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――雪那。 思わず確認した。 まだ機能しているレーダーは、俺の娘の生体反応と、その機体が撃墜されていない現実を示していた。 その瞬間、俺は全身の力が抜けてしまった。安心だったのか、それとも諦観なのかは解らなかった。 ああ。そういえば、聞いたことがあった。 人は自分が死ぬと本当に理解した瞬間、全ての景色がスローモーションで見えるようになる、と。 別に、スローモーションな世界自体は見慣れてない訳ではなかった。セイントメシアの調和には、高速移動がある。 しかし、調和を発動せずに見るこの世界は、思いの外……なんというか、綺麗だった。 しかし、自分自身でひとつ理解したことがある。 それは、人の脳は最期の瞬間はなるべく安らかに逝けるように努力する、ということだ。 それでなければ、あの黄金の神の腕によって機体ごと貫かれて下半身と上半身が分かれた今の自分が、こんなにも苦しみを感じずにいれるわけがない。 痛みを感じたのは、ほんの僅かな一瞬だった。 それはそれは凄まじい痛みで、人生の中で感じたどんな激痛を上回る、とんでもないものだった。 だがその痛みは、俺の頭のなかで『ぶつん』という音が響いたのと同時に、綺麗さっぱり無くなってしまった。 ひとつ気持ち悪いことがあるとすれば、なまじ下半身がなくなったせいで、妙に身体のすわりが悪いことか。 半分なくなっているのに「身体のすわりが悪い」も何もないはずなのだが、そうとしか表現しようがない。 世界の全てが、遥か彼方に流れていく。 世界の全てが、俺を尻目に容赦なく進んでいく。 世界の全てが、終わりかけの俺を置いていく。 ――ああ。 やっぱり、俺は死ぬのか。 そう思うと、なんというか、複雑な気持ちになった。 思えば、アームヘッド戦闘で負けたのは、これが初めてだったような気がした。 となれば、伝説の英雄「血染めの翼」の物語も、これで終わりを迎えることになる。 ……正直、安心してしまった。 いつだったか、コピーメシア事件の時に目立ったアイツに「自殺願望がある」と言ったことを思い出した。 思えば、あの言葉は俺が自身に向けたものだったのかもしれない。 俺はもしかしたら、血染めの翼として戦い続ける自分の役目から、開放されたかったのかもしれない。 そうでなければ。 いくら苦しみがないとはいえ、こんなにも眼前に迫っている自分の「死」に、涙を零すほどに安堵と歓びを感じるはずがない。 涙でぼやけた視界を、右手で拭った。最期くらいは、しかと自分の生きた世界を見たかったからだ。 モニターに映しだされている、コクピットハッチの向こうに広がる世界は、本当に綺麗だった。 地面がどんどん迫ってきているが、それもスローモーションなのだ。俺自身の時間からすれば、まだ余裕はある。 遠く広がる頁高原の地平。その向こうにわずかに見える海。 その水平線を境界として、どこまでも済んだ青い空。 そして、その空の中で一際目立つ、遠くに見える巨大隕石。 ――俺が、これからいなくなる世界。 それは、どこまでも美しかった。 でも。 俺がいなくなった後も、この世界には、まだ雪那がいる。 雪那と、行幸と、マキータと……ついでに、親父もいる。 あいつらは、これからどうなるのか。 俺を残して、まだ遥か上空で戦い続けているであろう雪那達は、どうなるのか。 俺のようにここで堕ちて、世界と共に終わっていくのだろうか。 それが、この世界と俺達の結末なのだとしたら。 俺の、雪那の、そしてマキータの戦いは、なんの意味もなかったのだろうか。 雪那と、あの子がいるこの世界は――。 ――こん、こん。 ……人生最期の聞き間違いだろうか。 コクピットハッチを、外側から叩く音がした。 いや、聞き間違いなのだろう。何しろ、このセイントメシアフルフォースは今この瞬間も墜落し続けている。 俺から見える世界がスローモーションなのであって、世界そのものがそうなっている訳ではないのだ。 聞き間違いではないのなら、それはきっと不幸にもこの機体にぶつかった鳥か何かだ。ご愁傷様、としか言い様がない。 俺は改めて、モニターに映しだされた外の世界を見つめ続けた。 ――こん、こん。 いや、違う。これは聞き間違いなどではない。 確かに、コクピットの向こうに「何か」がいる。 だが、だとすればその「何か」は一体何だというのだろうか。 前に空想科学雑誌か何かで、飛行機やそれに類するものに取り付いて事故を引き起こす『グレムリンドラゴン』などという未確認生物の話を聞いたことがあったが、まさか本当にいるとでもいうのだろうか。 ――こん、こん。 ああ、いいさ。 どうせ俺の命は、あと数秒で終わる。 最期に未確認生物なるモノをこの目に焼き付けてみるのもまた一興だ。 俺は残された力を少しだけ振り絞って、操作パネルの赤いレバーを引いた。 がこん、という音が響いた。 外の世界に繋がる鋼鉄の扉が開かれ、真正面から風が入り込み、俺の髪の毛を無茶苦茶に引っ掻き回した。 一思いの外明るかった外の世界に目が眩み、視界が真っ白になった。 ――妙だ。 眩しすぎて、目を開けられない。 確かに向こう側から「何か」の気配はする。それは確実にそこに居る。 だが、俺の下半身はない。足がないから、身を乗り出すこともできない。 ならば。 俺は気配だけ近づいてくる「何か」を一刻でも早く把握するべく、右手を伸ばした。 「――え?」 それは、俺の感覚が間違っていなければ。 ――俺の右手の指の間を縫うように、優しく絡ませて握られた、女性の左手。 視界が、戻る。 俺の伸ばされた右手を握っていたのは、やはり紛れも無い女性の手だった。 その、左手の薬指には――銀の指輪。 顔をゆっくりとあげた俺の視界に、その女性の顔が写る。 それは、それは。 黒の、長い髪。 聖母のような、穏やかな微笑みを投げかける口元。 そこまでも透き通った、優しい瞳。 「――」 下半身に加えて、言葉まで失った俺の身体が、彼女に優しく抱きとめられる。 それは、俺が昨日見た夢の、続きのような光景。いや、文字通り夢にまで見た感覚。 失ったあの日から、一度たりとも忘れたことのなかった、暖かな温もりだった。 『――雪ちゃんのこと、守ってくれたんだね、幸君。              もうこれからは、ずっと一緒だよ――』 ---- 新光皇歴2010年1月17日。 大御蓮帝国の伝説的英雄"血染めの翼"こと村井 幸太郎は、 頁高原における地球圏統一帝国軍迎撃作戦において撃墜され、その生涯に幕を下ろした。 ――ただ、奇妙なことに。 愛機であったセイントメシアフルフォースの残骸から奇跡的に原型を留めた状態で発見されたその遺体は、 まるで安堵したかのような、安らかな微笑みを浮かべていたという。
――雪那。 思わず確認した。 まだ機能しているレーダーは、俺の娘の生体反応と、その機体が撃墜されていない現実を示していた。 その瞬間、俺は全身の力が抜けてしまった。安心だったのか、それとも諦観なのかは解らなかった。 ああ。そういえば、聞いたことがあった。 人は自分が死ぬと本当に理解した瞬間、全ての景色がスローモーションで見えるようになる、と。 別に、スローモーションな世界自体は見慣れてない訳ではなかった。セイントメシアの調和には、高速移動がある。 しかし、調和を発動せずに見るこの世界は、思いの外……なんというか、綺麗だった。 しかし、自分自身でひとつ理解したことがある。 それは、人の脳は最期の瞬間はなるべく安らかに逝けるように努力する、ということだ。 それでなければ、あの黄金の神の腕によって機体ごと貫かれて下半身と上半身が分かれた今の自分が、こんなにも苦しみを感じずにいれるわけがない。 痛みを感じたのは、ほんの僅かな一瞬だった。 それはそれは凄まじい痛みで、人生の中で感じたどんな激痛を上回る、とんでもないものだった。 だがその痛みは、俺の頭のなかで『ぶつん』という音が響いたのと同時に、綺麗さっぱり無くなってしまった。 ひとつ気持ち悪いことがあるとすれば、なまじ下半身がなくなったせいで、妙に身体のすわりが悪いことか。 半分なくなっているのに「身体のすわりが悪い」も何もないはずなのだが、そうとしか表現しようがない。 世界の全てが、遥か彼方に流れていく。 世界の全てが、俺を尻目に容赦なく進んでいく。 世界の全てが、終わりかけの俺を置いていく。 ――ああ。 やっぱり、俺は死ぬのか。 そう思うと、なんというか、複雑な気持ちになった。 思えば、アームヘッド戦闘で負けたのは、これが初めてだったような気がした。 となれば、伝説の英雄「血染めの翼」の物語も、これで終わりを迎えることになる。 ……正直、安心してしまった。 いつだったか、コピーメシア事件の時に目立ったアイツに「自殺願望がある」と言ったことを思い出した。 思えば、あの言葉は俺が自身に向けたものだったのかもしれない。 俺はもしかしたら、血染めの翼として戦い続ける自分の役目から、開放されたかったのかもしれない。 そうでなければ。 いくら苦しみがないとはいえ、こんなにも眼前に迫っている自分の「死」に、涙を零すほどに安堵と歓びを感じるはずがない。 涙でぼやけた視界を、右手で拭った。最期くらいは、しかと自分の生きた世界を見たかったからだ。 モニターに映しだされている、コクピットハッチの向こうに広がる世界は、本当に綺麗だった。 地面がどんどん迫ってきているが、それもスローモーションなのだ。俺自身の時間からすれば、まだ余裕はある。 遠く広がる頁高原の地平。その向こうにわずかに見える海。 その水平線を境界として、どこまでも済んだ青い空。 そして、その空の中で一際目立つ、遠くに見える巨大隕石。 ――俺が、これからいなくなる世界。 それは、どこまでも美しかった。 でも。 俺がいなくなった後も、この世界には、まだ雪那がいる。 雪那と、行幸と、マキータと……ついでに、親父もいる。 あいつらは、これからどうなるのか。 俺を残して、まだ遥か上空で戦い続けているであろう雪那達は、どうなるのか。 俺のようにここで堕ちて、世界と共に終わっていくのだろうか。 それが、この世界と俺達の結末なのだとしたら。 俺の、雪那の、そしてマキータの戦いは、なんの意味もなかったのだろうか。 雪那と、あの子がいるこの世界は――。 ――こん、こん。 ……人生最期の聞き間違いだろうか。 コクピットハッチを、外側から叩く音がした。 いや、聞き間違いなのだろう。何しろ、このセイントメシアフルフォースは今この瞬間も墜落し続けている。 俺から見える世界がスローモーションなのであって、世界そのものがそうなっている訳ではないのだ。 聞き間違いではないのなら、それはきっと不幸にもこの機体にぶつかった鳥か何かだ。ご愁傷様、としか言い様がない。 俺は改めて、モニターに映しだされた外の世界を見つめ続けた。 ――こん、こん。 いや、違う。これは聞き間違いなどではない。 確かに、コクピットの向こうに「何か」がいる。 だが、だとすればその「何か」は一体何だというのだろうか。 前に空想科学雑誌か何かで、飛行機やそれに類するものに取り付いて事故を引き起こす『グレムリンドラゴン』などという未確認生物の話を聞いたことがあったが、まさか本当にいるとでもいうのだろうか。 ――こん、こん。 ああ、いいさ。 どうせ俺の命は、あと数秒で終わる。 最期に未確認生物なるモノをこの目に焼き付けてみるのもまた一興だ。 俺は残された力を少しだけ振り絞って、操作パネルの赤いレバーを引いた。 がこん、という音が響いた。 外の世界に繋がる鋼鉄の扉が開かれ、真正面から風が入り込み、俺の髪の毛を無茶苦茶に引っ掻き回した。 一思いの外明るかった外の世界に目が眩み、視界が真っ白になった。 ――妙だ。 眩しすぎて、目を開けられない。 確かに向こう側から「何か」の気配はする。それは確実にそこに居る。 だが、俺の下半身はない。足がないから、身を乗り出すこともできない。 ならば。 俺は気配だけ近づいてくる「何か」を一刻でも早く把握するべく、右手を伸ばした。 「――え?」 それは、俺の感覚が間違っていなければ。 ――俺の右手の指の間を縫うように、優しく絡ませて握られた、女性の左手。 視界が、戻る。 俺の伸ばされた右手を握っていたのは、やはり紛れも無い女性の手だった。 その、左手の薬指には――銀の指輪。 顔をゆっくりとあげた俺の視界に、その女性の顔が写る。 それは、それは。 黒の、長い髪。 聖母のような、穏やかな微笑みを投げかける口元。 そこまでも透き通った、優しい瞳。 「――」 下半身に加えて、言葉まで失った俺の身体が、彼女に優しく抱きとめられる。 それは、俺が昨日見た夢の、続きのような光景。いや、文字通り夢にまで見た感覚。 失ったあの日から、一度たりとも忘れたことのなかった、暖かな温もりだった。 『――雪ちゃんのこと、守ってくれたんだね、幸君。 もうこれからは、ずっと一緒だよ――』 ---- 新光皇歴2010年1月17日。 大御蓮帝国の伝説的英雄"血染めの翼"こと村井 幸太郎は、 頁高原における地球圏統一帝国軍迎撃作戦において撃墜され、その生涯に幕を下ろした。 ――ただ、奇妙なことに。 愛機であったセイントメシアフルフォースの残骸から奇跡的に原型を留めた状態で発見されたその遺体は、 まるで安堵したかのような、安らかな微笑みを浮かべていたという。

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