第111話 To Destroy Nightmare


F-05の森の中を2つの影が進んでいく。
レオンの前を行くアルベルが、このルートを行くことを提案した。
愚者の様に見えなくもないが、アルベルとて伊達に漆黒の団長をしていたわけではない。
戦闘のセンスだけでなく、戦術を練ることが出来て初めて強者たりえるのだ。
まだ幼いレオンに山道は厳しいことを承知の上でF-05を通るルートにしたのは、それが最善のルートだとアルベルの頭が判断したからである。

「おいガキ、あんまり遅れるようなら置いていくぞ」
誤算を上げるとしたら、レオンのプライドが思った以上に高かったことだろう。
疲労が溜まってきているであろう今、山道を余裕で行けるのは自分くらいだ。
これで組んだ相手がプリシスかレナだったら相手に合わせて平坦な道を行くところだが、小柄なレオンならさほど苦もなく担ぐことができる。
相手に気を配りながらノロノロと行くよりは、子供一人を担いで自分のペースで走った方が楽だと考えたのだ。
しかし結果はご覧の通り。レオンはアルベルに担がれることを拒否し、自分の足で歩いている。
「大丈夫だよ……迷惑は、かけないから」
レオンの意思は固い。
足手まといの自覚があるだけに、戦闘以外でアルベルに負担をかけたくないのだ。
「…………ふん。勝手にしろ」
進行速度を緩め、レオンの視界にギリギリ収まる位置をキープしながらアルベルは先を急ぐ。
わざわざ時間短縮のために山道を登り、周囲の警戒をせず全力疾走が出来る禁止エリアを突っ切ろうというのだ。
次の放送までに鎌石村の調査を終えられないようなら意味は無い。
襲われる心配が薄い反面エルネストら味方に出会える可能性も低いが、エルネストは村のどちらかにいるというレオンの推理を信じこのルートを選んだ。
そのことをアルベルは後悔していない。
勿論レオンもアルベルの提示した作戦に賛同できたし、納得の上でこのルートに賛同した。
だが……

(どんどん人気のない方に行くけど、大丈夫、だよね……?)
『同性愛疑惑のある相手の提案で、暗い森の奥まで二人っきりで進んでいく』というのが今のレオンの置かれている状況だ。
どうしてもレオンは一抹の不安を感じずにはいられない。
(まさかっ……いや、そんなことあるわけないよね……)
今にも鼻血を吹くんじゃないかというような表情に見えたアルベルも、今ではすっかりクールそのものといった表情だ。
心配はない…………はずなのだが、何故だろうか。
テレパシイやら本能やら守護霊やら第六感やら、とにかくその手の理屈を超えたものがオールキャストで「アルベルはヤバイ」と言っている。
いやいやいやありえないと心の中で反論しながら後を追うが、命の危機に直結しないだけに頭の中から離れない。
直結しない=今すぐ解決しなくても大丈夫な問題なわけで、なおかつ問い質すと今以上にギクシャクしそうとなると、『問題を放置するのが最適解』という結論に至ってしまうのだ。
危険の無いルートなため思考がつい“ソレ”へと向かってしまう。
勿論0というわけではないが、他のルートと比べれば危険なんて無いも同然。
身を隠す以外に禁止エリアに囲まれたD-05に居るメリットはないし、東側から移動する者も禁止エリアに誤って入ってしまわぬようD-06の通過は避けるはずだ。
後方と東以外警戒する必要がないのに、その2方向から誰かが来る確立は恐ろしく低いときてる。
実際想像以上の速度で移動できているし、これは大きなメリットだ。
それでもいまだに慣れないメイド服のせいでアルベルの予定よりは遅れ気味のようだが。

「ねえ、アルベルお兄ちゃん」
だから、アルベルに声をかけた。
よくよく考えればメイド服を着続ける意味は無いのだ。
起きたらメイド服で、その後も色々とあったせいで機会がなかったが、本音はずっと着替えたいと思っていた。
それに、レオンにとっては見慣れぬメイド服でも、もしかしたらアルベルにとっては縁のあるものなのかもしれない。
知人の武器が支給されていたのだ、知人の衣服が混ざっているケースがあってもおかしくはない。
殺し合いに参加していないアルベルの恋人の衣服だとしたら、アルベルのあのデンジャラスな視線にも一応の説明が付く。
ならば、脱ぐしかあるまい。
脱いで返せばアルベルの機嫌も良くなるだろうし、レオンとしてもアルベルを性的な意味で危険視しなくて済むようになるので一石二鳥だ。
貴重な時間を費やしてまで着替えることをアルベルが許してくれるなら、の話だが。
そう考え、勇気を振り絞ってレオンは言う。

「たいしたことじゃないし、その、言いにくいんだけどさ……」
ただでさえ自分が足を引っ張っている状況なので、正直脱衣の間待っていてもらうのは気が引けるが、離れ離れになるのは危険である。
先の記述通り敵襲を受ける可能性はとても低いが、はぐれてしまっては洒落にならない。
幸か不幸か森にいる間は誰とも会わず一人でも安全だろうが、目的地である鎌石村には危険が待ち構えている可能性が高いのだ。
まず合流を果たしてから入村しようにも、目的地まで待ち合わせ場所になりそうなものはない。
二人で村に行くためには、村まで別行動を取ることは許されないのだ。
要は脱衣したい旨を伝えて了承を得ないと着替えることが出来ないということである。
アホかと一蹴されるされるんじゃないかという不安と申し訳なさからか俯き気味で、上目使いで見上げながら懇願する。
「もう限界っていうかさ、その……服、脱いじゃ駄目かな……って」






        アルベル
          ↓
         ___
        /⌒  ⌒\         ━━┓┃┃
       /( ○)  (○)\         ┃   ━━━━━━━━
     /::::::⌒(__人__)⌒:::: \         ┃               ┃┃┃
    |    ゝ'゚     ≦ 三 ゚。 ゚                       ┛
    \   。≧       三 ==-
        -ァ,        ≧=- 。
          イレ,、       >三  。゚ ・ ゚
        ≦`Vヾ       ヾ ≧
        。゚ /。・イハ 、、    `ミ 。 ゚ 。 ・

※AAはイメージ映像です





(あ……ありのまま今起こったことを話すことすらままならねえッ! 何だ!? 何が起きてるんだ!?)
アルベルは焦る。女の子みたいだなと思ってた少年が突然脱ぎたいと言い出したのだ、誰だって焦る。アルベルでも焦る。
鼓動が高まる。薄っすらと赤らむ頬を冷や汗が流れた。
(なんだか分からねえが、とりあえず落ち着け俺……こんな事で動揺するような軟弱者じゃねえだろうがッ!
 つーかまずコイツは男だ。んでもって俺も男だ。脱ぐ事は別におかしなことじゃねえ)

深呼吸し、上目遣いのレオンを見つめる。
思わず目を背けそうになるも、気をしっかり持ち睨み返す。
この程度で怯んでいるようでは漆黒の団長は務まらないのだ!
「よし脱げ、さっさとしやがれ」
『脱ぐことに抵抗が無い状況』ことと『脱いでもおかしくない状況』はまたちょっと別物なのだが、そこまでアルベルの頭は回らなかった。
故に男しかいないこのシチュエーションでレオンが脱ぐことに疑問を持たず(正確に言うなら、疑問を持ったが押し殺し)即答でレオンに脱衣を促す。
理由を聞かれるか、ふざけるなと一蹴されると思っていたレオンは、それに僅かな引っ掛かりを覚えた。
(よかった、脱いでもいいんだ……でも、なんだろう、何かものすごーく嫌な予感が……)
メイド服への執着心だろうと自身を納得させ心の奥底に封印していたものが再びハローと顔を出す。
もし仮にアルベルがソッチ系の人(精一杯気を使った表現)だとしたら、この脱衣は自殺行為なのではなかろうか?
脱衣に即OKを出した理由も、『最初からそれが目的だったから』と考えれば説明がつくのでは……?
レオンの中に徐々に焦りが生じてくる。
ちらりとアルベルの様子を見てみた。
何故かアルベルはこっちを見ている。必要以上に見ているようにさえ思える。

しかし今更着替えをやめるわけにもいかない。
やや上擦った声で「見張りをしててもらえる?」とお願いすると、アルベルは素直にその場から離れてくれた。
ぶらぶらと手を振り、「終わったら声をかけろ」と言うアルベルの顔が赤かった気がしたが、レオンは気付かなかったことにした。
レオンレオンと狂ったように迫ってこなければこの際いいやと思って着替え初めてしまうほど、レオンの中のアルベルの印象はアレらしい。
よっぽどよくない印象(性的な方面で)だったということだろう。

(悪い人じゃないのは分かってるんだけどなあ)
恩もあるし、殺し合いに乗っているなんて疑いはもう微塵も持っていない。
好きか嫌いかで言うなら、多分レオンはアルベルのことが好きである。
ただしそれは仲間としてであり、煩悩の数を逆さまから読むような薔薇色の感情ではない。
友人としてじゃれ合う分には問題ないのだが、性的な肉体コミュニケーションを求められても正直困る。
危険な視線くらいならまだ何とか耐えられるが、うっかり一線を越えた挙げ句腰を痛めてしまい戦闘に支障が出たら笑い話にもならない。
深く溜め息を吐き、レオンは上着へと手をかけた。

「う、うあっとと……!?」
左腕はやっと馴染んできたところだ、こんなくだらないことで駄目にするわけにはいかない。
故に右腕1本での脱衣を試みているのだが、慣れないメイド服を脱ぐ作業は簡単ではなかった。
「ふあっ!」

上着を脱ごうと片手で奮闘した際、バランスを崩して地面へと倒れこんでしまう。
地面が眼前に迫っていたにも関わらず『左腕を安静にしておかないと』という意識が働いたため、腕で庇うことなく胸を強く打ちつけてしまった。
本当なら腕はとっくに完治しているのだが、別れる前にレナがレオンに言っていたのだ。
腕を大怪我していたから治療した。しかし気を失うくらいギリギリの所で唱えたのでちゃんと治ったか分からない。だから念のためリハビリをしてくれ、と。
言われてから腕を振り回したところ、僅かに腕に違和感があった。
どの程度の怪我なのかは聞かなかったが、制限がかかっていたとはいえ回復のエキスパートであるレナが気絶する程度の怪我だったのだ。
安静にしておくに越したことはないだろう。
特に今は回復役のレナがいないのだ、傷が開いたら打つ手がない。
それを思えば胸の強打くらい何でもなかった。
ちょっと痛いし泥もついたが、起き上がって着替えを再開すればいいだけの話なのだから。
……あくまでも、“レオンにとっては”何でもないというだけなのだが。

「どうしたガキ! 何があっ……た……」
声だけを聞いたアルベルに入ってくる情報は、『見張りの最中突然レオンが悲鳴を上げて倒れた』ということだけなわけで。
敵の強襲じゃないかと考え、油断がなかったとは言いきれない自分に悪態を吐きながら慌てて駆けつけるのも当然なわけで。
そして当然着いた先に待っているのは襲ってきた敵ではなく、メイド服のまま地面に横たわるレオンなわけである。
小振りの尻をアルベルの方へと突き出すような体勢で、乱れたミニスカートからは純白の下着が見えていた。
レオンは子供なので下着もトランクスでなくブリーフである。
暗い中一部分だけをスカートの隙間からチラリと目撃しただけなら、女性用下着と勘違いすることもできるだろう。
まあ、つまりなんだ、要するに暗さも手伝ってその光景は『メイド服を着た小柄な美少女が尻を突き出すようにしてパンチラしている光景』に見えたのだ。
その姿を見たアルベルは頭がフットーしそうになる。






          アルベル
            ↓

 *o ゚ |+|   。*゚  +゚ } o  |*  o。!    |!
 o○+ | ∨    | {r|! *l:     + |!*l::j o ○。
・+     ,-i| o.+  ___  。*゚}‐ 、゚ + |
゚ |i   | {r|! *l:  /_ノ ' ヽ_\   ノヾ}  |
o。!    |! * .゚ /(≡)::::::(≡)\  レ ノ  ゚|
 。*゚  l ・ / /// (__人__) ///\o  ゚。・ ゚
 *o゚ |   |    ゝ'゚     ≦ 三 ゚。 ゚
。 | ・   o ゚ l\   。≧       三 ==-
 |o   |・゚ ,.‐- .ハ-ァ,        ≧=- 。|
* ゚  l| /    、`イレ,、       >三  。゚ ・ ゚
 |l + ゚o i     `≦`Vヾ       ヾ ≧
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・| + ゚ o }  }                ヽ O。
 O。 |  | リ、  ..:::        ..   l 。
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  ┃               ┃┃┃ / | ノ \ ノ L_い o o
                        ┛

※無理矢理AAで表現した結果がこれだよ!!!(あくまでAAは作者による勝手なイメージ映像です)





いきなりの衝撃映像にアルベルの思考回路は思わず停止しそうになる。
さきほどから、いやもっと言うのならメイド服を着せた頃くらいから、アルベルはレオンに悪い意味でペースを乱されっぱなしである。
気持ち悪い事考えてんじゃねえよと自分自身に言い聞かせるも、油断するとつい男として道を踏み外してるような考えをしてしまう。
はっきり言ってアルベル本人にとっても不本意なことだ。
とはいえ、レオンを禁止エリアから助け出す際手を握った時や真面目に首輪の考察をしている時はレオンに欲情などしなかった。
レオンに対してあっはんうっふんな感情を抱きかけるのは、状況に余裕があるときだけである。
ただ分別があるだけとか、そんな余裕がなかっただけとか、そういう可能性もあるだろうが、
ノンケな自分を信じたいアルベルは、その理由をこう考えた。
あのガキは女みたいな容姿をしている。つまり先程からやたらと気になるのはレオンの性別に対する探究心のせいであり、性的な意味は一切無い。
アルベルの出したこの結論ならば、まだ男として道を完全に踏み外したわけではない。
大変歳が離れているが、一応レオンが女ならば仮に劣情を抱いても(男としては)問題がないことになる。
良識ある大人なら「このロリコンめ」となるところだが、いろんな意味でそこまで頭を回している余裕がない。
だがそれも無理はないだろう。何せ薔薇色の漢の世界に足を突っ込むかどうかの瀬戸際なのだから。
ツルペタ幼女説の真偽を確かめたいアルベルだが、どうすれば遠まわしに聞けるのかいいアイデアが浮かばない。
立ち上がって擦りむいた太股を摩る姿はどう見ても少女。女という可能性はゼロではない、いやむしろ結構高い気がしてきた。
余計な思考を今後再発させないためにも、アルベルとしてはここで性別問題の決着を着けておきたい。

(…………ん?)
何か言おうとして、ふと気が付く。
冷静になって考えれば分かることだが、裸体を見せたいなどという色ボケした理由でもない限り、こんな場所で服を脱ぐ理由なんて『別の服に着替える』以外にない。
だがしかし、レオンにメイド服を着せたアルベルは知っているのだ。
他に衣服の類は誰も持っておらず、故に嫌でもメイド服は着続けないといけないのだという事を。
しかし、自分には思いつかないような方法で他の衣服を手に入れた可能性もあるので、念のため聞いてみる。
「なあガキ、お前着替えるつもりなんだろ?」
「え? う。うん、そうだけど……」
自分に対してまだ少し萎縮しているレオンに若干の苛立ちを感じながら、アルベルは質問を続ける。
「何に着替えるつもりだ?」
その高圧的な物言いがコスプレを迫る変態さんに見えないこともなかったが、レオンは必死にアルベルに対する性的な方面での恐怖心を押し殺す。
「え、あの、最初に着てた白衣だけど……」
思わず「駄目だった?」と言いそうになるが、「ああ駄目だ」と言われてしまうと困るのでグッと堪える。
ここで弱気な態度を見せるわけにもいかない。
これは男としてのレオンの股間、もとい沽券に関わることなのだ。
「いや、駄目も何も、その白衣はとっくに捨てちまっただろ」
何言ってんだクソムシがと言わんばかりに言い放つアルベル。
ちなみに、寝ている間に着替えさせられていたレオンにしてみたらそんな話は初耳である。

「ふ、ふえええええええ!? 何それぇ、聞いてないよ!?」
ぽかんと口を開け間の抜けた声を上げるレオン。
それを見たアルベルは、やっぱりかと言わんばかりに溜息をつく。
「血だるまにされたのを忘れたのか? お前の服も着続けていたら誤解を招きかねないほど血に濡れてたんだよ」
アシュトンに襲われた直後に意識を手放してしまったため、レオンは己の傷の大きさを知らなかった。
だが夕べの自分が完全に油断していたことを思うと、服が血まみれになるほどの傷を負わされたという話も嘘ではないだろうと思う。
彼がどんなに強いかは、長期間後ろを守ってきたレオン自身がよく知っている。
むしろ血まみれ程度で済んだのならラッキーと思うべきだ。
首と体に分断されていてもおかしくなかった。アシュトンにはそれだけの実力があるのだから。
それが一つの疑問となる。レナが気絶する程度の傷だったことも含めて考え、白衣を捨てられた件には納得できた。引っかかるのはアシュトンのことだ。
既に何人も殺していて疲労していたからレオンを仕留めそこなったのか、それともかつての仲間に手を出すことに躊躇いがあったからレオンを仕留められなかったのか。
レオンの中で、『プリシスの真意を伝えればアシュトンを味方に戻せるんじゃないだろうか』という甘い考えが生まれる。
それを若さ故に夢見がちなだけと言ってのけるのは簡単だが、夢見がちな少年を夢から醒めさせるのは簡単にできることではない。
長い長い旅を共にしてきた男にまだ情が残っていると信じたい。その純粋な想いから見る夢は、とても甘美で離れがたいのだ。
片腕を落とされた事よりも信頼していた仲間に裏切られたことの方にショックを受けるような少年なのだ、レオン・D・S・ゲーステとは。
だからといって、アシュトンと殺し合いを演じたアルベルに「アシュトンには説得の余地があると思う」と意見することはできないだろう。
彼は、この殺し合いに乗った者を許しはしないと思われる。そしてレオン自身そのスタンスには反対していない。
『自分が更生の余地を感じたから』などという理由では、そのアルベルに対してアシュトンの特別視を頼むことなど出来はしない。
プリシスなら説得に失敗しても殺される可能性はないが、レオンやアルベルは説得の失敗が即死に繋がる恐れがある。それもまた言い出せない理由の一つだ。
そう、わかっているのだ。自分がここで死ぬと首輪の解除がまた一歩遠ざかることも、アシュトンの説得はハイリスクの割りにローリターンであることも。
だがずっと思っていたのだ。戦闘で足を引っ張るだけの自分が嫌だと。何か自分にも戦闘で出来ることはないものかと。
襲われてしまった後で説得しようとしたら、結果的にアルベルの足を引っ張ることになるかもしれない。
それはいちばんやってはいけないことだ。それくらい分かっている。
一人のために別の一人を犠牲にする――ましてやその救う一人が殺人者なんてことは、許されることじゃない。

(だとしたら、方法は一つしかないよね……)
アルベルよりも先にアシュトンを見つけ、隙を突いて単独でアシュトンに接触する。
勿論二人で居るときにアシュトンが襲ってきたらこの作戦は使えないので、実行の条件は恐ろしく厳しいと言えるだろう。
だがもしもその時が来たら、アシュトンの説得はしてみようと思う。
プリシスと合流するまで、アシュトンを説得できるのは自分しかいない。
そう、今のところアシュトンの説得は“自分にしか出来ないこと”であり、同時に“自分にも出来る可能性があること”でもあるのだ。
村で先にクロードやエルネストといった仲間に出会えたらまた状況も変わるのだろうが……
とにかく、今それができるのは自分しか居ないのだ。
ならば、機会があれば成さねばなるまい。
(説得しなきゃ……それが一番いい方法なんだから……)
アシュトンは強い。敵に回したら被害も少なからず出てしまうだろうし、ルシファー打倒の戦力にするには申し分ない。
戦略面でもアシュトンを味方に引き込むメリットは大きいのだ。
勿論先述の通りアシュトンに固執してアルベルを失うような真似は避けるべきだと考えている。
アルベルや他の仲間を失うようなら早々にアシュトンの説得は諦めるだ。
だが、ベットするのが己の命だけならば、賭けてみる価値はある。

レオンのこの考えに、大きな誤りなどなかった。アシュトンの説得がまず不可能というただ一点を除けば、だが。
「まあ、何だ、とにかくあの野郎にはいずれ借りを返すとしてだ」
こえをかけられ、レオンの意識は現実へと引き戻される。
「俺としてはこれ以上無駄な時間を費やしたくないっつーかだな……」
血の話になった途端、それまで間抜けに呆けていたレオンは暗い顔をして俯いてしまった。
呆けていた時と一変した空気を察し、嫌な思いをさせたと感じてアルベルなりに気を使っているようだ。
キツい言い方になっているのは、こういう気配りにあまり慣れていないからだろう。
この殺し合いやかつての冒険で多くの人間と触れ合い、ようやく『誰かのために慣れない事でもしてやろう』と思えるようになったのだから。
「なんだよそのツラは……」
分かっていた事ではあるが、やはりアルベルは口は悪いが基本的に良い人らしい。
口でその事を伝えても本人は否定するだろうから決して口には出さないが、レオンはアルベルの優しさに少なからず救われている。
もしアルベルがいなければ、『自分にしか出来ないこと』を成そうとするあまり周りが見えなくなっていたかもしれない。
しょげていた時に見捨てられていたら、今頃再起不能になっていたかもしれない。
死んでしまうかもしれないというのに禁止エリアまで助けに来てくれなければ、そもそも自分は100%死んでいたのだ。
「べつに、なんでもないよ」
そんなことを思うと、つい口元が緩んでしまう。思っていた以上に、自分はアルベルに救われてるのだ。
少し変態的な所があるとは思うが、もう性的な意味でもそんなに怖いと思わない。
いろいろと自分のために動いてくれた優しい男が、性犯罪を犯すことはないだろう。

「チッ……とにかくだ、無駄な時間を過ごしちまったからな」
レオンに背を向けしゃがみこむアルベル。
「乗れ。かっ飛ばすぞ」
レオンの目には、その背中がとても大きく見えた。
一方的に助けられていることへの負い目はあるが、これ以上心配をかけたくないこともあり、アルベルの要請に笑顔で答える。
「うんっ! 行こう、アルベルお兄ちゃん!」
アルベルの首に両手を回し、体重をアルベルへと預ける。
つい先程までなら体を密着させることに抵抗を覚えただろうが、今のレオンに躊躇いはない。
むしろ己の足を積極的にアルベルの腰へと絡めている。
勿論これは両者共に腕を負傷していることため振り落とされる可能性が高そうという理由からやっているのだが……
(くっ……よく考えたらコイツが女だったら女だったでこの体勢は色々とヤバイんじゃねえか?)
危険と無縁な状態のアルベルにはそんなこと関係ないわけで。
俗に言う『あててんのよ状態』にアルベルは顔を赤くし動揺してしまう。
いやまあ、当然レオンの胸は当てられるほど膨らんでいないし、股間の炎刃王もフリルまみれのスカートのおかげで感触は伝わっていないのだが。
それでも心はドッキンばくばくアルベル。
捲くれたスカートから覗く下着とめくれ上がった上着越しに見えたないしょのつぼみ――先程見てしまったその姿がなかなか頭から離れないようだ。
しかし『相手が少女であることを望んでたし、ロリコンねノックス』と彼を責めないでやってほしい。
地の文でノーマルな人間ですら何かに目覚めると明記されるほどレオンが可愛いのがいけないのだ。
とはいえ可愛いは正義なのでレオンに非があるというわけでないし、アルベルが人として『よっしゃあああッッ THE ENDォオ!!』なことには変わりないのだけど。
レオンは大変なものを盗んでいきました。アルベルの威厳です。

(くそっ、しっかりしろ俺! こっからが正念場だぞ)
くそみそ、もといクソムシと己を罵り、アルベルは正気を取り戻すべく頭を振る。
歪みのアルベルと呼ばれた頃の自分を、昔の冷酷だった自分を思い出せ。
クソガキ如きに心乱される男じゃなかっただろ、と心の中で何度も呟く。
「手、痛かった? ごめんお兄ちゃん」とレオンが耳元で囁いてきた。いやまあ、実際は身長差の関係でたまたま耳元にレオンの唇が来ていただけだけど。
赤く染まった頬が背負われたレオンから見えなかったのは幸いだろう。
仮に見てしまったとしたら、アルベルのうほエイトオーワン疑惑が復活し全体重を預けることができなくなっていたはずだ。
しっかりと抱きついていないと振り落とされる恐れがあるので、レオンのアルベルに対する(性的な面での)恐怖心がなくなったことはかなり大きい。
赤くなっているアルベルにはこのフォーメーションが悪影響に思えるが、今までも肝心な場面ではいつものアルベルに戻れていたので恐らくは問題ないだろう。

「一回降りた方がいい?」
自分を支える腕が痛んだのではと心配するレオン。
少しでも負担を減らそうと力をこめて密着するほど逆効果だとは気付いていないようである。
「だ、大丈夫だッ! それより……」
スカート越しながら股間が密着しているので感触で性別が分かるんじゃないのか、などという品のない発想を頭から叩き出してアルベルが言う。
「今からもう掛けられるか? 一気に行くぞ」
何故かは知らないが、ここでは技を繰り出したり紋章術を使ったりするといつも以上に疲弊するらしい。
まだ一度も試していないため、レオンがどれくらいでバテるかは分からない。
故にここまでは紋章術を温存して地道に歩いてきたが、そろそろ実験を兼ねて使ってもいい頃だとアルベルは考えている。
奇襲の心配が少ないここなら安心して実験ができるし、スタミナ切れの心配がないようならこのまま突撃したっていい。
「うん、いけるよ!」
――チーム分けの後、アルベルが鎌石村へと続くこのルートを希望した一番の理由。
それが、D-04とC-05の禁止エリアの存在である。
奇襲の心配がないから全力疾走できるとは言え、この組み合わせでなければ禁止エリアを突っ切って村まで行くという作戦は取らなかっただろう。
楽に背負って移動できるレオンが、移動速度を上げる紋章術『ヘイスト』を習得していたのは僥倖だった。
レオンがヘイストを掛け、レオンを背負ったアルベルが禁止エリアを駆け抜ける。
単純な作戦だが、少しでも早く村に着くには最善の方法である。
大雑把にとはいえD-04とC-05の境界の方角に向かっているので、走り抜けなければならない距離は1エリア分にも満たないだろう。
「ヘイスト!」
レオンに初めて襲い掛かる疲労。
視線の先には、アルベルの首に回した左腕から覗く支給された腕時計。
現在の時刻さえ見ておけば、ヘイストのだいたいの持続時間が分かる。
あまりに早く効果が切れるようなら、時間のロスになるが進路の変更を検討しなくてはならない。
(いつでもまた唱えられるようにしなきゃ……万が一禁止エリアで切れても、動じずに唱えれば大丈夫だ……っ)
言い聞かせるように心の中で呟くレオン。
より一層力強くアルベルを抱きしめ、深呼吸で臨戦態勢に入る。
おそらくヘイストも唱えられてあと4回だろう。
4回目のヘイストの後、自分を回復してくれた後のレナのように自分も倒れる可能性がある。
できることなら3回以内で走り抜けたい。
「しっかり掴まってろ、振り落とされても知らねえぞクソガキ」
アルベルの頭にも、もう煩悩はない。
あるのは、生き残るために全力を尽くそうという意思のみである。
二人の命は、レオンのヘイストとアルベルの脚力に委ねられた。






やみを縫うように、アルベルは暗い森を駆け抜ける。
らんらんと輝く星空のように強い光を瞳に宿して。
なみだを拭い、もう泣かないと誓ったレオンは、必死にアルベルにしがみつく。
いろいろな人から貰った想いを胸に、自分にしか出来ないことを成す為に。
かすかな希望の光を信じて、二人の戦士が鎌石村へと駆けて行く――






【F-05/黎明】

【アルベル・ノックス】[MP残量:90%]
[状態:左手首に深い切り傷(レナに治癒の紋章術をかけてもらいました。しばらく安静にすれば完全に回復します)、
    左肩に咬み傷(レナに治癒の紋章術をかけてもらいました。しばらく安静にすれば完全に回復します)、
    左の奥歯が一本欠けている。疲労小。ヘイスト]
[装備:セイクリッドティア@SO2]
[道具:木材×2、咎人の剣“神を斬獲せし者”@VP、ゲームボーイ+ス○ースイ○ベーダー@現実世界、????×0~1、
鉄パイプ@SO3、????(アリューゼの持ち物、確認済み)、荷物一式×7(一つのバックに纏めてます)]
[行動方針:ルシファーの野郎をぶちのめす! 方法…はこのガキ共が何とかするだろ!]
[思考1:レオンと共に鎌石村へ。次の、ないしその次の放送までに鷹野神社に戻る]
[思考2:レオンの掲示した物(結晶体*4、死んで間もない人物の結晶体*1、結晶体の起動キー)を探す]
[思考3:エルネストを探す]
[思考4:レオンキュンハァハァ…こんなに可愛いんだし女の可能性も…はっ! 俺は一体なにを]
[思考5:龍を背負った男(アシュトン)を警戒]
[現在位置:山頂]
※木材は本体1.5m程の細い物です。耐久力は低く、負荷がかかる技などを使うと折れます。

【レオン・D・S・ゲーステ】[MP残量:80%]
[状態:左腕にやや違和感(だいぶ慣れてきた)]
[装備:メイド服(スフレ4Pver)@SO3、幻衣ミラージュ・ローブ(ローブが血まみれの為上からメイド服を着用)]
[道具:どーじん、小型ドライバーセット、ボールペン、裏に考察の書かれた地図、????×2、荷物一式]
[行動方針:これ以上の犠牲者を防ぐ為、早急に首輪を解除。その後ルシファーを倒す]
[思考1:アルベルと共に鎌石村へ。次の、ないしその次の放送までに鷹野神社に戻る]
[思考2:結晶体*4、死んで間もない人の結晶体*1、結晶体の起動キーを探す]
[思考3:死んで間もない人の結晶体を入手したら可能な限り調査する]
[思考4:信頼できる・できそうな仲間(エルネスト優先)やルシファーのことを知っていそうな二人の男女(フェイト、マリア)を探し、協力を頼む]
[思考5:狩野であればアシュトンを説得したい]
[備考1:プリシスと首輪解析の作業をして確定した点
① 盗聴器が首輪に付随している事。
② 結晶体が首輪の機能のコントロールを行っている事
③ 首輪の持ち主が死ぬと結晶体の機能が停止する事
まだ確証がもてない考察
① 能力制限について(62話の考察)
② 死んで間もない人間の結晶体が首輪解析に使えるかどうか]
[現在位置:山頂]

【残り22人+α?】




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最終更新:2010年02月18日 23:36