御剣×冥(8)

#「shorebird」




     深い闇の中で、その少女は幾度と無く羽ばたく事を諦めかけた。

  翼は傷つき、それでもなお必死に足掻く彼女の心は闇に霧散し、湮滅する。
  ───繋ぎとめていたのは、それでも猶揺らぐ事無きたった一つの「意思」。

         しがみ付き彼女は過去を、…今を耐え抜いてきた。
   生れ落ちたその瞬間から、…それ以前から背負わざるを得なかった「宿命」。

          …その為だけに、彼女は自分を殺してきた。
          他人に干渉する事も無く、羨望する事も無く。
     …ただ幼い自分に課せられたのは、…その名に恥じぬ事だと。

     ───それは、それだけが、彼女の”意味”そのものだった───


      …水の枯渇した闇の中で、押しつぶされぬよう身を固める。
            目を閉じる瞬間に、幾度となく願った。



      ───次に目覚めるときは、どうか光であって欲しいと───


                 1

アラームがけたましく鳴り響き、まだ薄暗い部屋を支配する。

ブラインドの隙間から、ほんの僅かに残る月明かりがフローリングに線を引いている。
そのブラインドの下に位置するベッドには、白いシーツにすっぽり包まった彼女が伺えた。
そのうちもぞもぞとシーツから手が伸びると、サイドテーブルの時計のスイッチをぽん、と叩く。

……再び、部屋は沈黙に包まれた。

何も聞こえぬ部屋の音が、耳に響く。
やがてゆっくりと体を起こした彼女が、ベッドから顔を覗かせる。
眠たそうな目だけを朝の少し冷たい空気に晒しつつも、目から下は今だ温もりを

感じつつ、シーツで覆われていた。

…暫くはそのまま、動く事もなく辺りを見つめる。

デジタル式のシンプルな置き時計の横には、彼女愛用の鞭。それに昨晩就寝前に読んでいた書類と、飲み終えたマグカップが一つ。
彼女はふと窓の方に体を寄せると、ブラインドの隙間から外を伺った。

「…あさ…」

肌が微量の光を浴び、陰影を醸し出す。
それから再び目を閉じると、胸に枕を抱えてぽふっ、と顔を押し付け、体を小さく抱え込んでいった。
「……はあ」
溜息をひとつ漏らすと、勢い良くベッドから体を起こし、コーヒーを淹れにキッチンへと向かう。


スリッパの音が遠ざかってゆくと、誰も居なくなった部屋に再び沈黙が訪れた。


                 2    

「狩魔検事、お早うございます」
「お早う」

挨拶もそこそこに、彼女はすたすたと歩を進める。
忙しそうに行き交う同僚達は、冥が現れると同時に動いていた手を一度休める。
そんな様子を見る度心に思う。良い心地はしない。
…意識して言葉を交わすぎこちなさが、傍目にも伺えているから。

扉を開け、デスクチェアに腰をかけると、机の上の書類を纏め始めた。

ふと、そのファイルの一番上に置かれていた何かが、束ねた拍子にすう、と机に滑り落ちる。
───それは一通の走り書き。
「……レイジ」
───少々癖のあるその字は紛れも無く、彼のものであった。
紙片を手に取ると、一語一句、無言で確認する。
冥にはただそれだけで十分だった。

           今晩、連絡を待っている

…ただ、それだけで、気持ちを確認するには余り在る程に十分な内容であったのだ。

…胸が一杯になる。
…嬉しくなれる。
…安心していられる。

冥は少しだけ綻んだ口元で、今日一日の終わりを待ち焦がれた。
形だけでは無く、うわべだけでは無く。今日という日を心から享受出来る一時を。


                 3

誰も居ない冥の部屋に、光が灯る。
歩を進め、奥にあるクローゼットに二人分のコートを掛けると、オーディオの電源を入れる。
一方の男は、持ってきたワインボトルにグラスを…と、キッチンへ向かおうとした。が、
「私が持ってくるから」
冥がそう言うと、寡黙なその男は少しだけ笑みを浮かべ、テーブルへと引き返していった。
───そして交わされる、二人だけの空間。
二人が日常を忘れ、笑っていられる空間。
お互いの背負ったものも届く事無い世界。
───完璧で在るようで、本当は完璧では無いような世界。
グラスの中のワインが光沢を帯び、ゆらゆらと混濁しては再び消滅を繰り返す。
その光を静かに喉に流し込むと、お互いに顔を見合わせる。
…ささやかな、笑み。
「ふふ…」
「……」
「お互い、一緒ね」
「…ああ。そうだな」
それだけ交わすと、男───御剣怜侍は冥の横に腰を下ろし、彼女の肩を軽く引き寄せた。
冥の頬に手を添えると、彼女もまた応えるように手を重ね、瞳をゆっくりと閉じてゆく。

───部屋は、オーディオから静かに流れる音楽で満たされる。
二人は顔を重ね合わせたまま、暫く。そのまま動く事は無かった。

…やがて、流れていた音楽が終末を迎える。
二人は同時に顔を離すと、今度はお互いの瞳を重ね合わせた。

「……シャワー…」
「……先に使うといい」
言葉の後、ゆっくりと腰を上げた冥はシャワールームへと歩き出す。
……御剣には見えぬよう微笑みを浮かべながら。


                 4

───肌が。

うっすらとした微光により映し出され、艶美な様相を醸し出す。
…表情は艶色を帯び、吐息を荒げて。彼女は御剣の唇を受け入れていた。
湯上りの温まった裸体はほのかに香りを漂わせ、その香りがより御剣の感情を昂ぶらせてゆく媚香となり、
より深みへと、更に高みへと互いを導く標となる。
「ん…んんっ…」
…息も吐かぬほど、貪る。
御剣の舌が口内を埋め尽くし、歯茎、舌の裏や、上顎を隙間無くなぞりあげられ、冥の体が震えを起こす。

「う…ふうっ…」

舌を絡め取ると、冥の唾液を吸い尽くす。絶え間なく続く水音。
激しさに耐えられず、冥が声を上げて首逸らそうとするも、御剣は決して逃そうとはせず腕に力を込め、顔を引き寄せた。
「ん、んあっ…」
…さらに深く口付ける。
舌を弄ぶと、冥が再びそれに懸命に応えようと、舌を受け止める。
口内で舌と舌が、円を描くよう交わりあい、踊りあう。

「…ふ、うっ……はあっ…」
ゆっくりと唇を離すと、息を荒げたまま今度は首筋へと唇が這わせられる。
その細い冥の首筋に赤い跡を残してゆくと、冥は驚いたようで少しばかり抵抗した後に「…駄目。明日も仕事…」と、
一言、御剣の顔を押しのけた。
首筋にキスマークを残したままでの出勤は出来ない、と加えて。
「…それならば…」
と御剣は代わりに、冥の耳に舌を這わせた。
「あっ」
御剣の呼吸が鼓膜を震わせると、冥は体を強張らせ、ついつい声を洩らす。


                 5

…軽く歯を立てられる。…耳朶を咥えられる。…熱を帯びた吐息を吹かれる。

冥の体は何度も小さく浮き上がり、御剣の顔に頬を擦り付けた。
洗い髪の清潔な甘い香りが御剣の鼻腔を擽り、彼の興奮を煽り立てると、彼の怒張はより昂り、熱く、そしてより一層の張りをみせる。


「……」

何も言わず彼の舌が、体のラインに沿って下へ、下へと進行を開始する。


…その先には、二つの膨らみ。
冥の脇腹を、すっと撫でるように指で触れてゆく。彼女が体をひくつかせる様子を楽しみながら、そのまま背に手を回すと、
目の前には彼女の形の良い乳房が在った。
「…あぅ」
まだ十代の初々しく白いそれは、二つの突起を頂点に、御剣の視界を徐々に埋め尽くしていった。
ゆっくりと舌をつけると、ぷるん、と軽く振動を起こしてはすぐに元の形に戻る。弾力性に富んだそれを今度は口に含み、
桃色の突起に音をたてて吸い付いてやる。
「んあぁっ……」
溜息にも似た声と共に、冥は顔を自らの肩口の辺りに埋め、顔を朱に染めながらも感覚に耐える。片方の手は御剣の後頭部へ、
そしてもう一方の手にはシーツが握り締められていた。
御剣の空いた手は、彼女のもう一方にある乳房を揉みしだいていた。下から上へと円を描くように刺激し、
時には指を以て突起を摘み、弾く。軽く押しつぶしてみたり、くりくりとこねてみたりと。
「あ、嫌っ…ううっ……」
両の乳房から与えられる快感に、冥の声は上擦っていた。
ちゅうううう……ちゅぱっ……ちゅぱっ……
「うくうううぅぅ……っ…」
音を立てて吸い付くと、冥は目を閉じ、歯を食いしばって体を硬直させる。
その表情が何とも堪らなく、御剣は何度も何度も彼女を攻めあげた。
既に余裕の消えた彼女の顔からも伺えるように、冥は御剣により少しずつ、確実に追い込まれてゆく。


                 6

更に手を休めず、今度は冥の股間へと手を伸ばす。薄い茂みの奥にある彼女のそれ目掛け、腹部を伝い、
指が下腹部へと近づいていく。
「あ…っ…待って…ぇ」
消え入りそうな声をようやく絞り出すも、彼の指は冥の割れ目に沿って下降を始めた最中であった。
「きゃっ…ぁ……ん」

ちゅぷ……ちゅぷ……
今だ胸への刺激は収まった訳では無い。指での愛撫も収まった訳では無い。
指で何度も上下になぞり上げられる度に、声を出さずにはいられなかった。
その内に2本の指が、陰部をゆっくりと押し退ける。そこには綺麗に色づいた彼女の秘部が、
水気を帯びてらてらと部屋の薄明かりを映し出していた。
御剣は胸への愛撫を終えて、下方に体を移動させてゆくと、冥の秘所をじっくりと眺め始める。
足を横に軽く押し上げて彼女の恥毛を確認すると、その下には彼女の最も隠された奥地が位置していた。
それに気づいた冥が慌てて手を置こうとする。が、その前に御剣がそれを許さず、手を引くようにと冥に促す。
結果、冥はそれ程の抵抗は見せず、伸ばした手を戻すとそのまま顔を両手で覆う事になった。

「だめぇ……恥ずかしい…から…っ…」
冥の表情は確認出来ない状態ではあるが、御剣には十分理解出来た。
…羞恥で泣きそうな顔をしているのだろう。
口元を緩ませると、先ずは彼女の恥毛を唇でそっと乱す。冥の匂いに満ちたそこの空気を吸い込むと、御剣の欲求を一段募らせていく。
そこから彼の唇は徐々に下方へと滑り落ち、鼻を押し付けながら彼女のそこに軽く口付けをすると、舌を差し入れていった。
「…あ、やっ!」

…先ずは一つ。冥の体が大きく振れる。
「ああ……!」
下から上へとねっとりと舐め上げてやると、足を閉じようとする。両手で太腿を掴むと、冥が嫌がらない程度に少しずつ、
少しずつ開かせてゆく。
彼女の手は中空を彷徨い、どうして良いのか手のやり場に困っている様子であった。


                 7

更に舐め続ける。溢れ出す蜜を全て啜ると、臀部に手を回し果実を貪るかの如く口の中に陰部をすっぽり包み込み、
音をたてて吸い付き、舌で蹂躙した。
ちゅううう……っ、じゅる、じゅぷっ、ちゅぷっ……
冥の手は御剣の頭へと置かれ、腰を振って何とか侵略の手を逸らそうと必死に抵抗する。
…水音と共に声が、止め処なく溢れ出す。

「あ、もう…もうだめ、ねえ怜…っ!…ね、え…っ!お願…いだから…!ひゃう…!や、や、あっ」
「本当……にもう…っ!ダメえぇえぇ……!待ってっ…待って!…きゃあああ~ッ!!」
少し口数の多くなった彼女に追い討ちをかけるべく、一番敏感な部分。クリトリスに思い切り吸い付く。
体を一層大きく震わせ、腰が宙に浮いた。
「んんうぅ~~………ッ!?」

口を閉じたまま、何とも例えられぬ悲鳴をあげる冥の腰は空中で強張ったまま震えを起こす。
休ませずにクリトリスを舌で弄ぶと、冥の口からは何も発せられなくなっていった。
太腿が御剣の頬を、最期の力を振り絞ってきつく締め上げていく。
「……………!」
やがて腰が力無く、すとんとベッドの上に落ちる。全身が弛緩し、言葉を紡ぐ事も適わぬ冥に止めとばかりに御剣は吸い付いた。
のろのろと体をよじらせて体を横に倒しても、御剣の顔は離れる事は無く一心不乱に冥の味と反応を愉しむ。

「…あぅ……あぅ……ぅうん……」
熱で魘(うな)された時のようにぐったりと横たわった冥の表情は焦点が定まらず、

意識が朦朧としている様子ではあったが、なおも股間で蠢く御剣の動きに合わされ、体はゆらゆらと揺れていた。

ぴゅっ、と、御剣の顔に液体が降りかかる。それは何度でも溢れ続け、彼はそれが溢れ出る毎にずず、と啜り取っていく。
やがて収まると御剣は掻き出す様に舌を差し入れ、縦横無尽に這わせ尽くすと、掴んでいた臀部から手を離し、
そこでようやく冥を解放した。


                 8

「ふう……」
…改めて冥を見下ろす。
瞳は少しばかり涙で潤い、唇からは絶え絶えに吐息が漏れ、すっかり力の抜けた体は膝を曲げ、呼吸に合わせて上下に揺れ動いている。
肌は熱を帯びてほのかに色を増し、顔にかかった髪の毛が扇情的で、御剣は溜息をつくとその姿に暫く見惚れていた。

…丸くなったその体は、子供の様に。美しさと幼さとが見て取れる。そう思える。
御剣自身、そんな事は頭の中ではとうに理解していた。
…曇りの無い白い肌。
…細く閉じられた瞼。
…柔らかな唇。
普段は強気に振舞う彼女でも、実際はまだ10代の少女であるのだと。
そして、これは私にだけに許された、彼女のありのままの姿であるのだと。

…そして私はこの先彼女を何時でも導いてやらなければならないのだと。

呼吸に余裕の出来た冥が、ゆっくりと瞼をあげ御剣を瞳に捕らえる。
───視線を合わせる。触れたい衝動に駆られた。

御剣は冥にそっと覆いかぶさると、頬に指を沿わせる。
「…大丈夫。ちょっと激しくて…びっくりしただけよ」
虚ろな表情はそのままに、口元で笑みを作ると大丈夫だから、と御剣を気遣う。
「少しは加減してよね…もう」
確認した御剣もまた、唇を緩めてそれに応えた。
「…ふふ」
どちらとも無く、自然に笑いを零す。
冥は手を御剣の頬に添えると、ほんの少し唇を合わせる。
「…冥」
「……うん」


                 9

御剣は上体を起こすと、冥の股間に腰を進ませて、唾液と愛液で塗れたそこを指で軽く寛げる。
「ん…」
狙いを定めると、冥を気遣いゆっくり、己を埋没させていった。
「…いくぞ」
「うん…」

了承を得ると、先ずは少しずつ、円を描くよう腰を動かしていく。
冥の表情は幾分穏やかに、御剣を受け入れ恍惚とした表情を見せた。
「……はあ…」
そこからは動きを変え、前後にゆっくりと動いていく。冥はシーツを握り締めて、その快感に身を任せる。
冥のそこが、御剣の陰茎をきゅう、と締め付けた。
「うむっ…」
「ん、ん、ん……」
腰の運動により、冥もまた体を揺らす。愛液が潤滑油となり抽送をスムーズなものとし、また、水音が再び部屋に鳴り響く。

ちゅく、ずちゅ、ちゅく……
音が…二人の感覚を痺れさせる。
薄暗い部屋の中で、音と共により深みを目指して、二人は互いを模索し合った。

もっと、体に触れていたい。
もっと、感じていたい。
もっと、一つになりたい。

誰も知る事の無い、二人だけの時間。二人だけの行為。二人だけの気持ち。
その一つ一つ、一秒一秒を自分の全てを賭けて感じ取れるよう。受け洩らさぬよう。
───駸駸(しんしん)と時が過ぎるように感じられる。余計なものは何一つ、感じられない。

…何度も、唇を合わせる。髪を指で乱し、肌を重ね合わせてはその感覚に身を委ねて安堵すると、
こんなにも素晴らしい時間は無いのだと切なさを募らせた。


                 10

御剣は時に緩急をつけ、冥と自分を高めるよう行為の中にアクセントを施す。
「あっ、あっ、あっ」
冥の声が次第に抑揚を失ってくると、冥の片足を持ち上げて体を横にさせる。
持ち上げた脚は自分の肩上に、自らはベッドに手を突いて再び冥を攻め始めた。
「あうっ、は、あんっ」
冥の瞳が再び閉じられていく。

感覚が麻痺する。辺りは白塗りに、熱と感触のみが現実として感じられ、他のものは入ってくる事が出来ない。
更に抽送が早まり、力強く彼女を埋め尽くしていく。
同時に御剣の感覚も徐々に犯され、熱が集中するのを感じとれた。

「う…ああっ…あ、あ、あ」
「くっ…」
再び正面に向き直ると、今度は冥に覆いかぶさり、更に腰を早めていく。
「いや、あ、あ、あ、あっ!」
「冥っ…!」

彼女の体に手を回し抱き寄せると、腰を打ち付ける音の感覚が短くなっていく。
冥もまた力の限り御剣をきゅっと抱きしめ、離さなかった。

…そして迎える、開放感へ向けて。

「ああああっ……!」
「冥っ……!!」




        ───きっと、まだ楽しめる。その筈だと願って───


                 11

アラームがけたましく鳴り響き、うっすらと陽の差し込む部屋を支配する。


ブラインドの隙間から、冬の陽がフローリングに線を引いている。
そのブラインドの下に位置するベッドには、白いシーツにすっぽり包まった二人が伺えた。
そのうち、もぞもぞとシーツから手が伸びると、サイドテーブルの時計のスイッチをぽん、と叩く。

ゆっくりと起き上がったのは、この部屋の主。狩魔冥。
乱れた髪を手で掻きつつ眠たそうな目を精一杯開く。

一方で、まだベッドで寝息をたてている男が一人。
気持ち良く鼾(いびき)をたてるその男の寝顔を横目で伺うと、冥は思わず笑いをこぼしてしまう。

ゆっくりと立ち上がり、オーディオの電源を入れると、キッチンへと向かう。



スリッパの音が遠ざかってゆくと、誰も居なくなった部屋はオーディオからのギター、ピアノの音、
…男の鼾によって包まれた。


                 12
「んごっ……ん…?」

男がうっすらと目を開けると、そこは昨日の部屋の風景だった。
のっそりと体を起こすと、軽くあくびを一つする。

「……朝か」

ブラインドから光を見つめ、そう呟くとベッドの横に手を下ろす。
…手の平からは、ほのかに残る暖かさだけだった。

「…冥?」

居る筈の彼女の姿が見えない。体を一気に起こすと、部屋を見回した。
……姿が見えない。

「メイ!」

…やがて、キッチンから足音が聞こえてくる。
そこには、湯気の立つコーヒーカップを持った彼女がいた。

「……冥」

安堵した表情の御剣の顔を確かめると、彼女は精一杯の笑顔で。
……こう答えた。




                「おはよう」


epilogue



     深い闇の中で、その少女は幾度と無く羽ばたく事を諦めかけた。

 翼は傷つき、それでもなお必死に足掻く彼女の”光”は闇に霧散し、湮滅した。
 ───繋ぎとめていたのは、それでも猶揺らぐ事無きたった一つの「意思」。

 ───導いてくれたのは、全てを受け入れてくれた同じ境遇の”光”───

      …暗闇から自分に手を差し伸べ、鬱蒼としたこの闇を払う光。
      …今まで偽ってきた自分を、何も言う事は無く解いてくれる光。
      …繰り返しでは無く、やり直しなんとだという事を教えてくれた光。

    ───それは、それだけが、彼女の”心”そのものだった───


       …潤いを得た水面(みなも)から、彼の声が聞こえる。
            目を閉じる瞬間に、幾度となく願った。



 ───次に目覚めるときは、どうかあなたの光であって欲しいと───



                                                 .....「shorebird」..... 終
最終更新:2006年12月13日 08:30