ケント・アロウは暇だった。
組織の幹部は良いものの、任務が他の皆と比べて少なくないだろうか、と。
このままでは鈍るとして、腰の御蓮刀の素振りやらトレーニングルームで懸垂したりしてみるものの、彼はなお暇だった。

「……ま、無いものは仕方ないか」

やる事すべてやり尽くして諦めに入ってしまった彼は、
愛刀を力なく引きずりながら休憩室の扉を開けた。

「あら、こんにちは」

ん、と返事にもなっていない声を漏らした彼の目の先に、
長い銀髪の妙齢の女性が、ゆっくりと紅茶を嗜みながら微笑んでいた。

「蓮田健太郎さんか、ケント・アロウさん。どちらで呼んだらいいかしら?」
「……どちらでも」

オリジナルXIIIのNo.13、アイリーン・サニーレタス。
会うのは初めてではなかったが、いまいち底の見えない性格故に、あまり彼女のことをケントは知らなかった。

「おいしいお茶よ、遠慮しないで」
「はあ、どうも」

アイリーンの言うとおり、ケント好みのあまり癖のないお茶だった。
あまり下品に音を立てないように飲んでいた時、彼女は彼にいきなりこう切り出してきた。

「ねえ、あなたって彼女とかいないの?」
「はあ……今は、特に……」
「今は、ね?」

ついつい零してしまった過去の苦い思い出。
それを試したのかそれとも面白がっているのか、アイリーンは静かに微笑んだ。
いや、むしろにやけていると形容したほうが的確かもしれない。

「年上のお姉さんには興味ないの? 例えば、私みたいな」
「ブッ!」

いきなり核心的すぎる質問をされて、ケントが紅茶を噴出した。
紅茶のように赤くなった顔が、ついにアイリーンに向けられなくなり虚空に向けられる。

「じょ、冗談は……!」
「あらあら、冗談じゃなかったとしたらどうするの?」

不意にケントの頬に白く細い手が添えられる。
優しく顔を正面に向けさせられ、息がかかるほどの距離にアイリーンの顔があった。
更には、彼の胸板に、彼女はあからさまに押し付けている。何がとは言わない。

「……襲う甲斐性があるなら、襲ってみる?」

緑色の瞳に視線を縫いとめられ、全身の力が硬直した。
思考が完全に真っ白になり、彼女の言葉とは裏腹に何も出来ない。



「わ、わわわわあああああああああっ!」


急に響く金切り声。
アイリーンと同時に振り向くと、ペットボトルを床に落としたエマがいた。
顔はケント同様、真っ赤。

「し、し、し、失礼しましたああああああごゆっくりいいいいいいいい!」
「いや待てエマ!ちょっと……」

ケントが止めようとするも、エマはもう既に高速で向こうに消えていた。


「ふふ……いつでも待ってるわよ、ケントさん?」


アイリーンは意地悪くそう言うと、彼の肩に手を置き、そのまま去ってしまった。
しばらく、というか任務が入ったと同僚に声をかけられても、彼はそのまま動かなかった。

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最終更新:2011年06月29日 21:16