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伝説のアクロバット


藩国軍にとって、国立愛鳴学院の学園祭は大切なイベントのひとつだ。
軍隊にとって国民の理解と協力は、その仕事を遂行する上で不可欠なものであるし、何より守るべき対象に嫌われることほど寂しいものはない。
ということで愛鳴藩国の空を守護する、飛行剣士隊にも当然その業務が割り振られていた。

「お仕事のお忙しい中、このたびは愛鳴学園学園祭にご協力いただき、本当にありがとうございます」
目の前の男子学生(実行委員長らしい)に挨拶された「赤星 緑」は、若いのにしっかりした子だな、と思い次に、自分はこの頃どんな学生だったろうか、と思い返し、少なくとも実行委員長よりは現場で走り回るほうが好きだったな、と考えた。
赤星はきっちりと敬礼を行い、柔和な笑顔で挨拶を返した。
「私たち飛行剣士隊 第11グループ『ルージュ・インパルス』は、今年もアクロバットをご披露させていただきます。皆さんに喜ばれるよう頑張りますので、よろしく」
愛鳴学院の一室に、制服を着た4人が向かい合わせに座っていた。一方は明らかに年若い学生、他方は学校にいささか場違いな硬質の雰囲気を持つ青年、いや軍人だった。
軍の制服を着た二人が所属するアクロバットチーム『ルージュ・インパルス』は、学園祭最終日の学園祭。このエキシビジョンとしてアクロバット飛行を行うことになっていのだ。
「毎年、飛行剣士隊の皆さんが飛ばれるアクロバットを、とても楽しみにしているんです!」
男子学生の隣に座る女子学生が、瞳をキラキラさせながら「ライム」を見つめ、思い入れ熱く語る。
「青い空をホワイトにルージュのストライプの飛行機がびゅんびゅん飛んでかっこよくて。そんな皆さんが私たちを守って下さっているのがとてもうれしくて・・・」
女学生は飛行機については良く知らなかった。『ルージュ・インパルス』の機体は練習機を用いており、飛行剣士隊が正式採用する戦闘機はまた別の機種であった。
しかし、ライムはそんなささいな間違いはどうでも良かった。
女学生の向ける憧れと感謝の想い。それがいささか面映く、また軍務における苦労を忘れさせてくれるようであった。

飛行剣士隊に所属する赤星 緑とライムは学園祭の実行委員会への挨拶と打ち合わせを終えると(ライムは挨拶を終始赤星にまかせ、女子生徒とキャンディのうまい店について情報交換を行っていた)、基地に帰る車内で決意を新たにする。
「ライムさん!みんなが喜んでくれるように頑張りましょうね!」
ライムは口の端から突き出している白い棒をゆっくり上下させ、答えた。
「そうだね赤星。オレ達は彼らの笑顔のために空を飛ぶんだ」


赤星 緑、ライムはルージュ・インパルスのメンバーとともに、過酷な飛行訓練を繰り返し、アクロバット時に披露する展示科目の精度を高めていった。
そもそも飛行剣士隊は近接戦闘に特化した戦術を取る集団である。ドックファイト等の飛行機による空中でのマニューバについては、いわば国技ともいえる誇りを持っていた。
チェンジオーバー・ターン。レベルオープナー。チェンジオーバー・ループ。上向き空中開花・・・すべては申し分のない出来だった。

「赤星。まだだ、まだ足りない…」
「でもライムさん。僕たちは今の最高レベルの演技をしているよ」
「いや、最終展示科目が弱いと思う。毎年先輩方が知恵を振り絞り、血と汗を流して取り組むマニューバにまだ届いていないと思うんだ」
ライムの目が中の一点を見据え、整った顔が厳しく引き締められる。
「オレはアレをやることにきめたよ」
「ライムさん!アレってまさか禁断の…!」
「オレは決めたんだ!赤星が嫌なら一人でやる。…ちょっと班長の所に行ってくる」
赤星は立ち去るライムの背中を見送った。汗とオイルのしみこんだハンガーの床を見つめた。手を強く握り、握りこぶしを額に当てる。
胸に訪れる様々な思い。ふと学生や子供たちの笑顔が思い出された。
「!」
決意とともに顔を上げ、相棒を呼んだ。
「ライムさんっ!エレメントは2人で1つです。どんなに目がグルグルするやつでも、やってやりましょうよ!」


学園祭最終日。
蒼穹には雲ひとつなく、どこまでも高い。
愛鳴学園の生徒、学生、アクロバットを見に集まった観客は空を見上げ、期待に胸を膨らませその時をまっていた。
アクロバットを行うルージュ・インパルスは学園に程近い空港から離陸する。耳を澄ませば飛行機のエンジンがもたらす爆音が聞こえるはずだ。

「それでは定刻になりました、ただいまよりルージュ・インパルスによるアクロバット飛行をご披露いたします。心ゆくまでお楽しみください。」
くぐもった爆音が轟く。青空に白い点が生まれ、4つに増える。そしてそれがルージュのストライプをきらめかせ、学校上空を飛び去ったとき、祭典は始まった。


-愛鳴藩国中部地区、政庁内藩王執務室-

「子供たちの笑顔を守る」。愛鳴藩国とは現在執務中の藩王が、戦災孤児を救いたい一念で建てた国である。
建国の理念に賛同した国民は、藩王の施政に協力的であり、国策の孤児院運営のためではあるが他国と比べ高い税金にも我慢してくれている。
ありていにいえば高い税金に文句を言わない国民は、全為政者の夢であるはずだ。

だが執務中の藩王が額に刻む溝は深い。手にした新聞の切抜きを相手に示した。
「・・・たまきくん。これは本当にあったことなのかい」
切抜きにはまずこうあった。「アクロバット中に飛行機墜落」
「あのまことに申し上げにくいのですが、記事はすべて事実なんです・・・ あの、お気分がすぐれませんか?」
長い杖を携え、政庁の制服にエプロンを付けた柔和な雰囲気の女性官僚がやや小首をかしげながら藩王に説明した。
「先日行われた学園祭において、アクロバット飛行中に飛行機が2機墜落いたしました」
「被害者は観客、パイロット、その他住民ともに0です」
「飛行機は海に墜落したとのことです。パイロットも必死で海に運んだのでしょうね」
「飛行機は残念でしたけど・・・」
「これは夢じゃないのか」
「あのまことに申し上げにくいのですが、現実なんです・・・」
黙り込む藩王を前に、たまきは「は」の形に開きかける口を必死にこらえていた。藩王の御前で「はにゃ~」などいうわけにはいかない。
藩王が質問した。
「それで、なぜこんなことになったのかな」
「それはですねぇ・・・」
たまきはアクロバットの展示科目が順調に進んでいたことを報告した。最後の演技で事故が発生したという。
「最後にですね。サプライズの特別演技というものが追加されて、ルージュ・インパルスの赤星 緑、ライムの両名が披露したそうです」
「展示科目名が、『SHURIKEN』というようで・・・」
「実際に見ていた学生の言葉によると、爆音とともに」
「飛行機がタテに回転して北の空から南の空へ飛んでいって、えーと」
「光をぴかぴか反射して、きらめきながら消えて行ったそうですよ。・・・みたかったな~」
未だ壮年には遠い藩王が、額に刻む溝がさらに深まった、ように見えた。
藩王は久しぶりに口を開いた。
気分を変えられるように話題を変えた。
「なぜ『SHURIKEN』、なんでしょうか?」
「タテに回るからというのがパイロットの回答でした」
「ヨコだと『UFO』だそうで、それは先輩方が既にやっているからまねはできないとのことです」
間髪いれずにたまきが答えると、藩王はそのリサーチ能力をほめることもなく、さらに額の溝を深めていた。

「・・・パイロットはどうしてそんなことをしたのでしょう?」
たまきは、今度は即答しなかった。ちょっと小首をかしげ微笑を浮かべて答えた。
「みんなの笑顔が見たかったそうです」

藩王は息を吸い込み、吐いた。深く、深く、マリアナ海溝より深く。
息を吐ききって上げた顔には、いささか苦いが、しかし愛情と誇りを含んだ温かな笑みが浮かんでいた。
「・・・それで、みんなは楽しんだのかな♪」
たまきはこれ以上ない、おおきな笑みを浮かべて答えた。
「ええ、それはもう!」


かくして、愛鳴学園学園祭におけるルージュ・インパルスのアクロバットは、その伝説に新たな1ページを書き加えた。
良い子は誰もまねをしないように。善哉善哉。



(文章:九頭竜川)
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