「頼れる相棒,守るべき妻子,愛しき女神の元へ (後編)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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**第113話 頼れる相棒,守るべき妻子,愛しき女神の元へ (後編)
「クリフ、ご無事でしたか」
後ろから声を掛けられた。まだ耳鳴りが残っている為に少し声が遠いが、聞き取る事は出来る。聞き覚えのある声だ。
クリフが振り向くとレザードが微笑みながら、左手をクリフの方向に向けて立っていた。
「レザード!?てめえ、さっきはよくも…って、おい!?」
レザードの左手に紋章力のようなエネルギーが集まっている。
クリフがまさか、と思った瞬間、レザードの左手から光線が撃ち出された。
クリフは反射的に防御体勢を取るが、光線はクリフの身体の横を通りぬけていった。
目で光線の軌道を追うと、光線はボーマンに命中して炎を消していく。どうやら冷気の紋章術のようだ。
(こいつを助ける気か?何でまた?)
数秒後、ボーマンを燃やしていた炎は完全に消火された。
レザードが呪紋を止めたのを見てクリフは口を開こうとしたが、それより先にレザードが話し始めた。
「先程は私の力が及ばずにあなた方を置き去りにしてしまう事となり、申し訳ありませんでした」
「あん?」
クェーサー戦の話のようだ。
「本来の私の移送方陣ならば、あの場に居た全員を移動させる事が可能だったのですが、
能力制限のせいか、ここでは移送方陣の効果範囲がごく狭い範囲に狭められているようです。
私もその事には、先程移送方陣を発動させた時に初めて気付きました」
「…要するに、自分だけ逃げ出す事になったのは能力制限のせいだと言いたいのか?」
「言い訳にしかなりませんがその通りです。そして、移送方陣には回数制限も掛けられていたようで、
再び移送方陣でお2人を助けに行こうとしても、発動する事すら不可能でした。
ですが、これは完全に私の落ち度です。私がもっと早い段階で移送方陣を試して能力制限に気付いていれば、
金龍には別の手段を用いて対抗する事が出来たのですから。
…ともあれ、ご無事で何よりです」
その言葉を聞き、クリフは考える。
確かにこのようなサバイバルゲームでは瞬間移動の能力は強力すぎる。
ルシファー側からしてみれば是非とも制限を掛けたい能力なのは間違いないと思われ、レザードの言ってる事は筋が通っている。
筋は通っているのだが、クリフは先程レザードに置き去りにされたという印象が強く、
彼の言い分を鵜呑みには出来ない気持ちが大きかった。しかし、否定する材料も無い。
釈然としないが、クリフはとりあえず置き去りにされた事は置いておく事にした。聞きたい事はもう1つある。
「チッ、それはまあ良い。それでお前、何でこいつを助ける?」
「いえ、彼には少々聞きたい事が有りましてね…尤も話す事が可能なら、ですが。まあ、その事については後程説明致します。
それよりもクリフ、あの後金龍はどうなったのです?貴方とソフィアとで倒したのですか?」
その質問を受け、クリフはソフィアの事を思い出した。ソフィアにも危険が迫っているのだった。
「そうだ!っつぅ!」
レザードにソフィアの事を話そうとして思わず力んでしまい、身体が痛み、よろめいた。
そこにレザードが駈け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?…無理をしてはいけません。少し横になると良いでしょう」
レザードは倒れかけるクリフを両手で支え、地面に寝かせた。
「レザード…お前ソフィアを助けに行ってやってくれ!ソフィアが危ねえんだ!」
「落ち着いて下さいクリフ。ソフィアが危険と言うのはどういう事です?」
「こいつの仲間とソフィアが戦ってんだ」
クリフはボーマンを指差す。
「クェーサーの事は俺にも良く分からねえ。奴との戦いの途中で気を失っちまって、目が覚めた時は奴はもう居なかった」
レザードは1つ頷き、先を促した。
「だがクェーサーの代わりに…て言うのも変だが、俺が起きた時はソフィアがこいつらと戦ってた。
このオッサンと、龍を背負った男と、後もう1人、ただ突っ立って見てただけの野郎だが、その3人組だ」
「…ソフィアが戦っていた?彼女1人で、ですか?」
レザードは怪訝な顔をした。ソフィアが戦っているという事が信じられない様子だ。
「他に誰が居るっつーんだ!…あ、いや、そういや何でか知らねえがルーファスの奴が生きてたみたいだ。
俺が起きた時、側に寝ていやがった。…もしかしたらクェーサーはあいつが何とかしたのかもしれねえ。
今もルーファスが起きてりゃ良いんだが…」
「…なるほど、大体の状況は理解しました。ソフィアの居場所は金龍と戦っていた場所ですね?」
レザードがそう言い、立ち上がったところを
「そうだ、頼むぜ。…あ、ちょっと待て」
クリフが引き止めた。
「…どうしました?」
「さっきの放送内容教えてくれねえか?聞き逃しちまってよ」
「…申し訳有りませんが、私も聞き逃してしまったのです。今貴方に伺おうと思っていたのですが…」
お前もかよ、とクリフは1つ舌打ちをした。
「…そうか。じゃあもう1つ。お前、回復の呪紋って使えねえか?使えるなら1つ頼みたいんだがな。
俺はミラージュを助けに行ってやらなきゃならねえんだ」
ミラージュの事はクェーサーに襲われる前の情報交換で話していた。
「…ミラージュ?確か鎌石村役場に待たせているという、貴方とソフィアの仲間でしたね?
ですが、今、ここから向かわれるおつもりですか?」
レザードは眉をひそめる。おそらく禁止エリアの事が引っかかっているのだろう。
クリフはレザードに、禁止エリアの30秒の時間制限について話した。
「そう言う事でしたか…」
レザードは何やら考え込みそうな雰囲気だ。
「考えんのは後回しにしてくれ。で、回復呪紋は出来るのか?」
レザードは我に返ったような表情を見せたが、クリフと目が合うと微笑みを見せた。
「勿論です。では横になり目を閉じていて下さい」
「…悪いな」
クリフは言われた通り、目を瞑る。レザードが再びクリフの側に屈み込む気配が感じられた。
「少し冷えますが、心配なさらず、そのまま横になっていて下さい」
(冷える?何で冷えるんだ?)
クリフがそう聞こうとしたその時、クリフの身体を冷気が包んだ。
冷気の正体が何なのか、考える間も与えられず、クリフの意識は急速に暗闇に落ちていった。
クリフの話を聞き終えたレザードは、男の消火に使ったのと同じ呪文でクリフを凍結させ、彼のデイバッグの中身を確認した。
だが、目当てのドラゴンオーブは入ってない。やはりレナスが持っているようだ。
(まあ、期待はしていなかったがな。
それにしても…この男正気なのか?ソフィア1人にヴァルキュリアを任せるとは愚作、愚行にも程がある。
考えたくはないが、これではヴァルキュリアが既に殺されている可能性も高いか…?)
レザードが想定していた状況の中でも、今の状況は限りなく最悪に近い。
最悪なのは当然、レナスが既に殺されている場合である。
現状ではまだレナスは(クリフが確認した時点では)生きている、とはいえ、
ソフィアが1人でレナスを守っているというのは、最悪の状況と大して変わらないとレザードには思えた。
そして、レナスをそんな状況に陥らせたクリフに激しい怒りを感じていた。
(…いや、2人がかりでもソフィア1人を殺しきれなかったような屑共が相手ならば、まだ結論を出すのは早い。
…どちらにしても、まずはこの男だ)
レザードは燃えていた男の様子を伺う。レザードはその男に利用価値を見出していた。
(この男も凍結させるつもりだったのだがな…フリーズチェックの類の道具でも持っているのか。
…ま、それはどうでも良いが)
燃えていたにも関わらず全く動く様子も見られなかったので既に死んでいる可能性が高いと考えていたが、
腹部が僅かに上下に動いていた。つまり呼吸は止まっていないようだ。
レザードは触診する。彼はホムンクルス研究の一環として、人体の構造には精通していた。
先程起きた爆発音からすれば身体の一部が吹き飛んでいても不思議では無かったのだが、そのような致命的な怪我は見当たらない。
(察するに、頭部を強打され脳震盪を起こし、気を失ったところに火を点けられた、といったところか。
頭蓋や首に骨折は見られない。内臓の破裂も無さそうだ。ならば最も重傷なのは火傷部分か)
レザードは自分の荷物からアップルグミとペットボトルを取り出した。
アップルグミを全てすり潰し、ペットボトルに入れて軽く振る。そして男の口へ少量ずつ、ゆっくり流し込んだ。
(グミ単品ではあまり期待は出来ないが、全て使えばあるいは…)
グミ入りの水を全て飲ませ、少し待つと効果が表れ始めた。
焼けただれていた皮膚が多少回復したが、期待していた程の効果は無い。
「ふむ…この程度か。まあ試しておくには良い機会だ」
レザードはそう言い、呪文の詠唱を始めた。
『キュア・プラムス』
癒しの光が男を包む。だが、アップルグミ同様、予想以上に効果が見られない。
普段ならば8割方のダメージを回復出来る回復呪文だが、ここでは回復効果は1割有るかどうかといったところだった。
それでもグミの効力と合わせて、どうにか火傷は重度から軽度くらいまでには回復していた。
(私の「キュア・プラムス」でもこの程度か…攻撃呪文よりも回復呪文の方が制限が厳しいようだな。…仕方あるまい)
レザードがもう1度キュア・プラムスを唱えると、男は微かな呻き声を上げ始める。
(この程度回復すれば動けるだろう。…時間が惜しい。さっさと意識を取り戻して頂くとしよう)
レザードは、もう一本ペットボトルを取り出すと、少し乱暴に男の口に水を流し込んだ。
溺れているような感覚と共にボーマンは意識を取り戻した。そして、
「――ブハッ――ッゲホッゲハッゴヘッ」
口から水を吐き出し、噎(む)せた。噎せながら身体を捻りうつ伏せになる。咳が止まらず、肺が苦しい。
(何だ!?この水は?)
ボーマンは胸を押さえて地面に手をつくと、しばらくの間何も考える事が出来ずに、ただ噎せていた。
「気付かれましたか。良かった」
声を掛けられて初めてボーマンは誰かが側に居る事に気付き、振り返った。
(誰だこいつは?)
全く面識の無い男をボーマンは警戒し、咳き込みながら睨み付ける。
「誤解しないで頂きたい。私に戦う気など有りません。私の名はレザード・ヴァレス。
貴方に協力して頂きたい事がありましてね、不躾ですが戦いに割り込ませて頂きました」
ボーマンは自分が戦闘中だった事を思い出した。死方陣でクリフに止めをさそうとした後、記憶が無い。
(そうだ!俺は何で倒れてるんだ?金髪の野郎は?)
ボーマンは辺りを見回し、そしてクリフの氷像に気付いた。
「何だ?…どうなってんだ、これは?」
驚いてレザードを見る。やったとしたらこの男しかいない。
「…これはアンタがやったのか!?」
「そうです」
「さっき『戦う気がない』とか言ってたよな…こんなことしでかしといて、『戦う気がない』だ?」
「ああ、彼は凍結しているだけで、命に別状は有りません。十~数十分もすれば自然と元に戻りますよ。
貴方と話をするには、こうした方が都合が良かったものですから。
それに、私が助けなければ貴方は命を落としていたのですよ?疑われては心外です」
言われてボーマンは身体中、特に頭と首、そして上半身が妙に痛む事に気が付いた。
身体を見ると、服は所々焼け焦げ、上半身には火傷が出来ている。さっきまではこのような焦げ跡、火傷は無かった。
いつの間にか気絶していたようだが、何故気絶するような事になったのか全く覚えていない。
ボーマンは立ち上がろうとし、身体がダルく、重い事を自覚する。このダメージにもやはり覚えが無い。
おそらく死方陣を放った時、クリフに手痛い反撃、それも気絶するような一撃を喰らわされたのだろう。
この男が助けてくれていなければ自分が死んでいたと言うのもどうやら確かのようだ。
「…一応、礼は言っといた方が良さそうだな。えっと、レザードっつったか?俺はボーマン・ジーンだ。
助けてくれてありがとよ。アンタの目的もこのゲームを止める事かい?」
ボーマンは自分が殺し合いに乗っていない事を仄めかした。
彼は、殺し合いに乗っていない人物ならば利用する、というスタンスを変える気は全く無かった。
例え、それが自分の命を救ってくれた人物だとしてもだ。むしろそのような人物の方が利用しやすい。
見たところ紋章術師の様だし、仲間にしておいて損は無い。そう思った。
「目的を偽らなくて結構ですよ?あなた方から彼らに襲い掛かったのでしょう?」
「――!?」
言い当てられ、ボーマンは言葉に詰まってしまった。
(チッ、こいつ、金髪と情報交換でもしてやがったのか?
「割り込んだ」とか言うからてっきり不意打ちで凍らせたものかと思ったが…いや、まだ誤魔化せる)
そう簡単に殺し合い乗ってる事を認める訳にはいかない。ボーマンはどうにか誤魔化す事を考えた。
「…確かにそうなんだが、元はと言えばそいつ等が、まだ14,5歳くらいの少女を殺してね。
その子の敵を取ってやろうとしたのさ。俺はそんな弱い者を殺すような奴が1番嫌いでね」
ボーマンはクリフ達に襲い掛かった大義名分を話す。
先程、役場で別の参加者に出会った場合にクリフを貶める為に考えた大義名分だった。これは半分は事実なのだ。
そして、事実である分、作り話と比べれば話し易かった。
「ほう…14,5歳の少女?…もしや、その少女とは金髪で髪を左右に分け、赤い衣服を身に纏っていた少女、ですか?」
「――!?…ああ、そうだが…知ってる子か?」
再び言い当てられ、ボーマンは少しレザードに不気味な気持ちを抱く。
「いえ、知り合いという程ではありません。それより確認しますが、その少女が殺されるところを見たのですか?」
「…いや、殺されるところってか、その少女の死に目にあったのさ。誰かに襲われて必死で逃げてきたようでな。
酷え有様だったぜ。全身を何かで貫かれたような傷跡があって、血塗れだった。
彼女の血の跡を辿っていったらその男達が居たって訳さ」
これも事実だ。最も事実を話しているからと言って、相手が信じてくれるかは別問題だが。
「『逃げてきたようだ』という事は、その少女とは会話はしていないのですね?」
「…ああ、話す事も出来ない状態だった」
「そういうことですか。これで確信出来ました」
どうやら誤魔化せたようだ。ボーマンはホッとする。
「分かってくれたかい?」
レザードは微笑んで言う。
「ええ、貴方が確実に殺し合いに乗っている事が確信出来ました」
「ちょっ!?…おいおい兄ちゃん、アンタ話聞いてたのかよ?」
「勿論聞いていましたよ。貴方はその少女が殺される現場は見ていないのでしょう?」
「いや、だからな――」
ボーマンは再び説明しようとしたが、その言葉はレザードに遮られた。
「そして、少女の血の跡を辿っていった先で、クリフ達と出会った。その時、話が出来た人物はソフィアのみ。
…ああ、ソフィアというのはこの男の仲間の娘の名前ですけどね。
殺し合いに乗っていない人物が、あの小娘に問答無用で攻撃を仕掛ける訳が無いのですよ。
彼女と会話をしていたとすれば、なおさら詳しく事情を聞き出そうとするでしょう。
あれほど無害そうな娘ですし、ソフィアから先に攻撃を仕掛けるような事はまずありませんからね。
もしも少女が直接殺される場面を見ていた、もしくは死に際に敵討ちでも頼まれた、と言うならば、
殺し合いに乗っていない者でも敵を討つ為にソフィアのような小娘に襲い掛かる、と言う事は充分有り得ますが、
貴方はどちらもそうではないと仰った。
おそらく貴方の目的は、主催者に対抗しているかのような意思表示してこの殺し合いで利用できる仲間を増やす事、でしょう?
そう、今私にやろうとしていたようにね。
貴方の仲間の『龍を背負った男』というのも貴方と同じ考えでしょうね。
唯一殺し合いに乗っていないのは、ソフィアに襲い掛からず、ただ立ち尽くして見ていたという男のみ。違いますか?」
レザードはボーマンに口を挟む余地も与えず、一方的に捲くし立てた。
ボーマンも途中から口を挟もうとは思わなくなり、レザードを睨みつけていた。それほど完璧に見透かされた。
この男が知り合いだったのは金髪少女ではなく、クリフとその仲間の方だったという事か。
ここから誤魔化す事は出来ないだろう。
「…てめえ、この金髪の仲間か?」
だったら何故氷付けにしているのかが疑問ではあったが、そうとしか考えられない。
「そんな事はどうでも良いでしょう?それより、先程申し上げたはずです。『目的を偽らなくて結構です』と。
貴方がこの殺し合いに乗っている事は私にとっても都合が良いのです。その事を想定した上で、貴方に治療を施したのですから」
「…どういうことだ?」
「私と協定関係を結びませんか?取引と言い直しても差し支え有りませんが。
私は貴方の命を助けました。その代価として、して頂きたい事があるのです」
手を組もうという事だろうか。
ボーマンは正直、このレザードという男とは関わりたくなかった。自分が何を企もうと、全て見抜かれる様な気がしていた。
出来ればここは逃げ出したいのだが、自分をマーダーだと気付いている人物を野放しにしておくのも不安がある。
殺すにしても、今のコンディションで勝てる自信はあまり無い。
とりあえず、話を聞くだけでも聞いてみるか、とボーマンは考えた。
「…何がしたいんだ?」
「今、貴方の仲間はソフィアと戦闘中ですね?その戦闘を止めて頂きたいのです」
「戦闘を止める?あの嬢ちゃんを助けてくれって事か?」
(やっぱり仲間なんじゃねえかよ)
ボーマンはそう思った。が、すぐに否定される。
「そうではありません。ソフィアの側に緑髪の長髪の男が眠っていましたね?
彼に用が有りましてね、今死なれるのは困るのですよ」
(そういやもう1人眠ってたな。そっちを助けたいってのか。…だけど、手遅れなんじゃねーか?)
ボーマンの考えを見抜くかのようにレザードが続ける。
「もしも手遅れでしたら、せめて彼に預けた私の道具だけでも回収したいのです。
貴方の仲間が彼を殺した場合は、彼の道具は貴方の仲間が手に入れる事になるでしょう?
その場合、私がそれを回収するには貴方に協力して頂くのが最も効率が良い」
(要するにその道具が目的という事か?…それなら、緑髪の男が死んでても逆上して向かって来る事はなさそうだな。
それに、もし向かってきてもその時にはアシュトン達と一緒だ。3人がかりなら負けねえだろ。
…断ったら今1人でこいつと戦うハメになりかねねえし、だったらここは、とりあえず引受けておくのが無難か。
アシュトン達と合流したら…ま、成り行き次第だな)
ボーマンはとりあえずレザードとの取引に乗る事に決めた。
「…そんな事で良けりゃ協力しても良いけどよ、俺の仲間を止めるにしても何か理由が必要だろ?
俺達も『少女の敵討ち』を理由に攻撃を仕掛けたんだから、『何でもいいからやめろ』ってんじゃあいつらも納得しないぜ?」
ボーマン達は一応「正義の為に」という大義名分をかざして襲い掛かったのだ。
それを止めさせる理由がボーマンには思い浮かばなかったのだが、レザードは考える様子も見せずに言った。
「簡単です。『少女の敵討ち』という誤解が解けて、貴方とクリフは和解した事にすれば良い」
「誤解?誤解ったって、実際あいつらが殺したんだろ?ソフィアって嬢ちゃんはそう言ってたぜ?」
「それは事実ですが、その『金髪の少女』が曲者でしてね。ソフィア達が居た場所はご覧になられたでしょう?」
言われてボーマンはソフィアの居た場所を思い返す。地面にはいくつものクレーターが有り、木々は薙ぎ倒されていた。
「ああ。酷え有様だったが…おいおい、まさかアレをやったのがあの『金髪の少女』だとか言わねえだろうな?」
「月並みな言い方ですが、そのまさか、です。あの少女は外見とは裏腹に、強大で凶暴な魔力を持つ怪物でした。
いえ、正確に言えば、その怪物があの少女の身体に乗り移っていたようです。
それは、自らの事を『神』と称していましたが、確かにそれだけの能力を持っていました」
「『神』だ?」
ボーマンは十賢者達を思い出す。
(…自称『神』ってのにはろくな奴がいねえな)
「ええ、その力で我々に襲い掛かってきたのですよ。
私はその戦いで逸れてしまいましたが、どうにかクリフ達は勝利を収めてくれたようです」
『金髪の少女』が怪物だった。
にわかには信じがたい話ではあるが、先程少女の死体を調べ、
少女の腕に素手で人を貫いたような痕跡を確認しているボーマンは割とすんなり受け入れる事が出来た。
「なるほどな…実は悪者は『金髪少女』の方、か」
「そういうことです。貴方とクリフは誤解が解ければ、表面上は主催者に対抗する者達同士。
協力し合う事になっても不思議は有りません」
理屈は通る。チェスターなんかはソフィアを殺さずに済んで喜ぶかもしれない。
「…それなら何とかなりそうだな。じゃあ協力するぜ」
「感謝致します。そうと決まれば急ぎましょう」
レザードは自分の荷物をまとめ始める。だが、ボーマンには1つ気になる事があった。
「おいおい、ちょっと待て。まだ何か有るんだろ?」
「はい?」
「俺が殺し合いに乗っていた方が都合が良いって言っただろ?だったら、他に何か俺にやらせたい事が有るって事だよな?」
「ええ。仰る通りですが、今は時間が惜しい。その話は移動しながらにしませんか?」
「…まあ別に良いけどな、それも『命を助けてもらった分の要求』に入るのか?」
マーダーにやらせたい事など汚れ仕事以外の何物でも無いだろう。確かに命は助けてくれたようだが、
正直、今一その実感は無いのだ。にも拘らず、そう幾つも要求されたのでは割に合わない気がした。
「…何か要求が有るのならば伺いますよ。私に出来る事であれば」
「別にそう面倒な事じゃないさ。何かアイテムを分けてくれりゃそれで良いぜ」
ボーマンは別にレザードにやらせたい事など無い。
いや、利用できるならそれに越した事は無いが、この男は今一信用出来ない。
それなら道具を分けてもらうくらいが無難で確実だろう。
「ならば…ふむ、そうですね、ついでですし、少々お待ちを」
レザードはそう言って、自分のデイバッグから剣を取り出した。
(剣かよ…)
ボーマンは正直落胆した。自分は剣を扱えない。
アシュトンとアイテムを交換する時になら使えそうだが、出来れば直接自分が使えるものが良い。
「…他の物は無いか?悪いが剣は苦手でな」
「いえ、この剣は、こう使うのです」
レザードはクリフの氷像の前に立つと、刃を下に向けた剣を構え、振りかぶった。
「え?(おい、ちょっと待て――)」
ボーマンがそう声を掛けようとしたが、レザードは既に剣を振り下ろしていた。
『バリィン!』と氷の砕ける音が響く。レザードの剣はクリフの胸から背中に突き抜け、完全に心臓を貫いた。
剣を引き抜く時、クリフの砕けた胸部がパラパラと地面に落ち、クリフの胸部には太い槍で貫かれたような風穴が開いた。
これには流石にボーマンも驚いた。
クリフが死ぬ事自体は別にどうでも良いが、レザードとクリフは仲間だったはずだ。まさか何の躊躇いも見せずに殺すとは。
レザードは続けて、凍っているクリフのデイバッグの取っ手を切り落とし、唖然としているボーマンに話しかけてきた。
「彼のデイバッグを差し上げましょう。…ああ、失礼、貴方にはこのガントレットも必要ですね」
ボーマンが装備しているエンプレシアを見たレザードは再び剣を振りかぶり、クリフの両腕を砕き落とす。
もうボーマンも声を掛けようとは思わなかった。
「凍結している人間は返り血の心配がありませんからね、後始末が楽で良い。…さて、これで如何です?」
レザードはクリフの腕からミスリルガーターを外し、クリフのデイバッグに入れてボーマンの足元に放り投げた。
「…こいつ、お前の仲間じゃ無かったのか?」
「その様な事は1度も申し上げておりませんが?」
「…さっき一緒に『金髪少女』と戦ったとか言ってただろうが」
「共闘したからといって仲間とは限らないでしょう?それに、彼は重大なミスを犯していますのでね、罰のようなものです」
レザードはなんでもない事のように言う。
「罰…ねえ…」
(罰って…死刑じゃねえか。こいつ、上手くすりゃ利用出来るか?
とか考えてる場合じゃねえな。適当なところで逃げねえと…)
ボーマンはレザードの妙な威圧感に気圧されていた。クリフから感じた威圧感とは全く異なる威圧感だ。
そう、強いて言えば、レザードの威圧感は十賢者達から感じたそれに近い。人を人とも思わない、あの冷酷な威圧感に。
「それではお気に召しませんか?」
レザードが問いかけてきた。
ボーマンはとりあえず、今の出来事は気にしないことにして、デイバッグの中身をチラリと確認する。
ミスリルガーター以外にもいくつかのアイテムが見えた。
「…いや、上等だぜ」
そして自分の荷物とまとめた。
今装備しているエンプレシアを外し、早速ミスリルガーターを装着する。
試しに素振りをしてみるが、やはりエンプレシアに比べると格段に使い勝手が良かった。
「だけどよ、クリフがこれ装備してたのはソフィアも知ってるだろ。
俺が持ってたらやべえんじゃねえか?そもそも『俺と戦ってたクリフはどうした?』なんて聞かれたらどうするんだよ?」
「…まあ、同じ型の武器が支給されていても不思議は有りませんが、
その点には気付かずに疑問を持たれる可能性も有りますね…
しばらくそのガントレットはデイバッグに仕舞っておいて頂けますか?」
「…ま、しょうがねえな」
結局ミスリルガーターはデイバッグに仕舞い、再びエンプレシアを装着した。
「クリフの行方ですが、彼は鎌石村役場に仲間を待たせていました。
その方を迎えに行った事にすれば良いでしょう。その後で何が起きようとも我々の知るところでは有りません。
例え氷漬けにされて砕かれようとね」
「役場に仲間が居る?なるほどな、道理で…」
ボーマンはクリフが自分を追いかけてきた理由を理解した。
実際のところは彼も役場に向かっていただけの事だったのだ。
「他にはありませんね?それでは急ぎましょう。繰り返しますが、時間が惜しい。
もう1つの取引と情報交換等は道すがら行います。宜しいですね?」
「ああ」
2人はD-5東部に向かって走り始めた。
ボーマンは最後にクリフの氷像をチラリと見て、そしてレザードの背中を睨んだ。
(こうはならねえように、気ィ引き締めてくか)
ボーマンは、レザードの後からついて行く。とてもレザードに背中を見せる気にはなれなかった。
走り始めてすぐ、ボーマンが質問をしてきた。
「それで、もう1つの要求ってのは何なんだ?」
ボーマンがレザードのやや後ろを走っているが、レザードは振り向かずに話す。
「これはソフィア達2人が生きている事が前提ですが」
「ああ。んで何だよ?」
「緑髪の男にはばれないように、ソフィアを殺害して頂きたい」
「…はあ?」
レザードの2つ目の要求。
それは、先程クリフが生きている事を知った時に生まれた目的、ソフィアの殺害だった。
ソフィアは今では戦う気構えを見せているようだが、所詮はソフィア、実力の程度は知れている。
ソフィアが生きている限り、レナスはソフィアを守り続けようとするだろう。
それはつまり、先の金龍戦の様な事を繰り返す恐れが有り、レナスを死の縁に立たせ続ける事に他ならない。
レザードは、ソフィアの為にレナスを失う、などという事は断じて許せなかった。
ならばその危険性の元凶であるソフィアには居なくなってもらう。これがレザードの出した結論。
ソフィアを殺さずとも、例えばブラムスのようにレナスが信用出来る強者にソフィアを任せ、
レナスとソフィアに別行動を取らせる事が出来るのならばそれでも良いのだが、
ブラムスが錬石村に先行している現在、そのような都合の良い強者が他に居るはずも無く、やはり殺すのが最も手っ取り早い。
いつ再び金龍のような敵が現れるかは分からないのだから。
「そんなもん自分でやれば良いじゃねえか。まさか、女は殺したくない、とか言わねえだろうな?」
「その様なつまらぬ信条は持ち合わせていませんが、少々訳が有りましてね」
レザード自らがソフィアを殺すのは容易い事だが、万が一それがレナスにばれてしまってはレナスと敵対する事になってしまう。
それはレザードの望むところではないのだ。
「引き受けて頂けますね?」
「…まあ俺は構わないけどよ。報酬は前払いでもらってる事だしな」
ボーマンはデイバッグをポンッと叩いた。
「では取引成立ですね。ただし、殺害のタイミングは状況を見て私が指示致しますので、決して先走らぬようにお願いします」
「ああ」
ソフィア殺害の前に、ドラゴンオーブだけは何としても確保しなくてはならない。
脱出する際、ドラゴンオーブが有ればソフィアの能力『コネクション』が不必要だという事は
先程ソフィア達を見捨てた時に結論付けたが、逆に言えばドラゴンオーブが無ければソフィアが必要となってしまうのだ。
もしもドラゴンオーブが破壊されているなりなんなりでこの殺し合いの舞台から消失してしまえば、
レナスと共に脱出するには、不本意ながらソフィアに頼るしか無く、殺す訳にはいかなくなる。
「で、2人が死んじまってる場合は、さっき言ってたみたいに、緑髪の男に預けた道具の回収だけで良いのか?」
「…ええ。とりあえずは」
もしレナス、ソフィアが既に殺されている場合は、先程ボーマンに説明した通り
レナスの道具(ドラゴンオーブ)を回収する事を第一に考え、ボーマンはそれに協力させる。
つまり、レナスが生死、どちらの場合でも、ボーマンには利用価値が有るのだ。
むしろ、ボーマンと手を組んだ最大の理由は、この最悪の状況を想定しての事だった。
逆にクリフを殺したのは、ボーマンと手を組む事やソフィアを殺す事などの今後の展開を考えた上で、
ソフィアの仲間であり、ボーマンと戦っていたクリフは邪魔でしかないと判断したからだ。
クリフとソフィアに対してレナスとドラゴンオーブ。天秤にかけるまでも無い。
ドラゴンオーブさえあれば、制限されていた移送方陣や、本来レザード1人では行えない輪魂の呪が使用出来たのだ。
という事は、換魂の法も使用出来る可能性は充分に有る。(元々レザードには換魂の法の知識は有るのだから)
ならばレナスが命を落としていても、再び蘇らせる事が出来るはずなのだ。そうレザードは考えていた。
「とりあえず…ねえ。後からアレコレ追加するのは止めて頂きたいもんだがな」
「ご心配無く。せいぜいクリフの道具分の要求を1つする程度ですよ。
ところで、取引の話はさておき、情報交換を行いたいのですが宜しいですか?伺いたい事が有るのです」
レザードは今の内にボーマンから第3回放送の内容を聞いておきたかった。
話をしやすいよう、少し走るペースを落としてボーマンと並ぼうとする。
だが、何故かボーマンもペースを落とし、前に出てこようとしない。
レザードは振り返り、ボーマンの顔をチラリと伺う。そして前を向き直し、
(ふん…それで警戒しているつもりか?…まあいい。せいぜい役に立って頂きますよ?)
そう考え、ボーマンを蔑むように微笑んだ。
レザードとボーマンが走り去って数分後、クリフの氷像が解凍し始めた。
完全に凍り付いていた身体が元に戻り始め、徐々にクリフの目が開きだす。
クリフは胸を貫かれていたが、体中が凍結して、いわば仮死状態のようになっていた為、その時点では絶命しなかったのだ。
そして今、その凍結は自然と解除された。
(…終わったのか?)
今、クリフの胸には風穴が開き、両腕は砕け散っている。
だが凍結していた事が彼の痛覚を完全に麻痺させていた為、本来襲いかかるはずの激痛は、彼には感じられていなかった。
クリフは起き上がろうとした。が、身体が全く動かない。
胸の風穴、そして両腕から出血が始まっていた。瞬く間におびただしい程の量の血液が流れ出てくる。
クリフは再び冷気を感じ、急激に目の前が暗くなり始め、意識が薄れていった。
(何だよ、まだ終わってねえのか)
それは先程意識を失った時と同じ様な感覚だったので、クリフはまだ治療中であるものだと思い込むがそれは違った。
今クリフが冷気だと感じたもの、それは単に出血多量による体温の低下だった。
出血した血液は地面に染み込むが、すぐに飽和状態となり、土の上に血溜まりを作り始めた。
(とっとと頼むぜ、レザード。ミラージュを待たせてんだからよ…)
心の中でレザードに話しかける。
だが、その場所に居るのはクリフのみだ。他には誰もいない。クリフはその事にも、もう気付けない。
クリフの意識は再び暗黒に落ちていく。
先程との決定的な違いは1つだけ。
彼が目覚める事は、もう二度と、無かったという事だ。
【D-5/深夜】
【レザード・ヴァレス】[MP残量:25%]
[状態:疲労小]
[装備:サーペントトゥース、天使の唇、大いなる経典]
[道具:神槍パラダイム、エルブンボウ、矢×40本、レナス人形フルカラー、ブラッディーアーマー、アントラー・ソード、転換の杖@VP(ノエルの支給品)、ダブった魔剣グラム@RS、合成素材×2(ダーククリスタル、スプラッシュスター)、荷物一式×5]
[行動方針:愛しのヴァルキュリアと共に生き残る]
[思考1:愛しのヴァルキュリアと、二人で一緒に生還できる方法を考える]
[思考2:その他の奴はどうなろうが知ったこっちゃない]
[思考3:ドラゴンオーブを確保する]
[思考4:ボーマンを利用し、足手まといのソフィアを殺害したい]
[思考5:四回目の放送までには鎌石村に向かい、ブラムスと合流]
[思考6:ブレアを警戒。ブレアとまた会ったら主催や殺し合いについての情報を聞き出す]
[思考7:首輪をどうにかしたい]
[備考1:ブレアがマーダーだとは気付いていますが、ジョーカーだとまでは気付いていません]
[備考2:第3回放送の内容はボーマンから聞き出しています]
[備考3:アップルグミは使い切りました]
[備考4:クリフのデイバッグはドラゴンオーブが有るかチェックしただけで、入ってるアイテムまでは把握してません]
【ボーマン・ジーン】[MP残量:5%]
[状態:全身に打身や打撲 上半身に軽度の火傷]
[装備:エンプレシア、フェイトアーマー]
[道具:調合セット一式、七色の飴玉×2、ミスリルガーター、サイレンスカード×2、エターナルソード、メルーファ、バニッシュボム×5、フレイの首輪、荷物一式×5]
[行動方針:最後まで生き残り家族の下へ帰還]
[思考1:完全に殺しを行う事を決意。もう躊躇はしない]
[思考2:アシュトン・チェスターを利用し確実に人数を減らしていく]
[思考3:とりあえずレザードと一緒に行動。取引を行うか破棄するかは成り行き次第]
[思考4:安全な寝床および調合に使える薬草を探してみる]
[備考1:調合用薬草は使いきりました]
[備考2:アシュトンには自分がマーダーであるとバレていないと思っています]
[備考3:ガソリン塗れの衣類は焼けています。再び引火する可能性の有無は後の書き手さん次第で]
[備考4:クリフのデイバッグはまだ詳しくは中身を確認していません]
[備考5:ミニサイズの破砕弾が1つあります]
[備考6:バーニィシューズは壊れました]
&color(red){【クリフ・フィッター死亡】}
&color(red){【残り21人+α?】}
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|[[第113話(中編)>頼れる相棒,守るべき妻子,愛しき女神の元へ (中編)]]|COLOR(red):クリフ|―|
|[[第113話(中編)>頼れる相棒,守るべき妻子,愛しき女神の元へ (中編)]]|ボーマン|[[第120話>Stairway To Heaven(前編)]]|
|[[第113話(中編)>頼れる相棒,守るべき妻子,愛しき女神の元へ (中編)]]|レザード|[[第120話>Stairway To Heaven(前編)]]|
**第113話 頼れる相棒,守るべき妻子,愛しき女神の元へ (後編)
「クリフ、ご無事でしたか」
後ろから声を掛けられた。まだ耳鳴りが残っている為に少し声が遠いが、聞き取る事は出来る。聞き覚えのある声だ。
クリフが振り向くとレザードが微笑みながら、左手をクリフの方向に向けて立っていた。
「レザード!?てめえ、さっきはよくも…って、おい!?」
レザードの左手に紋章力のようなエネルギーが集まっている。
クリフがまさか、と思った瞬間、レザードの左手から光線が撃ち出された。
クリフは反射的に防御体勢を取るが、光線はクリフの身体の横を通りぬけていった。
目で光線の軌道を追うと、光線はボーマンに命中して炎を消していく。どうやら冷気の紋章術のようだ。
(こいつを助ける気か?何でまた?)
数秒後、ボーマンを燃やしていた炎は完全に消火された。
レザードが呪紋を止めたのを見てクリフは口を開こうとしたが、それより先にレザードが話し始めた。
「先程は私の力が及ばずにあなた方を置き去りにしてしまう事となり、申し訳ありませんでした」
「あん?」
クェーサー戦の話のようだ。
「本来の私の移送方陣ならば、あの場に居た全員を移動させる事が可能だったのですが、
能力制限のせいか、ここでは移送方陣の効果範囲がごく狭い範囲に狭められているようです。
私もその事には、先程移送方陣を発動させた時に初めて気付きました」
「…要するに、自分だけ逃げ出す事になったのは能力制限のせいだと言いたいのか?」
「言い訳にしかなりませんがその通りです。そして、移送方陣には回数制限も掛けられていたようで、
再び移送方陣でお2人を助けに行こうとしても、発動する事すら不可能でした。
ですが、これは完全に私の落ち度です。私がもっと早い段階で移送方陣を試して能力制限に気付いていれば、
金龍には別の手段を用いて対抗する事が出来たのですから。
…ともあれ、ご無事で何よりです」
その言葉を聞き、クリフは考える。
確かにこのようなサバイバルゲームでは瞬間移動の能力は強力すぎる。
ルシファー側からしてみれば是非とも制限を掛けたい能力なのは間違いないと思われ、レザードの言ってる事は筋が通っている。
筋は通っているのだが、クリフは先程レザードに置き去りにされたという印象が強く、
彼の言い分を鵜呑みには出来ない気持ちが大きかった。しかし、否定する材料も無い。
釈然としないが、クリフはとりあえず置き去りにされた事は置いておく事にした。聞きたい事はもう1つある。
「チッ、それはまあ良い。それでお前、何でこいつを助ける?」
「いえ、彼には少々聞きたい事が有りましてね…尤も話す事が可能なら、ですが。まあ、その事については後程説明致します。
それよりもクリフ、あの後金龍はどうなったのです?貴方とソフィアとで倒したのですか?」
その質問を受け、クリフはソフィアの事を思い出した。ソフィアにも危険が迫っているのだった。
「そうだ!っつぅ!」
レザードにソフィアの事を話そうとして思わず力んでしまい、身体が痛み、よろめいた。
そこにレザードが駈け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?…無理をしてはいけません。少し横になると良いでしょう」
レザードは倒れかけるクリフを両手で支え、地面に寝かせた。
「レザード…お前ソフィアを助けに行ってやってくれ!ソフィアが危ねえんだ!」
「落ち着いて下さいクリフ。ソフィアが危険と言うのはどういう事です?」
「こいつの仲間とソフィアが戦ってんだ」
クリフはボーマンを指差す。
「クェーサーの事は俺にも良く分からねえ。奴との戦いの途中で気を失っちまって、目が覚めた時は奴はもう居なかった」
レザードは1つ頷き、先を促した。
「だがクェーサーの代わりに…て言うのも変だが、俺が起きた時はソフィアがこいつらと戦ってた。
このオッサンと、龍を背負った男と、後もう1人、ただ突っ立って見てただけの野郎だが、その3人組だ」
「…ソフィアが戦っていた?彼女1人で、ですか?」
レザードは怪訝な顔をした。ソフィアが戦っているという事が信じられない様子だ。
「他に誰が居るっつーんだ!…あ、いや、そういや何でか知らねえがルーファスの奴が生きてたみたいだ。
俺が起きた時、側に寝ていやがった。…もしかしたらクェーサーはあいつが何とかしたのかもしれねえ。
今もルーファスが起きてりゃ良いんだが…」
「…なるほど、大体の状況は理解しました。ソフィアの居場所は金龍と戦っていた場所ですね?」
レザードがそう言い、立ち上がったところを
「そうだ、頼むぜ。…あ、ちょっと待て」
クリフが引き止めた。
「…どうしました?」
「さっきの放送内容教えてくれねえか?聞き逃しちまってよ」
「…申し訳有りませんが、私も聞き逃してしまったのです。今貴方に伺おうと思っていたのですが…」
お前もかよ、とクリフは1つ舌打ちをした。
「…そうか。じゃあもう1つ。お前、回復の呪紋って使えねえか?使えるなら1つ頼みたいんだがな。
俺はミラージュを助けに行ってやらなきゃならねえんだ」
ミラージュの事はクェーサーに襲われる前の情報交換で話していた。
「…ミラージュ?確か鎌石村役場に待たせているという、貴方とソフィアの仲間でしたね?
ですが、今、ここから向かわれるおつもりですか?」
レザードは眉をひそめる。おそらく禁止エリアの事が引っかかっているのだろう。
クリフはレザードに、禁止エリアの30秒の時間制限について話した。
「そう言う事でしたか…」
レザードは何やら考え込みそうな雰囲気だ。
「考えんのは後回しにしてくれ。で、回復呪紋は出来るのか?」
レザードは我に返ったような表情を見せたが、クリフと目が合うと微笑みを見せた。
「勿論です。では横になり目を閉じていて下さい」
「…悪いな」
クリフは言われた通り、目を瞑る。レザードが再びクリフの側に屈み込む気配が感じられた。
「少し冷えますが、心配なさらず、そのまま横になっていて下さい」
(冷える?何で冷えるんだ?)
クリフがそう聞こうとしたその時、クリフの身体を冷気が包んだ。
冷気の正体が何なのか、考える間も与えられず、クリフの意識は急速に暗闇に落ちていった。
クリフの話を聞き終えたレザードは、男の消火に使ったのと同じ呪文でクリフを凍結させ、彼のデイバッグの中身を確認した。
だが、目当てのドラゴンオーブは入ってない。やはりレナスが持っているようだ。
(まあ、期待はしていなかったがな。
それにしても…この男正気なのか?ソフィア1人にヴァルキュリアを任せるとは愚作、愚行にも程がある。
考えたくはないが、これではヴァルキュリアが既に殺されている可能性も高いか…?)
レザードが想定していた状況の中でも、今の状況は限りなく最悪に近い。
最悪なのは当然、レナスが既に殺されている場合である。
現状ではまだレナスは(クリフが確認した時点では)生きている、とはいえ、
ソフィアが1人でレナスを守っているというのは、最悪の状況と大して変わらないとレザードには思えた。
そして、レナスをそんな状況に陥らせたクリフに激しい怒りを感じていた。
(…いや、2人がかりでもソフィア1人を殺しきれなかったような屑共が相手ならば、まだ結論を出すのは早い。
…どちらにしても、まずはこの男だ)
レザードは燃えていた男の様子を伺う。レザードはその男に利用価値を見出していた。
(この男も凍結させるつもりだったのだがな…フリーズチェックの類の道具でも持っているのか。
…ま、それはどうでも良いが)
燃えていたにも関わらず全く動く様子も見られなかったので既に死んでいる可能性が高いと考えていたが、
腹部が僅かに上下に動いていた。つまり呼吸は止まっていないようだ。
レザードは触診する。彼はホムンクルス研究の一環として、人体の構造には精通していた。
先程起きた爆発音からすれば身体の一部が吹き飛んでいても不思議では無かったのだが、そのような致命的な怪我は見当たらない。
(察するに、頭部を強打され脳震盪を起こし、気を失ったところに火を点けられた、といったところか。
頭蓋や首に骨折は見られない。内臓の破裂も無さそうだ。ならば最も重傷なのは火傷部分か)
レザードは自分の荷物からアップルグミとペットボトルを取り出した。
アップルグミを全てすり潰し、ペットボトルに入れて軽く振る。そして男の口へ少量ずつ、ゆっくり流し込んだ。
(グミ単品ではあまり期待は出来ないが、全て使えばあるいは…)
グミ入りの水を全て飲ませ、少し待つと効果が表れ始めた。
焼けただれていた皮膚が多少回復したが、期待していた程の効果は無い。
「ふむ…この程度か。まあ試しておくには良い機会だ」
レザードはそう言い、呪文の詠唱を始めた。
『キュア・プラムス』
癒しの光が男を包む。だが、アップルグミ同様、予想以上に効果が見られない。
普段ならば8割方のダメージを回復出来る回復呪文だが、ここでは回復効果は1割有るかどうかといったところだった。
それでもグミの効力と合わせて、どうにか火傷は重度から軽度くらいまでには回復していた。
(私の「キュア・プラムス」でもこの程度か…攻撃呪文よりも回復呪文の方が制限が厳しいようだな。…仕方あるまい)
レザードがもう1度キュア・プラムスを唱えると、男は微かな呻き声を上げ始める。
(この程度回復すれば動けるだろう。…時間が惜しい。さっさと意識を取り戻して頂くとしよう)
レザードは、もう一本ペットボトルを取り出すと、少し乱暴に男の口に水を流し込んだ。
溺れているような感覚と共にボーマンは意識を取り戻した。そして、
「――ブハッ――ッゲホッゲハッゴヘッ」
口から水を吐き出し、噎(む)せた。噎せながら身体を捻りうつ伏せになる。咳が止まらず、肺が苦しい。
(何だ!?この水は?)
ボーマンは胸を押さえて地面に手をつくと、しばらくの間何も考える事が出来ずに、ただ噎せていた。
「気付かれましたか。良かった」
声を掛けられて初めてボーマンは誰かが側に居る事に気付き、振り返った。
(誰だこいつは?)
全く面識の無い男をボーマンは警戒し、咳き込みながら睨み付ける。
「誤解しないで頂きたい。私に戦う気など有りません。私の名はレザード・ヴァレス。
貴方に協力して頂きたい事がありましてね、不躾ですが戦いに割り込ませて頂きました」
ボーマンは自分が戦闘中だった事を思い出した。死方陣でクリフに止めをさそうとした後、記憶が無い。
(そうだ!俺は何で倒れてるんだ?金髪の野郎は?)
ボーマンは辺りを見回し、そしてクリフの氷像に気付いた。
「何だ?…どうなってんだ、これは?」
驚いてレザードを見る。やったとしたらこの男しかいない。
「…これはアンタがやったのか!?」
「そうです」
「さっき『戦う気がない』とか言ってたよな…こんなことしでかしといて、『戦う気がない』だ?」
「ああ、彼は凍結しているだけで、命に別状は有りません。十~数十分もすれば自然と元に戻りますよ。
貴方と話をするには、こうした方が都合が良かったものですから。
それに、私が助けなければ貴方は命を落としていたのですよ?疑われては心外です」
言われてボーマンは身体中、特に頭と首、そして上半身が妙に痛む事に気が付いた。
身体を見ると、服は所々焼け焦げ、上半身には火傷が出来ている。さっきまではこのような焦げ跡、火傷は無かった。
いつの間にか気絶していたようだが、何故気絶するような事になったのか全く覚えていない。
ボーマンは立ち上がろうとし、身体がダルく、重い事を自覚する。このダメージにもやはり覚えが無い。
おそらく死方陣を放った時、クリフに手痛い反撃、それも気絶するような一撃を喰らわされたのだろう。
この男が助けてくれていなければ自分が死んでいたと言うのもどうやら確かのようだ。
「…一応、礼は言っといた方が良さそうだな。えっと、レザードっつったか?俺はボーマン・ジーンだ。
助けてくれてありがとよ。アンタの目的もこのゲームを止める事かい?」
ボーマンは自分が殺し合いに乗っていない事を仄めかした。
彼は、殺し合いに乗っていない人物ならば利用する、というスタンスを変える気は全く無かった。
例え、それが自分の命を救ってくれた人物だとしてもだ。むしろそのような人物の方が利用しやすい。
見たところ紋章術師の様だし、仲間にしておいて損は無い。そう思った。
「目的を偽らなくて結構ですよ?あなた方から彼らに襲い掛かったのでしょう?」
「――!?」
言い当てられ、ボーマンは言葉に詰まってしまった。
(チッ、こいつ、金髪と情報交換でもしてやがったのか?
「割り込んだ」とか言うからてっきり不意打ちで凍らせたものかと思ったが…いや、まだ誤魔化せる)
そう簡単に殺し合い乗ってる事を認める訳にはいかない。ボーマンはどうにか誤魔化す事を考えた。
「…確かにそうなんだが、元はと言えばそいつ等が、まだ14,5歳くらいの少女を殺してね。
その子の敵を取ってやろうとしたのさ。俺はそんな弱い者を殺すような奴が1番嫌いでね」
ボーマンはクリフ達に襲い掛かった大義名分を話す。
先程、役場で別の参加者に出会った場合にクリフを貶める為に考えた大義名分だった。これは半分は事実なのだ。
そして、事実である分、作り話と比べれば話し易かった。
「ほう…14,5歳の少女?…もしや、その少女とは金髪で髪を左右に分け、赤い衣服を身に纏っていた少女、ですか?」
「――!?…ああ、そうだが…知ってる子か?」
再び言い当てられ、ボーマンは少しレザードに不気味な気持ちを抱く。
「いえ、知り合いという程ではありません。それより確認しますが、その少女が殺されるところを見たのですか?」
「…いや、殺されるところってか、その少女の死に目にあったのさ。誰かに襲われて必死で逃げてきたようでな。
酷え有様だったぜ。全身を何かで貫かれたような傷跡があって、血塗れだった。
彼女の血の跡を辿っていったらその男達が居たって訳さ」
これも事実だ。最も事実を話しているからと言って、相手が信じてくれるかは別問題だが。
「『逃げてきたようだ』という事は、その少女とは会話はしていないのですね?」
「…ああ、話す事も出来ない状態だった」
「そういうことですか。これで確信出来ました」
どうやら誤魔化せたようだ。ボーマンはホッとする。
「分かってくれたかい?」
レザードは微笑んで言う。
「ええ、貴方が確実に殺し合いに乗っている事が確信出来ました」
「ちょっ!?…おいおい兄ちゃん、アンタ話聞いてたのかよ?」
「勿論聞いていましたよ。貴方はその少女が殺される現場は見ていないのでしょう?」
「いや、だからな――」
ボーマンは再び説明しようとしたが、その言葉はレザードに遮られた。
「そして、少女の血の跡を辿っていった先で、クリフ達と出会った。その時、話が出来た人物はソフィアのみ。
…ああ、ソフィアというのはこの男の仲間の娘の名前ですけどね。
殺し合いに乗っていない人物が、あの小娘に問答無用で攻撃を仕掛ける訳が無いのですよ。
彼女と会話をしていたとすれば、なおさら詳しく事情を聞き出そうとするでしょう。
あれほど無害そうな娘ですし、ソフィアから先に攻撃を仕掛けるような事はまずありませんからね。
もしも少女が直接殺される場面を見ていた、もしくは死に際に敵討ちでも頼まれた、と言うならば、
殺し合いに乗っていない者でも敵を討つ為にソフィアのような小娘に襲い掛かる、と言う事は充分有り得ますが、
貴方はどちらもそうではないと仰った。
おそらく貴方の目的は、主催者に対抗しているかのような意思表示してこの殺し合いで利用できる仲間を増やす事、でしょう?
そう、今私にやろうとしていたようにね。
貴方の仲間の『龍を背負った男』というのも貴方と同じ考えでしょうね。
唯一殺し合いに乗っていないのは、ソフィアに襲い掛からず、ただ立ち尽くして見ていたという男のみ。違いますか?」
レザードはボーマンに口を挟む余地も与えず、一方的に捲くし立てた。
ボーマンも途中から口を挟もうとは思わなくなり、レザードを睨みつけていた。それほど完璧に見透かされた。
この男が知り合いだったのは金髪少女ではなく、クリフとその仲間の方だったという事か。
ここから誤魔化す事は出来ないだろう。
「…てめえ、この金髪の仲間か?」
だったら何故氷付けにしているのかが疑問ではあったが、そうとしか考えられない。
「そんな事はどうでも良いでしょう?それより、先程申し上げたはずです。『目的を偽らなくて結構です』と。
貴方がこの殺し合いに乗っている事は私にとっても都合が良いのです。その事を想定した上で、貴方に治療を施したのですから」
「…どういうことだ?」
「私と協定関係を結びませんか?取引と言い直しても差し支え有りませんが。
私は貴方の命を助けました。その代価として、して頂きたい事があるのです」
手を組もうという事だろうか。
ボーマンは正直、このレザードという男とは関わりたくなかった。自分が何を企もうと、全て見抜かれる様な気がしていた。
出来ればここは逃げ出したいのだが、自分をマーダーだと気付いている人物を野放しにしておくのも不安がある。
殺すにしても、今のコンディションで勝てる自信はあまり無い。
とりあえず、話を聞くだけでも聞いてみるか、とボーマンは考えた。
「…何がしたいんだ?」
「今、貴方の仲間はソフィアと戦闘中ですね?その戦闘を止めて頂きたいのです」
「戦闘を止める?あの嬢ちゃんを助けてくれって事か?」
(やっぱり仲間なんじゃねえかよ)
ボーマンはそう思った。が、すぐに否定される。
「そうではありません。ソフィアの側に緑髪の長髪の男が眠っていましたね?
彼に用が有りましてね、今死なれるのは困るのですよ」
(そういやもう1人眠ってたな。そっちを助けたいってのか。…だけど、手遅れなんじゃねーか?)
ボーマンの考えを見抜くかのようにレザードが続ける。
「もしも手遅れでしたら、せめて彼に預けた私の道具だけでも回収したいのです。
貴方の仲間が彼を殺した場合は、彼の道具は貴方の仲間が手に入れる事になるでしょう?
その場合、私がそれを回収するには貴方に協力して頂くのが最も効率が良い」
(要するにその道具が目的という事か?…それなら、緑髪の男が死んでても逆上して向かって来る事はなさそうだな。
それに、もし向かってきてもその時にはアシュトン達と一緒だ。3人がかりなら負けねえだろ。
…断ったら今1人でこいつと戦うハメになりかねねえし、だったらここは、とりあえず引受けておくのが無難か。
アシュトン達と合流したら…ま、成り行き次第だな)
ボーマンはとりあえずレザードとの取引に乗る事に決めた。
「…そんな事で良けりゃ協力しても良いけどよ、俺の仲間を止めるにしても何か理由が必要だろ?
俺達も『少女の敵討ち』を理由に攻撃を仕掛けたんだから、『何でもいいからやめろ』ってんじゃあいつらも納得しないぜ?」
ボーマン達は一応「正義の為に」という大義名分をかざして襲い掛かったのだ。
それを止めさせる理由がボーマンには思い浮かばなかったのだが、レザードは考える様子も見せずに言った。
「簡単です。『少女の敵討ち』という誤解が解けて、貴方とクリフは和解した事にすれば良い」
「誤解?誤解ったって、実際あいつらが殺したんだろ?ソフィアって嬢ちゃんはそう言ってたぜ?」
「それは事実ですが、その『金髪の少女』が曲者でしてね。ソフィア達が居た場所はご覧になられたでしょう?」
言われてボーマンはソフィアの居た場所を思い返す。地面にはいくつものクレーターが有り、木々は薙ぎ倒されていた。
「ああ。酷え有様だったが…おいおい、まさかアレをやったのがあの『金髪の少女』だとか言わねえだろうな?」
「月並みな言い方ですが、そのまさか、です。あの少女は外見とは裏腹に、強大で凶暴な魔力を持つ怪物でした。
いえ、正確に言えば、その怪物があの少女の身体に乗り移っていたようです。
それは、自らの事を『神』と称していましたが、確かにそれだけの能力を持っていました」
「『神』だ?」
ボーマンは十賢者達を思い出す。
(…自称『神』ってのにはろくな奴がいねえな)
「ええ、その力で我々に襲い掛かってきたのですよ。
私はその戦いで逸れてしまいましたが、どうにかクリフ達は勝利を収めてくれたようです」
『金髪の少女』が怪物だった。
にわかには信じがたい話ではあるが、先程少女の死体を調べ、
少女の腕に素手で人を貫いたような痕跡を確認しているボーマンは割とすんなり受け入れる事が出来た。
「なるほどな…実は悪者は『金髪少女』の方、か」
「そういうことです。貴方とクリフは誤解が解ければ、表面上は主催者に対抗する者達同士。
協力し合う事になっても不思議は有りません」
理屈は通る。チェスターなんかはソフィアを殺さずに済んで喜ぶかもしれない。
「…それなら何とかなりそうだな。じゃあ協力するぜ」
「感謝致します。そうと決まれば急ぎましょう」
レザードは自分の荷物をまとめ始める。だが、ボーマンには1つ気になる事があった。
「おいおい、ちょっと待て。まだ何か有るんだろ?」
「はい?」
「俺が殺し合いに乗っていた方が都合が良いって言っただろ?だったら、他に何か俺にやらせたい事が有るって事だよな?」
「ええ。仰る通りですが、今は時間が惜しい。その話は移動しながらにしませんか?」
「…まあ別に良いけどな、それも『命を助けてもらった分の要求』に入るのか?」
マーダーにやらせたい事など汚れ仕事以外の何物でも無いだろう。確かに命は助けてくれたようだが、
正直、今一その実感は無いのだ。にも拘らず、そう幾つも要求されたのでは割に合わない気がした。
「…何か要求が有るのならば伺いますよ。私に出来る事であれば」
「別にそう面倒な事じゃないさ。何かアイテムを分けてくれりゃそれで良いぜ」
ボーマンは別にレザードにやらせたい事など無い。
いや、利用できるならそれに越した事は無いが、この男は今一信用出来ない。
それなら道具を分けてもらうくらいが無難で確実だろう。
「ならば…ふむ、そうですね、ついでですし、少々お待ちを」
レザードはそう言って、自分のデイバッグから剣を取り出した。
(剣かよ…)
ボーマンは正直落胆した。自分は剣を扱えない。
アシュトンとアイテムを交換する時になら使えそうだが、出来れば直接自分が使えるものが良い。
「…他の物は無いか?悪いが剣は苦手でな」
「いえ、この剣は、こう使うのです」
レザードはクリフの氷像の前に立つと、刃を下に向けた剣を構え、振りかぶった。
「え?(おい、ちょっと待て――)」
ボーマンがそう声を掛けようとしたが、レザードは既に剣を振り下ろしていた。
『バリィン!』と氷の砕ける音が響く。レザードの剣はクリフの胸から背中に突き抜け、完全に心臓を貫いた。
剣を引き抜く時、クリフの砕けた胸部がパラパラと地面に落ち、クリフの胸部には太い槍で貫かれたような風穴が開いた。
これには流石にボーマンも驚いた。
クリフが死ぬ事自体は別にどうでも良いが、レザードとクリフは仲間だったはずだ。まさか何の躊躇いも見せずに殺すとは。
レザードは続けて、凍っているクリフのデイバッグの取っ手を切り落とし、唖然としているボーマンに話しかけてきた。
「彼のデイバッグを差し上げましょう。…ああ、失礼、貴方にはこのガントレットも必要ですね」
ボーマンが装備しているエンプレシアを見たレザードは再び剣を振りかぶり、クリフの両腕を砕き落とす。
もうボーマンも声を掛けようとは思わなかった。
「凍結している人間は返り血の心配がありませんからね、後始末が楽で良い。…さて、これで如何です?」
レザードはクリフの腕からミスリルガーターを外し、クリフのデイバッグに入れてボーマンの足元に放り投げた。
「…こいつ、お前の仲間じゃ無かったのか?」
「その様な事は1度も申し上げておりませんが?」
「…さっき一緒に『金髪少女』と戦ったとか言ってただろうが」
「共闘したからといって仲間とは限らないでしょう?それに、彼は重大なミスを犯していますのでね、罰のようなものです」
レザードはなんでもない事のように言う。
「罰…ねえ…」
(罰って…死刑じゃねえか。こいつ、上手くすりゃ利用出来るか?
とか考えてる場合じゃねえな。適当なところで逃げねえと…)
ボーマンはレザードの妙な威圧感に気圧されていた。クリフから感じた威圧感とは全く異なる威圧感だ。
そう、強いて言えば、レザードの威圧感は十賢者達から感じたそれに近い。人を人とも思わない、あの冷酷な威圧感に。
「それではお気に召しませんか?」
レザードが問いかけてきた。
ボーマンはとりあえず、今の出来事は気にしないことにして、デイバッグの中身をチラリと確認する。
ミスリルガーター以外にもいくつかのアイテムが見えた。
「…いや、上等だぜ」
そして自分の荷物とまとめた。
今装備しているエンプレシアを外し、早速ミスリルガーターを装着する。
試しに素振りをしてみるが、やはりエンプレシアに比べると格段に使い勝手が良かった。
「だけどよ、クリフがこれ装備してたのはソフィアも知ってるだろ。
俺が持ってたらやべえんじゃねえか?そもそも『俺と戦ってたクリフはどうした?』なんて聞かれたらどうするんだよ?」
「…まあ、同じ型の武器が支給されていても不思議は有りませんが、
その点には気付かずに疑問を持たれる可能性も有りますね…
しばらくそのガントレットはデイバッグに仕舞っておいて頂けますか?」
「…ま、しょうがねえな」
結局ミスリルガーターはデイバッグに仕舞い、再びエンプレシアを装着した。
「クリフの行方ですが、彼は鎌石村役場に仲間を待たせていました。
その方を迎えに行った事にすれば良いでしょう。その後で何が起きようとも我々の知るところでは有りません。
例え氷漬けにされて砕かれようとね」
「役場に仲間が居る?なるほどな、道理で…」
ボーマンはクリフが自分を追いかけてきた理由を理解した。
実際のところは彼も役場に向かっていただけの事だったのだ。
「他にはありませんね?それでは急ぎましょう。繰り返しますが、時間が惜しい。
もう1つの取引と情報交換等は道すがら行います。宜しいですね?」
「ああ」
2人はD-5東部に向かって走り始めた。
ボーマンは最後にクリフの氷像をチラリと見て、そしてレザードの背中を睨んだ。
(こうはならねえように、気ィ引き締めてくか)
ボーマンは、レザードの後からついて行く。とてもレザードに背中を見せる気にはなれなかった。
走り始めてすぐ、ボーマンが質問をしてきた。
「それで、もう1つの要求ってのは何なんだ?」
ボーマンがレザードのやや後ろを走っているが、レザードは振り向かずに話す。
「これはソフィア達2人が生きている事が前提ですが」
「ああ。んで何だよ?」
「緑髪の男にはばれないように、ソフィアを殺害して頂きたい」
「…はあ?」
レザードの2つ目の要求。
それは、先程クリフが生きている事を知った時に生まれた目的、ソフィアの殺害だった。
ソフィアは今では戦う気構えを見せているようだが、所詮はソフィア、実力の程度は知れている。
ソフィアが生きている限り、レナスはソフィアを守り続けようとするだろう。
それはつまり、先の金龍戦の様な事を繰り返す恐れが有り、レナスを死の縁に立たせ続ける事に他ならない。
レザードは、ソフィアの為にレナスを失う、などという事は断じて許せなかった。
ならばその危険性の元凶であるソフィアには居なくなってもらう。これがレザードの出した結論。
ソフィアを殺さずとも、例えばブラムスのようにレナスが信用出来る強者にソフィアを任せ、
レナスとソフィアに別行動を取らせる事が出来るのならばそれでも良いのだが、
ブラムスが錬石村に先行している現在、そのような都合の良い強者が他に居るはずも無く、やはり殺すのが最も手っ取り早い。
いつ再び金龍のような敵が現れるかは分からないのだから。
「そんなもん自分でやれば良いじゃねえか。まさか、女は殺したくない、とか言わねえだろうな?」
「その様なつまらぬ信条は持ち合わせていませんが、少々訳が有りましてね」
レザード自らがソフィアを殺すのは容易い事だが、万が一それがレナスにばれてしまってはレナスと敵対する事になってしまう。
それはレザードの望むところではないのだ。
「引き受けて頂けますね?」
「…まあ俺は構わないけどよ。報酬は前払いでもらってる事だしな」
ボーマンはデイバッグをポンッと叩いた。
「では取引成立ですね。ただし、殺害のタイミングは状況を見て私が指示致しますので、決して先走らぬようにお願いします」
「ああ」
ソフィア殺害の前に、ドラゴンオーブだけは何としても確保しなくてはならない。
脱出する際、ドラゴンオーブが有ればソフィアの能力『コネクション』が不必要だという事は
先程ソフィア達を見捨てた時に結論付けたが、逆に言えばドラゴンオーブが無ければソフィアが必要となってしまうのだ。
もしもドラゴンオーブが破壊されているなりなんなりでこの殺し合いの舞台から消失してしまえば、
レナスと共に脱出するには、不本意ながらソフィアに頼るしか無く、殺す訳にはいかなくなる。
「で、2人が死んじまってる場合は、さっき言ってたみたいに、緑髪の男に預けた道具の回収だけで良いのか?」
「…ええ。とりあえずは」
もしレナス、ソフィアが既に殺されている場合は、先程ボーマンに説明した通り
レナスの道具(ドラゴンオーブ)を回収する事を第一に考え、ボーマンはそれに協力させる。
つまり、レナスが生死、どちらの場合でも、ボーマンには利用価値が有るのだ。
むしろ、ボーマンと手を組んだ最大の理由は、この最悪の状況を想定しての事だった。
逆にクリフを殺したのは、ボーマンと手を組む事やソフィアを殺す事などの今後の展開を考えた上で、
ソフィアの仲間であり、ボーマンと戦っていたクリフは邪魔でしかないと判断したからだ。
クリフとソフィアに対してレナスとドラゴンオーブ。天秤にかけるまでも無い。
ドラゴンオーブさえあれば、制限されていた移送方陣や、本来レザード1人では行えない輪魂の呪が使用出来たのだ。
という事は、換魂の法も使用出来る可能性は充分に有る。(元々レザードには換魂の法の知識は有るのだから)
ならばレナスが命を落としていても、再び蘇らせる事が出来るはずなのだ。そうレザードは考えていた。
「とりあえず…ねえ。後からアレコレ追加するのは止めて頂きたいもんだがな」
「ご心配無く。せいぜいクリフの道具分の要求を1つする程度ですよ。
ところで、取引の話はさておき、情報交換を行いたいのですが宜しいですか?伺いたい事が有るのです」
レザードは今の内にボーマンから第3回放送の内容を聞いておきたかった。
話をしやすいよう、少し走るペースを落としてボーマンと並ぼうとする。
だが、何故かボーマンもペースを落とし、前に出てこようとしない。
レザードは振り返り、ボーマンの顔をチラリと伺う。そして前を向き直し、
(ふん…それで警戒しているつもりか?…まあいい。せいぜい役に立って頂きますよ?)
そう考え、ボーマンを蔑むように微笑んだ。
レザードとボーマンが走り去って数分後、クリフの氷像が解凍し始めた。
完全に凍り付いていた身体が元に戻り始め、徐々にクリフの目が開きだす。
クリフは胸を貫かれていたが、体中が凍結して、いわば仮死状態のようになっていた為、その時点では絶命しなかったのだ。
そして今、その凍結は自然と解除された。
(…終わったのか?)
今、クリフの胸には風穴が開き、両腕は砕け散っている。
だが凍結していた事が彼の痛覚を完全に麻痺させていた為、本来襲いかかるはずの激痛は、彼には感じられていなかった。
クリフは起き上がろうとした。が、身体が全く動かない。
胸の風穴、そして両腕から出血が始まっていた。瞬く間におびただしい程の量の血液が流れ出てくる。
クリフは再び冷気を感じ、急激に目の前が暗くなり始め、意識が薄れていった。
(何だよ、まだ終わってねえのか)
それは先程意識を失った時と同じ様な感覚だったので、クリフはまだ治療中であるものだと思い込むがそれは違った。
今クリフが冷気だと感じたもの、それは単に出血多量による体温の低下だった。
出血した血液は地面に染み込むが、すぐに飽和状態となり、土の上に血溜まりを作り始めた。
(とっとと頼むぜ、レザード。ミラージュを待たせてんだからよ…)
心の中でレザードに話しかける。
だが、その場所に居るのはクリフのみだ。他には誰もいない。クリフはその事にも、もう気付けない。
クリフの意識は再び暗黒に落ちていく。
先程との決定的な違いは1つだけ。
彼が目覚める事は、もう二度と、無かったという事だ。
【D-5/深夜】
【レザード・ヴァレス】[MP残量:25%]
[状態:疲労小]
[装備:サーペントトゥース、天使の唇、大いなる経典]
[道具:神槍パラダイム、エルブンボウ、矢×40本、レナス人形フルカラー、ブラッディーアーマー、アントラー・ソード、転換の杖@VP(ノエルの支給品)、ダブった魔剣グラム@RS、合成素材×2(ダーククリスタル、スプラッシュスター)、荷物一式×5]
[行動方針:愛しのヴァルキュリアと共に生き残る]
[思考1:愛しのヴァルキュリアと、二人で一緒に生還できる方法を考える]
[思考2:その他の奴はどうなろうが知ったこっちゃない]
[思考3:ドラゴンオーブを確保する]
[思考4:ボーマンを利用し、足手まといのソフィアを殺害したい]
[思考5:四回目の放送までには鎌石村に向かい、ブラムスと合流]
[思考6:ブレアを警戒。ブレアとまた会ったら主催や殺し合いについての情報を聞き出す]
[思考7:首輪をどうにかしたい]
[備考1:ブレアがマーダーだとは気付いていますが、ジョーカーだとまでは気付いていません]
[備考2:第3回放送の内容はボーマンから聞き出しています]
[備考3:アップルグミは使い切りました]
[備考4:クリフのデイバッグはドラゴンオーブが有るかチェックしただけで、入ってるアイテムまでは把握してません]
【ボーマン・ジーン】[MP残量:5%]
[状態:全身に打身や打撲 上半身に軽度の火傷]
[装備:エンプレシア、フェイトアーマー]
[道具:調合セット一式、七色の飴玉×2、ミスリルガーター、サイレンスカード×2、エターナルソード、メルーファ、バニッシュボム×5、フレイの首輪、荷物一式×5]
[行動方針:最後まで生き残り家族の下へ帰還]
[思考1:完全に殺しを行う事を決意。もう躊躇はしない]
[思考2:アシュトン・チェスターを利用し確実に人数を減らしていく]
[思考3:とりあえずレザードと一緒に行動。取引を行うか破棄するかは成り行き次第]
[思考4:安全な寝床および調合に使える薬草を探してみる]
[備考1:調合用薬草は使いきりました]
[備考2:アシュトンには自分がマーダーであるとバレていないと思っています]
[備考3:ガソリン塗れの衣類は焼けています。再び引火する可能性の有無は後の書き手さん次第で]
[備考4:クリフのデイバッグはまだ詳しくは中身を確認していません]
[備考5:ミニサイズの破砕弾が1つあります]
[備考6:バーニィシューズは壊れました]
&color(red){【クリフ・フィッター死亡】}
&color(red){【残り21人+α?】}
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