら過剰に反応する真宵ちゃん。

2人は床に転がるぼくをほったらかしにして、きゃぁきゃぁと騒いでいる。


「………………」
後頭部をさすりながらも、ぼくはそんな2人を微笑ましく眺める。

人前では決して涙を見せない強い真宵ちゃんがぼくだけに見せた涙……ぼくの心の中だけにそっとしまっておこうと思いながら。

最終更新:2020年06月09日 17:27