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第101話 今夜の沖木島は所により一時棺桶、その後に炎が降るでしょう。ご注意下さい(前)


沖木島の夜闇を切り裂く、4つの輝き。
1つは、やや黄色味を帯びた白色の光。
それは光源自体の速度が上下するに合わせて高度も増減するところを見れば、自転車の光とすぐに分かろう。
そして2つ……厳密には、一対という表現の方が正しい赤い光。
それは見る者がおよそまともな生物であれば恐怖を感じずにはいられない、魔の存在のみが宿しうる禍々しい眼光。
最後の1つは、それら二者を圧倒する、凄まじいまでの反射光。
ぶっちゃけこれ摩擦係数完璧に0じゃね? と疑いたくなるほどにツルンツルンの、髪の毛の枯れ果てた……
……おっと失礼、頭頂部に一本だけ残ってたのを忘れてた。まあとにかく、老年男性の頭部がその光源。
それら四つの光は、闇の中を比較的高速で移動していた。
その速度は、平均的な青年男性の全力疾走の一歩手前、と言ったところか。
「――ということだ! 理解していただけただろうか!?」
夜間走行用にライトを点けた自転車に乗る、鳴子と刺青の男。
彼は隣で併走する黒い衣の男に、風に吹き消されぬよう大きな声を張り上げ、結びとする。
「……ふむ、あい分かった。
そのエルネストとフェイトなるお前の仲間を助ければよいのだな、クラースとやら?」
刺青と鳴子の男、クラースの隣からその声は返ってくる。
「ああ……そうしたならば、私の持つ情報は全て分け与えよう……ヅラム……ではなくブラムス!」
クラースは誠意を表すべく、隣で併走する男の顔を見ながらその言葉を話そうとして……結局正視できなかった。
クラースの併走者の姿を考えれば、当然と言えば当然だが。
クラースが全力に近いペースで漕ぐ自転車の速度に足で追いすがり、
それでもほとんど息を乱している様子の無い彼の顔面は、赤い眼光が禍々しさを増幅する、
アルカイックスマイルのまま固まっている。
仏像の頭部を削り取り、仮面に加工して自らの顔面にそれを装着する彼の頭部には、
色々な意味で直視できない電球ヘアスタイルのカツラが乗り、
しかも右手には後生大事そうにある医療器具を握り締めている。
その医療器具が浣腸ではなく例えば包帯などであったなら、まだちゃんとその姿を見ることは出来ていたかも知れない、
とクラースは頭を抱えそうになった。
トレントの森に住まう少数民族である、
ジャポン族の司祭が着る「袈裟」と呼ばれるローブを、風にはためかせて疾走する彼の姿は、
厳しい修業のあまり色々と限界が来て、あってはならない方向にはっちゃけてしまった破戒僧のように、
クラースには思える。
もしこの場に都市伝説やら怪談やらに詳しい地球人がいたなら、
高速道路に出没する「百キロババア」やら「ターボババア」やら、
その手の類の妖怪に併走された深夜の高速道路ドライバーの気分はこんなものかも知れないな、と思う者もいるだろう。
それほどまでに、彼の姿は異様極まりない――クラースにヅラム……もといブラムスと呼ばれた、この男の姿は。
(なるほど、確かにこの取り引きは上手い考えと言えるな、クラース)
クラースの指に、いつの間にか嵌まっていたダイヤモンドの指輪から、半実体の像が浮かび闇夜に現出。
金色の髪を小ぎれいにまとめ、茶色の貫頭衣というひどく質素な服をまとうだけの、
中性的な顔立ちをした四本腕の精霊。
これぞ、オリジン――数ある精霊らの、その王として君臨する偉大なる精霊王である。
それに対するはブラムス……「精霊王」に対抗して、「不審者王」とでも呼ぶべき男。
「ふむ、我のダイヤモンドの指輪から、このような面妖な精霊が現れるとはな。何度見ても不可思議なものだ」
(面妖などと言う言葉は、お前だけにはかけて欲しくないものだがな。
ついでに言えば、私にはお前のその身なりの方が不可思議で仕方が無い。
……まあ、お前のもたらしてくれた指輪のお陰で、実体を持てるようになったのは感謝しているがな)
オリジンのその言葉には、半ば呆れのニュアンスがこもり一同の耳に届く。
それでもこれから行われる作戦内容には、支障は無い……一応は。
一方のブラムスは、確たる声を己に届けたオリジンに対し、あくまで淡々たる返答を返すのみ。
「感謝など要らぬ。これも我とお前達との取り引きに過ぎぬのだからな」
と。
ブラムスの言葉には、特別な感情など一切こもってはいない。
先ほどブラムスと文字通りの接触を起こしたクラースが、ここまでに行ったやり取り……
それをかいつまんで説明すれば、以下のようになる。
出会い頭に、お互い敵対的な態度を取らなかった双方の話は、ブラムスの「情報を求める」という申し出から始まった。
クラースはそれに対し、「情報交換など行える場合ではない!」と返そうとしたのを、寸前でこらえた。
ここでブラムスからの要求を問答無用で突っぱねるくらいならば、
1つ取り引きを持ちかけた方が利口だという判断が、突如として去来したためである。
その取り引きの内容は言うまでも無い。
「自身が持つ情報は提供するが、その前にロキと言う男に追い詰められた仲間を、
今から可能な限り素早く助けて欲しい。詳しい状況は移動しながら説明する。
仲間を助けてくれたなら、情報はその時に提供する」。
クラースの持ちかけたこの取り引きを、ブラムスは一瞬の逡巡の後に受けることとした。
救出の成功失敗を問わず、最低でもこの男が持っている情報を得られる。
更に彼の仲間を助け出すことにさえ成功すれば、追加報酬は彼の仲間の情報、ひいては新たな味方。
排除せねばならない敵はロキ――決して侮ることの出来ない強敵だが、得られるものは大きい。
ブラムスはロキと敵対するだけのリスクと、情報という二つの要素を秤にかけ、
そして情報の載った皿の方に、「今は夜である」というおもりを追加し、結果としてクラースの取り引きを呑んだのだ。
もちろん、ブラムスはこのクラースという男が虚言を弄し、芝居で自身を罠に嵌めようとしていた、
という可能性も最初考慮したが、途中からその可能性は棄却した。
クラースの切羽詰った態度が演技なら、彼は大劇団の顔役として食っていけるレベルだと言わざるを得ないし、
何よりクラースの証言したロキの振る舞いは、自身の知るロキの人となり……もとい「神となり」と、
ほぼ完璧に一致していたためである。
それほどの名俳優がこの島に連れて来られ、しかもロキの行動を虚言で言い当てている可能性など、
絶無に等しい低確率と言わざるを得ないだろう。
「クラースよ、そのロキという者の下から逃げ出したのは英断だ。
いかに仲間を見捨てた形になったとは言え、お前のその行為を臆病と謗る権利のある者はそうはいないだろう――
この我を含めてな」
「ヅラ……コホン、ブラムス。そのロキという男は、それほどまでに強いのか?」
言いよどむクラースに、ブラムスは息を上がらせる様子など見せずして、彼の問いかけに回答。
「強い。そしてそれだけではなく、狡猾だ。
ロキという男は、神界における二大勢力――アース神族とヴァン神族の血を引く合いの子だが、
奴はその二つの派閥の間を行ったり来たりしながら、自らを利する事に昔から慣れていた。
神々の勢力闘争の軋轢を、上手いことすり抜けてきた奴のずる賢さは、決して侮れるものではない」
「なるほど……要するに、蝙蝠というわけか。人間も神々も、やることは同じく権力闘争とはつくづく救えないな」
「ふむ、違いないな」
ブラムスの言葉には、一抹の皮肉が織り込まれる。
「話を戻すが、そして奴は策略を抜きとした純粋な魔術の腕も実に侮りがたい。
一応奴も神であるからして、生半可な人間の魔術師では歯が立たぬ事くらい、容易に想像できよう、クラースよ」
言い終えたブラムスは、禍々しいアルカイックスマイルを再度クラースに向けた。
横を走るクラースは、その視線をいかにして受け止めるかに迷い、思わず視線までもが宙をさまよう。
ブラムスは果たしてそれを認識できているのかは謎だが、会話が途切れることは無い。
「ひとまず我は先行し、ロキの不意を打つ。
奴は剣と魔術では、魔術の方を得意とする――ならば、魔術を詠唱させる間もなく、
我の得意とする拳の間合いに入り込み、勝負させてもらおう。
相手が奴でなければ、生け捕りにして握っている情報を吐かせてから抹殺しても構わなかったが、
相手が奴では、我とて手加減して戦うことは出来ん。
生け捕りにするまでもなく命を奪わせてもらう――構わんな?」
「わ……私はあいつが死のうが生きようが構いはしないのだが……」
クラースは、正面だけを見ながら言葉を放つ。
自転車を漕ぐ時はよそ見をしてはいけないからという理由ではなく、横を見ることが出来ないから。
「どう考えても人間じゃなく化け物とかその手の類です、本当にありがとうございました」な
眼光を放つ両目でガン睨みされて、それを平然と睨み返せる人間はそうはいるまい。
ついでにその眼光を放っているのが、
一本残しハゲなカツラをかぶり寺の住職のコスプレをした変態仮面では、なおさらである。
クラースは、可能な限り横に意識をやらないようにして、ブラムスに問う。
「むしろ……その、お前はどうなんだ? ロキとはたまたま知り合い同士だとついさっき聞いたが……」
「いかにも。我は奴と面識はある。
しかし戦場で相見えたとき、互いに互いを殺す事を遠慮し合うような仲ではない。
何ならば取り引き程度なら乗ってやっても構わなかったが、この状況では奴と取り引きするより、
お前達と取り引きした方が遥かに利が大きい、と我は判断した。
そしてロキがお前の仲間のエルネストとフェイトとやらを傷付け、我の受け取る利を損なうつもりであれば、
どこに手加減や温情を加える必要性がある?」
(……なるほど、ごもっともな意見だな)
クラースの傍らで、オリジンは四本の腕を器用に組みながら、こくこくと頷く。
(その理由がどうであれ、手加減をするつもりが無いならこちらに異存は全く無い。
……それではそろそろロキの居場所が近い。打ち合わせ通りに動くぞ、『不審者王』とやら)
「ああ。そのダイヤモンドの指輪まで貸し与えた以上、ゆめゆめ仕損じることのないようにな」
「ご協力、感謝する――ヅ……じゃなくてブラムス」
クラースが自らの発言の訂正を試みたとき、すでに彼の傍らにはオリジンの言うところの「不審者王」の姿はなかった。
ブラムスは、定命の存在には許されぬ超常の脚力をもって、地面を強く蹴りつけ飛び上がる。
まるでその身に体重など存在しないかのごとき、軽やかな跳躍を連続してブラムスは木々の間を音もなく飛び交う。
さながら闇夜に舞う蝙蝠を思わせる、敏捷性と隠密性を無理なく兼ね備えた彼の跳躍は、
クラースにかつての仲間を偲ばしめた。
これで袈裟とヅラと仮面と浣腸がなければ、身震いがするほどに凄絶な光景だっただろうに、
などと思ってはいけない……一応、言っておこう。
とにかく、これで作戦はスタート。
クラースとブラムス、急ごしらえのパーティでなされる救出作戦は。

   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

「さて、ようやくお目覚めのようだね、2人とも」
褐色の肌をしたアース神族とヴァン神族の混血神である青年ロキは、その頬を嗜虐的に吊り上げた。
傍らに燃える小さな焚き火は、最低限の光を維持するために焚かれ、揺らめく。
その炎が弾けるたびに、ロキの顔に差す陰影が歪み、それが愉悦に震える悪魔の表情のようだ、
とフェイトは思った。
先ほど力を解放して気絶――その後に目覚めてみればこんな体たらくとは、
いくら何でも迂闊な判断だった、と思わず後悔の念が押し寄せる。
フェイトとエルネストは今、両足のくるぶしが互いに口付け合うようにして、その足首をロープに縛られている。
両手は言わずもがな。
後ろ手に縛り上げられ、しかもそのロープの端は近くにある大きな木の幹に結ばれている。
いくら超人的な怪力があったとしても、あの木を地面から引っこ抜いて自由を得るなどという荒業は、
少々厳しいだろう。
そもそもそれだけの怪力があれば、木の幹を引き抜く以前に、力任せにロープを引き千切ってしまえばいい話である。
歯噛みするフェイトの顎に、褐色の右手がかかった。
言うまでもなく、ロキの差し出した手である。
「それじゃあもう一度聞くよ、フェイト君。君が持っている情報は、本当にさっき話しただけで全部かな?」
その話し口調は、実に穏やか。
だがその実、フェイトに対して紳士的な話し合いを求めるつもりなど微塵もないのは、実に明らか。
フェイトはその顔を苦しそうに歪め、下唇を噛む。
その時、フェイトの顔にかかった右手の握力が、にわかに強まる。
フェイトはそれに触発されるも、この言葉を吐くのがついに限界だった。
「……僕の知っていることは全部話した。……本当だ」
フェイトはその瞬間、己の顎の奥底から、ごり、という鈍い音が響いたのを聞いた。
次に、目の中で火花が散った。
ロキの左手で顔面を殴られたと知ったときには、フェイトは後頭部を地面に叩きつけられ、視界がひっくり返っていた。
「強情を張るのもいい加減にしろよ――薄汚い人間風情が」
「だから僕はもうこれ以上――!」
「もういい。ならばこちらにも手がある」
ロキはそっとその場で膝を折り、地面に落ちていた光を拾い上げる。
それはストライクアクスの毀れた刃の欠片。その中でも、最も大きな欠片を、ロキはつまみ上げたのだ。
欠片とは言え、その刀身は未だにちょっとしたナイフほどの刃渡りを持ち、焚き火の光を反射している。
急所を一突きにすれば、人間1人を殺すには未だ十分なほどの凶器と言えよう。
ロキは口の中で短く呪文を詠唱。その対象は、自らがつまみ上げたストライクアクスの欠片。
見る者が見れば、それは炎の魔術であるバーン・ストームを、ごく小規模に発生させたのだと理解できよう。
例えばレザード・ヴァレスのような魔術師が見るなどすれば。
ストライクアクスの欠片は、たちまちのうちに鈍い輝きを帯び始める。
その輝きは、鍛冶職人などにはお馴染みの、鉄を熱した時のあの輝きに他ならない。
自らの手を火傷せぬように魔術の防壁で守るロキは、おもむろにフェイトに対する講釈を始めた。
「ところで、お前は『凌遅刑』っていう刑罰を知っているか?」
「『凌遅刑』……?」
いきなり刑罰の話を始めたロキの、突然の態度の変わりようにフェイトは困惑。思わず疑問系の声を発する。
ロキは虚を突かれたフェイトに対し、ただ淡々と講釈を続けるのみ。
「ああ。僕らの住むアスガルドの下界ミッドガルドで、倭国の人間が時おりやる刑罰さ。
死刑ですら処罰しきれないほどの重罪人が捕まった場合、そいつにはこの凌遅刑が科される」
赤熱する刃の欠片を持ったまま、ロキは涼しい顔をして歩み寄る。
フェイトの元へではなく、その隣のテトラジェネシスのもとへと。
「凌遅刑に処された人間の最期は悲惨なものさ。
処刑人の元にやって来た罪人は、その場で全身を拘束され……そして全身を切り刻まれるのさ、生きたままね」
ロキはフェイトとは別に縛り上げた男……エルネストの前で、再度しゃがみ込んだ。
「最初は手足の指を一本ずつ。
手足の指が飛んだなら、次は腕と足を細切れのスライスに切り落とし、そいつをダルマにしてやる。
……ちなみに『ダルマにする』ってのは、倭国のある工芸品にちなんだ言い方で、『両手両足を奪う』って意味だけど、
分かるかな?」
「…………!!」
フェイトはロキの真意を、静かに汲み取った。
そして、次の瞬間には一気に血の気が引いた。
ロキの取り上げたストライクアクスの欠片。
ロキの話したこの「凌遅刑」という刑罰。
ロキが近寄るその先は、あろう事かエルネスト。
これだけ条件が揃えば、ロキの意味することを理解出来ないフェイトではない。
ロキはエルネストの金髪を、乱暴に鷲掴みにする。
それでも、ロキの言葉は止まる事など無い。
「――その次は、内臓を抉り出し、眼球をほじくり、最後には心臓や睾丸といった急所を引き裂いてジ・エンド。
中には数百回体を切り刻まれるまで死ねずに、最後の最後まで地獄の苦痛に苛まれながら死んだ罪人もいたらしいね。
きっと、そいつはこの世に生まれたことを後悔しただろうな。
ちなみに、倭国のならず者達が身内を私刑(リンチ)する時は、手や足を飢えた鼠だらけの檻に突っ込ませて、
鼠に少しずつ肉や骨を齧らせるっていうやり方もあるらしいけど、今回は設備も無いから略式でいかせてもらおう」
「……なるほど、それで俺をじわじわ切り刻み、フェイトが黙っている事を吐かせようって算段か?
随分と高尚な趣味をお持ちのようだな、お前は」
エルネストは無理やりに頭髪をつかまれ持ち上げられた頭部から、三本の視線をロキに投げかけ、彼を皮肉る。
ロキはその皮肉で腹の底が熱くなりかけたが、あくまで涼しい顔をして取り繕う。
彼の精神力で可能な限り、という注釈は付くのだが。
「ご明察だよ、三つ目野郎。恨むんなら、俺じゃなくてこうも強情なあの阿呆を恨むんだな」
「俺に言わせれば、お前の方が阿呆に見えるんだが――おぶ!!」
固められたロキの拳が、エルネストの腹に突き刺さる。
フェイトはたまらずに声を上げ、立ち上がろうとしたが、身を縛める縄がそれを許さない。
全身から力が抜けるエルネスト。
だがロキはそのまま頭髪を握り締め、簡単にはくずおれる事を認めなかった。
「そう見えるんだったら、お前のその三つの目は1つ残らず腐ってるんだろうな。
何ならこの場で一個眼球を抉り取ってやれば、それも治るかも知れないなあ?」
ロキは熱されたストライクアクスの刃を、もう片方の手で高く持ち上げた。
沖木島の夜にかかる月が、赤く焼け爛れたその刃を静かに見つめる。
「……予定変更だ。最初は足の指を一本ずつもらおうと考えたが、最初はその額に付いた目玉から貰おう」
フェイトはロキのその行為に、顔を一気に青ざめさせる。
「止めろ! エルネストさんに何を……!!」
「安心しな、刺さり所が悪くても失血死なんて楽な死に方はさせてやらない――
そのために刃を熱して、傷口を焼き塞げるようにしてやったんだからなあ!!」
ロキは高々と、刃を振り上げた。
南無三、とエルネストは心中で呟く。
それが終わったなら――。
エルネストは、呆けたようにその口をぽかんと開けた。
「?」
刃をそのまま額の目に突き刺そうとしたロキの手が、エルネストの示した異常な振る舞いで思わず止まる。
「……おい、どうしたんだ三つ目野郎? 恐怖の余り、気でも狂ったか?」
相変わらず嗜虐的な笑みを取り去らないロキは、だが続けて別の異常にも気付かされる事になる。
フェイトすらも、エルネストと同じく口をぽかんと開けたまま、唖然茫然と言葉を失っている。
「おいお前ら――いきなりどうしたって言うんだ?」
ロキは2人が仲良く見つめている先……すなわち自らの背後の虚空へ何となく振り向き、目をやった。
ロキすらも、呆けたようにその口をぽかんと開けた。
沖木島の東の空にかかる月は、相変わらず眩しい。
だが、さっきとは何かが違う。
その違和感の正体が、月に差した影にあるとロキが知ったとき、
彼にとっては不幸なことに、余りに予想外の光景に、本来狡猾なはずの頭脳が一時的に凍結を起こした。
むしろ、「月に差した影」の正体を知ってしまった時点で、思考回路が凍りつかない人間や神族など、
そうそうはいないだろう。
そしてロキにとっては更に不運な事に、彼は迂闊にも振り向いた時、膝を伸ばして立ち上がってしまっていた。
まあ……その……何て言うか、一言で言えばジャストミート。
ロキが再び思考を開始した時点で、結果についてはもう残念無念また来年と言わざるを得ない。
ロキの視界は、不可避なまでに白一色で埋め尽くされていたのだから。
ボグシャア!!
どう考えても頭蓋骨の二、三箇所は陥没骨折を起こしたとしか思えないような、素敵な効果音が辺りに鳴り響く。
ロキの顔面は、次の瞬間長年漬け込まれてバッチリ熟成した紀州梅の表面のように、クシャクシャに変わっていた。
今や立ち上がったロキの顔面にめり込んでいたのは、宙を飛んで来た白く巨大な箱。
もちろん、クリーンヒットしたのはその角の部分。
そう言えばこれ、地球の東洋で良く使われそうな形の棺桶か、とフェイトは気付かされていた。
そしてその上には、何と人……厳密には「多分人だと思われる何者か」が、
腰を深く落とし、手を背の側に回して、棺桶の上に蟹股で立っている。
地球の東洋の宗教、仏教の司祭である「坊主」が着る祭衣……「袈裟」を着け、
顔には仏像の仮面、頭部にはほとんど頭髪の絶滅したうら淋しい髪型のカツラを装着し、
回された後ろ手には何故か浣腸を握り締めている。
この謎の怪人が、ほんの一瞬前に、月をその背に負いながら棺桶に乗り、空中より飛来したのだ。
その構図は、フェイトをして、ファイトシミュレーターに組み込まれた様々なモーションの
インスパイアに用いられたと噂される、20世紀後期の日本の漫画家が描いたという、
あらゆる願いを叶える龍を呼ぶ七つの宝珠を巡る、某超人格闘漫画のある一コマを思い出さしめていた。
確かそいつの名前は桃だか白だかそんな感じで、舌だけで対峙した相手を倒したとされる刺客。
彼がやって見せた、自分の投げた丸太に飛び乗り、そのまま目的地まで向かうという荒業に、
これはそっくりと言わざるを得ない。
……ちなみに、これが棺桶とその上に乗った怪人が空の彼方から飛んで来て、
ロキの顔面を作画崩壊させるまでの一瞬の内に、フェイトが行っていた思考。
それが終われば、時はまた動き出す。
ロキの顔面にクリーンヒットした棺桶と、その上に乗った怪人と共に。
「ぶるすこふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ロキは意味不明の奇声を上げ、
鼻血と耳血と口血と目血を爆発的な勢いで四方八方に噴射しながら、
顔面にぶつかった棺桶もろともに、林の向こう側にぶっ飛んでいく。
人間の体の重心は腰ぐらいにあるのに、顔面を強打されてもろともに吹っ飛ぶのはおかしくね?
などという、しごくもっともなツッコミをフェイトが入れようと考えた頃には、
「ゴシカァン!!!」という、コンソメスープか何かでドーピングでもしてるんじゃないかと疑いたくなるような、
危険過ぎる炸裂音を立てて、ロキの顔面は木の幹と棺桶との間に挟まれ、人事不省の一歩手前まで追い詰められていた。
棺桶の上に乗っていたあの怪人は、一方でスケートボードの達人のような巧みな重心移動をもってして、
ロキの顔面の木の幹にめり込ませた瞬間に、棺桶を上空に跳ね上げる。
そこでようやく棺桶の上から飛び降りた怪人は、空中で1つ宙返りを見せて余裕の着地。
彼が右手を持ち上げると、ちょうどそこを狙ったようにして棺桶が落ちてくる。
変態仮面はその棺桶を、妙に満足げに腰の革袋に収めた。
そう言えば、よく見たら棺桶の角がクリーンヒットしたのは、厳密に言えば顎のあたりだったな、
とフェイトは思い直した。

   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

ついでにクラースまでも、呆けたようにその口をぽかんと開けた。
ここはブラムスが奇行……もとい奇襲を敢行した地点のすぐ近くの茂みの中。
今まで詠唱して準備していたせっかくの召喚術が、手の中で雲散霧消しても、クラースは意にも介さない。
正しくは、「意に介する余裕など失われた」だろうが。
(……奇襲を行う際の極意を簡潔に言えば、
敵が予想していないタイミングで、予想していない場所から、予想していない方法で襲い掛かることだろうが――)
失語症にでもかかったように舌が動かせずにいるクラース。
その指に着けられたダイヤモンドの指輪から、オリジンの半実体の肉体が浮かび上がる。
(――なるほど、あのブラムスなる男が行った行為は、その三つの極意を完璧に満たし、
しかもそれを成し遂げるために必要な超人的な筋力と瞬発力と平衡感覚も、問題なく備わっている。
この作戦、百点満点の評価を付けてやっても構わないだろうな)
(……冷静に評価している場合か、オリジン!)
点になっていた目がようやく元通りになったクラースが、初めて心の中で発した第一声は、それだった。
(今は冷静に評価すべき場合だろう、クラース)
戦闘に備え、己の得物である二本の槍も併せて半実体化させるオリジンの返答は、にべも無いものだった。
もちろん、常人ならば同意を示したくなるのはどちらの意見かは、言うまでもないだろうが。
クラースはこの茂み……自らの身に帯びた鳴子の音でロキに気付かれないであろう、
ギリギリの距離までロキに接近を行い、その身を隠していた。
クラースがここで何を行おうとしていたかは、
わざわざ説明をするまでもあるまい――物陰からの不意打ちの召喚術の準備である。
ブラムスとクラースとオリジンが事前に組み立てた作戦内容は、実に簡潔。
まずはブラムスがロキに対し接近し、ロキへ奇襲を仕掛ける。
そしてクラースとオリジンが用意したのは、万一ブラムスの奇襲が失敗した時のため二の矢。
ブラムスにしてみれば「貸し与えた」……そしてクラースにしてみれば「取り戻した」と言うべき、
ダイヤモンドの指輪がありさえすれば、クラースが契約した中でも最強級の精霊であるオリジンは、
その本来の力の大半を振るうことが出来る。
召喚されたオリジンが分身し、その分身二体が構えた二対四本の槍を魔法的な電極として、
分身の挟み込む広範囲の空間に、無属性の超雷撃の嵐を巻き起こす。
これを受ければ、たとえダオスに匹敵しかねないほどの潜在能力を持つロキですら、ただでは済まされない。
直撃させることさえ出来れば、一撃でロキを仕留める事すらも不可能な話ではないだろう。
もし奇襲に失敗したなら、ブラムスはそれから作戦内容を陽動に切り替え、クラースが召喚術の詠唱を行う時間を稼ぐ。
そしてブラムスが頃合を見計らって一撃離脱――間合いを取った瞬間、
クラースが召喚術「オリジン」を用いて、ロキに止めの一撃を加えるというのが当初の作戦内容だったのだが……。
(しかし、これでは我々が二の矢を放つまでもなく、ブラムスはロキを仕留めてしまえそうだな。
ブラムスの奇襲が余りにも効果的過ぎたようだ)
余りにも前衛的過ぎて、公共の電波では流せそうにないほどのナイス顔芸、
といった様子で顔面を木の幹にめり込ませ、グロッキー状態に陥ったロキを遠目に見ながら、オリジンは分析する。
(その奇襲が効果的過ぎて、私も思わず呪文詠唱の手を止めてしまったではないか!
奇襲をかけるのは大いに結構だが、そのせいで味方まで驚かせてどうする!?)
(クラース――先人の格言にいわく、『敵を騙すにはまず味方から』と言うだろう?)
(騙すなら敵だけにしろ!!)
クラースは偏頭痛に苦しんでいるように、両方のこめかみを人差し指と中指で揉む羽目になる。
だがそれが終われば、仮にも時空の六英雄の一角に座するクラースなのだ――迅速に次なる行動の準備にかかる。
ロキを倒したのならば、次は人質の救助――エルネストとフェイトの解放である。
(とりあえず、ロキはもうブラムスが仕留めてくれるのは間違いあるまい。ならば、さっさと2人を救助せねばな)
(クラース、とりあえず2人には何と言って謝る?)
(そんなの考えるのは後回しでいい! 今は――)
クラースは、突然に心の声を止めた。
それとほとんど時機を同じくして、全身の毛穴がこじ開けられるような感覚が、彼を襲う。
これの感覚の正体は言うまでも無い……己の生存本能が上げる、危険信号!
(オリジン!)
(お前も感じたかクラース! おそらくは上――!!)
クラースとオリジンがその首を、仰角90度近くまで傾けた。
2人が上空の全天を視界に収めるのと同時に、沖木島の夜の一点が閃光を放った。
そこから、紅蓮の猛火の花が開いた。
質量すら伴っているのではないかと疑いたくなるほどの苛烈な熱波が、クラースの頬を撫でた。
炎の顎がクラースを噛み砕くまでに要するであろう時間は、おそらくはもう数秒も無い。
クラースの視界は、すでに火炎で埋め尽くされていた。





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第100話 ロキ 第101話(後)
第100話 フェイト 第101話(後)
第100話 エルネスト 第101話(後)
第100話 クラース 第101話(後)
第100話 ブラムス 第101話(後)
第100話 ミカエル 第101話(後)
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