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**第108話 Your truth is my false(後編) 後ろでのほほんとしているクレスが憎たらしい。 ミランダを納得させるための演技だとはいえ、私が必死に恥ずかしい真似をしているのに、 当の本人は他人事のように不思議な顔をしている。 「変なミランダだな。いきなり何を…」 「君は黙っていてくれる」 「ひえっ!! もしかして…マリアさん怒っています?」 「別に」 ドンと大きくベッド上に腰掛けるとマリアはクレスを睨み付ける。 クレスは蛇に睨まれた蛙のようにカチンコチンに固まってしまった。 思いのほか固まってしまったクレスのことを見ると、マリアは「こんなことがしたいわけじゃないのに」と嘆息を漏らす。 でも、そうは言ってられない。 マリアはパックから筆記用具と紙を取り出すと、落ち込んでいるクレスに放り渡す。 慌ててクレスはそれをキャッチすると声を噤みそうになるが。 口元に人差し指を立て、『静かにして』と合図を送る。 『これから重要な話をするわ、たぶん盗聴されている可能性があるから筆談でお願い』 一瞬の動揺の後、乾いた笑みを浮かべるクレス。 そんなクレスにじとと痛い視線を浴びせるとすぐに枯れた笑いを引っ込め、 ペンを手に取り字を走らせ、『本当ですか?』と紙を向ける。 クレスの疑問にマリアはええと頷く。 『私が書き出すことに絶対に驚かないで欲しい』 前書きを書き出すと、マリアは盗聴されている根拠を書き出す。 ルシファーが大人しく高みの見物しているとは思えない、何らかの形で私たちの監視をしている、 とマリアは順を追って説明する。まず、一番の根拠は死亡者の順番だ。 放送のたびに死亡者の名前が読み上げられるが、 その順番に名簿順ではなく、バラバラに読み上げられている。 先のミラージュの件にしろ、その違和感は拭いきれない。 たぶんルシファーは死亡した順番どおりに読み上げていると考察する。 なら、どうやって死亡した順番を確認できるのであろうか? カメラはないと踏む。大規模な戦闘が起きれば何らかの拍子で破壊されてしまう可能性がある。 私たちの安否確認するなら、首輪が適任だろう。 そこに何らかの機能を施しているに間違いないとマリアは睨んだ。 この首輪にはカメラのレンズのようなものは付いていない。 カメラに代わる物、盗聴器なら、しっくり来る答えだ。 はクレスに伝え終えると、クレスはマリアの的確な考察に感動した。 『凄いですね。マリアさん、感動しました』 でも、クレスには一つ疑問が残る。こんな重要な話なのに、どうしてミランダがいないんだ。 クレスは疑問を伝えようとするが、マリアは答えをあらかじめ用意していたようにそれを遮った。 『驚くのはまだ早いわ。これはまだ前菜にすぎない。  本当に重要な話はこれから。これだけは君にしか伝えられない。  なんせ、これには私たちの未来がかかっているから』 最後に『覚悟はいい?』と書き出すと、クレスは小さく頷いた。 『まず、世界を消去するルシファーを倒して、エターナルスフィア(ES)は救われたところまで話したわね?』 クレスはコクリと首を縦に振って肯定の意を示す。 『確かにルシファーは倒され、ESは救われた“かもしれない”』 『かもしれない?』 『結果だけを見れば、私たちはFD人の支配から逃れ、独立したように見えるわ。  だけど、それは違う。君には話していないけど、ESはルシファーによって滅ぼされた』 いきなり突きつけられたマリアの言葉に目を丸くさせる。 『どういうことです? 僕には意味が分かりません』 『言葉通りの意味よ。世界は跡形もなく消滅したってこと。  それ以上説明は要るかしら』 クレスはマリアの妄言とも言える言葉に息を飲む。 『世界がなくなったのにどうして僕たちがここにいるんですか?  マリアさんの話が本当なら、僕たちはとっくに』 『確かに世界が無くなったら、私たちの存在はそこには無くなるはずよね?  私たち自身もESが消去されたと時、覚悟したわ』 マリアは記憶をたどりながら、あの出来事を思い出していく。 ルシファーの最後の抵抗により、ES崩壊とともに消えていく、自分と仲間たち。 足元から何もなかったように自分たちは消去されていった。 あの感覚は忘れない。自分が消えていく感覚は今でもありありと覚えている。 私たちは完全にルシファーによって消されたのだ。 でも……。 『でも、私たちは生きていた。変な話よね。  世界がなくなったのに、私たちが存在しているなんて』 『そうです。だから、マリアさんの勘違いといえなくありませんか?』 『そこで私たちはなぜ存在しているかをデカルト的な解釈で結論づけたわ』 『デカルト?』 『地球の有名な哲学者、彼の説明は長くなるから省くけど。  彼の言葉に“我思う、ゆえに我あり”という言葉があるわ。  簡単に説明すると、たとえ世界が虚構であっても、  その存在を疑っている意識の自分という存在は否定できないという考え方よ』 『ええっと、つまり、世界が“偽物”でも、自分が認識している限りその世界は“本物”だと言うことですか』 『ちょっと、違うような気がするけど。私が言いたいのはそんなところ。  私は哲学者じゃないから深くは分からないけど、大体そんな感じに踏まえて置いて』 マリアはペットボトルに口をつけ一息付くと、話を続ける。 『あの時は、混乱気味だったし、助かった安堵から深くは考えなかった。  けど…改めてこの考えは直さないといけない』 『どうしてです?』 『この説だと、ルシファーの存在が不可解になってしまう。  FD人であるルシファーは――――なぜ私たちに干渉できるという疑問が出てくるわ。  ESは消滅したはずなのに。  FD人にとって“無”となったモノになぜ干渉できるか?』 『実のところ…ESは崩壊していなかった?』 『その説も否定できないけど……私は覚えている…自分が消えてなくなる感覚を。  だから、私は“ESが崩壊している”という前提の基で新しい説を唱えるわ。  私たちはルシファーに“滅ぼされたES”ではなく、  ルシファーに“滅ぼされなかったES”に存在している。    ―――――ESの平行世界(パラレルワールド)に存在しているという説よ』 平行世界。マリア自信も懐疑的だが、何故だがそう考えてしまう。 どこかで、様々な世界で暮らす私を見たような気がしたから。 白い記憶が、そんな閃きを与えるのだ。 『ブレアは以前言っていたわ。  “ESはすでにFD空間からの制御を放れ、別の空間になっている”と。  それに加え、  “私たちの世界からエターナルスフィアへの一方的な干渉は行うことができなくなっている”  とも、彼女は言っていた。  上記の言葉はあの創造主であるルシファーすら、反論できずにあぐねていたからたぶんは真実だと思う。  すでにESは独立していた。だから、私たちはFD世界から干渉できるESが崩壊した瞬間、  その意識は別の平行世界のESへと移行したと考えられる』 クレスはマリアの話に度肝を抜かれる。 あまりにも突拍子もない話に思考が追いつかなくなる。が必死に思考をフル回転させる。 『ブレアの言葉はさらにある説を教えてくれる。  FD空間からES世界に“一方的な干渉はできない”という説が新たに浮上するわ』 『確かに、マリアさんの平行世界説はもっともらしいですよ。  でも、もう一つの方はありえません。現に僕たちは一方的に干渉されています。  僕たちは何気ない日常から突然こんなところに集められました。  この状況こそ、その説を真っ向から否定できます』 『君の言う通り、私たちは一方的な干渉を受けている。  だけど“ある条件”を満たせば“一方的に干渉できない”ルールは破られる。  その条件とは――――ルシファーがESの深層まで潜り込んだときのみ解除されると考えられる』 マリアは細かく説明する。 かつて、エクスキューショナーが送り込まれた時、私たちはFD空間に潜り込んで、それを阻止しようとした。 エクスキューショナーは所詮バグを取り除くためのプログラムでしかない。 FD人自身が直接、私たちに危害を加えるわけではない。 あくまで、本来あったプログラムを発動させただけの『間接的な行為』だ。 だから、私たちは直接ES内でアンインストーラーを起動させ、そのプログラムを削除させたのだが。 思わぬところで、邪魔が入った。それはルシファーがES内の深層から新しいプログラムを起動し、それを妨害したのだ。 それはもう間接の域を超え、『直接的な行為』となっている。 他にも、ルシファーはブレアの偽者を作ることに成功している。 ESの深層に潜り込めば、何もかもが可能になるのだろう。 創造という神の領域すらも。 『つまり、マリアさんが言うには、ルシファーは深層に潜り込んで僕たちに干渉している。  でも、矛盾しませんか。マリアさんの話だとルシファーはES崩壊とともに死んだはずでは…』 『私たちはルシファーを倒すことには成功した。だけど、殺してはいないわ。  あくまで私たちはES崩壊に巻き込まれ、死んだと思っていただけ』 一度マリアたちはルシファーの横暴を阻止することに成功しているのだ。 だが、自棄になったルシファーは直接マリアたちというバグを消去するのではなく、ESごと消去させる 暴挙に出る。 『では、ルシファーは僕たちと同じように、平行世界のESに移行した?』 『それは違うはず、私たちはESの住人だけど、ルシファーはFD人。  崩壊に巻き込まれれば死を意味するはず』 『ならどうして、ルシファーは僕たちに干渉できるのですか?』 崩壊の直前まで付き添ってくれたブレアも死を恐れたのか最後にはいなくなっていた。 FD空間に帰っていたのだろう。そのときの最後の言葉が頭の中で反芻する。 『崩壊の直前、ブレアはルシファーに向かってこう言っていたわ。  “エターナルスフィアに精神を投影したまま、こんなことをすれば兄さんもただではすまない”と。  そして、その瞬間、私たちの最終決戦がはじまるわけだけど』 そのときのルシファーの力は異常であった。 以前には無かった得体の知れない力を奮い、私たちに立ち向かってきたのだ。 今思い出すと、ルシファーは何故、最後の最後にあれだけの力を手に入れたのか。 疑問に思っていたのだが、ここに来てようやく分かった。 『ルシファーが生きている理由。それは――――』 ブレアの言葉が本当なら、この答えにしかたどり着けない。 マリアは自分で考察したとはいえ汗が滲み出る。それほど、この考察は突飛もない 『――――ルシファーはエターナルスフィアと融合した』 クレスはマリアの話に息を飲んだ。 あまりにも凄まじい話の連続に驚愕の色は隠せない。 『だから、ルシファーは崩壊の時に死ぬ事は無かった。  それもそのはずルシファーはES住人ではなく、ESそのものになったのだから』 いくつもの偶然が重なった結果なのだろう。 ルシファーは精神を投影し過ぎてしまった。 その上、そこはESの深層だ。そして、崩壊による莫大なエネルギーがルシファーに流れ込む。 ルシファーの精神は変質を起こし、ESそのものになった。 マリアはそう分析する。 呆然とするクレスにマリアは紙を渡す。 そこには『まだ、驚くのは早い。本番はこれから』と書かれていた。 クレスは気を引き締めると目で「お願いします」と合図を送った。 『ルシファーはESと融合した結果、ある能力を得た。  その能力こそが、私たちを苦しめる要因となっている。  ディストラクション(破壊)、アルティネイション(改変)、コネクション(接続)。  それらに対抗すべく、得た力。  私たちの言葉で言えば“マテリアライゼイション”と言えばいいのかしら』 マリアは自分で考察したとはいえ、驚愕に満ちていた。 とんでもない話だが、ほとんどの事象が簡単に説明できるのだ。 ダオスのように死んだ存在がいることやES内にブレアがいることを考えれば、 この考えが一番しっくり来るのだ。 この干渉しすぎている現状を説明するには、最も納得のいくものである。 『奴の能力は――――実現。  強く願ったことを、望んだことを、実現させる能力よ』 そんな馬鹿な、とクレスは突拍子もない話に返事をあぐねている。 『もし、マリアさんの説が真実だとしたら』 クレスは考えたくはないが、今後を左右する状況にマリアの答えを託す。 信じたくない気持ちは分かるが、マリアははっきりと書き示す。 クレスは紙を受け取ると、ゆっくりと字を眺める。やはり、想像通りの答えが書かれていた。 そこには『ルシファーに勝つことは不可能』だと、強く書かれていた。 クレスはマリアの方を振り向く、マリアはクレスの視線に気付くと、小さく顔を振った。 『言葉通りよ、私たちには勝ち目はない』 ルシファーが“マテリアライゼイション(実現)”という能力を所持していたなら、勝ち目は一切ない。 例えば、ルシファーがどんな攻撃も一切受け付けないと強く考えていれば、 それだけで対抗できる術はなくなるのだ。 フェイトのディストラクションでも、突破できるか分からない。 いや、そんな遠回りをする必要すらない。 死ねと念じるだけで私たちは終わってしまう。 『でも、まだ悲観することはないわ』 だが、まだあきらめる必要はない。 マリアはルシファーの一連の行動からあることを考えていた。 『ここはあくまで予則の域だから、絶対とは言い切れない。 まず一つ目に入る前に私たちが集められた時を思い出してみて。 ルシファー以外にも他に人物はいなかった?』 『確かルシファーの仲間と思わし、黒装束の集団がいました』 クレスは今一度あの惨劇の舞台を思い出す。 和服を着た少女が烈火の如く、閃光の嵐を浴びせられ、崩れ落ちる瞬間を。 あの時は咄嗟の出来事に何もできなかった。 あの記憶を振り返るたび、ルシファーに対する憎悪と自分に対する無力さが苛む。 『ルシファーの能力なら一人で事足りるのに、意味もなく集団となって現れた。 集団で脅さなくても、自分の能力を見せ付けるだけで十分なのに。 ルシファーは、そう、しなかった。いや、できなかったのだ。 君には分かる?』 ぶんぶんと頭を振って否定の意を示す。 『まず説明する前に質問するわね。  クレス君が自分の家のベッドで寝たと想像してみてほしい』 クレスは内容通りに就寝をイメージさせる。 そこに何の意味があるか分からないがマリアに従うまま想像する。 『感想は?』。そう一文字書かれた紙を見る。 これといった感想もないので、いつも通りに目覚めたことを書き出す。 その感想を見通すと、マリアはうんと頷いてペンを走らせる。 『質問。  寝ていた人が朝起きたら全く別のところにいた。  そんなことはありえると思う?』 『ありえませんよ。運び出さない限り、最後に目を閉じたところから、目を覚まします。  それが、突然、未知の場所にいたなんて考えられません』 『そう、そこなのよ。ルシファーにもそれが起こったのよ』 マリアは説明していく。 ルシファーは私たちに倒され、意識を失った。 その間にESと融合がはじまるのだが、ルシファーは自分の状態に気付かなかった。 ルシファーは世界を崩壊させると、投影していた精神は強制的に弾かれるものだと思いこんでいた。 そのため、いつもの作業部屋にいるはずと脳が勘違いしたのだ。 目覚めた瞬間、ルシファーは能力を発動させる。 いつもの風景を創造していく、いつもの日常を創造していく。 ルシファーはES内に仮想のFD空間を作り上げていったのだ。 あくまで推測だと付け加えていく。 『たぶん、ルシファーは自分の能力に気付いていないはず。  それに、仮想FD空間にいる限り、私たちに勝てる見込みはある。  ルシファーの能力は願うだけで結果に変えるというとんでもない能力かもしれない。  でも、ルシファーはわざわざ入れる必要のない過程を間において、意識にブレーキをかけている』 執筆で例えるなら、思うだけで文字が浮かび上がっていくのに、わざわざ手を動かして字を書いていく。 手という媒体を省くことができるのに、当たり前だと思っていることが染み付いているため、気付かないのだ。 『FD空間にいる限り、ルシファーは自分が一般人だと思いこんでいる。  ES内に入れば強気になって、とんでもない強さを発揮するかもしれないけど。  それでも、ルシファーが能力に気付かないうちは対処できる』 まだ可能性はあるんですねと、クレスは安堵のため息を付く。 マリアはここで初めてミランダをこの場に外した理由を説明する。 『反応よ。彼女は神に対しての反応が普通と思えなかった。  それに、彼女は神を妄信的に信奉しているように見えるのよ。  宗教狂いとは行かないけど暗鬱な感情が見え隠れしていた。  ある種神のような存在のルシファーの話は彼女に話せないと判断したまで。  だから、ミランダには席を外させてもらったわ』 『ミランダは僕たちを治癒してくれました』 『ボーマンの件があるから、治癒してくれたから善人とは限らないわ』 『でも、根拠はありません。彼女は本当に僕たちのことを思って』 埒があかない、とマリアは言葉を借りる。兄のような存在であるクリフを思い出す。 ぶっきらぼうに話す彼が、心に描かれる。 『女の勘よ』 その言葉を最後にマリアは口を開く。 「もう、そろそろ、疲れたわね」 トンと跳ね飛ぶと、マリアは困惑するクレスを見つめるのであった。 +++ 半時間以上続いた筆談を終えると、眠気が襲ってきたのか。 マリアは猫のように身体を大きく伸ばす。 「マリアさんは僕を付きっ切りで看ていてくれましたから、朝まで寝ていてください。  僕は扉の前で見張っておきますから」 「そうね、ここは体力を温存させるためにも、睡眠が必要ね。  朝まで君に任せるわ」 「もちろんですとも。ミランダにも寝るように伝えます」 『その前に知って欲しいの』 いきなり紙を差し出すとマリアは寂しげに佇む。 目の前の少年は自分のこと以上に仲間のことを大切にする。 だから、伝えなればならない。傷つく彼をこれ以上見たくない クレスはキョトンとしながらも、受け渡された紙を黙読する。 『私の説が正しいのなら、私の能力アルティネイションは重要ではなくなる。  だから、君は私のために無理をする必要はない』 そう、マリアたちの能力はFD空間に行くための能力なのだ。 マリアの説ならルシファーはES内にいるはずである。 そのため、マリアたちの能力はさほど重要ではない。 『もし、私が足手纏いになるようにことが起これば、切捨て――――』 クレスは書かれている字を最後まで読み終える前にマリアの瞳を見据える。 そして、マリアに対する答えを文字ではなく、言葉として想いを伝える。 それが、彼女に対する精一杯の誓いだから。 「―――マリアさんは僕が命に代えても守ります。  僕は最後まで絶対にあなたを守り通します」 臆面もない言葉にマリアは赤らめた顔を逸らした。 目の前のいるクレスの瞳に濁りというものはない。ここまで純粋で真っ直ぐな人は見たことがない。 この男はよくもまあ、こんな恥ずかしい言葉をいとも簡単に吐けるのだろうか。 彼の性格上、その言葉に嘘偽りは一切ないだろう。 だからこそ、愛の告白のような誓いは胸を高鳴らしてしまうし、 そういう言葉に慣れていないせいか歯痒い気持ちで満たされる。 「マリア……」 でも、この仲間同士の殺し合いと疑心暗鬼が謳歌するこの舞台で最も信頼できる嬉しい言葉。 だから、私も何らかの形で示さなければならない。私からの友好の証をこの胸に託したい。 「えっ」 「私のことはマリアと呼んで、私も君のことクレスって呼ぶから」 「あの……いきなり何を…マリアさん」 摩訶不思議な返答にクレスは怒らせてしまったのではないかと動揺する。 が、マリアはクレスのたじろぎぶりに目もくれず、小悪魔のような笑みを浮かべる。 「うふふ、おやすみなさい、クレス」 「うえっと、おやすみ、マリアさ……マ、マリア」 『さん』付けしようとすると、マリアは軽く視線を尖らせる。 クレスは慌てて言葉を言い直すと機嫌を直したようで、マリアは軽快に扉を閉める。 「ありがとう……クレス」 ドアを締め切るとマリアは聞こえないようなか細い声でお礼の言葉を伝える。 その言葉はドアの音に掻き消され、霞のように消えていった。 +++ 青髪を揺らした少女は最後にボソッと何かを言っていたようだが、ドアに阻まれ何も聞き取れなかった。 クレスは女の子の気持ちは分からないな、とため息を付く。 でも、はじめて見せる彼女の笑みは綺麗だったな、と思いながらミランダの元へと足を進めた。 居間でくつろいでいたミランダを発見するとクレスは睡眠をとるように提案する。 「そうですか。それではお言葉に甘えて。えっと……クレスさん、何か良い事ありましたか?」 「ん、どうしてだい?」 「さっきから嬉しそう笑っていらっしゃるものですから」 ミランダはにたにたと頬を緩めているクレスに何気なく尋ねてみた。 「ああ、まあね」 マリアと初めて出会った時よりも、遥かに親しくなったことにクレスは感慨深くなる。 何だろうか。彼女に溜まっていた、負の感情が吐き出されたのだろう。 彼女は確実に強くなったし、穏やかになったはずだ。まあ、厳しいところは変わらなそうだけど。 「マリア自身、僕自身、溜まっていたものを全部出したから、  お互いに心身ともにすっきりできたんだ。  だから、僕は嬉しいんですよ」 クレスは照れながら頭を掻いた。 「……あれ? ミランダ…顔が真っ赤だけど…どうしたんだい?」 ミランダの褐色の肌が真っ赤に染まっている。 クレスはわけも分からず、熱があるのかいと尋ねるが。 「だから、二人きりになりたかったのですね」 「半時間以上も部屋から出ないから変だと思ったんですよ」 「私が近くにいるのに、恥ずかしくないと思わないのかしら」 「思い出してみればギシギシと全体が揺れていた気も……」 ミランダは惚けたままぶつぶつと呟きながら、マリアとは別の寝室に向かっていったのだ。 「変なミランダだな…」 クレスはハテナマークを掲げ、ミランダが寝室に入るのを見届けると見張り番の任に付いたのであった。 【F-1/深夜】 【クレス・アルベイン】[MP残量:40%] [状態:右胸に刺し傷・腹部に刺し傷・背中に袈裟懸けの切り傷(いずれも塞がっています)、HPおよそ30%程度] [装備:ポイズンチェック] [道具:なし] [行動方針:皆を救うためにルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:仲間を守る(特にマリアを)] [思考2:6時まで見張り番をする] [思考3:チェスターを説得する] [思考4:平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考5:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つ] [現在位置:平瀬村の民家B(表札に『中島』と書かれている民家)内] 【マリア・トレイター】[MP残量:70%] [状態:睡眠中、右肩口裂傷・右上腕部打撲・左脇腹打撲・右腿打撲:戦闘にやや難有] [装備:サイキックガン:エネルギー残量[100/100]@SO2] [道具:荷物一式] [行動方針:ルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:睡眠が終わりしだい平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考2:ミランダは信用できない] [思考3:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つが、正直期待はしていない] [思考4:移動しても問題なさそうな装備もしくは仲間が得られた場合は平瀬村から出て仲間を探しに行くつもり] [現在位置:平瀬村の民家B内] ※クレスに対し、絶大な信頼をおいています。 ※高い確率でブレアは偽者だと考えています ※マリアの考察 ・自分たちはFD世界から観測できるエターナルスフィアではなく、  別の平行世界の(ED空間から独立した)エターナルスフィアに存在している。 ・ルシファーはエターナルスフィアそのものになった(ブレアの言葉から)。  そのため、万物を実現する力を手に入れた ・ルシファーは本来のFD空間におらず、ES内に自分が創造した仮想のFD空間に存在している。 ・ルシファーはエターナルスフィアと融合したことに気付いていない。 ・ルシファーの居場所さえ特定すれば、フェイト、マリア、ソフィアの能力は重要ではないと考えています。 【ミランダ】[MP残量:10%] [状態:睡眠中] [装備:無し] [道具:時限爆弾@現実、パニックパウダー@RS、荷物一式] [行動方針:神の御心のままに] [思考1:……不潔] [思考2:参加者を一箇所に集め一網打尽にする] [思考3:クレスとマリアを利用して参加者を集めたい] [思考4:直接的な行動はなるべく控える] [現在位置:平瀬村の民家B内] ※ミランダはクレス達を目撃してからしばらく二人をつけていました。  途中で気付かれたものの、しばらくは移動していたので、ルシオ達の潜伏する民家Aと現在ミランダ達のいる民家Bはそれなりの距離があります。 ※クレスとマリアが恋人同士だと半ば思っています。 【残り22人+α?】 ---- [[第108話(前編)>Your truth is my false(前編)]]← [[戻る>本編SS目次]] →[[第109話>偽者だとばれたら負けかなと思ってる]] |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第108話(前編)>Your truth is my false(前編)]]|クレス|―| |[[第108話(前編)>Your truth is my false(前編)]]|マリア|―| |[[第108話(前編)>Your truth is my false(前編)]]|ミランダ|―|
**第108話 Your truth is my false(後編) 後ろでのほほんとしているクレスが憎たらしい。 ミランダを納得させるための演技だとはいえ、私が必死に恥ずかしい真似をしているのに、 当の本人は他人事のように不思議な顔をしている。 「変なミランダだな。いきなり何を…」 「君は黙っていてくれる」 「ひえっ!! もしかして…マリアさん怒っています?」 「別に」 ドンと大きくベッド上に腰掛けるとマリアはクレスを睨み付ける。 クレスは蛇に睨まれた蛙のようにカチンコチンに固まってしまった。 思いのほか固まってしまったクレスのことを見ると、マリアは「こんなことがしたいわけじゃないのに」と嘆息を漏らす。 でも、そうは言ってられない。 マリアはパックから筆記用具と紙を取り出すと、落ち込んでいるクレスに放り渡す。 慌ててクレスはそれをキャッチすると声を噤みそうになるが。 口元に人差し指を立て、『静かにして』と合図を送る。 『これから重要な話をするわ、たぶん盗聴されている可能性があるから筆談でお願い』 一瞬の動揺の後、乾いた笑みを浮かべるクレス。 そんなクレスにじとと痛い視線を浴びせるとすぐに枯れた笑いを引っ込め、 ペンを手に取り字を走らせ、『本当ですか?』と紙を向ける。 クレスの疑問にマリアはええと頷く。 『私が書き出すことに絶対に驚かないで欲しい』 前書きを書き出すと、マリアは盗聴されている根拠を書き出す。 ルシファーが大人しく高みの見物しているとは思えない、何らかの形で私たちの監視をしている、 とマリアは順を追って説明する。まず、一番の根拠は死亡者の順番だ。 放送のたびに死亡者の名前が読み上げられるが、 その順番に名簿順ではなく、バラバラに読み上げられている。 先のミラージュの件にしろ、その違和感は拭いきれない。 たぶんルシファーは死亡した順番どおりに読み上げていると考察する。 なら、どうやって死亡した順番を確認できるのであろうか? カメラはないと踏む。大規模な戦闘が起きれば何らかの拍子で破壊されてしまう可能性がある。 私たちの安否確認するなら、首輪が適任だろう。 そこに何らかの機能を施しているに間違いないとマリアは睨んだ。 この首輪にはカメラのレンズのようなものは付いていない。 カメラに代わる物、盗聴器なら、しっくり来る答えだ。 はクレスに伝え終えると、クレスはマリアの的確な考察に感動した。 『凄いですね。マリアさん、感動しました』 でも、クレスには一つ疑問が残る。こんな重要な話なのに、どうしてミランダがいないんだ。 クレスは疑問を伝えようとするが、マリアは答えをあらかじめ用意していたようにそれを遮った。 『驚くのはまだ早いわ。これはまだ前菜にすぎない。  本当に重要な話はこれから。これだけは君にしか伝えられない。  なんせ、これには私たちの未来がかかっているから』 最後に『覚悟はいい?』と書き出すと、クレスは小さく頷いた。 『まず、世界を消去するルシファーを倒して、エターナルスフィア(ES)は救われたところまで話したわね?』 クレスはコクリと首を縦に振って肯定の意を示す。 『確かにルシファーは倒され、ESは救われた“かもしれない”』 『かもしれない?』 『結果だけを見れば、私たちはFD人の支配から逃れ、独立したように見えるわ。  だけど、それは違う。君には話していないけど、ESはルシファーによって滅ぼされた』 いきなり突きつけられたマリアの言葉に目を丸くさせる。 『どういうことです? 僕には意味が分かりません』 『言葉通りの意味よ。世界は跡形もなく消滅したってこと。  それ以上説明は要るかしら』 クレスはマリアの妄言とも言える言葉に息を飲む。 『世界がなくなったのにどうして僕たちがここにいるんですか?  マリアさんの話が本当なら、僕たちはとっくに』 『確かに世界が無くなったら、私たちの存在はそこには無くなるはずよね?  私たち自身もESが消去されたと時、覚悟したわ』 マリアは記憶をたどりながら、あの出来事を思い出していく。 ルシファーの最後の抵抗により、ES崩壊とともに消えていく、自分と仲間たち。 足元から何もなかったように自分たちは消去されていった。 あの感覚は忘れない。自分が消えていく感覚は今でもありありと覚えている。 私たちは完全にルシファーによって消されたのだ。 でも……。 『でも、私たちは生きていた。変な話よね。  世界がなくなったのに、私たちが存在しているなんて』 『そうです。だから、マリアさんの勘違いといえなくありませんか?』 『そこで私たちはなぜ存在しているかをデカルト的な解釈で結論づけたわ』 『デカルト?』 『地球の有名な哲学者、彼の説明は長くなるから省くけど。  彼の言葉に“我思う、ゆえに我あり”という言葉があるわ。  簡単に説明すると、たとえ世界が虚構であっても、  その存在を疑っている意識の自分という存在は否定できないという考え方よ』 『ええっと、つまり、世界が“偽物”でも、自分が認識している限りその世界は“本物”だと言うことですか』 『ちょっと、違うような気がするけど。私が言いたいのはそんなところ。  私は哲学者じゃないから深くは分からないけど、大体そんな感じに踏まえて置いて』 マリアはペットボトルに口をつけ一息付くと、話を続ける。 『あの時は、混乱気味だったし、助かった安堵から深くは考えなかった。  けど…改めてこの考えは直さないといけない』 『どうしてです?』 『この説だと、ルシファーの存在が不可解になってしまう。  FD人であるルシファーは――――なぜ私たちに干渉できるという疑問が出てくるわ。  ESは消滅したはずなのに。  FD人にとって“無”となったモノになぜ干渉できるか?』 『実のところ…ESは崩壊していなかった?』 『その説も否定できないけど……私は覚えている…自分が消えてなくなる感覚を。  だから、私は“ESが崩壊している”という前提の基で新しい説を唱えるわ。  私たちはルシファーに“滅ぼされたES”ではなく、  ルシファーに“滅ぼされなかったES”に存在している。    ―――――ESの平行世界(パラレルワールド)に存在しているという説よ』 平行世界。マリア自信も懐疑的だが、何故だがそう考えてしまう。 どこかで、様々な世界で暮らす私を見たような気がしたから。 白い記憶が、そんな閃きを与えるのだ。 『ブレアは以前言っていたわ。  “ESはすでにFD空間からの制御を放れ、別の空間になっている”と。  それに加え、  “私たちの世界からエターナルスフィアへの一方的な干渉は行うことができなくなっている”  とも、彼女は言っていた。  上記の言葉はあの創造主であるルシファーすら、反論できずにあぐねていたからたぶんは真実だと思う。  すでにESは独立していた。だから、私たちはFD世界から干渉できるESが崩壊した瞬間、  その意識は別の平行世界のESへと移行したと考えられる』 クレスはマリアの話に度肝を抜かれる。 あまりにも突拍子もない話に思考が追いつかなくなる。が必死に思考をフル回転させる。 『ブレアの言葉はさらにある説を教えてくれる。  FD空間からES世界に“一方的な干渉はできない”という説が新たに浮上するわ』 『確かに、マリアさんの平行世界説はもっともらしいですよ。  でも、もう一つの方はありえません。現に僕たちは一方的に干渉されています。  僕たちは何気ない日常から突然こんなところに集められました。  この状況こそ、その説を真っ向から否定できます』 『君の言う通り、私たちは一方的な干渉を受けている。  だけど“ある条件”を満たせば“一方的に干渉できない”ルールは破られる。  その条件とは――――ルシファーがESの深層まで潜り込んだときのみ解除されると考えられる』 マリアは細かく説明する。 かつて、エクスキューショナーが送り込まれた時、私たちはFD空間に潜り込んで、それを阻止しようとした。 エクスキューショナーは所詮バグを取り除くためのプログラムでしかない。 FD人自身が直接、私たちに危害を加えるわけではない。 あくまで、本来あったプログラムを発動させただけの『間接的な行為』だ。 だから、私たちは直接ES内でアンインストーラーを起動させ、そのプログラムを削除させたのだが。 思わぬところで、邪魔が入った。それはルシファーがES内の深層から新しいプログラムを起動し、それを妨害したのだ。 それはもう間接の域を超え、『直接的な行為』となっている。 他にも、ルシファーはブレアの偽者を作ることに成功している。 ESの深層に潜り込めば、何もかもが可能になるのだろう。 創造という神の領域すらも。 『つまり、マリアさんが言うには、ルシファーは深層に潜り込んで僕たちに干渉している。  でも、矛盾しませんか。マリアさんの話だとルシファーはES崩壊とともに死んだはずでは…』 『私たちはルシファーを倒すことには成功した。だけど、殺してはいないわ。  あくまで私たちはES崩壊に巻き込まれ、死んだと思っていただけ』 一度マリアたちはルシファーの横暴を阻止することに成功しているのだ。 だが、自棄になったルシファーは直接マリアたちというバグを消去するのではなく、ESごと消去させる 暴挙に出る。 『では、ルシファーは僕たちと同じように、平行世界のESに移行した?』 『それは違うはず、私たちはESの住人だけど、ルシファーはFD人。  崩壊に巻き込まれれば死を意味するはず』 『ならどうして、ルシファーは僕たちに干渉できるのですか?』 崩壊の直前まで付き添ってくれたブレアも死を恐れたのか最後にはいなくなっていた。 FD空間に帰っていたのだろう。そのときの最後の言葉が頭の中で反芻する。 『崩壊の直前、ブレアはルシファーに向かってこう言っていたわ。  “エターナルスフィアに精神を投影したまま、こんなことをすれば兄さんもただではすまない”と。  そして、その瞬間、私たちの最終決戦がはじまるわけだけど』 そのときのルシファーの力は異常であった。 以前には無かった得体の知れない力を奮い、私たちに立ち向かってきたのだ。 今思い出すと、ルシファーは何故、最後の最後にあれだけの力を手に入れたのか。 疑問に思っていたのだが、ここに来てようやく分かった。 『ルシファーが生きている理由。それは――――』 ブレアの言葉が本当なら、この答えにしかたどり着けない。 マリアは自分で考察したとはいえ汗が滲み出る。それほど、この考察は突飛もない 『――――ルシファーはエターナルスフィアと融合した』 クレスはマリアの話に息を飲んだ。 あまりにも凄まじい話の連続に驚愕の色は隠せない。 『だから、ルシファーは崩壊の時に死ぬ事は無かった。  それもそのはずルシファーはES住人ではなく、ESそのものになったのだから』 いくつもの偶然が重なった結果なのだろう。 ルシファーは精神を投影し過ぎてしまった。 その上、そこはESの深層だ。そして、崩壊による莫大なエネルギーがルシファーに流れ込む。 ルシファーの精神は変質を起こし、ESそのものになった。 マリアはそう分析する。 呆然とするクレスにマリアは紙を渡す。 そこには『まだ、驚くのは早い。本番はこれから』と書かれていた。 クレスは気を引き締めると目で「お願いします」と合図を送った。 『ルシファーはESと融合した結果、ある能力を得た。  その能力こそが、私たちを苦しめる要因となっている。  ディストラクション(破壊)、アルティネイション(改変)、コネクション(接続)。  それらに対抗すべく、得た力。  私たちの言葉で言えば“マテリアライゼイション”と言えばいいのかしら』 マリアは自分で考察したとはいえ、驚愕に満ちていた。 とんでもない話だが、ほとんどの事象が簡単に説明できるのだ。 ダオスのように死んだ存在がいることやES内にブレアがいることを考えれば、 この考えが一番しっくり来るのだ。 この干渉しすぎている現状を説明するには、最も納得のいくものである。 『奴の能力は――――実現。  強く願ったことを、望んだことを、実現させる能力よ』 そんな馬鹿な、とクレスは突拍子もない話に返事をあぐねている。 『もし、マリアさんの説が真実だとしたら』 クレスは考えたくはないが、今後を左右する状況にマリアの答えを託す。 信じたくない気持ちは分かるが、マリアははっきりと書き示す。 クレスは紙を受け取ると、ゆっくりと字を眺める。やはり、想像通りの答えが書かれていた。 そこには『ルシファーに勝つことは不可能』だと、強く書かれていた。 クレスはマリアの方を振り向く、マリアはクレスの視線に気付くと、小さく顔を振った。 『言葉通りよ、私たちには勝ち目はない』 ルシファーが“マテリアライゼイション(実現)”という能力を所持していたなら、勝ち目は一切ない。 例えば、ルシファーがどんな攻撃も一切受け付けないと強く考えていれば、 それだけで対抗できる術はなくなるのだ。 フェイトのディストラクションでも、突破できるか分からない。 いや、そんな遠回りをする必要すらない。 死ねと念じるだけで私たちは終わってしまう。 『でも、まだ悲観することはないわ』 だが、まだあきらめる必要はない。 マリアはルシファーの一連の行動からあることを考えていた。 『ここはあくまで予則の域だから、絶対とは言い切れない。 まず一つ目に入る前に私たちが集められた時を思い出してみて。 ルシファー以外にも他に人物はいなかった?』 『確かルシファーの仲間と思わし、黒装束の集団がいました』 クレスは今一度あの惨劇の舞台を思い出す。 和服を着た少女が烈火の如く、閃光の嵐を浴びせられ、崩れ落ちる瞬間を。 あの時は咄嗟の出来事に何もできなかった。 あの記憶を振り返るたび、ルシファーに対する憎悪と自分に対する無力さが苛む。 『ルシファーの能力なら一人で事足りるのに、意味もなく集団となって現れた。 集団で脅さなくても、自分の能力を見せ付けるだけで十分なのに。 ルシファーは、そう、しなかった。いや、できなかったのだ。 君には分かる?』 ぶんぶんと頭を振って否定の意を示す。 『まず説明する前に質問するわね。  クレス君が自分の家のベッドで寝たと想像してみてほしい』 クレスは内容通りに就寝をイメージさせる。 そこに何の意味があるか分からないがマリアに従うまま想像する。 『感想は?』。そう一文字書かれた紙を見る。 これといった感想もないので、いつも通りに目覚めたことを書き出す。 その感想を見通すと、マリアはうんと頷いてペンを走らせる。 『質問。  寝ていた人が朝起きたら全く別のところにいた。  そんなことはありえると思う?』 『ありえませんよ。運び出さない限り、最後に目を閉じたところから、目を覚まします。  それが、突然、未知の場所にいたなんて考えられません』 『そう、そこなのよ。ルシファーにもそれが起こったのよ』 マリアは説明していく。 ルシファーは私たちに倒され、意識を失った。 その間にESと融合がはじまるのだが、ルシファーは自分の状態に気付かなかった。 ルシファーは世界を崩壊させると、投影していた精神は強制的に弾かれるものだと思いこんでいた。 そのため、いつもの作業部屋にいるはずと脳が勘違いしたのだ。 目覚めた瞬間、ルシファーは能力を発動させる。 いつもの風景を創造していく、いつもの日常を創造していく。 ルシファーはES内に仮想のFD空間を作り上げていったのだ。 あくまで推測だと付け加えていく。 『たぶん、ルシファーは自分の能力に気付いていないはず。  それに、仮想FD空間にいる限り、私たちに勝てる見込みはある。  ルシファーの能力は願うだけで結果に変えるというとんでもない能力かもしれない。  でも、ルシファーはわざわざ入れる必要のない過程を間において、意識にブレーキをかけている』 執筆で例えるなら、思うだけで文字が浮かび上がっていくのに、わざわざ手を動かして字を書いていく。 手という媒体を省くことができるのに、当たり前だと思っていることが染み付いているため、気付かないのだ。 『FD空間にいる限り、ルシファーは自分が一般人だと思いこんでいる。  ES内に入れば強気になって、とんでもない強さを発揮するかもしれないけど。  それでも、ルシファーが能力に気付かないうちは対処できる』 まだ可能性はあるんですねと、クレスは安堵のため息を付く。 マリアはここで初めてミランダをこの場に外した理由を説明する。 『反応よ。彼女は神に対しての反応が普通と思えなかった。  それに、彼女は神を妄信的に信奉しているように見えるのよ。  宗教狂いとは行かないけど暗鬱な感情が見え隠れしていた。  ある種神のような存在のルシファーの話は彼女に話せないと判断したまで。  だから、ミランダには席を外させてもらったわ』 『ミランダは僕たちを治癒してくれました』 『ボーマンの件があるから、治癒してくれたから善人とは限らないわ』 『でも、根拠はありません。彼女は本当に僕たちのことを思って』 埒があかない、とマリアは言葉を借りる。兄のような存在であるクリフを思い出す。 ぶっきらぼうに話す彼が、心に描かれる。 『女の勘よ』 その言葉を最後にマリアは口を開く。 「もう、そろそろ、疲れたわね」 トンと跳ね飛ぶと、マリアは困惑するクレスを見つめるのであった。 +++ 半時間以上続いた筆談を終えると、眠気が襲ってきたのか。 マリアは猫のように身体を大きく伸ばす。 「マリアさんは僕を付きっ切りで看ていてくれましたから、朝まで寝ていてください。  僕は扉の前で見張っておきますから」 「そうね、ここは体力を温存させるためにも、睡眠が必要ね。  朝まで君に任せるわ」 「もちろんですとも。ミランダにも寝るように伝えます」 『その前に知って欲しいの』 いきなり紙を差し出すとマリアは寂しげに佇む。 目の前の少年は自分のこと以上に仲間のことを大切にする。 だから、伝えなればならない。傷つく彼をこれ以上見たくない クレスはキョトンとしながらも、受け渡された紙を黙読する。 『私の説が正しいのなら、私の能力アルティネイションは重要ではなくなる。  だから、君は私のために無理をする必要はない』 そう、マリアたちの能力はFD空間に行くための能力なのだ。 マリアの説ならルシファーはES内にいるはずである。 そのため、マリアたちの能力はさほど重要ではない。 『もし、私が足手纏いになるようにことが起これば、切捨て――――』 クレスは書かれている字を最後まで読み終える前にマリアの瞳を見据える。 そして、マリアに対する答えを文字ではなく、言葉として想いを伝える。 それが、彼女に対する精一杯の誓いだから。 「―――マリアさんは僕が命に代えても守ります。  僕は最後まで絶対にあなたを守り通します」 臆面もない言葉にマリアは赤らめた顔を逸らした。 目の前のいるクレスの瞳に濁りというものはない。ここまで純粋で真っ直ぐな人は見たことがない。 この男はよくもまあ、こんな恥ずかしい言葉をいとも簡単に吐けるのだろうか。 彼の性格上、その言葉に嘘偽りは一切ないだろう。 だからこそ、愛の告白のような誓いは胸を高鳴らしてしまうし、 そういう言葉に慣れていないせいか歯痒い気持ちで満たされる。 「マリア……」 でも、この仲間同士の殺し合いと疑心暗鬼が謳歌するこの舞台で最も信頼できる嬉しい言葉。 だから、私も何らかの形で示さなければならない。私からの友好の証をこの胸に託したい。 「えっ」 「私のことはマリアと呼んで、私も君のことクレスって呼ぶから」 「あの……いきなり何を…マリアさん」 摩訶不思議な返答にクレスは怒らせてしまったのではないかと動揺する。 が、マリアはクレスのたじろぎぶりに目もくれず、小悪魔のような笑みを浮かべる。 「うふふ、おやすみなさい、クレス」 「うえっと、おやすみ、マリアさ……マ、マリア」 『さん』付けしようとすると、マリアは軽く視線を尖らせる。 クレスは慌てて言葉を言い直すと機嫌を直したようで、マリアは軽快に扉を閉める。 「ありがとう……クレス」 ドアを締め切るとマリアは聞こえないようなか細い声でお礼の言葉を伝える。 その言葉はドアの音に掻き消され、霞のように消えていった。 +++ 青髪を揺らした少女は最後にボソッと何かを言っていたようだが、ドアに阻まれ何も聞き取れなかった。 クレスは女の子の気持ちは分からないな、とため息を付く。 でも、はじめて見せる彼女の笑みは綺麗だったな、と思いながらミランダの元へと足を進めた。 居間でくつろいでいたミランダを発見するとクレスは睡眠をとるように提案する。 「そうですか。それではお言葉に甘えて。えっと……クレスさん、何か良い事ありましたか?」 「ん、どうしてだい?」 「さっきから嬉しそう笑っていらっしゃるものですから」 ミランダはにたにたと頬を緩めているクレスに何気なく尋ねてみた。 「ああ、まあね」 マリアと初めて出会った時よりも、遥かに親しくなったことにクレスは感慨深くなる。 何だろうか。彼女に溜まっていた、負の感情が吐き出されたのだろう。 彼女は確実に強くなったし、穏やかになったはずだ。まあ、厳しいところは変わらなそうだけど。 「マリア自身、僕自身、溜まっていたものを全部出したから、  お互いに心身ともにすっきりできたんだ。  だから、僕は嬉しいんですよ」 クレスは照れながら頭を掻いた。 「……あれ? ミランダ…顔が真っ赤だけど…どうしたんだい?」 ミランダの褐色の肌が真っ赤に染まっている。 クレスはわけも分からず、熱があるのかいと尋ねるが。 「だから、二人きりになりたかったのですね」 「半時間以上も部屋から出ないから変だと思ったんですよ」 「私が近くにいるのに、恥ずかしくないと思わないのかしら」 「思い出してみればギシギシと全体が揺れていた気も……」 ミランダは惚けたままぶつぶつと呟きながら、マリアとは別の寝室に向かっていったのだ。 「変なミランダだな…」 クレスはハテナマークを掲げ、ミランダが寝室に入るのを見届けると見張り番の任に付いたのであった。 【F-1/深夜】 【クレス・アルベイン】[MP残量:40%] [状態:右胸に刺し傷・腹部に刺し傷・背中に袈裟懸けの切り傷(いずれも塞がっています)、HPおよそ30%程度] [装備:ポイズンチェック] [道具:なし] [行動方針:皆を救うためにルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:仲間を守る(特にマリアを)] [思考2:6時まで見張り番をする] [思考3:チェスターを説得する] [思考4:平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考5:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つ] [現在位置:平瀬村の民家B(表札に『中島』と書かれている民家)内] 【マリア・トレイター】[MP残量:70%] [状態:睡眠中、右肩口裂傷・右上腕部打撲・左脇腹打撲・右腿打撲:戦闘にやや難有] [装備:サイキックガン:エネルギー残量[100/100]@SO2] [道具:荷物一式] [行動方針:ルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:睡眠が終わりしだい平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考2:ミランダは信用できない] [思考3:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つが、正直期待はしていない] [思考4:移動しても問題なさそうな装備もしくは仲間が得られた場合は平瀬村から出て仲間を探しに行くつもり] [現在位置:平瀬村の民家B内] ※クレスに対し、絶大な信頼をおいています。 ※高い確率でブレアは偽者だと考えています ※マリアの考察 ・自分たちはFD世界から観測できるエターナルスフィアではなく、  別の平行世界の(ED空間から独立した)エターナルスフィアに存在している。 ・ルシファーはエターナルスフィアそのものになった(ブレアの言葉から)。  そのため、万物を実現する力を手に入れた ・ルシファーは本来のFD空間におらず、ES内に自分が創造した仮想のFD空間に存在している。 ・ルシファーはエターナルスフィアと融合したことに気付いていない。 ・ルシファーの居場所さえ特定すれば、フェイト、マリア、ソフィアの能力は重要ではないと考えています。 【ミランダ】[MP残量:10%] [状態:睡眠中] [装備:無し] [道具:時限爆弾@現実、パニックパウダー@RS、荷物一式] [行動方針:神の御心のままに] [思考1:……不潔] [思考2:参加者を一箇所に集め一網打尽にする] [思考3:クレスとマリアを利用して参加者を集めたい] [思考4:直接的な行動はなるべく控える] [現在位置:平瀬村の民家B内] ※ミランダはクレス達を目撃してからしばらく二人をつけていました。  途中で気付かれたものの、しばらくは移動していたので、ルシオ達の潜伏する民家Aと現在ミランダ達のいる民家Bはそれなりの距離があります。 ※クレスとマリアが恋人同士だと半ば思っています。 【残り22人+α?】 ---- [[第108話(前編)>Your truth is my false(前編)]]← [[戻る>本編SS目次]] →[[第109話>偽者だとばれたら負けかなと思ってる]] |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第108話(前編)>Your truth is my false(前編)]]|クレス|[[第121話>夢は終わらない(ただし悪夢)(前編)]]| |[[第108話(前編)>Your truth is my false(前編)]]|マリア|[[第121話>夢は終わらない(ただし悪夢)(前編)]]| |[[第108話(前編)>Your truth is my false(前編)]]|ミランダ|[[第121話>夢は終わらない(ただし悪夢)(前編)]]|

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