霧緒×冥
『お泊まり会』
どうしてこんな事になったのだろう。
冥はシャツのボタンを留める自分の姿を鏡で見ながら思った。
キチンと洗われたシャツは、揃いのパジャマのズボンと一緒にキレイにたたまれていたものだ。
冥がシャワーを浴びている間に置かれたのだろう。浴室に入った時にはなかったものだ。
それを大人しく身につけながら、やはり冥は釈然としない。




今日はただお茶をするだけのつもりだったのだ。
新しいアパートに引っ越したので遊びに来ないかと誘われ、じゃあ3時のお茶でもと、手土産のケーキを持って訪問した。
近状報告にもならないようなおしゃべりに花を咲かせているうちに日も落ち、せっかくだから夕食も、さらには食後に一杯などと誘われているうちに――
どうせなら泊まっていかれませんか?――と。
断るチャンスはなかった訳ではないだろう。しかし、小さな誘いを断り切れずにいるうちに、ズルズルと事態は大きくなっていて。
何より、慣れないアルコールをうっかり摂取してしまったのがいけない。
口にし始めて間もないワインは、少しばかりなら平気なのだが、これももう少し、もう少しと勧められ、言われるままに口に入れてしまった。
正確な量は分からないが、明らかに過剰摂取な事は理解できる。
平常な判断力が残っていたなら、いくら流れとはいえ外泊などキッパリと断っていただろう。
ぽぉとした頭で頷いてしまったが最後。すっかり相手は泊める気でいるし、こうしてシャワーまで借りている。
熱い湯を浴びているうちに頭も少し冴えてきて、せっかくの厚意だけど遠慮しよう。シャワーを浴びたらちゃんと断りを入れて帰ろう、と決めたのだが。
脱衣所に出てみると自分の服がない。そして替わりに置かれていたのがこのパジャマだ。
さすがに服を着ないで出るわけにもいかないので、しぶしぶパジャマを身につける。
何だか流されているようで、とても納得がいかない。


今に戻ると、家主である華宮霧緒がお茶を入れていた。
冥の姿を目にとめると、ニコッと笑顔を向ける。
「あ、冥さん」
「シャワーありがとう」
「いいんですよー。あ、パジャマ分かりましたか」
「えぇ。それでね、霧緒‥‥」
私、帰るから服を、と言いかけた冥には気づかず、霧緒は矢継ぎ早に捲し立てた。
「じゃあ私もパッと入ってきちゃいますねっ。あ、お茶入れておいたので、どうぞごゆっくりしててくださいっ」
「あっ、ちょっと‥‥」
皆まで言い終わる前に、霧緒はタオルを抱え忙しそうにパタパタとバスルームへ向かってしまった。
取り残された冥は、しばらく呆然としていたが、とりあえず目の届く範囲をぐるっと見回してみた。。
目のつくところに、服は置いていないようだ。
家主の姿がないので、少しの居心地の悪さと遠慮を感じながら、自分の荷物が置いてあるテーブルの隅に移動した。
もしゃと思ったが、バッグと一緒に服は置かれていなかった。
そのままちょこんとテーブルの横に腰を下ろす。
このテーブルは、今は部屋の端に寄せられ、空けたフローリングの床に布団が2組敷かれていた。
泊める気というか、一緒に寝る気のようだ。
酒気からくるものではない頭痛を確かに感じながら、冥はお茶をすすった。


こんな事、始めてだ。
一日女友達の部屋で過ごす事も、一緒に夕食の準備をした事も、隣の布団で寝る事も。
知人の家に招待された事は何度かあったが、それは手厚くても社交的にもてなされただけで、こんなに生活の中に招き入れられた事などない。
身内とは違う「生活」の中に身を置く、この違和感。
いわゆる「一般的」な年頃の女の子達が築いてゆく交流などとは無縁の世界で生きてきた冥にとって、それは全て不思議な感覚で。
面映ゆいようなくすぐったさと、恥ずかしさと居心地の悪さなど、いろんな感覚が混じり合い、でもちょっとわくわくする高揚感が、冥の中でささやかに主張する。
世間の子たちは皆、このような事をするのかしら‥‥。
並んだ布団をぼんやり見つつ、冥は考える。
冥は幼い頃からその才ゆえに大人の中で育ってきて、大人の処世術だけを教え込まれ、そう振る舞う事を求められてきた。
それを当然だと思ってきたし、それに必死で応えてきた。
もちろんそんな存在は希有なもので、冥には近しい歳の子供とふれあった思い出などほとんど無い。
だから今でも、同じくらい、もしくは年少の人間とのふれあい方が分からない。
ましてや「友達」がなんであるかも、よく分からない。
「完璧」を目指す彼女であるから、もちろん精神心理学的に勉強はした。
しかし実体験の伴わない「知識」に、彼女はそれ以上の理解を示せないでいる。
霧緒は冥を「友達」だと思っているようだ。
それも冥自身にはよく分かっていない。周りの人間がそう思っているようなので、これをそういう関係というのだろうと冥は判断しただけだ。
霧緒は冥を「友達」だと思っているからこそ、こうして馴れ馴れしく近寄ろうとし、引き入れようとするのだろう。
でもそれを戸惑いながらも許容している自分も、実はそう思っているからなのかもしれないと、冥は考えている。


霧緒は布団から顔をのぞかせ、きょとんとして冥を見た。
「え?こういうの初めてなんですか?」
「そうよ」
同じく布団を被って、こちらは天井を見ながら、ぶっきらぼうに冥は言い放つ。
何だか、どんな些細な事でも自分に足らない部分があるというのが癪なのだ。
別に目指すところに必要がないのならば、その過程において知る機会がなかったのなら、「知らない」事が悪い事とは思っていない。
ただ、他の人間に「知らない」というだけで好奇の目で見られ、その部分に置いて優位に立たれるのがたまらなく悔しいのだ。
もちろん、そんな子供じみたプライド自体が恥ずかしいのも、冥は分かっている。
分かっているのについムッとしてしまう自分に、また腹が立つのだ。
最近では、それも少しは落ち着いて受け止められるようになったと、自分では思っているのだが。
どうも自分を近くから見ている人間に言わせると「まだまだだな、冥」という事になるらしい。
「霧緒はよくこういう事するの?」
あまり自分の事を詮索されたくなくて、代わりに自分から尋ねてみた。
そうだ、知らないなら聞いて見ればいいじゃないか。足りないなら補えばいいのだ。
「そうですねー。昔はよくやりたがってましたね、“お泊まり会”」
「“お泊まり会”?」
「普段はほら、家の用事とか門限とか、まだ遊び足りないのに帰らなきゃいけないってなるじゃないですか。だから思い出したように“お泊まり会”やりたーい!気の済むまでおしゃべりしたいーって」
そういって霧緒は懐かしむようにくすくす笑う。


口調に同意を求める意図が含まれていたように思うが、残念ながら冥にはそんな思いをする事はまったくなかったし、機会もなかった。
返答に困るが、特別それを求められていた訳でもないようで、霧緒は冥に構わず続ける。
「まぁ、実際はそんなに話す事もなかったりするんですけど」
普段と違う日常を送ってみたくなるんでしょうね、と霧緒は言った。
何となく、それは分かる。今の冥が、その真っ直中に置かれているからだ。
だからと言って、また体験したいかと聞かれれば、今のところは何とも判断つきかねるところだ。
「話すのが目的なのに、話す事がなくなってどうするのよ」
「ん~、大人しく寝ちゃう、とかですか? まぁそういう事もありましたけど、結局、普段しゃべり足りないから~なんて、方便なんですよね」
「? どういう事?」
少し、この不可思議な習慣に対して興味が湧いてきて、冥は霧緒の方に顔を向けた。
「やっぱり、興味があるんじゃないですか?友達というか、他人の生活」
「‥‥なるほど‥‥」
妙に納得してしまう。先ほどからの自分の中の奇妙な高揚感も、見知らぬ「他人の生活」という世界を覗く好奇心とも言えるわけだ。
「後はホラ、一番はやっぱり、普段できない話、じゃないですかね?」
心なしかウキウキしたように顔を輝かせて霧緒が言う。
「普段できない話?」
「普通にお茶しながらとかじゃ出来ないような、ちょっと恥ずかしい話とか、告白とかですよ」
コレが盛り上がるんですよね~、と霧緒は何だか1人で嬉しそうだ。


「暗がりの中で布団に入りながらコソコソ話ししてると、普段聞けないような事とか聞いちゃったり、話してみちゃったりするんですよ!」
「‥‥ふぅん」
霧緒の話を分析すると、要は他人を生活に入れる、または入る事によって非日常を作りだし、それによって日常ではあり得ない会話が成立する事が、これまた非日常感を煽って心を躍らせる、という事か。
「どんな話をするの?」 そうですね~、と霧緒はちょっと恥ずかしそうに目線を泳がせた。
「年頃の女の子が集まってする話ですから、やっぱり異性の事とかですよね。それから他には、もっと深く、の話」
「‥‥深く?」
霧緒はゆっくりと微笑んだ。
「冥さんは、興味ありませんか? ‥‥他の女の子の、性の話」
意味ありげな霧緒の微笑みと言葉を全て聞いてから、冥はハッとした。
霧緒がちょっと、顔を近づけた。
「気になるじゃないですか、他の女の子のカラダ、とか。自分は、他と比べてどうなのか、とか」
「‥‥! っきゃ‥‥!」
その時、冥の無防備な脇腹に何かが触れた。
霧緒が布団の中から手を差し入れてきたのだ。薄い布越しでも、突然の接触に冥は驚いて身じろぎする。
「ふふ。こうしてちょっとだけ触りっこしたりとかして。ね、冥さん」
「ちょっと‥、霧緒、やめなさい!」
触れるだけでなく、ゆっくりと手のひらで撫で上げようとされた腕を、とっさに掴んで冥は身を引いた。
「分かった、もう分かったから! 寝ましょ、もう」
ぐいと布団の中で霧緒の腕を押し返しながら冥は顔を俯けた。


いきなりの事で、心臓が跳ね上がるほど驚いた。
まさか彼女がこんな巫山戯るような真似をするなんて、思ってもみなかっただけに、驚いた。
緊張で紅くなった頬を見られたくなくて顔を上げられない。
仄かな電球の明かりのみの薄暗さだというのに、そんな事にも気がまわらなかった。
だから、気がつかなかったのだ。
すでに霧緒が、冥の布団のすぐ横にまで近寄っていた事に。
「私、興味あるんです、冥さんに」
「え?何‥‥?」
その時にはもう、もう片方の腕が伸びてきていて。
彼女の腕を押しのけるために張った両腕の隙間をぬって、今度こそがら空きの脇腹を撫でられた。
「ひゃ‥‥」
小さな悲鳴をあげる冥に、霧緒は少し意地悪く微笑む。
「いいじゃないですか、女同士ですもの。こうして少し巫山戯たって」
「ふざ‥け‥‥?」
思わず脇腹にまわった腕を止めようと、そっちに注意を向けた隙に、今度は離した腕を胸元に伸ばされた。
「‥‥やっ!」
そのままゆっくりとふくらみの縁をなぞるように脇の方へと指を滑らせる。
霧緒の、女性の細い指先の繊細な動きで撫でられて、冥はくすぐったさと少しの拒絶感に声を上げる。
身体をよじり、抵抗が留守になったところを、霧緒はするすると指を滑らせていく。
始めのように撫でるのではなく、ただそのラインをなぞるように。
そしてゆったりと開いたパジャマの襟元から、鎖骨をたどって細い首筋まで指を這わす。
「霧‥緒っ!く、くすぐったいから‥‥も、やめてっ」


冥は正直戸惑っていた。
はっきり言ってこんな行為、断じて許す訳にはいかない。
いくら女同士とはいえ、他人に無遠慮に身体を触られて気分がいいはずはない。
だが、彼女はあくまでも少し巫山戯てるだけと言うし、冥も、本気で力に任せて拒絶するところではないのではないかという迷いがあった。
「ふふふ、意外と、可愛らしい反応なさるんですね」
霧緒の言葉に、冥はカッと顔が熱くなった。
何だか、彼女の悪ふざけに真剣に困っている自分を笑われたようで、そして真面目に迷ってしまった自分が馬鹿みたいで、羞恥が身体を駆けめぐる。
「か、からかわないでちょうだいっ!」
ぷいっと顔を背けると、霧緒がまた笑った気配がした。
「‥‥本当に、こういう事慣れてらっしゃらないんですね」
悪いか!と冥は心の中で悪態をついた。
どうせ自分は子供らしいふれあいも、思春期のお互い窺うような付き合いも、友達同士で育む気恥ずかしい秘密も、すっ飛ばして育ったのだ。
そんな冥に、霧緒は今までの彼女への心証がまったく違う方へ向かうのを自覚していた。
「‥‥可愛い。冥さん‥‥」
「はぁっ‥‥!?」
何の聞き間違いかと、キッと霧緒を睨み付けようとした冥は、瞬間びくっと身体を縮こませた。
「‥きゃ‥っあ‥‥!」
するっと霧緒の指が、直接冥の胸に触れてきたのだ。
気づくとすでにパジャマの前ボタンがいくつか外されている。繊細な細い指で、気づかれぬように器用に外したらしい。
「冥さん、肌キレイですね‥‥。凄く滑らかで‥しっとりして‥‥」
「いっいや‥‥」


あり得ない事態に、冥は軽いパニックになっていた。
止めさせようと腕は彼女に掛けていても、力が入らず抵抗にならない。
その間にも霧緒は素肌に触れさせる指を増やし、手のひらで撫で、そしてゆっくりと腹から脇にかけて撫で上げ、冥の柔らかな乳房の感触を確かめる。
すでにボタンは全て外され、シャツはすっかりはだけられていた。
「やぁ‥! や、めなさい、霧緒っ」
冥の思考回路は完全に混乱の最中にあった。どうしてこんな事になっているのか、霧緒は一体何を考えているのか、自分は一体どうしたらいいのか。
彼女が女性である、という事がその混乱に拍車をかけていた。
同性である霧緒が、自分を辱める訳がないという事実との相違点が受け入れられないのと、今まで「近しい位置」にあった友人と呼べるかもしれない存在を、拒絶する決心がつかない事が、冥の思考をかき乱していた。

一方、霧緒自身も事の方向が違ってきた事を自覚していた。
そう、最初は確かにちょっとした悪戯心だったのだ。
しかし冥に触れてみたいというささやかな欲望の中に、「甘えたい」という自身の悪癖がまったくないとは思っていなかった。
もしかしたら、冥が自分を支えてくれる存在になってくれるかもしれない、と期待していなかったとしたら嘘になる。
ところが彼女の思っても見ないところで、冥は違う反応を見せた。
まるで初な少女のような恥じらい。
普段の堂々とした彼女からは想像もしていなかった戸惑いぶりに、霧緒自身も揺さぶられた。


そうだ、実際にこの年下の女性はまだ少女なのだ。
その生まれ持った才能と、鍛えられたプロフェッショナルの仮面に隠された、歳相当の初々しい仕草。
今まで感じた事のないこの優越感‥‥。
年長者としての経験と自信が、霧緒に余裕を与えていた。
他者に上に立ってもらう事しか知らなかった自分が、こうして誰かを翻弄している。
しかもそれが少なからず欲していた相手だという事が、霧緒の歯止めを効かなくしていた。
もっと彼女の違う面を見てみたい‥‥!
そう、きっとこの誇り高い少女は、このような姿を決して誰にも見せないに違いない。
その隠したヴェールに、今自分は手をかけている。
そう思うと、言い表せない興奮が、霧緒を駆り立てた。
「冥さん‥‥素敵‥‥」
そうつぶやくと、冥の乳房の弾力を弄ぶように手を添えた。じんわりと伝わる体温が心地いい。
「‥い、や‥‥」
「ふふっ、意外とボリューム、あるんですね。スレンダーだから、もう少しささやかかと思ってました」
そうは言っても、まだ小振りと言えるそのふくらみを、今度はゆっくりと優しく揉みしだく。
「やっ‥だ。‥‥言わ‥ない、でっ!」
他者に無防備な部分を見られるという羞恥が、さらに冥の混乱に拍車をかける。
抵抗しようとはするものの、身体を震わせるだけで効果にならない。
その反応は、とても愛らしくて。霧緒は次第に自分の中に嗜虐心が起きあがってくるのを感じていた。


「でも形はキレイ‥‥。色も‥白くて、ピンクが映えますね‥‥」
そう言い終わらないうちに、霧緒は細い指先でそっと冥の蕾に触れる。
「あぁっ!‥‥きゃ、ぁ‥‥」
今までの触れ方では快感に結びついていなかったのか、直接刺激に繋がるところに触れると、冥は拒絶とは違う悲鳴を上げた。
「や、やぁあ‥‥」
まだ柔らかい先端を、ゆっくりと指先で転がし、さすり、擦りあげていくと、そのピンクの蕾がぷっくりと姿を現した。
「うふ‥、こんなになっちゃって。‥‥感じてくれるんですね‥‥」
「いや、いいやぁあ‥ぁ‥‥」
段々抵抗の気力が掠れていく冥の声は、霧緒に芽生えたある種の欲を満足させ、さらに求めさせるには充分な効力があった。
「大丈夫ですよ、冥さん」
そう言うと霧緒は、冥のパジャマのウエストに手を掛けた。
「なっ、何‥‥?」
すでに冥は涙声だ。自分がどのような状況に置かれているか、許容しかねているのだろう。きっと、泣き出しそうになっている自分にも気づいていないに違いない。
この時、霧緒はもう決めていた。
「同じ女同士ですもの。‥‥悪いようにはしませんから」
この少女を、私が女性へと染め上げてみせる。
そしてするっとウエストに手を滑り込ませると、さっとズボンを抜き去った。


「あっ!」
さすがにこればかりは冥も理解したのか、悲鳴を上げて身体を守ろうとよじる。
しかし、霧緒が胸に添えていた指できゅっと小さな乳首を摘むと、冥は小さな嬌声をあげて身をのけぞらせた。
たっぷりと手間を掛けた乳房への愛撫が、効いているようだった。
冥はパジャマの下に下着をつけていない。
もちろんそれは霧緒が服と一緒に隠してしまったからで、それを知っているからこそ、邪魔な布きれを剥ぎ取った時の爽快感といったらなかった。
「大丈夫、私だって経験はあります。どこが感じるか、どうすれば痛くしないか、知ってますから」
「な、んで‥‥こんな事‥‥」
先ほどの刺激が引き金になったのだろう、冥は端正な美しい顔を愛らしく歪めて、その頬に涙がこぼれている。
「私、冥さんが大事なんです。大事な冥さんを、苦痛に苦しませたくない‥‥」
震わせる冥の身体をそっと撫でて、霧緒は外気に晒された脚の間に指を滑り込ませた。
反射的に冥は膝を摺り合わせ、身を縮こませる。そんな反応すら愛らしかった。
「‥‥デリカシーのない男なんかのために苦痛を味わうくらいなら、私が優しく慣らしてあげます」
努めて優しく、冥に語りかける。
そうだ、この自分が。彼女の緊張した身体をほぐしてあげる事ができるのは自分だけなのだ。
そう、ゆっくりと。欲に突っ走る男とは違って、やさしく確実に気持ちよい事を分からせてあげる‥‥。
何より、霧緒自身が同性同士の行為を知らないわけではないという事実が、彼女を自信付けていた。


「‥‥‥‥‥‥」
しかし冥も、これだけは譲れないとばかりに、霧緒の秘所に伸ばした腕を掴んで動かさない。
その吃驚するような力と、急に顔を伏せて押し黙ってしまった冥に、霧緒はふと異変を感じ取った。
「‥‥冥さん?」
続きを、と思ってもこれが意外とびくともしなくて、霧緒は肝心なところに指を伸ばせないでいる。
「‥‥‥?」
さすがに不振に思って冥の顔を覗き込むと、冥は何とも言えない複雑な表情で、顔を真っ赤にしていた。
ただ、嫌がっている訳でも、恥ずかしがっている訳でもなさそうな‥‥。

イヤな、予感がした。
「あの、冥さん?」
「‥‥‥‥」
とりあえず、彼女を押さえつけていた腕から力を抜いて、少し身体を離してみた。
先程までの凝固したような束縛はなんのその、引く力にあっさりと冥は霧緒を解放した。
すでに、先程まであった決意はすっかり抜けきってしまった。今は、その決定的な一言を聞きたくないという、軽い恐怖。


まさか、この些細な仕草ですらまだ幼い彼女が。
それでも意を決して、聞いてみる。
「‥‥もしかして、初めてじゃない‥‥とか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
返答は、ない。
だが、ガンとして動かないその身体と、決して霧緒に見られまいと目を反らしているその姿に。
全てを察した気がした。
軽い喪失感の一方、その頑なな姿すらいじらしくて。

お互い固まったまま、いくばくかの時間が過ぎ。
冥がふと真っ赤な顔を上げた。

「‥‥私、帰るから。服を出して」

去り際、冥は『今晩の事は、なかった事にしましょう』とだけ告げて去っていった。
あのっ!あの男がっ!!
思い当たる人物は、1人しかいなかった。
仮にも自分にとって恩人でもあるその人物であるが、それでも冥と比べる術があるわけでなく。
ただ霧緒は冥がすでに寝取られていた事実に、心の奥底から恨みの念を送るしかできないのだ。
あぁそれにしても、冥の恥じらう姿の何と初々しく艶めかしかった事か。
思い返しては、その全てを手にしている相手への妬ましい思いが湧いてくる。
こうしてまた、霧緒は男への嫌悪感を新たにしたのであった。
最終更新:2006年12月13日 08:39