第110話 鎌石村大乱戦 開幕 ~守りたい者の為に~(前編)


俺はただ許せなかった。
こんなか弱そうな少女をこんなになるまで痛めつけて殺してしまうなんて…。
弓を取り出す為に地面に横たえた名も知らぬ少女の亡骸は、何故だろう? どこか安堵した様な表情で眠っていた。
今際の際にこの子が掠れた声で呟いた言葉
「ジャック、ジャック…。最後にお前に会えて嬉しいな……。
私、恐かったんだよ……一人は恐かったんだよ……」

「…私はお前と……」

この子とジャックと呼ばれた人物との関係は全く知らない。
それでも、この子のジャックに対する想いは伝わってきた。
死ぬ寸前に出てくる名前だ。きっと、この子にとって大切な人だったんだろう。
そして、最期の言葉は本当に、今にも消えてしまいそうな微かなものだったけど、その言葉はしっかり俺の元に届いていた。

―――共に歩きたかった。
彼女は確かにそう言っていた。この二人の歩む道はどういう訳か、どこかで違えてしまったんだと俺は思う。
それでも、生きていれば…生きてさえいれば、また同じ道を歩む事だって出来た筈なんだ。
こんなところに集められなければ、こんなところで殺されなければきっと…。
だから俺はルシファーを許しはしない! たとえこの身体が朽ちようとあいつに一矢報いてやる。
この子を殺した奴だって同罪だ! 
守りたかったモノ、また掴み損なっちまったけど、だからって何もせずにいるなんて俺は嫌だ。
この子の最期を看取った者として、ジャックって奴の代わりに俺がこの子の仇をとる!
それが、俺がこの子にしてやれるせめてもの弔いだから。

■□■□■□■□■□■□■□

やれやれ…。
あんなに熱くなっちまって、あの様子だと今度はまた駄々をこねて
「この子の仇を討ちたいんだ! 頼む! 力を貸してくれ!」
なんて言うに決まってる。
まったく、俺の身を隠す絶好の場所だと思ってたんだが、どうもうまく行かないみたいだな。
隣を見やると、アシュトンの奴も呆れて物も言えないって感じの表情でチェスターの奴を見てるしな。
さて、どうしたもんか?
わざわざ危険な所にノコノコと出て行く気なんか無いんだけどな。適当に慰めてさっさと菅原神社を目指したい。
正直こんな女の子を、ここまで穴だらけにして殺してしまう様な奴等とは係わり合いになりたくないってのが本音だしな。
改めてこの少女の亡骸を眺めていると、ふと気になる箇所が目に止まった。
この子の手が、手の甲まで血で真っ赤になっている。
溢れる血を押さえようとしたとしても、手の平が血まみれになるだけで、手の甲までそうはならない。
そう、これはまるでこの子が人体を素手で突き破ったとしか思えない血の痕。
こんなか弱そうな少女がそんな真似出来るのか? 
とも思えるが、十賢者の中には子供の容姿をしたサディケルや、ただの爺さんにしか見えないカマエルってのもいたからな。
見た目だけで判断するのも良くないな。
さて、ここで一つ仮説を立ててみよう。
この女の子は実はゲームに乗っていて、誰かを襲撃し、その戦闘の末この様な状態になったのだとしたら…。
戦った相手も無事には済んでいまい。
つまり、そいつらの支給品を奪うチャンスって事だ。
率先して他の参加者から支給品を奪うってのは、殺し合いに乗っていないというポーズをとっている以上今は出来ない。
だが、この子の仇を取ろうって流れなら、ゲームに乗ってるなんてこいつらには思われないだろう。
それに正直手持ちのアイテムはまだ心細い。
仮にこの子を殺した奴等が元気でも、チェスターやアシュトンを囮にして逃げる事も出来る。
リターンとリスクを考えればリターンの方がでかい。
「なぁ、アシュトン、ボーマンさん…」
ほれ来た。だが、それは俺の望んだ流れでもある。
「あぁ、皆まで言うな。俺もこの子を殺した奴等が許せない。仇を取ってやろう」
「ボーマンさん…」
チェスターの奴め、涙が出るほど嬉しいか。
アシュトンの方は俺の答えに更に唖然としちまっているが、
このパーティーでの意見は決まった様なもんだ、こいつも付いて来ざるを得まい。

■□■□■□■□■□■□■□

はぁ~。僕って本当についてない。
てっきり堅実派なボーマンさんは、チェスターの提案を却下してくれると思ったのに。
「アシュトンも来るよな?」
「…」
僕としてはこんな女の子の事なんて放って置いて、早く菅原神社に行きたいんだけどな。
でもそう言った所で僕の意見なんか聞いてくれないんだろうし…。
それに、よく考えたら前の放送から今までの間に新しい首輪を手に入れてなかったんだ。
そう考えると、この子を殺した奴らの所に行くのも悪くない気がしてきたなぁ。
「わかりました。行きましょう」
そうだ、プリシスの一番になるにはもっともっと首輪を集めないといけないんだよな、多少の嫌な事は我慢しなくちゃ。


結局僕達はこの子の仇討ちをすべく北東を目指した。
理由は簡単だ。あの子の血の痕が点々とそっちの方角に続いているからだ。
間違いなくこの先に女の子を殺した奴らがいる。


歩き出してしばらくたってから放送の時間が来た。


「ククク…ご機嫌いかがかな、諸君?
そんな風に始まった第3回目の放送。
目下僕の関心はプリシスとクロードの安否だけ。
14名の名前が呼ばれる中どうやら二人とも無事でいてくれたみたいだ。
その事にギョロとウルルンも安堵の息を漏らしている。
やっぱり僕達は一心同体なんだね、この二人も僕と同じ様にクロードとプリシスの無事を喜んでくれている。
これからもよろしくね。僕達三人が揃えばどんな辛い事だってきっと乗り越えられるんだから。

■□■□■□■□■□■□■□

(やはりうまくはいかないか…)
放送を聴きながらギョロは溜め息を漏らした。
(運よく今回の放送でプリシスの死が知らされたのなら、
うまい事アシュトンを誘導して再度狂戦士に戻ってもらおうとしたのだが…。
今アシュトンの奴は、プリシスと生き残る事が出来たなら自ら命を絶つつもりでいる。
誰かの為に命を捧げる。確かに話として聞けば美談として語られる事であろう。
アシュトンとしても愛する者の為に死ねるのならば満足だろうさ。だが、それでは俺は困るのだ。
別に俺はプリシスの為に死んでやるつもりなど毛頭も無いのだからな。
幸いこいつらは見ず知らずの女の為に戦うつもりらしい。
ここで時間を浪費してくれれば、その間にプリシスが死亡してくれる可能性も上がるというもの。
だが、こいつらの仇討ちとやらが終わったのなら手を打たねばならないな…さて、どうしたものか)
アシュトンとプリシスの再会を何としても阻みたいギョロは策を練り始めた。

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(ちっ、意外としぶといな)
犠牲者の名前の中にクロード、プリシスの名前が無い事にウルルンも溜め息を漏らした。
(少し寄り道をするみたいだが、約束の場所まで残り僅かだ。
この寄り道の間に死んでくれていればいいのだが…。いや、希望的観測はよそう。
奴等はそれなりに腕が立つ。それはアシュトンと共にあいつらと戦ってきた俺も良く知っている。
人間にしては見所のある奴らだったが…。仕方が無い。我等の前に立ちはだかるのなら…)
ほの暗い殺意を胸にウルルンは放送の続きに耳を傾けた。

■□■□■□■□■□■□■□

放送を聴きながら俺は舌打ちを漏らした。
(くそっ、さっきまでの目的地に支給品の配布だと? 聞いてねえぞ。
まったくこんな事ならチェスターの言う事を蹴っておくんだったな。
だが今更やっぱやめようぜってのが通じる状況でもないしな…)
ふと隣を見ていれば怒りに打ち震えるチェスターの姿が、
そして逆の方向を向けばどこか安心した様子のアシュトンが立っている。
「くそっ、ジャックって奴も…」
なんてチェスターが呟いている。誰だよ? ジャックって。
(まぁ、いい。こうなったら是が非でもあの女の子を殺した連中から支給品を巻き上げてやる)
「絶対あの子の仇を取ってやろうぜ! ボーマンさん! アシュトン!」
(はいはい、わかったわかった。まったく、クロードを憎んでいたかと思えば今度はあの子の仇ってか? 
本当に忙しい奴だな。まぁ、アシュトンみたいに非協力的なのよりはいいか。
派手に動いてくれた方が協力するにしても逃げるにしても動きやすいからな。せいぜい張り切ってくれ)
地図に禁止エリアとその時間を書きつつ、支給品の置かれる場所にも一応丸をつけておいた。
この禁止エリアの配置だと、役場の方の支給品の回収は微妙なラインだな。
C-5とD-4が禁止エリアだが、D-5からC-4に移動さえ出来れば回収出来そうなんだが…。
禁止エリアに足を踏み入れた瞬間ドカンの可能性だってある以上自分で試すのは躊躇われる。
それとなくチェスターにでも入ってもらって、安全が確認できたら役場の方は行ってみるか。

■□■□■□■□■□■□■□

二人の男が横たわるその脇で一人の少女が佇んでいる。
彼女の名前はソフィア・エスティード。彼女は今、泣き腫らした瞳で夜空を唯々見上げていた。
そんな彼女の瞳に忘れ得もしない男の姿が、月明かりを遮る様に闇夜に出現する。
「ルシファー…」
少女はその男の名を口にするとその目を伏せた。
これから始まるのは6時間前より今までの間に死んでしまった人間の名が呼ばれる言わば定時報告。
その中に確実に含まれているであろう青年の事を思い出し、その目を伏せたのだった。
頑張ると、強くなると誓ったのに、それでも涙が零れそうになる。
案の定呼ばれた青年の名前。あれほど涙を流し、とうに枯れ果ててしまったと思っていたのに再び流れ落ちてしまう。
加えて呼ばれてしまった者の名の中にミラージュ・コーストの名もあった。
とても気が利く人で、一緒に戦った女性陣の中でお姉さん的な存在の優しい人だった。
そして、傍らで眠るクリフの大切なかけがえの無いパートナーでもあった人。
今彼は眠っている。いずれ知らせなければならない彼女の死の事を思うと目の前が真っ暗になる。
それでも彼女は絶望したりしなかった。
何故ならば、彼女は約束をしたから。
諦めたりはしないと、幾度となく自分を守ってくれた青年に誓ったから。
その誓いの証ともいえる、首にかかる指輪を通したネックレスを強く握り締める。
弱気になり始めた心に勇気の灯がともるのが感じられる。
少女は変わりつつあった、守られるだけの自分から。泣いてるだけで何もできなかった自分から。
だから彼女は立ち上がる。
武器を持ってこちらに迫って来る3人の男達の前に立ちはだかる。

守られてばかりいた姫君が、今初めて自分の意志だけで杖を取る。守りたい者たちへの想いと共に。

■□■□■□■□■□■□■□

「ひでぇ…」
少女の血の痕を頼りに歩いていたチェスターは、目の前に広がる光景を見てそう漏らすしかなかった。
その一角は完全なる焦土となっていた。
所々に大地に刻まれた、抉る様な傷跡と、なぎ倒された木々は、どこか失われた故郷の最期の姿に似ている。
その焦土の先に人影が見える。
一人は自分と同じ位の歳の少女。そしてその傍らには傷だらけの衣服を纏い横たわる二人の男の姿。
(間違いないあいつらだ…! あいつらがあの子を!)
弓を握る手に自然と力がこもる。矢筒から取り出した矢を装填し、その人影へと歩み寄る。
もう少しで射程内に入ろうかという所で、俺達の行く手を遮る様に少女が言葉を放った。
「止まって下さい。私は今この人達の治療をしています。殺し合いに乗っていないのなら、
武器を収めて手を貸してくれませんか? もし殺し合いに乗っているのなら…」
(そうか、この子は偶々この場に来てしまって傷だらけの男達を見つけて介抱してたんだな)
「君! そいつらから離れるんだ! 俺達はゲームになんか乗ってない! 乗っているのはそこの二人だ!!」
「なっ、何を…?」
「俺達は見たんだ。あっちの方で全身血塗れになった、金髪を左右二つに分けてる女の子を! 
俺達はその子をあんな殺し方をした奴らをやっつけてやろうと」
俺が目の前で死んでしまった子の容姿を口にすると、この女の子は小さく息を呑み一歩後ずさった。
その瞳には怯えの色が映っている。
「だからそこを退いてくれ! 抵抗できない奴を殺すのは気が進まないけど、
それ以上にあの子をあんな目に合わせたこいつらが俺は憎い!」
「退きません! この人達は…私が守ります! 殺し合いに乗っていないと言うのなら、せめて私達を放っておいて下さい!」
(どうしてだ? 何でこの子はこいつらの肩を持つんだ?)
どうやってこの子を退かそうかと思案していた俺の横からアシュトンが一歩前に出て、苛立たしげに口を開いた。
「うるさいな、君。退いてって言っているのが判らないのかな? それとも、その人達の仲間なの?」
「そうです! この人達は私の事を何度も守ってくれた大切な人達ですっ! そして、私が守らなくちゃいけない大切な人達なんです!」
(なんだって? 俺はてっきりこの女の子とこいつらは無関係だと思っていたのに…、という事はそれって…)
「そう…。じゃあもう一個質問。さっきチェスターが言っていた女の子を殺したのは君達?」
「…。はい。私達はその子と戦いました…。そして、その戦いでこの二人はこんなにも傷ついてしまった…」
「聞いたかい? チェスター? あの子を殺したのは彼女達なんだって…」
「うそだろ? 君みたいな子がどうして!?」
だってそうだろ? 気丈に武器を持って俺たちと対峙しているけど怯えているじゃないか。
必死に叫ぶその声が微かに震えているじゃないか。
それなのにこの子がさっきの子を?
「もういいだろチェスター? 僕達はさっきの女の子の仇を取りに来たんだよね。
そして、目の前にその仇がいる。戦うには十分な理由じゃないかな?」
その言葉を聞いて、目の前の女の子はまた一歩後ずさる。
怯えた表情をこちらに向けるが、首にかけたネックレスを握り締めると意志を宿した澄んだ瞳でこちらを睨み返してきた。
「待ってくれ! アシュトン!」
そんな少女に向かって歩み始めたアシュトンの肩を掴む俺。
不愉快そうな表情のアシュトンが振り返って睨みつけてくる。
あまりにも冷たいその眼差しに、思わず気押されて息を呑んでしまう。
その手を横からボーマンさんが退ける。
「チェスター、思い出せ。あの子の死に様を。あんな惨たらしい殺し方をするなんて尋常じゃない。
あいつらはあの子を含めてここで殺すべきなんだ!」
「でも…でも!」
「別に君が手を出さないならいいよ…。僕がやるから」
そう言って飛び出したアシュトンの肩を再度掴もうとした俺の手は空を切った。

■□■□■□■□■□■□■□

(来たっ!)
今にも逃げ出してしまいたい弱い自分を押し殺し、迫りくる双龍を背負った青年に牽制の紋章術を放つ。
本来なら術師が一人で剣士に抵抗するのは困難である。
無防備な詠唱時間の間フォローしてくれる仲間がいて初めて戦えるのが術師だ。
だが、ソフィアの生きる時代では、いくつかの紋章術は普段よりも莫大な精神力を消費する事で、
その詠唱を破棄して術を行使できるようになっていた。
放った『ファイヤーボール』が青年の行く手を遮るべく飛来する。
迫る火の玉をバックステップで交わし、それでも自分に追尾してくる火の玉を切り落とすと彼は煩わしげに呟いた。
「何? 邪魔する気? だったら君から殺すよ?」
(怖い、逃げたい)
金龍クェーサーのそれに勝るとも劣らない、剥き出しの刃を思わせる殺気を向けられソフィアはそう思った。
それでも彼女は逃げなかった、自分の後ろにはずっと守ってくれた人達がいる。
ここで逃げ出してしまえばこの人達の死を意味してしまう。
「ギョロ!」
青年が背負った龍を嗾ける。彼の背中にいる赤い方の龍は、その口から体の色と同じ紅蓮の炎を放った。
避ける事も出来たが背後には彼らがいる。だからソフィアはその炎を真っ向から打ち落とした。
『イフリートソード』
またも詠唱を破棄して放った紋章術は炎の魔人を召喚する『イフリートソード』
呼び出した炎の魔人は手にした大剣でギョロのブレスをかき消すと、返す剣を上段にアシュトンに迫る。
その一撃を手にした剣に紋章力を込めて受け止めたアシュトンだったが、重たい一撃に吹き飛ばされてしまった。
「くぅ! 炎の威力は彼女の方が上か…。頼んだよウルルン!」
着地した体勢のままもう一匹の龍に語りかける。
蒼い体皮の龍が全ての動きを止めるかの様な氷結の息を放つ。
放たれた絶対零度のブレスが炎の魔人を氷漬けにしてソフィアに迫った。
『リフレクション』
何とか間に合った防御魔法による障壁と、身につけていた『アクアリング』のおかげで大したダメージは受けなかった。
精々防壁を突き破った氷の粒がソフィアの肩口を掠めて切り傷を作ったぐらいだった。
戦闘経験の乏しいソフィアにとっては十分に痛い傷ではあったが、
今まで戦ってくれたルーファスやクリフの傷を思うと弱音を吐くわけにはいかない。
『レイ』
三度放つ詠唱破棄による紋章術。
本来なら、直ぐにでも精神力が枯渇してしまいそうな勢いで術を行使するソフィアだが、
偶々支給されていた『フェアリィリング』のおかげでまだ戦い続ける余力が残されていた。
彼女の紋章術によって地面に描かれた魔方陣より無数の光線がアシュトンに向かっていく。
その場に踏ん張り紋章力を込めた『アヴクール』でその熱線を可能な限り逸らしていくアシュトン。
捌ききれなかった一筋の光線がアシュトンの脇腹を掠める。
「痛っ、これじゃあ近づけない!」

■□■□■□■□■□■□■□

「苦戦してるじゃないかアシュトン。加勢するぞ」
そう言うと正に疾風の様な速さでアシュトンを横切り、ソフィアに迫るボーマン。
一瞬ボーマンの俊足に驚いたアシュトンだったが、彼が履いている靴を見て納得した。
俊足ウサギとでも言うべき生物バーニィの脚力を宿したその靴は、身につける者に同様の脚力をもたらす代物だ。
『ライトニングブラスト』
迎撃の為に放たれた電撃をその速力を生かし潜り抜ける。拳打の間合いまで詰めたボーマンが拳を振り上げた。
「悪いなお嬢ちゃん。せめて苦しまない様に一撃で!」
反物質を加工して作り出した手甲『エンプレシア』を装着した拳で渾身の力を以って少女にその拳を突き出す。
『プロテクション』
放った『ライトニングブラスト』が回避されるや否や、直ぐに詠唱を開始した呪紋が物理的衝撃を防ぐ障壁を形作る。
ボーマンの放った拳はガキィ!と音を立て紋章力の防護壁によって防がれた。
「か、堅え!」
その強固さに思わずそう漏らしてしまうボーマン。
『グロース』
このまま受け止め続けるわけにもいかないソフィアは筋力強化の呪紋を自身にかけ、力いっぱいグラップロッドで殴りつけた。
思わぬ反撃を受けたボーマンはガードするのも間に合わず、腹部を殴打され後方に大きく殴り飛ばされた。
なんとか空中で体勢を立て直し着地に成功するボーマンであったが、予想以上の威力に膝を突いてしまう。
「威勢よく飛び出した割には情けないですね、ボーマンさん」
そんなボーマンを皮肉るアシュトン。
(ちっ、アシュトンの癖に言うようになったじゃないか)
「うるせえ! こうなりゃ同時に仕掛けるぞ!」

■□■□■□■□■□■□■□

(今度は同時に!?)
とにかく進行を阻止しなければならない。広範囲の紋章術を選択し、すぐさま発動させる。
『ロックレイン』
迫り来る二人を阻む様に岩の群れによるカーテンを作り出した。
雨霰と降り注ぐ岩石に進軍する足を止め、回避に専念する襲撃者達。
これでしばらくは足止め出来そうだが、このままではいずれ押し切られてしまう。
いくら『フェアリィリング』の効果があるとはいえソフィアの精神力は無尽蔵ではないのだ。
(誰か…誰か助けに来て…!)
つい弱気になり、そんな事を思ってしまうソフィア。
術の効果が切れ、岩石による驟雨から開放された二人が再度こちらに迫り来る。
(くっ、距離を開けないと…)
『アースグレイブ』
砕けた岩石により視界の利かない二人に対し、大地より作り出した巨大な槍を以って弾き飛ばす。
「はぁ…、はぁ…」
ソフィアの精神力は残り僅かになってきていた。
その証拠に彼女の瞳は虚ろになり、あまりの疲労からか肩で息をしている。
(助けを待っているなんて駄目! そうよ。私はルーファスさんと約束したんだから。
絶対に諦めないって。絶対にっ、絶対に二人を守って見せるんだから!)
「今のは痛かったな…。でも、もう満足したよね? いい加減死んじゃえよ!」
龍を背負った方の青年が怒りを露に、双龍のブレスと共に突撃を仕掛けてきた。
回避という選択肢の取れないソフィアは残り僅かとなる精神力を振り絞る。
『ディープフリーズ』
ブレスと自分との間に紋章力によって生成される氷柱を作り出し、炎のブレスを受け止め、氷のブレスを弾いた。
しかし、ソフィアには一息つく間もなかった。
アシュトンは氷柱を切り刻むと、舞い落ちる氷柱の欠片を浴びながらソフィアに斬りかかる。
『プロテクション』
その斬撃をかろうじて受け止めたソフィアだったが、視界に映った光景に思わず叫びを上げてしまう。
「駄目ーーーーっ!!」
そこには、アシュトンに気を取られている隙にクリフへと詰め寄るボーマンの姿があった。

■□■□■□■□■□■□■□

(へっ、悪いな。嬢ちゃんが頑張るからいけないんだ。このまま正面からやりあったって泥沼だからな。
先にこいつから仕留めさせてもらうぞ! 
それに、守ろうとした者を失った奴の脆さってのは、俺もよく知ってるからな…。こいつの後を直ぐ追わせてやるよ!)
この速度で交差気味に拳を打ち付ければ、無防備な相手なら致命傷となる。
振り上げた拳を叩き付け、手応えを感じたボーマンであったが、
打ち付けた拳から発せられた音は拳打による鈍い音ではなく、金属同士がぶつかり合う甲高い耳障りな音だった。
「おいおい…。起き抜けにいきなりご挨拶じゃないか!」
「ちっ!」
ボーマンの一撃は寸での所で目を覚ましたクリフに拠って阻まれていたのだ。
「クリフさん!」
復活したクリフの姿を見て、この様な状況にも拘らず安堵の表情を見せるソフィア。
クリフは横になった体勢のまま足を突き出し、襲撃者を蹴り飛ばす。
続けてすぐさま起き上がると、ソフィアが攻撃を受け止めている相手に殴りかかった。
ソフィアの防護壁に止められていた剣を引き、クリフの一撃をその刃で受け止めるアシュトン。
拳と剣がぶつかり合い闇夜に火花が瞬いた。
瀕死の重症からの復活直後にも拘らず、その押し合いを制したのはクリフだ。
クェーサー戦終了後から懸命に治癒術を施していたソフィアのおかげである。
「痛っ、まだ体が痛みやがるぜ…。状況は? って聞くまでもないな。
 すまないな、肝心な所で寝ちまってたなんて。たった一人で頑張ってくれてたんだろ…。ありがとよ」
周囲の状況を見渡し、何があったか悟ったクリフがそう漏らせば
「ううん! 私ずっと守られてただけだもん。
 これからはルーファスさんの為にもめげないって決めたから、だから、こんなの全然へっちゃら!」
ソフィアは嬉しさの余り、涙を浮かべながらも微笑みで返す。
「ルーファス? そういや何でソフィアの後ろでルーファスの奴が寝てるんだ?
 それに、クェーサーは? っとまぁ先にこいつらを追っ払わないとな!」
自分が力尽きた後何があったか知る由もないクリフだったが、
湧き出る疑問を振り払い自分達と対峙している二人を睨み付け拳を構える。
「はいっ!」
(ふっ、俺が寝てる間に何があったか知らないが随分と頼もしくなったじゃないか…
 これなら安心して背中を預けられるぜ!)
力いっぱい大地を蹴り駆け出したクリフの背後には、朗々と歌うように詠唱を始めたソフィアがいた。

■□■□■□■□■□■□■□

『エンゼルフェザー』
賛美歌の様な詠唱を終えたソフィアが紡いだ紋章術は、最上級の補助効果を誇る天使の抱擁。
クェーサー戦の傷と疲労によって鉛の様に重かった体が軽くなるのを感じる。これならば思う存分戦える。
(先ずはあの足の速いオヤジからだっ)
得意のクロスレンジまで距離を詰め、渾身の右ストレートを放つ。
共に繰り出す拳が正面から激突し、その衝撃から砂煙が立ち上った。
(腕力はそんなに自慢じゃないみたいだな、このまま押し切る)
ぶつけたままの拳を力任せにねじ伏せ隙を作る。
(もらった!)
しかし、そこで異変に気付いた、異常な量の木の葉が自分を中心に渦を作りながら舞っているのだ。
『リーフスラッシュ』
舞い散る木の葉が視界を塞ぎ、その隙を突いてもう一人の敵が背後に立っていた。
「しまった」「もらったよ!」
真一文字に薙がれた剣閃に対処しきれない。腕の一本ぐらいは覚悟するかと思ったその時、
『ライトニングブラスト』
こちらの危機を救うべくソフィアが電撃呪紋を放った。
双龍の男は直撃を受けながらも、まだ痺れの残る体で振り返り、手にする大剣を虚空に奔らせる。
「邪魔ぁ、しないでよっ!」
不思議な輝きを放つ刀身が真空の渦を形成し、巻き起こした剣風が風の刃となりソフィアを襲う。
『リフレクション』
回避は不可能と悟ったのか、直ちに防壁を展開するも、全てを防ぐ事は適わずその身を切刻まれてしまった。
「くっ」
いずれの傷も深いものではなかったが、思わず膝を突いてしまうソフィア。
それを好機と見たのかオヤジの方が疾風の俊足で以って彼女に肉薄する。
余りの速さに防御魔法の展開もままならない。忽ちゼロにした間合いから唸る拳を繰り出そうとしている。
「させるかっ!」
側面より迫り体をひねりつつ、打ち下ろし気味の回し蹴りを見舞う。
振りかぶった腕をガードに回し、こちらの攻撃によるダメージを軽減させると、
更にインパクトの瞬間に飛ばされるよりも先にその方向へステップをいれ、ダメージを抑えやがった。
派手に吹き飛びはしたものの、そのダメージは最小限に留まっている様だ。
(ソフィアへの攻撃を阻めたが、あのオヤジやりやがる…)
「大丈夫かっ? ソフィア」
「はい」
彼女を気遣う言葉を送りながらも合図を送る。

「余所見をするなんて、余裕じゃないかっ!」
闇夜を切り裂く白刃が背後より襲い掛かった。
何とかその攻撃を受け止めて強引に押し返し、弾いた剣に依ってガードの甘くなった脇腹目掛け鞭の様に撓る回し蹴りを直撃させる。
蹴り飛ばした相手に追撃を仕掛けるべく間合いを詰めようとしたが、今度はオヤジが立ちはだかってきた。
顔面目掛けて放たれた拳を受け流し、その隙を突いて槍の様な中断蹴りを見舞う。
その一撃を身を翻すことで回避したオヤジが即座に反撃に移る。回転の勢いを活かした上段後ろ回し蹴りが俺を捉えた。
強烈な一撃に思わず意識を失いそうになるも執念で繋ぎ止め、お返しにと右腕より繰り出す剛腕でオヤジの体を串刺しにする。
くの字に体を折り曲げ悶絶している所に追撃を入れようとした所でまたしても邪魔が入る。
今度は龍の方だ。

ソフィアの補助紋章のおかげで接近戦において二対一の状態であるにも拘らず優勢なのだが、相手も中々にやる。
一朝一夕では先ずありえない程に互いの動きを把握した上で、どちらかに生じた隙をもう片方が埋めてくる。
そして、ソフィアの掛けてくれた補助呪紋の効果時間も切れ、優勢だった戦況がひっくり返された。
次第に二人のコンビネーション攻撃に押され始めたが、何も二人で戦っているのはあちらだけではない。
守るべきだった少女は、いつしか頼れる相棒になっていたのだから。

『エクスプロージョン』

先程の合図より始めた詠唱を完成させ、ソフィアが大爆炎の術式を発動させる。
ソフィアの紋章力が作り出した火球は、まるで小型の太陽を思わせる熱波と光を放ちながら膨れ上がり、周囲の空間を灼熱地獄へと変貌させる。
絶妙なタイミングで放たれた紋章術だったが、対する相手は予想以上に強敵であるらしい。
どうやら、しばらくソフィアの呪紋が来てない事から、デカイ一撃を狙っていると読まれていた様だ。
こちらの退避に併せて深追いする事をせず、その場から退避していた。

ソフィアを守る様に彼女の前に立ち、再度構えを作る。
(今回も厳しい戦いになりそうだ…)

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第103話 チェスター 第110話(後編)
第103話 ボーマン 第110話(後編)
第103話 アシュトン 第110話(後編)
第103話 ソフィア 第110話(後編)
第103話 クリフ 第110話(後編)
第103話 レナス@ルーファス 第110話(後編)

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最終更新:2009年02月24日 23:06