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主に80~90年代初期にかけてゲーム事業で活動していたメーカー。
アーケードでは『R-TYPE』など、家庭用では『スペランカー』などの発売元として知られる。
活動時期の他メーカーのゲームと比べ、幾らか難易度を高く設定する傾向が強く、初心者には厳しいゲームが多いとされる。
アーケードでリリースされた『イメージファイト』や『最後の忍道』や『R-TYPEII』の凶悪無慈悲な難易度は、当時のゲーマーの中でも話題となり、「もはやゲームではなく修行の領域」とまで例えられる程である。
今現在は「アピエス」と改名、ゲーム事業を姉妹社であるアイレムソフトウェアエンジニアリングに譲渡し、占い機などのアミューズメントマシーン関連の事業を中心に活動している。
余談だが、ゲームメーカー大手、カプコンとは創立者が同一人物である(創立者である辻本憲三氏がアイレムを立ち上げた後、独立してカプコンを立ち上げた)。
かつて存在したヘクトの開発一部が独立して設立されたメーカー。
FC、SFC時代はヘクトを発売元したソフトに多数関わり、PS時代はSIMPLEシリーズの多くを手がけていた。
少なくともここ最近はゲーム事業に関わった形跡が見られない事から、恐らくは撤退したものと思われる。
ちなみにD3パブリッシャーが主催した「SIMPLEシリーズ Awards 2007」のモバイル部門にて、本メーカー製作のゲームが受賞している模様(参照)。
プレイステーションにて『ノットトレジャーハンター』をリリースしたっきり、全く活動記録が確認されていない謎のメーカー。
おそらくは倒産した説が濃厚だが、詳しい事は一切不明。
ノットレで豪華キャストを起用した割には、全くといっていい程売れなかったのが会社を傾けた要因といわれている。
住友商事、講談社、アスクの3社が共同で設立したメーカー。
1998年にてエース・ピクチャーズと本メーカーが合併しアスミック・エース エンタテインメントとなっている。
主にスーパーファミコン~プレイステーション時代にて幾つかのゲームをリリースしているが、独特の作風で内容的にクセのあるものが多い気がする。
なおパブリッシャーなのでゲームは基本的に外注開発である。
上記のアスミックがエース・ピクチャーズと合併したメーカー。実質的なアスミックの後継ぎメーカーでもある
(*1)
。
かのゲーム事業最大クラスの賛否両論作『LSD』や、KOTYにノミネートされた事もある『転生學園シリーズ』の発売元として知られる
(*2)
。
今も公式サイトではゲームリリースのページは存在するものの、ここ最近は活動した記録が確認できない事から事実上ゲーム事業は撤退していると思われる。
こちらもアスミック同様ゲームは基本的に外注開発だったが、タイクーンという子会社開発部を持っている時期もあった。
ここ最近名の上がるようになった?メーカー。
古くは『彷魔が刻』のオープニングにクレジットされていたのだが、ゲームがゲームだけにあまり知名度には貢献しなかったようだ。
ちなみに後発の海外版は日本での評判が悪かったためかクレジットが消えている。
主な下請け元はトンキンハウス、東宝、ビクター音楽産業、バンダイ、タカラなど。
各タイトルやスタッフロールから察するにソロモンの鍵などで有名な蓮谷道治氏、イラストレーターのはけたれいこ氏などが在籍していたと思われる。ファミコンタイトルのサウンドにその独特な音色が色濃く残っている。
ここが手がけたゲームは『彷魔が刻』しかり『ちびまる子ちゃん おこづかい大作戦!』しかりなぜかやたらバランスやテンポの悪い苦行ゲーと化しているものが多い。
SFCでのRPGゲーに至っては某レビューサイトの9栄神に2本も入り込んでいる。かのパペパプーもここ。
かと思いきやFC版イースシリーズも手掛けておりなぜタイトルによってここまで差が出るのか謎である。
またその知名度からネット上に情報がほとんどなく、BCNの数十年前のPCニュースの一記事にちっちゃく名前が載っているだけや、ここ(GDRI)くらいしか情報がない。
そのため消息も不明だが、SFCの『超ゴジラ』と『サンサーラナーガ2』を最後に情報が途絶えている&全く同名の株式会社が1997年に設立されているところをみるとその前後に解散していると思われる。
一部スタッフはその後コナミに移ったようだ。
『真・女神転生』シリーズや『ペルソナ』シリーズ、『世界樹の迷宮』などを製作・販売しているメーカー。
終末的でハードコアな作風・鬼畜な難易度などでコアゲーマーからの高い支持を得ていた。
基本的にゲームの質は安定しており、(内容面で)壊滅的なクソゲーが出ることはないのだが、前述の高難度や雰囲気からややハードルが高いゲームが多い。
反面、バグが多めなこと(PS版『真・女神転生II』など凶悪なバグの存在でクソゲーになったものもある)や出荷数絞りによる入手しづらさは批判されていた。
コアゲーマー向けの商品ばかり出しているイメージがあるが、実は90年代後半に大ヒットしたプリクラの元祖「プリント倶楽部」を生み出している。
また、かつては下請けとして活躍する事が多く、PCエンジンで名作とされるゲームの多くを手がけるなど制作能力は非常に高かった。
主にファミコンではナムコやイマジニアなど、PCエンジンではハドソンなどのソフト開発に関わっていた事もあった。
平成22年10月1日、親会社の株式会社インデックス・ホールディングス(後に旧社名であった株式会社インデックスに社名変更)に吸収合併された。
ちなみにアトラスブランドは存続している。
かつて大阪に存在したメーカー。プレイステーションを中心に、麻雀ゲーム製作を得意としていたとされる。
1999年にて、主要スタッフがあまりにも豪華すぎた伝説の怪作『70年代風ロボットアニメ ゲッP-X』をリリースし、大方の予想通りに豪快に会社は散ってしまったのであった…。
現在はアミューズメント関連中心に事業を行うメーカー。
かつてはゲーム制作も定期的に行っていたが、今は活動している形跡が確認できない事から、事実上の撤退をしたと思われる。
あの伝説のクソゲー『トランスフォーマー コンボイの謎』に関わったとして有名だが、その他にもハードを問わずPS2時代まではそこそこのゲームを制作していた模様。
なおタイトルも開発というよりは企画・プロデュース・コーディネート等の制作業が主なようでプログラムなどはさらなる孫請けが開発していたようだ。
ファミコンタイトルの開発元が気になるところである。
1986年に設立されたメーカー。現在は携帯電話関連の事業がメインだが、かつてはゲーム事業に深く関わっていた時期があった。
活動当時はパソコンソフトの家庭用移植や『メダロットシリーズ』『合格ボーイシリーズ』などの発売が主だった模様で、多種多様なソフトを供給し続けていた。
ロケットカンパニーは本メーカーの子会社であり、メダロットの新作はこのメーカーからリリースされ続けられている。
大阪に存在するメーカーで、97年~00年にPS用ノベル系ソフトを8本世に出している(うち4本は『ヴィジットハイパーノベル』というブランドに属している)。
どれもグラフィックはCGがメインであり、その質は高い。一方シナリオの本数や分岐は乏しく、隠し要素などもあまり無い為、ボリュームには欠けていた(『閉鎖病院』のみ例外)。
8本のうち4本は、作家の「大迫純一」(故人)が何らかの形で係わっている。
自社のソフトの多くを廉価版として再販したり、ボイスシナリオのみをCD化して販売したりといったこともしていたが、特に希少価値があったわけでもない『最終電車』をPS2にベタ移植するという不可解な行動も取っていた。
その移植版を最後にソフトを作らなくなり、2010年現在はオンライン関係の代理店となっているようだ。
因みにノベルゲー以外では『京都舞妓物語』というソフトも出しているが、これも評価は高くない。
元々はかつて存在した日本テレネットの社内チームであり、テレネット発売の『夢幻戦士ヴァリス』などを開発を担当していた。
後に独立して自社ブランドを立ち上げたが、その期間は短く、再び日本テレネットの子会社となった。
日本テレネットはPCE市場衰退後自社ブランドをウルフチームに統一し、SFC市場のみで活動するようになった。
本メーカーが関わった主な作品は『斬シリーズ』『アークスシリーズ』『グラナダ』などがあるが、全体的にクセがかなり強い作風故に、はっきりと好みが分かれるものがほとんどであった模様
(*4)
。
本メーカーは独立組が非常に多い事で有名で、ネバーランドカンパニーやトライエースなども元はここのスタッフが立ち上げたメーカーである。
また、テイルズオブシリーズでお馴染みのゲームミュージック作曲家である桜庭統氏もかつては本メーカーの所属であった。
2003年、ナムコ(現:バンダイナムコゲームス)と日本テレネットの共同出資で設立されたナムコ・テイルズスタジオに開発者が移籍し、日本テレネットはコンシューマ事業から完全撤退する。
これに伴い、ウルフチームは消滅した。
元セガの中山隼雄氏らが設立したキャビアが母体となって誕生した。
子会社の1つにサークシリーズなどで有名なマイクロキャビンがあったが、2011年1月にパチンコ・パチスロ大手のフィールズに売却された。
2011年10月、マーベラスエンターテイメント及びライブウェアと合併し「マーベラスAQL」となった。
かつてSNKと共にネオジオソフト開発を行っていた事で知られるメーカー。旧名「アルファ電子」。
末期にはPSソフト限定で「未来ソフト」と名乗っていた事もある。
活動初期はアーケードにて将棋や麻雀といったテーブルゲームをリリースし業界に新旋風を巻き起こした。
当時はまだアーケードのテーブルゲームといったジャンルが確立されていない時代であり、本メーカーが残した功績は思いのほか大きい。
その後も中堅メーカーを発売元として様々なゲームを開発、縁の深かったSNKと親密な仲となり、それがきっかけでネオジオに深く関わる事となった。
『ワールドヒーローズシリーズ』『ニンジャコンバット』『ニンジャコマンドー』など、何故か忍者が登場するゲームの割合が多く、ファンからは「忍者のADK」とまで呼ばれていた程。
対戦格闘ブームに乗ってリリースしたワールドヒーローズが中ヒットした事をきっかけに、SNK同様対戦格闘を中心とした活動が目立つようになる。
ワーヒー初期頃はゲームバランスが崩壊気味で、強いキャラと弱いキャラの差が極端に開いていたが、製作に慣れていくうちにバランスが取れた格ゲーを製作できるまでに成長した。
しかし、SNKのかねてからの契約であった「ネオジオ関係以外のハードでのソフト開発を禁止する」という条例をこっそり破り、「未来ソフト」としてオリジナルゲームを製作、発売してしまった。
その事がSNKにばれ、一気に関係が悪化、その後の経営に行き詰まり、2003年(推定)に倒産した。
皮肉にもかつての盟友だったSNKも既に倒産(2001年)していた。
その独特の作風で一部のプレイヤーには定評があり、なんと専属のファンサイトが存在する。
現在ではSNKの後釜であるSNKプレイモアが知的財産を受け継いでおり、ADK作のリメイク・移植作を販売していることも。
ちなみに任天堂ハードの限界に挑戦した意欲作『どきどき!魔女神判』シリーズの絵師・藤ノ宮美森氏も元々はここの専属であった。
平成仮面ライダーなどの製作元で知られる会社「アサツー ディ・ーケイ(広告代理店の旭通信社と第一企画が1999年に合併したもの)」が、本メーカーの倒産後にADKという略名を使うようになったが、両者の関係は一切無い。
かつて大阪府吹田市に本社を置いていた会社。
SNKとは創業時の社名である「新日本企画(Sin Nihon Kikaku)」の略。
変更後の社名表記は規則の関係から「株式会社エス・エヌ・ケイ」とカタカナ表記にしていたが1999年にアルファベットに変更した。
80年代から主にアーケード作として、『ASO』『アテナ』『怒シリーズ』などの独創性のあるゲームをリリースし、地味ながらも一定の評価を得ていた。
しかしほとんどの作品は難易度が高く設定されていたためライトユーザーにはとっつきにくかった。
1990年にゲーム業界に新風を巻き起こす事になるハード、ネオジオを発売、ネオジオにて翌年の91年にリリースされた『餓狼伝説』がヒットした事を皮切りに、『龍虎の拳』『サムライスピリッツ』『ザ・キング・オブ・ファイターズ’94』といった格闘ゲームを立て続けにリリース&ヒットさせ、すでにストIIの成功により頂点に立っていたカプコンと並ぶ、格ゲー界の大御所として開花する事になる。
しかし、格ゲーのヒットを受けて舞台先を伸ばそうと登場させたハイパーネオジオ64やネオジオポケットといった新ハードや、都心部に建設された大型テーマパーク営業といった事業経営がことごとく失敗してしまう。
さらに追い討ちをかけるが如く、安定だと思われた格ゲーブームが下降した事を受けて、強みであったネオジオ格ゲー人気も大幅に勢いを失い、一気に経営悪化の道を辿ってしまう。
経営再建にパチスロ最大手であるメーカー、アルゼ(現:ユニバーサル・エンターテインメント)の子会社となるが、再建は適わず2001年に倒産。
多くのネオジオ格ゲーファンからは惜しみ声が聞かれ、ゲーメスト時代からネオジオ格ゲーの記事を組んでいた後継誌、月刊アルカディアでも特集を組まれる程であった。
SNKの事業は今現在、プレイモア(現:SNKプレイモア)に受け継がれ、旧SNK時代の関連作が今も定期的にリリースされ続けている。
1987年に創業し、ゲームのほかにレコード関係などの事業も行っていたメーカー。
ゲーム事業ではグループ会社のハードであるPCエンジン向けのソフトを多くリリースし続けた事で知られ、その総ソフトタイトルは、同じくPCエンジン開発に縁のあったハドソンに続いて2番目の規模を誇っていた。
あくまで自社開発はしないパブリッシャー専門メーカーであったため、作品の出来不出来はディベロッパーの実力に左右されてしまう傾向が強く、『スーパーダライアス』のような傑作が多数を占める一方、ごく一部酷評するより他ないどうしようもない作品も発売してしまった会社でもある。
1995年、同じNEC系列のメーカーであるNECインターチャネル(現:インターチャネル)が創立され、ゲーム事業はそちら側へ譲渡、NECアベニュー自身は1998年に営業停止した。
当時NECアベニューのプロデューサーを担当していた多部田俊雄氏(後にNECインターチャネルに移行、現在はプロトタイプ代表)は、発売予定されていたゲームをことごとく発売中止、もしくは大幅な発売延期を行う人物として知られ、「プログラマー殺し」「延期(中止)の多部田」という揶揄的な通り名で呼ばれていた。
アベニュー時代に氏が関わり不備を起したゲームとしては『ワードナの森』『スペースファンタジーゾーン』(共に発売中止)『スーパーダライアスII』『ストライダー飛竜』(共に発売大延期&超劣化移植)『モンスターメーカー 闇の竜騎士』(発売大延期&バグまみれ)などろくな目に合っていないゲームが多く、ユーザーからは大きな不満を漏らしていた程であった。
さらに氏はインターチャネル時代でも『センチメンタルグラフティ』という大罪をやらかしてしまうなど、何かとトラブルまみれな人物であった模様。
1989年に創立され、主にジャレコなどを販売元として、アーケードシューティングを中心とした下請け開発をメインに活動していたメーカー。
NMKとは本メーカーの前身であった「日本マイコン企画(Nihon Mycom Kikaku」を略称である。
本メーカーの作風は、非常に東亜プランのそれと似ている。
理不尽ともとれるような非常に難易度が高いゲームが多く、熟練ゲーマーには支持されていた反面、それ以外のプレイヤー層にはとっつきにくかったのだ。
そういう作風だった事と、90年代半ばはすでに対戦格闘ブームでシューティングの旬が過ぎ去っていた環境も影響し、資金難に陥って1999年に倒産してしまった。
今もシューティング中心に様々なゲームミュージックにて活躍している並木学氏は、本メーカーの作品に深く関わっている事で有名である。
大手おもちゃメーカーの一つで、かつてはTVゲーム産業にも関わっていた。
ファミコン生誕前に発売され、当時としては最大級の売り上げを誇っていたハード「カセットビジョン」の生みの親としても知られる。
84年にはFCに対抗する新ハード「スーパーカセットビジョン
(*5)
」を投入するがシェアを獲得できず、ハード事業からは撤退した。
エポック社がファミコン以降にリリースしたソフトは、主にドラえもんなどのキャラゲーが大半を占め、バンダイ(現バンダイナムコゲームス)、タカラ(現タカラトミー)と並び、キャラゲー大量輩出メーカーとして知れ渡っている。
やはりキャラゲーメインである為か、クソゲー率が高いというマイナスイメージの浸透している感はあるが、実際のところはそこまで酷いゲームは少なく、それなりのクオリティは持っていた。
「ドラえもんゲー=クソゲー」という悪印象は、バンダイ、タカラの駄ゲーと混合してしまっただけにすぎず、実際は普通に遊べるものの割合が多かった模様(もちろんクソゲー並みのものもあるが)。
歴代のドラえもんゲーの中でも、FCソフト『ドラえもん ギガゾンビの逆襲』は、未だに名作として名高く、ユーザーからの評価が高い。
現在は一切のTVゲーム事業に触れていないが、TV接続タイプの玩具製品を今も一部手掛けている。
本サイトで扱っているゲームとは性格の異なる商品である(記事の執筆も認められていない)が、そういう意味では現役メーカーであるとも言える。
ちなみに、エレメカであれば、野球盤のアーケード版も存在(販売はホープ社)する。主にダーツバーなど、ゲーセン以外の施設で一定の人気を得ているようだ。
かつてゲーム事業に関わっていたバンダイ傘下のメーカー。バンダイ同様、キャラゲー発売率が非常に高いのが特徴。
FCやSFCは年間に発売できる本数に制限があったため、バンダイ本体だけではなくグループ会社からもキャラゲーを発売したのである。
同様の例に新正工業やユタカ
(*6)
がある。
1997年に同じバンダイ傘下である科学技研(後のメガハウス)と吸収合併し消滅した。