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第97話 不協和音(1)


アシュトン・アンカースという友人がいる。
エクスペルの冒険で、初めて出来た男の仲間。
レナとセリーヌさんとの三人だけの冒険が不満だったわけではないし、『両手に花』という状況で喜びを感じないほどストイックな性分でもない。
ただ、それでも同性の仲間が出来たことは嬉しかった。
宿屋に泊まる時に一人ではなくなり、隣の部屋から聞こえてくる楽しげな話声に密かに嫉妬することもなくなった。
野営の時もそうだ。アシュトンが仲間になって、後衛の女性陣に任せないといけないという事態がなくなった。
仲間が増えて接する機会は減ってしまったが、それでも“疎遠”と呼ぶ程ではなかった。
古くから共にいたし、何よりも彼という人間をよくわかっていたから。
運も間も悪くて、乙女チックな一面があって、弱気で、そのくせ戦場では頼りになる樽マニア。
こんなに濃い個性、絶対他とは被らないだろう。
だから僕は仲間が増えた今でもアシュトンと仲良くしていたいと思う。
他者にはない素敵なものを、彼はいっぱい持っているのだから。

勿論、ずっと友人であり続けたいのはアシュトンだけではない。
あの日共に旅した仲間達は皆、個性的で掛け替えのない存在だ。
レナも、セリーヌさんも、オペラさんも、エルネストさんも。プリシス、ディアス、ボーマンさん。チサトさんにレオン。
みんなみんな、掛け替えのない大切な友人だ。
――ノエルさんだって、本当に大切な友人だった。
暇を見つけてはよくバーニィと戯れていた。
ピョコピョコと両手を動かしては僕らの援護をしてくれた。
みんなで刺身を食べるときだけは箸を素早く動かして大トロを一人で掻っ攫ってくれた。
とても気が利く人だった。

争いが、本当に嫌いな人だった。

勿論僕だって争いは好きじゃないし、他のみんなだってそうだろうけど、ノエルさんは別格だった。
あの人は優しいのだ。みんなとても優しいけど、そんなみんなも一目置くぐらい優しいのだ。
だから、きっとその優しさ故に彼は命を落としたのだろう。
もう会う事が出来ないんだと思うと視界がぼやけそうになる。
だけど、今はまだ立ち止まるわけにはいかない。僕の仲間がまだこの島には残っているのだ。
ノエルさんには悪いけど、彼を悼むのは全てが終わってからにしよう。
この島では、少しの気の緩みが命取りとなる。
最初に襲われて気を失ったのも、チサトさんに誤解されたのも、全ては僕のミスのせいだ。周りがよく見えていなかった。
ジャックの死もそうだ。
姿を見られたくないのなら、後ろからこっそりついていけばよかったじゃないか。
黙って見送り、のんびりと待ち、ジャックの死に気付くことさえできなかった。
錯乱した少女に襲われたにしろ何らかの理由で禁止エリア内で動けなくなったにしろ、僕がついていってれば対処できたはずなのに。
それなのに、保身を優先して犠牲者を出してしまった。
言い訳をするなら、この異常な状況のせいで神経がすり減っていたのだろう。
だけどもう同じ過ちは繰り返さない。
例え疑いを向けられたって、チサトさん達の元に駆けつける。

……大丈夫だ、もう判断は誤らない。
ノエルさんの死に心を痛められるくらいには冷静になっている。
さっきまで心に余裕がなかったのに、だ。
それはきっと信頼のできる仲間が今目の前にいるからだろう。
彼は僕が名前を呼んだら立ち止まり、こちらを見た。
その際にエネミーサーチが反応したが、これだけで相手が殺し合いに積極的に参加していると決め付けるのは早計だということはついさっき学習済みだ。
戦場で突然背後から声をかけられたら警戒心を露わにして当然なのだ。
だから僕は、今までの失敗を生かし笑顔で彼に近づくことを選択した。
「あぁ……なんだ、クロードか」

――アシュトン・アンカースという友人がいる。今、僕の目の前に。





 ☆  ★  ☆  ★  ☆






何が、起こったのだろう?
気付かぬ内に催眠術か手品にでも引っかかってしまったのだろうか?
それとも、これは夢だろうか?
そうでなければ説明がつかない。
大切なヒトが――アーチェが、腰から下を残して“飛び散った”なんて。

「なん……でだ……? おい、何とか言えよ……アーチェ……」
ようやく喉から言葉が出た。
だけどよ、このセリフはないんじゃねえのか?
だってよ、このセリフは目の前の肉片をアーチェだって認定することになるんだぜ?
おかしいだろそんなの。
仲間内じゃ一番付き合いが浅かったけど、それでもコイツがどんな奴かはよく分かってるつもりだ。
こいつが軽口を返さない時は、よっぽど傷ついてる時なんだ。
だから俺はアーチェに秘仙丹を渡したんだ。
本当はアーチェを襲ったクソ野郎の事をもっとよく聞きたかったけど、気を使いながら上手に聞き出す自信がなかったからその事には触れないでいたんだ。
だってそうだろう?
こいつを飲んで横になってればきっと元気になるんだから。話はそれから聞いたって遅くないだろ?
だから貴重な貰い物をお前にやったんだぜ?
分かったらさっさと起きろよ。いつもみたいにやかましく喋れよ。
長々とお前の冗談に付き合ってやれるほど、今の俺達は暇じゃないんだぜ?

「う……っ」
アーチェを見ている内に、胃液が逆流してきやがった。
クソが、何考えてるんだよ俺は。アーチェは大事な仲間じゃねぇか。
軽口で散々罵ったけど、本当にゲロっちまうほど醜い外見はしてないぞコイツは。
胸はペッタンコだけど他は並より遥かに上だ。
そんな女を見て吐いちまうなんて最低だぞ。
飲み込めよ。昔はそれこそ泥水を啜るような暮らしだったじゃねえか。
あれに比べたら自分の胃液を飲むくらいどうってことないはずだろう?

――あぁ、そうだよ。認めるよ畜生。もう本当は理解しちまってるんだ。
目の前の肉片はアーチェだってことくらい。
もうアーチェが起き上がる事はないってことくらい。
アーチェの死の直接の原因は、きっと俺だってことくらい。
そう、俺が、アーチェを殺しちまったんだってことくらい。

「………………」
最低の気分だ。仲間をこの手で殺しちまった。今すぐにでも死んでしまいたいほどだ。
だが、俺はまだ死ぬわけにはいかない。
今さっき認めたように、アーチェは俺が与えた秘仙丹で死んだんだ。
それはつまり、秘仙丹を俺に渡したあの野郎が、間接的にアーチェを殺したってことなのだ。
だったら俺のやる事は一つだ。ボーマンの野郎をぶっ殺す。
自分自身の贖罪やルシファーなんざ後回しだ。
あのクソ野郎を、アーチェの代わりにぶっ殺してやる……ッ!





 ☆  ★  ☆  ★  ☆






彼等はいつもひとつだった。
勿論彼等には個性があるし、考え方にも違いがある。意見が食い違った事も多々あった。
それでも、彼等らひとつだった。
そんな各自の意見の違いも含めて、『アシュトン・アンカース』という存在だった。
どれだけ揉めても最後は一丸となって何かを成し遂げてきた。
少なくともアシュトン自身は二人と一身同体だと思っているし、ギョロとウルルンもそのことに不満を持つことはなかった。
なんだかんだ言いながら彼等は楽しくやってきた。
この殺し合いの場においても、彼等はひとつとなり激戦を生き延びてきた。

だけどそれは、あくまで上辺だけの話。
結果的に同じ行動を取ることにしても、その“理由”は大抵の場合バラバラだった。
今まではそんな事は問題にならなかった。これからも問題にならないと思っていた。
少なくともアシュトンはそう思っていた。
二匹は大切な友人だから、彼等はひとつなのだから、結果的に自身の我儘を聞く形になった二匹も、プリシスのために行動してくれると。
アシュトンは友人を、無条件で信じてしまっていた。

――――彼等は、ひとつ“だった”。





 ☆  ★  ☆  ★  ☆





状況は一瞬で変わってしまった。
クレス君が意識を取り戻してから、僅かながら追い風が吹いているとさえ思えたのに。
最初は警戒したけれど、偶然出会ったクレス君の仲間は彼の言うとおり信頼出来そうな人物だった。
彼らのやり取りを見ていると、未だ出会えぬい仲間達が恋しくもなった。
短い時間しか彼らを見ていないけれど、私がみんなと築いたモノと同じものを、彼らの間に感じることができた。
彼らを見てると希望を感じることができたし、頭数も揃っているため余程のことがない限り全滅することはないだろうとさえ思っていた。
なのに、その矢先に小さな爆炎が幻想的な希望と少女の命を奪い去ってしまった。
(一体、何が!?)
だが今はショックを受けている場合ではない。
先程までの和やかな空気が一変してのこの惨状だ。
クレス君やチェスター君は頭が真っ白になっていてもおかしくはない。
私がしっかりして、状況の把握をしなくては……

「う……っ」
チェスター君が嘔吐をしそうになっている。
……無理もない。『内側から弾け飛んだ人体』などという普通にいけば一生拝む事のない代物を目の当たりにしてしまったんだ。
気分が悪くなったとしても、責められるものではないだろう。
掛ける言葉があるわけでもないので、一旦彼は放っておく。
今一番大事なのは彼女が何故死んだのかだ。
チェスターはボーマンから秘仙丹を貰ったと言っていた。
その秘仙丹を飲んだ途端にアーチェは爆死してしまった。
普通に行けば、アーチェの爆死にはボーマンが一枚噛んでいるとみて間違いないだろう。
だが、それだと腑に落ちない点が生じてくる。
チェスター君は秘仙丹をクレス君にあげるつもりだったと言っていた。
それはつまり、ボーマンがクレス君が重体であることを教えると共に秘仙丹をチェスター君に渡したということだ。
殺意があって秘仙丹を爆薬にしたのだとしたら、その獲物はクレス君ということになる。
だとしたら何故クレス君をあの時に助けた? 私に殺されることを恐れてか?
だとしたら何故あの時私の誘いに乗らなかった?
優勝狙いで私もクレス君も殺したいのなら、私の誘いに乗っておいて私に爆薬を口にさせればよかったはずだ。
口に入れるだけで爆発するのであれば、何も騙して自主的に飲ませる必要はないのだから。
適当に話を合わせて近付き、私を爆殺してから眠りっぱなしのクレス君を殺してもよかったのに、それをしなかった理由は?
もしかしてボーマンは、クレス君に何らかの私怨があるのか?

「待ちなさい!」
……いけない、少し脱線してしまった。
ボーマンの目的は今考えるべきことではない。そもそも彼が殺したと決まったわけじゃないのだから。
今大事なのは誰がアーチェを殺したのか、だ。
踵を返し森の奥へと消えそうだったチェスターの目は、悲しみと怒りに満ちている。
感情の赴くままにボーマンを殺しに行く気かもしれない。。
「……聞きなさい」
一瞬だけ歩みを止めるもすぐにまた動きだした彼の腕を掴む。
悪いが彼を行かせるわけにはいかない。
勿論「相手が誰であろうと殺してはいけない」なんてことを言いたいのではない。
考え得るケースで最悪なのは『ボーマンが秘仙丹をくれたのは善意であり、にも関わらずに怒りに身を任せたチェスターが彼を殺してしまうこと』である。
それだけは避けなくてはならない。それだけの話だ。
「よく考えて。貴方、あの娘から話を聞いた時に何って言ったか覚えてる?」
もう殺し合いもずいぶん進み、私の仲間もほとんどが命を落としてしまった。
まだ何も出来ていないというのに、動き出す前に手を取り合えるものがほとんどいなくなってしまったのだ。
はたして一体何人の仲間がまだこの島で生きている? わからない。わからないが、きっと多くはないだろう。
だからこそ貴重な仲間をこれ以上失うわけにはいかない。ましてや確証のない疑惑なんかで。
勿論チェスターが怒りを鎮め私達と行動してくれるのがベストなのだが、どうやらそれは難しそうである。
ならば止めるのはやめよう。どの道仲間を探しに行く必要があるのだ。“アーチェ殺しの犯人”を追う事を止める必要はない。
要は、怒りの炎を遅かれ早かれ倒さねばいけない者に向けてもらえばいいのだ。
そしてその“犯人”を追いながら仲間を集め戦力を補強してもらえばいい。
だから私は、チェスター君を誘導する。出来るだけ仲間を失わないために。
「女の子を殺し、ホテルで人を襲った犯人は炎を使っていたって」
「…………」
「そしてアーチェはその犯人にも襲われていた
「…………あ?」」
「もし、アーチェがその殺人鬼から逃げ切って私達の所までやってきた……と、“思い込んでいた”のだとしたら?」
「ま……さか……」
一瞬、チェスターの顔から怒りの炎が消え失せる。私の言ったことが分からないとでも言いたげだった。
それもそうだろう。これは言いがかりと言っても過言でないような推理なのだ。
だが、チェスター君の顔が見る見る内に歪んでいく。
「自在に炎を操るのなら、時間差で攻撃する技があってもおかしくはないわ」
まるで鬼の様な形相で私の顔を――おそらくは、と言うよりまず間違いなく『私の顔』でなくここにはいない『アーチェの殺害犯の顔』を――睨みつける。
その表情は凄まじく、ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえそうなほどだ。
そしてその瞳に込められた想いは、『怒り』から『殺意』へ切り替わっているように思えた。

「クロオオォォォォオォォォォォォオォォオォォォォォオォォォオドッ!!」

殺意に満ちたその声に不覚にも怯んでしまう。
まずい。そう思った。今の彼は仲間集めなど放ったらかしで復讐に走りかねない。
まずい。そう思って、思考を『どう彼を止めるべきか』に切り替えたと同時に彼はすでに走り出してしまっていた。





 ☆  ★  ☆  ★  ☆





クロード・C・ケニーがアシュトン・アンカースを発見するおよそ3時間前。
アーチェ・クラインが爆死するおよそ4時間前。
そしてルシファーによる定期放送のおよそ10分前。
一人の殺人鬼が、目を覚ました。



「酷いなぁ、風邪引いちゃうかもしれないじゃないか」
アシュトン・アンカースは不満そうに呟きながら前髪を整える。
ウルルンが約束通り第二回放送の10前に起こそうとした所、寝惚けたアシュトンが「あと五分」などとほざいたので、前髪を凍らせて額を冷やしてやったのだ。
「ぎゃふ(しっかりしろ。そんなことでは命がいくつあっても足りんぞ)」
「ごめんごめん、分かってるって……」
ウルルンへと謝罪しながら、アシュトンは伸びをする。
「うん、スッキリした。寝すぎちゃうより仮眠の方がスッキリするってホントなんだね。誰が言ってたのか忘れちゃったけど」
おどけたように言いながらデイパックから地図や名簿を引っ張り出すアシュトン。

――何かが、違う。ギョロとウルルンは訝しんだ。
それが何なのか上手く言葉に出来ないが、休息を取る前と後では何かが決定的に違うように思えた。
(……どういうことだ? 休息を取って気でも緩んだか?)
そして二匹は違和感の正体にほぼ同時に勘付いた。
眠りにつくまで常に纏っていた狂気がすっかり鳴りをひそめている。
気が動転していたレオンは気が付かなかったようだが、微笑みにしても狂気に染まった冷たいものだったのだ。
それが今はただの笑みになっている。あの旅をしていた頃の、普通の笑みに。
これは余談だが、プリン頭のスカートを履いた変態の方はかなりの手練に見えたのだが、アシュトンがレオンの仲間と知って油断でもしていたのかレオンに対する攻撃を見抜けなかったようだ。

(まあ、おそらくは戦闘から離れたためだろう。獲物が現れればまた狂気に染まるはずだ)
アシュトンの狂気は現実逃避によるものである。ギョロとウルルンはそう考えている。
プリシスに拒絶された事実を認めたくないがために、無理矢理納得せざるを得ない理由付けをした。そしてそれを行動指針にアシュトンは殺戮に走ることにした。
最初に襲った三人に顔見知りがいなかったのは幸運だろう。
アシュトンは弱い男だ。あの段階で仲間に説得を受けたら恐らくは殺戮に走れなかったはずだ。
そしてプリシスに拒絶された現実と殺戮に走ろうとした事への罪悪感から、さっきまでのアシュトンとはまた違った方向に壊れてしまってたと思われる。
それを思うと殺戮方面に壊れてくれたのは幸いだ。廃人になられたら自分達にはどうしようもないのだ。
自分達も困るし、口には出さないが大事な友だと思っているアシュトンが廃人になるのは見ていて忍びない。
狂気に走るのも見ていて楽しいわけではないが、魔族にとっては特別不快に思うようなことでもない。
だから心の底で感謝しながら、あの男を殺させてもらった。

(休息を取ったのは失敗だったかもしれないな……)
あの男とあの女を異常に残忍な殺し方をしたのも、一種の逃避行為に思えた。
盗賊や魔族、襲い来る者を容赦なく殺す程度には度胸があるが、無抵抗な者を殺せるほどアシュトンの心は強くない。
あちらも仕掛ける気満々だったとは言え、途中からは命乞いする一方だった男を殺した際に少なからず罪悪感を感じたのだろう。
だがアシュトンはもう引き返すことが出来ないのだ。引き返せるほど強い心は持ち合わせていないのだ。
あの殺戮ショーは罪悪感を振り切るためにやったのあろう。『こうしてプリシスのために役立てる事は最高に楽しい』と自分自身に思い込ませるために。
弱い自分が殺戮に走るのを、プリシスのせいにするために。
(アシュトンは冷静になってきている。このままでは、いずれ……)
気付かせるわけにはいかない。『プリシスのために殺しをしている』はずが、本当は『プリシスを言い訳に殺しをしている』ということを。
そんなことになったら、逃げ場を失ったら、弱いアシュトンは崩壊する。それだけは何としてでも避けなければならないのだ。
戦闘を重ねることで、『プリシスのためにやっている』という意識を強めてきた。
自らが傷つくことで、『プリシスのためにここまでやっているんだ』というヒロイズムに酔う事が出来た。
そうして罪のない人間を殺した事への罪悪感から逃避していたというのに、体の傷を癒させるために休憩を取らせてしまった。
冷めてしまった湯を再び沸騰させるのは難しいというのに。

『――フフン…、こんばんは諸君』
場の空気が一気に張りつめる。第二回放送が始まった――――





 ☆  ★  ☆  ★  ☆






許せなかった。大切な人を奪った奴が。
許せなかった。何にも出来なかった自分自身が。
許せなかった。心の底から憎んでやった。なのに、結局仇も取れなかった。
アミィも、村のみんなも、誰一人守れずに、その仇すらダオスに横取りされてしまった。
そのダオスすらも、この島で勝手に死んでしまったようだ。
そう、俺はこの島でも何一つ出来てないのだ。
何にも出来ないまま、ミントは命を落としてしまった。付き合いは短かったが、本当に優しい人だった。
クレスともいい雰囲気だったし、この二人はそう遠くない未来で夫婦にでもなっているんじゃないかと思っていた。
だけど、そんな日は二度と来ない。何も出来ないって分かっていたくせに、焼け落ちる校舎を眺めてる内に、彼女の未来は奪われてしまった。
あの分校で焼け死んでいた女の子にしてもそうだ。遺体を埋めてやることすら出来ず、その仇も逃がしてしまった。
そしてその仇は、クロードは、今度はアーチェを殺しやがった。
俺は何も出来てない。俺がしっかりしていれば、助かった命もあったかもしれないのに。
「何……すんだよッ!」
だから俺は走り出した。これ以上の悲劇を生ませないために。
なのに、俺の体は地面へと吸い込まれた。
背に感じる重みの正体は見なくても分かっている。
「落ち着けチェスター!」
当然だ。だってこの声は、長年背中を守ってきた親友のものなのだ。聞き間違えるはずがない。
「離せ、離しやがれ、クレス!」

クレスの方が、俺よりも人間が出来ている。偽りのない本心だ。
だからアミィを安心して任せられると思っていたし、アミィの死後すぐにお前がミントとくっ付いてもアミィの気持ちが踏みにじられたとは思わなかった。
お前の誠実さはよく分かってるつもりだったからだ。
だから俺はお前と親友であることを誇りに思うし、お前のためなら何だってしてやろうと思えた。
それこそ、お前を逃がすためなら単身ダオスの前に残ることくらい屁でもない。
だって俺は信じていたから。お前ならアミィや俺の仇を取ることが出来るって。お前はそれを絶対に成す男だって。
そうだ、俺はお前をあらゆる面で信じていたんだ!
なのに……なのに何でだ!?
「ふざっけんなよ! 仲間が……アーチェが殺されたんだぞ! 悔しくねえのか!? いつからお前はそんな冷たい奴になっちまったんだ!」
「チェスター、いいから話を……」
「話!? 話って何だよ! 大事な仲間の仇を討つことよりも大事な話ってのは何なんだよ!」
畜生、クレス、何でお前はそんなに冷静でいられるんだよ!?
昔のお前なら、怒りを滾らせてたろうに……俺のいない間の冒険で、そんなに変っちまったのかよ!?

「悔しくないわけないだろッ!」
クレスの叫び声が聞こえる。その言葉には、怒りや後悔、悲しみの念が入り混じっているように思えた。
「アーチェは仲間だったんだ! ずっと冒険してきた、大切な……」
だからこそ、俺は余計に腹が立つ。きっとお前の意見は正しい。だけど、正しいと理解できてもきっと納得は出来ないから。
「なら、何でだ! お前そんな冷たい奴だったのか!? 大切な仲間が死んだのに、仇を取ろうとも思わないのかよ!」
何で変ったんだよ。アミィが恋してたお前は、俺が親友と思っていたお前は、そんなに“大人”じゃなかっただろ!?
「仕方がないだろ! 悲しいけど、前に進まなくちゃいけないんだ! そうしなきゃ、生き残ってる大事な人が守れないんだ!」
「仕方がない……? お前……アーチェの死をそんな一言で済ませるのかよ!」
「そうじゃない! いい加減にしろよチェスター! 」
そうじゃないなら何だって言うんだよ。何でお前は……お前はッ!
「いい加減にしろ? いい加減にするのはお前だろ、クレス。ミントの死もそうやって『仕方がない』の一言で済ませちまったのかよ!?」
不意に体を浮遊感が襲う。クレスによって立たされたと理解した時には、左頬に衝撃を受け無様にも地面を転がっていた。
何しやがる。そう言ってやろうと立ち上がり、見てしまった。
クレスのあの目。怒りと悲しみと後悔に満ちながらも、狂気は孕んでいないクレスの目を。
「そんなわけ……ないだろ…… だけどミントは僕が塞ぎ込む事を望んでなんかいない。他の仲間を放ったらかしで絶望に浸ってほしいなんて、絶対に思っていないんだ!」

――あぁ、そうか。気付いちまった。どうしてこんなにも腹が立つのか、その単純明快な答えに。
「……だろうな。ミントも、アーチェも、そんな事を望むような奴じゃねえ。そんなこと、俺だって分かってる」
これは嫉妬だ。醜く愚かな、くだらない嫉妬心だ。
クレスみたいに大人になれない、仲間のために感情を押し殺す事の出来ない、幼い自分にイラついてるんだ。
だけどもうどうしようもなかった。それが分ったところで、はいそうですかと敵討ちをあきらめられるわけがなかった。
「でもよ……そんなもんじゃ割りきれねえんだよ。割り切れるわけがねえ。大事な人が死んだのに、暢気こいて大局を見れるほど、俺は人間が出来てないからな」
「チェスター!」
「ああ、クレス。お前はすげえよ。ちょっと見ない間に俺の知らない冒険をして随分成長したもんだ。尊敬するね。そんな合理的な考え、俺には出来ねえ」
ぐにゃり。
自身の唇が歪んだことが分かった。おそらくは冷たい笑みを浮かべているだろう。
この場面でまるで鬱憤を晴らすかのように自然と笑みが出るという事は、もしかしたらずっと前からクレスに嫉妬していたのかもしれない。
「さすがは時空剣士様だよ。お前にはリーダーの資質がある。お前ならダオスを追い詰めれたのも納得だ。もうお前は片田舎で笑顔に包まれながらのほほんと暮らしていたお人よしの少年剣士じゃないんだからな」
本当はずっと憧れていた。嫉妬心もあったのかもしれないが、普段そんなものを抱いてたという自覚はなかった。
ただただ俺より秀でたクレスの事を尊敬し、アイツと肩を並べて歩きたいと願っていた。そうすることで、俺は自分が『素晴らしい兄貴』でいられるとさえ思っていた。
実際、戦闘技術をはじめ多くの点でクレスと対等になれた時から見ていた景色は、今までの人生で最も光り輝いている。
だからこそその景色を奪っていったあいつらが許せなかった。大切なものを奪った奴らが許せなかった。「復讐なんて意味がない」と分かりつつも、仇を追わねば気が済まなかった。
……あの時はお前も隣にいたはずなのに、あの時ダオスから庇った背中は随分と遠くに行っちまった。もう奴の背中も見えやしない。
だからそれが悔しくて、アイツに置いて行かれる自分が許せなくて、深夜に一人俺は弓を射続けた。
差がついてたことは分かっていたけど、それでも俺は再びお前と肩を並べて歩きたかったから。
そうしないと、劣等感に押し潰されて、あの日見続けていた景色を二度と見られないような気がしてたから。
「お前は間違ってないぜ、正しいから胸張れよ。けどな……」
だけど、今はもう違う。お前に追いつこうだなんて思わないし、きっともう二度と追いつけない。
俺は今、お前が歩んできた成長の軌跡とは違う道を行こうとしてるのだから。
「誰もがお前みたいに正しくあり続けられるわけじゃねえんだよ、クレス」
自嘲めいた笑みを浮かべ、もう一度だけクレスを見る。
「チェスター……」なんて間抜けな声を洩らす姿は、肉体的にも精神的にも完璧な時空剣士様とは思えない滑稽なものに見えた。
「俺は行くぜ。止めても無駄だ」
「チェスター!」
「……止めんなよ。こんなことになっちまったが、お前は俺の親友だ。殺し合いたくなんてない」
もしもクレスが実力行使に出たら、俺はクレスを殺そうとするだろう。
出来る事なら無力化程度にしておきたいが、成長したこいつ相手じゃそんな余裕は微塵もない。
俺の想いが――本気でクレスと殺し合う事も辞さないということが伝わったのか、クレスは俯いて拳を握るだけだった。
説得の言葉が浮かばないのだろう。こちらに説得される気がないのだから当然だ。
クレスが実力行使に出ることはないと判断し、再びクレスに背を向ける。
走り出そうとしたら、背後からマリアの声が聞こえてきた。
「次の放送まで、私達はこの村で策を練るわ。殺し合いを止めたいって人間がいたら、合流するよう言ってもらえないかしら? 勿論、貴方も歓迎するわ」
「…………」
返事はしなかった。
こちらに寄越さずにクレス討伐の手伝いをしてもらおうという気持ちもある。
だがそれ以上に、殺し合いに乗らない人間を集めようという意識が希薄になった俺が仲間面をするのは、何となく気が引けたから。


「……あばよ、クレス」
呟き、元来た道を走り出す。もうここへは戻らない。もう絶対振り返らない。
俺の後ろに在るものは、道を違えたかつての親友。こんな事にならなければ、再び背中を預け合っていたかもしれない長年のパートナー。とても正しく、希望に満ちた時空剣士。
心から脱出を願ってる。クレスなら、絶対出来ると思っている。
だからこそ、俺はここには戻らない。あいつと共に脱出する資格があるとは、今の俺にはとても思えなかったから。





 ☆  ★  ☆  ★  ☆








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第94話 チェスター 第97話(2)
第91話 ボーマン 第97話(2)
第94話 クレス 第97話(2)
第94話 マリア 第97話(2)
第94話 クロード 第97話(2)
第41話 ノエル 第97話(2)
第41話 ロウファ 第97話(2)
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