場面1シ

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場面1】はじまり 街道/夕方/改庵、せき野 日の傾いた山間の街道を一人の僧侶が歩いている。長旅のためだろうか、擦り切れた法衣がいかにもみすぼらしい。 ずり落ちた青い頭巾の下から、伸び放題の坊主頭が見える。 先ほど立ち寄った茶店の親父は、半時も歩けば宿場に着くと言っていたが…… さて、もう一時は歩いたが、宿場どころか民家の一軒も見当たらない。おまけに日も暮れてきた。 ふう、とひとつため息をつく。 「仏もクソもあったものか。腰痛で信仰もままならん」 悪態をついても気は晴れない。連日の野宿で身体が軋む。ここ4、5日まともな飯も食っていない。 近頃の茶店は銭は先払いだといって水しか出さない。俺が食い逃げをするような人間に見えたのだろうか。 まったく。勘のいい親父だ。 「おや、あれは」 半ば草に埋もれるように小さな祠がある。道祖神のようだ。 「雨風はしのげないが、こういう所には…あったあった 握り飯。見も知らぬ誰かさん、有り難く頂戴しますよっと ……うん、二日から三日ってところかな…ほのかな酸味が、なんとも」 麦まじりの腐りかけだが、メシはメシだ。ぺろりと平らげるとふたつめに手を伸ばす。 ふと目をやると、祠の中に何かある。握り飯をほうばりながら拾い上げる。 「女物のくし、か。ものは良いが、こいつは売れないな」 真っ二つに割れた赤いくし。朱塗りに見事ならでん細工が施されている。 けして安いものではないだろう。 道楽娘が捨てていったのか、バチ当たりな。 「ひどいお坊さまもいるんだね」 「ひどい?俺に向かって言っているのか」 いつの間にか祠の傍に十二歳くらいの子供がいた。淡い水色の水干をきちんと着込み、足下はぞうり履きだ。 こんな山中の辺境には、あまりに場違いな格好だ。なにより、その髪が、人とは思えないほど、赤い。 夕日を受けていっそう赤く、赤く輝やいてみえる。 「食うか?」 言葉が口をついて出た。自分でも驚いたが、もうやけクソだ。 久しぶりの食料だがくれてやる。 食いかけの握り飯をさしだす。 「いらない。すっぱいにおいがするよ、それ。いらない」 子供はふるふると首を振り、俺の顔と手の中のくしを交互に見た。子供らしい仕草に少し安心する。 人を取り殺すような妖のたぐいではないらしい。手を開いてくしを見せてやる。 「これが欲しいのか」 「くれるの?」 「あぁ、やるとも。俺は偉いからな。子供がガラクタを欲しがったら快く与えるのだ」 くしを受け取ると嬉しそうにニコニコしている。妙なガキだ。 「お地蔵さまのごはんを盗み食いしてるから、てっきり悪いやつだと思っちゃった。おじさん良い人だね」 「盗みではない。世の中の仕組みというやつだ。誰かが道中の安全を願って握り飯を供える、俺が食べる。 みんな幸せ。わかるか?そういう事だ」 「みんなが おじさんのために握り飯をにぎるんだね!」 素直だが、あまり頭は良くないようだ。 派手な水干姿は旅芸人の子供か、小ギレイな身なりの所を見るとあるいは…… 運がいい。今夜はふとんで寝られるかもしれない。 「近くに大きな寺があるか?」 「知らないよ」 「お前この辺りの子供じゃないのか」 「たぶんね」 「なんだ、はっきりしろ。旅芸人の子か。一座とはぐれたんだな?ツレは?」 能天気な迷子はくしに夢中で上の空だ。当てが外れて少し落ち込んだ。 「違うと思う。ずっと一人だよ」 「ひとり?じゃあなんだ、ふらふら一人旅でもしてたっていうのか。荷物も無しに。ばか言うな」 「わかんない。でも、ずっとここに居たよ」 「よしわかった。お前はここに、ずっと一人で居た」 「うん」 「いつから居るんだ」 「気が付いたら、おじさんが盗み食いしてた。それからずっと」 「それは…さっき、って言うんだ。……話題を変えよう。お前ーー名前は?」 「えぇっと…… ……うーん 名前だよね? ちょっと待って …おじさんの名前は?」 「……忘れたのか?まさか、そんな! いくらなんでも、自分の名前を忘れるバカがいるか!? おい、ちょっと…泣いて……泣くなよ! なくーー分かった!無理するな 思い出せたら教えてくれ。頼むからもう泣くな、な?」 「もう少しで思い出せそうだよ」 「なるほど。俺は頭が痛くなってきたぞ」 「だいじょうぶ?」 さっきまで大粒の涙をぼろぼろ流していたのに、けろりとした顔で覗き込んできた。 まるい瞳に疲れた自分の顔が映り込む。 頭痛が増した気がする。 「……」 「……」 「お前ーーじゃあ呼びにくいな。いつまでもこう呼ぶわけにもいかんしなあ。よし、名前を付けてやろう」 「わぁい」 「……」 すっかり気が抜けてしまった。 もう、このすっとぼけた子供に、この子供の行動に意味を求めるのは止めよう。 「なになに?」 「……ずいぶん髪が赤いな」 子供の表情がわずかに曇る。年齢に不相応な、憂いの顔に見えた。 「なんだ、気にしてたのか。きれいな色じゃないか。せき野、お前の名前はせき野だ」 「せきの?」 「そう、せき野」 枯れ枝で地面に文字を書いてやると、何度も指でなぞっている。 「せき、は赤いって意味なんだが……嫌か」 「ううん、良い名前。せき野、赤い…野原の野?」 「そうだ」 「おじさんは?」 「改庵。あらためる、いおり、だ」 「かい、あん。こう?」 子供がーーせき野が、地面の″せきの″の隣に″改庵″と書いた。 「驚いたな、文字が書けるのか」 「あったりまえじゃん、改庵!」 「なんだ、さっそく呼び捨てか」 「えへへー」 「当てが外れた。今夜も野宿か……おまけにコブ付きだ。 せき野、お前の家も探さなくちゃならんあ」 「野宿?どうして」 「どうしてって、宿も家もないんだ、外で寝るしかないだろう」 「あるよ」 「なにが」 「だから家が」 「お前の家か?」 「違うと思うよ」 「思う、ってなんだ」 「忘れた」 「……そうだな、せき野。お前はそういう奴だった」 「まあね」 「えばるな。場所は分かるのか?」 「もちろん」 そう言って、せき野は祠の裏を指差した。街道からわきの雑木林に確かに獣道が続いている。 嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。 俺の返事を待たずに、せき野がが雑木林に踏み込む。 「野宿は嫌だが遭難はもっと嫌だぞ!あー……聞きやしない」 聞こえているのか、いないのか、せき野は構わず茂みを掻き分け先へと進んでいく。 しかたない。夜の山に子供ひとりを入らせるわけにもいかんしなあ。 夕闇せまる秋の山が、ひどく赤いように見えた。 それが沈む夕陽が照らしたからか、紅葉の為かはわからなかった。 「待て、せき野!俺も行く」 遠ざかる背中を慌てて追いかけた。

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