第99話 もの言わぬ友よ(前編)


月光煌めく夜天の下、2人の男が対峙していた。
1人は蒼き孤高の剣士ディアス・フラック。
もう1人はある科学者が己の恨みを乗せて創り出した存在。天使の名を冠した狂信者ガブリエル。
かつて刃を交えた両雄は再びこの地で合間見える事となった。

引き抜いた剣を正眼に構えディアスはガブリエルを睨みつける。
相手の出方を伺いつつ戦略を組み立てていた。
自然と着目するところは相手の体のいたるところに見受けられる切り傷や焼け焦げた衣服。
(ここに来るまでに大規模な戦闘をしたようだな…。
 こちらとて無理は出来るような状況ではないが付け入る隙はある)
特に接近戦を行う上での重要なファクターである武器を操る右腕の刺し傷と、
攻守共に必要になる機動力の要とも言える脚部の裂傷。
(速力でかく乱して、相手の右側を攻める。
あまり褒められた戦い方ではないが相手はあのガブリエルだ。それに…俺はまだ死ねない)
構えた剣の柄を強く握りこみ、弧を描くような動きで相手の右側に回りこむ。
その軌道の先を捉えるべく、ガブリエルはボーガンの銃口をこちらに向け射抜いてきた。
その矢を自らの振るう剣から発する衝撃波『空破斬』で叩き落す。
放った飛ぶ斬撃は矢をはじき返して尚、その勢いを殺すことなくガブリエルへと直進する。
だがその衝撃波は、更に強力な衝撃波に正面からぶつかるとかき消された。
ガブリエルの放つリング状の力場『ディバインウェーブ』の前にはこの程度の威力はそよ風程度に過ぎない。
周囲の瓦礫をなぎ払いながら徐々に広がる力場がディアスに迫った。
「ちっ」
舌打ちを一つ口から吐きつつ天目掛け跳躍する。
『朱雀衝撃波!』
己が纏う闘気を焔の炎と化し、南方を守護する四神『朱雀』を形作る。
そのまま一気にガブリエルに急降下。
その勢いはさながら水面の獲物を捕らえる猛禽の如き鋭さ。
空中にいる事で回避は出来ないが、たかが矢の1本。
自分の身体を捕らえる前に燃え尽きる。
ディアスはそう判断して回避と攻撃の両方を兼ねたこの技を選んだ。
ガブリエルはいつの間にか持ち替えていたハルバードで、
鳳凰を打ち抜くべく鋭い突きを放っていた。
キィインと鋭い金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。

「くぅっ」
完全に勢いを殺されたディアスの身体が重力に引かれ地に落ちる。
その着地の隙を逃すガブリエルではない。
すぐさま再度『ディバインウェーブ』をディアスに見舞う。
剣を盾にして正面から受けるも、ディアスは吹き飛ばされた。
傷ついていながらも尚その威力は健在で、正面からハンマーで殴られたかの様な衝撃がディアスを襲う。
十数メートル離れた家屋の外壁に叩きつけられ血を吐き、一瞬意識がブラックアウトする。
朦朧とする頭を振り、霞む視界でガブリエルを捕らえると、
自分とガブリエルとの間に1本の矢があった。
その矢がディアスの心臓を射抜かんと闇夜を駆ける。
「ぐぁっ」
なんとか身体を反らして急所を避けたが、左肩に深々とそれは突き刺さった。
「そろそろ無駄な抵抗はやめてデリートされたらどうだ? そもそも貴様が戦う理由はなんだ?
 そこまでして守りたいものなど今の貴様には無い筈だが…」
ボーガンに新たな矢を装填しながらガブリエルがディアスに語りかける。
「貴様も私と同じく愛おしい家族を奪われたのだろう…。そう、フィリアがいない世界に存在価値など無い。
 貴様もそう思わないか? 父が、母が、妹がいなくなった世界を憎んでいたのではないか?」
ガブリエルはディアスの過去を知っていた。
情報収集等を司る4機の素体によりディアスをはじめ十賢者と戦った12人の過去は調査されていたのだ。
消せない傷跡である血塗られた過去を思い出しディアスの目が大きく見開かれる。
脳裏に過ぎ去りし日の悲劇がフラッシュバックし、次第に彼の瞳が曇っていく。
父が血飛沫を上げて崩れ落ちる姿。血溜まりに沈んでいく母の姿。
薄れ行く意識の中で垣間見た、妹に容赦なく突き立てられる刃の群れと断末魔の叫び。
そんな光景が鮮明に再生される。
彼はこの出来事がきっかけで故郷であるアーリア村を飛び出した。
その頃の彼だったら、このガブリエルの台詞を肯定したであろう。
このまま戦意を失っていたであろう。
だが、今の彼はそうする事はなかった。
彼はその絶望を乗り越え、あの戦いを最後まで生き抜いたのだから。
そして、その戦いの中で死別した家族と同じくらい大切なものを手に入れたのだ。
そんな彼らに恥じる戦いなんてしたくはない。
再び滾った闘志で手にした剣を握り締め、地面に突き刺し身体の支えにしながら立ち上がる。
地から引き抜いた剣を平に構えて、眼前の敵に射る様な眼光を放つ。
その彼の瞳には先程の暗雲など無かった。

構えを取りながらもディアスの口が言葉を紡ぐ。
「確かに俺は惨劇を止めることの出来なかった己の無力さを呪い、
自分だけ生き残ってしまったという後悔の念に押しつぶされた」
そのまま真っ直ぐガブリエルに向かって駆け抜ける。
放たれた矢を僅かに身体そらし回避する。
電光石火の速さで間合いを詰め、どんな相手であろうと打ち貫く刺突『疾風突』だ。
ガブリエルは持ち替えた肢閃刀でその一撃を受け止める。
火花が2人の間で散る中ディアスは更に言葉を続けた。
「世界も憎み、力だけをただ闇雲に求め振りかざした。
 それでも、俺の心は晴れなかった。一生このままでも良いとさえ思っていたっ」
肉迫したこの間合いでただにらみ合いを続けるような真似はしない。
ディアスは彼の冴える太刀捌きを象徴する剣技『夢幻』を見舞う。
「だが、そんな俺にレナが手を差し伸べてくれた!」
数合の打ち合いの末間合いが開かれた。
その間合いを詰めるべく跳躍しながらも彼の言葉は止まらない。
「クロードが傷つける以外の力の使い道を示してくれたっ!」
跳躍と共に一太刀、降下と共にもう一太刀。X字を剣閃で描く『クロスウェイブ』
彼の怒涛の攻めにガブリエルは防戦一方となる。
「皆が共に支え合うという事を教えてくれた!!」
着地と共に沈む身体のバネを利用して続けざまに剣を振り上げる。
軋む身体が悲鳴を上げるがそれでも彼は止まろうとしない。
放った『朧』が空と大地と共にガブリエルを断つ。
盾にしていた肢閃刀が砕け、ガブリエルの身体に一筋の傷跡を刻み込んだ。
「俺はあいつらがここからの脱出に絶望しない限り、
騎士となり守り抜くとっ! 剣となり道を切り拓くと誓ったっ!」
吹き飛ばされたガブリエルの身体が受身も取れずに地面に墜落する。
ディアスは振り上げた剣を上段に構え直し闘気を送り込む。
かつての惨劇の記憶から生まれる負の感情により編み出した剣技『ケイオスソード』
だが、いまやその一撃に暗い感情は込められていない。
仲間の道を切り拓くため己が手を汚す事も厭わない。そんな覚悟が込められた一撃だ。
「これが俺の戦う理由だっ!!」
ディアスの叫びと共に放たれた渾身の一撃がガブリエルに直撃した。

「ハァ…ハァ…」
息をもつかせぬ連続攻撃。
負ったダメージが身体に残る中で繋げられるような連撃ではなかった。
(手応えは十分。しかしコレで仕留められていなければ…)
無常にもその懸念は現実となる。
1人の男の怨念を宿した狂天使はゆらりと立ち上がった。さながらその姿は紅い幽鬼の様。
「そうか…。それが貴様の理由か。だが、私もこの世の全てを消すまで止まれんのだっ!」
ディアスに負けじと自らの戦う目的と意志を乗せ『ディバインウェーブ』を撃つ。
回避する余力が無かったディアスはまともに食らってしまう。
「がはっ」
叩きつけられた小屋の窓をぶち破って床に転がり落ちる。
そんな彼に容赦なく追撃するガブリエル。
瞬時に詠唱を完成させ、印を切り呪紋を放った。
ディアスの仲間であるセリーヌ・ジュレスを葬った一撃『スターフレア』で小屋ごと吹き飛ばす。
ディアスは降り注ぐ星光と瓦礫に襲われながらもなんとかそれを耐え抜いた。
瓦礫を押し退け立ち上がった彼の心は未だ屈していない。
その証拠に剣を持つその手は力強く握られている。
「しぶとい奴だ…。だが、コレには耐えられまい」
それはガブリエルの最強の一撃『神曲』
彼の奏でる旋律は、例えるならディアスへの葬送曲。
(あれを食らったら流石に死ぬな…)
そんな事を考えていたディアスだが、引くことも臆する事もしなかった。
改めて剣を平に構えると月光をその背に浴び、大地を蹴る。
(俺はこのやり方しか知らない!)
距離は20メートル弱。とても『神曲』の発動を阻める距離ではないがそれでも駆け抜ける。
しかし距離を半場まで詰めたところで途端に足がもつれ、その場に倒れこんでしまう。
精神はまだ戦う事を辞めようとしていないが、身体の方が先に参ってしまったのだ。
そんな姿を見て勝利を確信し、笑みを浮かべるガブリエル。
そして、ガブリエルがその力を解放しようとしたその刹那。
小さな一つの影がディアスの前に躍り出た。
その小さな影がディアスを覆うように青白いドーム状の力場を展開する。
ガブリエルの『神曲』がもたらす破壊の光と青白いドームの光がぶつかり合い爆ぜる。
ディアスはこの小さな乱入者を知っていた。
「お前は、プリシスの…」
彼の前に現れたのは、少し前にガブリエルの前から姿を消していた無人君である。
無人君は自らに備えられた機能『バーリア』を展開し、ディアスの事を守ったのであった。
小さな身体に秘めた力を目の当たりにしたディアスは、限界を迎えていた己の身体を奮い立たせる。
(そう…。1人で勝てないのなら、仲間と共に戦えばいいんだ!)
13人目のメンバーといえる無人君の作ったチャンスを逃す事などディアスには出来ない。
「おおおおおっ!」
雄叫びを上げ立ち上がると、ガブリエル目掛けて残りの距離を駆け出した。
ガブリエルが懐からカードの様な物を出して掲げていたが、そんなもの構うものか。
全身を矢としてガブリエルに迫り、その手に持つ剣を深々とガブリエルの身体に突き刺す。
勢いはそのままに、二つの身体がもつれ合うように大地を転がった。

地面に仰向けになって倒れているディアスを覗き込む無人君。
「ありがとう無人君。お前のおかげだ…」
ディアスはそんな小さな友人に感謝の意を伝える。
無人君はコクリと頷くと一つの方向を向いて静止した。
続けてディアスのマントの裾をクイックイッと引っ張り始める。
「そっちに何かあるのか?」
上体を起こし、無人君の見つめる方向に視線を送る。
(そう言えば、あの方向にはアルベルの奴が行ったきりだったな)
呼吸を整える事ができたディアスは立ち上がると、その方向に向かって歩き始めた。
トコトコとそんなディアスを案内するように無人君も小走りを始める。
その歩みの先には彼の製作者プリシスがいる事を無人君はわかっていた。

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ディアスが去ってしばたくたった後、一つの影がムクリと起き上がった。
(まさかこの私があの下賎な魔物の様に、死んだ振りをしてやり過ごす事になろうとは)
身に付けた衣装こそボロボロであるが、その身体からは傷が消えてなくなっていた。
ガブリエルはディアスが突っ込んでくる間際にセリーヌのデイパックより手に入れた『リヴァイバルカード』を使っていたのである。
このアイテムは使った後1回だけ復活を遂げる事が出来るようになる代物であった。
何故セリーヌがこのアイテムをガブリエル戦で使わなかったかというと、
このアイテムの対象者は使用者だけであったことが原因だった。そうなると自分しか復活できない。
アリーシャには手渡す暇など無かったし、ジェストーナも途中まで死んでいたものだと思っていた。
加えて自分が1回だけ蘇生したところで、前衛のいない状況では結果は変わらないと判断していたのであろう。
その結果『リヴァイバルカード』は使われる事無くガブリエルの手に渡ってしまったのだ。
(しかし、この屈辱すぐにでも晴らしてやるぞ…)
放置されていたデイパックを拾い上げ、中からハルバードを引き抜くと一人と一体が向かった方向へ歩き出した。

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「見逃してやらなくて正解だった……死ねッ! クソ虫ッ!!」
怒りに燃える瞳でプリシスと呼ばれた少女へと迫る。
そんなアルベルの前にアリューゼが立ちはだかる。
「邪魔だ!」
叫びと共に剣を横薙ぎに払う。
所詮相手の獲物は鉄パイプ。
それもフェイト愛用の鉄パイプみたいにガチガチにカスタマイズされている様な代物でもなさそうである。
だから、この一太刀で相手の胴と腰をお別れさせてやれるはずだった。
しかし、アリューゼも数々の武勲を挙げた戦士である。
アリューゼは鉄パイプの腹でその斬撃を受けようとせず、
相手の剣閃に対して平行に手にした獲物を構えると、僅かに角度をつけた。
アルベルの剣閃は、その鉄パイプの表面を滑り狙いから反れてしまう。
横薙ぎに振るった一撃が反れた今のアルベルは、上体が開き無防備になっていた。
その無防備な所に、身の丈以上の大剣を自在に振るうアリューゼの豪腕が打ち込まれる。
「ぐぅ」
やや前屈みになったアルベルの横っ面に鉄パイプを思いっきり叩き込む。
ぶっ飛ばされたアルベルだったが、すぐさま起き上がり未だに燃え滾っている怒りの炎を二人に向ける。
「そうだったな! テメエもグルだったなっ! だったら纏めて潰してやるよ! クソ虫共っ! 『無限空破斬!』」
ディアスと同じく我流で己の剣技を磨いてきた彼も、剣を振るという基本的な動作を一つの技へと昇華させていた。
一見がむしゃらに剣を振っているようだが、地を疾る剣圧は確実に二人を捉えていた。
アリューゼは鉄パイプで同量同圧の風圧を作り出し衝撃波を相殺させた。
プリシスも身軽にステップを踏み、それらを回避。
どうしても避けられない物は『マグナムパンチ』の文字通り鉄拳で叩き落とす。
このままでは互いに体力を消耗するだけで泥仕合になる。
そうなれば人数において不利な自分が押し切られると判断したアルベルは、戦力の温存など考えなかった。
『無限空破斬』を飛ばしながらも、右手には次の技のために闘気を込め始めていた。
標的2人が『空破斬』迎撃のために足を止めた瞬間に『吼竜破』を撃ち出す。
彼の闘気が作り出すのは6匹の黒龍。
内の4匹をアリューゼに2匹をプリシスへと嗾ける。
更にアルベルは追撃をかけるべく剣を持ち直し飛び掛かる。
向かう先は同じ戦場を共に戦った仲間の仇プリシス。
2匹の黒龍の対応に追われていたプリシスにアルベルの白刃が迫る。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
牙を剥く4匹の邪龍を潰していたアリューゼの視界にプリシスへと飛び掛かるアルベルの姿が映った。
このままではプリシスがヤバイと判断を下したアリューゼは、
まだ残っていた3匹の黒龍を無視してプリシスの方へと駆け寄る。
1匹が左脇腹に喰らい付いて来たがそれも無視。
2人の間に割り込み自らの身体を盾にする。
「ぐああぁぁっ」
背中を切り裂かれたアリューゼに焼けるような痛みが走り、傷口から鮮血が吹き出した。
「アリューゼっ!」
かばった少女が心配そうな瞳をこちらに投げかけてきた。
身体を両断されなかっただけましだが、かといって軽視できるような負傷でもない。
苦し紛れに振るった鉄パイプはアルベルに当たることなく空を切った。
飛び退いたアルベルが剣を振り、刃先についた血を払う。
「随分とそのガキにご執心だな! このロリコン野郎!」
挑発的な物言いのアルベルには構わずプリシスを自分の背後に下がらせる。
逆転の手は無い事は無いが、この相手に通用するかどうか。
奥義であり自分の切り札『ファイナリティブラスト』
不可避の猛進から放つ斬撃と爆撃の二重奏。
重量級のアリューゼの突進を正面から受け止める事は難しく、
どこまでも追いすがる猛追からは誰も逃れられない。
だが今対峙している男はその突進を防ぐ術を持っている。
先程見せた不死者の様な者を障壁とする妙な技。
あれを出されたら奥義が切り札には成り得ない。
しかし、このままでは押し切られるのも時間の問題だ。
(一か八か…仕掛けるか)
腰を落とし、足を踏ん張り闘気を解放する。
解き放つ力は暴力的な風を巻き起こし周囲の木の葉をざわめかせた。
そんなアリューゼの闘気に触発されたアルベルはニヤリと口元を歪め剣を構える。
「おもしれぇ! ルシファーの言いなりになるようなクソ虫にしては悪くねえ。
来いよ! 叩き潰してやんぜ!」
回避するような無粋な真似をする気など無かった。正面から受け止め相手を粉砕する心積もりだ。
しばしのにらみ合いの後、同時に飛びかかろうとした時。
「待て!」
「「ディアス!?」」
彼を知るアルベルとプリシスが異口同音に新たに現れた人間の名を呼ぶ。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
無人君に連れられた先は戦場となっていた。
この場にいる人間を見渡す。
見知らぬ男とプリシスに、対峙する形でアルベルが立っている。
「アルベル。コレはどういうことだ? 相手がプリシスだったら少し待てと言ったはずだ」
今まさに飛び掛からんとしていたアルベルが不機嫌そうにその問いに応えた。
「ああん!? しっかり見極めたぜ。このクソ虫どもは殺し合いに乗っていやがる。
その証拠にネルが使ってた武器をあのガキが持ってやがる。
大方殺して奪い取ったんだろうよ」
その答えを聞いて驚いたのはプリシスだった。
ジャックから聞かされていた『セブンスレイ』の持ち主の名前を口にするアルベル。
狂戦士と化したアシュトンと戦い、命を落としたネルの名前がアルベルから出てきたのだから無理もない。
しかも、こっちが殺し合いに乗っているなんて言っている。
「ちょっと待ってよ! 私達はそんなつもりなんて無いよ!」
どうやら互いの勘違いの果てに、脱出を狙う者同士で殺し合いをしていたらしい。
なんとか自分達にかけられた嫌疑を晴らそうと声を荒げる。
「けっ! 旗色が悪くなったら今度は懐柔策か? 本当にどうしよもねえクソ虫だな!
 ディアス。こんな奴らの言う事なんざ信用できねえ。 殺るぞ」
「待てと言っただろ! よく考えろ。
 二人でまとまって行動している時点で殺し合いに乗っていない可能性の方が高い。
 勝ち抜けるのは1人だけというルールだからな」
「互いに利用しあってんだろ? お前が手を出さねえんなら俺1人でも殺るぜ」
「だったら、ここまでボロボロになってでも手を組んでいる必要性が無いだろうが。
 どちらかが戦ってる隙に逃げればいいはずだ。
それをしないという事は互いに協力し合っている証拠に他ならない。そうだな、プリシス?」
「うん! そうだよ。この武器は少し前にネルさんと一緒に戦っていた人から貰ったんだ!
 その人達アシュトンと戦って、いっぱい人が死んで…それで私…私…」
涙を浮かべながら次々と言葉を繋いでいくプリシスの頭に、ディアスがポンッと優しく手を乗っける。
「落ち着けプリシス。互いの情報を交換する必要もあるだろう。
 それにお前に渡したいものがある」
そう言うと無人君を抱き上げプリシスに手渡した。
途端にプリシスの表情が明るくなる。故郷にいる頃から共にいた友人と再会できた事に喜びを隠せない。
「無人君!! ディアスが持っていたの?」
「いや、俺もさっき会ったばっかだ。だが無人君が俺をここまで連れてきてくれた。
 とにかくあの家で落ち着こう。行くぞアルベル」
「そだねっ、行こっアリューゼ」
完全に蚊帳の外だった二人を伴って、近くの家屋に入っていった。

「そうか…そういう経緯でアシュトンは…」
一通り事情を聞いたディアスは少し憂鬱そうに言葉を漏らした。
「私そんなつもり無かったんだけど、今考えるとやっぱりあの声はアシュトンの声だったと思う。
 どうしよう…私の何気ない言葉の所為で関係ない人が何人も…」
シュンと気落ちした様子のプリシスの肩に優しく手を置くアリューゼ。
「あの場合仕方がないだろ。なぜか知らないが姿が見えなかったのだからな」
「んなトチ狂ったクソ虫の事なんざ関係ねえ! それよりもディアス。
 このガキが持ってる技術がどうとか言っていたが当てになるのか?」
先の戦闘の応急処置を終えたアルベルは、ディアスが出がけにそんな事を言っていた事を思い出して彼に訪ねた。
「あぁ、だがその前に…」
ディアスは荷物から紙とペンを取り出すと文字を書き始めた。
『ルシファーは首輪の爆発条件に自分に逆らおうとした時と言っていた。
 現に目の前でルシフェルの首は吹き飛ばされた。
 ここでも下手な言動をすれば俺達もああなりかねない』
「だったらどうしようも出来ねえじゃねえか!」
アルベルがイラついた様子で叫びながら壁を殴る。
「落ち着け。最後まで聞いてからにしろ。この単細胞」
そんなアルベルの様子を見てアリューゼが彼を咎める。
先の戦闘のわだかまりが残っているのかアリューゼの口調は攻撃的だ。
普段のアルベルならここで「表に出ろ」といって食って掛かっただろうが、
流石に現状を把握しているのか、チッと一つ舌打ちをしてドカリと座り込む。
自分に全員の視線が戻ったことを確認して新たな紙を全員に見せる。
『ルシファーがどのような手段で俺たちが逆らったかどうかと判断していると思う?
 俺は俺達の言葉を盗み聞くような機械か、姿を記録する装置で監視しているに違いないと踏んでるのだが』
『そんなのありそうもないよ? どんなに技術が進んでいても
 そんなものをやたらめったら配置してたら、集まる情報を処理なんて出来ないよ』
とプリシス。
『いや、俺達の監視目的なら最も適切なものが全員に取り付けられているはずだ』
そう書いた紙を掲げてディアスは自分の首輪を指差した。
『これにそれらの機械を備え付ければ参加者全員を監視できるはずだ』
そこでアリューゼが割って入る。
『推論を並べているだけじゃ埒が開かん。調べてみようぜ』
紙と共にネルの遺体から回収した首輪をその場にいる全員に見せた。
『んじゃ、ちょっと待ってて。ぱぱっと調べちゃうからさ』
腕まくりをしながらプリシスは荷物からドルメラ工具セットを取り出すと、首輪の解体を始めた。

作業はものの十数分で終わった。
中身から出て来たものは4つだった。
液状爆薬のシリンダー。
そのシリンダーは首輪と同様にリングの型をしており比較的柔軟な素材で出来ていた。
中には2種類の液体。それらを隔てるように薄い隔壁が設けられている。
無理やり首輪を引っ張れば隔壁がひび割れその隙間から2つの液体が混ざり合い化学反応を起こし爆発を起こす。
但し、この隔壁は衝撃に対してはかなりの強度を誇っていて、戦闘中に万が一当たっても暴発はしそうに無い。
逆に形状変化には大変脆く、引っ張ったり捻ろうとすると簡単にひびが入る。
爆弾に普通の火薬を使わなかったのは、湿気てしまい不発になるかもしれないという配慮だろう。
そしてそのシリンダーから伸びる8本の回路に接続されているのは小さな紅い宝玉。
それには紋章力のようなものが込められていてどんな役割をしているかわからなかったが、
そこから延びる配線から察するに首輪の制御を司る物に違いない。
8本の線はおそらく製作者が首輪を作るときに間違って起動した場合に
解除するために設けたコードが1本と、それに気付いた者を欺くためのダミー用の配線7本。
上手く当たりを切ることができれば爆弾は無力化できるかもしれないが、
1/8のギャンブルを命がけでやる気にはなれなかった。
その宝玉からは別の配線が伸び、その先端は送受信機と拾音装置に繋がっていて、ディアスの推測を裏付けた。
科学技術の結晶ともいえる3つの部品マイクと、送受信機と、爆弾。
コレだけ小型で高性能な物をプリシスは留学先の地球でも見たことはなかった。
それらを紋章力による信号で制御。
簡単に述べるとそのような構成をしていた。

ばらされた部品を眺め終えたディアスがペンを走らせる。
『どうやら盗聴だけで、盗撮の心配はこの首輪に関しては無さそうだな』
『で? コイツは外せるのか?』
アルベルが殴り書いたような字で疑問をぶつけてきた。
『ん~、今のままでは無理だね。紋章力に関しては私も専門外だし、どんな信号が送られてるかわからない。
 それにまだ私達が気付いていない機能があるかもしれないから下手にいじれない。
 紋章についての専門知識を持った人にこの宝石を見てもらって、発せられる信号を解析。
 その後はその信号を誤魔化すための装置を横から接続して制御を乗っ取る。
 続けて爆弾に繋がった回路全部に解除用の信号を流して切断。
 最後に爆薬のシリンダー片側に穴を開けて1種類だけ液体を抜き取る。
 その後は首輪を無理やり取っても大丈夫だよ。
 でも、今は紋章術の専門家もいないし、回線乗っ取り用の機械も無いからお手上げ』
『機械ならなんでもいいのか?』
ディアスもプリシスに質問をぶつける。門外漢の彼にはこの程度の質問しか出来ない。
『この家にあるような家電製品じゃダメ。もっと高性能な演算処理ができる機械が必要だよ』
『んじゃ、機械だけなら目星はあるじゃねえか。コイツをばらそうぜ』
そう書かれた紙と共に無人君を指差すアルベル。
彼も未開惑星出身者だが、フェイトたちと共に行動していた為、無人君には高度なCPUが積まれているのは容易に想像できた。
そんな彼に青い金属の塊、即ち無人君が剛速球で投げつけられる。
顔面でその直撃を受けたアルベルはもんどりをうってぶっ飛ばされた。
「ダメ! 無人君は私の大事な友達なんだからそんな事出来るわけないでしょ!」
(言ってる事とやってる事が違うだろうが…)
やれやれといった態度でアリューゼが肩をすくめた。
一つ咳払いをしてディアスが言葉を発する。
「紋章術の専門家なら心当たりがある。急いでいたから合流地点を決めれなかったが、
 レオン達にはI-8に向かってもらっている。合流するぞ」
ディアスが促すとプリシスも荷物をまとめ立ち上がる。
それと共にアリューゼも立ち上がった。
「まぁ、あの青髪の女が起きるまでの契約だったしな。ついでにまだ報酬を貰ってねぇ」
アルベルも嫌々と言った様子で彼らの後に続く。




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第93話 ディアス 第99話(後編)
第93話 ガブリエル 第99話(後編)
第93話 アルベル 第99話(後編)
第93話 アリューゼ 第99話(後編)
第93話 プリシス 第99話(後編)

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最終更新:2008年06月15日 02:35