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「すいません、毛布はまだありますかねぇ……」
「ああ、ありますよ。あちらのテントに……ああいや、取ってきますね。お待ちください」

「はいはいー、あったかい飲み物はこっちですよー。並んでくださいねー」
「おねーちゃん、ぼく、あまいのがいい」
「こら、贅沢を言わないの。すみませんこの子が……」
「あはは、いいですよー。はい、お汁粉」

……後に。
「全員水泳大会事件」と呼ばれる一連の戦闘の中で、戦地となった国があった。
いわゆる爆心地となった「冬の京」伏見藩国と、敵の進攻ルート上にあった「ほねっこ男爵領」である。

両国に接する隣国である愛鳴藩国藩王、くぎゃ~と鳴く犬は帰藩後、まさに電撃的な速さで両国の復興支援に乗り出した。
藩国民も皆、考えることは同じだったのだろう。
準備はなぜか出来ていた。復興支援を表明したその日のうちに、各国代表の許可を取り付け、支援活動が展開されはじめたのである。

帝国宰相府にて、粛清活動がひっそりと開始される、少し前のことである。

/*/

先にも述べた、愛鳴藩国藩王、くぎゃ~と鳴く犬その人は、ほねっこ男爵領にて、復興支援の指揮を執っていた。
赤毛の優しげな風貌は、すでに何人かのほねっこ男爵領の女性たちに人気になっているらしい。
すでに夜。かなり冷え込んでいる。

(……そうですか。いえ、予想はしていました……)
(……ええ、ですから……)

それは静かに復興作業を監視しているように、傍からは見えた。
だが、静かに、つい先ほど仕入れた情報について、考えをめぐらせていたのである。

そんなところに、特に気にせず寄ってきたのは三祭ノアである。
この男、元来非常に間が悪い。
……いや、別に空気が読めないわけではないのだが、どうしてもそういうタイミングになる男であった。
しかし、この時ばかりはそれが吉に働いたのかもしれない。

「藩王、ミルクの減りが思った以上に早いので、本国に戻って補充をしてこようと思います。かまいませんか」
「ああ、いいところに来た」
「は?」

ミルクタンクを背負ったまま、報告する。
普段、言われなれない言葉をかけられ、三祭ノアは目を点にした。

「もちろん、取りに戻ってかまわないよ。ついでに、がんばっているだろうたまきさんたちに伝言を頼まれてくれないか」
「かしこまりました」

伝言と、少しの指示を、三祭ノアが受け取った直後――
ドン、という音がした。
後でわかることだが……メッケ岳で雪崩が発生したのである。

「?!」

みっともなくうろたえたのは、三祭ノアただ一人だった。
くぎゃ~と鳴く犬は、優しげな微笑みを絶やすことなく、一言、唇だけを動かして、三祭ノアに命令した。

「急げ」と。

/*/

愛鳴藩国では、たまきが忙殺されていた。
忙しさで死ぬことができる。
そう思える局面というのは、中々あるものじゃないと思うが、たまきは正に今それであった。

愛鳴藩国は、国家で孤児院を経営している事が有名である。
今回、復興支援にあたり、孤児院の先生などもボランティアについており、一部の子供たちは、政庁で面倒を見ることにしたのである。
一応、藩王が支援に出発する前に、「まぁ、書類がぐちゃぐちゃになってしまってもOKだよ」とは許可(?)を得ているものの、そこは藩国の帳簿係。

何とか死守するぞー、おー。

と息巻いていたのだが。

…………。

「ふはははは! オレこそが紫にして水晶(自称)! 七世界上から数えて13番目のおおぉぉッ?!」
「いえー、先手必勝ー」
「まだまだだね、にーちゃん」

図書室。というか資料室。
本来静かに本を読んだり調査したりするべき場所であるべきそこは、少年少女が乱舞するスーパー遊戯ワールドと化していた。
ある子供は資料を折り紙にしている。
ある子供は資料を紙吹雪にしている。
ある子供は資料にしっかり落書きをしている。
何故か、子供たちの監督を命じた伴 新も、一緒になって遊んでいる。

見回りにきた、たまきと秋川 志保は、色々な意味で硬直していた。
共に、張り付いたような、非常に微妙な笑顔を浮かべつつ、一筋の冷や汗をかいている。

(何これー。何だろうこれー。一体目の前で何がおこっているんだろうー。志保さん、助けてー?)
(うーん。無理じゃないかなー。おかしいなぁー。きっと夢。夢だよねー)

極限状態はテレパスをも可能にする。
ややあって、たまきは、とりあえず全身全霊をかけて叫んだ。

「あなたたちー! 静かにしなさーーい!」

ぴたりと、条件反射のように、子供たちと伴 新が動きをとめた。
だるまさんがころんだもかくや、という止まりっぷりであった。

/*/

三祭ノアは、かつて諸国を廻ったときに知った近道を使用して、本当に大急ぎで愛鳴藩国に戻った。
自分ではレコードタイムなんじゃないだろうかとか、特に計ったことも無い事を考える。
まずは、まっすぐにたまきの執務室へ向かった。

ノック3回。……返事なし。

「む。……失礼します、と。おや?」

さて、皆さんは子供の頃、どのくらい冒険をしたものだろうか。
初めての場所に行った時、隅々まで探検したくなる。そういうものだと思う。
愛鳴藩国の子供たちも、もちろんそうだった。

具体的にいうとたまきの執務室に入り込んでいた子供たちがいたのである。
そして、三祭ノアと、目があった。

「わわ、わわわ」
「見つかった見つかった」

あわあわする子供たちを視界に捉えながら、三祭ノアは伝言を思い出していた。
――そうそう、子供たちが元気そうなら、伝えて欲しい。藩王の名の下、全ての悪戯をゆるす、と。だから――

「(やぁしかし本当にいいのかなぁいやいいかというか命令を遵守しないといけないよなうん)君たち、落書きは好きかい?」

/*/

「子供好きだし、適任だと思ったのに~・・・うう~」
「いやー。確かに資料室は広いからねぇ・・・子供たちを楽しませたい一心だったし、今回は大目に見ようよ」

頭をかかえるたまきを慰める秋川 志保。
資料室で一通りお説教をして、執務室に戻るところである。
賢明な読者の皆さんの予想通り。扉を開けたらそこはパラダイスだった。

「「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!!」」

ハモった。
すでに執務室では、十数名の子供たちが、資料という資料を落書きしたり折り曲げたり切ったり、実に楽しそうである。

「ななななななんで~!? なんなの~?! テロ?! テロね?! これは何か国家的なテロに違いないわ!」
「あああ、その書類はダメ! ダメだって!」

錯乱するたまきと、大慌てで止めに入る秋川 志保。
止められた子供の一人が、不思議そうに言った。

「え、でも、藩王様がいいって言ったって・・・」

言葉を聴いて、たまきがぎぎぎぎと、音のしそうな動きで首をそちらに向けた。

「誰が、誰がそんなこと言ったの~~~~?!」

地獄の底から搾り出すような声。
子供が、泣きそうになりながら、答える。

「み、三祭のおにいちゃん・・・」

――――――。
さて、しつこいようだが、三祭ノアは間の悪い男である。
今まさに、その真骨頂が発揮されようとしていた。

ガチャリ。

「あ、たまきさん、探しましt」ズドォン!

電光石火。一撃必殺。
愛鳴藩国の吏族は、理力使いでもある。
伝言を伝える前に、ミルクタンクを背負ったままの三祭ノアは、前のめりに倒れた。

「何の、何のうらみがあって、私のお仕事~~~!」
「落ち着いて! 落ち着いてたまきさん! 死んじゃう! 死んじゃうから!」

なおも一撃を繰り出そうとするたまきを、押し留める秋川 志保。
ただ、悪いことは重なるもので――。

……コンコン、ガチャ。

「すいません、たまきさん、宰相府から、お客様が――……あ。」
「……」
「……」

最近国民となったSVLが、宰相府からの査察官を案内してきた。
……たまきは、その場に崩れ落ちて、搾り出すようにうめいた。

「………………助けて」

/*/

その後色々あって、宰相府からの査察官に、子供たちの面倒を見るのを手伝ってもらい、その間に資料を復元することになった。
なお、査察官だけでなく、ミリ、伴 新、SVLが一緒に面倒を見ている。
その段になって、ようやく三祭ノアはたまきに伝言を伝えることができた。
内容は、「全帳簿のチェックと修正」を意味する符丁である。
さすがに、怒り心頭だったたまきも、クールダウンし、真剣な表情になる。

「でもなんで、そんなこと……」
「あ、それやったら思い当たるもんが。ついさっき仕入れた情報ですけど」

たまきの疑問に答えたのは、九頭竜川だった。
彼は、総務担当として、色々な人と会う機会がある。そこで仕入れた情報らしかった。

曰く、帝国宰相府は、今回の「全員水泳大会事件」のスケープゴートを探している。
また、雨中連隊長が藩王であったジェントルラット藩国は、お取り潰しの危機にある、と。

「そんな……」

呟いたのはクロ。おそらく、誰もがその先、同じことを思っていたが、迂闊に口に出来ないことを感じ取っていた。
少し、重い静寂が続いたが、たまきが口を開く。

「……私たちは、私たちに出来ることをしましょう。【不慮の事故で既存資料が使い物にならなくなったので、再作成しないと】」

全員が、言葉の裏の意図を感じ取り、力強くうなずいた。
ただ、一人、クロだけは、何か別の意志も、宿していた……。

/*/

なお、再作成した帳簿には、復興支援費に1億わんわん多く計上されていたが、誰にも気づかれることが無かったという……。

(文章:三祭ノア)











国の性質から主として学生の多い愛鳴藩国では、数多くの都市伝説が学生たちのあいだで囁かれている。
要は学校の怪談などに代表される怖い話である。
愛鳴藩国に限らずとも、どの学校でもそんなことが話題になったり、時にはブームになったりするが、
はてない人の流れを引くこの国の学生たちはみな人の言うことを信じやすく、最初に言い出した者に悪意はなくともうわさは広まりやすかった。



この物語の主人公、大西一子(おおにしいちこ)もそんな悪意のない者の一人だった。
食料増産の後の戦闘動員のあわただしい中、愛鳴藩国学園の生徒、大西一子はとても暇だった。
彼女のはまだ13歳、食糧増産においても彼女には重労働は回ってこず、戦闘動員については言わずもがなであった。
一子はそのことに不満をもっていた。そして今日も暇な彼女に捕まった不幸な友人に愚痴をもらしていた。
「うーん、なんか納得いかない」
「何が?」
「大人や、おにーちゃん、おねーちゃんは忙しそうなのに、なんであたし達こんなに暇なの?」
「まだ子供だからじゃない?」
「あたしはもう13歳よ!」
「・・・だから、子供なんじゃない?」
「ムキー!」
一子怒る。
友人はどうしていいか途方にくれた。尻尾もしおしおである。
「なんか、いいアイデアないの?」
「そんな事いわれたって・・・、あっ、明日基地から出発する部隊の人たちを応援して送り出すってのはどう?」
「いいわね、それ。いただき!」
こうして単純な一子は、翌日、早起きをして基地のほうへダッシュで駆けていった。
だが、すでに基地には部隊を見送るために多くの人たちが集まっており、
チビの一子にはどこにどんな人がいるのかまったく見えなかった。
「ムキー!何よみんなあたしの真似して!」
悔しがり地団太を踏む一子。



そのとき。



ズドンという地響き。慌てて音のするほうを見る。
人だかりにも隠れきれないほどの漆黒の巨人がいる。A71『トモエリバー』だった。
「ほえー・・・」
思考停止する一子。はじめてみるI=Dだった。
巨人が威風堂々と歩いていく。
その様をボケーとして見つめる一子。



(かっこいい・・・)



これが後に起こる大噂事件の発端になるとは、まだ誰も知らない。




その日から一子はよくニュースを見るようになった。愛鳴藩国が送り出した部隊がどうなったか気になっていたのである。
「ねえ、一子ちゃん。チャンネル変えていい?見たいアニメがあるんだけど?」
「がるるるるっ!」
「なっ、何でもありませんっ」
周りは一子がニュースを見るという変化に驚いたが、いや、よく見ると本質的なところは変わってないなと安堵した。
一子本人は、いつものように回りを気にせず、部隊が早く戦争から帰ってこないかなー。などと思っていた。



部隊が帰ってきた。



ニュースでは記録的な大勝であるといっていた。被害はゼロだと。
また、あの巨人の優美な姿が見れる。
一子は早起きをして、帰ってきた部隊のお迎えのために基地へと走った。
当然、基地周りはすごい人だかりだった。
「なんで、みんなあたしの邪魔をするのよ!」
ムキーと、怒ろうとしたが、漆黒の巨人はどんなに人だかりができても見えるだろうと思い、怒るのをやめた。
そもそもあたしは心が小さいのかもしれない。あの巨人のようにもっと心を広く持たねば。



ズドンという足音。



来た!
少しドキドキしながら音のしたほうに振り返る。
またも、変わらぬ姿で現れた漆黒のきょじ・・ん????
「なっ、なんじゃあ、こりゃー!」
思わずピストルで撃たれた人のようなセリフを言う一子。
別に巨人が小さくなっていたのではない。
なにかが漆黒の巨人にびっしりとくっついていたのである。
愕然とする一子。
「なにあれ!意味が分からない。意味が分からない。意味が分からない。」



そう、一子や大半の国民は知らされていなかったが、送り出した部隊は敵部隊に追いつけず。
陸戦仕様のI=D A71『トモエリバー』はリンクゲートの先で海に飛び込み、パイロット達は犬掻きで脱出、機体は後で回収されるという失態を犯していたのである。
そして、回収までに魚の住処と化していたA71『トモエリバー』は全身どころかコックピットの中までフジツボまみれだった。
当然、一子を含む学生たちはフジツボなんて見たことが無く、そのショックは大きかった。
いったい巨人に何がおきたんだ?
いやそもそも、あの張り付いている気味の悪い物体はなんだ?
一子は漆黒の巨人の変わり果てた姿に動揺しながらも巨人をハンガーまで追いかけた。
ハンガーに着き、所定の場所へと移動し、エンジンを切ったI=D A71『トモエリバー』の中から三人の国民が、尻尾しおしおといった感じで出てきた。
この三人なら何か知っているはずだ。
一子は三人の元へ駆けていった。
「あの~!すいませ~ん!」
振り向く三人、一人は飛行剣士の、二人は学生の制服を着ていた。
「あの~!聞きたいことがあるんですけど!」
「ん?どうしたの?」女学生が首をかしげながら聞いた。
「あの、これ、なんか、行く前と随分違うんですけど、なんかあったんですか?」
一子はフジツボだらけのA71『トモエリバー』を指差して言った。
顔を見合わせる三人。
「いや、その、いろいろあってね・・・」
苦笑いで答えるパイロット。
「そうですか・・・。じゃあ、この張り付いてるのは何ですか?」
またも三人顔を見合わせる。
「・・・フジツボ」ぽつりと一人が申し訳なさそうに言った。
「ふじつぼ・・・???」
「・・・あー、まあ、その、アタシたち忙しいから、またね。」
「・・・はあ」





あやしい。あの三人は何か隠している。
そもそも、わざわざ質問しに行ったのにまったく事情が分からなかった。
分かったのは、あのなんだかよく分からない気味の悪い物体が‘フジツボ‘と呼ばれていることだけだった。
これは何かあるに違いない。



その日から一子はよく悪夢を見るようになった。
学校の上級生や、先生達の体のあちこちにフジツボが取り付いているという夢である。
そして、フジツボが付いてない一子を自分達の仲間にしようと追っかけてくるという夢だった。
いつも、もう少しで捕まるっ!というところで目が覚めた。
一子は夜なかなか寝付けなくなった。



寝不足の一子はだんだん疑心暗鬼になってきた。
いったい大人の何割がフジツボ人と化しているのだろ。
一子はそう思うと笑顔で接してくれる大人や上級生が急に怖くなった。
あの人達はあたしをフジツボまみれにするために油断させようとしているに違いない。違いない。
気を許してはいけない。



完全に夢と現実をごっちゃにしていた。



そんな寝不足の一子を心配した寮の寮長は少しでも元気を出してもらおうと、味噌汁に変わった具材を入れることを思いついた。
「一子ちゃん。最近寝不足気味だけど大丈夫?」
「はっ、はい。だいじょうぶです。全然平気です。」気を許してはいけない。一子は心の中でそう呟いた。
「今日はね、元気を出してもらおうと、朝食のお味噌汁工夫したのよ」
「そうですか・・・」ぶつぶつ、何かを唱えながら一子は返事した。
「そうなの、出兵した部隊がどこからかもって来たフジツボで出汁を取ってみたの。」
一子はすばやく立ち上がり、やっぱりっー!といって自分の部屋に走っていった。
首をかしげる寮長。



部屋に一人鍵をかけて一子は布団の中でブルブル震えていた。
このままじゃ、寮の皆が危ない。あたしがしっかりしなくちゃ。
でもどうしよう・・・。
一子は頭をフル回転させた、そうして思いついた。やっぱりあのI=Dが怪しい。
あれが戻ってきてから事態がおかしくなったんだ。
思いついたらすぐ実行の一子は空も青いうちからハンガーへと駆け出した。
忍び込むなら普通は夜だが、夜は怖くて駄目だと思った。
幸い伏見藩国への復興支援に国民がボランティアとして参加していることから難なく忍び込めた。
あとはあの巨人を調べれば・・・。
が、急にエンジン音がして一子は物陰に隠れた。
エンジン音はI=Dから聞こえていた。
(かっ、勝手に動きだした・・・)

そう思うまもなくI=Dはゆっくりとハンガーから抜け出そうと一歩足を踏み出した。
ズドン。
一子、驚きと恐怖とあまり叫び声をあげた。
I=Dの鋭敏なセンサーが叫び声を拾う。
漆黒の巨人が一子のほうを向く。
一子歯をガチガチ鳴らしながら巨人を見つめる。巨人と目があった気がした。
巨人のハッチが開く。一人のおねーさんが出てきて一子の元へ走ってきた。
もうこれまでだ・・・。夢なら覚めて・・・。
一子は泣きそうになりながら神に祈った。
「大丈夫~?」おねーさんがのんびり言った。
一子は声が出ず頭だけ動かして返事をした。
「あー、脅かしてごめんね~。クロはけして怪しい者じゃないよ~。」
自分のことをクロとと呼ぶおねーさんはそういった。
一子は恐怖と緊張でついに我慢できなくなって、泣きながらフジツボに最後の抵抗をしようとした。
ようは一子がキレた。
「・・・あっ、あんた達のことは知っているんだからねっ!ふっ、フジツボでしょ!あっあたしはあんた達の仲間にはならないはよっ!」
「フジツボ?」
「見たのよ、戦争から帰ってきたときフジツボがI=Dにびっしりくっついてたのを!てっ、テレビでは戦争に勝ったっていってるけど、全部うそだってことも知っているのよ!もう大人はみんなフジツボにとりつかれてるんでしょ!そうなんでしょ!何とか言いなさいよ!あたしはあんた達の仲間には絶対ならないわよっ!」
そこまで言うと一子はその場にへたり込んで号泣した。
あわててクロが慰める。頭をなでる。
もっていたほね型ビスケットを分け与える。

数分後。

苦労の甲斐あって、一子は何とか落ち着きを取り戻した。
安堵するクロ。説明を始める。
「あのねー、君。えーと、まず名前おしえてくれるー?」
「・・・いっ、一子」ビスケットを握り締めながら一子は辛うじて自分の名前をいった。
「じゃあ、一子さん。実は私はね。今からある国の人たちを助けにいかなきゃならないのよー。そのためにね、今からI=Dに乗って出発しなきゃいけないのー。ここまでいーい?」
「・・・うん。」
怖い話ではなさそうだと一子は思った。だが油断は出来ない。
「でね、そのー、お願いがあるんだけど。ここで見たことは誰にも言わないでくれるかな~?」
「どっ、どうして」
言ったらあたしはどうなるの?とはいえなかった。
心臓バクバクの一子。
「どうしてって、それはー・・・」
クロ言葉に詰まる。
何も知らない子供にどうやって伝えればいいんだろう。
しばし思案する。
そうして、さっき一子がいっていたことが妙に現実にマッチしているな、と微笑んだ。
「そうねー。さっき、一子さんの言ったとうり、大人はフジツボに取り付かれているのかもしれないわね。」
びっくりする一子。急に怖い話に逆戻りだ。
やっぱり油断は出来なかった。
「でもね~、一子さん安心して。フジツボに操られてない大人もたくさんいるのよ~。」
「おっ、おねーさんは、どっち・・・?」
それが一番知りたかった
「私はね~、フジツボには操られてないわよ。」
「・・・本当?」ホッとする一子。
「本当よー。なぜならね。私はね、運命と戦っているから。」
「?」
「もしかしたらね、一子さんもフジツボに体を乗っ取られそうなときが来るかもしれないわ。」
「ええぇ!?」
また怖い話になった。
なかなか安心できない一子。
「フジツボに体を乗っ取られた方が楽に生きられるとしたら。一子さんはどうする~?」
「そっ、そんなのは絶対やだ!」
「そうねー、それでいいのよ。そこから始まるの」
「・・・?」
「きっとフジツボに体を乗っ取られずに、強く生きれるわ。って、ちょっと難しかったかなー。」
話の内容はよく分からなかったが、一子は不思議と怖くはなくなった。
なんだかおねーさんがあの漆黒の巨人より大きく、とてもカッコよく思えたからだ。
「あっ、もういかなくちゃー、それじゃあ、今ここでおきたことは私と一子ちゃんだけの秘密ねー。」
「あっ、うん。」
その言葉を聞くとクロはにっこりと笑って、I=Dに乗り込み発進した。
一子は速度を上げて走っていくI=Dの背中をじっと見つめていた。
フジツボが付いてたが気にしなかった。

直後に後ろから一子を呼ぶ声が聞こえ、一子は回れ右した。
寮長さんだ。
「やっとみつけたわ。もう、探したのよ。こんなところで何してたの一子ちゃん。それに、さっきものすごい音が聞こえたけど」
「あーと、さっきおねー」慌てて口を閉じる一子。
あぶない。さっきの口約束をさっそく破るところだった。
「おねー?・・・あら?そういえばここにはI=Dが格納されてるはずなんだけど、どこ行ったのかしら。」
「・・・!あー、えっと!そう、大変なんですよ!I=Dがフジツボに乗っ取られ、誰も乗ってないのに勝手に動き出してどっか行っちゃったんです!」
「フジツボ?一子ちゃん、ごめんなさい、あなたが何いってるのかよく分からないわ?」
「だからその、フジツボなのよ!敵は!そいつがあたしに襲い掛かってきて、そして、その、とにかく勝手に動いたんです」
「一子ちゃん、夢でも見てたんじゃないの?」
「だってほら、現にI=Dがないじゃない!これは夢なんかじゃないわよ!」
「・・・」
寮長は顔を青くして、慌ててハンガーから一子を連れて逃げ出し、すぐにその辺の人々を捕まえてはこういった。
「フジツボがI=Dを盗んでいったわ!」

このことがきっかけで、「I=Dフジツボ誘拐事件」と言う都市伝説がまことしやかに囁かれ、人々の心をにぎわした。
そして、これがクロの脱出を少しばかり手助けした。
愛鳴藩国は後日、消えたI=Dは、電気系統が完全にいかれていたので溶かされて、復興支援のための遊具作りに使われた。と発表した。
別件で調査をしていた査察官たちも、すぐに調査を開始したが、どう考えてもフジツボは無いだろ。ということで遊具に使われたという藩国の公式発表を信じた。

騒ぎはいずれ収まるだろう。

ただ一人、真相を知っている一子は、相変わらず周りの様子に流されず、
あたしもあのおねーさんみたいに前を向いたカッコいい女になりたいなあ。と、そんなことを考えていた。

(文章:グググ子)