御剣×千尋①

「話がある」
「聞きたくないわ」
千尋は玄関から一番離れた部屋の隅で膝を抱えたまま携帯電話に向かって、そう小さく呟く。
今更何の用なのかとヒステリックに叫びたい気持ちもあったが、それより何より放って置いて欲しかった。
電話先の相手は、知っている限り連戦連勝。初めての裁判の前から天才の名を欲しいままにしていた検事。
一回目の裁判の相手という接点のみで、ずっと法廷に立とうともしない弁護士に、一体何の用があって突然訪ねたというのだ。
そんな千尋の考えを読みとったように、電話の先で男は言う。
「理由が聞きたければココを開けたまえ」
同時にドン、と、扉が鳴る。
教えたはずのない住所だというのに、男は勝手に訪ねてきた。
ストーカーですと警察に連絡することも考えたが、相手の立場を考えればそれも出来ず、警察とは関係のないところで頼れた男はもういない。
心臓が一瞬痛んだ。
生きてはいても、もうずっと目覚めない男。
彼も、今ドアの先に立つ男と同じようにドアを叩き自分に呼びかけた。
ここから出てこいと。
(嫌……)
電話を切ってしまいたい衝動に耐えながら千尋は小さく首を振る。
衝動に負けて電話を切ってしまえば、男はドアを激しく叩いて自分の名を呼ぶかもしれない。あの男と同じように。
それに耐えきる自信がなかったから。
「聞くことなんてありません」
「私には言いたいことがあるのだよ」

再び、音が鳴る。

      (出てこい、チヒロ……)

初めての裁判で負った心の傷。
それに耐えられるほど強くはなく、たぶん、癒そうとしてくれた男の手からも千尋は結局、逃げた。
結果、一人で事件を追った男は

「何も……聞きたくありません」
何度も自分に呼びかけた声を思い出して、殻に閉じこもるように膝を丸めた姿勢のまま顔を伏せる。
放って置いて欲しかった。
母がいなくなった原因を作った男への復讐等という不純な目的で弁護士を目指した自分への罰。
あの裁判はそう言うことなのだと思うようにしていた。
信じ切れない。弁護するであろう人々ではなく、弁護しようとする自分自身を。
そうやって自己完結してしまえば、傷に蓋をしてしまえば痛むことはなかったから。
時折、その蓋を剥がそうとする人がいるけれど。
蓋の下で膿んでしまった傷口に気づくこともあるけれど。
……それでも、新たに傷を作るよりはずっと良かった。
「まだ逃げているのか。綾里弁護士」
電話先で、溜息と共に紡がれた言葉。否定できる余地など無い。
「そうよ」
自嘲気味に笑ってみせれば、もう彼の興味は自分から去ると思った。
だが、違った。
「そうか。だったら逃げ道を塞げばいいのだな」
「……は?」
聞こえた声は、先と同じように。または、初めて会ったときと同じように感情の余りこもっていない声。
だが、調子が何か違っていた。
「……あの」
「君がこの扉を開けなかった場合、私はある人物を呼ぼうと思う」
「もしもし?」
「有能な人物だ。有能ではあるが、犯罪でもあるな。何、貴様の昔の犯罪を周りの人間に暴露されたいかと脅せば、窃盗犯の1人や2人快く私に手を貸してくれるだろう」
「そ、それって恐喝じゃない……しかも、犯罪よ!!」
「捕まらなければ問題は無かろう」
しれっとそう言ってのけた相手に千尋はくらくらとしながらも諦めの境地に達した。
何せ相手は、黒い疑惑をかけられて尚生き残っている検事だ。本当にやるかもしれない。
溜息をもらしてから携帯を切って、ドアへと向かう。
扉を開ければ、憶えているよりも衣装があっさり風味になった検事が立っていた。
胸元を飾るスカーフは、相変わらずとしか言いようがなかったが。
それでも、初めてみたときの自分の力を大きく見せようと背伸びするようなあの雰囲気はなかった。

「お久しぶりね、御剣検事」
「ドアを開けていただき感謝しよう、綾里弁護士」
そう言って笑みも浮かべず立つ男の腹にきっつい一撃をお見舞いしたくなったが傷害罪で捕まってはどうしょうもない。
平常心平常心と呟きながら、千尋は男を部屋へと入れて扉を閉める。
そして座布団に座ることを進めながら、自身も向かい合って座ると非難混じりの視線を向けた。
「……それで、何の用?こんな時間に」
「この事件のことを知っているか」
渡されたのは新聞の切り抜き。
眉を寄せて内容を読めば、大学生の青年が同じ大学の青年を殺しただとかそんな内容。
そう言えばテレビでやっていたなと思う千尋に、次の資料が渡される。
「……丸秘って書いてあるんだけど」
「気にする必要はない。事件概要を読んでもらいたい。3ページ目の辺りだ。」
持ち出し厳禁と赤字で書いてすらある資料に、思わず引きつる千尋に何のことはないと軽く言って御剣は先を進める。
何を言っても無駄かと3ページ目を開いて読むうちに、千尋は理解した。
この男が何のために自分に会いに来たのか。
「いやよ……もう、彼女とは関わり合いたくないの!!」
資料をテーブルの上に叩き付けて千尋は首を振る。
被害者。被疑者。そして、その2人を結びつける動機とされるのは、勝つも負けるも無かった綾里千尋と御剣怜侍の審議において、ただ一人勝利を奪い静かに微笑んだ女。
そして、事件を追った一人の青年が毒を盛られた事件で最重要容疑者とされた女。
勝てない、と思った。
対決しようとすれば自分にとって大切なことが壊れていくと思った。
自分を信じる心。
自分を助けようとしてくれた人。

「……いや」
顔を伏せ耳を両手で覆い目を閉じた千尋に、御剣は両手を広げやれやれと言うように首を振ると立ちあがる。
「嫌でも何でも、君には法廷に立ってもらいたい」
「どうしてよ!!」
唇を噛んで、それでも顔は伏せたまま千尋は叫ぶ。
「どうして放って置いてくれないのよ!!逃げたっていいでしょう!?貴方には関係ないじゃない!!」
「関係あるから、私はここに来たつもりだ」
「どういう関係よ!」
「私と君の勝敗は、まだ付いていないのだ」
きっぱりと御剣は言い放った。
「狩魔は完璧を持って良しとする……綾里弁護士。君との法廷は白も黒もなく灰色だった。それでは完璧ではない。私は君と再び戦い、そして勝たなければならないのだ。あの法廷で」
静かに紡がれた言葉に千尋は始め怒りを感じた。
法廷に勝利も敗北もない。被害者と被疑者がいて、分からない道筋を探り未来へとつなげるだけだ。検事と弁護士はただ信じる存在が違うだけ。
だが、その言葉を口にする前に御剣の唇が千尋のそれを奪った。
「っ……っ!?」
「言い訳を聞きに来たのではないのだよ、綾里弁護士」
御剣は千尋の目を見たままきっぱりと言う。
それは千尋が失っていた、自分を信じている者の目。
自身の腕を掴んでくる強い力よりもその目に恐怖を感じて千尋は目をそらす。
「強姦罪で訴えるわよ!?」
「君が恐怖を感じているのなら、全て忘れさせてやろう。それがセオリーというものらしい」
「だから、」
「訴えられないように、口説いているつもりなのだが」

思わず千尋は言葉を失った。
キスして、腕を掴んでから言う台詞だろうか。少なくてもこれでOKする女などいない。絶対にいない。
「……本気?」
「好きだ等と言えば嘘だとは思うがな。君に再び法廷に立ってもらいたいのは事実だし、そのための努力を惜しむつもりはない」
「ちょっと。私みたいな女を抱くのに努力が必要なの?」
「私がそれ以外に方法を知らないとはいえ、明らかに理由としては苦しいからな。
全てを忘れさせるために抱くというのは……まぁ、他に知っている方法と言えば……
消化器で頭を一撃して恐怖心を忘れて貰うことだが、そんなことをした場合君の記憶が保証できない。それも困るだろう」
「まったくだわ」
そう言って千尋は笑う。
たぶんここで、掴んだ手を払い法廷に立つことを決めれば男は何もせずに去るだろう。
だが、それで恐怖心が拭えるわけでもない。この男に抱かれたところで消えるはずもない。
(それでも、何もしないよりはましかもしれないし……こうなったらヤケよ、千尋)
自分の身体に下心をもっての提案ではないと、なんとなく思ったかもしれない。
「せめてベットで行うことと、シャワーぐらいは認めてもらえるかしら?御剣検事」
「ム。検察側に異論はない」
今更ながらに照れたように、御剣は千尋の笑みから目をそらして頬を赤らめた。

少し湿った髪を手にとって柔らかなキスを落とす。
男の手が自分の髪に触れているというのも久し振りで、その微かな感触はくすぐったくも愛おしくもあった。
「……案外、女性には優しいのかしら?」
「自分の身で確かめることだな」
笑うこともせずに御剣は千尋の頬の形を憶えるように指先で丹念になぞり、軽いキスを落とす。
残った片手で胸元に触れれば、服の上からでも分かる豊満なバストが確かな重量を持って掌に当たった。
初めはやんわりと触っていたが次第に胸の形が変わるほど強く揉んでしまう。
シャワーを浴びたばかりの肌に指は吸い付き、心地よい柔らかさは御剣を夢中にさせてしかるべきものだ。が。
「痛っ……御剣検事、もうちょっと優しく触ってもらえないかしら」
「ム。すまない」
眉を顰めて言う千尋に素直に謝ってから、再び御剣は千尋の胸を優しく揉み出す。
乳首を口に含めば少し堅く、丹念に舐めて舌で転がせばその堅さも増していく。
悪戯心を起こして甘く噛んでも、苦情は来なかった。
甘く色づいた吐息は微かに熱を帯び、見れば眼差しもとろんとぼやけている。
雄を感じる荒々しさは無い行為だが、千尋に必要な甘い優しさがそこにあった。
だが、胸だけで終わるわけにはいかないと御剣はその離しがたい場所から手をゆっくりとずらし、足に触れる。
まずは遠い足の指から。一本一本を口に含み舌で舐めあげて。
その行為に続いてふとももの外側を撫で上げて、次第に内側へと愛撫をつなげていく。
それでも中心には手を触れずに御剣は千尋の肌を楽しむと同時に慈しむように撫でていった。
「……っ」
微かに漏れる声も耳に届く。非難混じりの吐息も。
だが、せがまれるまでそこには触れるまいと決めていたのは、本当に自分が許されている証拠が欲しかったのだろう。
心の中で自嘲気味に思いながら、内腿を撫でながら乳首に唇を落とした辺りで苛立った声がようやく御剣の耳に届く。
「そんなに……焦らすこと、無いじゃないっ……こんなんじゃ忘れられないでしょう!?」
顔を覆うように腕を上げていた千尋が、表情を隠しながら声を上げる。
だが表情を隠していても、聞こえてくる荒い吐息やうっすらと染まった肌が彼女が感じていることを御剣へと知らせてくれた。
「それは失礼した」
内心を覆い隠したままの冷静な顔つきで御剣は千尋の足へと手を掛ける。
必要以上に大きく開かせたが、特にそれにたいしての非難はなく、ただ触れた空気の冷たさに千尋は息を吐く。
まず始めに包み込むように触れた陰毛は柔らかく、だがそれよりも感じた滴りの方に御剣は驚いた。
「……ずいぶんと、感じてくれていたようだな」
じゅぷりと音をたてそうなほど秘所は濡れそぼっている。
指に愛液を絡めさせて肉芽を擦れば、ヒュッと息を止めて千尋が唇を噛む。
「異議ありっ……!検事が……ずいぶんと、焦らしてくれたからじゃないっ」
「私のせいだけかね?触っているだけだというのに離れがたい弁護人の身体も判決には含んで欲しいところだが」
「あっ!!」
じゅぶ、と、指が一本秘所の内へと侵入していく。
愛液を絡めた指は易々と侵入してその肉襞の一つ一つまでも御剣に伝えてくるようだ。
「……弁護人」
「な……何よっ!」
「指だけだというのに、そんなに締め付けてくれるな」
「っ……!!こ、このっ、っ……ぁっ、あっ!!」
反論が飛ぶ前に御剣は千尋の肉芽を指で愛撫する。
既に包皮から顔を出しかけたそれを指先で撫でるだけで、千尋の声は明らかに乱れていく。
愛撫を続けながら御剣は、持参してきたコンドームを彼女への愛撫だけで勃起した肉棒に装着してゆっくりと囁いた。

「もう、いいだろうか」
「この段階で、駄目なんて言う気はないわよ……さっさとしなさいっ」
流石にこの段階でそう言われると思っていなかった御剣は、目を点にしてから思わず笑うと指を引き抜き千尋の秘所へとあてがい一気に突き入れた。
「あ……ふっ……っ」
「っ……弁護人に忘れさせる前に、私が我を忘れてしまいそうだな……」
「ちゃんと……仕事、しなさいよっ……!!
熱くなった膣は、ゴム越しでも充分熱さを感じられるほどで。
思わず漏れた御剣の本音に、千尋の容赦ない言葉が飛ぶ。
「くっ……」
言わせたままなのもしゃくだったが、荒い動きはせずに御剣は優しく腰を動かす。
それをじれったいと言うように千尋がもぞもぞと腰をずらし初めて、ようやくまともに動いた。
大きくのの字を描くような動きと同時に浅く、時に深く貫いてくる。
待ち望んだ刺激に千尋はようやく息を吐く。あまり奥深くまで刺激が来ないことがもどかしいが、そのもどかしさの中で突然奥を突いてくるのがたまらなく良かった。
「んっ、」
猫のような声を上げて優しい快感に浸っていると、足首に手が置かれ、そのまま御剣の肩の上へと載せられた。
「ん……え……何?」
我を忘れるまでは届かない、甘い場所にまどろむように浸っていた千尋に御剣はにやりと笑う。
「……弁護人は激しい方がお好みのようだ。腰が動いていたぞ」
「え」
「忘れさせると言った以上、責任は取ろう」
ちゅ、と、担いだ足に口付けてから御剣は身体を密着させて奥を突く。
それは今までとの優しさとは違い荒々しいものだった。
身体の負担などを気にせず、ギリギリまで引き抜きカリ首が膣口に引っかかったところから一気に貫いてくる。
「あっ、はっ……っ、ぁあっ!!やっ……あ、んっ……あぁっ!!」
密着した肌の熱が気持ちいい。
暫く感じることもなかった男の体温が、荒々しい動きが、時折触れる優しい唇が千尋の中から女の部分を引き出してくる。
御剣の手が乳房の形が変わるほどに胸を激しく揉むが、初めは痛みを感じたその行為ですら
(気持ちいい……っ!!もっと……もっと、)
「もっと……強く、揉んでぇっ……っ、あっ、はぁっ!奥までっ……」
願望が口をついて出る。
一瞬驚いた御剣だったが、その言葉に従って胸を強く揉みながら奥を突く。
ガンガンと肉棒は子宮口に叩き付けられる。
膣全体が熱を帯びたようだ。
肉襞一本一本までが知覚でき、全てが快感を伝えてくる。
そんな中御剣が肉芽を強く擦った。
「や、あっ、ああっ!!」
否定できない高みへと連れ攫われる予感があった。
強く突き上げる肉棒に支配されて、胸を蹂躙されて。頭の中が快楽でイッパイになる。……忘れられる。
「あっ……あ、ぃやああああああああああああああっ!!」
ヒューズが飛ぶように目の前が真っ白になりながら千尋は高く声を上げる。
その声を聞きながら、御剣も奥深くに突き入れた肉棒から熱を放った。

『私は君と再び戦い、そして勝たなければならないのだ。あの法廷で』
御剣が言った傲慢さすら感じられるその台詞に千尋は怒りを感じていたが。
けど、自分が、そう言ったことを口に出来るまでの何かを積んでいないことに気づいていた。
そして、この男は自分を立ち直らせたいと思ってくれていることにも何となく気づいてしまったのかもしれない。
気づいてしまえば、無表情な相手の顔すら、照れを隠そうとしている物に見える。
よく考えればこの男はどんなに無愛想でも老けて見えても年下なのだ。
「……ム。何だ、綾里弁護士」
裸でベットの上でごろごろとまどろんでいた千尋が突然吹き出したのを見、御剣は不思議そうに視線を向ける。
「いえ……ちょっと」
正直に思ったことを伝えればこの男はどう思うだろうか。
そんな疑問が頭をよぎるが、それを伝える前に御剣の口が先に動いた。
「この事件は誰も担当したがる弁護士がいなかったため、国選弁護士が宛われた。君の上司の、星影弁護士だ」
「貴方が仕向けたの?星影先生は、刑事よりも民事に強かったと思ったけど」
「君が動くと思ったからな」
「……一度しか会ったことがないのに。しかも、法廷で会っただけなのに。ずいぶんと買い被ってくれるわね?」
「法廷で戦うというのは、どんな関係よりも深い理解が生まれると私は思っている。良い意味でも、悪い意味でも」
それは、気のあった友人と会うときのようだと表現する者もいるとおもう。
不倶戴天の敵に会ったときに表現する者もいたかもしれない。
もしかしたら恋人同士というのが一番近いのかもしれないが、それに当てはまらないことは互いが一番良く知っていた。
「……変な関係ね」
「まったくだ」
頷いた御剣の唇に千尋は軽く唇を重ねる。
ム、と、言葉に詰まったこの年下検事が何となく可愛くなってしまって千尋は言った。
「完全に忘れられるように、もう一度お願いできるかしら?」



9月 5日 某時刻

「……綾里弁護士」
身体の関係は幾度か重ねた。だが、結局彼女と再び同じ法廷に立つことは無かった。
無かった。もう、過去形だ。彼女は死んだのだから。
御剣は今事件を知らせた電話に胸を掻きむしりたい衝動に襲われる。
「結局、私は勝てなかったな」
負けたとも思わなかったが、勝ったとも思えない。
結局、彼女との関係は最後まで灰色のままなのだろう。あの裁判と同じように。
やりきれない思いを抱えたまま御剣は立ちあがる。
自分の所に持ち込まれたその事件に、完全に勝利するために。

そうすれば勝てたことになるのだろうか?

その疑問に答える人は、もう、いない
最終更新:2006年12月12日 20:14