オカシイ世の中覚え書き

裁判員制度タウンミーティングは最高裁と新聞メディアと電通の「やらせ」だ P166

 「バブ記事」という業界用語をご存知だろうか。一般記事の形をした偽装広告のことだ。質の悪い企業が読者を騙して新商品を買わせようとするときに使う手口である。失礼ながら、引っかかった読者は本物のえさと信じて毛針に食らいついた魚のようなものだろう。
 当然ながら新聞社や雑誌社ではこうしたバブ記事の掲載は禁じられている。記事の客観性・中立性に対する読者の信頼を決定的に損なうことになるからだ。

 ところが、こともあろう荷最高裁が広告代理店「電通」と結託し、巨額の広報予算をえさに世論誘導のためのバブ記事を、全国47の地方紙に掲載させていたことが、最高裁や電通の内部資料で明らかになった。最高裁の狙いは情報操作で、裁判員制度を積極支持する世論を形成することだ。国民を騙して国策を受け入れさせる大掛かりな仕掛けが明らかになったのである。
 いきなりそんなことを言われてもにわかには信じられない。多くの読者はそうお思いだろうから、できるだけ分かりやすく、順を追ってご説明したい。
 最高裁は全国各地で地元紙の共済により、「裁判員制度全国フォーラム」というタウンミーティングを開催している。そのうち、「産経新聞」大阪本社と「千葉日報社」がそれぞれの地域でアルバイトの「サクラ」を大量に動員していた事実が1月29日、分かった。そのことがきっかけだった。
 このニュースを聞いて疑問が浮かんだ。何故、産経は参加費無料、収益ゼロのシンポジウムに自腹を切ってまで大量動員したのか。もしかしたらサクラの出費を補って余りある見返りがあるからではないか・・・

 結論から言うと直感は当たった。入手した内部資料から浮かび上がったのは、マスコミ界のタブーとされる電通と霞ヶ関の癒着構造だった。そこには全国の地方紙と私の古巣でもある共同通信が元締めとして加わり、「4位一体」で国策遂行のための世論誘導プロジェクトが、8年前から水面下で進行していたのである。
 東京・新橋のビルの一室に「全国地方新聞社連合会」(地方紙連合)という団体の事務所がある。この団体が99年秋に設立された経緯を教えてくれたのは、ある地方新聞の編集幹部だった。
「不況で広告が集まらなくなって地方紙の経営状態が悪くなったのが彫ったんです。そのとき電通新聞局が主導して巨額の政府広報予算を地方紙に回すために作った組織が地方紙連合だった。だから裁判員制度のフォーラムは、地方紙連合が電通経由で各省庁から請けた仕事の一つに過ぎません」

 産経と千葉日報のサクラが発覚した直後、「西日本新聞」や「河北新報」など3社でも他省庁関連のフォーラムにアルバイトを動員していたことが発覚した裏には、こんな事情があったのである。編集幹部が続ける。
「地方紙連合に集まった地方紙の東京支社の営業部長クラスが政府広報獲得のため持ち回りでチームを組み、各省庁を手分けして受け持っていた。省庁側との情報交換の中でテーマを決め、シンポジウムを開いたりと、政府広報予算を獲得するための方式はいろいろあったようです」
 この編集幹部の証言によると、政府が世論形成をしたい場合に行う進歩では省庁側から①シンポの模様を伝える特集には「全面広告」のノンブル(断り)は打たない②紙面に「広告局製作」といった表現も認めないという条件がつけられた。政府広報と分かると広告効果が格段に減る。世論形成のためにはバブ記事でなければならぬというわけだ。
 それでも当初は地方紙側から「せめて(広告局製作)の表示を出したら」という意見も出たが、押し切られ、バブ記事が横行するようになったという。
 2年前、「週刊朝日」が消費者金融の「武富士」から「編集協力費」名目で5000万円の提供を受けて記事を作りながら、武富士とのタイアップ企画と明記していなかったことが明らかになった。その教訓がありながら、大多数の地方紙が報道機関として越えてはならぬ一線を越えたのは、政府広報が企業広告のように値切られる心配がない「おいしい仕事」だからだ。
 ではそのからくりを具体的に見てみよう。フォーラムの開催が決まると、共催者の地元紙は、まず開催国地の「社告」を掲載する。

 次に最高裁によるフォーラムの「予告広告」(5段=紙面の3分の1)を2度、有料で掲載する。3番目はフォーラム開催を伝える社会面用の記事を載せる。記事なので無料だ。
 最後だが、フォーラムの詳細を伝える10段(紙面の3分の2)の特集記事と、最高裁の裁判員制度についての5段広告。広告はモチロン有料だが、あわせて掲載される10段の特集記事は前出の地方紙編集幹部が言うバブ記事である。05年度、全国47誌の地方紙を使い、フォーラムと広告と記事を抱き合わせた世論誘導プロジェクトに使われた税金の総額は3億数千万円である。
 私の手元に、05年度の裁判員フォーラムの新聞記事をまとめた最高裁の資料がある。ページをめくると、全国50箇所で開かれたイベントの詳細を伝える特集記事が、全て10段で構成されている。(画像別)

 全紙が同じ企画で詳報を載せているのは、あらかじめ電通から特集10段、広告5段と指定されているからだ。本来この10段特集には「PR」もしくは「政府広報」の表記がなければならないが、そうしているところは1紙もない。
 さらに昨年12月1日付で、電通が最高裁に提示した「平成18年度 裁判員制度タウンミーティングの企画および企画実施業務」という見積書も入手した。
 その中には「全国地方新聞社連合会加盟紙15段分(5段×3回)掲載料金内訳」と題された一覧表が掲載されている。たとえば「産経新聞大阪本社長官セット版(大阪)」の欄を見ると、「段単価51万7500円」「15段価格776万2500円」とある。
 つまり裁判員制度フォーラムが1回開かれれば、産経新聞大阪本社には5段広告3回分の料金として、800万近い金が入る。サクラ一人当たり5000円の日当を払っても十分儲かる仕組みなのだ。
 電通が最高裁に提示した契約書に添えられた「仕様書」も紹介しよう。そこには、このからくりに秘められた本音が、あからさまに語られている。
「最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所、主催新聞社(各社、全国地方新聞社連合会)、共同通信社、電通が一体となり、目的達成に向けて邁進する」
 この1文を見て、私は戦時中の国家総動員体制の中核を担った同盟通信社を思い出した。同盟通信は36年に日本電報通信社の通信部と新聞聯合社が合併して発足した国策通信社で、国民の戦意高揚や情報統制の手段として大きな力を発揮した。敗戦後、その同盟通信が分かれて発足したのが共同通信と時事通信だ。

 一方、36年の同盟通信発足時に日本電報通信社から切り離された広告部門が、現在の電通だ。つまり同盟通信の後身である共同通信と電通、さらには地方紙と裁判所が一体となって仕組んだ「国策遂行プロジェクト」が、裁判員制度フォーラムの裏の顔だったのである。
 こうした指摘に当事者たちはどう答えるのか。
「「裁判員制度を多くの国民に理解してもらい議論を深める」ことを目的に企画提案したもので、事業は通常のクライアント業務と認識している」(電通広報室)
「電通からの提案ではなく、共同通信加盟社からの要請を受けて協力している。生地は国民の関心を高め広く議論する材料を提供する狙いで、ご指摘のように制度に協力したものではない」(共同通信社総務局)
「情報操作だというのは貴誌の意見なので、こちらからのコメントは差し控える」(最高裁広報課)
 しかし、「仕様書」にはこうした記述もある。
「各地方新聞社の報道部門と連携することで、制度に対する正しい理解を促進し、今後、制度についての情報発信を行っていくうえでの効果が期待できる」
「コーディネーターとして地元新聞社の論説委員、編集関係者を立てることで、司法および裁判員制度に対する正しい理解に基づく、前向きな地域世論の醸成を図る」
「共同通信社の主宰する論説研究会や編集部長会議、支社長会議などにおいて裁判員制度に関する勉強会を行い、新聞社の編集関係者の意識を高めてもらい、執筆意欲を喚起する」
 つまりは、一般読者ばかりか、地方紙の幹部たちをも巻き込んで大衆を操作する一台システムの構築がもくろまれており、その中で扇の要のような役割を果たしているのが共同通信と電通なのである。
 この空句を使った詐欺的プロジェクトを十分認識しながら、電通と手を結んで税金を地方紙に垂れ流していたのが最高裁であるということは言うまでもないだろう。国会でこの問題を追及する保坂展人代議士が最高裁に電通を選んだ理由を聞くと、「正規の広告のほかに地方紙の編集権に基づいた(無料)の事後記事が掲載されることが決め手になった」と答えたという。
 つまり、記事を偽装した広告(バブ記事)で世論を誘導する仕掛けを最高裁自身が十分認識していたということだ。
 裁判員制度の是非を国民が主体的に判断する機会は、こうして奪われつつある。

Auther 魚住昭

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最終更新:2007年02月24日 02:11