第131話 時空剣士、堕つ(後編)


クレスは奥歯を噛み締めていた。
こうなったのは、完全に自分の落ち度だ。そう思えてならなかった。
男はさっきから自分よりもレナ、ミランダを優先して狙っていたではないか。
1対1の戦いには拘らず、倒せそうな相手から倒していく。
それがこの男の戦術だと分かっていたはずなのに、またもレナやマリアを危機に陥らせている。
自分がしっかりとあの男を止めていればこんな状況にはならなかったのに。
みんなを護ると決めた側からこの体たらく。一度は世界を救いもした時空剣士の名が聞いて呆れるというものだろう。

「頑張れレナッ! 頑張ってくれ!」

これで何度目だったか。
男がレナの作り出した防壁に向かって跳び、斬りつけ、防壁を蹴って距離を置く。
その度に防壁が歪み、レナの表情は段々と焦りの色に侵蝕されていく。
その度にクレスは歯痒さを切に感じながら、しかし、どうする事も出来ずにいた。

(くそっ、まだなのか!? 早く……止まれ!)

まるで暴風のように素早く不規則に疾走している男だが、クレスは何とかその動きを見失わずには済んでいた。
かろうじて彼の動体視力は、残像を生み出す程の動きを捉えていた。
しかし、あくまでもクレスがついていけるのは動体視力のみ。それも男と距離が離れている場所に居るからの話。
あの暴風の中に入ってしまえば、立ち所に男の姿は目ですら捉え切れなくなるだろう。身体能力では到底追いつけそうにない。
この状況では、クレスは男から剣を奪う事はおろか男に近づく事すらも叶わないのだ。
ならば転移でレナ達の前に移動して二人を護りにいこうか。いや、それも今は無意味だ。
あの狭い路地に3人もの人間が並んでしまえば互いの身体が邪魔になり思うように動く事は出来ないし、
そもそもレナが魔術による防御壁を張っている今、あちらに転移しても自分に出来る事は無い。
つまり、現状でクレスに出来るのは、苛立ちと焦りを募らせながら、男の動きが止まるのをただ祈る事だけなのだ。

しかし、その祈りが幸運を呼び寄せたのだろうか。状況は一変する。
路地の奥から響く、炎に包まれたもう一人の敵の叫び。マリアが敵を仕留めたのだ。
そして仲間の危機に戸惑ったのだろうか。こちらの男の駆ける速度は明らかに下がっていた。

(今だ!)

これならば追いつける。そう判断したクレスの身体は条件反射的に走り出していた。
男は落ちた速度で、それでも2度、3度と地面を蹴り、レナへと跳ぶ。
が、防壁が歪みながらも男の剣を受け止め、レナ達を護り抜く。その間にもクレスは距離を詰めている。
レナ達が攻撃されるまでに、自分は間に合う事が出来たのだ。
クレスがそう思ったその時――――風向きが急に変化したような錯覚を覚えた。
ひんやりとした何かを確かに感じる。唐突に内蔵に何かが絡みついたかのような圧迫感が生じる。
これまでに培ってきた経験が危険を訴えているような、そんな感覚。

ふと気付けば、男とクレスの視線がしっかりと交錯していた。
防壁を蹴って跳ばんとしている男は、クレスを確かに見据えていた。
内蔵に絡みついた何かが、圧迫する力を強めたような気がした。



ダダンッ!



防壁を蹴り、地面を蹴り、男は瞬時に加速した。
不規則に暴れていた暴風は直線を突き抜ける突風へと変わり、一気にクレスとの距離を詰める。
反射的に短剣を向けようとしたが――――間に合わない。
男はクレスの身体を通り抜けんばかりの勢いで、すれ違っていった。


(…………………………え?)


前に突き出したはずの左腕が、クレスの視界から消えた。
ボトリ、と何かが地面に落ちた音が聞こえた。



今何が起きた――――

奴は何処に行った――――

僕の腕――――

今すれ違って――――

そうだ、後ろだ――――

剣を構え直さないと――――



混乱する思考の中、クレスはとにかく左腕を上げようとする。
しかし、上がらない。いや、上げているはずの腕が、見えない。


「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


耳を劈(つんざ)く悲鳴。
レナだ。レナがこちらを見て、悲鳴を上げている。
彼女の顔にありありと浮かんでいるのは、絶望。そして恐怖。
何故レナがそんな顔をしているのか、クレスには良く分からなかった。
そして次の瞬間、レナの悲鳴にも掻き消される事無く、ダァンッ! と力強く踏み切られる音が耳に届き――――

「初めから、狙いは貴様だ」

ほぼ同時に、衝撃が身体を貫いた。弓形に反らされた身体。腹部から、金属の塊が無慈悲に生えていた。
唐突に吐き気が込み上げてくる。
自らの意思とは関係無く、ガフッ、と口から血が吐き出され、地面に落ちていた左腕に降りかかった。

「女共に向かえば隙が出来ると思ったが、案の定だったな。……まあ、あちらは計算外だが」

ニヤリと笑う男の顔が見える気がした。
クレスの身体からは急激に力が抜け――――


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


「女、待てっ! 取引だ!」

レナの悲鳴。そして侍より投げかけられた声。
只事ではない雰囲気に飲まれたマリアは、剣士への攻撃を中断して振り返り、そして見た。
腹部を貫通している剣をそのままに、髪の毛を鷲掴みにされ、無理矢理に立たせられているクレスの姿を。

(クレスッ! そ、そんな……!)

状況の認識と同時に、心臓の鼓動は一際大きくなる。
クレスは左腕を切断されている。腹部の傷はどう見ても致命傷。
あの剣を引き抜かれでもしたら、いや、引き抜かれないにしても、このままでは出血多量で命は無い。
あまりにも絶望的なクレスの状態に、数瞬マリアは思考する事すら忘れていた。

「こいつを治療させてやる! 代わりにその武器をこちらに投げろっ!」
「……何ですって?」

マリアが動揺を身振りや表情にさらけ出してしまっていた事には侍も気付いているはず。
しかし、マリアのそんな心情には構う事無く、侍は話を進めた。
それを聞き、どうにかマリアの冷静さは取り戻される。そう、侍は取引と言ったではないか。

(フェイズガンを渡せばクレスを解放してくれる……? 随分いやらしい取引ね!)

何とかしてクレスを助けたい。
こちらには回復の紋章術を使えるレナが居る。クレスを取り戻しさえすれば、まだ命を救える可能性はある。
だが、その為にフェイズガンを捨ててしまえば、マリア達に戦う術は残されていない。
仮にクレスが解放されたとしても、その時はレナが瀕死のクレスの治療に専念せざるを得ないのだ。
治療の最中、敵は黙って見ているだけでいてくれるだろうか――――そんな訳がない。攻めこんでくるに決まっている。
そうなれば戦えるのは武器も無いマリアだけ。勝ち目は、正直無い。

(いや、待って……こいつは仲間を助けようとしてるのよ! なら!)

マリアは銃口を転がる剣士に向けた。
侍も仲間を助けるつもりがあるのならば、それは交渉の道具として使えるはず。

「貴方こそ、クレスを放しなさい! さもなければ――――」
「ふんっ!」

この男を殺す、そう続くはずだった言葉は、侍の冷酷なまでの斬撃により押し留められた。
侍の剣がマリアの行動を合図にしたかのように動き、クレスの右腕まで切断したのだ。
クレスの表情が激痛に歪んでいた。それでも、口からは呻き声も上がらない。代わりに漏れるのは吐血のみ。
おそらく、口内に溜まった血液が邪魔をして、声すら上げられない状態なのだ。

「無駄口を叩いている暇が有るのか? それとも見殺しにしたいか?」
「くっ……」

クォークでの仕事上、理不尽な取引は幾度となく経験している。交渉術ならば自信はある。
だが侍の言う通り、今回はあまりにも時間が無い。
クレスの怪我を見る限り、もって数分……いや、それ以下の時間しかないだろう。それで彼は命を落としてしまう。
この取引ではこちらから条件を出したり、妥協点を探ったりなど、交渉しているような時間は初めから与えられていなかったのだ。
交渉が望めない以上、後は決断を下すだけだが――――。

「どうするの? マリア……」

戸惑いつつもプロテクションを維持し続けているレナが、不安気に問いかける。
クレスに時間が無い事は彼女も、いや、治癒能力の使い手である彼女の方が良く理解しているだろう。

(……このままではクレスは死ぬ。かと言って取引に応じたところで……)

フェイズガンを捨てた後、侍が取引を反故にしてクレスを殺す可能性も充分ある。
だが、その可能性は決して高くはないとマリアは踏んでいた。
侍の立場からしてみれば、マリアがフェイズガンを捨てたとしても、自身は依然レナの防壁に攻撃も侵入も阻まれている状況。
取引を反故にしてクレスを殺してしまえば、仲間の剣士を助けに行く事は出来なくなる。
逆にクレスを解放すれば、レナは彼の治療に専念する為に防壁を解除するしかないだろう。
そうなれば瀕死のクレスだけでなく、治療の為に無防備となるレナと武器の無いマリアの二人も殺すチャンスが到来し、
同時に仲間の剣士も救い出せる事となる。つまり、クレスを生かす方が侍にとって得なのだ。

そこまでは良い。しかし、だとすればこちらはどう対応すれば良いのか。
葛藤を決して顔には出さぬよう努めながら、マリアは頭を働かせていた。
クレスを助けるならばとにかくフェイズガンは捨てるしか方法は無いが、フェイズガンを捨てる事はチームの全滅に繋がる。
全滅。つまり首輪解除の為に必要なレナとプリシスの死。
それはこの島の何処かで今も戦っているフェイトやクリフ、アルベル達の死にも繋がる事。
それだけはさせる訳にはいかない。だが、となれば必然と残るのはクレスを見捨てる決断――――。

(そんな事……出来るわけないじゃないっ!)

手に持つフェイズガンの銃口が、小さく震えるように揺れていた。
顔こそ確かに無表情を保ててはいるのだが、身近へと迫る死の重圧に、確実にマリアは怯えていたのだ。
時間さえあれば、クレスを救う為の策を思いつけたのかもしれない。
時間さえあれば、クレスを見捨てる覚悟を決められたのかもしれない。
だが、今のマリアにはその時間は無い。どちらの決断も決めあぐねる以外の選択肢を、マリアには選べなかったのだ。

(どちらかなんて選べるわけないわっ! どうすればっ……良いのよっ?!)

それでも時間は過ぎる。1秒が流れるだけでも、クレスの血液もまた、その分流れていく。
かつて経験した事の無い程に重みを感じる時間の中で、マリアは懸命に頭を働かせようとしていたが、
一度恐怖に蝕まれた心では冷静な判断などは出来るはずもなかった。
やがて心は重圧により折れ曲がる。マリアは自らの心に従い、動いた。

フェイズガンがマリアの右腕から離れ、宙を回転する。
カツンッと地面にぶつかり小さく跳ねたそれは、そのまま地面を滑りクレスの足元で止まった。
何かを言いたそうにクレスの口が動いたが、その口から言葉が形を成す事はなかった。

「これで……良いんでしょ? さあ、クレスを解放しなさい!」

結局マリアが選んだのは、クレスの命が僅かでも助かる事への可能性。
とは言え、ここから先に何らかの策がある訳でも無い。
ただ仲間の死へのプレッシャーに押し潰されただけの愚かな選択だ。責められたとしても返す言葉などは無い。

侍は無言で、マリア達の後方を見ていた。
視線を追えば、ゆっくりと立ち上がる茶髪の剣士が目に入る。
身体中から黒い煙が上がっているが、剣士を包んでいた炎は既に消火されていた。
怪我の程度は不明だが、攻撃に支障は無い程度のダメージと見ておくべきだろう。
つまり、対処が必要な敵は二人。

「マリア……」
「レナ、クレスが解放されたら一緒に彼のところまで走るわよ。あいつらは私が絶対食い止めるから、クレスをお願いね!」
「……ええ」

レナの声は、ますます不安気なものに変わっていた。理由は良く分かる。
マリアが一人の敵すら食い止められなかったのがつい先程の事だ。二人に増えた敵を止められる道理があるはずも無いではないか。
しかし、今はもうそれしかないのだ。
レナが全力をかけてクレスの治療を行う間、マリアもまた全力をかけて彼らを護り抜く。
そんな具体性など何も無い、妄想じみた作戦しか。

「良いだろう。解放してやる」

侍は簡潔に言うと、抜け目なく足元のフェイズガンを左手の剣で叩き潰し、
そしてクレスの身体に刺さる剣を勢いよく引き抜いた。
腹部の大穴から、激しく大量の血が飛散した。クレスの身体が一歩、前によろめいた。
マリアとレナは走り出そうとして――――そして見た。

クレスが、笑ったのだ。

激痛に震える身体で。口からはだらしなく大量の血液をこぼしているというのに。
それでもクレスはマリア達を見て、笑顔を作っていた。
既に無い両腕を、マリア達に翳すように突き出して、クレスは口を開いた。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★



走馬灯――――それは死の間際、脳が著しく活性化する事によって己の記憶を掘り起こす現象。



視界は暗く、狭く、そして遠かった。
自分の視界ではなく、他人の視界を借りてその後方から覗き込んでいるような。
しかし、決して違和感は感じない奇妙な感覚。
その感覚の中でクレスは、驚愕に満ちた表情のマリアとレナ、そして走馬灯の中の両親の姿を同時に見ていた。

(……駄目だ、マリア……)

今自分が置かれている状況は、まるでトーティス村が滅ぼされたあの時のようだと思えてならなかった。
父ミゲール・アルベインが死んだ時と、今のこの状況が、クレスには酷似して見えていた。

身体の何処かを動かす度に激痛が全身を駆け巡った。
だというのに、体内に入り込んだ異物を押し出そうとするかのように内蔵が活発に働いている。それ故に嘔吐感は酷いものだ。
食道を逆流する血液を堪える事も出来ず、ただ吐き出した。その度に激痛が走った。呼吸などは出来るはずもなかった。

こんな状態ではもう自分は助からないのだろうと、クレスは理解していた。
だが、そんな自分を助けようとして、マリアは武器を捨ててしまった。
まるで母を人質に取られて抵抗すら許されずに死んだ父ミゲールと同じ様に。

(僕は……させない。マリア達を……絶対に……)

クレスは誓ったのだ。マリア達を絶対に護るのだと。
マリアにミゲールと同じ轍を踏ませるわけにはいかない。彼女達は、自分が護らねばならない。
両腕の無くなったこんな状態でも、こんな自分でも、まだ一つだけ出来る事はあるのだから。

準備は、マリアと侍の取引の最中で、密かに整っていた。
発動までの闘気は、クレスの体内に充分に溜める事が出来ていた。
後は――――――――解き放つだけだ。

男がクレスの身体から剣を引き抜いた。
マリア達がこちらに駆けつけようとしている。
それを、今は無い両腕で制し、クレスは言った。



「後は、任せ、……マリア(ました)よ……」



口に血が溜まり、呂律が回っていないのは自分でも良く分かった。果たして上手く伝わったかどうか、自信は無い。
それでもマリア達に微笑を残したいと、切実な想いを込めて口に出した最後のダジャレ。
言い終えると同時に、闘気を解き放った。クレスの身体から、青白い光がかつて無い程に強く輝き出した。
みんなを護る。その一念が力へと変化したかのように。

「何ッ?! 貴様、まだ――――」

発動するのは、空間翔転移。背後の男が喚くがもう遅い。
光は球状を形取ると、急速に広がり一瞬でクレスと男を包み込んだ。そして――――








転移を終えると、クレス達の周りから光は消え去った。
文字通り、最後の力を振り絞った結果なのだろう。クレスの意識もまた、光と共に消え去っていた。
この世から。永遠に。


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


青白い輝きに包まれていたのは一瞬だった。
広がる光に包まれ、洵が回避せんと後方に跳んだ時は既に光は消え去った後。
クレスから距離を取り、素早く四方へと首を回す。これまで居た市街地とは明らかに場所が変わっていた。

「やってくれたな」

忌々しげに言い放つも反応が無い。クレスはただ無防備に背中を向けたまま、棒立ちだった。
数秒の後、クレスの身体は垂直に地面に崩れ落ちた。
全身の力が同時に抜け落ちたようなその倒れ方は、意識のある人間のものとは思えない。
それでも洵は気を緩めず、慎重にクレスに歩み寄り、首筋目掛けて剣を振るう。
切り裂いた頚動脈から流れ出るのはごく少量の血液。それは、完全なる死の証明だった。

「死んだか。…………チッ、まだ転移出来たとはな。取引は愚策だったか……?」

洵は自問自答する。
いや、取引自体は決して悪い策ではなかったはずだ。
あの時、クロスボウに狙われていたルシオを助けるには、クレスを餌にして取引を持ちかける以外には方法は無かったのだから。
結果的に洵は転移に巻き込まれてルシオと分断されてしまったが、
完全に腹部を貫通させた状態で、それでも抵抗出来た人間を洵は知らない。こればかりはクレスの底力を褒めるしかないだろう。
己に落ち度は無い。そう結論を出すと、洵はコミュニケーターに意識を向けた。
先程からイヤホンからは、ルシオの呼びかけが聞こえてきている。

『洵。大丈夫なのか? 洵』
『……ああ、俺の方は問題無い。転移に巻き込まれただけだ。
 だが現在位置が分からん。おそらくはそう遠くではないとは思うが、すぐにはそっちに戻れないかもしれん。
 ルシオ。一人でそいつらと戦っても良いが決して無理はするな。まずいと感じたらすぐに逃げろ。いいな!』
『ああ。いや、俺も体力がもたない。身体が重いんだ。悪いけどもう逃げるぞ』

徒党を組んでいる輩が他にいないとも限らない現状、ルシオはまだまだ必要な駒だ。
敵を減らしてほしい気持ちはあるが、無理をさせて死なせる訳にはいかない。
荒い呼吸で話すルシオに『分かった』と返事を返し、洵は二本の剣をデイパックに収めた。
もうすぐ放送が始まる時刻だ。内容次第ではあるが、後一時間もすれば付近が禁止エリアに指定されてしまう可能性もある。
その前に現在位置を把握しなくては、命にも関わる。こちらはこちらで迅速に行動しなくてはならない。

(少々厄介な置き土産を残してくれたな……)

両腕を失い芋虫のごとく地面に横たわるクレスの死体に一瞥を投げかけた。
仲間を護る。その執念を剥き出しにして戦い抜いた男。
してやられたという感は、強く残っている。だが、クレスがマリア達を護れたとまでは洵は思わない。
クレスの最後の抵抗は、ただの延命措置でしかないのだ。

(あの世で待っていろ。貴様の仲間は残らず俺が殺してやる)

洵は足早にクレスの死体から離れていく。
この場にはもう用は無い。クレスにも、もう興味は無い。
頭を切り替え、洵はルシオの様子を伺おうとした。

『それで――――』
『うわっ!』

イヤホンから聞こえたのは何かが爆発するような音と、ルシオの悲鳴だった。

『どうした!?』
『魔術だっ! 「詩帆」の方からの!』
『逃げるなら早くあの道具を使えば良いだろう!』
『駄目だ、効力が良く分からないんだ!』
『……何を言ってる?』
『ブレアとの距離が離れてる。ここで使って一緒に逃げられるか分からないんだ!』

そういう事か、と洵は理解する。
ブレアは洵が最後に居た場所から見て、後ろ側の曲がり道に置いたはずだ。
確かにルシオの居たあの位置からではブレアの姿は見えない。
姿の見えない者にまで、果たして道具の効力が及ぶのか――――ルシオの言う通り、分からない。
ブレアを連れて逃げるなら、確保するのが最も確実な手段だ。
ルシオの位置からブレアの居る路地に辿り着くには、マリア達をどうにか押し退けるか、路地を回り込むしかないが、
前者は今のルシオには危険が大きすぎるだろう。選択の余地は無かった。

『ならばブレアのところまで、急げ!』
『とっくに走ってるさ! だけど――――』

ルシオの声を遮ったのは、やはり爆音だった。あの光の魔術だとしたら危険だ。
ふと洵はイヤホンを取り外して耳を澄ますが、この場の空気の流れは実に穏やかなもの。
彼の耳にまでは爆音は響いて来なかった。クレスは相当遠くまで転移してきたらしい。
再びイヤホンを付け直す。アスファルトを駆ける足音の勢いが、ルシオの無事を伝えてくれた。

『ルシオ!』
『…………大丈夫だ。もう少しでブレアの場所に――――な、何?!』
『今度は何だ!?』
『ブレアが……いないんだ!』
『何だと!?』
『逃げたのか? それとも何処かに隠れて――――まずい、前からマリアが来る。…………駄目だ、挟まれた!』

ルシオの足音は止まっていた。そして通信の内容。
察するに、もうルシオにブレアを探している余裕は無いだろう。

『やむを得ん、逃げろ! ブレアがついて来ないとも限らんのだろう?』
『あ、ああ。分かった!』

直後、三度目の爆音が洵の耳を襲い、思わず顔を顰(しか)めた。
しかし、その音は不自然な程の速さで小さくなり、代わりにイヤホンからは強風に巻き込まれたような音が聞こえてくる。
何が起きているのか、音だけでは洵には判別がつかなかった。
光の爆発とは別の魔術でも放たれたのか、それとも離脱が出来たのか。
気が逸る。しばらくして全ての音が消えると、洵はたまらず声をかけた。

『どうなった!?』
『…………何とか、逃げ切った』

どうやら強風の様な音は離脱の際の音だったらしい。
ルシオも致命傷までは負わずに済んだようだ。とりあえず、息を吐き出す。
とすれば、残る心配事はただ一つ。

『ブレアは、どうだ?』
『……ブレアは――――』



【???/早朝】

【洵】[MP残量:0%]
[状態:手の平に切り傷 電撃による軽い火傷 全身に打撲と裂傷 肉体、精神的疲労大]
[装備:ダマスクスソード@TOP、アービトレイター@RS]
[道具:コミュニケーター@SO3、アナライズボール@RS、スターオーシャンBS@現実世界、荷物一式×2]
[行動方針:自殺をする気は起きないので、優勝を狙うことにする]
[思考1:現在位置を特定する]
[思考2:ブレアは離脱出来たのか?]
[思考3:ルシオ、ブレアを利用し、殺し合いを有利に進める(但しブレアは完全には信用しない)]
[思考4:ゲームボーイを探す]
[備考1:ブレアの荷物一式は洵が持っています]
[現在位置:???]
※近くにクレスの死体があります。
※クレスと洵は中島家からそれなりに遠くに転移しました。具体的な場所は後の書き手さんに一任します。
※クレスの死体にはポイズンチェックが残っています。



【???/早朝】

【ルシオ】[MP残量:5%]
[状態:身体の何箇所かに軽い打撲。身体中に裂傷、打ち身、火傷。衣服が所々焼け焦げている。肉体、精神的疲労大]
[装備:アービトレイター@RS]
[道具:マジカルカメラ(マジカルフィルム×?)@SO2、
    コミュニケーター、10フォル@SOシリーズ、ファルシオン@VP2、空き瓶@RS、グーングニル3@TOP
    拡声器、スタンガン、ボーリング玉@現実世界、首輪、荷物一式×4]
[行動方針:レナスを……蘇らせる]
[思考1:ブレアがどうなったのかを洵に伝える]
[思考2:洵と協力し、殺し合いを有利に進める]
[思考3:ブレアから情報を得る]
[思考4:ゲームボーイを探す]
[備考1:デイパックの中にはピンボケ写真か、サイキックガン:エネルギー残量〔10〕[70/100]が入っています]
[現在位置:???]
※韋駄天を使用しました。効力は17話参照。ルシオが何処まで移動したかは後の書き手さんに一任します。


【???/早朝】

【IMITATIVEブレア】[MP残量:100%]
[状態:腹部の打撲 顔や手足に軽いすり傷]
[装備:無し]
[道具:無し]
[行動方針:参加者に出来る限り苦痛を与える。優勝はどうでもいい]
[思考1:???]
[思考2:レザードがマーダーだと広める]
[思考3:無差別な殺害はせずに、集団に入り込み内部崩壊や気持ちが揺れてる人間の後押しに重点を置き行動]
[思考4:レナの死をクロードが知った場合クロードをマーダーに仕立て上げる(その場にいたら)]
[備考1:ロキが死んだ事は知りません]
[備考2:ブレアに思考をある程度コントロールされています]
[現在位置:???]
※IMITATIVEブレアもルシオと一緒に韋駄天で移動出来たかどうかは後の書き手さんに一任します。
 韋駄天で移動したのなら、移動した姿をマリア達に見られているかもしれません。
 韋駄天で移動していなければ、IMITATIVEブレアは中島家付近の民家2階にいます。


【F・D界】

【ブレア・ランドベルド】
[行動方針:プロジェクトの妨害]
[思考1:???]
[思考2:IMITATIVEブレアを不自然にならない程度にコントロールしてフェイト達に脱出方法を知らせる]
[思考3:ベルゼブルの真意を理解は出来ないが、一応は信用する]
[備考1:IMITATIVEブレアのコントロールはリアルタイムで行います。
    それ故、ブレアの都合によりコントロール出来ない場合もあります]
[備考2:ドラゴンオーブ以外のプログラムにも何らかの仕掛けを施している可能性があります]
[備考3:他にも参加者を脱出させる方法を考えている、もしくは用意している可能性があります]
[現在位置:???]


☆   ★   ☆   ★   ☆   ★


「良し、完璧!」

首輪解除ツールへの数値入力と確認を終えたプリシスはそれを乱雑にデイパックにしまい込むと、
足元に置いてあるマグナムパンチを素早く装着し、弾かれる様に居間を飛び出した。
ついさっきまで嫌でも耳に飛び込んできた戦闘音は、数分程前から何も聞こえて来なくなっている。
不安でたまらなかった。
戦闘音が止んだという事は、戦闘はもう終わったのではないのか。だとしたら、何故誰も帰って来ないのか。
戦闘が終了しても誰も帰って来ない。つまり――――嫌な想像が頭を過ぎる。

(そんなの……許さないんだから!)

プリシスは玄関の扉を体当たりでもするかのように開け、外に出た。
辺りの様相は、クレスの案内で自分がこの家に来た時とはまるで変わっていた。
破壊の規模に驚きつつも、周囲に視線を巡らせる。
一番最初に目に止まったのは、すぐ近くに倒れているミランダの身体だった。

「ミランダ!?」

駆け寄り、思わず小さな悲鳴を漏らした。
ミランダは首を切断されて死んでいた。気付けば付近の壁には大量の血液が付着している。
その臭いがもたらす吐き気をどうにか飲み込むと、プリシスは続けて辺りを見回した。

「っ!? な、何あれ……?」

視界に異常な物体が入り込んだ。
それは、腕のように見えた。腕らしき物体が二つ、地面の小さな血溜まりの中に落ちている。
恐る恐る近づいてみると、それはやはり人の腕。最悪な事に、見覚えのある篭手まで付いているではないか。

「これ……ク、クレスの?! じゃあ……」

間違いなく、それはクレスが身に付けていた篭手。だが、クレス本人はそこにはいない。
もう一度辺りを見回してみるが、クレスの姿は見当たらない。

「レ、レナ?! マリア?! クレスーー?! どこにいんのーー?!」

元来冷静沈着とは縁遠い性格のプリシス。
仲間達の身に起きた惨劇の痕跡を前にして、彼女は皆の名前を大声で叫んでいた。
敵がまだ近くに居るかもしれない、とは考えもしないで。ただ仲間の身を案じて。

ジャリ

その声に反応するかのように立てられた何かの音。
プリシスは振り返った。音は後方の曲がり角の先から聞こえてきた気がする。
迷わず小さな身体を走らせた。角を曲がったプリシスが見たのは、立ち尽くしているマリアとレナだ。
生きている。仲間の無事な姿を見たプリシスは、安堵で涙がこぼれそうになる目を押さえ、二人の元に駆け寄った。

「レナ、良かった。無事だったんだね!
 ねえ、クレスは? クレスはどうしたの?! 敵はどうなったの? ねえ。ねえ!」

尋ねながら二人の顔を覗き込むが、レナも、マリアも、プリシスと視線を合わせようとはしなかった。
二人とも小刻みに身体を震わしながら、ただ黙って立っている。
その表情に浮かんでいるのは悲愴とも憎悪とも判別はつかないが、確実に分かるのは決して好ましい感情ではないという事。

「どうしたの? ……ねえ、教えてよ! クレスは――」
「クレスは!」

怒鳴りつけるように、しかし震える声でプリシスを制したのはマリアだった。
その声に、不安な気持ちは余計に刺激される。プリシスは口を閉ざし、沈黙で次の言葉を促した。

「クレスは、死んだわ」

マリアの言葉と同時に、隣に居たレナの目に涙が溢れる。
薄々は気付いていた解答だったが、その言葉は予想以上に重くプリシスの心に響いた。
信じたくない。その思いとは裏腹に、堪えていた涙が再度視界を滲ませた。
堪えれば堪えるほどにプリシスの大きな瞳に涙が溜まり、辺りを歪ませていく。

「う、嘘でしょ……? 嘘だよね?」
「……本当よ。クレスは助からない。敵にも逃げられたわ。…………この戦いは私達の、負け、ね」

力無く淡々と紡がれた言葉に、プリシスの目からはついに涙が零れ落ちた。今度は、堪えられなかった。
マリアの顔付きが、これまでの精悍さを忘れてしまったかのように弱気なものになりつつある事も、
プリシスの今の歪みきった視界には映らなかった。



【F-01/早朝】

【マリア・トレイター】[MP残量:60%]
[状態:電撃による軽い火傷 右肩口裂傷・右上腕部打撲・左脇腹打撲・右腿打撲:戦闘にやや難有 クレスを死なせた事に対するショック]
[装備:無し]
[道具:荷物一式]
[行動方針:ルシファーを倒してゲームを終了させる]
[思考1:…………]
[思考2:侍男(洵)と茶髪の剣士(ルシオ)を憎悪]
[思考3:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つが、正直期待はしていない]
[思考4:次の放送後に鎌石村方面に向かう]
[思考5:ブレアを確保したい]
※高い確率でブレアは偽者だと考えています。
※プリシス達の持つ首輪の情報と鷹野神社の台座の情報を聞きました。

【レナ・ランフォード】[MP残量:5%]
[状態:仲間達の死に対する悲しみ(ただし、仲間達のためにも立ち止まったりはしないという意思はある)、
    精神的疲労極大、ミランダが死んだ事に対するショック、その後首輪を手に入れるため彼女に行った仕打ちに対する罪悪感]
[装備:魔眼のピアス(左耳)@RS]
[道具:首輪、荷物一式]
[行動方針:多くの人と協力しこの島から脱出をする。ルシファーを倒す]
[思考1:…………]
[思考2:侍男(洵)と茶髪の剣士(ルシオ)を警戒]
[思考3:次の放送後に鎌石村方面に向かう]
[思考4:レオンの掲示した物(結晶体×4、結晶体の起動キー)を探す]
[思考5:自分達の仲間(エルネスト優先)を探す]
[思考6:アシュトンを説得したい]
[思考7:エルネストに会ったらピアス(魔眼のピアス)を渡し、何があったかを話す]

【プリシス・F・ノイマン】[MP残量:100%]
[状態:かつての仲間達がゲームに乗った事に対するショック(また更に大きく)、クレスの死に対する悲しみ]
[装備:マグナムパンチ@SO2、盗賊てぶくろ@SO2]
[道具:無人君制御用端末@SO2?、ドレメラ工具セット@SO3、解体した首輪の部品(爆薬を消費。結晶体は鷹野神社の台座に嵌まっています)、
    メモに書いた首輪の図面、結晶体について分析したメモ荷物一式]
[行動方針:惨劇を生まないために、情報を集め首輪を解除。ルシファーを倒す]
[思考1:二人から詳しく話を聞きたい]
[思考2:次の放送後に鎌石村方面に向かう]
[思考3:レオンの掲示した物(結晶体×4、結晶体の起動キー)を探す]
[思考4:自分達の仲間(エルネスト優先)を探す]
[思考5:クラースという人物も考古学の知識がありそうなので優先して探してみる]
[備考1:制御ユニットをハッキングする装置は完成しました]

[現在位置:平瀬村の民家(中島家)周辺]

パラライズボルト〔単発:麻痺〕〔50〕〔0/100〕@SO3
セブンスレイ〔単発・光+星属性〕〔25〕〔0/100〕@SO2
万能包丁@SO2が平瀬村の民家B外 『スターフレア』で被害を受けていない一角(道幅が狭い)に。
護身刀“竜穿”@SO3
壊れたサイキックガン(フェイズガンの形に改造):エネルギー残量〔10〕[60/100]@SO2
カラーバット@現実が平瀬村の民家B外『スターフレア』でほぼ更地になった一帯に落ちています。


【クレス・アルベイン死亡】
【残り16人+α】





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第131話(前編) マリア 第136話
第131話(前編) クレス 第134話
第131話(前編) レナ 第136話
第131話(前編) プリシス 第136話
第131話(前編) 第133話
第131話(前編) ルシオ 第133話
第131話(前編) IMITATIVEブレア 第136話
第131話(前編) ブレア 第140話


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最終更新:2013年01月07日 03:09