「不協和音 (4)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

不協和音 (4)」(2009/05/11 (月) 06:04:08) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

**第97話 不協和音 (4) 迂闊だった。バーニィシューズという強力なカードを手に入れたせいで、楽観的になっていた。 少し考えれば分かることじゃないか。何故この事に思い至らなかったのか。 『秘仙丹を飲み爆死した友人を見て怒りに駆られたチェスターが、俺と出会った場所まで復讐を果たすためにやってくる』 ホテルに戻らなければ簡単に避けれたはずの些細なトラブル。 だが、遭遇してしまった“些細なトラブル”は“何としても崩さねばならない高い壁”へと切り替わる。 奴は情報を握っている。俺が殺し合いに乗ったという情報を。 その情報は、スタンスを偽り殺し合う気のない者の中に潜伏することを不可能にする最悪のカード。 これを使われると話が通じるかどうか怪しい殺し合う気の者のみとしか手を組めなくなる。 ただでさえ少ないカードをこれ以上減らされては堪らない。奴は始末する。今、ここで! (とは言ったものの、俺はこれ以上近付けないからな……あちらさんから来てもらうとするか) 考えてる内にチェスターの後姿が炎の中へと消えそうになる。これ以上中に入られたらまずい。 ガソリンのせいで近付けない以上、あちらから近づいてもらう必要がある。 放っておいて炎でやられるのを待ってもいいんだが、正面口以外から脱出された場合が厄介だ。 こちらは炎に近付けないせいで遠回りをしながら奴を追いかけるはめになる。 だから俺は足もとから適当にそれなりの大きさの石を拾い上げる。 コントロールには自信がないが、背中を狙えばどこかしらには当たるだろう。万が一外したとしても何かを投げられたことには気付くはずだ。 肉弾戦を主にやってるため遠くまで飛ばすだけの肩の力くらい持っている。 そして大きく振りかぶり、チェスター目掛けて投げつけた。 結果は予想外の大当たり。頭部という名の急所に当たるとは思わなかった。 当然こちらに気付いたチェスター。 思わぬ不意打ちを受けたからか、間抜けにも棒立ちになっている。こういう時に遠距離用の武器があればな……いや、なくてもガソリンさえなければ首枷で仕留めてやったのに。 「よう、数時間ぶりだな。金髪の兄ちゃんには会えたかチェスター?」 とにかく今はこちらに来てもらわない事には始まらない。 そう思い、これみよがしに笑顔を作り皮肉を言う。 金髪の青年の事を聞いた時の反応からして、チェスターは簡単に熱くなるタイプだ。ここまで小馬鹿にされてればキレて飛びかかってくるだろう。 手ぶらであるし、遠距離攻撃をされはしまいと踏み、木の陰から姿を現しとどめの一言を口にする。 「どうだ、俺の自慢の秘仙丹は効いたかい?」 しばしの沈黙。飛びかかってくるかと身構えていた俺には予想外の事だった。 チェスターが顔を上げる。くしゃくしゃになったその顔は、憐れになるほどみっともなかった。 「俺、俺……すまねぇ……あんたが折角くれたってのに、無駄にしちまった……  アーチェの奴が疲れてるみたいだからあげたら、すでにクロードの奴に何かされてたみたいで、爆発……しちまった……ッ!」 一体何を言っている? クロード、だと? もしかしてこいつは、俺が渡した秘仙丹の正体に気が付いてないのか? 何故クロードの仕業だと思っているのか分からないが、俺に対する敵意は全く感じられない。 それどころかむしろ俺の事を信頼しているようにも見える。 (おいおい、ひょっとしてこれはカミサマの贈り物ってやつか?) よほど辛い出来事だったのか、チェスターはアーチェという奴の死を口にすることで感情のコントロールが効かなくなったらしく、その場でしゃがみ込んでしまった。 おいおい、泣きながら地面を叩くとか、そういう青臭い事はもう少し安全な場面でやった方がいいんじゃないのか? 「おい、まずはこっちに来い! そのままじゃ焼け死んじまうぞ!」 折角手に入れたカードをみすみす手放すことなど出来やしない。まずはチェスターを安全な場所に移してからゆっくりと同盟を結べばいい。 奴は俺を疑ってはいないようだし、クロードの情報を与えれば喜んで仲間になりそうだ。 「チサトもガルヴァドスも死んだ! 俺だけはガソリンを引っ被りながらもガルヴァドスの技のおかげで助かったが、他の二人は助からなかった!」 最初にチェスターと会った時、あいつはホテルの方から来た。チサトと情報交換をしている可能性はかなり高い。 が、ガルヴァドスの方は見た目が見た目だ。どんな効果のある技を使えるのかまで把握してるほどコミュニケーションはとっていないだろう。 「ガルヴァドスによって脱出させられたなら、どうしてガルヴァドスが死んだと断言できるんだ」と言われたら反論できないのが難点だが、その時は単身チェスターに確認に行ってもらうだけだ。 チェスターという手駒を失うのは痛いが、そうなっても俺自身には被害は出ない。 もっとも、精神的に参っているらしいチェスターは「そうか……」とだけ呟いてとぼとぼと歩いて来たのでそんな考えは全くの徒労だったわけだが。 ていうか分かったならサクサク動いて貰いたいものだ。チンタラしてたら焼け死んでしまうぞ。 ……こんな状態じゃあガルヴァドスのデイパックは諦めた方が良さそうだな。 まぁそれでもいいさ。大して労せず仲間を得ることが出来たんだ。お釣りは十分くる。 まずは話を聞いてやり、それに合わせて二人の死をクロードのせいにする。それからクロードを倒すためという名目の元で協力させる。 ……悪く思うなよ、クロード。どうせお前は乗っちまってるんだ。恨むなら自分が乗ったことを知る人間を生かした己の甘さを恨んでくれ。 ☆  ★  ☆  ★  ☆ (いたぶって遊ぶようなマネは論外だよなあ、百害あって一利なしって感じだし) ホテル跡を目指しながら、僕は今後の戦い方を考える。 これまでのように自分が楽しむかのような戦い方をするわけにはいかない。あれは隙も大きくなるし無駄な体力を使ってしまう。 自分の命は、プリシスのために使わなくてはならないのだ。 自分の体力は、プリシスの夢を叶えるためだけに使わなくてはならないのだ。 弱者をいたぶる際の細やかな満足感のために時間とMPを使うなど、あってはならないことである。 (……それに、惨殺してやりたいほどの恨みがあるわけじゃないしね) 感情の高ぶりに身を任せて必要以上にいたぶった事には罪悪感を感じている。 そもそも、こんなことにならなければ恨みもない人間を自ら襲うなんてしない。人を斬ること自体別にそんなに好きじゃないのだ。 だからその点においても反省はしているし、悪かったなとも素直に思う。 素直に思うが、殺さなければよかったとは露ほども思わない。だって彼女達を殺したのは大切な人の笑顔を守るためなのだから。 (次からは首なり心臓なりを狙って楽に殺してあげなくっちゃ。そうすれば相手も苦しまないで済むし、僕も迅速に次の行動に移れる。うん、一石三鳥だ!) だから僕は決意する。もう二度と遊んだりなんかしないと。無駄な事は絶対にしないと。 そうでもしなくちゃ、プリシスの笑顔は守れないから。 「……そうだ。次の放送でどの道立ち止まらなきゃいけないし、その時にでも遺書を書こう!」 「ふぎゃ!?(遺書!?)」 「ふぎゃっふー!(何を考えているんだアシュトン!)」 あ、2人とも怒ってる。もしかして遺書を書いてすぐに死ぬとでも思っているのだろうか。 プリシスを置いてさっさと死ぬわけなんてないのに……ずっと一緒にいるんだから、そんなことぐらい言わなくっても分かってほしいな。 「考えたんだ、僕が殺しちゃった人達にお詫びをする方法を。  それでね、思い付いたんだけど、彼らにも家族や友達がいると思うんだ。  だから、あの旅で稼いだ僕のお金を、全額僕が殺しちゃった人達の大切な人が受け取れるように遺言を書いとこうかなと思って」 勿論、そんなことで罪が消えるわけではないけれど、やらないよりはいいだろうと思った。 殺したくないけど殺さなくっちゃいけないのなら、せめてこれくらいはしなくっちゃね! 「ふぎゃー……(アシュトン、お前……)」 「ふぎゃ、ふぎゃふ!(待て、誰かいる、それも二人だ!)」 何だ、生きてたのか。それが正直な感想だった。煙が立ち込めてたし、てっきりもうチサトさんは死んでるものだと思ってたけど。 まあでも、生きてたなら生きてたで利用法はある。さっきまでと違って、今の僕なら何でも上手く利用できる気がしている。愛の力は偉大ってことかな? とにかくチサトさんは生かしておこう。そしてクロードの誤解を解いて釜石村まで連れていくんだ。 そうすればきっとプリシスは喜んでくれる。プリシスの幸せが僕の幸せなように、クロードの幸せはきっとプリシスの幸せなんだ。 だからクロードの誤解を解いたことが分かれば喜ぶはずだし、目の前で首輪を取れば自分が殺したわけでもない死体から回収するなんてズルをしてないって証明にもなる。 チサトさんは道中で首輪集めるのに利用して釜石村でプリシスの目の前で死んでもらうとしよう。 勿論、痛くないように配慮して殺してあげる。それが誰にとっても幸せな選択肢だ。 (……それに、プリシスが変な誤解をして傷ついちゃったら嫌だしね) クロードはいい奴だ。ずっと旅してきたからよく分かる。彼は自分のために殺し合いに参加するような奴ではない。プリシスもそれは分かっているだろう。 だからもしクロードが殺し合いに乗る場合、それはやはり自分ではなく“他の誰か”のためなんだ。そしてその“誰か”は、まず間違いなくプリシスじゃない。 だからプリシスがその事を考えないよう、クロードが殺し合いに乗ってるなんて誤解は片っ端から解かねばならない。 そして、万が一耳に入ってた時の事を考えて誤解だったと証明してあげなくてはならない。 まったく、罪作りな男だね、クロードは。 「あれ……? ボーマンさん?」 敵意はない。そう示そうと敢えて堂々姿を見せたはいいものの、そこにいたのは見慣れぬ男とボーマンさんの二人だった。 化け物とやらの姿は勿論、チサトさんの姿もない。 「アシュトンか……」 どこか警戒したような雰囲気を出すボーマンさん。まあこの島では妥当な反応だろう。 隣にいる男はどこか呆けたようにこちらを見ている。その男の髪色は、クロードが言っていたチサトさんと共にクロードを襲った奴のそれだった。 (確かこの青い髪の男は殺し合いに乗ってない確率が高いんだったっけ……っていうことはボーマンさんも殺し合う気はないのかな?) 冷静に分析しながら二人を見る。 ボーマンさんはこちらの出方を窺うように、青髪の男は何かを考え込むようにしながら僕の方を見つめていた。 「アシュトン……お前はこのゲームに乗ってるのか?」 当然のように尋ねられる質問の答えを用意してなかった事に今更ながら気付いてしまう。 まいった、どうしよう。不誠実だろうがここは嘘をついて「乗っていない」と答えた方が得策だろうか。 悩んでいると、青髪の男が急にその目を見開いた。 「ドラゴンを……背負った男……ッ!」 男の顔が見る見る内に怒りに染まる。おかしいな、君とは初対面のはずなんだけど。僕、君に何かやったっけ? 考える間もなく、青髪の男が掴みかかって来た。勿論ぼけっと突っ立ってやられてあげるつもりはない。 バックステップで男と距離を取り、迎撃態勢に入る。 本当ならここで放ったドラゴンブレスが当たるものだと思っていたけど、ブレスを出すのが若干いつもより遅かったせいで当たらなかった。 もしかしたら二匹とも、僕にずっと付き合わせてたせいで体調不良なのかもしれない。 「いきなりどうしたんだチェスター!」 チェスターと呼ばれた青髪の男を押さえつけ、結果的に数秒遅れのドラゴンブレスからチェスターの命を救うことになったボーマンさんがチェスターに問う。 そこでチェスターから飛び出したのは、思いがけない言葉だった。 「そいつだ! アーチェを、アーチェを襲いやがった野郎は! 龍を背中に生やした男なんだッ!」 ……やれやれ。反省した途端、調子に乗って時のツケがきた。僕って本当についてないなあ。 まあ、今回は高い授業料だと思っておこう。実際アーチェとかいう女を逃がしたのは僕の責任でもあるんだから。 だからとりあえずチェスターとやらを説得して、それが無駄なら……さっき決めたように、素早く手際よく殺しちゃおう。 ☆  ★  ☆  ★  ☆ こんなにも幸運が続いていいのだろうか? チェスターは俺が思う以上にいい情報を持っていた。 (おいおい、あのアシュトンが乗ってたってマジかよ……) アシュトンはてっきり殺し合い反対派だと思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。 チェスターが叫んでいる言葉を鵜呑みにするなら、アシュトンはアーチェとやらの仲間を二人も惨殺したらしい。 見たところ使い慣れてなさそうな両手剣で二人もの人間を殺したのなら上出来じゃないか。正直、ここで手放すには惜しい存在だ。 アシュトンには少しでも多く殺してもらわなくちゃいけない。 すでにこれだけの傷だ、俺と戦う事になる前にはくたばってくれるだろう。万が一死ななくても重症のアシュトンになら勝てるはずだ。 「待て、チェスター、落ち着くんだ! お前は実際にアシュトンが殺すところを見たわけじゃあないんだろ?」 「くっ……確かにそうだけどよ、アイツは言ってたんだ、二匹の龍を背負った男に襲われたって!」 先程から叫んでいる内容は、アーチェという少女から聞いたものに過ぎないようだ。それも、外見的特徴しか聞いていないらしい。 「あのなぁチェスター。お前さんの常識ではどうか知らんが、背中に龍を背負った奴なんて山一つ越えりゃたくさんいるぞ」 呆れたような声を出す。少しわざとらしすぎた気もするが、チェスターはその事に違和感を覚えることなく「どういう意味だよ」と返してきた。 「お前の住んでる地域ではどうなのか知らんが、俺の住んでる国には龍を背負ったタルルートっていう種族がいるんだよ」 勿論嘘だ。そんな部族はいやしない。種族の名前なんざアシュトンが樽好きだったことを思い出して咄嗟に付けた適当極まりない名前だ。 だが、チェスターにはそんなこと分かりっこない。言っちゃ悪いが頭の方は良くなさそうだし、世界中の民族を暗記しているなんてことまず無いだろう。 「……くそっ、悪かったよ!」 バツが悪そうにチェスターが言う。どうやら疑いながらも納得してくれたようだ(もっとも、納得がいかなくてもこう言うしかないだろうが) 「……ボーマンさん?」 不思議そうにアシュトンが呟きを漏らす。まあそれも仕方がないだろう。嘘をついてまで殺し合いに乗ってると言われた人物を庇う理由など普通はないのだ。 「ま、これから俺達は仲間になるんだ。仲良くやろうじゃないか」 その疑問を解決するため、チェスターの肩に手を置いてからアシュトンの方へと歩み寄る。 そして耳元で囁いてやった。「事情は分からないが、信じているからな」と。 これでいい。これでアシュトンは俺の事を“限りなく怪しくてもかつての仲間をどんな信じようとする馬鹿”と見てくれるはずだ。 それでいい。アシュトンには『利用しやすい奴』と思い込ませておく。 「いつでも始末出来て、今はまだ使えている」と思われてるうちはアシュトンに襲われる事もないだろう。 アシュトンへの耳打ちを終えると、わざとらしく肩を組みチェスターの所まで連れて行く。 「今さっきの事は互いに忘れろ。もう俺達はチームだ。強敵であるクロードを倒すための、な」 「……ああ、そうだな。悔しいが、俺一人じゃアイツを倒せそうにねえ。力を貸してくれ」 弱弱しく頭を下げるチェスター。その無様な姿がとても憐れで、クロード討伐ぐらいは本当に付き合ってやろうとさえ思えてきた。 「ああ、勿論だ」 当然こう返事をしておく。ようやく強者ともそれなりに渡り合えるカードを手中に収めたのだ、自らカードの機嫌を損ねる事はない。 「……そう、だね」 アシュトンの返事が歯切れ悪い。相手がクロードということもあって気圧されたか? もしくはチサトを殺すまでの俺みたいにかつての仲間を殺めることには抵抗があるのか…… まぁどちらだろうが関係ない。戦闘で壁としてきっちり働いてもらえばいいのだ。 「ああ、そうだ、誰か弓支給されてないか?」 思い出したようにチェスターが呟く。が、生憎二人とも首を横に振るだけだった。 「……なあ、チェスター、言わなくちゃいけないことがある」 「ん?」 「俺達は弱い。仲間を守ってやれる余裕なんかないほどに。だから今こうしてチームを組んでクロードに挑もうとしている」 チェスターにハッキリ言わなくてはいけないこと。それはチームを組む最大のデメリットである支給品の再分配について。 チーム全体の利益が最大になるよう分配すると、アシュトンにバーニィシューズを譲渡するはめになる。下手したらフェイトアーマーもだ。 折角得たバーニィシューズを手放す程俺は馬鹿じゃあない。 「俺達は戦闘の時自分の身を自分で守らなくちゃならない。なら支給品をどうするかは各自の自由だ。自分の身を守るのに必要だと思う者は無理に譲らなくてもいい」 「で、でもよ、折角仲間になったんだから……」 「ああ、だからまずは要らないと思った物だけを互いに挙げよう。そして合意が取れればそれらを交換すればいい」 あくまで等価交換。その言葉にチェスターは不満そうだが気に留めず話を進める。 「で、俺はパラライズチェックと七色の飴玉とかいうアイテムを要らないと思ってる。チェスターは何かないのか、交換に出してもいいアイテムは」 効果が期待できないパラライズチェックとどんな成分なのか一切不明な怪しい飴玉。 後者はともかく、うまくいけば前者の方は何かしらと交換できるかもしれない。 「……俺は弓も持ってないし、何でも交換していい」 そう言ってチェスターはデイパックからアイテムを出す。 地べたに置かれたアイテムは、スーパーボールに、それから…… 「エンプレシアか」 エンプレシア。レナが使っていたナックルだ。 サイズが若干きついかもしれないが、ナックルは俺の待ち望んでいた武器だ。これを逃す手はない。 「チェスター、悪いがこいつをパラライズチェックと交換しないか? 何なら飴玉も全部やる」 気分が明るくなる薬物でも仕込まれているであろう飴玉は砕けば調合に使えたかもしれないが、エンプレシアと交換なら惜しくない。 何としてもここは武器を手に入れなくては…… 「ん、ああ……あんたに任せるよ」 「おいおい……いいのか、そんな適当で」 言いながらもしっかりエンプレシアを試着する。 うーん、やはり少しばかりきついな。あまり長い間装備していると拳を痛めそうだ。 「ああ、ここ来るまでの旅じゃ仲間に要らないアイテムを譲るのは当たり前だったからよ……  まあ、今思えばそういう風潮もクレスがリーダーをやってたからかもしれねえけど、俺はそういう方が気楽だから」 どうやらチェスターはかつての冒険の時と同じように在りたいらしい。甘い考えだ。 言えばスーパーボールもくれそうだが、そうしてしまったらチェスターが戦力外になるのでやめておく。 この場でチェスターを殺してアシュトンとだけ組んでもいいが、アシュトンが俺を殺そうとしてきた場合サシだと少々分が悪い。 チェスターには最小限の武装だけを与えておくのが得策だろう。 「ああ、そうだ。この飴玉は今舐めておけ。気分が明るくなるそうだ。仲間が死んで辛いのは分かるが、塞ぎ込んでちゃやれるものもやれなくなる」 足を引っ張らないように、というのもあるが、それ以上にこの怪しいアイテムの実験台にするためにチェスターに七色の飴玉を勧める。 チェスターは特に警戒をすることもなく言われるがままに飴玉を舐めはじめた。即効性はなさそうだが……まあ様子見だろう。 「アシュトンは何かないのか、要らない物」 「……ないですよ。それに僕は今の武器でも何とかやれますから」 やれやれ、殺し合いに乗ってるだけあって上辺の付き合いもする気はないってか。 ま、確かに上辺だけでも仲良くしちまうと殺すのがつらくなるからな……だが俺はもう躊躇わない。家族の元に帰るためなら何だってやってやるさ。 「それより早く移動しよう。平瀬村には人もいそうだし、放送までには探索を終えちゃいたい」 アシュトンの提案に反対する理由は特にない。実際拠点にもってこいな村には獲物が少なからずいるだろう。 貧弱な武装で釜石村に向かおうとした時と違い、今の俺には仲間も武器もある。よほどの強敵と当たらない限り死ぬことはないだろう。 チェスターが殺し合いに乗り気じゃないっぽいのが難点だが……思考能力は低下しているようだし、うまく言いくるめられるかもしれない。 「あ……悪い。俺、平瀬村には行きたくねえんだ」 が、平瀬村行きは予想外にもチェスターの反対にあってしまう。アシュトンが露骨に不満を顔に出した。こんな状況でも分かりやすい奴だ。 「その、仲間が二人ほどいるんだけどよ、なんっつーかさ、あの二人は俺なんかより全然凄いっていうか、見てるものが違うっていうか……  脱出のため何を優先すべきかが分かってるって言えばいいのかな。  とにかく、今の俺じゃあ奴らの力になれそうにないんだ。それどころか足を引っ張るかもしれない。だから合流したくねえ。  それに、俺はクロードの野郎を倒したいんだ。二人は平瀬村を拠点にするみたいだから、一緒にいたらそれもできねえ。  ……だから、悪い。俺の我儘だけど、出来れば俺に付き合ってくれ」 再び頭を下げるチェスター。正直長々と喋られてもその気持ちはよく分からない。 だが反殺し合いの人間で、頭脳的で、なおかつ強大な力を持っているのだとしたら、そんな奴とは関わらない方がいいに決まっている。 自分が何人も殺した事に感づかれる恐れがあるうえに、最後の一人になるために“抜ける”ことが出来なさそうだからな。 かと言って十賢者すら蘇らせるような奴を倒せるとも思えないし、そもそも自分を倒せるような奴を参加させるほどルシファーとやらも馬鹿じゃあるまい。 そんな連中と組むにはリスクばかりが高すぎる。アシュトンは不満なようだが、平瀬村は避けた方が賢明だろう。 「おいおい、そんな顔するなよアシュトン。仲間が頭まで下げたんだ、付き合うしかないだろ」 「……分かりました。じゃあ、とりあえずは菅原神社ならどう?」 殺し合いに乗っているとはいえアシュトンはアシュトンか…… あのアシュトンが殺し合いに乗ったって言うから、てっきり「従わなければ殺す」ぐらいに理性がぶっ壊れたのかと思っていたが、意外とそうでもないらしい。 どちらの方が利用しやすいのかは分からないから素直に喜んでいいものか微妙だが。 「ああ、悪いな……俺はそれでOKだ」 「俺も異論はない」 さて、チーム全体の方針は決まったな。あとはチェスターをうまく騙して人数を減らしていくだけだな。 ……待ってろよ、ニーネ、エリス。絶対に家に帰るからな。 ☆  ★  ☆  ★  ☆ (やれやれ、困ったな) ホテル跡を離れ数十分。アシュトンは一人考えていた。 ボーマンにより二人と組む事になったのは構わない(むしろ有難い)のだが、如何せん彼らはクロードを敵対視している。 クロードの性格上、自分が生きて帰るために殺し合いに乗ることはまずないだろう。 だから「クロードが殺し合いに乗った」と聞いた者は誰しもが「クロードはレナのために殺し合いに乗った」と考える。 おそらくプリシスの耳に入った場合、プリシスだってそう思うだろう。そしてその心はきっとどうしようもないぐらい傷つくのだ。 その事がアシュトンには許せないのだ。その後自分の物になりやすいとしても、プリシスが傷づかないに越したことはない。 そのためにも、プリシスの一番になれるまではクロードがゲームに乗ったと耳に入れさせてはいけないのだ。 唯一の救いはプリシスとの合流まで時間があることだが、それまでに誤解を解けるかどうか…… (だけど……悪いことだけじゃなかったし、うまくやれば今まで以上にプリシスの役に立てるかもしれない) 殺し合いに乗ったからと言って気が強くなるわけでもなければ発言力が強くなるわけでもない。 アシュトンがチームの行動方針を無理矢理決めることはほぼ不可能だ。だが…… (ボーマンさんは僕達に嘘をついている) 考えていることを予測出来れば、個人単位でならそれとなく誘導できるかもしれない。 情報を武器と扱うなら、アシュトンの手には今『クロードの正体』いう最強の武器がある事になる。 先程チサト達がどうなったかを聞いた際にボーマンから引き出せた「二人はクロードに殺された」の言葉――これが嘘だというのはその時クロードと居た自分自身が一番良く分かっている。 こんな嘘をつく理由なんて猿にだって分かる。自分がチサトとガルヴァドスを殺したのだ。 それはつまり、クロードの無実を晴らすと同時にボーマンを敵に回すことを示している。 だが今のアシュトンにとって同盟を結びプリシスの笑顔のため利用できる参加者は貴重である。 クロードの無実をどのタイミングで晴らすべきか。そのことだけをアシュトンは考える。 早く解かねばならないが、極力長い事ボーマンを利用したい。さて、最良のタイミングは一体いつだろうか? (やれやれ、なかなか一人っきりにはなれそうもないし、これじゃあギョロとウルルンに意見を聞くこともできないや) そう、アシュトンは今ギョロとウルルンとコミュニケーションを取ることが出来ない。 二匹の声はボーマンたちには理解できないが、アシュトンの声は普通に聞こえてしまうのだ。 だから、彼らは一つになれない。二匹にとって目の前にいるのは、今までのように“言葉にしなくても考えの理解できるアシュトン”ではないのだから。 『首輪を狩る』 それが、彼らを繋ぐ共通の目的。 『プリシス・F・ノイマン』 それが、彼らに不協和音をもたらす存在。 (ふふ、でも頑張るよプリシス……君が笑顔でいてくれるなら、僕は何だって我慢できる……  僕が“一番”になれるまでプリシスの笑顔を守れる人がクロードしかいないって言うのなら、僕はよろこんでクロードを君に会わせるよ。  僕の“一番”は君なんだから。君の幸せは全部僕が叶えてあげるよ) ――プリシスのためなら死ぬことさえ辞さないアシュトン・アンカースは、およそ9時間後に訪れるであろう再会を糧に歩を進める。 (どうする……? アシュトンには悪いが、人間のために命を無駄に捨てる気はない。  ……何を考えているのか分からない以上、プリシスに会うのは得策じゃないだろう。下手なフォローは裏目に出かねない。ウルルンもそこは分かっているだろう。  赤髪の女を殺した後のように、なんとかしてプリシスに会わせないようにしなくてはな…… さっさと死んでくれるといいのだが……) ――死ぬつもりなど毛頭ないギョロは、プリシスが死ぬまでどのようにアシュトンを引き離しておくかを考える。 何かしら理由を考えてアシュトンを釜石村から遠ざけなければならない。アシュトンがプリシスのために自殺するのを避けるために。 そして同時にプリシスを失った際にどうフォローするかも考える。アシュトンがプリシスの後を追わないように。その後、プリシス蘇生のために優勝を目指すバーサーカーになるよう誘導する言葉を。 (クロードか……不味い事になったな。最後の数人での乱戦に縺れ込ませてその隙にプリシスを消すつもりだったが……  仮に本当にプリシスが殺し合いに乗っていたとしても、アシュトンと同じように『愛しい人を生き残らせる』ことを考えてる場合、その場にはプリシスだけでなくクロードもいることになる……  12時間経つというのに、奴は大きな傷を負っているように見えなかった……  消耗させた方がいいかもしれないが、奴は殺し合いを止める気でいる……仲間を集め立ちはだかれては分が悪い……  アシュトンが何を考えているのかは分からないが、クロードとプリシスは殺させてもらう、釜石村でッ) ――死ぬつもりなど毛頭ないウルルンは、アシュトンの生存の枷になる二人を如何にして殺すかを考える。 次で釜石村で会った時に、アシュトンに咎められぬよう出来るだけ事故を装うような形で殺す方法を。 そしてプリシスの蘇生を仄めかし、自分自身の生存を第一目標にさせる方法を。 彼らは、プリシスを中心にバラバラになりつつあった。 ☆  ★  ☆  ★  ☆ したくもない殺し合いを命じられた。別に誰が悪いわけでもないさ。 そう、バラバラの道を行く彼らだけど、根本にあることは何も変わっちゃいないんだ。 一人の勇者は同じ失敗を犯さないように何が何でも一人の大切な仲間を信じると決めて、 一人の剣士は二度と大切な人を失わないように折れかけの心に鞭を打ち、 一人の女性は大切な人を一人でも多く救うために感情を殺そうとし、 一人の夫は大切な家族を泣かせないために最善の選択を取り、 一人の青年はせめてこれ以上大切な者を殺されないように憎悪と殺意を原動力にし、 そして一人の男と二匹の龍は大切な者の笑顔と生存のために尽力しようとしている。 ただそれだけなのだ。誰もが皆、大切な人のために行動しているだけなのだ。 この中に誰か明確な悪人がいるわけじゃあない。これは倒すべき絶対悪がいる物語ではない。 ほんのちょっぴり個々の想いが強すぎて、不協和音を奏でてしまう。 要するに、これはそれだけの話なのだ。本当にただ、それだけの話。 【E-04/真夜中】 【アシュトン・アンカース】[MP残量:100%(最大130%)] [状態:疲労小、体のところどころに傷・左腕に軽い火傷・右腕にかすり傷(応急処置済み)、右腕打撲] [装備:アヴクール@RS、ルナタブレット、マジックミスト] [道具:無稼働銃、レーザーウェポン(形状:初期状態)、???←もともとネルの支給品一つ、首輪×3、荷物一式×2] [行動方針:第4回放送頃に釜石村でクロード・プリシスに再会し、プリシスの1番になってからプリシスを優勝させる] [思考1:プリシスのためになると思う事を最優先で行う] [思考2:チェスター・ボーマンを利用して首輪を集める] [思考3:菅原神社に向かう] [思考4:プリシスが悲しまないようにクロードが殺人鬼という誤解は解いておきたい] [備考1:ギョロとウルルンは基本的にアシュトンの意向を尊重しますが、プリシスのためにアシュトンが最終的に死ぬことだけは避けたいと思っています] [備考2:ギョロとウルルンはアシュトンが何を考えてるのか分からなくなるつつあります。そのためアシュトンとの連携がうまくいかない可能性があります] [現在位置:ホテル跡周辺。西] 【チェスター・バークライト】[MP残量:100%] [状態:全身に火傷、左手の掌に火傷、胸部に浅い切り傷、肉体的、精神的疲労(重度)、クロードに対する憎悪、無力感からくるクレスに対する劣等感] [装備:パラライチェック@SO2の紛い物(効果のほどは不明)、七色の飴玉(舐めてます)] [道具:スーパーボール@SO2、チサトのメモ、荷物一式] [行動方針:力の無い者を守る(子供最優先)] [思考1:クロードを見つけ出し、絶対に復讐する] [思考2:アシュトン・ボーマンと協力して弱い者や仲間を集める] [思考3:今の自分では精神的にも能力的にもただの足手まといなので、クレス達とは出来れば合流したくない] [思考4:菅原神社に向かう] [備考:チサトのメモにはまだ目を通してません] [現在位置:ホテル跡周辺。西] 【ボーマン・ジーン】[MP残量:40%] [状態:全身に打身や打撲 ガソリン塗れ(気化するまで火気厳禁)] [装備:フェイトアーマー@RS、バーニィシューズ] [道具:エンプレシア@SO2、調合セット一式、七色の飴玉×2@VP、荷物一式*2] [行動方針:最後まで生き残り家族の下へ帰還] [思考1:完全に殺しを行う事を決意。もう躊躇はしない] [思考2:アシュトン・チェスターを利用し確実に人数を減らしていく] [思考3:菅原神社に向かいながら安全な寝床および調合に使える薬草を探してみる] [備考1:調合用薬草の内容はアルテミスリーフ(2/3)のみになってます] [備考2:秘仙丹のストックが1個あります] [備考3:アシュトンには自分がマーダーであるとバレていないと思っています] [現在位置:ホテル跡周辺。西] 【F-02/夜中】 【クレス・アルベイン】[MP残量:30%] [状態:右胸に刺し傷・腹部に刺し傷・背中に袈裟懸けの切り傷(いずれも塞がっています)、HPおよそ15%程度、何も出来ていない自分に対する苛立ちと失望(軽度)] [装備:ポイズンチェック] [道具:なし] [行動方針:ルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考2:拠点になりそうな建物を探してそこで脱出に向けての話し合いをする] [思考3:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つ] [現在位置:平瀬村内北東部] 【マリア・トレイター】[MP残量:60%] [状態:右肩口裂傷・右上腕部打撲・左脇腹打撲・右腿打撲:戦闘にやや難有] [装備:サイキックガン:エネルギー残量[100/100]@SO2] [道具:荷物一式] [行動方針:ルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考2:拠点になりそうな建物を探してそこで脱出に向けての話し合いをする] [思考3:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つが、正直期待はしていない] [思考4:移動しても問題なさそうな装備もしくは仲間が得られた場合は平瀬村から出て仲間を探しに行くつもり] [現在位置:平瀬村内北東部] 【G-05/夜中】 【クロード・C・ケニー】[MP残量:85%] [状態:右肩に裂傷(応急処置済み、武器を振り回すには難あり)背中に浅い裂傷(応急処置済み)、左脇腹に裂傷(多少回復)] [装備:エターナルスフィア@SO2+エネミー・サーチ@VP、スターガード] [道具:昂魔の鏡@VP、首輪探知機、荷物一式×2(水残り僅か)] [行動方針:仲間を探し集めルシファーを倒す] [思考1:神塚山を反時計回りに移動するルートで仲間を集め、第4回放送までに釜石村に行きアシュトンとアシュトンの見つけた仲間達に合流する] [思考2:プリシスを探し、誤解を解いてアシュトンは味方だと分かってもらう。他にもアシュトンを誤解している人間がいたら説得する] [思考3:アーチェを追って誤解を解きたかったが何処へ逃げたか分からないうえ行動に疑問を感じているので、今はただ会える事を祈るのみ。会えたら誤解をちゃんと解こう] [思考4:第一回放送の禁止エリアの把握] [思考5:リドリーを探してみる] [現在位置:G-05、G-05とG-06の境界付近] [備考1:昂魔の鏡の効果は、説明書の文字が読めないため知りません] [備考2:第一回放送の内容の内、死亡者とG-03が禁止エリアという事は把握] 【残り29人】 ---- [[第97話(3)>不協和音 (3)]]← [[戻る>本編SS目次]] →[[第98話>光の勇者ジョーカーを引く]] |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|アシュトン|[[第103話>Start Up from Prolonged Darkness]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|チェスター|[[第103話>Start Up from Prolonged Darkness]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|ボーマン|[[第103話>Start Up from Prolonged Darkness]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|クレス|[[第104話>希望を胸に、精一杯生希望(生きよう)(前編)]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|マリア|[[第104話>希望を胸に、精一杯生希望(生きよう)(前編)]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|クロード|[[第98話>光の勇者ジョーカーを引く]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|COLOR(red):ノエル|―| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|COLOR(red):ロウファ|―|
**第97話 不協和音 (4) 迂闊だった。バーニィシューズという強力なカードを手に入れたせいで、楽観的になっていた。 少し考えれば分かることじゃないか。何故この事に思い至らなかったのか。 『秘仙丹を飲み爆死した友人を見て怒りに駆られたチェスターが、俺と出会った場所まで復讐を果たすためにやってくる』 ホテルに戻らなければ簡単に避けれたはずの些細なトラブル。 だが、遭遇してしまった“些細なトラブル”は“何としても崩さねばならない高い壁”へと切り替わる。 奴は情報を握っている。俺が殺し合いに乗ったという情報を。 その情報は、スタンスを偽り殺し合う気のない者の中に潜伏することを不可能にする最悪のカード。 これを使われると話が通じるかどうか怪しい殺し合う気の者のみとしか手を組めなくなる。 ただでさえ少ないカードをこれ以上減らされては堪らない。奴は始末する。今、ここで! (とは言ったものの、俺はこれ以上近付けないからな……あちらさんから来てもらうとするか) 考えてる内にチェスターの後姿が炎の中へと消えそうになる。これ以上中に入られたらまずい。 ガソリンのせいで近付けない以上、あちらから近づいてもらう必要がある。 放っておいて炎でやられるのを待ってもいいんだが、正面口以外から脱出された場合が厄介だ。 こちらは炎に近付けないせいで遠回りをしながら奴を追いかけるはめになる。 だから俺は足もとから適当にそれなりの大きさの石を拾い上げる。 コントロールには自信がないが、背中を狙えばどこかしらには当たるだろう。万が一外したとしても何かを投げられたことには気付くはずだ。 肉弾戦を主にやってるため遠くまで飛ばすだけの肩の力くらい持っている。 そして大きく振りかぶり、チェスター目掛けて投げつけた。 結果は予想外の大当たり。頭部という名の急所に当たるとは思わなかった。 当然こちらに気付いたチェスター。 思わぬ不意打ちを受けたからか、間抜けにも棒立ちになっている。こういう時に遠距離用の武器があればな……いや、なくてもガソリンさえなければ首枷で仕留めてやったのに。 「よう、数時間ぶりだな。金髪の兄ちゃんには会えたかチェスター?」 とにかく今はこちらに来てもらわない事には始まらない。 そう思い、これみよがしに笑顔を作り皮肉を言う。 金髪の青年の事を聞いた時の反応からして、チェスターは簡単に熱くなるタイプだ。ここまで小馬鹿にされてればキレて飛びかかってくるだろう。 手ぶらであるし、遠距離攻撃をされはしまいと踏み、木の陰から姿を現しとどめの一言を口にする。 「どうだ、俺の自慢の秘仙丹は効いたかい?」 しばしの沈黙。飛びかかってくるかと身構えていた俺には予想外の事だった。 チェスターが顔を上げる。くしゃくしゃになったその顔は、憐れになるほどみっともなかった。 「俺、俺……すまねぇ……あんたが折角くれたってのに、無駄にしちまった……  アーチェの奴が疲れてるみたいだからあげたら、すでにクロードの奴に何かされてたみたいで、爆発……しちまった……ッ!」 一体何を言っている? クロード、だと? もしかしてこいつは、俺が渡した秘仙丹の正体に気が付いてないのか? 何故クロードの仕業だと思っているのか分からないが、俺に対する敵意は全く感じられない。 それどころかむしろ俺の事を信頼しているようにも見える。 (おいおい、ひょっとしてこれはカミサマの贈り物ってやつか?) よほど辛い出来事だったのか、チェスターはアーチェという奴の死を口にすることで感情のコントロールが効かなくなったらしく、その場でしゃがみ込んでしまった。 おいおい、泣きながら地面を叩くとか、そういう青臭い事はもう少し安全な場面でやった方がいいんじゃないのか? 「おい、まずはこっちに来い! そのままじゃ焼け死んじまうぞ!」 折角手に入れたカードをみすみす手放すことなど出来やしない。まずはチェスターを安全な場所に移してからゆっくりと同盟を結べばいい。 奴は俺を疑ってはいないようだし、クロードの情報を与えれば喜んで仲間になりそうだ。 「チサトもガルヴァドスも死んだ! 俺だけはガソリンを引っ被りながらもガルヴァドスの技のおかげで助かったが、他の二人は助からなかった!」 最初にチェスターと会った時、あいつはホテルの方から来た。チサトと情報交換をしている可能性はかなり高い。 が、ガルヴァドスの方は見た目が見た目だ。どんな効果のある技を使えるのかまで把握してるほどコミュニケーションはとっていないだろう。 「ガルヴァドスによって脱出させられたなら、どうしてガルヴァドスが死んだと断言できるんだ」と言われたら反論できないのが難点だが、その時は単身チェスターに確認に行ってもらうだけだ。 チェスターという手駒を失うのは痛いが、そうなっても俺自身には被害は出ない。 もっとも、精神的に参っているらしいチェスターは「そうか……」とだけ呟いてとぼとぼと歩いて来たのでそんな考えは全くの徒労だったわけだが。 というか、分かったならサクサク動いてもらいたい。チンタラしてたら焼け死んでしまうぞ。 ……こんな状態じゃあガルヴァドスのデイパックは諦めた方が良さそうだな。 まぁそれでもいいさ。大して労せず仲間を得ることが出来たんだ。お釣りは十分くる。 まずは話を聞いてやり、それに合わせて二人の死をクロードのせいにする。それからクロードを倒すためという名目の元で協力させる。 ……悪く思うなよ、クロード。どうせお前は乗っちまってるんだ。恨むなら自分が乗ったことを知る人間を生かした己の甘さを恨んでくれ。 ☆  ★  ☆  ★  ☆ (いたぶって遊ぶようなマネは論外だよなあ、百害あって一利なしって感じだし) ホテル跡を目指しながら、僕は今後の戦い方を考える。 これまでのように自分が楽しむかのような戦い方をするわけにはいかない。あれは隙も大きくなるし無駄な体力を使ってしまう。 自分の命は、プリシスのために使わなくてはならないのだ。 自分の体力は、プリシスの夢を叶えるためだけに使わなくてはならないのだ。 弱者をいたぶる際の細やかな満足感のために時間とMPを使うなど、あってはならないことである。 (……それに、惨殺してやりたいほどの恨みがあるわけじゃないしね) 感情の高ぶりに身を任せて必要以上にいたぶった事には罪悪感を感じている。 そもそも、こんなことにならなければ恨みもない人間を自ら襲うなんてしない。人を斬ること自体別にそんなに好きじゃないのだ。 だからその点においても反省はしているし、悪かったなとも素直に思う。 素直に思うが、殺さなければよかったとは露ほども思わない。だって彼女達を殺したのは大切な人の笑顔を守るためなのだから。 (次からは首なり心臓なりを狙って楽に殺してあげなくっちゃ。そうすれば相手も苦しまないで済むし、僕も迅速に次の行動に移れる。うん、一石三鳥だ!) だから僕は決意する。もう二度と遊んだりなんかしないと。無駄な事は絶対にしないと。 そうでもしなくちゃ、プリシスの笑顔は守れないから。 「……そうだ。次の放送でどの道立ち止まらなきゃいけないし、その時にでも遺書を書こう!」 「ふぎゃ!?(遺書!?)」 「ふぎゃっふー!(何を考えているんだアシュトン!)」 あ、2人とも怒ってる。もしかして遺書を書いてすぐに死ぬとでも思っているのだろうか。 プリシスを置いてさっさと死ぬわけなんてないのに……ずっと一緒にいるんだから、そんなことぐらい言わなくっても分かってほしいな。 「考えたんだ、僕が殺しちゃった人達にお詫びをする方法を。  それでね、思い付いたんだけど、彼らにも家族や友達がいると思うんだ。  だから、あの旅で稼いだ僕のお金を、全額僕が殺しちゃった人達の大切な人が受け取れるように遺言を書いとこうかなと思って」 勿論、そんなことで罪が消えるわけではないけれど、やらないよりはいいだろうと思った。 殺したくないけど殺さなくっちゃいけないのなら、せめてこれくらいはしなくっちゃね! 「ふぎゃー……(アシュトン、お前……)」 「ふぎゃ、ふぎゃふ!(待て、誰かいる、それも二人だ!)」 何だ、生きてたのか。それが正直な感想だった。煙が立ち込めてたし、てっきりもうチサトさんは死んでるものだと思ってたけど。 まあでも、生きてたなら生きてたで利用法はある。さっきまでと違って、今の僕なら何でも上手く利用できる気がしている。愛の力は偉大ってことかな? とにかくチサトさんは生かしておこう。そしてクロードの誤解を解いて釜石村まで連れていくんだ。 そうすればきっとプリシスは喜んでくれる。プリシスの幸せが僕の幸せなように、クロードの幸せはきっとプリシスの幸せなんだ。 だからクロードの誤解を解いたことが分かれば喜ぶはずだし、目の前で首輪を取れば自分が殺したわけでもない死体から回収するなんてズルをしてないって証明にもなる。 チサトさんは道中で首輪集めるのに利用して釜石村でプリシスの目の前で死んでもらうとしよう。 勿論、痛くないように配慮して殺してあげる。それが誰にとっても幸せな選択肢だ。 (……それに、プリシスが変な誤解をして傷ついちゃったら嫌だしね) クロードはいい奴だ。ずっと旅してきたからよく分かる。彼は自分のために殺し合いに参加するような奴ではない。プリシスもそれは分かっているだろう。 だからもしクロードが殺し合いに乗る場合、それはやはり自分ではなく“他の誰か”のためなんだ。そしてその“誰か”は、まず間違いなくプリシスじゃない。 だからプリシスがその事を考えないよう、クロードが殺し合いに乗ってるなんて誤解は片っ端から解かねばならない。 そして、万が一耳に入ってた時の事を考えて誤解だったと証明してあげなくてはならない。 まったく、罪作りな男だね、クロードは。 「あれ……? ボーマンさん?」 敵意はない。そう示そうと敢えて堂々姿を見せたはいいものの、そこにいたのは見慣れぬ男とボーマンさんの二人だった。 化け物とやらの姿は勿論、チサトさんの姿もない。 「アシュトンか……」 どこか警戒したような雰囲気を出すボーマンさん。まあこの島では妥当な反応だろう。 隣にいる男はどこか呆けたようにこちらを見ている。その男の髪色は、クロードが言っていたチサトさんと共にクロードを襲った奴のそれだった。 (確かこの青い髪の男は殺し合いに乗ってない確率が高いんだったっけ……っていうことはボーマンさんも殺し合う気はないのかな?) 冷静に分析しながら二人を見る。 ボーマンさんはこちらの出方を窺うように、青髪の男は何かを考え込むようにしながら僕の方を見つめていた。 「アシュトン……お前はこのゲームに乗ってるのか?」 当然のように尋ねられる質問の答えを用意してなかった事に今更ながら気付いてしまう。 まいった、どうしよう。不誠実だろうがここは嘘をついて「乗っていない」と答えた方が得策だろうか。 悩んでいると、青髪の男が急にその目を見開いた。 「ドラゴンを……背負った男……ッ!」 男の顔が見る見る内に怒りに染まる。おかしいな、君とは初対面のはずなんだけど。僕、君に何かやったっけ? 考える間もなく、青髪の男が掴みかかって来た。勿論ぼけっと突っ立ってやられてあげるつもりはない。 バックステップで男と距離を取り、迎撃態勢に入る。 本当ならここで放ったドラゴンブレスが当たるものだと思っていたけど、ブレスを出すのが若干いつもより遅かったせいで当たらなかった。 もしかしたら二匹とも、僕にずっと付き合わせてたせいで体調不良なのかもしれない。 「いきなりどうしたんだチェスター!」 チェスターと呼ばれた青髪の男を押さえつけ、結果的に数秒遅れのドラゴンブレスからチェスターの命を救うことになったボーマンさんがチェスターに問う。 そこでチェスターから飛び出したのは、思いがけない言葉だった。 「そいつだ! アーチェを、アーチェを襲いやがった野郎は! 龍を背中に生やした男なんだッ!」 ……やれやれ。反省した途端、調子に乗って時のツケがきた。僕って本当についてないなあ。 まあ、今回は高い授業料だと思っておこう。実際アーチェとかいう女を逃がしたのは僕の責任でもあるんだから。 だからとりあえずチェスターとやらを説得して、それが無駄なら……さっき決めたように、素早く手際よく殺しちゃおう。 ☆  ★  ☆  ★  ☆ こんなにも幸運が続いていいのだろうか? チェスターは俺が思う以上にいい情報を持っていた。 (おいおい、あのアシュトンが乗ってたってマジかよ……) アシュトンはてっきり殺し合い反対派だと思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。 チェスターが叫んでいる言葉を鵜呑みにするなら、アシュトンはアーチェとやらの仲間を二人も惨殺したらしい。 見たところ使い慣れていないであろう両手剣なのに二人もの人間を殺せたのなら上出来じゃないか。正直、ここで手放すには惜しい存在だ。 アシュトンには少しでも多く殺してもらわなくちゃいけない。 すでにこれだけの傷だ、俺と戦う事になる前にはくたばってくれるだろう。万が一死ななくても重症のアシュトンになら勝てるはずだ。 「待て、チェスター、落ち着くんだ! お前は実際にアシュトンが殺すところを見たわけじゃあないんだろ?」 「くっ……確かにそうだけどよ、アイツは言ってたんだ、二匹の龍を背負った男に襲われたって!」 先程から叫んでいる内容は、アーチェという少女から聞いたものに過ぎないようだ。それも、外見的特徴しか聞いていないらしい。 「あのなぁチェスター。お前さんの常識ではどうか知らんが、背中に龍を背負った奴なんて山一つ越えりゃたくさんいるぞ」 呆れたような声を出す。少しわざとらしすぎた気もするが、チェスターはその事に違和感を覚えることなく「どういう意味だよ」と返してきた。 「お前の住んでる地域ではどうなのか知らんが、俺の住んでる国には龍を背負ったタルルートっていう種族がいるんだよ」 勿論嘘だ。そんな部族はいやしない。種族の名前なんざアシュトンが樽好きだったことを思い出して咄嗟に付けた適当極まりない名前だ。 だが、チェスターにはそんなこと分かりっこない。言っちゃ悪いが頭の方は良くなさそうだし、世界中の民族を暗記しているなんてことまず無いだろう。 「……くそっ、悪かったよ!」 バツが悪そうにチェスターが言う。どうやら疑いながらも納得してくれたようだ(もっとも、納得がいかなくてもこう言うしかないだろうが) 「……ボーマンさん?」 不思議そうにアシュトンが呟きを漏らす。まあそれも仕方がないだろう。嘘をついてまで殺し合いに乗ってると言われた人物を庇う理由など普通はないのだ。 「ま、これから俺達は仲間になるんだ。仲良くやろうじゃないか」 その疑問を解決するため、チェスターの肩に手を置いてからアシュトンの方へと歩み寄る。 そして耳元で囁いてやった。「事情は分からないが、信じているからな」と。 これでいい。これでアシュトンは俺の事を“限りなく怪しくてもかつての仲間をどんな信じようとする馬鹿”と見てくれるはずだ。 それでいい。アシュトンには『利用しやすい奴』と思い込ませておく。 「いつでも始末出来て、今はまだ使えている」と思われてるうちはアシュトンに襲われる事もないだろう。 アシュトンへの耳打ちを終えると、わざとらしく肩を組みチェスターの所まで連れて行く。 「今さっきの事は互いに忘れろ。もう俺達はチームだ。強敵であるクロードを倒すための、な」 「……ああ、そうだな。悔しいが、俺一人じゃアイツを倒せそうにねえ。力を貸してくれ」 弱弱しく頭を下げるチェスター。その無様な姿がとても憐れで、クロード討伐ぐらいは本当に付き合ってやろうとさえ思えてきた。 「ああ、勿論だ」 当然こう返事をしておく。ようやく強者ともそれなりに渡り合えるカードを手中に収めたのだ、自らカードの機嫌を損ねる事はない。 「……そう、だね」 アシュトンの返事が歯切れ悪い。相手がクロードということもあって気圧されたか? もしくはチサトを殺すまでの俺みたいにかつての仲間を殺めることには抵抗があるのか…… まぁどちらだろうが関係ない。戦闘で壁としてきっちり働いてもらえばいいのだ。 「ああ、そうだ、誰か弓支給されてないか?」 思い出したようにチェスターが呟く。が、生憎二人とも首を横に振るだけだった。 「……なあ、チェスター、言わなくちゃいけないことがある」 「ん?」 「俺達は弱い。仲間を守ってやれる余裕なんかないほどに。だから今こうしてチームを組んでクロードに挑もうとしている」 チェスターにハッキリ言わなくてはいけないこと。それはチームを組む最大のデメリットである支給品の再分配について。 チーム全体の利益が最大になるよう分配すると、アシュトンにバーニィシューズを譲渡するはめになる。下手したらフェイトアーマーもだ。 折角得たバーニィシューズを手放す程俺は馬鹿じゃあない。 「俺達は戦闘の時自分の身を自分で守らなくちゃならない。なら支給品をどうするかは各自の自由だ。自分の身を守るのに必要だと思う者は無理に譲らなくてもいい」 「で、でもよ、折角仲間になったんだから……」 「ああ、だからまずは要らないと思った物だけを互いに挙げよう。そして合意が取れればそれらを交換すればいい」 あくまで等価交換。その言葉にチェスターは不満そうだが気に留めず話を進める。 「で、俺はパラライチェックと七色の飴玉とかいうアイテムを要らないと思ってる。チェスターは何かないのか、交換に出してもいいアイテムは」 効果が期待できないパラライズチェックとどんな成分なのか一切不明な怪しい飴玉。 後者はともかく、うまくいけば前者の方は何かしらと交換できるかもしれない。 「……俺は弓も持ってないし、何でも交換していい」 そう言ってチェスターはデイパックからアイテムを出す。 地べたに置かれたアイテムは、スーパーボールに、それから…… 「エンプレシアか」 エンプレシア。レナが使っていたナックルだ。 サイズが若干きついかもしれないが、ナックルは俺の待ち望んでいた武器だ。これを逃す手はない。 「チェスター、悪いがこいつをパラライチェックと交換しないか? 何なら飴玉も全部やる」 気分が明るくなる薬物でも仕込まれているであろう飴玉は砕けば調合に使えたかもしれないが、エンプレシアと交換なら惜しくない。 何としてもここは武器を手に入れなくては…… 「ん、ああ……あんたに任せるよ」 「おいおい……いいのか、そんな適当で」 言いながらもしっかりエンプレシアを試着する。 うーん、やはり少しばかりきついな。あまり長い間装備していると拳を痛めそうだ。 「ああ、ここ来るまでの旅じゃ仲間に要らないアイテムを譲るのは当たり前だったからよ……  まあ、今思えばそういう風潮もクレスがリーダーをやってたからかもしれねえけど、俺はそういう方が気楽だから」 どうやらチェスターはかつての冒険の時と同じように在りたいらしい。甘い考えだ。 言えばスーパーボールもくれそうだが、そうしてしまったらチェスターが戦力外になるのでやめておく。 この場でチェスターを殺してアシュトンとだけ組んでもいいが、アシュトンが俺を殺そうとしてきた場合サシだと少々分が悪い。 チェスターには最小限の武装だけを与えておくのが得策だろう。 「ああ、そうだ。この飴玉は今舐めておけ。気分が明るくなるそうだ。仲間が死んで辛いのは分かるが、塞ぎ込んでちゃやれるものもやれなくなる」 足を引っ張らないように、というのもあるが、それ以上にこの怪しいアイテムの実験台にするためにチェスターに七色の飴玉を勧める。 チェスターは特に警戒をすることもなく言われるがままに飴玉を舐めはじめた。即効性はなさそうだが……まあ様子見だろう。 「アシュトンは何かないのか、要らない物」 「……ないですよ。それに僕は今の武器でも何とかやれますから」 やれやれ、殺し合いに乗ってるだけあって上辺の付き合いもする気はないってか。 ま、確かに上辺だけでも仲良くしちまうと殺すのがつらくなるからな……だが俺はもう躊躇わない。家族の元に帰るためなら何だってやってやるさ。 「それより早く移動しましょう。平瀬村には人もいそうですし、放送までには探索を終えちゃいたいですから」 アシュトンの提案に反対する理由は特にない。実際拠点にもってこいな村には獲物が少なからずいるだろう。 貧弱な武装で釜石村に向かおうとした時と違い、今の俺には仲間も武器もある。よほどの強敵と当たらない限り死ぬことはないだろう。 チェスターが殺し合いに乗り気じゃないっぽいのが難点だが……思考能力は低下しているようだし、うまく言いくるめられるかもしれない。 「あ……悪い。俺、平瀬村には行きたくねえんだ」 が、平瀬村行きは予想外にもチェスターの反対にあってしまう。アシュトンが露骨に不満を顔に出した。こんな状況でも分かりやすい奴だ。 「その、仲間が二人ほどいるんだけどよ、なんっつーかさ、あの二人は俺なんかより全然凄いっていうか、見てるものが違うっていうか……  脱出のため何を優先すべきかが分かってるって言えばいいのかな。  とにかく、今の俺じゃあ奴らの力になれそうにないんだ。それどころか足を引っ張るかもしれない。だから合流したくねえ。  それに、俺はクロードの野郎を倒したいんだ。二人は平瀬村を拠点にするみたいだから、一緒にいたらそれもできねえ。  ……だから、悪い。俺の我儘だけど、出来れば俺に付き合ってくれ」 再び頭を下げるチェスター。正直長々と喋られてもその気持ちはよく分からない。 だが反殺し合いの人間で、頭脳的で、なおかつ強大な力を持っているのだとしたら、そんな奴とは関わらない方がいいに決まっている。 自分が何人も殺した事に感づかれる恐れがあるうえに、最後の一人になるために“抜ける”ことが出来なさそうだからな。 かと言って十賢者すら蘇らせるような奴を倒せるとも思えないし、そもそも自分を倒せるような奴を参加させるほどルシファーとやらも馬鹿じゃあるまい。 そんな連中と組むにはリスクばかりが高すぎる。アシュトンは不満なようだが、平瀬村は避けた方が賢明だろう。 「おいおい、そんな顔するなよアシュトン。仲間が頭まで下げたんだ、付き合うしかないだろ」 「……分かりました。じゃあ、とりあえずは菅原神社ならどう?」 殺し合いに乗っているとはいえアシュトンはアシュトンか…… あのアシュトンが殺し合いに乗ったって言うから、てっきり「従わなければ殺す」ぐらいに理性がぶっ壊れたのかと思っていたが、意外とそうでもないらしい。 どちらの方が利用しやすいのかは分からないから素直に喜んでいいものか微妙だが。 「ああ、悪いな……俺はそれでOKだ」 「俺も異論はない」 さて、チーム全体の方針は決まったな。あとはチェスターをうまく騙して人数を減らしていくだけだな。 ……待ってろよ、ニーネ、エリス。絶対家に帰るからな。 ☆  ★  ☆  ★  ☆ (やれやれ、困ったな) ホテル跡を離れ数十分。アシュトンは一人考えていた。 ボーマンにより二人と組む事になったのは構わない(むしろ有難い)のだが、如何せん彼らはクロードを敵対視している。 クロードの性格上、自分が生きて帰るために殺し合いに乗ることはまずないだろう。 だから「クロードが殺し合いに乗った」と聞いた者は誰しもが「クロードはレナのために殺し合いに乗った」と考える。 おそらくプリシスの耳に入った場合、プリシスだってそう思うだろう。そしてその心はきっとどうしようもないぐらい傷つくのだ。 その事がアシュトンには許せないのだ。その後自分の物になりやすいとしても、プリシスが傷づかないに越したことはない。 そのためにも、プリシスの一番になれるまではクロードがゲームに乗ったと耳に入れさせてはいけないのだ。 唯一の救いはプリシスとの合流まで時間があることだが、それまでに誤解を解けるかどうか…… (だけど……悪いことだけじゃなかったし、うまくやれば今まで以上にプリシスの役に立てるかもしれない) 殺し合いに乗ったからと言って気が強くなるわけでもなければ発言力が強くなるわけでもない。 アシュトンがチームの行動方針を無理矢理決めることはほぼ不可能だ。だが…… (ボーマンさんは僕達に嘘をついている) 考えていることを予測出来れば、個人単位でならそれとなく誘導できるかもしれない。 情報を武器と扱うなら、アシュトンの手には今『クロードの正体』いう最強の武器がある事になる。 先程チサト達がどうなったかを聞いた際にボーマンから引き出せた「二人はクロードに殺された」の言葉――これが嘘だということは、二人の死亡時刻にクロードと一緒に居た自分自身が一番良く分かっている。 そして、こんな嘘をつく理由なんて猿にだって分かる。嘘を吐いたボーマンこそがチサトとガルヴァドスを殺害した犯人なのだ。 それはつまり、クロードの無実を晴らすと同時にボーマンを敵に回すことを示している。 だが今のアシュトンにとって同盟を結びプリシスの笑顔のため利用できる参加者は貴重である。 クロードの無実をどのタイミングで晴らすべきか。そのことだけをアシュトンは考える。 早く解かねばならないが、極力長い事ボーマンを利用したい。さて、最良のタイミングは一体いつだろうか? (やれやれ、なかなか一人っきりにはなれそうもないし、これじゃあギョロとウルルンに意見を聞くこともできないや) そう、アシュトンは今ギョロとウルルンとコミュニケーションを取ることが出来ない。 二匹の声はボーマンたちには理解できないが、アシュトンの声は普通に聞こえてしまうのだ。 だから、彼らは一つになれない。二匹にとって目の前にいるのは、今までのように“言葉にしなくても考えの理解できるアシュトン”ではないのだから。 『首輪を狩る』 それが、彼らを繋ぐ共通の目的。 『プリシス・F・ノイマン』 それが、彼らに不協和音をもたらす存在。 (ふふ、でも頑張るよプリシス……君が笑顔でいてくれるなら、僕は何だって我慢できる……  僕が“一番”になれるまでプリシスの笑顔を守れる人がクロードしかいないって言うのなら、僕はよろこんでクロードを君に会わせるよ。  僕の“一番”は君なんだから。君の幸せは全部僕が叶えてあげるよ) ――プリシスのためなら死ぬことさえ辞さないアシュトン・アンカースは、およそ9時間後に訪れるであろう再会を糧に歩を進める。 (どうする……? アシュトンには悪いが、人間のために命を無駄に捨てる気はない。  ……何を考えているのか分からない以上、プリシスに会うのは得策じゃないだろう。下手なフォローは裏目に出かねない。ウルルンもそこは分かっているだろう。  赤髪の女を殺した後のように、なんとかしてプリシスに会わせないようにしなくてはな…… さっさと死んでくれるといいのだが……) ――死ぬつもりなど毛頭ないギョロは、プリシスが死ぬまでどのようにアシュトンを引き離しておくかを考える。 何かしら理由を考えてアシュトンを鎌石村から遠ざけなければならない。アシュトンがプリシスのために自殺するのを避けるために。 そして同時にプリシスを失った際にどうフォローするかも考える。アシュトンがプリシスの後を追わないように。その後、プリシス蘇生のために優勝を目指すバーサーカーになるよう誘導する言葉を。 (クロードか……不味い事になったな。最後に数人での乱戦に縺れ込ませてその隙にプリシスを消すつもりだったが……  仮に本当にプリシスが殺し合いに乗っていたとしても、アシュトンと同じように『愛しい人を生き残らせる』ことを考えてる場合、その場にはプリシスだけでなくクロードもいることになる……  12時間経つというのに、奴は大きな傷を負っているように見えなかった……プリシスはともかく、クロードをどさくさで殺すのは骨が折れるぞ……  しばらく放置して消耗させた方が殺しやすくなるかもしれないが、奴は殺し合いを止める気でいる……与えた時間で仲間を集めて立ちはだかれては分が悪い……  アシュトンが何を考えているのかは分からないが、クロードとプリシスはすぐにでも殺させてもらう、鎌石村でッ) ――死ぬつもりなど毛頭ないウルルンは、アシュトンの生存の枷になる二人を如何にして殺すかを考える。 次で鎌石村で会った時に、アシュトンに咎められぬよう出来るだけ事故を装うような形で殺す方法を。 そしてプリシスの蘇生を仄めかし、自分自身の生存を第一目標にさせる方法を。 彼らは、プリシスを中心にバラバラになりつつあった。 ☆  ★  ☆  ★  ☆ したくもない殺し合いを命じられた。別に誰が悪いわけでもないさ。 そう、バラバラの道を行く彼らだけど、根本にあることは何も変わっちゃいないんだ。 一人の勇者は同じ失敗を犯さないように何が何でも一人の大切な仲間を信じると決めて、 一人の剣士は二度と大切な人を失わないように折れかけの心に鞭を打ち、 一人の女性は大切な人を一人でも多く救うために感情を殺そうとし、 一人の夫は大切な家族を泣かせないために最善の選択を取り、 一人の青年はせめてこれ以上大切な者を殺されないように憎悪と殺意を原動力にし、 そして一人の男と二匹の龍は大切な者の笑顔と生存のために尽力しようとしている。 ただそれだけなのだ。誰もが皆、大切な人のために行動しているだけなのだ。 この中に誰か明確な悪人がいるわけじゃあない。これは倒すべき絶対悪がいる物語ではない。 ほんのちょっぴり個々の想いが強すぎて、不協和音を奏でてしまう。 要するに、これはそれだけの話なのだ。本当にただ、それだけの話。 【E-04/真夜中】 【アシュトン・アンカース】[MP残量:100%(最大130%)] [状態:疲労小、体のところどころに傷・左腕に軽い火傷・右腕にかすり傷(応急処置済み)、右腕打撲] [装備:アヴクール@RS、ルナタブレット、マジックミスト] [道具:無稼働銃、レーザーウェポン(形状:初期状態)、???←もともとネルの支給品一つ、首輪×3、荷物一式×2] [行動方針:第4回放送頃に鎌石村でクロード・プリシスに再会し、プリシスの1番になってからプリシスを優勝させる] [思考1:プリシスのためになると思う事を最優先で行う] [思考2:チェスター・ボーマンを利用して首輪を集める] [思考3:菅原神社に向かう] [思考4:プリシスが悲しまないようにクロードが殺人鬼という誤解は解いておきたい] [備考1:ギョロとウルルンは基本的にアシュトンの意向を尊重しますが、プリシスのためにアシュトンが最終的に死ぬことだけは避けたいと思っています] [備考2:ギョロとウルルンはアシュトンが何を考えてるのか分からなくなるつつあります。そのためアシュトンとの連携がうまくいかない可能性があります] [現在位置:ホテル跡周辺。西] 【チェスター・バークライト】[MP残量:100%] [状態:全身に火傷、左手の掌に火傷、胸部に浅い切り傷、肉体的、精神的疲労(重度)、クロードに対する憎悪、無力感からくるクレスに対する劣等感] [装備:パラライチェック@SO2、七色の飴玉(舐めてます)] [道具:スーパーボール@SO2、チサトのメモ、荷物一式] [行動方針:力の無い者を守る(子供最優先)] [思考1:クロードを見つけ出し、絶対に復讐する] [思考2:アシュトン・ボーマンと協力して弱い者や仲間を集める] [思考3:今の自分では精神的にも能力的にもただの足手まといなので、クレス達とは出来れば合流したくない] [思考4:菅原神社に向かう] [備考:チサトのメモにはまだ目を通してません] [現在位置:ホテル跡周辺。西] 【ボーマン・ジーン】[MP残量:40%] [状態:全身に打身や打撲 ガソリン塗れ(気化するまで火気厳禁)] [装備:フェイトアーマー@RS、バーニィシューズ] [道具:エンプレシア@SO2、調合セット一式、七色の飴玉×2@VP、荷物一式*2] [行動方針:最後まで生き残り家族の下へ帰還] [思考1:完全に殺しを行う事を決意。もう躊躇はしない] [思考2:アシュトン・チェスターを利用し確実に人数を減らしていく] [思考3:菅原神社に向かいながら安全な寝床および調合に使える薬草を探してみる] [備考1:調合用薬草の内容はアルテミスリーフ(2/3)のみになってます] [備考2:秘仙丹のストックが1個あります] [備考3:アシュトンには自分がマーダーであるとバレていないと思っています] [現在位置:ホテル跡周辺。西] 【F-02/夜中】 【クレス・アルベイン】[MP残量:30%] [状態:右胸に刺し傷・腹部に刺し傷・背中に袈裟懸けの切り傷(いずれも塞がっています)、HPおよそ15%程度、何も出来ていない自分に対する苛立ちと失望(軽度)] [装備:ポイズンチェック] [道具:なし] [行動方針:ルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考2:拠点になりそうな建物を探してそこで脱出に向けての話し合いをする] [思考3:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つ] [現在位置:平瀬村内北東部] 【マリア・トレイター】[MP残量:60%] [状態:右肩口裂傷・右上腕部打撲・左脇腹打撲・右腿打撲:戦闘にやや難有] [装備:サイキックガン:エネルギー残量[100/100]@SO2] [道具:荷物一式] [行動方針:ルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考2:拠点になりそうな建物を探してそこで脱出に向けての話し合いをする] [思考3:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つが、正直期待はしていない] [思考4:移動しても問題なさそうな装備もしくは仲間が得られた場合は平瀬村から出て仲間を探しに行くつもり] [現在位置:平瀬村内北東部] 【G-05/夜中】 【クロード・C・ケニー】[MP残量:85%] [状態:右肩に裂傷(応急処置済み、武器を振り回すには難あり)背中に浅い裂傷(応急処置済み)、左脇腹に裂傷(多少回復)] [装備:エターナルスフィア@SO2+エネミー・サーチ@VP、スターガード] [道具:昂魔の鏡@VP、首輪探知機、荷物一式×2(水残り僅か)] [行動方針:仲間を探し集めルシファーを倒す] [思考1:神塚山を反時計回りに移動するルートで仲間を集め、第4回放送までに鎌石村に行きアシュトンとアシュトンの見つけた仲間達に合流する] [思考2:プリシスを探し、誤解を解いてアシュトンは味方だと分かってもらう。他にもアシュトンを誤解している人間がいたら説得する] [思考3:アーチェを追って誤解を解きたかったが何処へ逃げたか分からないうえ行動に疑問を感じているので、今はただ会える事を祈るのみ。会えたら誤解をちゃんと解こう] [思考4:第一回放送の禁止エリアの把握] [思考5:リドリーを探してみる] [現在位置:G-05、G-05とG-06の境界付近] [備考1:昂魔の鏡の効果は、説明書の文字が読めないため知りません] [備考2:第一回放送の内容の内、死亡者とG-03が禁止エリアという事は把握] 【残り29人】 ---- [[第97話(3)>不協和音 (3)]]← [[戻る>本編SS目次]] →[[第98話>光の勇者ジョーカーを引く]] |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|アシュトン|[[第103話>Start Up from Prolonged Darkness]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|チェスター|[[第103話>Start Up from Prolonged Darkness]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|ボーマン|[[第103話>Start Up from Prolonged Darkness]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|クレス|[[第104話>希望を胸に、精一杯生希望(生きよう)(前編)]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|マリア|[[第104話>希望を胸に、精一杯生希望(生きよう)(前編)]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|クロード|[[第98話>光の勇者ジョーカーを引く]]| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|COLOR(red):ノエル|―| |[[第97話(3)>不協和音 (3)]]|COLOR(red):ロウファ|―|

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: