その名の通り、プレイしていく上で「癒し」「安らぎ」を得られる事を前提として作られたゲーム全般の事。
代表的な作品に93年にMacで開発された『AQUAZONE』がある。
あまり多忙なゲーム性はこのジャンルには向かず、できるだけ操作できる部分を減らし、システムも複雑さを避ける事が前提に置かれる事が多いようだ。
しかし、やはりこのジャンルにもクソゲーかそれに近いものは存在する。
あまりにも難易度が高騰しプレイすればする程メンタルダメージを受けたり、癒される暇もない程の操作多忙だったりと、とても癒される状況にはなれないゲームは癒し系ではなく「嫌し系」と揶揄されても致し方なしだろう。
ヒーロー・ヒロインが非業の最期を遂げる、一般人が大量に死ぬなど救いようのない展開が待ち受けており、大抵の場合それが回避できない
(*1)
ゲームのこと。
元来はアダルトゲームの業界で「泣きゲー」との対比で生まれた言葉の模様。
ゲーム全体を通しては鬱ゲーでないが、途中で悲劇的な展開があった場合は鬱イベントと呼ばれる。
バカゲーと同様、ゲームの出来がどうというより演出の種類を指すジャンル分けであるため、1ゲームとしては高い完成度を持っているものもしばしばあり、むしろ姉妹wikiの名作・良作まとめに含まれているゲームも多い。
鬱だからといって即ちクソゲーということにはならず、むしろユーザーの感情に強烈に訴えかけるため印象に残りやすいが、こういった展開を嫌うユーザーも決して少なくはないため、鬱ゲーに対する評価は揺れることになる。
鬱展開を細かく描き込む事で陰に陽にプレイヤーの感情を揺さぶったり、後に救いのある展開へ繋げる事で感動を呼び起こしたりするのは、やり過ぎない範囲内で上手く作品中に結び付いていれば、演出として有効である。
しかし、プレイヤー自身の手で作品に介入するゲームという娯楽において、努力が報われなかったり結末が鬱であったりというものは、マイナス扱いされやすいようだ。
ネタとしてゲームの出来があまりにも酷すぎてプレイヤーが鬱になってしまう
(*2)
ものに対して鬱ゲーという言い方をすることもあるが、あくまで本来の意味と異なるネタなのでお間違えのなきよう。
クリアするのに運の要素が大きく絡むゲーム全般の事を示す。
従来のゲームはどんなに難しいものでも、何かしらの攻略法が存在するのが常識だが、運ゲーはそういったものが少なく、「駄目なときはどんなに頑張っても駄目、運が良ければ道が開ける」といったクリアの不安定さが目に付く。
究極の運ゲーとしては『マインドシーカー』が該当する。
正確には「超能力開発ソフト」であり、「超能力を使う事によってクリアできる」との事だが、予知能力はまだしもモニター内の出来事に念力や透視が通用するはずも無く、ほぼ100%運に左右される、ふざけたクソゲーとして悪評を得てしまった。
このように運任せが過ぎるゲームは、大体クソゲーかそれに近い扱いを受けるハメになる。
同系のゲームには『ちびまる子ちゃん おこづかい大作戦!』があり、このゲームは「GBのマインドシーカー」という人もいる。
もっとも、始めから運ゲーであることを明示し、難しいプレイ方法もない単純なゲームであれば、運ゲーもそれなりに評価される。
すごろくなどは古くからある運ゲーである。また、「人生ゲーム」のように、運が結果を左右するゲームデザインに意義のある作品も存在する。
本当にタチが悪いのは、高度なプレイ技術や戦略を要求し、長時間のプレイを課すにも関わらず、肝心な部分が運だのみのゲームであろう。
特に重要なアイテムの入手方法が強敵からのドロップのみの場合、運良くそのアイテムを落とすまで何度も戦闘をさせられたり、攻略の肝の部分がサイコロ勝負であったりなど、それまでの努力が運次第で台無しにされてしまうものは非常なストレスがたまる。
RPGや落ちゲーなど、運要素が比較的多く絡むゲームも存在するが、それらは育成や戦略と運が絶妙に絡み合うから楽しいわけで、運ばかりが中心に位置するゲームは、もはやゲームとは呼べないレベルに達しているだろう。
一方で、攻略自体には運の要素が絡まないが、スコア獲得には大きく絡んでハイスコア争いが運次第になってしまうものも「運ゲー」として批判の対象になる事が多い。
ゲーム機の性能が低かったころにムービー盛りだくさんのゲームを実現したもの。
アーケードの筺体では中にレーザーディスク(フィルムのものもあった)が内蔵されており、ムービー(アニメや実写)が再生された後、特定ポイントでプレイヤーの入力を受け付ける。
それが正しければ次のムービーに進み、正しくなかったりタイミングが遅いとバッドエンドのムービーが流れてゲームオーバーになる。
基本的に「覚えゲー」であり、覚えるまでは死にまくるしかない。そのため、クソゲーとして扱われがち。
ゲーム性の低さとゲーム機性能の向上により衰退していった。むろん、全てのLDゲームがクソゲーというわけではない。ただ人を選ぶ感はある。
CD-ROMが登場し、ゲームの記憶容量が向上したことで家庭用ゲーム機においてもLDゲームタイプのアドベンチャーゲームが量産された時期がある。
また、現在もDVDプレイヤーで再生するタイプのアドベンチャーゲームが存在する(おもにアダルト)。
また、ムービー途中で特定のボタンを押させて動作をさせる、というシーンは今も多くのゲームで存在する。代表的なものとしては『シェンムー』のQTEなど。
PC対応の、18歳以上のオトナを購買層にしたとってもエロいゲーム全般の事。
ほぼすべて成人指定(18歳未満禁止)に該当するので、お子様が触れてはならない禁断のゲーム領域である。
あまり知られていない様だが、このゲームも原則的に本サイトにて取り扱い可能であり、クソゲー一覧やそれ以外の一覧に登録してもらっても構わない。
ただし、本サイトはあくまでも一般向けであり、未成年に悪影響を及ぼしかねない描写の編集は相応しくない。
編集する際には「アダルトゲームである」といった趣旨の表記を添え、放送コードに触れるような過激な文章は避け、誰が見ても嫌悪感を抱かないような編集を心がける事が好ましい。
また基本的に@Wikiにおける18禁の文章や画像はNGなので注意されたし。
アダルトゲームから性描写などを省き、家庭用ゲームに移植されたゲームはエロゲーとは分類されず、主にギャルゲーとして扱われやすい傾向にある。
アダルトゲームには鬱ゲーに該当するゲームが思いのほか多く、エロゲー、鬱ゲー両面で有名なゲームも存在する。
昨今のエロゲー市場では、一般的な家庭用ハード向けゲームと一線を画す低クオリティの作品が散見されることから、KOTY2009の総評で「修羅の国」と呼ばれた。
なお、国産で初めてアダルト要素のあるソフトを発売したメーカー及びアダルト要素のあるゲームを発売したのは共に光栄マイコンシステム(現:コーエーテクモゲームス)である。
家庭用ゲーム機においては、80年代は「子供向けである家庭用ゲーム機で露骨な性描写を売りにした作品を売るべきではない」という自主規制からそうした作品が作られることはなかった
(*3)
が、90年代に入り規制が強化され「18禁X指定」「18歳以上推奨」というカテゴリが誕生すると、いわゆる次世代機(3DO、SS、PC-FX)向けに公式にアダルトソフトが発売されるようになった。
特にSSではPC98から移植されたアダルトソフトがヒット作となっている。
しかし、セガの方針転換と3DO及びPC-FXの市場撤退により、家庭用ゲーム機向けアダルトソフトは姿を消すことになる。
主に低年齢層をターゲットにしたゲームの事を示す。
TVアニメなどの有名キャラクターを起用したり(いわゆるキャラゲー)、子供受けが良さそうな可愛らしい、かっこいい絵柄で低年齢層向けをアピールしたゲームが多いのが特徴。
また、子供中心がプレイする事を考慮し、従来のゲームよりも、操作や難易度を簡略化したり、画面構造をシンプルでわかりやすくしたりと、あくまでキッズプレイヤーに対する考慮を第一に考えるのが、このジャンルのお約束事項であろう。
しかし、スタッフの好みや制作技能などが影響し、子供はおろか大人や常連ゲーマーがプレイしても歯が立たない位難しい難易度だったり、子供からしてもすぐに飽きる程内容が薄かったりすると、著しく評価が低下しクソゲー判定される事もある。
その逆に、子供はもちろんの事、大の大人がプレイしても十分にハマる脅威の完成度を持つゲームもあり、結局はスタッフの作り方次第で良し悪しが決まるジャンルである。
このジャンルになると、ゲームの出来が若干良くなくても、「子供向けだから」という理由でKOTYなどの話題に上がる事はほとんど無い。
しかし、子供向けの皮を被ったようなクソゲーやその他カテゴリーゲームも、本サイトでじゃんじゃん紹介してもらっても構わないだろう。
ただし、内容の判定にあたってはよく考慮したほうがいい局面も存在する。元作品がらみの細かなネタ要素などは当然子供と大人では判定が変わるのが当たり前だからである。
主に女性層をターゲットにした、主人公が女性で男性キャラと恋愛を楽しむゲームの事。
基本的にアドベンチャータイプ(俗に言う紙芝居ゲーム)の物が多いが、ときメモGSのようなシミュレーションタイプの物も存在する。
老舗のアンジェリークですら90年代半ばから始まっており比較的歴史の浅いジャンルであるが、安定した人気を持つゲームとして、多くのゲームショップなどで専用コーナーが置かれている事が多々ある模様。
乙女ゲームにも18禁は存在するが、その数は一般向けよりも少ないのがギャルゲーとは大きく違う特徴。一般向けにも「微エロ」がある乙女ゲームもあるが賛否両論。
よく勘違いされるが乙女ゲーマー=「腐女子」では無い。腐女子とは男性同士の恋愛創作(ボーイズラブ)を好む女性の事を指す。メーカーですら勘違いする事が多く、ボーイズラブを匂わせる描写がある乙女ゲームは批判の対象になることが多い。ただし乙女ゲーマーから腐女子に変態をとげた名残で守備範囲が両方にまたがっている場合もある。
「声オタ」と言われる熱心な声優ファンが多くいる事も乙女ゲームの特徴。多くの乙女ゲームの売りは「声優」と「絵」である。
ライターが複数いたり非公開が多く、ライターでゲームを選びにくいジャンルでもあるため、プレイするまでシナリオの良し悪しはわからない。
尚、このジャンル(18禁除く)専門のKOTYも存在する。
しかし乙女ゲームのKOTYは「IDが出ない板なので自演し放題」「アンチスレに近い」性質なためKOTYとしての信頼性はほとんどない。
毎年必ずと言っていいほど某メーカーが受賞するという特徴を持つ。
クリアしていく上で攻略パターンを「記憶」する事を要するゲームの事。
意味合いとしては「死にゲー」と似た部分があるが、死にゲーはどう頑張っても死んでしまい、なかなかクリアさせてくれない(パターン云々以前の問題でシビア過ぎたりする)事が多いのに対し、覚えゲーは攻略パターンさえ熟知していれば、道のりの障害が少なく安定したクリアが可能なのが相違点。
例えば、シューティングで一見すると回避不可能な弾を垂れ流すボスと戦う場合、死にゲーだったら気合で弾を避けるしか攻略方法が無いが、覚えゲーだとある戦法を用いて戦況を楽にしたり、安全地帯を利用してミスするリスクを減らす事が可能。
要は、常に死にやすいゲームだが、パターンを覚える事で無駄死を避ける事が可能なゲームがこれである。
パターン化が最重視され、腕前に関係無くアドリブがほとんど効かないゲームの場合、「自由度が低い」「同じ腕前の持ち主でも、パターン化の有無によりプレイ結果に天地の差が出てしまう」といった批判が出てしまい、例えゲーム自体の完成度が高くても、賛否が大きく分かれる結果に陥りやすい
(*4)
。
複数の作品、あるいはタイトルが複数出ているシリーズにおいてそれぞれのタイトルのキャラクターがタイトルの垣根を越えて一堂に会するゲーム、さながらお祭りのような雰囲気になるのでお祭りゲーム、あるいはクロスオーバーなどとも呼ばれる。
人選に関してはメディア容量の問題などがあり、どうしてもあちらが立てばこちらが立たない状態になってしまうので、これだけを理由にクソゲーだなんだと論ずるべきではない。
だが、あまりにも特定タイトルの優遇・冷遇が過ぎていたり(登場作品によってキャラが偏っているなど。最悪特定の作品からしか出てこないものもある)、また、登場キャラクターが増えれば調整するのは難しくなるとは言え、ゲームバランスが崩壊しているようなゲームはクソとして見られやすく、場合によってはここに載ることにもなりかねない。
また、この手のゲームにおいては「なぜ○○が出てこないんだ!」という意見は前述の通りどうしても出てきてしまうのだが、逆に「何で○○を出すんだよ!」と当該キャラクターのファンから言われてしまうシリーズもあったりする。
ネットゲーム、もしくはネトゲとも呼ばれる。他プレーヤーとの対戦や協力を、インターネット環境の利用を前提として製作・運営されるゲームの事。
これと比較する形で、旧来のネットに繋がないゲームを「オフゲー」(オフラインゲーム)と呼ぶ。なお、アクティベイションやパッチ、DLCはオンゲー要素に含まない。あくまでも他のプレイヤーとの対戦や協力が重要なのである。
一種の仮想現実世界を提供する作品が多く、のめりこみすぎて廃人化してしまうプレーヤーが少なからずいて社会問題にもなっている。
一部「音ゲー」を指してこういう人もいる模様。
他のシリーズ作品に比べて不満点が多いゲームの事。
「対応ハードが代わり、スタッフが制作技能に慣れていなかった」「スタッフが一新され、以前のシリーズと作風が変わってしまった」「スタッフのチームワークが悪く、作品の方向性が定まらないままゲームが完成してしまった」「新しい事に挑戦して滑った」など、作品がガッカリ化する理由は様々である。
単に出来が悪いゲームなら失笑できる程度で済む事があるが、良作シリーズの関連作がガッカリゲーだった場合、そのショックは単体のクソゲーを掴むよりも大きく、ファンにとっては「クソゲー未満」「黒歴史」「シリーズ面汚し」と大きく罵らされる傾向が強い。
例えば、香ばしい出来だったシューティングシリーズ最新作は、某ゲーム雑誌の読者ランキングにてランク最下位を独走しており、ファンの怒りの凄まじさを伺わせる。
また、対象のゲーム自体は十分完成度が高いのに、関連シリーズの他のゲームがそれを凌駕する完成度だった場合、ガッカリゲーとみなされてしまう事がある。
その為、良作シリーズに関わるスタッフのプレッシャーは思いのほか大きいはずである。
シリーズものなどはどうしても前作までと比べられてしまうため、実際はガッカリゲーに属する程度の出来であってもクソゲーの烙印を押されやすい。
特に、長いこと続いているシリーズものはそれが顕著である。
前評判が高いゲームはそれだけ購入者が多く、必然的に批判の絶対数も増える。
ガッカリゲーにおいて実際の内容以上に悪評が広まりやすいのは、そこかしこで批判の声が大きく聞こえて非常に目立つせいだろう。
続編に関する評価が前作までとの比較などの形で辛口になるのは、大手レビューサイトでもよく見かけられる傾向である。
しかし、ファンにとってはクソゲーであっても、ゲーム単体で見ればクソまでは行かないというケースも往々にしてあるので、作品を評価する際は可能な限り、ファン心理・前作までとの比較・個人的な好みといった要素を省くべきであろう。
ちなみに、作品の前評判の高さのわりに実際の製品がしょぼいと、「1作目にしてガッカリゲー」という珍事が発生する。
主に2つの意味を持つ。
1つは良ゲーをも超える、究極の完成度を誇るゲームの事を示す。ちょっとやそっと評価された程度のゲームではこの部類には入れないだろう。
もう1つは主に一部のカルトゲーマーの中で絶賛される、クソゲーと紙一重の偏執ゲームのことを示す。
底抜けに笑えるバカゲー・心に響く鬱ゲー・攻略中毒者を出す無理ゲー…など、ここまで来ると寧ろ一般人にはクソゲー認定されやすい。
もちろん両者の意味合いは大分違うが、驚異的な存在感を誇るカリスマ性という意味では大方共通している。
また当たり前のことだが、こうした判断は実際に自分でプレイして評価するのが重要である。
なお『ポピュラス』『アクトレイザー』など、プレイヤーが神となって民衆を導くタイプのゲームを指してこの用語を用いる場合もあるが、これは「神ゲーム」という言葉で表現した方がよい。
かつてクソゲーまとめ@ウィキに一カテゴリとして存在していた、「商品仕様や企業態度に問題のあるゲーム」のこと。
バグを含む商品不具合、コンテンツの無断盗用、社会的に不適切な表現、悪質な販売戦略など、ゲーム内容を論ずる以前の重大な欠陥があるとされるものを指す。
また、それらへのメーカー対応が不誠実であった場合も該当。中には、表現や権利関係の問題がこじれて裁判沙汰になったゲームも存在した。
この他、各メディアにおける新作発売時等でのスタッフインタビューの発言なども問題とされる。
ゲーム内容以前の問題点を扱うという性質により、該当作そのものの評価を見るとクソゲーから良作までが幅広く同居しうる、玉石混合のカテゴリである。
しかしメーカーの販売戦略や情報発信メディアの多様化した時代において、商法やスタッフ発言の問題は増加の一途を辿った。
それに伴ってゲーム記事中に、特定個人・企業の糾弾を助長するような記述が増えていく。
ここから「記事はソフト評価を主体とし、評価はゲームの中身で判断するべき」との気運が高まった。
現在はカテゴリ廃止、ゲーム内容と直接関係のない企業問題の記述は縮小する方針となっている。
常人には理解不能、もはやバカを通り越してあさっての方向に突き進んでいるゲームの事。
そっち系のディープなマニアが好むジャンルであり、一般的にはマイナーで意味不明、とてもプレイする気も起きないようなゲームにこの称号が付けられる模様。
本サイトではバカゲー位は豊富に紹介されているが、このジャンルになると、存在を知っている人が少ない為か、紹介される事は少ない傾向にある。
もし該当するゲームがあるならば、ネタ的に是非紹介して欲しい逸材なので、知ってる人はお願いいたします。
「キャラクターゲーム」の略。TV番組、漫画、小説などをゲーム化した、いわゆる「原作付きゲーム」を指す。
タレントや、自社人気キャラクターを扱ったゲームもこれに含まれることがある。
多くの場合、原作の人気が好調な(完結しない)うちに発売を目指すために中途半端なまま終わったり、馴染みの無いオリジナルストーリーになりがち。また納期も厳しく設定されてしまうため開発期間が短い。
さらに原作者やタレントに(有名なほど莫大な)著作権料を払う必要があるため、開発予算が圧迫されると言う問題も。
また低年齢層を意識するあまり、非常に難度が低く設定されているものも少なくない。
更には特にファミコン時代、どんなジャンルの原作であろうとマリオ風アクションゲームやドラクエ風RPGにさせてしまう風潮があり、この点は原作の雰囲気軽視につながった。
また、製作者が原作に対して愛がないと、高確率で原作レイプが起こる。酷い例だと「クソゲーでも人気キャラクターだから売れるだろう」と言う考えのメーカーがおり、しかも珍しい話でもない。
これらの事からクソゲー率が高く、「キャラゲーに名作無し」という格言も生まれた。
同時に、「原作ファンが楽しめれば合格」「難易度に問題はあっても、原作ファンがニヤリとできるネタが多ければ良い」など、独自の評価基準が設けられている。
キャラゲーの数自体は、商業的にもターゲットを絞り易く、一定数の売り上げが見込めるため多い。
正に「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」のことわざ通りであり、あまりにダメなのが多い為に相対的に過大評価されるケースも見られる。
しかし中には『ウルトラマン Fighting Evolution3』や『仮面ライダーカブト』や『キャディラックス 恐竜新世紀』など、ゲーム単体として非常に評価の高い例もあり、結局は料理次第のようだ。
酷い時には原作そのものがマイナーである上にパッケージに原作の記述が無く、そもそもキャラゲーだと気付いてさえもらえない『真・聖刻』という変り種もある。
れっきとしたオリジナル作品であっても、キャラがとにかくたくさん出るゲームや、キャラクターの魅力(だけ)が売りのゲームなどもキャラゲーと呼ばれる。この場合、揶揄として使われることも多い。
ただし、かの名作『パックマン』は世界最初のゲームキャラクター(魅力あるキャラクター)を名乗っている。
美少女・美女キャラの存在を前面に押し出したゲーム全般のこと。『ときめきメモリアル』や『サクラ大戦』などが代表作。
基本的に、アダルト要素の無いコンシューマー機用のゲームに使う言葉で、PC用のいわゆる「エロゲー」とは区別される。
ただし、PC用エロゲーから性的描写(ゲームによっては過度な残酷描写、未成年の飲酒喫煙描写なども含む)を削除なり変更なりして家庭用ゲーム機に移植した作品や、PC用ゲームでも最初からアダルト要素の無いソフトは、ギャルゲーとして扱われる。
女の子の可愛さ・華やかさが第一のジャンルなので、キャラクターデザインや起用される女性声優を、ファンもメーカーも重視しがちな傾向にある。
それゆえに、可愛い女の子が出るという"設定"以外はどうしようもない駄作や、美少女キャラという要素が先鋭化されすぎた怪作があったりする。
ギャルゲーの中でも特筆すべきが、PCエンジンで発売された初代『ときめきメモリアル』。
AVG的なフラグ管理と育成SLG的なパラメーター管理を両立させ、「恋愛SLG」というジャンルを打ち立てるほどの高いゲーム性を獲得した、ギャルゲー界の金字塔である。
それだけなら普通の傑作で済むのだが、このゲームのプレステ移植版は、「オマケつきの限定版が通常版と同時発売される」「マニアが限定版を複数買いする」「限定版の中古がプレミア価格で取引される」といった現象が起こり、限定版商法の元祖と呼べる存在になってしまった。
ほかにも、『出たな!!ツインビー』が雛形となった、メディアミックスやキャラ萌え路線を大々的に展開。
その結果、「女性キャラのバーチャルアイドル化」「関連グッズやCDの大量発売」「人気キャラを主人公に据えたスピンオフ作品の製作」のような、コアなファン相手に過剰なサービスを行なうビジネスモデルを確立したゲームとしても、歴史に名を残すこととなる。
なお、このジャンルを「美少女ゲーム」と呼ぶ人がいるが、8ビットパソコン時代にエロゲーの呼称としても使われていた言葉なので、誤解を避けるためにあまり使わないほうがいいだろう。と言うかエロゲーの公式表記は今でも「美少女ゲーム」を使う事が多い
(*5)
。
読んで字のごとく「クソ」なゲームのこと。
一般的にはイラストレーターのみうらじゅんが「いっき」を指して言ったことが初出とされており、みうらじゅん本人も自認している。
いっき発売から約1年後には「ファミコン通信(現・ファミ通)」にて「くそゲー」との表記があったが、みうらじゅん起源説の他に有力な説は無い。
なお一般的にはバカゲー(アホらしい演出のあるゲーム)、ガッカリゲー(期待よりつまらなかったゲーム)もクソゲーにカテゴライズされる場合があるが、当Wikiでは現在、ゲーム単品として見て特につまらないもののみをクソゲーとし、バカゲーでもガッカリゲーでもそれなりに楽しく遊べればクソではないという分類がなされている。
クソゲー判定を受けたゲームであれどその性格はピンキリであり、その出来の悪さが却ってネタとして面白かったり微笑ましかったり、ともすれば別の意味で傑作と言われるほど人々の心を掴んでしまう物もあれば、あまりの有様に怒りも呆れも通り越して怒りに戻ってくるような物もある。
クソゲーオブザイヤーを獲るような代物は往々にして後者となりやすい。
KOTY2007における『エルヴァンディアストーリー』と『四八(仮)』との一騎打ちは、その真理をよく表現しているものであろう。
「なんとか元を取ってやろうと無理矢理楽しみ方を見付けだすのだ。だがそんなの、実は ちっとも楽しくないのだ。 面白くないから、クソゲーだ。クソゲーは事故だ。だから クソゲーなんて楽しみようがないのだよ。」(飯島健男・著「ゲーム業界白書」より)
とは言うものの、実際は上記の通りこの論法が当てはまらない、楽しめることは楽しめるクソゲーもある。
※尚、飯島健男は今や加害者側(それも常習犯、どころか指名手配レベル)である。これを著した時点では本人だってこんな運命が待っているとは思わなかったろうが。
余談であるが。
クソゲーという言葉に否定的な者は「作った人に失礼」「スタッフの気持ちを考えろ」「せっかく作ってもらったの感謝もせずに罵倒とは」などと擁護することがあるが、こういった輩は料理屋で高い金払ってマズイ飯を出されても文句も垂れずにむしろ感謝しながら食うとでも言うのだろうか?
目を覆いたくなるような残酷でグロテスクなシーンが満載なゲームの事。
アメリカのAppleII用として世に出た手術ゲーム『LIFE & DEATH』が、PC-9801などに移植されたあたりから、日本のゲーム業界でも残酷表現が話題にのぼるようになる。
有名どころでは『バイオハザードシリーズ』『モータルコンバットシリーズ』『モンスターハンターシリーズ』などがこれに該当する(ただしこれらのグロ指数は同列ではない)。
バイオレンス、サスペンス、ホラー系統の作品に発生しやすい。またいわゆる洋ゲーにも多数存在する。
これ系のゲームは、ジャケットや説明書などに「このゲームはグロテスクな描写が含まれています」といった趣旨の注意書きがされているのが通例であり、内容を知らずにプレイしてしまい、不快な気分にさせる状況を避ける配慮がなされているのが業界での常識になっている
(*6)
。
残酷描写の度合いはゲームによってまちまちだが、あまりにも過激な描写が多いと成人指定(18禁)にされる事があり、ゲームショップなどの販売側も専用コーナーを設けて未成年の立ち入りを規制している場合がほとんどである。
なお、成人指定の残酷ゲームはアダルトものとも言えなくもないのだが、ゲーム業界でのアダルトゲームは性的描写のあるエロゲーの事を示し、残酷ゲームをアダルトゲーム扱いする事はまず無い。
例外としてはエロ要素もあるグロゲーである『沙耶の唄』『マヴラブオルタネイティブ』などか。
なお、国産パソゲーにおけるグロゲーはその原点が嘗てのエロゲー規制論争から派生したものがあるため、話の上で微妙な要素がある。
推理物(猟奇殺人)エロゲーだった「狂った果実」の反響が大きかったことから同系統の作品が同時期いくつか作られた。
そこから派生したホラー系グロゲー『デッド・オブ・ザ・ブレイン』は、後に続編とのカップリングでPCEに移植されている
(*7)
。
残虐描写に対する規制が基本的に緩い海外では、アクションゲームにおける残酷描写はもはやお家芸といった感があるが、それゆえに日本におけるローカライズで問題になることもしばしば。
『Dead Space』(PS3/360)は海外では絶賛されたサバイバルホラーだがその残虐描写から「まず審査が通らない」ということで発売されていない。
また、残虐描写に対して血の色を黒くする/人間は切断できないといった規制を加える場合もある。
言葉尻だけを見るとゴミのようなゲーム、あるいはゴミ同然のゲームという解釈も出来るが、『クソゲー』ほど一般に浸透しておらず、おまけに定義として明確なものがないため、非常に解釈が難しい。
どこが発祥なのかも定かではなく、おまけに前述の通り、明確な定義がある訳でもない単語なので非常にその解釈は割れやすく、この項目においても度々編集合戦に近い状態に陥っている。
「クソゲーという言葉では生ぬるい程のお粗末な出来のゲーム」に憎悪の念を込めてそう呼称する者もいれば、「クソゲーはクソゲーでもデス様やダメジャー2等のように突き抜けたものもなく、ネタにしようがないゲーム」に対して呼称する者もいる。
これらもまた使い方の一例にすぎず、使う者によってはこれらとはまた異なった他の意味で使われることも勿論ある。
重ねて書くが、この言葉自体に明確な定義はなく、使う者によって意味が大きく異なる曖昧な表現である。
従って、同じ定義を共有している仲間内での話でもなければ、誤解を避けるためにも無闇に使わない方が良い言葉であろう。
格闘ゲームのジャンル分けのひとつ。
ほとんどの格闘ゲームに搭載されている連続攻撃、つまりコンボの要素をクローズアップし、コンボ中心のゲーム構成を重視して作られた格闘ゲームのこと。
現行のアーケードの格闘ゲームにはこのタイプのものが多く、現在格闘ゲームといえばこのタイプのものを指す場合が多い。起源はカプコンの『MARVEL VS.』シリーズ。
ちなみにコンボゲーとは逆に一撃の火力を重視する格闘ゲームは『差し合いゲー』と言われる。
基本的に「弱攻撃>中攻撃>強攻撃~」といった通常技をつないでいくシステム(いわゆるチェーンコンボ)や、ジャンプで攻撃をキャンセルし空中コンボへと持ち込むジャンプキャンセルは当然搭載され、さらにゲームによって様々なキャンセル要素が導入される。
そのためこのようなゲームではどのキャラも必然的にコンボを狙いに行かなければダメージを取れないようになっており、プレイヤーは基礎コンボを覚えて初めて土俵に立つことができる、とも言われている。
また上達すると「壁際でしか狙えないコンボ」「特殊なキャンセルで攻撃をつなぐコンボ」「ゲージを使うコンボ」などを覚えることで戦略の幅が広がる。
さらに相手の堅牢なガードを崩すための「固め」「投げ崩し」や、相手との牽制などをはじめとする駆け引きをプレイヤーは勝つために覚えていかねばならず、必然的に覚えることは多い。
コンボが出来ないと勝負にさえならないので難易度が高いと言われがちで、初心者の入る間口が狭くなってきているものの、いまだにゲームセンターなどでは人気が高く、愛され続けているジャンルである。
格闘ゲームそのものにも言えることだがゲームバランス調整が難しく、それまで弱キャラだったキャラでも思わぬコンボパーツや技の利用法が発見されると一躍強キャラに躍り出たり、バランスブレイカーになり得る可能性があるなど、ゲームバランスには開発側も細心の注意を払っている。
それでも強キャラ・弱キャラが生まれる場合が多く、調整は非常に難しいジャンルである(ユーザー側からも多少の弱強のキャラ差は容認される場合が多い)。
近年ではアーケード・家庭用問わず「ユーザーの声を聞きつつ随時バージョンをアップデートし、バランスを修正する」手法をとるメーカーも多く、かつてのように極端に破綻したゲームはだいぶ少なくなった。
しかし、未だに半永久のループコンボや抜け難い固め連携など、ゲームバランスにヒビを入れるような要素が発見されるゲームは少なくない。
『GUILTY GEAR』や『メルティブラッド』、『BLAZBLUE』など名作を数多く生み出したジャンルでもあるが、一度調整を誤るといとも簡単にゲームバランスは崩壊し、「世紀末」と呼ばれるような不安定なゲームになってしまう。