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「究極温泉はこちら」

おおっと。
看板を見てハルキとミリは思わず顔を見合わせた。
いきなりである。直球である。そのまんまともいう。
「話が早くていーねー」
ゆったりとした笑みを浮かべた男の袖を引っ張って、小柄な女の子は少し眉をひそめていった。
「ちょっと待ってください。いくらなんでもとーとつすぎません?」
海辺のさびれた村。道を歩いても犬一匹見かけない。あるのは海と船と家だけ。そんな村に誰も知らない、秘密の温泉宿がある。そんなうわさを耳にし面白半分で来ては見たものの・・・
「きゅーきょくおんせん・・・」
ミリは呆然としたまま、ついひらがなで読んでしまった。怪しい。あからさますぎて恐れ入ってしまいそうである。そこはかとない不安を覚える。
「ハルキさん。やっぱりやめて帰りませんか? 自分で究極なんていうのは、ちょっとあやし過ぎますよ」
「大丈夫だって」
ハルキはミリに、根拠も良く分からない確約をしていった。
「僕はねー。愛鳴藩国一の安全パパだよ~」
違うっそーゆーことぢゃない! この人の話を聞かない男にはいつもやきもきさせられる。ダメだこののんびりワールドにつかまっちゃ。私こそしっかりしないと。
「何が究極なのか楽しみだねー」
ちっちゃな女の子のおっきな覚悟と裏腹に、のんびり男はどこまでものんびりしていた。


「それでは失礼いたします。お休みなさいませ・・・」
品の良い仲居が音も立てずにふすまを閉めた。
「なんとゆーか。さいこー」
ミリはほんのりと上気したほおを手でおさえ、ソファーに身を沈めた。
「本当にここが究極の温泉なのかもしれませんねー」
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
ハルキはちょっと得意げだった。
究極温泉は究極旅館であった。
サービス、設備、調度、建物など、すべてが一流。その第一印象の怪しさはまったくなく、かえって後ろめたく思うほどだった。
特にお風呂。大浴場、中浴場、露天風呂、岩盤浴、ジャングル温泉、ラドン温泉、プテラノドン温泉。
よりどりみどりで、ミリは片っ端から入った挙句、少々湯あたり気味であった。
泉質は透明でさらっとしており、湯上りも肌がすべすべ。効能は美容と若返りという。
ハルキはずうっと「満足~」としかいっていない。そののんびり具合に拍車が掛かっているようだ。
「怪しいなんて悪いこといっちゃったなー」
ミリは反省しきりであったが、湯上り後の心地よい疲労を感じそうそうに眠ることにした。
もっとも、眠る前にくっつけて敷いてあった布団をきっちり2メートル放してはいたが。
朝になったらもう一度お風呂に入ろう。そう思ってミリは眠りに落ちた。


さて、とっぷりと夜もふけた丑三つ時。
ミリはなんとなく目が覚めてしまった。
「?」。心地よい眠りだったのになぜ目が覚めたのだろう。
ふと、もう一度お風呂に行こうかと思いついてしまった。
遠く離れた布団を見るとハルキは当然眠っていた。
せっかく温泉に来ているんだし、と思うとミリはお風呂セットを抱え、そっと部屋を出た。
じゅうたんが敷かれた廊下を、フットライトの光がぼんやりと浮かび上がらせていた。
さびれた寒村の旅館とは思えない建物だが、ふと耳を澄ますとどこかで動物が鳴いたような気がした。
一度気になりだすと、照明の届かない暗がりにさえ何かの気配を感じるようで、
ミリは差し込むような不安を感じ始めた。
早くお風呂に入って寝てしまおう。
ここで帰って寝ようと思わないのが女性のしたたかさだが、この夜にはそれが悲劇の幕開けとなった。

ギイ。
最初に入ったときには気にならなかった扉の軋みが、ミリの心をあわだてる。
誰もいないよね、そう思いながら更衣室の中に足を踏み入れた。床はまだ暖かかった。
温泉の湿った生暖かい空気が違和感を増した。
こんな夜中にはミリのほかに誰もいないはずなのに、さっきの鳴き声か気になって一度湯船を確認しようと思った。
「もしも~し。だれもいませんよねぇ・・・」
不安な心が意味の無い問いかけを口にさせる。
露天風呂を覗き込む。誰もいない。
白。
えっ。ミリは自分の目を一瞬疑った。
視界を何かが横切った。よく見ようと前に出た。「!」
ミリは叫んだ。
「だれっ!!」

白手ぬぐいでほっかむりをした男が露天風呂のふちに立ち、手に持った袋の中身をお湯の中にぶちまけていた。
男はゆるり振り向くとこちらを見つけ、口を開いた。
「・・・お客さん?」
男の異様な風体にミリは答えを返すことができなかった。
男はうつむいた。
手ぬぐいをむしる。
そして押し殺した声を出した。
「・・・見てはいけないものを見てしまったねぇ・・・」
ミリは硬直した。男は貧相だった。髪はまばらで、背も低く、姿勢も悪い。しかしその目はそんなに暗い光を宿してはいなかった。

そう、ミリとハルキの部屋で「究極温泉の主人です」と挨拶を受けたときにはっ!!
(どどーん)
主人は頼んでもいないのに、事情を打ち明け始めた。
「当温泉は遠く天保年間より続く由緒正しい温泉旅館です」
一歩近づく。
「あらゆるものすべてが究極」

一歩。
「それこそが我らの誇り」

一歩。
「我らの歴史」

一歩。
「それは絶対不変。万物不倒。造反有利」

わけが分からない。でも一歩。
「究極を邪魔するものには」
ミリの目の前。彼女の首を求める鉤のような手。体が動かない。

「死をーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

「はいはい」ごすっ!
ミリの頭の上から、ハルキの腕が伸びていた。
主人のあごを捕らえるフックでノックダウンさせた。
ハルキはゆるく笑ってミリに告げた。
「大丈夫?」
相変わらずののんびり男に、ミリは何もいわずに抱きついた。


主人をとっちめると、彼は嗚咽とともに自らの思いに酔うように語り始めた。
「先日の地震で旅館の下の地面が動いてしまいましてな・・・」
「こともあろうに、我らの究極温泉のっ、究極のお湯が出なくなってしまったんじゃ・・・」
本題に入る頃には、眼光、口調とも常軌を逸し始めていた。
「究極温泉は究極とは呼べなくなってしまったのじゃぁああ!!」

主人らは温泉が出なくなったため、商品化を前提にあらかじめ開発していた『究極温泉のもと』を水に溶かし、湯沸しで沸いていたとのことだ。
「しかし成分は究極でも、我らの温泉ではないっっ! お客様をたばかると思うと日々針のむしろでっ・・」
どこかからか突然仲居が現れ、必死な形相で主人にすがりついた。
「いいえっ!だんな様は精一杯なさってきました。誰がなんといおうと私は知っています!」
主人と仲居は手に手をとり見つめあった。
「おみつっっ!」「だんな様っっ!」
後は涙涙。(なだそーそーではない)
ハルキとミリの存在を無視しまくって盛り上がった二人は、そのままの勢いで最終コーナーを曲がった。
「こうなればっ」
主人はどこからともなく取り出した、銀色の四角い箱に丸い押しボタン(赤)のついたスイッチを二人に見せた。
息を呑む仲居。絶叫する主人。
「せめて究極温泉のいのちっ! すべてを引き換えにしてでも、本当の温泉を我が手で復活をさせるのじゃっ!!」
「旦那さまっ!!」
ぽちっとな。

「あ゛ー。この展開はー」
それでものんびりと口を開くハルキを捕まえ、ミリは走り出した。
「全軍撤退ー!!」


-究極温泉遠景-
究極旅館の玄関から2つの人影が、お互いを支え合いながらわたわたと走り出る。
ちゅどーーーーーーん!!!!
次の瞬間母屋から火柱が立ちあがった。夜空を炎がなめた。
かくして創業天保年間(自称)、究極温泉はその長い歴史に幕を閉じた。
合掌。


ハルキとミリは炎上する究極温泉を見あげていた。
「・・・悲劇だねー」
「ひとごとですかっ?」
「でも、ミリちゃんがきっかけで・・・」
「さあ帰りましょう」
かくして悪は滅び、愛鳴藩国に平和が戻った。
くわばらくわばら。


後日談。
究極温泉跡地には、何も残らなかった。ただ爆発が原因なのか、それまで枯れていた温泉が湧き出していた。ただその温泉の色は赤茶けており、本来の澄み切った泉質には戻らなかった。
しかしその赤茶色の温泉により、近辺に鉄鉱床の存在が発見され、その採掘により村は繁栄したという。

更に後日談。
風のうわさによると、究極温泉主人と仲居は、鉄鉱床による岩盤浴をウリにした「新・究極温泉」を始めたとか、始めないとか・・・


(文章:九頭竜川)