第92話 CROSS



アーチェがその放送を聞いた後、最初に感じたものは安堵だった。

クロードから逃げ出したアーチェは、適当な木陰に座り込んでいた。走り出してからまだ十分も経っていないにも関わらず。
これでは逃げ切れたかどうか怪しいとこだが、彼女の体力ではこの辺りが限界だった。
そうして座り込んでから五分もしない内に、突然異変が起こった。茜色だった空が一瞬で黒く染めあげられたのだ。
「っ……」
それと同時に、アーチェの表情も暗い脅えの色に染めあげられる。
別にこの異変に驚いたのではない。この現象は数時間前に経験している。そう、これから何が行われるかを理解しての脅えだ。

『フフン……、こんばんは諸君』

放送を聞き終えたアーチェは静かに呟いた。
「……ごめんなさい」
確かに最初に感じたものは安堵であった。当然だ。クレスもクラースもすずも、そしてチェスターも無事だったのだ。
だが、次の瞬間には安堵は消え去り、代わりに罪悪感に支配された。
『ネル・ゼルファー』
自分の所為で石になってしまった人。
目の前で頭を潰された夢瑠と違って、彼女は重傷であったがまだ生きていた。そして、本来石化では死に至るようなことはない。
だから、可能性は限りなく0に近いと知りながら、もしかしたらまだ生きているかもしれないと、僅かな期待を抱いていた。
しかし、彼女の名前は放送で読みあげられた。あのままアーチェが何もしなくても、ネルが死んでいたことは間違いない。
だが、自分の所為で死に行くネルに石化する苦しみを――そのまま死ぬこと以外の苦しみを与えてしまったことがハッキリした。
「ごめんなさい」
最後に見たネルの顔を、鬼のような形相を思い出しながら、アーチェはその場で泣き崩れた。


死者は13名。
初めに会った男のように、やる気になっている者は想像以上に多いのだろうか?
――くそ。
「相変わらずのハイペース」と言っていた。前の6時間でも同じくらい人が死んだのだろうか?
――くそ、くそ。
今回の放送で仲間が、オペラとセリーヌの名前が呼ばれた。前の放送でも呼ばれた人がいたのだろうか?
――畜生。

このゲームが始まってから二度目となる放送。だが、彼にとっては初めて聞く放送だった。
放送を聞いたクロードは、その場でガクリと膝を着く。
「……冗談だろ?」
最初に口から出てきたのはそんな疑問の言葉。勿論彼の疑問には誰も答えてはくれない。
ただ、彼を嘲笑うかのように、あの男の笑い声だけが響き渡る。

「なあ」
項垂れていると、突然声をかけられた。相手はいつの間に現れたのだろうか?
取り敢えず無視する訳にもいかないので、慌てて立ち上がり、声のした方向へ首を向けるが、
「あれ?」
そこには誰もいなかった。だが、「気のせいか?」考えた直後に、今度は足下の方から声が聞こえてきた。
「み…ずを」
声の主は黄色いベストを着た少年。
「お、おい、大丈夫か!」
少年はうつぶせに倒れていた。


「ぷは。サンキュー、生き返ったぜ」
中身が残り僅かとなったボトルを返却されたクロードは、相手の少年――ジャックに話しかける。
「もしかして喉が乾いてただけなのか?」
「そうだけど? いや、体力的にも限界だったぞ。水でも飲んで休もうと思ったら、もう殆どなくてさ。近くにあんたがいてたすかったよ」
「……どういたしまして」
クロードは思わず頭を抱えたくなったが、ここはグッと我慢。
兎に角、初めて出会ったまともに会話が出来る人なのだ。一回目の放送のことを聞きたいし、出来れば仲間にもしたい。
まずは放送のことを聞いてみよう。そう考えたのだが、
「ところで「ってこんなゆっくりしてる場合じゃねー!」」
思い切り出鼻を挫かれる。
「なあ、お前アーチェに会った筈だよな? あいつどうしてた?」
「アーチェ?」
知らない名前に首を傾げる。
「ピンク色の髪の女の子だよ。もしかして会ってないのか?」
「ん……ああ、あの子か。って、何でそんなこと知ってるんだよ!?」
その言葉に対し、探知機を取り出してから答える。
「ジャーン! この機械のお陰だぜ。名前はタン……炭?」
「探知機?」
「そうそう、それそれ! 知ってるなら話は早い。これを使ってアーチェを追ってたんだけど、別の光点と接触した後、
どっちがアーチェのものか解らなくなって……っと、そんなことより、アーチェの様子はどうだった?」
ジャックは、少し恥ずかしそうに右手で後頭部を掻きむしる。
さて、困ったのはクロードだ。先程の少女の仲間に「剣を向けたら逃げられた」なんて言ったら話がややこしくなる。
「あー、実は顔を合わせただけで会話すらしてないんだ」
だから、当たり障りのないことを話した。実際嘘は言ってない。
「そっか。じゃ、急がなくちゃな」
そう言って、ジャックは荷物を背負って立ち上がった。それを見たクロードは慌てて声をかける。
「ちょっと待ってくれ。僕からも聞きたいことがあるんだけど」
「続きは、移動しながらやろうぜ」
「は?」
クロードは一瞬言葉の意味が解らなかった。
「俺と一緒にこないか? ルシファーの野郎をぶっ飛ばすなら、仲間は多い方がいいだろ? それに、お前いい奴だしな」
確かにその通りだ。仲間は多い方がいい。実際クロードも協力者を探しているのだ。だけど、彼と共に行くということは――
「さあ急ごう。兎に角やることは沢山有るんだ。まずはアーチェに会う。
 そしたらリドリーを見付けないとな。それからあのアシュ「すまない。一緒には行けない」……え?」
戸惑うジャックにクロードは告げた。
自分がアーチェに会った時、彼女にどんな反応をされたのかを。その彼女に、早まって剣を向けてしまったことを。
「……だから僕は一緒に行けない。黙っていて悪かった」
クロードはそう言って頭を下げた。ジャックはそれを見て、暫く考えてから口を開く。
「なら、俺と一緒にアーチェに謝りに行くってのはどうだ?」
何を言ってるのか理解出来なかった。黙って続きを待っていると、ジャックは自嘲気味な笑みを浮かべながら喋り出す。
「実は、俺の方も色々あってな。あいつを傷つけちゃったんだ。だから、その、俺の方もあいつに謝らなくちゃならないって訳だ。
 その時、お前が悪い奴じゃないってことを説明してやるからさ、お前もあいつに謝っちゃえよ」
話を聞いたクロードは、顎に手を添えながら思案する。説得に成功すれば、一度に二人も仲間が増えることになる。
自分もジャックも説得に失敗しま場合でも、ジャック一人は確実に仲間になってくれるだろう。
最悪なケースは、彼女がジャックを許して自分を許さなかった場合だ。
それでも、ジャックがその場にいるならば、こちらの身の安全はある程度保証されるだろう。結論、この提案は非常に有難い。
「そうだな、君が口添えしてくれるなら何とかなると思う。言い遅れたが、僕の名はクロード、クロード・C・ケニーだ。よろしく頼む」
クロードは右手を差し出す。
「よっしゃ! そうこなくちゃ。俺はジャック・ラッセル。今後ともよろしく!」
同じように右手を差し出して握手を交すと、彼等は並んで歩き出した。

「ジャック、悪いんだけど、一回目の放送の内容を教えてくれないか?」
「放送か……その為にも早くアーチェと合流しよう」
「え? もしかしてジャックも聞き逃したのか?」
「いや、聞いたぞ。ただ、途中までしか聞いてなかっただけだ」
「…………」


「それで、そのリドリーって子とは結局どうなったんだ?」
「それが、この後直ぐこれに巻き込まれたから、まだまともに話すら出来てないんだ」
二人は現在、北西の方向へ進んでいる。勿論、目指すは探知機に示されたアーチェの居場所。
出発直後は割と急いで進んでいたが、探知機を見ていて『アーチェの位置が先程からずっと変わっていない』ことと、
『自分達の位置から思ったより近い』ことが解った為、今は雑談を交えながら歩いている。
「へー。だけどジャック。いくら敵陣についてしまったからといって、恋人を後回しにして別の子を追い掛けるのはどうかと思うぞ。
 ぶっちゃけ二股はよくない!」
「っな、お、俺とリドリーはそんな関係じゃねぇ! アーチェもだ!」
ジャックは顔を真っ赤にして怒鳴りつける。その右手は斧状になったレーザーウェポンを掲げ、今にも振り下ろさんとしている。
それを見た途端、クロードは慌てて両手を挙げて降参のポーズをとる。但し、その顔は明らかに笑っていたりする。
「ちょ、ジャック、冗談だよ冗談。落ち着けって。おい、そろそろ目的地に着くんじゃないか?」
そう言って探知機を指差す。確かにそこに示されたアーチェの反応は、もう目の前までせまっていた。
「おお、本当だ」
それを確認すると、再び歩き出そうとしたが、クロードから思わぬ待ったがかかる。
「なあジャック。ここから先は君一人で進んでくれないか?」
ジャックは、思わずクロードの方へ振り向き「何を言ってるんだ」と言わんばかりの視線を送る。
当然だ。彼は自分と一緒に謝りに行く為に行動していた筈なのだから。
「いいかジャック。僕は彼女に剣を向けてしまったと説明しただろ? つまり、彼女は僕を敵と認識している可能性が極めて高い。
 その僕がいきなり現れたらどうなると思う? 僕が彼女の立場なら、話も聞かずに逃げるだろうね」
話を聞いたジャックは納得したように一回頷くが、直ぐに首を傾げる。
「じゃあどうすんだよ?」
「その為の君だ。ジャックが彼女を説得し、その上で僕のことを説明してくれればいいんだよ。って言うかこれ君が言ったことだぞ。
 取り敢えず、僕はここで君の帰りを待つつもりなんだが……納得してくれたかい?」
今度は納得できたのか、何度も首を上下に動かす。
「オッケー! そういうことなら先に行かせてもらうぜ」
言うが早いかジャックはクロードを置いて駆け出した。が、ある程度進んだところで一旦振り替える。
「くれぐれも、俺より先にアーチェに見付かるなよ!」
その後、ジャックが再び背を向け走り出したのを確認すると、クロードはゆっくり腰を下ろす。
「おーい! アーチェ! いるんだろ! 返事してくれー!」
前方から聞こえてくる叫び声は、非常に頼もしく感じられると共に、何故か強い不安を覚えた。


アーチェは赤く腫れた瞼を擦りながら、漸く立ち上がったところだった。
今もネル達に対する罪悪感は消えない。彼女達の最期を思い出す度に、その場に崩れ落ちそうになる。
それでも彼女は自らの足で前へ進む。それは、ジャックやクロードといった恐怖の対象から逃げる為である。
そして、それ以上に彼女の仲間達に会いたいという思いが、ゆっくりだが確実に前へ進ませる。
ところが、彼女の歩みは僅か数歩で終わってしまう。
声が聞こえたからだ。恐怖の対象の。ジャック・ラッセルの。
「おーい! アーチェ! いるんだろ! 返事してくれー!」
この声を聞いた途端、彼女の恐怖は大きく膨れ上がる。そして、歩みは走りに変化した。
アーチェは走る。近くに迫っているであろう恐怖から逃げるために。
ジャックの眼差しを思い出す。氷のように冷たい、自分を疑うあの眼差しを。
それを思い出すことで恐怖はますます大きくなる。あの時、ジャックは自分を疑ったのだ。それは見間違いではない。
では、そのジャックは何故自分を探しているのだろうか? 自分など放って置けばいいのに、何故そうしなかったのか?
答えは容易に想像出来た。
――わたしが敵だからだ……ネルを殺したわたしを……殺しに来たの?
「~~~ッッ!!」
今のアーチェは、自分が何処を走っているのかを、何処を走って来たのかを、
ジャックの声が何処から聞こえて来たのかすら解らなくなっていた。そしてそのことが、
「アーチェ!」
彼等を引き合わせることになった。

「よっしゃ! やっぱりアーチェだ」
今、アーチェの前方にはジャック・ラッセルがいた。数時間と同じ声で、同じ調子で喋っている。
アーチェは、名前を呼ばれた時にジャックの方へ顔を向けてしまったが、それでも彼の目だけは見ないようにした。
あの時と同じ目をしているかもしれなかったからだ。あの目を二度と見たくなかったからだ。あの氷のような冷たい目を。
「やっと見つけた」
先程自分が想像したことを思いだし、全身に震えが走る。歯がカチカチと音を鳴らす。
「おい、どうした!?」
その姿を見たジャックは、前へ一歩踏み出す。勿論これはアーチェを心配しての行動だが、それが逆に彼女を追い詰める。
『キ』
「いやあぁぁぁああ!!」
悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、直ぐに転倒してしまった。
只でさえ疲労が溜っていたのに、ここまで全力疾走して来たのだ。彼女の足は既に限界だった。
「あああぁぁああぁあぁぁぁぁあ!!」
「アーチェ……」
『ウ』
アーチェは、もう逃げられないことを悟ったのだろうか。両手で耳を塞ぎ、悲鳴を上げながら蹲った。
ジャックは、こういう反応をされることも想定していたのだろう。この反応を見ても余り動揺を見せなかった。
ただ、さらにもう一歩前へ踏み出し、
『ビワ』
「俺の話を聞いてくれッ!」
耳を塞いでいるアーチェにも聞こえるように大声で叫んだ。アーチェは相変わらず耳を塞いだままだが、悲鳴は止まっていた。
それだけを確認すると、ジャックは話を続ける。
『アト』
「ごめんアーチェ! 疑ったりして悪かった! お前がそんな奴じゃないことくらい解ってたつもりだったのに、本当ごめんなッ!
 それに、誰だって間違えることくらいあるもんな! 俺だって、サイネリアのクイズを四日連続で間違えたり、
 間違えて副長の脛を蹴りつけて半殺しにされたり…『テ』…って今それ関係ないだろッ!」
自分で自分にツッコミを入れた後、続きを話す前に大きな溜息を吐いた。
「ふぅ」
『ワバクハ』
「兎に角、俺が言いたいのは、アーチェは悪く……あ~、いや、ネル達のことは! ことは……、えっと、その、気にす……、
 あああ、違う違う違う! そうだ、俺の言いたいことは、どれもこれもルシファーが悪いってことだッ!
 ネル達と一緒に話しただろ? ルシファーがこのゲームを始めたのが全ての元凶なんだ!
 こんなクソゲームさえ無ければ、俺もお前も、クロードも、団長に大隊長、リドリー達みんながこんな思いをしなくて済んだんだッ!
 そうだろ! 違うか! 俺達の所為でネルと夢瑠が死んじまったことを忘れろとは言わねえ! むしろ忘れさせねえ!
 だから、あの二人の為にもルシファーを打ちのめしてやろうぜ! 死んじまった人達の分も二人で一緒にぶん殴ってやろうぜッ! だから、
 一緒に行こうアーチェッ!」
アーチェは、この話を途中から耳を塞ぐことなく聞いていた。顔を上げてジャックの方を見る。
今のアーチェは、ジャックがもうあの冷たい目をしていないことを理解出来ていた。
ジャックは少し緊張した面持ちでアーチェを見ていた。自分の言いたかったことがちゃんと彼女に伝わったのか確かめる為に。
だが、彼等が視線を交すことは無かった。

『首輪爆破まで後1秒――――』

その代わりとして小さな爆発音が、少し遅れて少女の悲鳴が辺りに響き渡った。

【G-4/夜】
【クロード・C・ケニー】[MP残量:80%]
[状態:右肩に裂傷(応急処置済み、武器を振り回すには難あり)背中に浅い裂傷(応急処置済み)、左脇腹に裂傷(チェスターによって殴られ傷が再発)]
[装備:エターナルスフィア@SO2+エネミー・サーチ@VP]
[道具:昂魔の鏡@VP、荷物一式(水残り僅か)]
[行動方針:仲間を探し集めルシファーを倒す]
[思考1:ジャックの帰りを待つ。ジャックがアーチェの説得に成功した場合は、自分も彼女の誤解を解く]
[思考2:分校跡へ行き、参加者と接触できなければ平瀬村へ向かう]
[思考3:自分の潔白を証明してくれる人か仲間を探し、チサト達の誤解を解きたい]
[思考4:第一回放送の内容の把握]
[現在位置:F-03、F-04、G-03、G-04の4つのエリアが交わる場所の手前]
[備考1:昂魔の鏡の効果は、説明書の文字が読めないため知りません]
[備考2:目覚めたのが第一回放送後なので第一回放送内容は把握していません]

【F-03/夜】
【アーチェ・クライン】[MP残量:100%]
[状態:絶望感 罪悪感 重度の疑心暗鬼]
[装備:無し]
[道具:ボーリング球・拡声器]
[行動方針:仲間を探す]
[思考1:!?!?]
[思考2:チェスターに会いたい]
[思考3:みんなに会いたい]
[現在位置:F-03、F-04、G-03、G-04の4つのエリアが交わる場所の手前]

【G-03/夜】
【ジャック・ラッセル@RS 死亡】

【残り32人】




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最終更新:2008年03月03日 01:25