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第108話 Your truth is my false(前編)


「ククク…ご機嫌いかがかな、諸君?」

三回目の放送が始まる。
クレスは一言一句逃さぬようペンを走らせる。
死んでいった人たちの名前を呼ばれるたびに、線を引くのに抵抗がある。
多くの者が死んでいった。その中にはアーチェが、すずがいた。
今回の放送は今までになく死者が多い。

「クソッ」

無意識に苦言を漏らすと、クレスはすぐに気を取り戻す。
ここで弱音を吐いたらマリアさんを困らせることになる。
弱気になった自分を窘めると、隣でソファに腰掛けているマリアに目を向ける。
彼女も仲間を失ったのだ。その悲しみは深いに違いない、と心配になって視線を向ける。
そこにはペンを握り締めたままの彼女が映った。

何も言葉を発することなく、息を潜め虚空を見つめるマリア。
その姿は微弱に震えているように見える。彼女の周りだけ、別空間に放り込まれたような静寂がそこにはあった。

クレスはマリアの異変に気付くと、すぐに名前を呼びかける。

「マリアさん?」

だが、返事はなく、生体反応すらないように固まっている。
クレスはもう一度マリアの耳に声が届くよう呼びかける。

「マリアさん、大丈夫ですか?」

それでも、反応はない。
クレスは不意に彼女のペン先を覗き見る。
石のように固まった手は、ある人の名前に線を引こうとしたのか、途中で止まっている。
まるでその死を認めたくないかのように。
いや、線を引いた瞬間、自分の手で殺してしまうのではないか、そんな風にも見える。
そこに書かれた人の名はミラージュ。彼女の信頼できる部下の名前であった。

「う…うあぁ…!」

堰を切ったようにマリアは声を打ち鳴らし、頭を抱えその場に蹲る。
クレスはマリアの異常事態にすぐに駆け寄って、身体を揺さぶった。

「マリアさん、どうしたんですか、マリアさん」

だが、頭を抱えた少女は蹲るだけで何も反応を見せない。
近くで様子を見ていたミランダも異常事態を察知したのか、救急のために外に飛び出す。

「私、仲間を呼んできます!!」

クレスは小さくなった少女の身体を支えると、微弱に震えているのが分かる。
どうすればいいんだ、とクレスは頭を抱えそうになる。が、諦めちゃ駄目だ、と何度も彼女の名前を呼ぶ。
彼女が僕を救ったように、僕も彼女を救い出すために。

+++

何を言っているの。
意味が分からないわ。
どうして…彼女が死ななければならないの。
だって、彼女は一回りも体格の違うクリフを圧倒できるのよ。
格闘センスで言えば、彼女は私たちの中ではトップクラスなのよ。
そんな、彼女が死ぬはずないわ。

私は最初理解できなかった。
でも、聞こえてしまった。
彼女の名前が呼ばれた。
現実がマリアの思考を切り裂いていく。

信じたくない。認めたくない。今すぐに嘘だと言って欲しい。
何度も頭の中で、否定してやった。
だけど、ルシファーの言葉は絶対。
ルシファーの言葉は現実なのだ。否定のしようのない現実。

思考が現実を認めた瞬間、ブレはじめる。
幼いときに受けた恐怖。大切な人たちの死んでいく恐怖が。
瞬間的に、断続的に、投影していく。
私の思考が真っ白に染まっていく。
私の視界が真っ黒に染まっていく。

「う…うあぁ…!」

――――――
――――
――

感覚がハレーションを起こした瞬間、マリアは何もない空間に佇んでいた。
それは、真っ白にできた檻。私を閉じ込める監獄だ。
何も聞こえない。何も感じない。真っ白な空間の中にいる。

マリアはその空間の中で、膝を抱え三角座りで座っている、裸の少女の後ろ姿を発見する。
何もやることもなく深夜のテレビを見るように少女は球体を見つめている。
彼女の視線先の物体。それは拳だいの黒い球体でふわふわと宙を浮いていた。

黒い球体の中は宇宙空間のように広大で、様々な映像が螺旋状に渦巻いている。
その空間を覗いた瞬間、マリアは地面に手を付き崩れ落ちる。
記憶が走馬灯のように脳内を高速に駆け巡っていく。
意識が記憶の鉄道に乗って、一つずつ紡ぎ出しては、一気に照り付けさせる。
モニター越しに死に逝く父の死が、目の前で儚げに笑う母の死が。
嫌な記憶が惜しげもなく、雪崩れ込んでいく。

『久しぶりね』

裸の少女がマリアのほうに振り向くことなく、話しかける。
マリアは蹲った身体を起き上がらせると、少女に問いかける。

「はあ、はあ、貴女は…私ね」

直感的に感じ取ったのだ。目の前にいる少女は私なのだ。
心の奥隅に追いやった、もう一人の私。
弱い私だ。

裸の少女はマリアの返事に答えることなく、暗黙と記憶の渦を眺めている。
マリアは弱い自分に近づくと、威圧的な口調で話しかける。

「私をここから解放しなさい、早く意識を取り戻さないと危険が迫ってくるわ」
『別に……私は貴女を閉じ込める気はない。
 どうせ、1,2時間もすれば、ここから出られるわ』

もう一人の自分は淡々と答える。
その感情の込められていない声に少し得体の知れない恐怖を感じた。

「あんな状態のままだと、色々と危険なのよ。今すぐ、出しなさい」
『それは無理な相談ね』
「どうして?」
『だって、貴女自身が出来そうにないから』
「その口ぶりだと方法はあるようね。今すぐ教えなさい。
 私はこんなところで立ち止まっている訳にもいかないの。
 それに、クレス君も心配するわ。あんな状態のままだと、クレス君も私のように…。
 だから、私は早く戻らないとクレス君が―――」
『ふふふ、やっぱり貴女には無理なようね』

感情のない笑いが空間に吸い込まれていく。
その乾いた笑いにマリアは声を荒げる。

「ふざけないで!!」
『ふざけてなんかいないわ。私は本当のことを言っただけ』

『それに、ふざけているのは貴女のほう』
「どういうこと!?」

聞き捨てならない、とマリアはもう一人の自分を睨み付ける。

『それなら、聞くわ。あなた、本当に自分の事を考えていたかしら?』
「自分の事……?」
『この殺し合いの舞台で、みんなが円満で脱出できると考えていた?
 大切な人が死なないと考えていた? 自分が死なないと考えていた?
 いや、貴女はほとんど考えなかった』

話す言葉に圧倒的な重みが込められている。
少女の言葉を逸らすことができない。

『だって、逃げていたのだもの』

胸を貫かれたように痛み突き刺す。

「それは…違う!」

マリアはすかさず反論するが、もう一人の自分は耳を傾けることなく話を続ける。

『あの時は、仲間たちがいた。みんなを助ける力があった。
 だから、現実を直視し、すぐに立ち直れた』

あの時とは自分が初めて能力を覚醒させた時のことである。
マリアはあの時のことを思い出す。あの時もこんな風に塞ぎ込んで混乱に陥ってしまった。
けど、私は母の言葉を思い出したのだ。
あきらめていけない、あなたにはみんなを守る力あるのだと。

『けど、今の貴女には、そんな力もない。
 ミラージュが死んだ今、彼女は生き返らないし、その元凶をすぐに払い退ける力がない。
 それに―――信頼できる仲間もそばにいない』
「そんなことない。仲間なら側にクレス君がいるわ」

あどけない表情をする少年を思い出すと、マリアは一際彼のことが心配になった。
力の限りはっきりと口にする。目の前のもう一人の自分に怖気づかないためにも。

「私には早く戻らないといけない理由がある。だから―――」

だが、目の前の私は私を遮るように質問を投げ返す。

『―――貴女は本当にクレス君のことを仲間と思っているのかしら?』
「もちろんよ。彼は私の仲間―――」
『―――それは嘘。だって貴女、話していないじゃない。自分の秘密を』
「そ、それは」

クレスにはルシファーの情報をあらかた説明した。
もう彼はルシファーに弄ばれた被害者なのだ。私たちの争いの当事者なのだ。
だけど……。

『親しくなるだけ、その分、悲しみは大きいわ。
 貴女は恐れていた。その痛みを感じることを。
 だから、クレス君を利用した」
「違う…私は…」

頭大きく左右に振って、少女の妄言を必死に否定する。

『貴女はクレス君の信頼を利用していただけの卑怯者。
 クレス君が心配だ。クレス君を看ていないと、駄目だわ。
 私が付いていないと、クレス君が壊れてしまう』
「ち、違う…違うの」

認めたくなかった。認めてしまえば、私は……。

『そう、気付いた?
 貴女のクレス君を想う気持ちはただの現実逃避だったのよ。
 何かと、クレス君に構うことで、臆病な気持ちを仕舞い込んでいただけ。
 貴女はクレス君をダシに自分の事から逃げていた卑怯で臆病者よ。
 本当に可哀想だと思わない? 貴女を信用しているのに貴女はそれに答えないクレス君が?
 貴女の逃避の材料にされていたクレス君が?』
「そんなことない!!」

相手の言葉に怯みのない声を上げる。だけど、その声は震えている。

『まあ、仕方はないわよね。親しくなるほど辛いもの。
 お母さんやお父さんが亡くなった時のように、ミラージュが亡くなった時のように。
 それに"自分の事"を知って拒絶されたら酷く傷つく。
 クレス君のように純粋な人なら尚更知ってほしくない。
 傷つく絶望か受け入れられる希望か……。
 それらを天秤にかければ、貴女自身話せないわよね。
 ―――自分が生物兵器だと絶対に言えるはずないわ』

酷く醜い自分の弱さを私は認めてしまったのだ。
背中が凍りついたような気がした。深層の住人は私が嫌悪する感情を惨たらしく暴き出す。
私自身、まだ整理が付いていないナイーブな問題にメスを惨たらしく突き立てるのだ。
自分が生物兵器だと。ただルシファーに対抗するだけに遺伝子を改造させられた、人でない存在。
フェイトやソフィアのように、私は割り切れなかった。
私の肉体を弄ばれたのは真実だから。

私の存在価値は何? 私はそんなことだけに生きているの?
そんな言葉が不意に頭によぎることがあった。その度にいわれようもない孤独感に苛まれていた。
そのためもあってか、私は他人との間に無意識に距離を置いていた。
クォーク内に仲の良い知人は少ししかいない。
私のことを知って拒絶されるのではないか、悪意に付け込んで利用されるもではないか、漠然とした不安が常に付き纏うのだ。

『これで、分かったでしょう。貴女にはできないと。
 素直に待てばいいのよ。いつものように恐怖を押し隠したまま生きればいい。
 そして、また同じように嫌なことが起きて……心を爆発させればいい』

もう一人の私は言いたいことを言い終えると、何もなかったように黒い球体を眺め続けるのであった。
マリアは白い空間に打ちひしがれる。
私は弱い。だから、こんな所で蹲るしかないのだ。
どうしようもない。私は心の奥底でクレス君のことを信用し切れていないのだ。


でも、彼はずっと呼びかけていてくれた。
私が寂しがらないようにずっと。

(マリアさん)

遠くのほうでクレス君の声が聞こえてくる。
クレス君の心配する姿が他人事のように映る。

(マリアさん、マリアさん)

でも、私はそれに応えることができない。
クレス君に会わす顔がない。私は彼を利用していただけなのだ

(お願いです。しっかりしてください)

裏表のないクレス君のことを信用できないほど、私は弱い。
今すぐ彼に会えば嫌悪感で押し潰されそうになる。

(絶対に挫けないと。絶対に最後まで戦い続けると僕は誓いました。
だから、あきらめずに何度でもあなたの名前を呼びます)

クレス君は私の言った言葉を投げかける。でも、立ち上がれない。
孤独はもう嫌だ。親しい人の死が、拒絶されることが恐ろしいのだから。

(マリアさんもあきらめないでください)

お母さんと同じことを言うのね。あの時は、私にみんなを守る力があった、必要とされていた。
けど、今の私に何の存在価値もないわ。

(貴女のおかげで僕は立ち直れた)

買い被りすぎよ。私はただ君に逃げていただけの卑怯者。
そんな私を知って、君は嫌悪するわ。

(ミントのことも、みんなのことも。だから、あきらめないでください)

無理よ。いくら君が言おうとも信用できない。だって私は化け物だから。
その気になれば、世界すら崩壊できる力持っている兵器だから。

(僕にはマリアさんが必要です)

「本当に…?」

感嘆の声を漏らしてしまう。感情が揺さぶられたような気がした。
私は何もできず足手纏いなのに、クレスは必死に呼び続けている。
クレス君が必死に戦っているのに、応えるように恐怖が薄れていく
私も戦いたい。でも、立ち上がらない、信用できない、恐怖を拭いきれない。

(僕は絶対に――――――)

クレスの心の叫びが響く。私の中で何かが弾けたような気がした。
燻っていた負の感情が一気に放出されたように落ち着いていく。
この漲っていく熱い感情は何か分からない。
でも、私は彼の元へ帰らないといけない。
彼が私を必要としているかは分からないが、私は前に進まなければならない。
マリアは弱っていた足を奮い立たせると、中央に座り込んでいる少女に声をかけられる。

『行くのね』
「ええ、私は彼に伝えなければならない。私の熱い感情が忘れ去る前に」
『現実は辛いわよ。辛い記憶は忘れたほうが楽なのに…貴女はそれを選ぶのね』
「ええ、そうね。私を必要としている人がいる。私は戻らないといけない」
『そう……決心は固いようね。あの時のように…』

マリアは現実に戻る方法は薄々感じていた。
手を胸に当てると気合入れ決心する。

『「さようなら、私」』

マリアは目の前にあり記憶の球体を深く覗き込む。自分の膨大な記憶が脳内に雪崩れ込んでいく。
出生から現在に至るまでの記憶が毒のようにくらい付いていく。
楽しい記憶も辛い記憶も脳内に一気に入りこめば、精神を破壊しかけないほど、苦痛が苛む。
マリアは必死に耐える、現実に戻るためにクレスに会うために。
記憶の渦とマリアが溶け込み一体化する。
現実の世界に輪廻する最中。
マリアは白い世界の観測者、もう一人の自分の顔を初めて見た。

その瞬間、色んな私がいろんな世界で存在していた映像が流れ込む。

ある世界は私がフェイトに告白する世界。
違うある世界はリーベルと一緒に結ばれる世界。
また違うある世界は平穏な惑星でゆったりと暮らす世界。
クリフとミラージュで新しいクォーク発足に追われる世界。

様々な世界が私の中に平行して渦巻いていく。
私たちの未来は様々な事象によって作られていく、そんな風に感じられる。
たぶん、ここの出来事はほとんど覚えていないだろう。けど、私は絶対に忘れないだろう。

最後に見たもう一人の自分が満足げに微笑んでいたことを。

――
――――
――――――

「マリアさん、大丈夫ですか!?心配しました」

初めてまともな反応を示したマリアにクレスは驚きと安堵の言葉をかける。

「ミラージュ…ミラージュ…」

マリアは気付いたのだ。
私が一番逃げていた。
大切な仲間の死を感じとることを。
一回目の放送の時から、私は背けていたのだ。
クレス君に過剰なまでに構うことでその存在に目を背けていた。
クレス君に臆病な感情を押し付けることで、自分の弱さを押し込んでいた。
身近にいる大切な存在の死を最も背けていたのは私だった。

「どうしてあなたが死ななくちゃならないの?
 戦争で両親を亡くした、私を引き取ってくれた。
 本当の娘のように接してくれて……」
「マリアさん、それ以上話さなくていい。
 僕はマリアさんが元気なだけで嬉しいですから」
「お願い最後まで聞いてほしいの。そして、君に謝りたいの」

そして、マリアは自分の罪を語り出す。
その一声は「ごめんなさい」から始まった。

+++

「―――――というわけなの」

マリアが全てを語り終えると、クレスは真剣な眼差しでマリアの言葉を噛み締めていた。
目の前にいる少女が人間ではなく、兵器だ。そんなことを突きつけられれば、誰しもその話を疑いたくなる。
だが、マリアの口調は真剣そのものであった。

「どう、理解できた。私は遺伝子操作された兵器なの。
 姿かたちは人間の姿をしているけど、君とは違う……人とは全くかけ離れた存在。
 ルシファーに対抗するために肉体改造された存在なの」

マリアは内に秘めていた出生秘密を語り終えた。
彼女にとって、自分が遺伝子操作生物兵器だということは最大のコンプレックスである。
自分の力を行使するたび、自分の存在が否定されているように感じる。
私はルシファーを倒すためだけに作られた存在。そう、思うたびに嫌な感情が蝕むのだ。
仲間でも、私たちの真実を知るものは少ない。
フェイトにその真実を語った時は、親近感があったからこそ難なく言えたが。
それを赤の他人であるクレスに話すことは、己の裸体を曝け出すのに等しい。いや、その以上の嫌悪感があった。
でも、クレス君なら、話して大丈夫だ。そんな予感をさせる。

「その気になれば私の力は世界の法則させも改変させることも可能よ。
 もちろん制御できればの話だけどね」

淡々と冷めたような口調でマリアは語りだす。

「どう、私の秘密を聞いて、怖くなった?」

マリアの横目が突き刺さる。
クレスはその視線を交差させ、真っ直ぐに彼女の青い瞳を見据える。
彼女の青い瞳は海のように深く澄んでいる。彼女の告白はそれほど覚悟が必要だったのだろう。
心なしか体が震えているように見える。
だからこそ、僕は彼女の決意に誠意を持って答えなければならない。

「いいえ」

クレスは素直な気持ちを伝える。
例えマリアが生物兵器であろうとモンスターであろうとクレスの心は一心も変わらない。

「マリアさんが何であろうと僕の気持ちは変わりません。
 ミントが死んだ時も、アーチェが死んだ時も、チェスターが去った時もマリアさんは助けてくれました。
 マリアさんは弱くなった僕を叱咤し励ましてくれた。いつでも僕のことを心配してくれました。
 僕はそんな厳しくも心優しいあなたがいてくれたからこそ、僕は前に進むことができた。
 そこにあった想いは確かにマリアさんそのものでした。
 だから、いつでもマリアさんはマリアさんのままです。
 マリアさんがマリアさんである限り、僕はあなたが必要です」

クレスの真摯な言葉にマリアはそっと胸を撫で下ろし俯く。

「ありがとう。そう言ってくれると、嬉しいわ」
「ええ、マリアさんの言葉で僕も気張らないといけなくなりました」

問題は後回しにしてはいけない。マリアにそう教えられたような気がした。
クレスはぐっと力を込めて、握り締めた拳を見つめる。

「やっぱり、僕はチェスターのことを止めなくてはいけない。
 アイツが復讐に染まるのだけは絶対に見たくないんだ。
 ダオスのときのように、心をすり減らすアイツは見たくない」

マリアはクレスの決意を聞くと、勘違いしていたなと穏やかに視線を寄せた。

「強いのね、クレス君は…」

クレス君は強い。私の何倍もずっと強い。私も君のように強くなりたい。
そう、気付かれないように小さく決意するのであった。

「そ、そうですか。僕、全然役に立っていないですけど」
「うふふ、そんなことないわよ。君には色々と助けられているわ」

マリアはクレスに柔らかい笑みを浮かべる。
この舞台に着てから初めて穏やかな空気が二人の間に流れる。
硬さがなくなった笑みにクレスは胸を高鳴らした。
初めて見る彼女の穏やかな笑みにミントの優しい笑みが重なる。

「綺麗だ……」

クレスはポツリと言葉を漏らす。
脈絡のない言葉にマリアは「ふぇ」と間の抜けた声を発する。
ほんの一秒間の動揺を立て直し、すかさず顔を背け紅色に染め上がった頬を隠す。
マリアは顔を隠したまま馬鹿みたいに動揺させた諸悪の根源を睨み付ける。

「いきなり、変なこと言わないでくれない。びっくりするじゃない」
「…うえっと!? 無意識っていいますか…考えていたことが軽はずみといいますか。
 マリアさんの笑顔がとても綺麗だから……。
 って、決して普段のマリアさんが綺麗じゃないとかではありませんよ!
 普段のマリアさんも綺麗ですし…さっきの笑顔も本当に綺麗で……」
「あーーもう、分かったから口を開かないでちょうだい」

あたふたと弁明の名をした褒め言葉にマリアは殺気を帯びた視線を効かせる。
クレスは「はい!?」と素っ頓狂な返事するとその場にへたり込んだ。
あまりにも歯が浮くような台詞に心臓に悪いなあと一息を付いて、心を落ち着けさせる。
が、胸の高まりはおさまることをしらない。
自分をこんな風にしたクレスに対し、理不尽な怒りが込み上がる。
マリアはその怒りをもう一度視線でぶつけると「ひぃ」とクレスはよりいっそうへたり込むのだった。

そんな微妙な空気の中、外に飛び出していたミランダがどたどたと部屋に上がりこんでくる。

「マリアさんは大丈夫ですか、クレスさん!?
 仲間のところに行ってきたのですが、すでに出かけていたようで。
 あれ……?」

ぎこちなく隣同士で並んでいる二人になんともよそよそしい空気を感じ取る。
ミランダはそんな空気を汲み取り、そそくさと後退さる。

「もしかして、お邪魔でしたか?」
「いやいや、とんでもないよ。ねえ、マリアさん」

「ええ」と頷くマリア。
いいタイミングでミランダが現れてくれたおかげ、クレスは一息飲む。
マリアさんを怒らしたなあ、と自己嫌悪に陥りそうだった。

「ごめんなさい、ミランダ。貴女には迷惑をかけたようね」
「どういたしまして、それに困った時はお互い様です」

マリアはミランダに対し一礼すると、ミランダは両手を左右振りながら微笑む。
ほんの一瞬の笑みを零すとミランダはすぐに真顔になり、現状を逐一報告する。
マリアの非常事態に仲間を呼びにいったことを。そして、洵とルシオがいなかったことを。

+++

ミランダは困惑していた。マリアとクレスに洵とルシオの元へ連れて行くことに。
マリアとクレスの情報から二人は顔見知りで、更に因縁の中というではないか。
そんな間柄に洵とルシオを紹介できるはずもなく、必死にミランダは案を練っていた。
どうすれば、争いを回避できるのか。
色んな方法をイメージし、実行するが、一向にビジョンが見えてこない。
そんな最中、頭を悩ますミランダに三回目の放送が鳴り響く。

ミランダは思考を一時中断し、内容に聞き入る。
放送内容を最後まで聞くと、ミランダはよりいっそう頭が痛くなった。
増えていく死亡者たちに。更にその中には、龍殺しの英雄ジャックがいるではないか。
妖精たちの戦争に終戦をもたらした彼が死ぬなんて。

ミランダは理解しなければならなかった。この殺し合いの舞台は私の範疇を越えている。
ミカエルのような人間の力を超える輩が跋扈として存在している。
だからこそ、私は協力者を集い、最後の最後まで勝ち残らなければならない。
こんなところで、信頼できる協力者を無闇に散らすわけにはいかない。
――――最後に私が笑うためにも。

決意を再認識したミランダの耳に慌てふためくクレスの声が聞こえる。
青色の髪の少女が情緒不安定に蹲っている様子が見て取れた。
その刹那、天命の閃きがミランダに舞い降りる。
そうだ、この混乱に乗じてごまかせ、と天使が囁くのだ。
ミランダはすぐに行動を開始した。

「私、仲間を呼んできます!!」

咄嗟に、そう、言うと、ドアを勢いよく開いて、慌てて外に飛び出す。
マリアのために仲間を呼びにいくのか?
私の帰りを待つルシオと洵の元へと?
いや、違う。これは、演技だ。
私は仲間を呼びに行くつもりなど毛頭なかった。
今ここで、マリアとクレスに彼らを会わせるのはもったいない。
まだ、参加者は二十人以上いるのだ。ここで殺し合わせるのはまだ早い。
ミランダはそんな算段を企てて、飛び出した。
適当に時間を潰して、算段通りにことを進める。


半時間後、何食わぬ顔でクレスたちの元へ戻ると、マリアは落ち着きを取り戻していた。
私は予定通りに「会えなかった」と報告する。
適当に偽造した書置きを見せると彼らは私の言葉を信用したようで「残念ね」と、青髪の少女が呟いた。

ミランダは上手くいったとため息を付く。
これで私の信頼にひびが入ることなく、いけそうだ。
むしろ、仲間を救おうとする姿勢に、信頼も鰻上りに違いない。
ミランダが心中でほくそ笑んでいると、マリアが突然彼女に近づきそっと耳打ちする。

「ごめんなさい、ミランダ。ちょっと、席を外してもらえないかしら?」
「えっ!?」

ミランダは耳を疑った。もしかして、ばれてしまったのか。
額に大粒の汗が流れる。

「どうして、ですか?」
「えっと、それは、その……実は二人きりで話がしたいの」

マリアはもじもじと身体を震わせ、後ろに呆けているクレスに視線を向ける。
マリアの顔は恥ずかしいのか、頬赤らめている。
私を退散させる演技なのだろうか。一瞬、疑いの目がよぎる。
が、マリアの恥じらいは真に迫っているものがある。あの疑い深い少女が心を開くのだ。
ここで下手にごねて、信頼を失うよりも、ここは一歩引いたほうがいい。
でも、何となく、嬉しそうに赤らめるマリアにムカムカしたので。

「えっと……分かりました。私みたいなお邪魔虫はいないほうがいいですよね。
 クレスさんと二人きりで、楽しんでください」

嫌味の一つや二つ言わないと腹の虫がおさまらない。
ミランダはわざと、後ろのクレスに聞こえるように言ってやった。
クレスは何のことやらさっぱりのようで、ハテナマークを掲げていた。が、マリアには効果は絶大だった。
動揺するマリアを尻目にミランダは居間に向かうとソファに座り込んで、今後について考えるのであった。

+++




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第104話 クレス 第108話(後編)
第104話 マリア 第108話(後編)
第104話 ミランダ 第108話(後編)
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