厄 友情談疑
【やく ゆうじょうだんぎ】
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ジャンル
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サウンドノベル
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対応機種
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プレイステーション
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発売元
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アイディアファクトリー
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発売日
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1996年1月13日
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定価
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5800円
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分類
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クソゲー判定
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ポイント
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不気味過ぎるグラフィック PSなのにパスワード制 プレイヤーをおちょくるシナリオ
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概要
1年前の事件がきっかけで廃校となった小学校に深夜、5人の男女が集った。
5人はこの小学校の卒業生で、立ち入り禁止となった校舎の中庭からタイムカプセルを掘り出すためにこっそり忍び込んだのだ。
事件は、カプセルを探しに校舎に入った「裕一」の悲鳴から始まった…。
アイディアファクトリーから発売されたホラーテイストのサウンドノベル。
5人の登場人物それぞれの視点からのシナリオが用意されており、シナリオの途中で他の登場人物に切り替えることもできるザッピングシステムを採用しているのが本作のウリであった。
問題点
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しかし、そんなことよりもパッケージにも描かれている異常に不気味なグラフィックの方が気になって仕方がない。
主人公(パッケージの1番上)と裕一(右下)の顔が特に際立っているが、ゲーム中ではポリゴンの描写レベルが低いおかげで他の3人のグラフィックもなかなかのものになっている。
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ムービーも使われているが使い回しが多く、登場人物の移動シーンや前のシナリオで見たシーンを何度も見せられることになる。
酷い時には移動シーンだけで1パートが終わることも。
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初めに選べるシナリオは主人公(任意で名前を決められる)と「かんな」の2人だけで、一定の条件を満たすと「京子」「英明」「裕一」のシナリオが解放されていく。
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それはいいのだが、その条件というのがパスワードで、エンディングを見てからでないと表示されない。
本作にはセーブ機能がないため、コンティニューはこのパスワードで行うしかない。
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このパスワードは主人公の名前とシナリオの解放状態しか保存できないため、中断したりゲームオーバーになったり複数のエンディングを見ようと思ったりしたときは最初から読み直さなければならない。
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そして致命的なのが、短い・不快・電波と負の三拍子がそろったシナリオである。
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シナリオの平均クリア時間は1時間を切り、3人目と4人目のシナリオはテキストがほとんどない。
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それでいて、二択の選択肢は無駄に豊富に登場する。
その大半はシナリオの進行とはまったく関係がなく、「怪物の鳴き声を選ぶだけ」というあんまりなものもある。
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ザッピングシステムには何の意味もなく、別の人物を選ぶとその人物のシナリオの途中から始まってしまうため、初見ではシナリオが理解不能になる。
この人物の分岐も無駄に豊富に登場する。
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メインの話は、一応のつじつま合わせはしているが、シュールな展開と登場人物の(陰鬱な方向に)ぶっ飛んだ言動、不気味なグラフィックが相乗効果となって、邪悪な怪電波を発信するものになっている。
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また、シナリオ中には「1年前のある事件」「金庫の怪談」といった意味ありげな話題が多く登場するが、どれもこれもメインの話にはまったく関係がなく、中途半端な説明のままエンディングになってしまう。
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そんな怪電波シナリオの最たるものが、最後にあらわれる5人目のシナリオである。
このシナリオでは事件の黒幕(といっても主人公シナリオを読めば誰なのかはすぐに分かるのだが)からその一部始終が描かれていくのだが、こいつがやたらとプレイヤーに話しかけてくるうえに確信犯的なメタ発言を繰り返す。
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事件を起こした動機にはまだ同情の余地があるが、こいつの言動が独りよがりで不愉快な気持ちにさせられるうえに、何かをするたびにいちいちプレイヤーに質問をしてくるので非常に鬱陶しい。
しかも「いいえ」を選ぶと、「何だかキミ、気に喰わないねぇ!キミの身に何か呪いが降りかからないといいねぇー!」などとプレイヤーを脅してくる。
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シナリオの終盤はこれに輪をかけてひどくなる。
タイムカプセルに埋めた「お願いごと」の中身をプレイヤーに尋ねてくるのだが、どれを選んでもプレイヤーに文句をつけてくる。
さらに選んだ言葉によっては、
「
もしもだよ。君がこのゲームを手放しても当然何も起こらないよ。本当に気にしないでね。
」
「
このゲームの悪口を言いふらしたからって、キミの身に何も悪い事は襲い掛からないからねぇ! ホントだよ! うひょひょ!
」
などと言ってくるのである。
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自虐ネタとして作中で「クソゲー」を連発したり「クソゲー」というジャンルを名乗ったりするゲームはあるが、
クソゲー呼ばわりされないようプレイヤーに脅しをかけてくるゲーム
というのは本作ぐらいではないだろうか?
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「このゲームには謎が隠されている」とさんざん言っておきながら、実はそんなものはない。
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エンディングは複数あり、どれも「終?」と表示される。
いかにも何かありそうだが、「?」が付かないエンディングは存在しない。探した人は時間の無駄である。
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この責任の一端は「このゲームにはある登場人物が狂った理由がわかる真のエンディングがある」というガセ記事を書いた『電撃スーパーファミコン』にある。
おそらくはライターが意味ありげな紙片の文字から推測して確認もせずに記事を書いたのだろう。
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とはいえ、ゲーム中でも「謎?そんなものはないよ」などとプレイヤーをおちょくってくるので、やっぱり1番の問題はアイディアファクトリーにあるといえるだろう。
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しばらくゲームを進めていると唐突に環境保護や資源保護を訴えるCMが挿入されるが、「クソゲー」という産業廃棄物を出し続けている会社に言われる筋合いはない。
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本作には「『厄』というテレビ番組を放送している」という設定があり、番組の途中でCMが放送されることを再現した(CMの前後で同じシーンが挿入される演出もある)のだと思われるが、最初にしか登場しない無意味な設定なので、ただ邪魔なだけの存在になっている。
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このように、本作はサウンドノベルとしては欠点だらけなうえに、他のホラー系クソゲーに見られるような強烈なインパクトや一周回ってネタになってしまうような面白さもなく、クソ要素のほとんどが「つまらない」「怒りを覚える」という悪い方向に作用してしまっている。
これが本作1番の問題と言えるかもしれない。
評価点
10年以上も前に「アイディアファクトリーのゲーム=クズ」という公式を打ち立てていたこと、そして現在に至るまでまったく進歩の見えないアイディアファクトリーの不甲斐なさの一端を垣間見ることができること。
それにしても、ヌギャーといい、これといい、アイディアファクトリーは「友情」という言葉に何か恨みでもあるのだろうか?
その後の展開
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こんなクソゲーでありながら続編が作られている。
舞台も登場人物もシナリオもまったくの別物だが、グラフィックをはじめとする不気味な雰囲気や環境保護のCMといった変な要素は受け継がれている。
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なぜかPSPのダウンロードアーカイブスで配信されている。興味があるなら購入してみるのもいいだろう。