第117話 ヴァンパイアハンターK


自転車がある程度速度に乗り、バランスが取れてきたところで、クラースは振り返った。
フェイト達の様子を伺うと、ブラムスがフェイトの腰に手を回し、しっかりとしがみついて飛んで行くのが見える。
「フッ」
クラースは思わず苦笑した。

「ん?どうしたクラース?」
「いや、フェイトの腰に手を回しているブラムスを見て、ちょっとな。
 おそらくフェイトに言われるがままにやっているんだろうが、
 ここから見てもバランスが悪そうだ。…素直と言うか律儀と言うか」
「ハハハ、確かにな。あの体格差ならフェイトの肩に手を掛ける方が安定するだろうに。
 しかし、彼らに助けに来られたお姫様はどんな顔をするか…見てみたい気もするな」
「見るまでもなく想像出来るがな。…同情するよ。お姫様にも…奴を連れて行く王子様にも」
「フェイトが王子様でソフィアがお姫様なら、ブラムスはそのまま魔女という事になるのか?」
「魔法少女だろう?何百歳のな」
2人は笑った。

(もしもお姫様がミラルドで、王子様の私があの魔法少女と共に助けに行ったら…
 …やはり何を言われるか分ったものではないな)
驚くミラルドの顔を想像し、クラースは再び苦笑した。

「クラース、笑いすぎだろう」
「フフッ……ああ、すまない」

フェイト達がそのまま暗闇に溶け込んで行く事を見届けると、クラースは前を向き直した。
彼は何もフェイトを面白がって振り返っていた訳ではない。
ブラムスが離れるのを確認しておきたかったのだ。
クラースには、ブラムスが離れている今の内にエルネストから聞き出しておきたい事が有った。


「おっと」「っとと」
自転車が何かに乗り上げてしまい大きくガタガタと揺れた。
どうやら石に乗り上げたらしく、石が弾かれてココンと地面を転がっていく音が辺りに響いた。

「…エルネスト。もう少しまともに乗りこなせないのか?」
とりあえず聞きたい事を尋ねるのは後回しにして、クラースは体勢を立て直しながら文句を言う。
彼は自身が座っている荷台に掴まってバランスを保っている為、多少の揺れでも体勢を崩しやすいのだ。
ふと、エルネストの腰がクラースの目に入った。
確かに、エルネストにしがみつけば幾分かは安定するだろうとは彼も気付いてはいる。
気付いてはいるが、ブラムスの姿を笑ってしまった直後にそれは、何となく避けたい事だった。

「そう言うな。舗装されているとは言え碌に整備もされていない道で、おまけにこの暗さだ。
 ライト……灯りを点ける訳にもいかないし、何かに引っ掛かってしまうくらいは大目に見てもらいたいが」
「…まあ、そうなんだがな、――」

確かに彼等の乗る自転車は今、ライトを点けていない。点ける訳にはいかない。
それは当然、周りに居るかもしれない他の参加者、特にロキを警戒しての事だ。
ライトを点ければ、近くに他の参加者が居た場合にはどう考えてもその光が届く。
それを見てわざわざ寄ってくるような者は、ゲームに乗っている者、もしくは自らの実力に自信のある者。このどちらかだろう。
彼等の探す、ソフィアのようなほぼ一般人と変わらない少女ならば、光などを見たら逆に警戒して近づいて来ないはずだ。
つまりライトを点ける事は危険を増やすだけでなく、ソフィア達を見つけるという目的を達成し難くなるという事でも有るのだ。

「――こんな調子で派手な音を立ててしまっていては、誰に聞こえるか分かったものじゃないぞ?
 これでは灯りを点けて走っているのと大差有るまい」
「それはそうだが、灯りと違って音は消す訳にもいかないしな」
「…いや、任せてくれ」
そう言ってクラースは召喚術を発動する準備を始めた。
「どうする気だ?」
「まあ見ていろ。『シルフ!』」
自転車を中心に、優しくなびやかに吹く風が発生する。シルフ達が静かに自転車を包み込んでいるのだ。

「これで問題無い」
「問題無い?風が俺達の周りに発生しているのは感じられるが……何をしているんだ?」
エルネストの当然の質問に、クラースは説明を始める事にした。
「ミカエルとの戦いで、私が離れた場所からお前達に話しかけた事は覚えているか?」
「…ああ。確かシルフを使って声を風に乗せたとか……そんな事を言っていたな」
「そうだ。シルフは『声を運ぶ』事が出来る。では、『声を運ぶ』とはどういう事だか分かるか?」
エルネストはしばし考えを巡らせ、次のように答えた。
「…『音を操っている』と言うことか」
「正解だ!流石は未来の人間だな」

クラースは素直に感心する。
彼の世界の彼の時代では、音と声が同じようなものなどと言う認識も発想もまだ無いのだ。
クラース自身も精霊達から聞くまでは気付かなかった事だった。

「フッ、お誉めに与り光栄だ。まあ文明が進んでいるというだけで、俺がお前より未来の人間とは限らないんだがな」
「ん?……なるほど。それもそうだな。
 …まあそれは良いとして、説明を続けるぞ。
 お前の言った通りシルフ達はある程度だが『音を操る』事が出来る。
 今、我々はシルフの風に包まれているだろう?
 この風は我々の発生させる音を全て空気中に散らすように運び、完全に消しているのさ」
「ほう……便利なものだ」
今度はエルネストが感心した様に言うが、
クラースはその表現が少しばかり気に入らなかった。
「エルネスト。精霊達は道具ではないんだ。『便利』ではなく『頼りになる』と言ってもらいたい」
「ああ、失礼。訂正しよう。だが……音が消えている実感は全く無いな」

確かに彼等にはペダルの軋(きし)む音、シャラシャラとチェーンの動く音、ガタガタと自転車が揺れる音など、
自転車の発生させている様々な音が聞こえている。エルネストが不安に思うのも無理は無いだろう。

「心配するな。シルフ達はしっかりとやってくれている。
 私達が会話出来るように半径1m程までは音が届くが、それ以上響き渡る事は無い。
 それで問題は無いだろう?」
「まあ確かにな…あまり落ち着きはしないが」
「気持ちは分からなくもないがな……何にしても、これで音により我々の居場所を特定される心配は無い。
 まあ当然、私の精神力が尽きるまでの事だからそこは注意しなくてはならないが、
 鎌石村に行き、F-4までの往復くらいならなんとかなるだろう。
 残る問題はやはりこの暗さだが……こればかりはどうしようもないか」

前方がよく見えない為、先程のように何かに引っ掛かる事が有るかもしれず、下手をすると転倒の恐れも出てくる。
だが、流石に精霊達も光までは音のように消す事は出来ないし、
出来たとしてもシルフと同時に別の精霊まで操れば、おそらく鎌石村までクラースの精神力は持たない。
これは我慢するしかないだろう。

「それは俺に任せろ」
自信満々の様子で、エルネストが言った。
「何かするのか?」
「いや、そういう訳じゃない。俺達テトラジェネスは普通の人間よりも視力には自信が有るのさ」
確かにエルネストの言う通り、テトラジェネスは他の人間よりも視力が格段に優れている。
音を消せるクラースと、テトラジェネスのエルネストの視力。
この【チーム中年】程、安全に自転車で夜の闇を移動出来る人間など、この島には居ないかもしれない。

(しかしお前、さっき思い切り石に乗り上げて…)
クラースがそう言おうとした時、
「おっと」「うっ」
小さな窪みにタイヤを取られ、自転車が大きくガタガタと揺れた。
「…視力を自慢している割には、ちょくちょく何かに引っかかるな」
クラースは二度目の揺れに再び体勢を崩し、不快感を隠しきれずに再び文句を言った。
「ま、まあヴァンパイア程ではないんでね。こんな事もあるさ。…不満なら運転を代わるか?」

(二人乗りの自転車を運転?冗談ではない!)
エルネストは四捨五入すればもう40歳になる年齢とはいえ
過酷な環境の惑星でのフィールドワークや遺跡の探索で体力に自信があった。
だが、それに引き換えクラースは、魔術、召喚術の研究に没頭して机にかじりつきっぱなしの生活だ。
2人の体重と自転車の重さを合計すれば150~160kgにはなる。
運転を代わったところで鎌石村に到着する前に力尽きてしまうのは目に見えているのだ。
(…文句を言ったのは薮蛇だったか?話を逸らさなくては…)

「…い、いや、運転はお前に任せよう。
 ところでだな…今『ヴァンパイア程じゃない』と言ったが、それはどういう意味だ?」

話の逸らしついでに、クラースはエルネストが何故ここでヴァンパイアを引き合いに出したのか、
その理由が今一分からず気になったので聞く事にした。
いや、単に気になったというだけではない。先程から彼は『ヴァンパイア』について聞き出す機会を窺ってはいたのだ。

「ん?ああ、ヴァンパイアという種族は夜目が利いて、
 暗闇でも我々の昼間のように見えるのさ。…いや『暗闇の方が』と言うべきか。
 俺は流石にそこまでは見えないんでね。まあ、そんな意味合いだ」

(流石に詳しいようだな。この様子ならば弱点なども知っていると期待出来そうだ)
クラースが『ヴァンパイア』について聞き出したい理由。勿論それは、ヴァンパイアの王だと言うブラムスを警戒しての事だ。
ブラムスはエルネストの援護が有ったとは言え、ミカエルをほぼ無傷で倒す実力を持つ人物(?)だ。
そのような実力者と同盟は組めたのは良い。
それは良いのだが、ブラムスはあれほどにもはっきりと『同盟破棄』を視野に入れている事をクラース達に告げている。
そして、ブラムスがどのようなタイミングで考えを変え、彼等に牙を向くのかは分からない。
ならもしもの場合に備え、ヴァンパイアに詳しいというエルネストから情報を多く聞いておくべきだろう。
クラースはそう考えていた。

「夜目が利く…夜行性という事か?」
「フッ、彼ら以上の夜行性は無いんじゃないか?何せ日光を浴びると消滅すると言われているからな」
「消滅するのか!?」
聞き出し始めからこれ以上無いくらいの弱点を聞かされ、クラースは驚きを隠せなかった。
彼の知る中にも日光に弱い魔物は数多く居るが、
弱いと言っても力が出せなくなる程度で、消滅までする魔物の話は聞いた事が無かったのだ。

クラースのリアクションにやや驚いた様子を見せて、エルネストは言った。
「あ、ああ。だが様々な説の中の1つにそういう説も有る、というだけの事だが。
 消滅まではしないとしても本来の力が出せなくなったりとか、あまり影響は無い程度だとか…
 まあ、効果はピンキリだ」
「なるほどな……」

(ふむ…まあブラムスも昼間は移動もしていたようだし、
 日光を浴びた程度で消滅するとは思わないが……だがヴァンパイアはヴァンパイアだ。
 エルネストが言うには、日光は『効果はピンキリ』。言い換えるなら『少しなら影響は有る』のだろうからな。
 多少なりとも弱体化してくれる可能性は有るだろう。
 日光が有効ならば……いや、考えるのは後だ。今はもう少し色々と聞いておくとしよう)

「…ヴァンパイアは日光の他には何か弱点は有るのか?」
「弱点?……ヴァンパイアはむしろ、弱点は多い種族と言えるんだが…
 それにしても、随分とヴァンパイアに興味を持っているようだが?」
少し気になったのか、エルネストが後ろを振り返り、逆に質問をした。
「私が気になるのはヴァンパイアというよりブラムスの方だ。
 正直言って、奴が心変わりをして戦う事になった場合、何の対策も無しに勝てる相手だとは思えんからな」
クラースは本音を話した。
「そういう事か」
納得したようで、エルネストは前を向き直す。
「だが、ヴァンパイアの弱点がブラムスに当てはまるとは……あまり思えないな」
「何?……何故そう思うんだ?奴は王とは言えヴァンパイアなんだろう?」
「まあ聞け。ヴァンパイアへの有効な攻撃手段の1つ、つまり弱点の1つに『炎』が有るんだがな…」
エルネストの説明はまだ途中のようだったが、
「…う~む、言いたい事は良く分かった。確かに当てはまりそうにはないな…」
先程のブラムスとミカエルの戦闘を見ていたクラースは理解してしまった。
クラースの見た所では、ミカエルの炎はダオスの攻撃と比べても何の遜色も無い。
そのミカエルと渡り合い、ほぼ無傷で勝利しているブラムスの弱点が炎であるとは確かに考え難い。
エルネストのように『ヴァンパイアの弱点がブラムスに当てはまるとは思えない』という考えを持つのは無理も無い事だった。

(とは言え、他の弱点ならば通じるものが無いとは言い切れないな。……聞くだけ聞いてみても良いだろう)
クラースは前向きに考える。1つの可能性をそう簡単に諦めずに追求するのが彼の性格だ。
そんな性格だからこそ、アルヴァニスタで周りの魔法学者に認められず、嘲笑されようとも、
召喚術の研究を完成させる事が出来たのだ。

「だが…まあ参考程度にはなるかもしれないしな、ヴァンパイアに他の弱点が有るなら一応教えてくれないか?」
「そうだな……ブラムスにも共通して有効なものが有るとすれば、
 『聖なる物』。それからやはりさっき言った『日光』。おそらくこの2つくらいだろう」
「『聖なる物』?…なんと言うか、またベタな…」
魔物に対して聖なる物が有効なのはどの世界も同じという事のようだ。
「ベタであろうと、一般的にヴァンパイアの最大の弱点として伝えられているものがこの2つだ。
 まあさっきも言ったが、効果はピンキリだがな」
「ブラムスに有効かもしれないと言うからには何か根拠が有るのか?」
「残念ながら、根拠と言う程のものは無いな。有効だとしたらこれだろう、という推測だけだ。
 …ただ、どちらも炎より効果的な弱点である事は間違いない」

(『聖なる物』などは今から探して簡単に見つけられるとは思えないな。
 …するとやはり、可能性が有るとしたら『日光』か)


「そうか……すまないエルネスト、少し考えさせてくれるか」
「ん?ああ」
エルネストが自転車の運転に専念しだすと、
「(オリジン!オリジン!)」
クラースは念波でオリジンに話しかけた。
「(何だ?クラース。何を興奮している?)」
「(興奮?興奮などしていない!妙な事を言…いや、そんな事はどうでも良い!確認したい事があるんだ)」
「(…言ってみろ)」
オリジンは“やはり興奮しているではないか”という言葉は飲み込んで、先を促した。
「(確か『アスカ』のエネルギーは日光と同等だったな?)」

『アスカ』は超古代都市トールでクラースが契約した『光の精霊』だ。
日光からクラースが思い浮かべたのは、鳥の姿をしたこの精霊だった。
もしかしたらブラムス対策となりえる精霊かもしれないのだ。興奮するのも無理も無い事だろう。

「(厳密に言うならば同等ではない。アスカのエネルギーは太陽光に含まれる電磁波の1つ『紫外線』だ。
 この『紫外線』のみを見るならば、太陽光のそれと同等ではある)」
「(電磁波と紫外線……そのエネルギーは未来のユークリッドかどこかで聞いた事があったな。
 ……しかし、『含まれる電磁波の1つ』という事は、日光よりもエネルギーは弱い、と言う事なのか?)」
「(そうではない。そもそも太陽光の中で最も生体に悪影響である波長の電磁波こそが紫外線なのだ。
 太陽光とアスカの放つ光を単純比較した場合、先程は『紫外線のみならば同等』と言ったが、
 我々の立つ地表の上で考えるならば同等ではない。むしろ生体に対して及ぼす影響はアスカの方が強力だ。
 それを源とした攻撃エネルギーを考慮しないにしてもな)」

『紫外線』
日光からの紫外線には、地表に達する前にオゾン層によって遮られている波長と遮られていない波長が有るが、
最も生体に悪影響を及ぼす波長はオゾン層に遮られている側の波長である。
と言う事は、地上で浴びている日光は、日光本来の光線に比べれば安全なものだと言えるだろう。
それに対し、アスカが地上で放つ『日光と同等の紫外線』。こちらは遮っているものなど何も無い。
つまり、アスカが攻撃時に使用する破壊エネルギーはともかくとして
単純に照らす光だけを考えても、日光よりも紫外線を多く含んでいるアスカの光の方が生体には有害だと言う事になるのだ。

「(では日光が苦手な相手なら、アスカの光だけでも一層苦手となるのか?)」
「(紫外線に弱い相手ならば、そういう事になる。
 だが、その相手が太陽光の紫外線以外の電磁波に弱いという可能性も有る。
 当然その場合はアスカは決定打とはなり得ない)」
「(…なるほど。つまり問題はブラムスは日光が弱点なのかどうか。
 もし弱点だとして、苦手なのは『紫外線』なのか『別の電磁波』なのか…)」
そこまで考え、クラースはエルネストを見た。
「(流石にそこまで細かい事はエルネストも分からないだろうな。
 何にせよ、ブラムスと戦うのなら日の出ている時間帯を選ぶべきだろう)」
「(…いや、その考えは少しズレている)」
「(何だと?)」
オリジンの意外な一言にクラースは疑問の声を上げた。

「(良いか?クラース。私がブラムスで太陽光が苦手だと仮定しよう。
 その立場で同盟破棄し、お前達と戦う事を決断したとする。
 どのような時機でその決断をしたとしても、私なら牙を向くのは太陽が完全に沈んでからにする。
 太陽が出ている間は決して動く事はしないな)」
「(ッ!…なるほど、動く時は自らの有利な時か…尤もだな。
 という事は日が出ている間にブラムスと戦うにはこちらから仕掛けるしか…
 いや、流石にそれは…)」

もしもそんな事をすれば、クラースが仲間を裏切っている形にしかならない。
しかも日光がブラムスの弱点だとも限らず、アスカが大して通用しない可能性だって有る。
そう考えるとクラースから仕掛ける事はハイリスク過ぎる。現実的には実行不能だろう。

(するとブラムスが動く時……それが日が沈んでからならば、奴は日光に弱いという事。
 日の出ている間ならば、少なくとも日光が弱点ではないという事になるな。
 いや、どちらにしてもアスカが有効かどうかは分からない……
 1度、何か適当な理由をつけてブラムスの前でアスカを発動させてみるべきかもしれんな)

思案に暮れていて肩がこったのか、クラースは無意識の内に首を回した。

(…弱点についてはこれ以上考えられる事はなさそうだ。それなら次に考えておくべき事は…
 ブラムスがどんなきっかけで同盟破棄を決断するのか……か?)

ブラムスが同盟破棄を決断するきっかけ。その予想が出来るならばしておいた方が良いだろう。


「エルネスト」
オリジンとの話を一旦終え、クラースはエルネストに意見を聞く事にした。
「…考えは纏まったのか?」
「いや、まだだ。お前に聞きたい事が有ってな」
「ああ、何だ?」
「お前はブラムスの事をどう思う?
 奴が私達との同盟を破棄するとしたらどんな時か、お前の考えを聞きたい」
それを聞いたエルネストは、何故か含み笑いを始めた。
「…どうした?エルネスト?」
「さっきは『ブラムスが気になる』と言って考え込み、今は『ブラムスの事をどう思う?』か。
 いや、聞き様によっては、気になる異性の情報を得ようとする少年のようだな、と思ってね」
少年がクラースで、気になる異性がブラムス。エルネストはそんな事を想像し、1人で笑っていた。
「…茶化すな。私は真面目に聞いているんだ」
「何だ?ブラムスの意外に可愛い一面を見てコロっといっちまったんじゃないのか?」
「だ、断じて違う!何が『コロっといっちまった』だ。私から見たって古いぞ!」
「ハハハ、冗談だ冗談」
「大体誰のせいで奴があんな――」
「分かった分かった。そんなに怒るな。……それでブラムスだったな?」
騒ぐクラースの言葉を遮って落ち着かせると、エルネストは、ふむ、と少し黙り込む。

彼等の自転車は代わり映えのしない一本道を走っている。
しばらくの間、その自転車が出す音のみが2人の耳に届いていた。

「そうだな……俺は案外、ブラムスが同盟破棄をしない可能性も有るんじゃないかとも思う」
少々考えを巡らせていたエルネストの口から出てきた言葉に、クラースは驚きの表情を浮かべた。
「ブラムスが同盟破棄はしない?
 いや、確かにブラムスが誠実で取引相手として信用出来る、と言うのは分かる。プライドも高そうだ。
 だが、そういう奴だからこそ、嘘や方便でその場を誤魔化すような事はしないだろう?
 なら奴の『状況次第では私達を殺す』と言う言葉にも嘘は有るまい。……違うか?」
「…『嘘や方便でその場を誤魔化すような事はしそうにない』か。
 確かにそうかもしれないが、それ以外で誤魔化す事はするかもしれないぞ?」
「それ以外?」
「俺にはブラムスの言っていた事は照れ隠しのようなものだと感じられたよ。
 ヴァンパイアの王……ではなく不死者全体の王か。
 人間となど軽々しく馴れ合わない事をアピールする、不死者王としてのプライドによる、な」

(…不死者王としてのプライド…)
クラースの沈黙を促しだと捉え、エルネストは続けた。

「そもそもだ、仮にも『王』がこんな首輪を着けられて殺し合いを強要されているんだぞ。
 それも、世界の創造主であるのは確かのようだが、見た所我々人間と変わらない男…
 いや、フェイトの話では住む次元が違うだけで実際人間と変わりは無いんだったな。
 いくら生きて帰る為とはいえ、結果としてそんな人間の思惑通りになるような事を『不死者王』がするだろうか?
 俺はそれこそ王のプライドが許さないと思うんだが……まあ、希望的観測に過ぎないと言われればそれまでだがな」

それを聞いてクラースは唸った。エルネストの言う事は一理有るように思える。
確かにこのゲームに乗るという事はルシファーの思惑通りに動くという事。つまり言いなりになっている様なものだ。
あのブラムスがルシファーの言いなりになる……そのように言われれば、それは考え難い事ではある。
クラースは今までそんなニュアンスではこのゲームを捉えてはいなかったが、それを意識した今、
“状況次第では優勝を目指す”というスタンスを選んでいる自身に僅かながらの嫌悪感を抱いていた。だが、

「…ふ~む……希望的観測とまでは言わないがな…
 だが、ブラムスにはプライドよりも大切なものが有り、
 それを護る為にゲームに乗る、という事は考えられるだろう?」

考え難いからと言って、ブラムスの同盟破棄と言う可能性を捨てる事はしなかった。
クラースには『何としてもミラルドの元へ帰る』という譲る事の出来ない気持ちが有る。
それと同様にブラムスにも譲れないものが有り、その為には例えプライドを捨ててでも
殺し合いに乗るという事は充分に考えられるのだから。

「そうだな。まあ今言った事は俺の感と推測に過ぎない。
 お前の言う通り、同盟破棄のタイミングは考慮しておくべき事だな」
エルネストは一呼吸、間を取った。
「そうだな……要するに脱出が不可能だとブラムスが判断した時に、奴は同盟を破棄する訳だ。
 現時点では脱出の為に重要な役割を持つのはフェイト、ソフィア、そしてマリア・トレイターの3人。
 彼等の内の一人でも退場してしまえば同盟破棄の可能性は有るかもしれないな」
「そうだな」
それはクラースも同意見だった。
「但し、もしその時が来ても、ブラムスの知識では判断出来得ない脱出方法を伝え、
 その脱出方法が有効だと考えている間ならば再び協力してくれるはずだ」
「判断出来得ない脱出方法?」
「ああ。純粋故…と言って良いのかは分からんが、
 ブラムスは未知の事についてはあまり疑いも持たずに受け入れる、
 という事がさっきのやり取りで分かったからな」

(さっきのやり取り?……ああ…エルネスト教授の魔法少女論の事か)
それをブラムスが素直に信じた事について話しているのだ。

「つまり、騙すと言うのか?」
「そう言う事になるな。無論、本当に別の脱出手段が有るなら歓迎するが。
 …騙すにしても、それなりに説得力の有る脱出方法を提示出来なければ、逆に危険が増すだけかもしれん。
 見抜かれたらあのバブルローションがいよいよ炸裂する事になりそうだ」
あえて『何処に』炸裂するのかは省略したが、2人は同じ場所を想像する。
何気なく「チーム中年」の呼吸は合ってきているようだ。

「だがエルネスト。ブラムス達が、向かった先でソフィアの死体を見つける事も考えられる。
 そうすると最悪の場合、合流する時点で既に裏切っている可能性も有るんじゃないか?」
「その可能性も有る。合流前に何か考えておく必要が有るかもしれないな。
 クラース、お前は何かそれらしい脱出手段は思いつかないか?」

(…脱出方法…)
一瞬クラースが思い浮かべたのは『時の剣・エターナルソード』の事だった。
時間と空間を操るエターナルソードならば、おそらくこの島からの脱出も不可能ではない。
だが、エターナルソードはクラース自身が彼の世界で封印したのだ。この島に存在しない以上、考えるだけ無駄だ。

「急に言われてもな……まあ、考えてみよう。お前の方は何か――」
クラースが言いかけたところで、エルネストが自転車をゆっくりと停めた。
「――……どうした?何故停めるんだ?」
「到着したぞ。後100m程で鎌石村に入る」
「何?」
クラースは辺りを見回す。
だが、彼にはこれまで同様の代わり映えしない一本道にしか見えなかった。
「見えるのか?」
「朧気にだが、建物の陰が見える。言っただろう?視力には自信があるんだ」
正面に向かい目を凝らすが、やはりクラースには朧気にも見えなかった。

「クラース。今の内に確認しておくぞ。まず俺達が行くのは支給品が置かれたという鎌石村役場からだな」
「ああ。次にブラムスが仲間達との合流場所に決めているというC-4エリアの最も東南にある民家だ。
 奴の仲間達がそこに居ないのなら、村の他の場所に居るような事もまず無いだろう」

つまり鎌石村全体を詳しく調べる必要は無いのだ。
ブラムス達がC-4の最も東南の民家を合流地点にしたのは、
観音堂方面から来る仲間達が鎌石村に入った場合に1番近くにある民家だから、と言う事らしい。

「まあそれも戦闘の形跡が無ければの話だがな。
 もしもブラムスの仲間達に会えたら直ちにF-4に向かう。会えなかった場合だが…」
エルネストは横目でクラースを見る。
「念の為にブラムスとの合流は放送後にするか?」
これはクラースがブラムスを警戒している事に配慮しての発言だった。

(そうだな……確かにソフィア達の名前が呼ばれるかどうか確認してからの方が良いかもしれん。
 放送後に合流する事にするなら、急いで戻る必要も無い。この村で一休みする時間が出来るが…
 だがロキが近くに居るかもしれない事を考えれば、あまり一箇所に長居するのも危険か?
 …まあそれを考えるのは後回しで良いか)

「それは後で考えても良いだろう。今は役場に向かうとしよう」
「…分かった。じゃあ行くぞ!」
エルネストは再び自転車を漕ぎ始めた。


役場に着くまでの間もこれまで同様何事も起きなかった。到着した2人は自転車から降りる。
2人の自転車が停まると、辺りに音を立てている物は何一つとして無かった。
誰かがいる気配なども全く感じられない。が、油断は出来ない。

「クラース、少し離れていてくれ」
「あ、ああ。分かった」
役場のドアから少し離れた所で立ち止まると、
エルネストは未知の遺跡を調査する時の様にドアを観察した。
とりあえず、危険な物が仕掛けられている様子は無い。
「それじゃあ行くぞ」
エルネストは縄を構えた。
「ハッ!」
掛け声と共に振るわれた縄がドアの取っ手に巻きつく。エルネストは器用に縄を操り、ドアを開けた。

(大したものだな。……正直最初に出会った時、剣も魔術も使えないと知った時はどうしたものかと思ったが)
初めて間近でエルネストの縄捌きを見る事になったクラースは素直に感心する。
このような技術はクラースには無かった。

「ドアには罠の類の物は無いようだ。俺達が一番乗りかもな」
もしも他の誰かが先にこの役場に来ていたとしたら、支給品目当てに集まる参加者を狙って
罠くらい張っていてもおかしくはないとエルネストは考えていたが、とりあえずはそれは無いようだ。
「じゃあ、クラース」
「了解!『シルフ!』」
辺りに一陣の風が吹き、クラースの召喚した『シルフ』が吸い込まれるように役場内に入っていく。
もしも誰かが居るなら必ず何らかの音が発生する。シルフ達の力で役場内の音を探知するのだ。

「……誰かが居る気配は無い。
 だが、シルフでは閉じている扉の奥の気配までは探知出来ないからな。注意は怠るなよ」
「分かった。周辺の探知を頼むぞ」
「任せてくれ」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか…」

エルネストはもう1度縄を振るって手繰り寄せると、慎重に役場内に入っていった。



【C-03/深夜】

チーム【中年】
【エルネスト・レヴィード】[MP残量:100%]
[状態:両腕に軽い火傷(戦闘に支障無し、治療済み)]
[装備:縄(間に合わせの鞭として使用)、シウススペシャル@SO1、ダークウィップ@SO2、自転車@現実世界]
[道具:ウッドシールド@SO2、魔杖サターンアイズ、荷物一式]
[行動方針:打倒主催者]
[思考1:仲間と合流]
[思考2:炎のモンスターを警戒]
[思考3:ブラムスを取り引き相手として信用]
[思考4:鎌石村でブラムスの仲間を捜索]
[思考5:次の放送前後にF-4にてチーム魔法少女(♂)と合流]

【クラース・F・レスター】[MP残量:50%]
[状態:正常]
[装備:ダイヤモンド@TOP]
[道具:薬草エキスDX@RS、荷物一式]
[行動方針:生き残る(手段は選ばない)]
[思考1:ブラムスと暫定的な同盟を結び行動(ブラムスの同盟破棄は警戒)]
[思考2:ゲームから脱出する方法を探す]
[思考3:脱出が無理ならゲームに勝つ]
[思考4:鎌石村でブラムスの仲間を捜索]
[思考5:次の放送前後にF-4にてチーム魔法少女(♂)と合流]
[思考6:ブラムスに対してアスカが有効か試す(?)]

[現在位置:C-03 鎌石村役場]


【残り21人+α?】



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最終更新:2010年09月21日 19:34