**第59話 幸運と不幸は紙一重?

(ごめんね……プリシス。訂正する、2つじゃなかった)
黒服の男を追い掛けて森を抜けると、驚くことに獲物の数が増えていた。
(4つだった。目の前の3人と拡声器の娘)
自然に笑みが浮かんでくる。
『運が良い』こんなことを思ったのは何時が最後だったろうか?
獲物の様子がおかしい。
どうやら自分が現れたことに気付いていない様だ。
『運が良い』3人とはいえ、そんな間抜けの集まりなのだから。
思わず声に出して笑い出しそうになるのをグッとこらえ、代わりとばかりに剣を構えなおす。
「行くよ2人とも」
そしてアシュトンは一気に間合いを詰めに掛った。


「はやく、たす…逃げ……ごろざれちまう」
「あー、もう、だから何なのよ!」
助けを求めつつもこの場から逃げようとする男を、メルティーナは捕まえて思わず怒鳴る。
このキモ男の様子から切羽詰まった状態であること、何者かに追われていたことは予想できる。
だが、キモ男がやって来た方向からその『何者か』は一向に現れないではないか。
取り合えず何がおこったのか聞き出したかった。
「兎に角落ち着きなさい! 冷えない敵って一体何なの?」
その言葉を聞いた男は、メルティーナの両肩に掴みかかる。
「ちょっ……」
「またか、このド変態! お姉さまから離れろ!」
またしてもロジャーの言葉を無視し、男は必死の形相で訴える。
「ち、ちが……、み、見えない敵が……」
「……見えない敵?」
「そうだ、見えなアガァッーー!」
突然キモ男に異変がおこった。言葉の最中に妙な声を上げる。必死だった顔は間抜けなものに変わった。
横を見るとロジャーは何かに驚いた表情――こちらも中々の間抜け面だ。
メルティーナ自身にも異変があった。キモ男の変化とほぼ同時に腹部に鈍い痛みを感じた。
腹部を見てみる、透明な刃物の様な物が、キモ男を貫通して自身の腹部に刺さっていた。

メルティーナは慌ててキモ男を『更に後ろにいる何者か』ごと突き飛ばし、距離を取る。
ロジャーはそれを見るなり我に返り、心配そうに近寄ってきた。
「お姉さま、大丈夫ですか!」
「何とかね、深くは刺さってなかったみたい。それより……」
倒れた『2人』に目を向けると、キモ男は右側面を上に向けた状態で横になっていた。
「がぁ……」
キモ男が苦痛の声を上げると同時に、腹部から血が噴き出す。傷口をえぐったのだろうか?
「ぐぎゃぁぁああぁあぁぁ!!」
次の瞬間、腹部の傷口が上方向に向かって広がっていった。腹に刺さっていた刃物をそのまま振り上げたのだ。
傷口から勢い良く血が噴き出し、男の上――何もないはずの空間から臓物が現れ、ベチャっと地面に落ちる。
更にキモ男の首筋から血が滴り始め……ロジャーはその光景を呆然としながら眺めていた。
メルティーナは、そんなロジャーの耳元で、何かを囁いく。


(まずは1人……簡単じゃないか)
男の首を切り落としながら、アシュトンはそんなことを思った。
(クロード達や十賢者以外は対したことないのかもなぁ)
そうしている内に獲物の方に動きがあった。
女の方はデイパックから杖を取りだし、その場で構える。
少年の方は手ぶらでこちらに向かってくる。
(まずは彼から)
牽制のために、足下に転がっている男の首を少年に向かって蹴り飛ばす。
それに驚いたのか、少年は小さな悲鳴を漏らし足を止めた。
チャンスとばかりに急接近、斬りつけようとするも――その攻撃は途中から防御に切り替えた。
「でぇぇいやぁぁ!」
少年の手から斧の様な物が現れ、それを振り下ろしてきたのだ。
剣でそれを防ぎ、バックステップで距離を取り、次の攻撃に備えるが――それだけだった。
後の攻撃はその場で斧を振り回すだけのもの。つまり先程の攻撃はまぐれだったのだろう。
「……ギョロ」
溜め息混じりの一言、直後少年は炎に包まれた。
のたうち回る少年に止めを刺すべく近寄るが、背後からの声がそれを止める。
「ギャフー!(不味いアシュトン! 女の方だ!)」
女の方に目を向ける。
「……安息を得るだろう……」
術の詠唱だろうか?
術は余り詳しくないアシュトンだったが、ウルルンの様子からアレが相当不味いものだと判断。
直ぐに女の方へ向かおうとする。今ならまだ阻止できると思ったから。
「永遠に……」
だが、駆け出す瞬間何かを踏みつけて転倒。肩に掛けていたデイパックが放り出され、中身を前方にぶちまける。
踏みつけたものを確認すると、それは先程自分が蹴り飛ばした男の頭部だった。
「儚く」
今からでは間に合わない。何だか分からないが直撃を貰う訳にはいかない。
身を守る手段を必死に探し――
「セレスティアルスター!」
女が術名叫ぶと同時に、天から光の柱が次々と降り注いだ。


大魔法『セレスティアルスター』
降り注ぐ光の柱がアシュトンの周辺を、ロジャーもろとも飲み込んだ。
位置が完全に把握できない敵を倒すなら、大魔法で広範囲を攻撃すればいい。
彼女の支給品に大魔法が行使できる『エレメント・セプター』が有ったのは幸運だった。
もっとも、エレメント・セプターは使い捨て。彼女のそれは大魔法と引き替えに崩れさっていた。

正直こんなに上手くいくとは思っていなかった。
『ロジャー、お願いが有るんだけど』
『ひっ……あ、はい、何でしょうお姉さま』
『悪いんだけど、アイツの相手をしてくれない? 私の武器貸して上げるから』
そう耳打ちすると、ロジャーは驚愕の表情を浮かべてこちらを見た。
『アレはおそらくディメンジョン・スリップ。簡単に言うと透明人間になれる道具。
 アレ姿や気配は消せるけど、物音や声は消せないの。だから……』
『それを頼りに戦えってこと? そんなのオイラには無理……』
『あんたは強いんでしょ? 全力で私を守ってくれるんじゃなかったの?』
それを聞いてロジャーはうつむいた。
さすがに無理なお願いだと思った。断られたらさっさとこの場から退くつもりだった。ところが……。
『解りました、オイラがお姉さまのために必ずや奴を倒して見せます!』
そう言ってレーザーウェポンを手に取り、駆け出して行った。
守るべき対象に見捨てられるとも知らずに。

光の柱も最後の一本が収束していき、明らかになった視界には一見誰も立っていないように見えた。
「まっ、これで死ななきゃ……!?」
言葉途中で気付いた。何処かおかしい。何処だ?
地面に転がっているのは男の頭部といくつかの道具――これは別におかしく無い。
敵の死体が無い――透明人間なのだから当たり前だ。
ロジャーは――ボロ雑巾の様な姿になって、ぐったりしていた……

空中で静止した状態で。

「……ッ!! ダーク・セイヴァー!」
メルティーナは直ぐ様魔法を放つ。それに対し、相手は手にしたロジャーを投げつけて応戦。
(……これって、まさか)
彼女は数時間前に同じ様なことを体験している。そして、今回も同じ様に魔法は無効化された。
「また!?」
ただ、その後は違った。今回のロジャーは止まらずに激突する。
尻餅を付いた彼女は直ぐに起き上がろうとするが、相手はそれを許さなかった。
足を一閃。
倒れた彼女の腕を掴んで持ち上げ、その状態で一言悪態を付いた。
「さっきの術、凄く痛かったんだけど」

『何て無様なんだろう』『何故あの時逃げなかったのか』『私にはまだやらなければならないことがあるのに』
メルティーナの頭に様々な弱い言葉が浮かぶが、それらを無視して集中力を高める。
駄目元で、一発かましてやるために魔法の詠唱を行うが、
「させないよ」
それすら中断を余儀なくされる。
「あああああっ!!」
顔面に焼ける様な痛みが走る。顔を斬りつけられた様だ。
それだけでは終わらない、相手は更に剣を走らせる。腕に、胴に、足に、
何度も何度も何度も何度も……。

不可視の剣はメルティーナを相手に踊り続けた。


「やれやれ、大分てこずっちゃったな」
アシュトンは、ダルそうに体を引きずりながら荷物の回収・整理を行う。彼の体もボロボロだった。
大魔法が放たれた瞬間、彼はロジャーを掴み上げ、盾として利用した。
もっとも、形の小さいロジャーでは完全に防ぐことはできなかった。
それでもアシュトンは死ななかったし、四肢も無事だ。動くこともできる。

「ギャフ?(おいアシュトン、あの小さい奴は何処へ行った?)」
「あれ? そう言えば……」
言われてからロジャーの首輪を回収していないことを思い出した。
辺りを見回すが、そこに有る死体は2つだけ。
「ギャ?(逃げられたのか?)」
「んー……多分そうなんだろうね。折角の獲物を取り逃がすなんて、やっぱり僕は不幸だなぁ」
溜め息を付きつつ彼は立ち上がる。
「ギャウ?(探すのか?)」
「いや、例の娘の所へ急ぐよ」
それを聞いてギョロとウルルンは顔を見合わせる。
「ギャフー(少し休んだ方が良いぞ)」
「僕のことなら心配いらないよ。それより、例の娘がいなくなってないかの方が心配だよ」
そう言って彼はよろよろと歩き出す。背中の二匹は『やれやれ』といった感じの仕草をしていた。



アシュトンがいた場所の直ぐ近くに、ロジャーは倒れていた。
直ぐに死んでもおかしく無いくらい重傷だったが、彼はまだ生きていた。
彼の幸運は3つ。
セレスティアルスターを受けたとき、グリーンタリスマンが発動したこと。
ダーク・セイヴァーに対し、ウィザードクロスが発動したこと。
そして、倒れたときに、もう一つのディメンジョン・スリップを無意識の内に握っていたこと。

【G-05/真昼】
【アシュトン・アンカース】[MP残量:70%]
[状態:疲労、ダメージ大]
[装備:アヴクール@RS、ディメンジョン・スリップ@VP]
[道具:無稼動銃、マジックミスト、レーザーウェポン、ルナタブレット、首輪×2、荷物一式]
[行動方針:プリシスの望むまま首輪を狩り集める]
[思考1:拡声器の主のところへ急ぐ]
[現在位置:G-05、南へ移動中]

【ノートン@SO3 死亡】
【メルティーナ@VP 死亡】


――あれから何時間経ったのかな? それとも何分かな?
身体のあちこちが痛い。
声が出せない、呼吸をするたびに苦痛が押し寄せる。
手足が動かない、四肢がちゃんと付いているかどうかすら分からない。

「……ッ!? これは」
「え……!? いやぁ!」
――声が聞こえた、男と……たぶん綺麗なお姉さまの声だ! 人が来たんだ!
「惨いな」
――惨いと言った。きっとオイラ達の状態のことだ。惨い状態でも、オイラはまだ生きているんだぞ。
「ディアス、この人……」
「あの時の男か」
――バカチン! そっちじゃない! まずはオイラを……。
「あの呼び掛け……この女性のものだったのかな?」
「この状態では何とも言えんな。それより……」
――そうだ、それよりオイラを……。
「早くここから離れるぞ。有らぬ疑いを掛けられるは御免だ」
――待って! オイラを無視するなんて酷いじゃんか! お願いだ、助けて……。

「……けて……」

「? レナ、何か言ったか?」
「え? 何も言ってないけど」
「そうか」

彼の不幸。
それは、最期までディメンジョン・スリップを手放さなかったこと。


【G-05/真昼】
【ディアス・フラック】[MP残量:100%]
[状態:正常]
[装備:護身刀“竜穿”@SO3]
[道具:????×2←本人確認済み、荷物一式]
[行動方針:ゲームに乗った参加者の始末]
[思考1:レナを最優先に保護]
[現在位置:G-05、三つに分かれた道]

【レナ・ランフォード】[MP残量:100%]
[状態:正常]
[装備:無し]
[道具:????×2←本人確認済み、荷物一式]
[行動方針:死にたくない]
[思考1:仲間と合流したい]
[現在位置:G-05、三つに分かれた道]

【ロジャー・S・ハクスリー@SO3 死亡】

【残り45人】

※ロジャーの死体はディメンジョン・スリップを握っているため見えません。
※エレメント・セプター、ウィザードクロス、グリーンタリスマンは壊れました。  

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最終更新:2008年11月07日 18:06