第125話 『B』


スフィア社最上階にある重役室の一室。
その部屋は実に殺風景だった。無機質な金属の壁に囲まれ、一切の飾り気も無く、家具の類の物すら見当たらない。
目に付く物と言えば部屋の中心に配置されている巨大なコンソールくらいだ。
とても個人に割り当てられた部屋とは思えぬ程に生活感が無く、物悲しさの漂う部屋だが、
何の為に存在しているのかと用途を問えばこの上なく分かり易い部屋だとも言えた。

部屋の主――ベリアルはコンソールの前に座り、
光で生成され空間に投影されている数枚のモニターの内の1枚を、険しい顔付きで睨みつける様に眺めていた。
その鋭い眼光と屈強そうな図体、そして無骨そうな表情は、いかにも『大雑把な肉体派』という印象を抱かせるが、
偏見に近いそんな印象とは裏腹に、彼は実に丁寧に、精確に、そして迅速に仕事をこなす人物だ。
技術者としての能力も高く、会社に対する忠誠心も厚い。ルシファーも彼には絶大な信頼を寄せていた。

そのベリアル。社長室から戻ると直ちにルシファーから受けた指示を実行に移し、ここまでは黙々と作業を進めてきたのだが、
彼の手は今は止まっていた。キーボードから離れ、口元に当てられている。
怠けているわけではない。行き詰っているわけでもない。少々面倒な展開に頭を悩ませているのだ。

(これは、どう判断するべきか……)

モニターに表示されているのはドラゴンオーブのデータだった。
プログラムの調査に取り掛かれば、異常は拍子抜けする程あっさりと発見する事が出来た。
E・S(エターナル・スフィア)のメイン端末には外部からの侵入の形跡がしっかりと残っており、
ドラゴンオーブは確かにその侵入者によりデータを弄られていたのだ。

ただ、今その事実は重要視する事ではない。
確かにこのプロジェクトに外部から侵入者が入り込み、しかもプログラムを書き換えられてしまっている事は
大いに問題ではあるのだが、そこまではドラゴンオーブの異常に気付いた時点で推測出来ていた事。
オーブのプログラムも後で修復すれば良い。取り立てて悩む事ではないのだ。
それよりも問題なのは、侵入者がプロジェクトに介入してきたタイミングだった。
残されていた痕跡を見る限り、侵入者がプログラムを書き換えたのはプロジェクトを開始する『数日前』の事だった。
『現在』ではなく『数日前』だ。『現在』は外部からメイン端末にアクセスしている者は存在していない。

ベリアルが思案を巡らせているのはこの点についてだった。
もしも現在進行形でプログラムを書き換えている侵入者がいるならば、
その目的はプロジェクトの妨害や破壊であると考えて良いだろう。
それなら話は簡単だ。アクセス先を追跡し、相応の対処をしてやればいい。
しかし、この侵入者のアクセスは『数日前』。そして、やった事と言えばドラゴンオーブの制限を弄っただけだ。
それも制限を完全に解除したのではなく、『緩めた』だけに過ぎないのだ。

ベリアルは別のモニターへと視線を動かした。それにはルシオン・ヒューイットのパラメータが2種類表示されている。
1つはドラゴンオーブの力で銀龍へと変身した時のパラメータ。もう1つは元の世界(ラジアータ)での銀龍のパラメータだ。
プロジェクト内でルシオンが銀龍化に成功した時は誰もが『ルシオンが制限を解除し銀龍へと変身を遂げた』事に気を取られ、
故に気付かなかったが、ここで銀龍化を遂げたルシオンのパラメータは元の世界でのパラメータと比べると圧倒的に低いものだった。

ドラゴンオーブは本来ならば、一瞬で世界を滅ぼす程の魔力を秘めている。
その魔力をもってすればルシオンの制限を解除し銀龍化させる事など容易い事であり、
その気になればプロジェクトの破壊も行える程の危険なアイテムなのだが、今のドラゴンオーブはそれ程の魔力を有していない。
ベリアル達が制限をかけた時よりは遥かに高い魔力ではあるが、それでもプロジェクトの破壊に使用するには力不足だ。

となれば、侵入者は一体何の目的でこんな事をしたのか。
愉快犯。ただのいたずら。そんな言葉もベリアルの脳裏に浮かんではいた。
以前エクスキューショナー・プロジェクトでE・Sの銀河系区画の削除を行っていた際には、
レコダからスフィア社のE・Sメイン端末に不正にアクセスしてデバック作業を閲覧していた女性がいた。
その女性は何処かの会社の技術者というわけでもなく、どこにでもいる様な一般女性だった。
今回の侵入者も、その時と同様に興味本意でアクセスしただけの人物だという可能性は充分にある。
あるにはあるのだが、そう断定するだけの根拠も無く、そもそも楽観的過ぎる考えだ。

(……まあいい。どうあれ外部からの侵入者がいた事は事実。先にそれだけ報告し、残りの任務を続けるか)

今ここで侵入者の動機について考えを巡らせていても仕方のない事だと開き直り、ベリアルはルシファーに報告する事にした。
判断はルシファーに任せれば良い。自分は与えられた仕事をこなすだけだ。
携帯型の通信用端末を取り出すと、光で生成された簡易コンソールを空間に展開させた。
そしてルシファーのナンバーを開こうとした丁度その時、その端末からシグナルが鳴り出した。誰かから通信が入ったのだ。
モニターに表示された名前を見て、思わず小さな溜息を吐いた。正直あまり得意ではない人物の名前だった。
気乗りはしないが出ない訳にもいかず、ベリアルはやれやれと端末を操作し、通信を繋いだ。

『ベリアルだ』
『分かってるわよ♪ ホントにいつでも事務的ねぇ。ど~お? そっちの調子は?』
『何の用だ?』
『まぁったく~。その愛想の悪さ少しは直そうとしたら? まあそれもキミの魅力なん・だけ・ど♪』

モニターの中でその「男」――ベルゼブルは無意味に身体をくねらせながら無駄口をたたいた。
彼は口調は勿論の事、こういったリアクションでも一々女性臭さを強調しようとする。
以前「気持ち悪いからやめろ」と不満をストレートに伝えた事があったが、
その時のベルゼブルの反応は「たおやかでしょう? うふふ♪」だった。
言っても無駄。その事をよく理解しているベリアルは一切を無視して話を続けた。

『何の用だと聞いている』
『はいはい、そんな露骨にしかめっ面しなくてもイイわよぉ。
 報告があるのよ、報告が。一応キミに伝えておこうと思ってね』
『報告?』
『アザゼルからよ。ついさっき通信が入ったの』

ベルゼブルはこちらの反応を窺う為か、一旦言葉を切った。
アザゼルからの報告。現在アザゼル達保安部隊に下されている主な指令と言えば、
プロジェクトの盗聴器での監視と、休暇中のブレアの監視。この2つだ。どちらかに問題が発生したという事だろうか。
数秒の沈黙。中々続きを話そうとしないベルゼブルに痺れを切らし「それで?」と先を促すと、彼は楽しそうに口を開いた。

『「対象をロストしました」だってさぁ』

つまりブレアの方だ。ブレアを見失った、監視に失敗した、という事。
思わずドラゴンオーブのデータが表示されているモニターに目を移した。
その目が見ているのはデータではなく、まだ見えぬ侵入者の姿だったが。

(偶然……か?)

不甲斐ない保安部隊には何らかのペナルティを課す必要があるが、それは後で良いとして、
今は、見失ったのは単なる保安部隊のミスなのか、それともブレアが自らの意思で保安部隊の監視から逃れたのか、
このどちらのケースなのかを確認しなくてはならない。もしも後者なら――――

『その状況は?』
『さぁ? 聞いてないわよ?』
『……何故だ?』
『最初だけ聞いたら「じゃ後はアンタが自分で社長に報告しなさいよ」って言って通信切ってやったのよ。
 だって、そんな報告したら社長に怒られるじゃない? アタシは嫌だもの、怒られるの。
 あいつきっと今頃大目玉食らってるわよぉ♪ ウフフ、いい気味♪ 想像するだけでいい気分♪』

そう言えば、ベルゼブルから「アザゼルが年下のくせに生意気だ」などという愚痴を聞かされた覚えもあった。
ちょっとした嫌がらせのつもりなのだろう。
何故この報告を受けておきながらベルゼブルの機嫌が妙に良いのか、理由が分かった。

『……業務には支障を来さない程度にしておけ』
『このくらいじゃ支障なんてないわよ。それよりキミの方はどう?
 社長室に呼ばれてたんだから、何か命令があったんでしょう?』
『ああ。…………そう、今丁度その件でオーナーに報告をするところだった。切るぞ』
『え、その件? ちょっと待って、アタシにも詳しく――――』



ピッ



これ以上のベルゼブルとの会話は時間の無駄だと判断し、ベリアルは通信を切った。
話がルシファーに伝わっているのならば、そちらから詳しい状況を聞いた方が遥かに効率が良い。
ベリアルは再びコンソールを操作して、今度こそルシファーに通信を入れようとし――――思い留まった。

(……まだアザゼルが報告中かもしれんな)

そうであれば邪魔をしてはならない。
報告はしばらく後で行うとして、それまではプログラムを見直しておく事にした。
指示された命令を全て終えたわけではないし、侵入者が手を加えたのがドラゴンオーブだけとも限らない。
更には侵入者が再び現れないとも限らない。
やるべき事は多い。時間は一秒たりとも無駄には出来ないのだ。
ベリアルは再びキーボードを操作し始める。姿の見えない侵入者に、無意識にブレアの影を重ねていた。




【時間帯不明】

【ベリアル】
[行動方針:オーナーの方針に従う。]
[思考1:与えられた任務の続行。]
[思考2:後でオーナーへの報告を済ませる。同時にオーナーから詳しい事情を聞く。]

【現在位置:スフィア社211階・重役室(ベリアルの部屋)】




     ★     ☆     ★




「――アタシにも詳しく教えなさいよ! ……ってちょっと! 待ちなさいって言…………あ~あ、切られちゃった」

モニターが映し出していたのは、会話の途中(のつもり)だったというのに通信を終えようとするベリアルの姿だった。
騒いではみたものの、モニター越しの人間を止める事など出来るはずもなく、通信は一方的に打ち切られた。
この様子だともう一度通信を入れたところで今度は出もしないだろう。
酷くぞんざいな扱いだが、しかし、ベルゼブルは特に腹を立てる事もなく、相変わらず薄気味悪く口端を吊り上げていた。

ベリアルが受けた指示についての話を振りはしたが、
実の所、直接話を聞くまでもなく指示内容の予想はついていた。十中八九ドラゴンオーブのチェックだろう。

ルシオンの銀龍化。レザードの輪魂の呪と制限を無視した移送方陣。
ドラゴンオーブの異常は誰の目にも明らかで、引き起こされた現象はどちらもゲームの進行に影響を及ぼす程のものだったのだ。
チェックを行わない理由は何処にも無い。
普段、重要なプログラムのチェックを行う場合には必ずベルゼブルかベリアルのどちらかが担当となるのだが、
現在ベルゼブルにその指示が来ていない以上、担当はベリアルとなる。至極単純なロジックだ。
それでも話を聞き出そうとしたのは、割合にしてみれば半分は確認の為。残りの半分は、単なるついでだ。

(社長に報告があるとか言ってたわね。プログラムが弄られた証拠でも見つけたのかしら?
 ……なら、これもついでね)

ベルゼブルは鼻唄交じりに椅子に座り直し、腕を前に伸ばした。
空間に投影されたままの通信端末にリズミカルに操作を加えていくと、間も無くコール音が流れ、相手を呼び出し始める。
待つ事数秒。小さな電子音と共に通信が繋がった。それを確認したベルゼブルはおどけた様子で口を開いた。

『こちら「B」。「B」より「B」へ。どーぞ?』
『…………何なの、それ?』

モニターには、ベリアルよりも怪訝そうな表情でこちらを見る女性が映し出された。
彼女はベリアル同様に巨大なコンソールの前に座り、何かの作業をしているところだった。

『うふふ♪ スパイ映画みたいな雰囲気出てカッコ良いでしょう?』
『悪いけど、遊びに付き合ってる暇は無いのよ。何か用なの?』

「あら? キミだってよく無駄に意味有り気なイニシャルだけの署名をしたりするじゃない♪」
そんな売り言葉を思い付いたが、彼女の様子を見て、それは心の中に留めておく事にした。
彼女は既にベルゼブルの方を、正確にはベルゼブルが映っているであろうモニターの方を見てはいない。
自身のコンソールに視線を戻し「暇は無い」という言葉を強調するかのように、
キーボード上に置いた両手を凄まじい速さで動かしている。確かに下らない受け答えをしている余裕は無さそうだ。
ベルゼブルは、彼には珍しく相手の気持ちを汲んでやる事にした。

『……まあ良いわ。ちょっと教えてあげたい事があるのよ』

女性は僅かに頷き、先を促した。手を止める気配も振り向く気配も無い。
ベルゼブルはウフッと笑みをこぼすと、アザゼルの報告内容と、ついでにベリアルへの推測を伝えた。





『――――というわけで、アタシからは以上よ。キミがどう動いてるのか知らないけど、大丈夫なの?』
『心配してくれるの?』
『当たり前じゃない。キミが頑張らないとつまらないもの』
『まあ、一応お礼は言っておくわね』
『フフ♪ 頑張ってね。ブレア』



ピッ



(あの顔……うふふ♪)

ブレアの表情を思い出し、思わず含み笑いが出た。
結局ブレアはこちらを振り向く事はなかったが、最初に向けたあの怪訝そうな表情。
ベルゼブルは誰とは問わずに怪訝そうな表情というものを見慣れていた。(別に見たくて見るのではなく、頻繁に向けられるのだが)
基本的に冷静沈着で礼儀を弁(わきま)えているブレアからはそういった表情を向けられる事はこれまでには無かったのだが、
今の彼女には感情をコントロールする余裕も無いようだ。その必死さが新鮮で、つい笑ってしまった。

(ドラゴンオーブは彼女の仕業なんでしょうけど、他にはどんな手を使うのかしら?)

ブレアがどんな手段でこのプロジェクトを妨害しようとしているのかは聞いてはいないが、
今行っていた作業が彼女の次の手なのだろうとは想像がつく。
モニター越しでははっきりとは見えなかったが、
ブレアの操作していたコンソールには1人のキャラクターのデータが表示されていた。
それをどう使うのかしら、と、しばし思考に耽(ふけ)ろうとしていたベルゼブル。
そんな彼を咎めるかの様に通信用端末が電子音を奏で出した。

(あら? 誰かし…………げ、社長!?)

ルシファーの名前が表示されたモニターを見て、ベルゼブルの表情は途端に気弱なものになった。
今、ルシファーの自分に対する用件といえば、保安部隊の失態に関する事くらいしか思い浮かばない。
現在の保安部隊はベルゼブルの指揮下。彼も責任を問われる立場にあると言えば、あるのだ。

(アタシも? 何でよぉ。何でアタシもなのよ?
 アザゼルだけでいいじゃないの! 元々あいつの部隊でしょ!)

コール音は無情に鳴り響いている。
このまま無視し続けたいところだが、説教ではなく何かの命令や指示かもしれないのだから、そんな事は出来る筈もない。

(もしもお説教だったら……アザゼル、覚えてなさいよ!)

既に嫌がらせをしていた事などはすっかり忘れ、
ベルゼブルは保安部隊最高責任者の顔を恨めしそうに思い出しながら、通信に出る覚悟を決めた。




【時間帯不明】

【ベルゼブル】
[行動方針:社長から指示された事は行うが、プロジェクトが成功しようと失敗しようとどちらでも構わない。]
[思考1:プロジェクトが失敗した時の社長の顔を見てみたい。]
[思考2:ブレアに協力出来る事があれば、誰かにばれない程度には動く。]
[思考3:ばれる危険を冒してまでブレアに協力する気は無い。]
[思考4:自分で直接妨害工作を行う気も無い。]
[備考1:ルシファーから連絡が入りましたが、内容は説教とは限りません。また、特に必要のある事とも限りません。]

【現在位置:スフィア社211階・重役室(ベルゼブルの部屋)】




     ★     ☆     ★




「――――でも、どうしてこのプロジェクトの事を教えてくれたの?
 今更私のクビを切る為の口実作りだとは思わないけれど、貴方にメリットが有るとも思えないの」
「ん~? そんな細かい事、気にしなくても良いんじゃない?」
「気持ちが悪いのよ」
「良く言われるんだよねぇ。ほんっとに失礼しちゃう」
「そういう意味じゃないわ」
「フフ、分かってるわよぅ♪」
「……まあ、言いたくないなら――」
「――なんだよねぇ」
「えっ?」
「嫌いなんだよねぇ。社長の事」
「……?」
「何よ? 変な顔しちゃって♪」
「そういう噂は聞いた事があるわ。けど……まさか、それが理由?」
「いけない?――――」





ベルゼブルがブレアに情報をリークしてきたのは、プロジェクトの企画が上がってすぐの事だった。
結局のところ、何故ベルゼブルがこの様な行動を取ったのか、ブレアには良く分からない。
或いは、彼の口にした「社長が嫌いだから」この言葉が全てなのかもしれない。
とにかくもたらされた情報通り、ブレアには唐突に長めの休暇が与えられ、そしてプロジェクトは始まった。

(ベルゼブルにはとりあえず感謝しておかないとね)

ここまではベルゼブルの言葉に嘘は無かった。今の、アザゼルやベリアル達に関する情報も正しいのだろう。
真意の分からない男だが、今回は信用してもよさそうだ。とりあえず、情報だけは。

最初にこのプロジェクトの事を聞かされた時は到底信じられなかった。
ベルゼブルが自分を謀っているとしか考えられなかった。
「既に全てのデータが完全に消去された筈のE・Sに再びアクセス出来る様になっていた」
などと、誰が信じられるだろうか。
ルシファーがどの様な手段でE・Sを再生したのか、はっきりとした事は未だに分からない。
考えられるとしたら、ソフィアの『コネクション』の能力を解析していたのではないか、という事くらいだった。
つまり、E・Sを『再生』したのではなく、消去した筈のE・Sに『アクセス』しているのではないか。
存在しないデータにアクセスするなど現実的には不可能としか思えないが、
ソフィアの『コネクション』は別の次元と次元をも接続するという、これまでの常識では計りきれない能力だ。
その能力なら、次元を超える事に比べれば失われたデータに再度アクセスする事など容易いのではないだろうか。
まあ、全ては想像の範疇を超えないのだが。
とにかく、現在E・Sにアクセス出来る事は事実。
E・S内の人間の命を弄ぶようなプロジェクト。知ったからには何としても止めなくてはならない。
しかし、ブレアが真っ向から反対意見をぶつけたところで取り合ってもらえない事は分かりきっていた。
本気で止めるなら手段は1つしかない。出来る限り大勢の参加者達を脱出させ、このプロジェクトを失敗に終わらせるのだ。

その一心でブレアはキーボードを叩いていた。今彼女が行っている作業は、その為の『切り札』を作る作業だ。
先程ベルゼブルが見たように、モニターには1人のキャラクターのデータが表示されている。
正確には「キャラクター」ではなく「プログラム」だが、プロジェクト内では「キャラクター」である事には違いはない。

表示されているのは――――【IMITATIVEブレア】
ブレア自身の名前を冠するプログラムだった。

(あの時は酷い目にあったけど、今度は私が利用させてもらうわよ)

IMITATIVEブレアはE・S内で自然に生まれたNPCとは違い、スフィア社が0から制作した純粋なプログラムだ。
故に、このプロジェクトの参加者の中では唯一データの『上書き』が可能な存在だった。つまり、

【IMITATIVEブレアをブレアがコントロール出来る様、データの『上書き』をする】

それが、ブレアの『切り札』だ。
コントロールするとはいえ、ゲームの主人公の様に1から10まで全ての行動を操るのではない。
それも可能ではあるがブレアには他にもやらなければならない事がある。付きっ切りで操作するわけにはいかない。
だから、基本的に行動は今まで通りに「IMITATIVEブレア」に任せる。
ブレアがするのは「IMITATIVEブレア」の思考を不自然にならない程度に操る事。
IMITATIVEブレアの思考を操り、誘導し、最終的にはフェイト達の様に脱出を試みる参加者に脱出方法を伝え、脱出させる。
それでこのプロジェクトは失敗に終わらせる事が出来るのだ。

つい先程、IMITATIVEブレアはロキとの戦闘で気を失ってくれた。
わざわざルシファー達も気を失っている者の様子を窺いはしない筈。
つまりそれは、誰にも気付かれずにデータを『上書き』する絶好のチャンスだった。
ブレアは迷わずデータの『上書き』を始め、そして、間も無くそれは完了するところだ。

しかし、IMITATIVEブレアのプログラムを書き換えているという事は、
現在ブレアはE・Sのメイン端末にアクセスしているという事に他ならない。
では何故ベリアルはブレアのアクセスに気が付かないのか。
実は、ブレアは今、直接E・Sのメイン端末にアクセスしているのではない。
彼女が直接アクセスしているのは『ベリアルの端末』だった。
ベリアルの端末をハッキングし、それを経由してメイン端末にアクセスしているのだ。
これならば外部からの不審なアクセスなど存在せず、気付かれる事なくプログラムを書き換えられる。

ドラゴンオーブのデータを書き換えたのも、最大の目的はこの為だった。
一見いたずら程度にも思えるドラゴンオーブのプログラム書き換えは、
『E・Sメイン端末に直接アクセスする外部からの侵入者』を印象付け、『外部』に目を向けさせる為のミス・ディレクション。
ドラゴンオーブ程のアイテムを囮に使う。意味有り気な制限の解除も、印象付けとしては申し分なかっただろう。
実際ブレアは未だにベリアルには気付かれていないのだから。

(もうすぐ……)

終わりを意識しての事か、キーボードを叩く勢いがいつの間にか強くなっていた。
もうすぐ書き換えが完了する。もうすぐだ。後少しで――――

(終わった!)

プログラムを打ち込み終えると同時に、ブレアは大きく息を吸い、そして吐き出した。
これで、IMITATIVEブレアはマニュアル操作も可能となった。作戦の第1段階は終了だ。
だがまだまだ気は抜けない。今はまだスタート地点に立っただけで、ここからが本番なのだから。
とりあえず当面の目的は――――IMITATIVEブレアが洵、ルシオに殺されないようにする事、だろうか。

(何とか生き残っていて。私が行くまで頑張るのよ、ソフィア。マリア。フェイト……)





【時間帯不明(黎明以降)】

【ブレア・ランドベルド】
[行動方針:プロジェクトの妨害]
[思考1:IMITATIVEブレアを不自然にならない程度にコントロールしてフェイト達に脱出方法を知らせる。]
[思考2:ベルゼブルの真意を理解は出来ないが、一応は信用する。]
[備考1:以降のIMITATIVEブレアはブレアが思考をコントロールしている可能性があります。]
[備考2:IMITATIVEブレアのコントロールはリアルタイムで行います。
     それ故、ブレアの都合によりコントロール出来ない場合もあります。]
[備考3:ドラゴンオーブ以外のプログラムにも何かの仕掛けを施している可能性があります。]
[備考4:他にも参加者を脱出させる方法を考えている、もしくは用意している可能性があります。]

【現在位置:???】
【残り20人+α】




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最終更新:2012年11月21日 19:28