御剣はある事件をキッカケに、CAの木之路いちると知り合った。
彼女はなかなかの美人なのだが、仕事一筋のため恋人はいないらしい。
互いに休日が重なり、御剣はいちるを誘って行きつけのフレンチをご馳走した。
「とっても美味しゅうございました!さすが、御剣さまのご贔屓にされてるお店ですわね」
ニコリと無邪気な笑みを見せるいちる。
「…喜んで頂けて何よりだ。あなたは仕事柄、舌が肥えているようだ」
御剣は彼女の笑顔に内心ドキッとしながらも、冷静な表情を努めて言った。
腕時計を見ると、午後十時前。
思いのほか話が弾んで、こんな遅くまで彼女を付き合わせてしまった。

御剣は助手席にいちるを乗せて、愛車を運転していた。
「今日はその……楽しかった。お付き合い頂けたことに感謝する」
信号待ちの際、御剣はハンドルを指先でトントン軽く叩きながら、照れながらも心の内を素直に口にした。
いちるが熱い眼差しで、御剣の横顔を見つめている。
「御剣さま。お電話を頂いたとき、わたくしとても嬉しかったのです。あの素敵な検事さんと、またお会いできるんだって…」
「……ム。木之路さん、ちょっといいだろうか?」
軽く右手を挙げて、控えめな“異議あり”をする御剣。
「は、はいっ!何でございますでしょうか?」
いちるは姿勢を正して、バカ丁寧な口調で聞き返した。

「私のどこに、その……魅力があると言うのだろうか?」
「それはもう!御剣さまの全てが魅力的でございますわ!!」
「……」
「ハッ!ご、ごめんなさい。わたくしったら、一人でヒートアップしてしまって…」
御剣の無言の反応に、いちるは顔を赤らめながら俯いた。
「い、いや…。少し、驚いただけだ。我々はやはり、似た者同士かもしれない……」
御剣は前を向いたまま、まるで自分に言い聞かせるようにポツリと呟いた。
「えっ!?似た者同士ですって…?」
「仕事一筋のあまり、他のことを犠牲にしてしまいがちなところとか……。押し殺し、仮面を被って生きているところもよく似ている」

最初は自分に似ているとの理由で、木之路いちるという人間に興味を持った。
しかし接していくうちに、彼女を異性として意識していることに気がついてしまったのだ。
こんなに誰かを想ったのは、初めてのことかもしれない…。
「御剣さま……。では今日お誘い頂いたのも、単なる同情心からなのですか…?」
いちるの大きな瞳が、涙に濡れてキラキラと輝いていた。
「ぐ……ッ!」
その瞬間、御剣は鋭利な刃物で心臓を貫かれたような鋭い痛みを感じた。
好きな女性を泣かせてしまったという罪悪感と、言い知れぬ焦燥感が胸に込み上げる。
「ち…違う!そうではない。……決して」
御剣は切羽詰まった表情で、ハンドルを左に切った。

「御剣さま、どちらへ…!?」
駅とは違う方向へ走り出す車に、いちるは驚きの声を上げた。
車は、ピンク色の建物の前で停まった。
そこがどういう場所なのか、そっち方面に疎いいちるにも分かる。
「み、御剣さま……」
「不本意ながらあなたを傷つけてしまったことを、心より償わせて欲しい。…いかがだろうか?」
「えッ!?そ、そそそんな…!」
ポッと顔を赤らめて、驚きのポーズを取るいちる。
「無論、あなたの気持ちを最優先する。どうか、この場で決めて頂きたい」
御剣の真剣な面持ちにつられるように、いちるもスッと真顔になった。
「……わたくしは、御剣さまのことが好きですわ。寝ても覚めても、御剣さまの精悍なお顔が頭に浮かぶくらいですから…」
言い終わらないうちに目を伏せた彼女は、いつもにも増して美しく見えた。
――もう離さない。
「私も、あなたが好きだ……」
御剣は静かに言って、ホテルの駐車場に車を停めた。

最終更新:2020年06月09日 17:38