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**第17話 小さな手~愛しき人と炎の記憶~ 本当に掴みたかったものは、この手をすり抜けていってしまった。 絶対に守ると誓ったはずの小さな手。 ずっとずっと離すまいと思っていたその手を離してしまった。 あのとき、俺には警戒心が足りなかった。 もう、あんな思いはしたくないんだ。 (クソッ……何やってんだよ俺は!) 真っ暗闇の中で弓を引く。 長年見続けてきた親友の背中は、知らぬ間に見えなくなっていた。 (俺は、強くなるんだろうが!) 弱いままなのは、自分一人だ。 クレスは、強くなっていた。ミントだってそうだ。 おてんば娘のアーチェだって、魔法の腕はかなりのものだ。 クラースは、独学で精霊と契約する方法を考えた凄い奴だ。 自分は――どうしてこんなにも弱いのだろう。 未来に来てまで、みんなの足を引っ張ってしまっている。 (ダオスを倒して……アミィの、みんなの仇を取るんだろッ) 唇を噛み締め、最後の矢を放つ。 この矢が的を射抜いたら、今日の分の特訓は終えて宿に戻るつもりだった。 矢は的のど真ん中へと突き刺さったが、しかしチェスターは宿へと戻ることが出来なかった。 気付いたときにはおかしな空間にいた。 手にしていたはずの弓も無くなっていることもそうだが、それ以上に不可解なことが起こった。 首輪と、鮮血。そして、理解しがたい――理解などしたくもない、反吐が出るようなふざけたゲーム。 「何だこりゃ」 支給されたデイパックから取り出した黄色い玉を見、チェスター・バークライトは間の抜けた声をあげた。 一応は殺し合いの場だというのに、支給された武器がゴムボールというのは何かの冗談なのだろうか? ──いや、まぁ、殺し合い自体何かの冗談に越したことはないのだけど。 ゴムボールを弄びながら、デイパックの中身の確認を続ける。 次に出てきたのはおかしな人形。どう見てもハズレである。 ハズレが二つだったことの帳尻あわせか、最後の一つは大当たりだった。 最強のナックル・エンプレシア。 難点を挙げるとするなら、チェスターには扱いにくいことこの上ない武器ということだろう。 それでも無いよりはマシだと無理矢理に装備する。 結論から言うと、きつくて痛くて使い心地が悪かったので装備するのを止めポケットにしまうことにした。 次に目に入ったのは名簿だった。 「………」 ゆっくりと名簿を開き、自分と同じく殺し合いなどというふざけたゲームに参加させられた者の名前に目を通す。 「おいおい、マジかよ……」 名簿に親友の名を見付け、思わず声に出してしまった。 次いで仲間達の名前が目に入る。 「…………ッ」 どうやってクレス達と合流しようか、などといった疑問は、たった三文字の言葉によって頭から消え去った。 「ダオス……ッ」 いわば妹の仇といえる男の名。 あの時の弱かった自分では、クレスとミントを逃がすため時間を稼ぐことしか出来なかった。 ──だが今は違う。 時空を越え、己の腕を磨いたんだ。 今なら、殺せる。 (……悪いな、クレス) ダオスは、クレスの両親の仇でもある。 本来ならクレスと一緒にダオスを倒すのが好ましいのだろうが…… (ダオスは、俺が殺すかも知れない) ダオスに会って、仲間を待とうなどと言う理性的なことを考えられる自信がなかった。 自分の知らない所で一度クレスはダオスを倒しているらしいし、まぁそのくらいなら許してくれるだろう。 地図をしまい、デイパックを担いでクレス達を探すために――本心は、憎い仇を探し出して殺すために――出発しようとして、大きな爆発音を聞いた。 あの日、かけがえのないものを失った。 『お兄ちゃん』 何があっても絶対に守ると誓ったはずの、大切なものを。 『わぁ、ありがとうお兄ちゃん』 俺には、力が足りなくて。 『クレスさんの足を引っ張っちゃダメだよ?』 あの笑顔を、失くしてしまった。 『ア……ミィ…………?』 だからあの日、また誓ったんだ。 『アミィィィイィィィイィィィィッ!!』 絶対に強くなるって。 今度こそ、あの小さな手を守れるように。 「な……ッ」 チェスターがそこに辿り着いた時には、全てが終わってしまっていた。 そこにある建物を覆う炎は、衰える様子も無く轟々と唸りを上げている。 火元に誰かがいるとしても、もう焼け死んでいるだろう。 にも関わらず、チェスターは燃え盛る分校へと飛び込んでいった。 万が一動けない誰かが――まだ生きている誰かが居るかもしれない。 居ない可能性の方が高かったが、自らの目で誰もいないことを確認しない限り後悔してしまうような気がした。 「おい、誰か……誰かいないのか!」 廊下で叫ぶ。返事は無い。 だが、声を出せない状況と言う可能性がある。 手前の階段は火の手が強すぎて上がれそうにない。 ひとまず火の手がまだ回っていないところに人が居ないか確かめようとチェスターは駆け出した。 あの時救えなかった命の変わりに、誰かの命を救うために。 (……さて、どうするかな) 分校からやや離れた茂みでミカエルは考えていた。 油断せず確実に殺すと誓ったものの、具体的に今後どうするかは考えていなかった。 これでも神の十賢者として恐れられていた身。 本気を出せば人間を焼き殺すことくらい造作も無い。 よって、今の自分に一番必要なのは殺傷力とは別のものだ。 やはり自分に必要なのは防具辺りだ。 先程は相手が炎系統の技を放ってきたため無傷で済んだが、あれが他の属性の技だったらこうはいかなかっただろう。 今まで殺してきた人間はたいした奴が居なかったのであまり防御を意識したことがなかった。 今更付け焼刃で防御に徹する戦いをしたところで大した成果は得られないだろうし、強力な防具の入手を優先した方がいいだろう。 自分のデイパックに入っていた木製の盾は、奇襲対策にと腹に括り付けてある。 些か格好悪いが、この際それは気にしないでおく。 難点を挙げるとしたら燃えやすいので自身の放った炎で燃えるかもしれないことだが――まぁ、その時はその時だ。 (今の馬鹿を追って校舎に戻るっつーのもな) 盾を腹から胸にかけてを守るような位置で固定している際に現れ、わざとらしいほど大声で叫んでいたデコッパゲをどうするべきだろうか。 罠という可能性も捨てきれないし、確実に殺戮を行うために人の多そうな最寄りの村にさっさと行っておきたかった。 確実性を求めるなら、戦場の地形を把握しておく越したことはない。面倒だが。 「……とりあえず殺っておくか」 村での待ち伏せが数分遅れたところでそこまで致命的なことにはならないだろう。 盾に燃え移らないように慎重に校舎に近づく。 「オラァッ」 炎を纏った右の拳で、まだ火の手の回っていない部分を殴りつける。 拳の炎が校舎に移り、更にもう一発叩き込むことでより一層校舎を纏う炎が勢いを強めた。 まだ校舎の中から炎の唸り声の合間に叫び声が聞こえているので、デコッパゲはまだ校舎の中に居るのだろう。 奴は間もなくくたばるはずだ。人間は炎に弱いからな。 燃え盛る校舎に沿ってミカエルは駆け出した。 確実に、かつ安全にデコッパゲの命を奪うために。 火の手の弱そうな場所に移動し、もう数発ほど燃える拳を叩き込んでやるために。 「なッ!?」 誰もいなかった教室を出たチェスターの目に、燃え盛る炎が飛び込んできた。 炎が迫ってくることくらいは予測していたのだが、こればっかりは驚きを隠せない。 何故なら、先程見た火元とは遠く離れたところでその炎は燃えていたのだ。 誰かが、いる。 それも戦闘を行っている可能性が高い。 だとしたら、大声をあげたのは軽率だったのか? 力のない者が声も上げられない状況に――殺し合いに乗った者から隠れている状況に陥っていたという可能性もあったんじゃないのか? 助けが来たと思い、無防備にも火の気のない階段を使おうとしたところを、襲われたという可能性もあるんじゃないのか? 俺の、せいで、見つかった可能性が、あるんじゃ、ないのか? 「クッソォォォ!!」 チェスターは、深夜の秘密特訓中にこの世界に来た。 そのため、一睡もしていない常態でこの異常な状況に放り込まれたのだ。 冷静に考えれば誰かがいる可能性は至極低く、さらには罠の可能性もあるので、いつものチェスターなら冷静に判断しては撤退をしていた場面であろう。 だが、冷静さを欠いた今のチェスターにあるのは、居るかもわからない誰かを、かつて助けられなかったアミィの代わりに助けること。ただそれだけだった。 燃え盛る炎の付近に人はいない。 付近の窓や出口から外に出たのだろうか? それならばいい。助かったということだから。 だが――だがもし上の階に居るのだとしたら? 自分の助けを待っているとしたら? あの日のアミィのように、震えて待っている者が居るとしたら? 「アミィ……アミィ……」 チェスターは階段を駆け上る。 今度こそ、助けるんだ。 あの頃と違って、今の俺には、力が―― 「あ……?」 迫り来る炎を掻い潜るチェスターの視界の端に、黒焦げになった何かが写った。 足を止め、ゆっくりと首をそちらに向ける。 教室の入り口――黒板の下の辺りに、真っ黒に焼けた人間の体が無残にも横たわっていた。 「う……あ……」 繰り糸で操られているかのようなぎこちない動きで、死体に向かって一歩を踏み出す。 一歩、また一歩と死体に近づくたびに、焼け落ちたトーティスの村と可愛い妹の亡骸が頭を過ぎる。 それでも自身の足は引き返すことをしてくれない。 はい右、左、右、左―― 足は、止まってくれない。 「ちく、しょう……」 ようやく死体の傍らに辿り着き、繰り糸が切れたかのように膝を着く。 震えるその手で、まだ子供だったのであろう亡骸の頬に触れる。 「何でだよ……」 アミィと同じく、幼い子供。 アミィと同じく、勝手な奴のせいで命を失ってしまった、幼い子供。 俺は、また何も出来なかった。 この子も、アミィも、救うことが出来なかった。 「……ごめんな、助けられなくて」 せめて寂しくないようにとデイパックに入っていた人形を持たせてあげようとする。 人形を取り出す際、またアミィのことを思い出してしまった。 「…………ん?」 デイパックの底の方に入っていた人形を取り出したため、デイパックの中はぐしゃぐしゃになった。 そこで初めてデイパックの底の方にまだ見ていない小冊子が三冊あることに気が付いた。 何となく取り出し、それが支給品の説明書だと知った。 エンプレシアと太い明朝体で表紙に書かれた説明書の最初の一行は『殴って戦う貴女にオススメ』などというふざけたキャッチコピーであった。 ムカついたので投げ捨てるように傍らに置く。 エンプレシアというのがナックルの名前であったということは、韋駄天というのがこの人形の名前なのだろう。 さすがにスーパーボールがこの人形の名前だというオチは無いと思うし。 「…………」 要約をすると、『この人形を使えばパーティーは戦闘から離脱することが出来る』というアイテムらしい。 ――もし、もしもまだ放火犯が校舎に火を放ち続けているとしたら、この状況は『戦闘中』とみなしてもらえるのではないだろうか。 これを使うことで脱出が出来るのではないだろうか。 無論、この説明書には『戦闘』の基準が記されていないため望んだ結果となる可能性は高くないし、どんな人物が『パーティー』に含まれるのかもわからない。 だけど――この子と一緒に出られるのだとしたら、外にこの子のお墓をつくってあげたい。 何も出来なかったことへの償いとして、埋めるくらいはしてあげたい。 「……頼むぜ……」 やるべきことは決まった。 ポケットに韋駄天の説明書をねじ込むと、亡骸の右手を自信の左手できつく握り締める。 この道具にこの子も仲間だと認識してもらおうと、小さなその手をぎゅっと握り締めたまま目を瞑り祈りを捧げる。 体全体に負荷がかかり、ガシャンと音を立て教室から外へと放り出された。 ジェットコースターよりも速いスピードでぶっ飛んだチェスターの顔は、風圧でかなり不細工なものだったに違いない。 ドサッと背中から草むらに叩きつけられ、肺の中の空気が吐き出される。 右手で背中を押さえ、痛みに顔をしかめ、その手に亡骸の子供の手は繋がっていないことに気が付いた。 「…………」 もう、言葉も出ない。 また、何一つ出来なかった。 また、自分だけが生き延びてしまった。 「…………」 今のチェスターに出来ることは、もう、校舎が焼け落ちるのを黙って見届けることだけだった。 【G-3/朝】 【ミカエル】[MP残量:100%] [状態:正常] [装備:ウッドシールド@SO2、ダークウィップ@SO2(ウッドシールドを体に固定するのに使用)] [道具:ミックスグミ、魔杖サターンアイズ、荷物一式] [行動方針:最後まで生き残り、ゲームに勝利] [思考1:どんな相手でも油断せず確実に殺す] [思考2:平瀬村に行き、得物を待つ] [思考3:使える防具が欲しい] [現在位置:平瀬村分校跡よりやや北の茂みを移動中] [備考]:デコッパゲ(チェスター)は死んだと思っています。 【チェスター・バークライト】[MP残量:100%] [状態]:全身に火傷(命に別状は無い)・左手の掌に火傷・背中に痛み・精神的疲労・怒りと無力感 [装備]:なし [道具]:スーパーボール@SO2、エンプレシア@SO2 [行動方針]:力の無い者を守る(子供最優先) [思考1]: クレス・アーチェ・ミント・クラース・力のない者を探す。 [思考2]:ダオスを殺す。分校に火を放った者も殺す。 [思考3]: クレス・アーチェ・ミント・クラースと子供を除く炎系の技や支給品を持つ者は警戒する。 [現在位置]:平瀬村分校跡前 ※韋駄天@SO2は消費しました。 ※火の手が強まったので、あと30分ほどで校舎は焼け落ちます。 ※時刻は間もなく午前に突入しようというところです 【残り57人】 ---- [[第16話>決意の言葉]]← [[戻る>本編SS目次]] →[[第18話>私の名はクラース、お前は狙われている!]] |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第1話>砂漠に落ちた涙]]|ミカエル|[[第48話>逃げるが勝ち]]| |―|チェスター|―| |[[第1話>砂漠に落ちた涙]]|COLOR(red): ジェラード|―|
**第17話 小さな手~愛しき人と炎の記憶~ 本当に掴みたかったものは、この手をすり抜けていってしまった。 絶対に守ると誓ったはずの小さな手。 ずっとずっと離すまいと思っていたその手を離してしまった。 あのとき、俺には警戒心が足りなかった。 もう、あんな思いはしたくないんだ。 (クソッ……何やってんだよ俺は!) 真っ暗闇の中で弓を引く。 長年見続けてきた親友の背中は、知らぬ間に見えなくなっていた。 (俺は、強くなるんだろうが!) 弱いままなのは、自分一人だ。 クレスは、強くなっていた。ミントだってそうだ。 おてんば娘のアーチェだって、魔法の腕はかなりのものだ。 クラースは、独学で精霊と契約する方法を考えた凄い奴だ。 自分は――どうしてこんなにも弱いのだろう。 未来に来てまで、みんなの足を引っ張ってしまっている。 (ダオスを倒して……アミィの、みんなの仇を取るんだろッ) 唇を噛み締め、最後の矢を放つ。 この矢が的を射抜いたら、今日の分の特訓は終えて宿に戻るつもりだった。 矢は的のど真ん中へと突き刺さったが、しかしチェスターは宿へと戻ることが出来なかった。 気付いたときにはおかしな空間にいた。 手にしていたはずの弓も無くなっていることもそうだが、それ以上に不可解なことが起こった。 首輪と、鮮血。そして、理解しがたい――理解などしたくもない、反吐が出るようなふざけたゲーム。 「何だこりゃ」 支給されたデイパックから取り出した黄色い玉を見、チェスター・バークライトは間の抜けた声をあげた。 一応は殺し合いの場だというのに、支給された武器がゴムボールというのは何かの冗談なのだろうか? ──いや、まぁ、殺し合い自体何かの冗談に越したことはないのだけど。 ゴムボールを弄びながら、デイパックの中身の確認を続ける。 次に出てきたのはおかしな人形。どう見てもハズレである。 ハズレが二つだったことの帳尻あわせか、最後の一つは大当たりだった。 最強のナックル・エンプレシア。 難点を挙げるとするなら、チェスターには扱いにくいことこの上ない武器ということだろう。 それでも無いよりはマシだと無理矢理に装備する。 結論から言うと、きつくて痛くて使い心地が悪かったので装備するのを止めポケットにしまうことにした。 次に目に入ったのは名簿だった。 「………」 ゆっくりと名簿を開き、自分と同じく殺し合いなどというふざけたゲームに参加させられた者の名前に目を通す。 「おいおい、マジかよ……」 名簿に親友の名を見付け、思わず声に出してしまった。 次いで仲間達の名前が目に入る。 「…………ッ」 どうやってクレス達と合流しようか、などといった疑問は、たった三文字の言葉によって頭から消え去った。 「ダオス……ッ」 いわば妹の仇といえる男の名。 あの時の弱かった自分では、クレスとミントを逃がすため時間を稼ぐことしか出来なかった。 ──だが今は違う。 時空を越え、己の腕を磨いたんだ。 今なら、殺せる。 (……悪いな、クレス) ダオスは、クレスの両親の仇でもある。 本来ならクレスと一緒にダオスを倒すのが好ましいのだろうが…… (ダオスは、俺が殺すかも知れない) ダオスに会って、仲間を待とうなどと言う理性的なことを考えられる自信がなかった。 自分の知らない所で一度クレスはダオスを倒しているらしいし、まぁそのくらいなら許してくれるだろう。 地図をしまい、デイパックを担いでクレス達を探すために――本心は、憎い仇を探し出して殺すために――出発しようとして、大きな爆発音を聞いた。 あの日、かけがえのないものを失った。 『お兄ちゃん』 何があっても絶対に守ると誓ったはずの、大切なものを。 『わぁ、ありがとうお兄ちゃん』 俺には、力が足りなくて。 『クレスさんの足を引っ張っちゃダメだよ?』 あの笑顔を、失くしてしまった。 『ア……ミィ…………?』 だからあの日、また誓ったんだ。 『アミィィィイィィィイィィィィッ!!』 絶対に強くなるって。 今度こそ、あの小さな手を守れるように。 「な……ッ」 チェスターがそこに辿り着いた時には、全てが終わってしまっていた。 そこにある建物を覆う炎は、衰える様子も無く轟々と唸りを上げている。 火元に誰かがいるとしても、もう焼け死んでいるだろう。 にも関わらず、チェスターは燃え盛る分校へと飛び込んでいった。 万が一動けない誰かが――まだ生きている誰かが居るかもしれない。 居ない可能性の方が高かったが、自らの目で誰もいないことを確認しない限り後悔してしまうような気がした。 「おい、誰か……誰かいないのか!」 廊下で叫ぶ。返事は無い。 だが、声を出せない状況と言う可能性がある。 手前の階段は火の手が強すぎて上がれそうにない。 ひとまず火の手がまだ回っていないところに人が居ないか確かめようとチェスターは駆け出した。 あの時救えなかった命の変わりに、誰かの命を救うために。 (……さて、どうするかな) 分校からやや離れた茂みでミカエルは考えていた。 油断せず確実に殺すと誓ったものの、具体的に今後どうするかは考えていなかった。 これでも神の十賢者として恐れられていた身。 本気を出せば人間を焼き殺すことくらい造作も無い。 よって、今の自分に一番必要なのは殺傷力とは別のものだ。 やはり自分に必要なのは防具辺りだ。 先程は相手が炎系統の技を放ってきたため無傷で済んだが、あれが他の属性の技だったらこうはいかなかっただろう。 今まで殺してきた人間はたいした奴が居なかったのであまり防御を意識したことがなかった。 今更付け焼刃で防御に徹する戦いをしたところで大した成果は得られないだろうし、強力な防具の入手を優先した方がいいだろう。 自分のデイパックに入っていた木製の盾は、奇襲対策にと腹に括り付けてある。 些か格好悪いが、この際それは気にしないでおく。 難点を挙げるとしたら燃えやすいので自身の放った炎で燃えるかもしれないことだが――まぁ、その時はその時だ。 (今の馬鹿を追って校舎に戻るっつーのもな) 盾を腹から胸にかけてを守るような位置で固定している際に現れ、わざとらしいほど大声で叫んでいたデコッパゲをどうするべきだろうか。 罠という可能性も捨てきれないし、確実に殺戮を行うために人の多そうな最寄りの村にさっさと行っておきたかった。 確実性を求めるなら、戦場の地形を把握しておく越したことはない。面倒だが。 「……とりあえず殺っておくか」 村での待ち伏せが数分遅れたところでそこまで致命的なことにはならないだろう。 盾に燃え移らないように慎重に校舎に近づく。 「オラァッ」 炎を纏った右の拳で、まだ火の手の回っていない部分を殴りつける。 拳の炎が校舎に移り、更にもう一発叩き込むことでより一層校舎を纏う炎が勢いを強めた。 まだ校舎の中から炎の唸り声の合間に叫び声が聞こえているので、デコッパゲはまだ校舎の中に居るのだろう。 奴は間もなくくたばるはずだ。人間は炎に弱いからな。 燃え盛る校舎に沿ってミカエルは駆け出した。 確実に、かつ安全にデコッパゲの命を奪うために。 火の手の弱そうな場所に移動し、もう数発ほど燃える拳を叩き込んでやるために。 「なッ!?」 誰もいなかった教室を出たチェスターの目に、燃え盛る炎が飛び込んできた。 炎が迫ってくることくらいは予測していたのだが、こればっかりは驚きを隠せない。 何故なら、先程見た火元とは遠く離れたところでその炎は燃えていたのだ。 誰かが、いる。 それも戦闘を行っている可能性が高い。 だとしたら、大声をあげたのは軽率だったのか? 力のない者が声も上げられない状況に――殺し合いに乗った者から隠れている状況に陥っていたという可能性もあったんじゃないのか? 助けが来たと思い、無防備にも火の気のない階段を使おうとしたところを、襲われたという可能性もあるんじゃないのか? 俺の、せいで、見つかった可能性が、あるんじゃ、ないのか? 「クッソォォォ!!」 チェスターは、深夜の秘密特訓中にこの世界に来た。 そのため、一睡もしていない常態でこの異常な状況に放り込まれたのだ。 冷静に考えれば誰かがいる可能性は至極低く、さらには罠の可能性もあるので、いつものチェスターなら冷静に判断しては撤退をしていた場面であろう。 だが、冷静さを欠いた今のチェスターにあるのは、居るかもわからない誰かを、かつて助けられなかったアミィの代わりに助けること。ただそれだけだった。 燃え盛る炎の付近に人はいない。 付近の窓や出口から外に出たのだろうか? それならばいい。助かったということだから。 だが――だがもし上の階に居るのだとしたら? 自分の助けを待っているとしたら? あの日のアミィのように、震えて待っている者が居るとしたら? 「アミィ……アミィ……」 チェスターは階段を駆け上る。 今度こそ、助けるんだ。 あの頃と違って、今の俺には、力が―― 「あ……?」 迫り来る炎を掻い潜るチェスターの視界の端に、黒焦げになった何かが写った。 足を止め、ゆっくりと首をそちらに向ける。 教室の入り口――黒板の下の辺りに、真っ黒に焼けた人間の体が無残にも横たわっていた。 「う……あ……」 繰り糸で操られているかのようなぎこちない動きで、死体に向かって一歩を踏み出す。 一歩、また一歩と死体に近づくたびに、焼け落ちたトーティスの村と可愛い妹の亡骸が頭を過ぎる。 それでも自身の足は引き返すことをしてくれない。 はい右、左、右、左―― 足は、止まってくれない。 「ちく、しょう……」 ようやく死体の傍らに辿り着き、繰り糸が切れたかのように膝を着く。 震えるその手で、まだ子供だったのであろう亡骸の頬に触れる。 「何でだよ……」 アミィと同じく、幼い子供。 アミィと同じく、勝手な奴のせいで命を失ってしまった、幼い子供。 俺は、また何も出来なかった。 この子も、アミィも、救うことが出来なかった。 「……ごめんな、助けられなくて」 せめて寂しくないようにとデイパックに入っていた人形を持たせてあげようとする。 人形を取り出す際、またアミィのことを思い出してしまった。 「…………ん?」 デイパックの底の方に入っていた人形を取り出したため、デイパックの中はぐしゃぐしゃになった。 そこで初めてデイパックの底の方にまだ見ていない小冊子が三冊あることに気が付いた。 何となく取り出し、それが支給品の説明書だと知った。 エンプレシアと太い明朝体で表紙に書かれた説明書の最初の一行は『殴って戦う貴女にオススメ』などというふざけたキャッチコピーであった。 ムカついたので投げ捨てるように傍らに置く。 エンプレシアというのがナックルの名前であったということは、韋駄天というのがこの人形の名前なのだろう。 さすがにスーパーボールがこの人形の名前だというオチは無いと思うし。 「…………」 要約をすると、『この人形を使えばパーティーは戦闘から離脱することが出来る』というアイテムらしい。 ――もし、もしもまだ放火犯が校舎に火を放ち続けているとしたら、この状況は『戦闘中』とみなしてもらえるのではないだろうか。 これを使うことで脱出が出来るのではないだろうか。 無論、この説明書には『戦闘』の基準が記されていないため望んだ結果となる可能性は高くないし、どんな人物が『パーティー』に含まれるのかもわからない。 だけど――この子と一緒に出られるのだとしたら、外にこの子のお墓をつくってあげたい。 何も出来なかったことへの償いとして、埋めるくらいはしてあげたい。 「……頼むぜ……」 やるべきことは決まった。 ポケットに韋駄天の説明書をねじ込むと、亡骸の右手を自信の左手できつく握り締める。 この道具にこの子も仲間だと認識してもらおうと、小さなその手をぎゅっと握り締めたまま目を瞑り祈りを捧げる。 体全体に負荷がかかり、ガシャンと音を立て教室から外へと放り出された。 ジェットコースターよりも速いスピードでぶっ飛んだチェスターの顔は、風圧でかなり不細工なものだったに違いない。 ドサッと背中から草むらに叩きつけられ、肺の中の空気が吐き出される。 右手で背中を押さえ、痛みに顔をしかめ、その手に亡骸の子供の手は繋がっていないことに気が付いた。 「…………」 もう、言葉も出ない。 また、何一つ出来なかった。 また、自分だけが生き延びてしまった。 「…………」 今のチェスターに出来ることは、もう、校舎が焼け落ちるのを黙って見届けることだけだった。 【G-3/朝】 【ミカエル】[MP残量:100%] [状態:正常] [装備:ウッドシールド@SO2、ダークウィップ@SO2(ウッドシールドを体に固定するのに使用)] [道具:ミックスグミ、魔杖サターンアイズ、荷物一式] [行動方針:最後まで生き残り、ゲームに勝利] [思考1:どんな相手でも油断せず確実に殺す] [思考2:平瀬村に行き、得物を待つ] [思考3:使える防具が欲しい] [現在位置:平瀬村分校跡よりやや北の茂みを移動中] [備考]:デコッパゲ(チェスター)は死んだと思っています。 【チェスター・バークライト】[MP残量:100%] [状態]:全身に火傷(命に別状は無い)・左手の掌に火傷・背中に痛み・精神的疲労・怒りと無力感 [装備]:なし [道具]:スーパーボール@SO2、エンプレシア@SO2 [行動方針]:力の無い者を守る(子供最優先) [思考1]: クレス・アーチェ・ミント・クラース・力のない者を探す。 [思考2]:ダオスを殺す。分校に火を放った者も殺す。 [思考3]: クレス・アーチェ・ミント・クラースと子供を除く炎系の技や支給品を持つ者は警戒する。 [現在位置]:平瀬村分校跡前 ※韋駄天@SO2は消費しました。 ※火の手が強まったので、あと30分ほどで校舎は焼け落ちます。 ※時刻は間もなく午前に突入しようというところです 【残り57人】 ---- [[第16話>決意の言葉]]← [[戻る>本編SS目次]] →[[第18話>私の名はクラース、お前は狙われている!]] |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第1話>砂漠に落ちた涙]]|ミカエル|[[第48話>逃げるが勝ち]]| |―|チェスター|[[第61話>金髪に赤いバンダナ]]| |[[第1話>砂漠に落ちた涙]]|COLOR(red): ジェラード|―|

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