御剣×霧緒①

「御剣怜侍」
職務を終えて帰ろうとした御剣は呼び止める声に振り返った。
振り返った視線の先には冥が立っていた。
「メイ…どうした?」
「その…今夜、空いているかしら?」
普段は一方的に自分の都合に付き合わせる冥が自分に頼みごとをするとは珍しい。
何があるのだろうか、と思い冥の問いかけに答えた。
「特に用はないが、なんだろうか。」
「よかった。お願いがあるんだけど。」
「だから、なんだというのだ。」
急かす御剣をすまなそうに見ながら、冥は丁寧に包装された箱を御剣へ差し出した。
「何のつもりだ?」
差し出された箱を受け取りながら聞く。
「今日、誕生日だから。」
自分の誕生日ではないな、と思いながら、まったく意味の分からない御剣は少し苛立ちながら言い返す。
「私の誕生日ではない。」
「そんなことは分かっているわ。今日誕生日のその人物に私の代わりにそのプレゼントを渡してきて欲しいの。
急に担当している事件の検証が入って、今日は帰れそうもないから。」
状況を理解した御剣はやれやれ、と肩を落とした。
「それで私が代わりに行けばいいのだな。分かった。ところで、誰だ?その相手とは。」
「あなたも知ってる人よ。実は・・・」
冥は相手の名前と待ち合わせの場所を告げると後はよろしくね、と去っていった。

そんな理由で御剣は冥の代わりに誕生日プレゼントを渡しに行くことになった。
待ち合わせをしていると言っていた駅に着くと、冥の言う人物の姿があった。
壁にもたれ、冥を待ちながら本に目を落としている。
御剣は彼自分に気付かない彼女の前に立つと名前を口にした。
「華宮霧緒・・・」
予期しない声に名前を呼ばれた霧緒はビックリして顔を上げた。
「御剣検事さん・・・いったいどうして?」
「メイは急な仕事が入って今日は帰れないそうだ。コイツを預かってきた。」
御剣は冥から渡されたプレゼントを霧緒に差し出した。
「そうだったのですか・・・わざわざすみません。」
「では、私はコレで。誕生日・・・おめでとう。」
そう言うと御剣は霧緒に背を向け、歩き出した。
「ちょっと待ってください。」
呼び止められて振り返る。
「あの・・・今日、狩魔検事さんが来てくださると思って、大したものじゃないんですが、夕食作ったんです。もし・・・お嫌でなければその、御剣検事さん、いかがですか?」
「それではお言葉に甘えてご馳走になるとしよう。」

御剣と霧緒は霧緒の住むマンションへと入って行った。
女性の1人暮らしには広すぎる高級なマンションだった。
部屋に入ると霧緒の性格を現すように整然としていて、料理のいいにおいが充満していた。
御剣をソファーに座らせ、紅茶を出すと、霧緒はエプロンを着け、台所へ立った。
(こういう状況も悪くない。)
台所に立つ霧緒の後姿を眺めながら御剣は思った。

夕食を食べ終え、後片付けも終わり、御剣と霧緒はソファーに並んで座り、食後の紅茶を飲んでいた。
霧緒が冥の事を聞くので、御剣は昔から知っている冥の話を聞かせた。
昔は天野由梨絵に依存し、敵をとるために藤見野イサオに近づいた。
そして、今度は藤見野が殺害された事件で冥と知り合う。
その事件で冥は狙撃され、成歩堂と御剣で真実を暴き出した。
それ以来、霧緒は冥をとても信頼している。
「キミはあの藤見野イサオ以来、恋人はいないのか?」
御剣の言葉にハッとした表情を見せる。その表情を見て取った御剣は、自分の言ったことを後悔した。
「いや…そういう意味で言ったのでは…」
「いいんです。あの事は、もう…」
口ではいいとは言っているけれど、彼女の過去のキズ口を突付いたような気がして、御剣は申し訳なく思った。
「あのときは…本当に申し訳なかった。私もキミの口から真実を引き出したかった。
だから、あんな酷い事を言ってしまって…」
「気にしないで下さい。私こそ、あなたや成歩堂さん、そして狩魔検事さんに救っていただいたのですから。
あの法廷であなたに言われたときは凄く怖かったけど、今にして思えばそれが正しい選択だったのだと思います。」
笑顔を作るが、その中にやはり悲しそうな色が浮かんでいる。
手に持ったティーカップへ視線を落とし、悲しそうな目で口だけに笑みを浮かべる彼女。
やがて彼女の目に涙が浮かんだ。
御剣はいても立ってもいられなくなり、手を伸ばすと霧緒の瞼から溢れる涙をそっと拭った。
「キミの誕生日だというのに、悪いことを言ってしまった。」
言うと御剣は、霧緒の頭をそっと自分の胸へ引き寄せた。
「み…御剣検事さん…?」
咄嗟の事に霧緒は驚き、御剣を振り払う。
「ダメですよ。御剣検事さんには狩魔検事さんがいらっしゃるじゃないですか。」
淋しそうな表情を浮かべ、霧緒は御剣を制止した。
「キミは、私が嫌いか?」
「そうでないんです。でも、狩魔検事さんが…」
「メイのことは関係ない。そもそも、私とメイはそのような関係ではない。」
御剣は霧緒の肩を抱くと真剣な眼差しで真っ直ぐに見据えた。
「綺麗だ。」
そのまま困惑の表情を浮かべたままの霧緒の唇にそっと自分の唇を重ねた。



スレにて連載
最終更新:2006年12月13日 08:38