第53話 渇いた叫び


もうやだ疲れた。足が痛い。
それが箒を失い久々に自身の脚での移動を強いられることとなったハーフエルフの率直な感想だった。
同行する男――確かジャック・ラッセルと名乗った――のせいで出発までに時間を取られたため、未だに山頂には辿り着かない。
それどころか未だに分かれ道すら見えてこないのだ。せいぜいH-05かG-05なのだろう。
I-05の分かれ道を経由し道伝いになんか来ないで野山を突っ切ればよかったと少しばかり後悔した。
道中交わした会話がジャックの過去話オンリーだったことも退屈した原因かもしれない。
仲間の特徴やら共に戦った過去を話したい気持ちもわかるけど、ちょーっと女の子への気遣いってもんが足りないんじゃないの?

「……ねぇ、ちょっと見張っててくれない?」
足を止めジャックに言う。無論、返事も待たずに邪魔臭い拡声器を押し付けながら。
「こっち来たら……これだかんね」
支給されたボーリング球を、目を丸くするジャックへと見せ付ける。
到底実践じゃ使えないような物だけど、覗き野郎をぶん殴って奥歯へし折るぐらいは出来る。
そのことを暗に伝えてから茂みへと向かうが――背後からも枝を踏む音が聞こえた。

振り向くと、当然のようについてくるジャックの姿が。
「…………ちょっと?」
「ん? 何?」
駄目だコイツ。このアーチェさんを呆れさせるなんて、間違った方向に大物だ。
「……何、じゃな・く・て! いいからアンタは見張りをする! 次ついてきたら本気でぶっ飛ばすからね!」
未だにキョトンと間抜けな顔をするジャックを尻目に更に歩みを進めていく。
姿勢を低くすれば周りから簡単には見つからないような茂みが見つかり、ジャックがついてきていないことを確認するとズボンへと手をかけた。
傍らには念のためにとボーリング球を置き、いつでも体を隠せるようデイパックを抱え込みながら腰を下ろす。
(まったく、男ってのはどうしてこう気が利かないかなぁ~)
辺りに響く水音を聞きながら、ジャックを想いため息をつく。
思えば知り合った男連中はレディに対する気遣いってもんが成ってない奴ばかりだった。
(クレスは女の子の気持ちに鈍感だし、クラースは尻に敷かれてるだけだし、アイツは…………)
仲間のことを思うと、自然と視界が滲んでくる。
不謹慎な話だが、アーチェはこの状況にほんの僅かながら喜びを感じてしまっていた。



ダオスを倒し、元居た時代に帰ってから数十年。
すずは勿論、クレスやミント、チェスターとは未だに再会を果たせていない。
なのに、クラースはさっさと死んでしまった。
みんなと再会するまでしぶとく生きるって言ってたのに。
「生涯現役、私もまだまだ捨てたもんじゃないぞぉ?」と笑っていたくせに。
クラースもミラルドさんも死んで、支えてくれたものが無くなって、張り裂けそうな想いを抱えて残りの年数を指折り数えた。
そんなとき、突然巻き込まれたのがこれだ。
“殺し合い”なんて馬鹿げていると思うし、あの男は許せないと思う。

それでも――死んだはずのクラースに、また会えた。
まだ当分会えなかったはずのチェスターに会えた。
話が出来たわけじゃない。ゆっくり再会を喜び合ったわけじゃない。
だけど、また、顔を見られた。
あの暗い空間で、チェスターとクラースの顔が見られた。
名簿を見たら、そこにクレスとミントとすずちゃんの名があった。

会える。会える。こんな状況とはいえ、みんなともう一度戦える。
こんなに嬉しいことはない。



(みんなに、呼びかけなくちゃ。あの時のメンバーが全員集合すれば、あんなわけわかんない男くらい……)

決意を新たにズボンを上げる。
目に浮かんだ涙を指で拭ってから、ズボンを上げる前に拭えばよかったと後悔した。







地面に腰を下ろし見張りをしている――ぼんやりと空を眺めているだけにも見えるが――ジャックの背に、「んじゃ、行こ」と声をかける。
「おかえり。トイレなら最初からそう言えばいいのに」
立ち上がる馬鹿の口から出てくるのは、相変わらずデリカシーのない言葉。
不快に思ったが、声に出しての指摘はしなかった。
殺し合いという状況(いまいち実感は湧いてないけれど)がそうさせるのか、ジャックには言っても無駄だとわかったのか、とにかく突っかかることはしなかった。
――これがチェスターなら、殺し合いという状況下なうえ言っても無駄だとわかっていても、やはり突っかかっていたんじゃないかとは思うが。
「それじゃ、出ぱ……」

――――こんにちわ諸君。このゲームが開始されてから六時間が経過した。

耳障りな声が聞こえる。
そういえば時間の確認を怠っていた。
デイパックを引っくり返し、中から腕時計を取り出す。

時刻は12時。定期放送とやらの、始まりの時間だ――



ミントとは、あの日――みんなでダオスを倒した、あの日だ――“一旦”さよならをしたんだ。
私はハーフエルフで長生きだから、ちょこ~っと我慢すればまた会えるんだもん。
だから、“一旦”。また会えるから、“一旦”。
だからさ、こんなの嘘だよ。だって……だってまだ再会してないじゃん。
あの礼儀正しいミントが、このアーチェさんに会わないで勝手にいなくなるわけないじゃん。

ねぇ、ミント。そうだよね――?



放送は、もう耳に入らない。
禁止エリアとやらをメモする気すら起きない。
顔を上げると、俯くジャックの旋毛が見えた。
その表情は見えないが、筆記具を握るその手は止まってしまっている。

――ジャックも、大切な人の名前が呼ばれたの?

その言葉を口から発することは出来なかった。
その現実を受け入れることの難しさは、仲間の死を受け入れる辛さは、身を持って味わっているのだ。
これ以上ジャックの傷口を広げることなんて出来ないよ────

ジャックの足元に転がる拡声器。
チェスターやみんなと、そしてジャックの仲間達と再会できる可能性を秘めた、私達の希望。

「…………ッ!」

その希望へと手を伸ばし、立ち上がると同時にスイッチを入れる。
決して楽観出来ない数の死者が出たっていうのはわかっている。
ダオスを倒すぐらいの強い人がいる事だってわかってる。
多分、かなりの数の殺人者がいるっていうことも。
だから、迂闊に使おうものならチェスター達だけでなく危険な人まで呼び寄せてしまうことも。
全部わかってる。
それでも――――

「『チェスタァァァァ!』」

呼びかけずにはいられなかった。何もせずにいるわけにはいかなかった。

「『クレスぅ、すずちゃん、クラース、ミン……』」

思わず、失った仲間の名を呼んでしまった。
もう声は届かないのに。もう二度と会えないのに。
大切な親友の名前が思わず出てしまって。
しばし言葉を詰まらせるも、すぐにまた呼びかけを再開する。
もう少し早く行動に移っていたら再会できていたかもしれない、大切な親友。
それを思うと、呼びかけを止めることなど出来なかった。
ここで止めて次の放送でまた大切な人が呼ばれたら、きっと今以上に後悔しちゃうから。
だから、辛くても声を出し続ける。

「『他のみんなもっ……聞いて!』」

叫ぶ。心の底から声を出す。
“恐怖におびえる誰かのため”などという抽象的な目的でも、“殺し合いをする気のない者を集める”などといった殊勝な目的でもなく。
ただただ、大切な人に会いたいがために。手遅れになってしまわぬように。
それだけのために、ただ叫ぶ。

「『私は、殺し合いなんかしたくない! 誰にも、もうミントみたいに死んで欲しくない!』」

届け。届け届け届け届け届け!
私の大切な仲間に、ジャックの大事な友達に!
お願いだから、どうか届いて。
お願いだから、もう誰もいなくならないで。

「『だから────お願い!』」

チェスター、みんな、

「『ここまで来てぇ!』」



【G-05/真昼】
【アーチェ】[MP残量:100%]
[状態:普通]
[装備:拡声器、ド根性バーニィ@SO3]
[道具:エリクシール@TOP(実際の中身はスーパーボトル@SO3)、ボーリング球(傍らに放置)、荷物一式(中身はぶちまけられている)]
[行動方針:みんなに会いたい]
[思考1:仲間に呼びかける]
[思考2:これ以上仲間を失いたくない]
[現在位置:G-05とH-05の境界付近]

【ジャック・ラッセル】[MP残量:100%]
[状態:普通]
[装備:無し]
[道具:首輪探知機・荷物一式(ただし水は残り僅か)]
[行動方針:仲間を集めてルシファーを打倒する(?)]
[思考1:???]
[思考2:知人と接触(リドリー優先)]
[現在位置:G-05とH-05の境界付近]

【残り49人】




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最終更新:2007年07月07日 14:17