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L:食糧生産地={
 t:名称=食糧生産地(施設)
 t:要点=食料,育成中の食料,生産地で働く国民
 t:周辺環境=食糧倉庫,食糧生産に向いた地形
 t:評価=なし
 t:特殊={
  *食糧生産地の施設カテゴリ = 藩国施設として扱う。
  *毎ターン食料+15万tされる。
 }
→次のアイドレス:・神殿(施設)・農業機械(施設)・食糧倉庫(施設)・猫神(にゃんにゃん共和国のみ)(職業)

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イラスト1

(画:ミリ)

イラスト2

(画:たまき)

イラスト3

(画:赤星 緑)

設定文章

 愛鳴藩国で「中部地区」と呼ばれる場所。
その中でも上区と呼ばれる場所には、国の生命線とも言える農業地区がある。愛鳴藩国は食糧のほとんどを自給しているのである。
愛鳴藩国の主な農業は米、小麦の二毛作である。
春から秋にかけて米を作り、米を収穫してから次の年の春までは小麦を生産している。
国民の主食は大体が愛鳴藩国産のブランド米「笑顔晴」となっている。当藩国の味覚を代表する大衆食堂「味のれん」で使われているのも、愛鳴藩国産のブランド米「笑顔晴」であり、農業地区の隣の商店街で売っているお米ももちろん愛鳴藩国産のブランド米「笑顔晴」である。
米は愛鳴藩国人にとって主食という以上に何か神秘的な親しみがあったりするのである。

 では、愛鳴藩国人の生命線であるお米はどのようにして作られるのだろうか、そのようすを覗いてみよう。
愛鳴藩国の土地は北部地区にある休火山(愛鳴山)のカルデラの影響で国内の土質に火山灰が多く含まれている、このことから雨水が地下に浸透しやすいという特性がある。それにより山岳部に降った雨水が浸透し流れていき川ができる、国の山岳部に向かって左側にある河川がそれによって形成されたものである。
河川から小さな用水路を水田へと引っ張っていき灌漑をおこなっており、広大な農業地区の水田を潤している。
また、水田にたまった水は火山灰が多く含まれる土質によって再び地下に浸透し、地下では広大な地下水プールを形成することとなる。
この地下水もまた、湧き水として再び地上に姿を現したとき、水田の灌漑をまかなうために利用される。
これにより、降水が少ない年にも安定した灌漑を行うことができるのである。

 また山岳部から流出した土の中の栄養などが雨水と一緒に流れ出るため、水に溶けた養分を蓄える水田という方法に非常に適した水が供給されるのである。
土地の土質を利用した方法で雨水を無駄なく使い、それによって発生した二つの水源によって、この広大な水田は維持されているのである。

 しかし、愛鳴藩国の農業の特性はこの理想的な灌漑システムだけではない。農業地区の運営方法にも愛鳴藩国らしさが見てとれる。
愛鳴藩国の稲作は愛鳴藩国に伝わる昔ながらの伝統的な手作業を中心として行われている。
種籾を苗代にまき発芽させ、ある程度稲が育ったところで稲を本田に植える田植えを始める。
田植えも基本的に手作業である。
広大な食糧生産をまかなう土地の田植えを手作業で行うというと、とてもじゃないが手が足りない、と普通は思うかもしれないが、残念ながら愛鳴藩国は普通ではなかったのである。
愛鳴藩国は戦災などによる孤児を各国から積極的に引き受けることを目的として建国された藩国であり、この藩国の主な住人である子供達には教育の一環として各産業へのアルバイトを学校が斡旋し、学生には社会参加、収入、実践の機会を与え、社会には労働力の提供を行っている。
これにより広大な農業地区の水田の田植えもあっという間に終わってしまう。
田植えが終われば稲が育って稲刈りに十分な大きさになるまでは、ひたすら雑草を手作業で引っこ抜く作業が続けられる。
愛鳴藩国では除草剤のたぐいは一切使われていない。無農薬栽培法を採用している。
藩王の言葉を借りれば、「農薬は子供達の健康に悪い、以上終わり。」である。
これは目先の利益や、作業の簡略化を優先するでもなく、ただただ子供達の未来を優先した結果である。
結果として手間が増える訳だが、そこがなんともこの藩国らしいやりかたである。そして田植えから4ヶ月後、稲が成長しきって黄金色に輝く頃、ついに念願の稲刈りが行なわれる。
稲刈りも例によって稲刈り機を使わずに鎌を持ち、農作業用のエプロンに身を包み、燃えるような赤い髪をほっかむりで包んだ愛鳴藩国人の農家のひと、アルバイトの学生達によって手作業で刈り取られる。
手間が刈るかもしれないがこうした手間が学生達にお米の大切さや農業のすばらしさを体験させていくのである。
学生たちはこの体験が元となって農業を職業に選ぶものも少なくない。
農業区画の循環システムは水だけでなく、人にも作用しているともいえるだろう。愛鳴藩国の農業が衰退を見せないのもこうした理由によるところが大きい。
こうして手作業によって刈り取られた稲は昔ながらの道具を使い脱穀され、同じく昔ながらの道具を使って風選され、玄米となる。
玄米となったものはまたも伝統の道具と方法によりをふるいにかけられ、その後精米され、さらに農家の人に選別された後、手際よく学生たちに袋詰めにされる。
袋に詰められた米は愛鳴藩国農業地区内に多数存在する食糧倉庫へと保管されることになる。
そこでは品質管理をまかされた愛鳴藩国農業組合による、厳重な湿度、温度管理をへて出荷時に愛鳴藩国産のブランド米「笑顔晴」の袋に詰められ、ようやく出荷へと至るのである。

 こうして今日も孤児院の寮の食堂では茶碗に盛られた愛鳴藩国産のブランド米「笑顔晴」が名前のとおりに子供達に栄養と笑顔を運んでいる。

(文章:グググ子)